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長き刻を生きる 第二十七話『奔走する想いと抗う天命』
作者:大空   2009/02/27(金) 00:42公開   ID:90/TzmDRiu2

 幽呉同盟と魏の開幕の一戦は引き分けと言う形に終わった。
 同盟軍は魏の本隊が駐屯していると情報のある洛陽へ向けて侵攻をしている。
 だが真っ向から激突した太公望軍の被害は甚大であり、負傷兵の処置に負われていた。

「包帯の替えはまだ!?」
「薬を早く廻してくれ!」
「救護班はもう手一杯だ! 薬学に知識のある奴はこっちに廻れ!」
「こっちにも担架を寄越してくれ!」

 軽傷・重傷を合わせた負傷者の数は五万にもおよぶ。
 無論些細な掠り傷なども含めた数であり、五万の内のおよそ一万前後が戦えない者達である。
 されど怪我は怪我……下手に放っておけば化膿や細菌に感染して発病しかねない。
 その病気が一気に軍に伝染でもすれば闘えなくなってしまうのは必定と言うべき。

 雪を長とした救護班に、薬学の知識を持つ者達が総出で治療に当たっている。

 一人でも多くの兵を生かす為に作られた救護班の存在理由は、今この時の為。


「雪様! このままでは薬がもちません!」
「薬を惜しまないで! 補給の申請は廻してます!」

 激戦故に持って来ていた多くの薬の大半が既に使われてしまっている。
 緒戦でこの被害ならば…次の魏軍の本隊との決戦でどれ程の薬が消えてしまうか判らない。
 既に雪は太公望に薬の補給を申請、既に本国より大量の薬が兵糧と共に運搬されて来ている筈。

「包帯が無くなりました!」
「呉の被害は少ない筈だから呉に頼んで廻してもらって!」

 同盟関係である呉軍の被害は少ない。
 少し位は向こうから分けて貰っても何の罪もない…助け合わずして何が同盟か。

 だが悲しい事は太公望軍と呉軍の医療技術は数年分の差がある事。

 誰かが手伝いに来てくれた者達に治療の指示をしても理解されない事が多々とある。
 その理由から太公望軍の救護班だけが駆け回る事態を出来てしまい、呉は簡単な手伝いしか出来ていない。

「退け! 俺達は行かないといけないんだ!」
「無茶です! ご自分の身体を考えてください、自重してください!」

「頼む退いてくれ! 仇を……陳到様の仇を討たせてくれ!」

 負傷兵達は置いてきぼりをされている。
 太公望軍と呉軍は負傷兵達をゆっくりと来させ、半ば強行軍な形で魏軍を追撃していた。

 理由は少しでも敵軍を追撃して立て直す暇を与えない事。

 洛陽に滞在している曹操隊と敗走隊が合流されてしまえば、魏は瞬く間に立て直せる。
 幾等重鎮たる夏侯淵を捕らえていると言っても、曹操の才気と王佐の才と称えられる軍師荀ケ。
 この二つが合わさって陣略を施そう物ならば危険になるのはこちらと、太公望も警戒していた。
 連合軍で見せた作戦の立案から、単独で展開してみせたあの隙なしの布陣は戦では脅威となる。
 だから呉からの追撃に賛同したが、呉は魏の建て直しよりも自分の方に問題があるから追撃案を出した。

「陳到様の事は……残念だと思います」
「ならお願いします! 我々を行かせて下さい!」

「それで死んで”無茶をさせて兵を死なさせた”と謗られるのは我等が盟主様なんですよ?」

 雪の一言がその兵士の焦りを押し止めた。
 確かに行きたいならば行けば良いが……それで死んだ際に生まれる陰口は全て太公望の下へと行く。

 現場を知らない者達が・その真実を戦略として利用する者達が……口々に好き勝手語る。

『負傷兵を無理矢理前線に押し出した』

『太公望にとって兵士は手駒程度の存在でしかない』

 兵士達が自分の感情を優先して行った結果が、必ずしも良い方向に転ぶとは限らない。
 太公望は本来優しい…根っこからの甘ちゃんであり、理想も抱いていた。

 だが激戦を経験していき理想の弱さを彼は何処かしら理解した。

 そして太公望が神としての記憶を取り戻した事による性質の変化もある。

 優しくも冷酷になれる太公望のモロさを一体どれだけの者達が理解しているだろうか?
 死ぬのが判りきっている兵士を戦場に駆りだすほど、太公望も冷酷ではない。

 ―――傷を知らぬフリをして戦場へと出る

 この行為は太公望が怪我人達を後方に置いていった行為そのものを否定する事に繋がる。
 太公望の懸命な優しさを真っ向から否定して破壊する……そんな行為なのだ。

「でも俺達は!」
「行きたいならば止めません……怪我人じゃない人の相手を出来るほど暇ではないの」

 雪やその周囲の者達はその兵士を始めとした者達に視線を合わせない。


「―――感謝します」


 兵士の一人がそう一言言った後、本隊へ合流する為に出発する部隊の中へと混ざりこむ。
 怪我していないと本人達が言っているならば、救護班にしてやれる事等ない。
 ましてや薬学などの知識のない者達を置いておけるほどの余裕など…この野営地には無かった。

「……雪様」
「男って本当に馬鹿よね……本当に……馬鹿な人達よね」

 医者として君臨しているか雪のこの行為は、彼らが死ぬ事を百も承知で送り出してしまった。
 それはつまり”人を殺す”と言う事であり…医者としてある意味やってはいけない禁忌に等しい。

 それをしてしまった雪は、少しだけ自分の存在理由が判らなくなってしまった。


「生きて欲しいのに…なんで戦場なんて場所に送り出すの?」


 ―――医者としてここに居て良いのか…判らなくなった


「雪様は間違ってません……ただ彼等が大切な人だった人の為に逝っただけなんです」

「もし誰かが謗るなどすれば私達全員が助けます」

「だから雪様は今この場にいる人を一人でも多く救いましょう!」


 ―――今、私達は盟主様から命を任されたのですから!


 雪の部下達の言葉に、不覚にも涙を流してしまう。
 すぐに涙を拭い、届いた薬を分配し部下に指示を下し、負傷者の治療に当たる。
 兵士達は戦う事・医者は救う事が仕事……ただ仕事を果たす為に彼らは行ったのだ。



=========================================



 ―――旧孫策派に不穏な動きあり


 太史慈の使者からの報告は孫権の心に不安を生んだ。
 孫権は周喩が反乱などする訳がないと信じている……信じているのだ。

 だが出陣してから届く報告は決して良くないモノばかり。

「すまないな…こちらの都合でこんな追撃を」

「……良い、下手に止まってはこちらが討たれる所だった」

 太公望はそう述べているが、雰囲気は何処までも暗く冷たい夜のよう。
 無理もない…重鎮であり旗挙げの時よりの配下の戦死に彼は誰よりも苦しんでいた。

 だが悲しくも死に慣れすぎた彼の身体は【涙】なる存在を忘れてしまった。

 戦いに戦い、理想を信じ追い求め、強さを追い求めてひたすらに立ち上がってきた。
 そんな日々がいつしか彼を磨耗させてしまったのかも知れない。
 ましてや自分の力不足で幾度も世界(歴史)が滅ぶ様を見せ付けられて来たのだから。

 同盟軍の主権者達が一同に介しての作戦会議。

 その重要な会議が行われている天幕に、一人の兵士が無理矢理入り込んできた。
 入り口の守衛の制止を振り切り、怒りに満ちた眼で太公望を睨んでいた。


「どうしてです! 陳到将軍がなくなった事が悲しくはないのですか!?」


 それは一兵の言葉だった。

 孫権からの追撃案に太公望は即座に了承し、無事な者達を率いて追撃を開始した。
 陳到に対する弔いはその死体を地に埋め、僅かながらの言葉を漏らしたのみ。
 最後を看取った者であるにも関わらず涙一つ流さず、即座に軍師としての判断を下す。

 兵士達……特に新参にとってその姿は信じがたいモノである。

「貴様! ご主人様に対してなんたる口を訊くか!!」

「陳到将軍は良く旗挙げの頃よりの古参としての自分を誇っておりました!
  盟主様にとって配下とはただの道具なのですか!? 使えなければ見捨てるのですか!?」

 何も知らない兵士が好き勝手に語る事に、同じ旗挙げ期よりも者達が吼えようとした。

 ―――貴様に何が判る!

 ―――ご主人様の何が判る!

 ―――陳到の何が判る!

 愛紗達は涙を流していたが、太公望の進軍命令に涙を拭って即座に了承した。
 当の太公望は涙一つ零す事無く地平線の先に居るであろう陳到の仇を見ていたのだ。

「……手駒などと思った事はない、陳到は良い男だった」

「ならば何故!?」


「だからこそ、この手でその仇を討たんと進む事を無情とお主は嘆くか!?」


 この言葉に兵士は自らの愚かさに気付く。
 【導】の御旗を掲げた者達は魏の方向へと撤退して行った…つまり魏を追う事は彼らを追う事。
 つまり太公望のこの迅速な行動は陳到に少しでも早く仇の首を供えてやる行為に他ならない。

 自分はそんな事すら理解せずに自分の勝手な見解を押し付けてしまった。

 そんな自分の事を…もし過去に戻れるならば殴り飛ばしてやりたいと反省した。
 涙を流すのではなく、その手を持って仇を殺す道を選び取る。
 重鎮を弔いを思うが故の行動を、やっと理解された瞬間だった。


「安心せよ、ワシの自らの手で彼奴の頸を刎ねてくれる」


 背筋が凍りつくような一言。
 温厚な事で知られる名君として君臨している太公望は、心の奥底から怒りを滾らせている。
 冷血な軍師を演じようとしても根底に座った優しさが邪魔して、冷たくなりきれない。

 だがこの一言はそんな彼からは想像出来ないほどに冷たい言葉。

 白い髪を月光に光らせ、返り血を纏った衣に、陳到の血を腹一杯に吸い込んだ南華老仙の剣を携えている姿。
 その伏義としての姿は息を呑むほどに美しくも恐ろしく……神々しさを灯す。

「後方から陳到隊の生き残りが来ておる、次の戦にお主はその隊に加わり仇討ちに参加せよ」

「は?」

「復讐を共に望むならば我が隊に加わりワシに続け……復唱できぬか?」

「はっは! 私達は仇討ちの為に悪鬼となります!」

 太公望はその兵士を咎める事はせず、復讐に燃える部隊に織り交ぜた。
 既に太公望軍の今夜の野営地では弔いに燃える者達で構成された特別部隊が作られている。


「……六韜の犬韜曰く”復讐に燃える者達は【死憤の士】と呼ばれる強者である”」


 孫権がそう言う。
 太公望が作り上げた兵法書の強者の一つに【死憤の士】と呼ばれる者達が書かれている。
 戦死した将官や兵士の仇討ちに燃える者達の憎しみの力を利用した部隊の名。
 
「太公望…今の判断は軍師としてか? それとも友を失った一個人としてのものか?」

 孫権の真剣な眼差しを太公望は真っ向から受け止める。

「一個人としてこのような事は出来ぬ……これは軍師としての判断よ」

 天幕内に置かれた組み立て式の木製の机に広げられた地図と、その上に置かれている駒達。
 その一つをそっと手に取り、乱暴に彫られている【導】の部隊の駒を押し倒すように置く。
 魏軍との来る決戦に向けてのありとあらゆる場合における軍略を、駒によって表現する。
 一見すれば馬鹿げているかも知れないが、それを理解し本物へと変える優秀な軍師二名。

「向こうへの文が完成しました」 

 天幕へと一つの巻物を携えて現れた干吉。
 それは捕らえた夏侯淵を交渉材料にした魏への文。
 太公望の戦略には人間の絆すら交渉の材料として利用せよとある。

 ―――絆が強いなら強いなりに

 絆故に斬り捨てれぬ相手ならば個人と国のどちらかを選ばせろ。
 必ずどちらかを斬り捨てねばならない選択肢を作りだぜ。

 ―――弱いなら弱いなりに利用しろ

 疑われる状況を作り出し孤立させろ。
 裏切り裏切らせれる場所を生みだぜ。

「よし……早馬に任せてすぐに出立させよ」
「御意のままに」

 曹操がもし覇道を目指していながらも腹心を斬り捨てれない者ならば、それで良し。
 王としての自分を優先させ腹心を斬り捨てるならば、その事実を利用すれば良い。
 斬り捨てられた事実によって夏侯淵の忠義を挫くなり、実の姉たる夏侯惇を揺さぶるなり。

 そこには徹底した『太公望』としての軍略が広げられていた。

 今……その盤上に存在する敵はただ一つ。

 それ以外に眼をくれる気など微塵も存在しない。

「朱里は部隊の再編を急げ、明日には後続が到着する
  詠は残っておる兵糧と武具の確認を急がせよ、時間を待ってはくれぬ
  孫権、お主はお主の兵の下へと戻ると良い…大将不在ではまずかろう」

 軍師であり大将としての指示を下し、下された面々は仕事に就く。
 孫権は盤上の駒に付っきりな太公望の後ろ姿を見ながら、天幕を後にする。 

「飯をまだか!」
「黄忠隊に矢三万本は行ったのか!?」
「余分な武器なんてないぞ! あるだけ廻せ!」
「警備を怠るなよ……死ぬからな!」

 孫権の目には自分達より遥かに大きな被害を受けた筈の太公望軍の姿。
 重鎮たる陳到の死から立て直したのは…仇を討つと言う復讐の思念。
 負けられない一戦をより一層際立たせている悲惨な現実。

「……復讐か」

 何を感じたのか、孫権はそう一言漏らした。
 だがそれが何なのかは判らない。



=========================================



 無事本隊と合流し、洛陽の宮廷の謁見の間に集っている魏の将官達。
 夏侯淵隊の独断による殿と敵将陳到の戦死によって全滅を免れた先鋒軍。
 損害は大きいが洛陽まで無事逃げ切れた事は行幸であり、勝機は見えていた。

 ――― 一つは太公望軍の戦力の少なさ。

 馬騰・劉虞軍の本隊不在によって今回の生還があったのは明確。
 もし騎馬に優れた馬騰軍が居たならば、森を掻い潜り悪路を悠々と突破していただろう。
 そうなれば余程の距離を作っていない限り間違いなく追撃をされて全滅してしまう。

 更に先の緒戦でも馬超を始めとした猛将の不在が均衡を生んだ。

 袁との決戦では太・馬・劉・公の全軍が一丸となっていたからこその圧勝であった。
 そのうちの二つの主力の不在は結果として太公望軍の戦力に拍車を掛けてしまった。

「太公望軍は義勇上がりが多い為、辱めの心配はないと思います」

 無事先鋒軍は本隊と合流。
 まだ距離こそあるが太公望軍同様に負傷兵の処置は報復に燃えている。
 特に燃えているのが……


「華琳様! どうか虎豹騎(こひょうき)を私にお与えください!!」


 実の姉である夏侯惇こと春蘭である。
 今こそ落ち着いているが、撤退直後の彼女の状況は酷かった。


『秋蘭を置いて逃げるだと!? ふざけるな!』
『その秋蘭様から春蘭様を頼むと言われたんです! ボクは譲れません!』
『今から反転なんてすれば秋蘭の英断が無駄になる……反転なんて許さない』

『そのような事などどうでも良い! 秋蘭があそこに!』

 撤退している最中に最悪単騎で反転して救出に行きかねない彼女を、許緒が止めた。
 怪力自慢の許緒ですら体格差や我を忘れかけている春蘭を止めるのは厳しい。
 その場に居た女兵士の一人が咄嗟に首筋に手刀を当てて気絶させねば……危なかった。

『出すぎた真似をしました』
『いいえ、貴方のその行動は英断よ誇って良いわ』


 そうして何とか春蘭の癇癪にも似た行動を抑えながら、無事撤退して来た。
 夏侯淵の事を伝える際に面々が曹操の怒りに震えていたが、怒りはない。


『秋蘭はその命を持って私達に今を繋いだ…それを無駄にせぬ事こそ私達の使命よ』


 曹操は即座に先鋒隊の救護と立て直しに全力を次ぎ込む。
 幸い太公望軍は陳到の戦死によって行軍が遅れている。
 またぶつかり合う時は本当の決戦であり、そこに不備など許されない。


「良いわ春蘭……虎豹騎百人の命を貴方に預ける」

「この春蘭! 必ずや太公望の頸と秋蘭の身柄を華琳様の御前に!」


 虎豹騎とは曹操親衛隊であり魏最強の百騎で構成された部隊の名。
 魏の精鋭の精鋭、最強の兵卒百人によって構成された百騎の実力は言うまでもない。
 一兵卒の個々の能力では魏が連合軍に勝っている現状の最中の最強の百人なのだから。

 曹操親衛隊であるが、その指揮権は曹操指示で様々な将官に一時的に委ねられる。

 そして今この時をもって指揮権は春蘭へと受諾された。


「曹操様、件(くだん)の義勇軍が面会を求めています」


 魏に組する太公望軍最大の標的『導軍』。
 撤退する際にはまるで霞の如く何処かへと隠れていたと思えば、今になって現れる。
 だが導軍はかの鳳の陳到を討ち取る活躍をみせ、魏先鋒軍を救ってみせた。

 されどその怪しさに荀ケ達は渋っている。

 三人は導軍の隊長を見た訳でもなければ会った訳でもない。
 信頼出来ない人物を信愛する華琳に会わせる事に危機感を抱いていた。

 ―――そしてそれを表現しなかった事を後悔する事となる。

「良い、かの鳳を落としてみせた者の顔は見ておきたいわ」

 ―――太公望軍不利の二つ目の理由。
 重鎮であり女性側の長である愛紗と肩を並べていた男性側の長であった陳到の戦死。

 その眼は千里先すら見通す

 その智勇は関羽にも劣らず

 その指揮は仲間達に安心を与え

 事実状……太公望軍の要として旗挙げの頃より君臨し続けていた重鎮。
 彼の戦死に盟主たる太公望は涙一つなく進軍を再会させたと言うが…それは冷血故ではない。
 董卓軍との際に見せた逆鱗に魏は…道導は触れてしまったのだ。
 それが今まさに着々と迫りつつある、呂布すら赤子の如く倒してしまう武勇が迫っているのだ。

 その強さと殺気を知る者達は、兵士の一部では既に逃亡案が出ていたがそれらは問答無用の処罰。

 だが太公望が仙人としての本気を止められる”人間”がいるなど誰も考えていない。
 存在が……次元が違う相手にどう対処すれば良いのか、誰も名案を思いついていなかった。


「……ではこちら」


 女兵士が膝を折り、その入場を許可した。
 そしてこれが魏崩壊への幕開け。

 銀色の長い髪を月光に煌かせ、女性として全ての魅力を兼ね備えた肢体。

「太公望貴様ぁ! またそのような姿に変じ謀るつもりかぁ!!」

 董卓軍の一件で見せた太公望の女性としての姿そのもの。
 春蘭は目の前のそれが太公望と思い込んでしまい、背負っていた大剣の柄に手を掛けて一蹴。

 まさに神速の踏み込みからの一太刀が相手を一刀両断する筈だった。

 ―――南華よ

 乾いた金属音が一回。

「なっ!?」

 本人に言わせれば乾坤一擲の一撃であった筈の攻撃が、痩せ細った老人によって”片手”で受け止められている。
 銀色の一振り剣とそれこそ骨と皮だけのような細腕が大剣の一撃を悠々と受け止め…ほくそ笑んでいた。
 砂色の髪の老人、その名を仙人”南華老仙”と言う。

「……弱いですな」

 仙人としての能力によって大剣の一撃を受け止めての一言。
 周囲の将官が驚いているのを無視して老仙の片足の蹴りが春蘭の腹を的確に捉える。 
 老人が放つモノとは思えない直撃した際に発した音は確実に意識と力を削ぎ落とす。

「その無粋な者を下げよ」
「……御意に」

 武人としての本能が咄嗟に刀身の腹を盾にしてその一撃を防いだが、その身体は宙を飛んでいる。
 蹴りからもだが、細腕一本で屈指の一撃を防ぐだけではなく人間が宙に浮くだけの一撃を難なく放つ。
 これらの情報から紡ぎだされる答えは一つ。

「貴様は仙人か」

「流石は時代を超越した英雄……だが狗の首輪も付けれぬのではな」

 荀ケが吹き飛ばされた春蘭を助けている間に、許緒が動いた。
 敬愛する春蘭を傷つけられた怒りから全力で武器である鉄球を放つ。
 下手な威力は質量から生み出されるモノも混ざり防げる筈がなかったのに。

 ―――老仙は片手で軽くいなした

 直進して来た鉄球を手の平ですっ、と軌道を書き換える。
 そんな人間では到底不可能な事を平然とやってのけた。

「子猫が虎を気取るな」

 許緒が次の行動に移るよりも早く、老仙が鉄球の鎖を握り締め引き寄せる。

「ボクが怪力で負ける訳!?」

 両腕の許緒が片腕の相手に負ける。
 元々の身体の軽い許緒は引き寄せられ、そして春蘭同様にその腹に蹴りを叩き込まれる。
 引き寄せられていた勢いも加わりその威力は春蘭のモノよりも高くなり、許緒は気絶してしまう。

「季…衣!」
「そんな……一撃!?」

 将官達が一斉に抜刀して老仙に襲い掛かる。

「やれやれ……若い者は力量の差すら理解出来ぬのか」 

 ―――手を下すまでもない

 そんな一言を漏らした直後、抜刀して斬りかかっていた将官達を無情にも無数の矢が射抜く。
 肩・脚と急所ではないが当たれば戦えなくなる位置を的確に射抜いていた矢は、何もない筈の位置から射られた。

「王として玉座に君臨し続けるのはその才ゆえですかな?」
「……黙れ」

 曹操が手元に置いていた鎌を手に取る。

「本当はただの少女として生きたかったのですかな?」
「…黙れ」

 玉座から立ち上がり、その鎌の矛先を老仙に向けゆっくりと歩き始める。

「―――愚かな王だな」

 一蹴しての踏み込み、そこからの老仙の首筋を狙った一閃。
 先程の様な何も無い筈の場所からの射撃はない。

 鎌の刀身が老仙の頸を刎ね、首が宙に舞った筈だった。


「貴様程度の小娘にワシが殺せるか」


 宙にヒラヒラと舞う一枚の紙切れ。
 曹操が反応するよりも早く、老仙の片手が曹操の頭を鷲掴みにして離さない。
 ほんの少しの握力による痛みで鎌は手元から滑り落ち、その見開かれた眼が老仙の眼をぶつかる。

「運がなかったな……曹魏崩壊は既に決まっていた事なのだよ」

「……終わら…ないわ……終わらせない!」

 腰に下げていた剣……青ス(せいこう)の剣で老仙を貫く。
 青スの剣は史実において曹操が下げている二振りの剣の一振り。
 もう一振りは椅天(いてん)の剣であり、この二振りは並ぶ事なき名剣としてこの時代に君臨した。

 だがそんな懸命な努力すらあざ笑うかのように老仙は佇んでいる。

「南華よ下等な者にそこまで構う必要はない」
「ふふ…弱いカマキリは相手が何であろうと力量の差を知らずに鎌を振るう様は面白いものでつい」

 曹操の眼から精気が失われる。

「華琳様ァ!!」

 四方から突然現れた白装束によって取り押さえられていく文武百官。
 既に呪術によって侵入していた彼らは隠れ潜み、その時を待っていた。
 指示一つで取り押さえ、矢を放てるように……

「ご苦労、ここにいる文武百官を洗脳すれば魏も手中に落ちたも同然です」

 暴れる者達を取り押さえ次々と洗脳していく白装束達。
 全ては『道標』が語り描く定められた未来の為に動く忠実な人形達。
 死すら恐れずただ命令のままに動き死んでいく名を持つが持たぬ者達。


「ふふふ……夏侯淵の捕縛、魏の指揮系統の混乱、陳到の戦死と仇討ちに燃える者達
  あぁ愛しい人よ! 私の手の平で踊り私の為に未来を切り開いてくださるのですね!」


 魏を手中に収めた『道標』は計画が順調に進んでいる事に狂乱する。
 『道標』にとって今とは求める故郷に進む為の計画であり記録の再現の一つでしかない。

「報告! 連合軍、太公望よりの使者が来ています!」

「文だけ通せ、人間は要らぬ……頸だけにしろ」

 叫び声が一つ。
 血に濡れた巻物が届くのには時間が掛からなかった。

「流石は愛しい人、軍略はお手の物よ」
「『道標』様…私めに少々任せては頂かせてはくれませぬか?
  必ずや貴方様の望み描く道を作り出して見せましょう……」

 ―――良い

 返答と許可は簡潔であった。
 『道標』は伏義が嗜んだ書に集中し、一人っきりで見る為に宮廷の闇へと消えていった。
 老仙の手の平から巻物が吐き出され、その巻物を身近な白装束の一人に手渡し曹操が下げていた二振りの剣も渡す。

「この書と二振りの剣……そして使者の頸を添えて太公望軍へと引き渡せ」

「宣戦布告と言う事ですか」

「これで太公望は私達の存在を知り、仇討ちに燃える者達もまた死力を尽くす」

 魏崩壊、魏の敗北がこの世界の決定事項。
 老仙はそれを早める為に趣向を少々凝らす。

 その為に青ス・椅天の二振りを太公望にわざわざ使者の頸と共に渡す。

 ―――曹操は我等が手に落ちたと言う暗示

 使者となった白装束の者もまたすっと闇に消えてしまう。


「さぁ大いなるお方よ……私怨か…大義か…それとも」


 月光がその笑みを照らし出す。


(踊れ! 踊れ! ……我が手の平の上で!)


 目的の為に奔走する者達。

 生きる為に抗った者達。

 復讐に燃え上がる者達。 


「見ろ……白かった月が紅くなりやがった」

「不吉ですね……これから起こり得る事を暗示しているかのようです」


 決戦の時は近い。

 つい先程まで白く輝いていた月が紅く輝きへと変貌。

 死体に埋め尽くされた戦場を照らす輝き。

 誰かに気付かれる事もなく……小さな一粒の光が天へと帰っていく。

 ―――それが何を意味するのかは判らない

 ―――ただ無血の勝利の夢は彼方へと消え失せた

 ―――二柱の神が再度邂逅する時は近い

 ―――その手に携える紅き刃の邂逅もまた近い


■作家さんに感想を送る
■作者からのメッセージ
 ソウシ様
 ご感想ありがとうございます
 封神は常に死と隣合せでしたからね、そこが良かったです
 陳到の戦死によって一気に戦意が加速した太公望軍
 その心すらある種の記録……起こった出来事なのですから
 もし陳到がここで戦死しない記録だったならば……
 日常編には自分も後悔してます、だから魏の戦後処理は少々長く書くつもりです
 ネーム自体は結構出来ているのですけど書く時間がないので辛いです

 蒼一様
 初めまして、ご感想ありがとうございます
 陳到は最初はただの青年でしたが最後は生きる事と夢を信じた武人でした
 実は自分の理想像でもあります…トップじゃないけどトップから信頼される二番
 理想のトップはバサラの元親や政宗みたいな付いて行きたくなる様な背中持ちですね
 決して強すぎるわけでもなければ賢い訳でもないけど、信頼される二番とか三番
 ご期待に副える様な話を書いていきます

 ボンド様
 ご感想ありがとうございます
 それがやっぱり難点ですよね
 自分の中では宣戦布告して来た使者は容赦なく斬る像がありますし
 どうすれば納得できるような開戦を掛けるか結局答えが出ず強攻策に出てしまいました
 ただ単に「魏から堂々と宣戦布告があった」とでも書けば良かったのか……
 陳到は記録の為に死んでしまいました
 計画の為に早い段階で魏を手中に収めた導軍の目的は魏の敗北
 夏侯淵の捕縛すら計画の一つ、そうでなければ夏侯淵の捕縛など許しません
 悪役万歳! 描けて最高です!
 アクシズが止まらない? もしてギレンの野望ですか?
 左慈の声が声ですから落ちてくるのはコロニーレーザー搭載の要塞ですよきっと
 でも伏義なら文字通り素手でアクシズとかぶっ壊せそうで怖いです


 一週間ぶりに私は帰ってきたァ!
 もう少し長くなったならぜひとも悪夢ボイスで核弾頭を使いたい気分です
 やっと自動車学校も一段落し、2月22日を持ってやっと18歳になりました
 これで後は自分専用のロックが掛けられるパソコンが手に入れば真が出来るのに
 私信が長くなってしまいましたが、執筆はペースが落ちますが書いていきます

 これからも応援よろしくお願いします。

 ご感想ありがとうございました!
テキストサイズ:19k

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