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長き刻を生きる 第二十九話『踊らされた勝利を抱いて』
作者:大空   2009/03/10(火) 19:57公開   ID:OzeQCJuDaKk
 燃え盛る洛陽を背に佇む白装束達と真っ向から対峙する太公望軍。
 三万前後の戦力と二十数万の戦力差で彼等が勝利する事は不可能と断言できる。

 それがもし魏を乗っ取ってでも勢力として名乗りを挙げる場合のみならばの話。

 白装束の勝利は既に決まってしまっている。
 たとえ今から何らかの形で太公望軍と呉軍を退けた所で、魏に力は存在しない。
 彼らにとってこの戦いでの勝利とは曹魏が崩壊すると言う現実なのだから。

「―――天命に抗うか」

「―――後世の記録を天命とは呼ばぬ」

 周囲は今だ洗脳された魏兵達との戦いが繰り広げられているが…もはや戦にもならない。
 洗脳によってただひたすらに突撃してくるだけの魏兵を薙ぎ払うだけ。
 これを戦と呼ぶにはあまりにも幼稚な戦争であった。

 そして老仙と太公望の間では強烈な殺気が攻め合う。

 反董卓連合で見せた殺気などまだ可愛いと思える程の殺気が刃を交える。
 双方一瞬の隙あらばお互いを充分に殺せる力量を持つからこそ、その静寂は居心地が悪い。

「ふん……せっかくの人形にも少しは役立ってもらうか」

 静寂の対峙を切り開いたのは傀儡と言う人形と化した曹操の鎌。
 魏の名工達が打ち据えて造り上げられたその鎌の切れ味は腰に下げていた二本の名剣にも通ずる。
 ましてや曹操は武にも才能を持ち、並みの武人など容易に退けれるほどの実力の持ち主。 

「夏侯淵、これはお主の仕事だ」

 既に眼前まで迫っていた曹操こと華琳の鎌の軌道は、太公望を頭から縦に引き裂く筈であった。
 だがその一言を漏らした直後、瞬く間にその後姿は華琳の後ろに存在しゆっくりと老仙へと歩んでいる。

 瞬間移動した訳では無い―――伏義は蓬莱随一のペテン師であり空間能力者。

 素早く指先で空間に穴を開ける形で干渉し華琳そのものを自分の後ろへと移動させたのだ。 

 つまり伏義は簡単な空間トンネルを即座に作り出してあたかも瞬間移動したかのように見せたのだ。
 そして出口の正面には夏侯淵こと秋蘭がいる。


「華琳様! 私です! 秋蘭です!」

「……秋蘭? あぁでも『道標』様の敵なら貴方でも殺すわ」


 その一言が秋蘭に対して与える精神的な一撃はあまりにも大きい。
 苦楽を共にして来た自分と対峙すれば訳のわからない洗脳が解けると心の何処かで信じていた。
 だが現実はそんな希望を容易く打ち砕き、更には洗脳の強さを教えるかのような言葉が追撃する。

 それだけで秋蘭の精神は砕かれ、最後の手段でもある方法を選び取る。


 ―――この命の輝きの最後を持って悪夢から目覚めさせる


 砕かれた精神が辿り着いた虚構の希望が作り出した最後の柱。
 迫り来る……愛する主君が振るう鎌の軌道が彼女の身体を引き裂かんと煌く。



 ――――――諦めるな



 何処からか聞える声に咄嗟に身体が動き、腰に下げていた剣の柄に手が伸びる。
 ボロボロの刀身が鞘から解き放たれ中程で折れてしまっている為か小さな剣は軽かった。
 だからこそ迫っていた鎌が頸を刎ねるよりも早くその軌道に刀身を割り込ませれた。

「華琳様……貴方の覇道とは……非道な呪術に屈するのですか」

 ギリギリと二つの刀身がせめぎ合う。
 秋蘭の問い掛けに対して華琳は無言を貫くが、鎌に対する力を強くなっていく。

(華琳様にここまでの力はない筈だ!)

 純粋な腕力も体格も秋蘭の方が幾分も有利である。
 しかし洗脳によってある種の限界であり仲間に対する無意識の加減が今の華琳にはない。
 一方の秋蘭は相手が華琳である所為で加減せざるを得ない状況である。
 必然的に秋蘭が押され、不利になってしまう現状が生まれていた。


「よろしいのですか? あのままでは夏侯淵が死にますよ」

「お主等に夏侯淵は殺せぬ……殺せば計画は遂行できまい」


 太公望の即答に老仙は歯軋りをたてる。
 まさにその通り、もし夏侯淵がこの戦で戦死する記録ならば戦場で殺している。
 だが白装束はこの戦ではまったく干渉して来ないと言う事はそういう事。

 夏侯淵も曹操も死なない。

 それが答えと既に太公望は理解していた。


「ご主人様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」


 燃え盛る洛陽の城門を素手で粉砕しながら怪物が現れる。
 更にその影は三人の小さな影を引き連れながら白装束の群れを駆け抜けていく。
 影の内三つは華琳の下へ、残った怪物こと貂蝉は太公望の傍で気色悪く踊っていた。

「苦労したわん……護衛の突破から呪符の突破と―――」

 自らの功績を語る貂蝉の鍛え上げられている胸を赤黒き剣が貫く。

「もう少し魂魄の匂いを隠しておくべきだったのぉ」

 胸の心臓の部分を貫かれた貂蝉が怒声と共に拳を振るう。
 それは太公望の横顔を直撃し頭部を粉砕する筈であった。

 ゴッ! と鈍い音が一つ。

 周囲の予想を裏切るかのように太公望の頭は平然とそこにある。
 それどころか寸分たりとも動いておらず、血の一つも流していない。

「魂魄分離……なるほど夏侯惇達の救出も計画のうちか」

 呪詛の書き連ねられた紙切れへと変貌した貂蝉。
 否、紙切れが貂蝉へと変身ししていたのだ。
 元々太公望の暗部は干吉が担う、貂蝉は軍関係にはまったく携わっていない。

 紙切れ―――式符より小さな光が現れるが、それを赤黒き剣が両断。

 その小さな光は夜の闇と焔の光を前に淡く消え去る。

「ただの仙人に魂魄分離出来た点は評価出来るが……これでもうお主は劣化した魂魄よ」

「貴方様も同じでしょう……だから貴方様は太公望であれる」

 伏義が太公望に人格が寄っているのには理由がある。
 魂魄分離によって太公望と王天君と呼ばれる二つの命になり、『道標』の眼を掻い潜った伏義。
 本来ならば5:5の平等な分離を行ってた魂魄分離は王天君の独断による分離で崩れた。

 ―――太公望を陽とし王天君が陰を担う

 ―――表を太公望が、裏を王天君が

 封神演義とはそうして遂行された。
 その激戦の最中に王天君は5の魂魄を更に三つに分離し、うち二つを消失した。

 そして伏義が復活した際に魂魄は9:1という再生しても不平等になってしまった。

 だからこそ伏義は太公望としての一面が強く、本来の邪気の強さも薄れている。

「ワシは『道標』と話がしたい、そこを退け」

 老仙の横を我が物顔で通り過ぎていく伏義。
 両者がすっと邂逅した時

(歴史の傀儡に私は倒せない)
(だが陳到の刃……思念の篭った一撃は小細工を貫き切り裂く
  死ねずともその苦しみは体感するならば…彼の者等はまさしく死神と化す)

 僅かに交わった伏義のその視線に思わず身体を震わせた。

 ―――冷たい

 ――― 先程の殺意など子供騙し

 ―――それこそ視線だけで殺されるような威圧感


「どうした爺さん? この五十人強の戦力を前に尻込みか」


「笑わせるな若造…道士が何人仲間を引き連れようと所詮人間よ」


 赤黒き剣一本を手に左慈を始めとした恋・霞・椛・麗羽・袁四武将・【死憤の士】合計五十人強の戦士と対峙する。
 既に返り血に染まっている者達はまったく息を切らしておらず、その眼は殺意に溢れている。

「干吉はどうした」
「あいつなら今頃あの焔からの人命救助の真っ最中だ」

「”人命”救助? 傀儡に命など存在しないと言うのになんと酔狂な事を―――」

 鋭く風を切り裂く音が複数。
 老仙が真上へと天高く飛翔した直後の地面が粉々に砕かれた。

「―――ちっ傀儡が」

「放て!」

 顔良こと斗詩の射撃指示にあわせて数人の矢が空中に佇む老仙に襲い掛かる。
 その全てを突風によって叩き落す…南華老仙は太平道術の真の開祖。
 更に彼は仙人であり多少の自然現象を自在に操る術を会得していた。


「ふん、そん程度の矢が私に通ずると思うか!」


 五十人強を見下す老仙の視界に、良く見慣れた左慈の姿がない。
 左慈は簡易的な空間移動は出来るがそれは干吉のしっかりとした援護がなければ出来ない。
 良く知るからこそ時として相手の能力を決め付けてしまうのは人間の枠組みの悪い所だろう。
 まして今の老仙は自らより格下を相手にしている事への慢心が存在した。

 ―――そして空中に浮遊すると言う事は真下が死角になると言う事を忘れていた


「くたばれ糞爺!!」


 真下から文醜こと猪々子の剣の腹によって上へと飛翔した左慈に気が付かなかった。
 元々数々の外史を消す為に担う者を暗殺してきた左慈にとって気配を消すのは造作でもない。
 周囲の五十人の殺気が隠れ蓑となり自分の存在を隠せると踏んでいた。

 だからこそ今この一瞬に、死角となる真下からの奇襲に賭けた。

 好機は一度限りであり一度仕掛けて外せば次はない。

 老仙の骨と皮だけの細い身体…右脇腹に激戦によって罅割れた穢れた白の脚甲が突き刺さる。
 骨の数本を蹴り砕き、その砕かれた骨達は小さな破片となって老仙の内臓に襲い掛かる。
 内臓を護るべき骨が一変して敵対者となり、その肉体を傷つけていく。

「落ちろォォォォォォ!!」

 老仙の身体を支えにしてその場で横に回転し、その拳を振るう。
 左慈が攻撃用に拳を振るう事はない、脚に絶対的な自信があるからこそ拳を盾として来た。
 だが老仙と言う強大な存在に勝つにはそんなある種の自分の武への誇りを捨てねばならない。

 ―――勝つ為にせねばならぬ事があるのだ

 老仙の腹を突き破らんばかりの一撃によってくの字状に折れ曲がる細い身体。
 そのまま更に突き飛ばされ地面へと飛ばされる。


「「「陳到将軍の苦しみ……槍の地に沈め!!」」」


 地面へと叩き落されている老仙の着地地点に集結している何本もの槍。
 陳到の下で数多モノ戦を駆け抜けてきた彼の戦友にして配下達の憎悪の槍。
 左慈の拳の強力な一撃によって受身も取れない老仙が行き着く先は地獄の針山。

 鈍い音と共に老仙の身体を何十本もの槍が貫く。

「やったか!」

 憎き仇の惨たらしい肉体に復讐を果たしたかと喜ぶ兵士達。
 だがその群れの一人の胸を鎧ごと貫く一振りの赤黒き剣が佇む。
 矛先からはその兵士の血を滴らせながら、剣は躊躇いなく引き抜かれる。

「……ぬか喜びだったな」

 槍に貫かれていた身体の位置には小さな紙切れが一つ。
 また式神を利用した変わり身によってこの針山を回避した老仙。
 気配を隠し兵士達がぬか喜びに浸った瞬間に後ろへと回りこみ、その命を奪い取った。


「かっ…掛かったな!」


 老仙が眉毛を僅かに動かした瞬間であった。
 戟・斧・槍の三重奏が老仙の身体を貫き叩き伏せる。

「これはウチらの分や」
「まだまだ死んでもらうぞ」
「……絶対に殺す」

 太公望の生還の願いはここに消えたが、老仙の身体には三つの傷跡が生まれた。
 三人の老仙に対する憎悪の力が式神による変わり身を貫き老仙本人へと傷を与える。
 老仙の式神による変わり身の術はあらゆる傷などが与えられる直前に式神を盾にして自分は逃げる。
 だがある種の思念体である式神は物理的なモノは通さないが精神的なモノは逆に良く通す。

 皮肉にも逃げる為の式神と老仙の仙力の繋がりを敵の思念の通り道になるのだ。

 そして式神が”斬られた”などの痕跡を怨念がより現実味を帯びた存在へと昇華する。

 いわば催眠術……人間の身体は脳にって支配されているのだから。
 脳に対して強力に”斬られた”と言う現実をより脳に深く理解させるのが怨念。
 この事柄によって老仙は実際には斬られていなくても脳が”自分は斬られた”と思い込む。

「馬鹿な馬鹿な馬鹿な! 人形の一撃が私に傷をつけるなど!!」

 思い込みは力である。
 今の老仙には自覚がなくとも式神の斬られた認識が本体たる自分へ逆流しているのだ。
 結果として斬られていない本体の身体に刻み込まれるその傷跡。
 奇跡でも呪術でもない―――純然たる現実の現象である。

「田爺さんと!」
「淳干将軍の痛み!」

 元董卓軍三人組の一撃を何とか回避していた老仙を本能で見つけた張袷と高覧。 
 自らの本体に歴史の人形に傷をつけられた事に狼狽していた老仙の視野に移る二つの槍。
 歴戦の将が放つ投擲槍は空を穿ち風を引き裂きながら滑空する剛槍。

 ―――今度は両足を貫かれた

 式神で回避こそしたが、槍に込められた怨念が繋がりを辿り老仙へと辿り着く。


(式神を通して私がそう理解するから傷がつくのか!? ならば……)


 今、自分を襲っている現象の仕掛けに気づいた老仙は式神との繋がりを断つ。
 それはもう式神による変わり身を不可能とする対価があるが、このままジリ貧よりマシと割り切る。
 傷跡は激戦の動きについていけずに開き、そこから赤い血潮を吐き出し始めていた。
 老仙にはそれがもっとも許せない。

 ―――たかが歴史の人形に傷つけられる事が許せなかった

 小さな誇りであり、自分は彼らを消す側の者である事。
 南華老仙はそんな小さな誇りと現実に固執した事を後悔する事となった。



「袁の……私の怒りを―――この一撃に!!」



 真正面から突撃して来る袁紹こと麗羽に対して、卑屈な笑みを浮かべる老仙。



「他の人形ならばいざ知らず! 袁紹如きに遅れなどとるかぁぁぁぁぁぁ!!」



 あの赤黒き剣を片手に掲げて麗羽の突撃を迎え撃つ老仙。
 それは麗羽が”袁紹”の名を持ち無能だと幾度も見てきた結果故の行動であった。

 だがこの袁紹であり麗羽は、部下の死によって大きく変わった麗羽なのだ。

 袁を失ったあの日から太公望を始めとした多くの者達に頭を下げて文武双方の特訓を受けてきた。
 才能の無さに幾度と泣き、それでも彼女はその度に立ち上がっては再び歩き始める。
 麗羽は立ち上がれる事の天才と成長し、今や名家【袁】の名に相応しいほどの人物に成長した。


『良いか麗羽、お主には決して才能が無い訳では無いのだお主には才能がある
  ただほんの少し周囲の者達に劣っているだけであり、同時に誰にもない才能を秘めておる
  努力を怠るな、お主が屈さぬ限りワシの出来る限りお主の力になろう…故に自分を信じろ』


 目の前にはあらゆる点で自分では太刀打ち出来ないであろう相手である事は理解している。
 強大な敵を前に麗羽を奮い立たせているのは二人の英雄に対する弔いでも老仙への憎しみでもない。
 麗羽自身が愛している太公望の期待に答えたいと言う、もしかしたら不順な理由であった。

 ―――されど麗羽はそんな自分の背を亡き二人が押してくれている気がした

 持ち得る全ての……全力を込めた踏み込みからの振り下ろし。
 袁家に伝わる宝剣と数多モノ血を命を喰らってきた剣が火花を散らしぶつかり合う。

「ハハハハハハハハハハ! 所詮貴様は袁紹なんだ……」

 ―――――――ビキリッ!

 亀裂の走る刀身、眼前に存在する無能と称される筈の存在。
 麗羽の叫び声に・この一撃に込められた一撃に答えるかのように宝剣は奇跡を起こす。

 相手の剣を斬り砕き宝剣は老仙の左肩へと吸い込まれ……その左肩を切り落とした。

 驚愕の表情に染まる老仙の顔は、自らの左肩から噴出す真っ赤な血が原因。
 混乱・錯乱していく誇りを抱いてはずの精神は真っ先に逃亡を選択してしまう。 


「まずい―――逃がすな!」


 老仙の後ろに開かれた空間転移の扉気付いた左慈が止めの指示を出す。
 左慈は高い所からの着地によって少し脚を痛めてしまい、動けない。
 周囲の者達が一斉に襲い掛かるが老仙はそれよりも早く空間転移の扉へと逃げ込む。
 扉も素早く閉じられ、もう追い駆けることは出来ない。

「勝った? 私が?」

 自分が老仙の片腕を切り落とす活躍をした事に今だ気づけていない。
 ただその視線の先にはあの赤黒き剣を砕き腕を切り落とした後に砕け散った袁家の宝剣の姿。

 ―――ありがとうごさいました

 麗羽は自分がした活躍よりも、奇跡を起こし対価としてその歴史に終止符を打った宝剣を見ている。
 名家に似合わない自分の為に今日まで自分を護り支え続けてくれた無二の宝剣に対しての礼が先であった。


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 五十数名の復讐者達が南華老仙と戦っていたのと同じ頃。
 洗脳を免れた魏の四人の将軍は懸命に愛する主君の説得をしていた。

「華琳様! 春蘭です!」
「無駄だ姉者! 今の華琳様は洗脳されている!」
「でも相手が華琳様じゃ迂闊な事なんて!」
「ダメよ! どんな事があっても華琳様を傷つけるなんて許されないわ!」

 混乱と困惑し動きの鈍る四人に対して容赦なくその鎌を振るう華琳。
 その軌道と軌跡は戦線に立つべきではない桂花にも向けられていた。
 桂花を護る為に常に気を配らねばならない三人の疲労も大きい。
 その中で特に大きいのが激戦の真っ只中を駆け抜けてきた秋蘭であり、息もあがっている。

「秋蘭、貴方の弓で狙撃出来ないの?」
「健全な状態ならば難しくはないが……ここ一番で眼が翳む」

 決して出来ない訳ではないが、相手は武人としても一級の動きをする華琳。
 更に華琳り振るう鎌は大鎌ではなく柄も短くその為か必然的に武器の面積が小さい。
 鎌の三日月のような刀身を狙えばあるいはと言いたいが、そこが鬼門に等しい。
 もっとも素早く動いている位置を疲労した状態で確率【百】の狙撃出来る自信はなかった。


「だらしないわね、やはり貴方達も才に群がる非才の一人だったようね」


 季衣も春蘭も押される理由は武器の取り回しである。
 二人の武器は大型のモノであり、下手な防御行動や牽制ですらまっとうな攻撃と化す。
 一方の華琳の鎌は小形な事と本人の体格が合わさり素早い行動を可能にしている。
 踏み込みから懐への侵入に武人としての一級の能力が可能とする反射や反応。


「誰も私を理解してくれない……才ある者は率いるべきなんて誰が言ったのかしら」


「……理解していない? 私達が華琳様の何を理解していないと!?」


 華琳が何気なく言って見せた『理解してくれない』と言う言葉。
 春蘭・秋蘭・桂花は自分達は親愛する華琳の事を誰よりも理解していると信じている。
 軍の小さき頃より共に戦を駆け抜け夜伽も……女性同士で行った。

 腹心と呼ばれておかしくないと思っていた三人にその言葉は理解出来ない。

 自分達が一体に華琳の何を理解していないのかが、理解出来ない。


「私はなんでも出来た、それこそ魔性の天才とも囁かれ歩んできた
  父上の事を憎み嫌い続けていたけど、私はその背中に憧れていた
  軍を率いる事になって私の後ろに人が居て死んでいく事が恐ろしい時期もあった」


 ―――天才の犠牲者は天才に他ならない

 ―――その才能を否定されるか、その才能に苦しめられるか

 華琳と言う少女は後者であり、気付けば曹操と言う王であらねばなくなった。
 軍を持ち国を持ち誰もが”曹操”の”天才”に惹かれて集まってきていく。


「その影に私の失敗を貴方達は知っているの?
  天才の、王のたった一度の失敗を嘲笑う者達の事を知っていて?」


 華琳も…天才も完璧ではない。
 失敗もすれば立ち止まりもする。

 されど積み重ねてきた成功の軌跡は、立ち止まる事と失敗する事を許さなかった。


 『積み重ねる事は良くとも、いつか積み上げたモノに振るい回される』


 人が積み重ねた功績が……積み重ねた人間を相手に遊ぶ。
 四人の心に深い打撃を与える言葉の答えである。


「……確かに…私達はいつの間にか華琳様を見えなくなってしまったのかも知れない」


 もっとも最初に言葉を紡いだのは秋蘭。
 その手には黄忠の弓と特注の弦に矢継ぎするのは矢ではない。

「秋蘭様!?」
「矢ならまだしも秋蘭! 剣など矢継ぎしてどうするつもりだ!?」

 正気とは思えない行動。
 ボロボロの剣、陳到の剣を矢代わりにしているのだから尚更である。
 だが秋蘭本人はふざけている様子など一切なく、真剣な視線が華琳に向けられていた。


「確かに私達は華琳様を見ていた……でもそれは本当の華琳様ではなかったのだ」


 狙いを定める。
 その狙いは華琳が持っている鎌の刀身。
 華琳自身も秋蘭の答えを待つかのようにそこに佇んでいる。


「私達はいつのまにか『魏にいる華琳様』であり『華琳様のいる魏』を見ていたのかも知れない」


 魏王として玉座に君臨する華琳の姿を当たり前と思っていた。
 そこに居るのは華琳様と、我等の愛する華琳と言う女王であると。
 だがその理解が万人ではない…その場の文武百官は”曹操”を見ていたかも知れない。
 いつの間にか自分達もその見方に染まってしまっていたのではないのか?

 ―――玉座の華琳様は、華琳様ではない

 軍がまだ本当に小さき頃のような、本当の意味で華琳を見ていた頃。


「それが貴方の答えなら……示して見せなさい!」


 駆ける華琳に対して一呼吸してから狙いを定める。
 一呼吸…戦場に入って初めて深呼吸した精神はグンと軽くなった。
 翳んでいた視界も健全な時よりも、それこそ最高の状態へと戻っていく。
 相手との距離・相手の呼吸・風の流れの全てが手に取るように判る感覚。

(太公望の鳳よ『お主が主君への忠義と信念を忘れぬ限り、この翼がお主を護るだろう』ならば
  忠義の将たるお前が……貴公がもし私の、私達の忠義を本物と思うならば! 華琳様を!)

 ―――私達の、本当の華琳様を救う力を貸してくれ!

 春蘭達が止めるよりも早く、秋蘭は自分の答えを華琳に対して放つ。
 飛翔する筈のない一撃は閃光の一矢ではなく、閃光の一突きが全てを貫く。

 華琳の鎌の刀身だけを狙い済ましたかのように射抜き砕く。

 音をたてて砕け散り、華琳もその際の衝撃からか地面へとパタリと倒れた。


「「「「華琳様!!」」」」


 武器を放り捨てて地面へと力なく倒れた主君の下へと向う四人。
 ただ鎌の刀身を砕いた事による衝撃と同時刻に麗羽が老仙の片腕を切り捨てた。
 洗脳をしていた術師がこの場から撤退し錯乱によって術の力が弱まった結果、倒れただけ。

「……秋蘭…貴方の答えが私を救ったみたいね」

 当人の華琳はつい先程まで洗脳されていたのかと、疑いたくなるような精神力である。
 そして本来ならば洗脳中の記憶は存在しない筈にも関わらず華琳は記憶していた。

「洛陽が……魏が……華琳様と共に築いてきたモノ達が」

「良いのよ春蘭、確かに失ってしまったけどまた造り上げれば良いだけよ
  たとえ街や国は失われても、貴方達の様な”人”が生きてさえいれば大丈夫」

 涙を流す周囲をあやす様に洗脳によって無理をしてしまった身体を奮い立たせる。
 凛としている訳でも、威風堂々としている訳でもない……ただその場に立っているのみ。 

「今度こそ、今度こそ華琳様の支えとなるようにご尽力します」

「えぇそうしなさい……ならさっそく一つ頼むわね」

 ふらっと倒れる華琳を抱きとめる四人。

「巧く立てないの、支えなさい」

 弱弱しい姿である。
 魏王にして覇王とまで称されている人物が見せるとは思えない姿であろう。
 だが肩書きなど捨てれば華琳もまた一人の女性なのだ。


「「「「御意」」」」


 既に周囲の戦が終戦へと進み行くなか、四人は再び歩き始める。
 また一からの始まりだとしても、今度は見失わない決意を固めて。

 ―――洛陽に程近い山脈に銀色の光が一筋

 ―――爆音と共に山々の肌が削げ落ち轟音と共に迫ってくる

 この歴史において魏を崩壊へと導いた最大の悲劇。

 ―――人間ではどうしようもない天災に抗う一つの光が煌く


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 周辺の白装束は愛紗達と激戦を繰り広げていた。
 矢が飛び交い今だ断末魔の挙る戦場で悠然と佇む二柱の神。
 次元の違う殺意と覇気が、見えざるたった二柱の戦争が繰り広げられている。

「良いのですか? 幾等我等の力を一欠けらを持っているとはいえ…人間が仙人に勝てるとでも?」

 射殺す眼光が鬩ぎ合い、一歩近づく度に弱者の侵入を許さない世界が色濃くなる。
 狂気に支配された愛情と冷酷さと優しさの二つを背負う狂気の邂逅。

 ―――ここに正義はない

 ―――過程も無い

 存在を許されるのは答えだけ。

「勝てぬとは言わぬ、勝てるとは断言できぬ……ワシに出来るのは信ずるのみ」

「お優しいですね伏義、しかし仙人は我等蓬莱の血を色濃く継いだ者の一つ
  それに対してこの星の下等な生命体が束になった所で勝てる訳が無い!」

 この二柱の神は神ではない。
 記録こそ薄れ消えてしまった彼方の頃に、他の星からやって来た蓬莱人なのだ。
 星と言う命すら容易に殺せてしまうほどの科学力を携えた蓬莱人。
 
 その栄華はほんの些細な実験の失敗から水泡の如く消えてしまう。

 星屑の海を彷徨い辿り着いた星、地球にかつての故郷を見出した。

「勝つ……勝たねばお主等の計画は遂行できまい」

「ふふ…あははははははははは! 確かにそうよな! 良く読んでおる!!」

 たった五人の蓬莱人の内の四人は科学力の過ちを繰り返さない為に、種族としての力を使った。
 
 それは異なる個体と融合し、ある種の成長や進化を促進させれる力。

 始祖たる彼らの血潮を色濃く継いだ者が妖怪や仙人と呼ばれる人外へと発展したのだ。
 だがこの融合までの道程は険しく長いモノと化してしまう。

 ―――『道標』こと『女禍』が融合を拒絶し文明を取り戻す事に固執

 ―――四人の蓬莱人はその死力を尽くし女禍を封印し、星へと消えていった

「もう少し戯れたい所ですが…どうやら南華が一足先に帰ったようです」

 ―――封印した筈の女禍は魂魄のみで世界を滅ぼす力を手にした

 ―――その事態を予期していた四人の内の一人であった伏義は融合を取り止め

 傷付き弱った身体を治療すると共に世界が滅び行く様を見届け続ける。
 自分一人では女禍には勝てない、最愛の人でもあった者に勝つには力がいる。
 賭けた…そして持てる知識の全てを持って勝てる力を地球生命体が宿す時を待った。

「逃がすと思うか?」

 地球人の肉体に宿る蓬莱人の魂魄。
 膨大な力を肉体に宿らせている彼の最強の宝貝【太極図】の力。
 元々は反宝貝(アンチ・パオペイ)として設計されて造られた対宝貝への最強の力。
 あらゆる宝貝によって起きた事柄が中和可能ならば中和し、無へと変える能力。

 そしてもう一つは他の宝貝から吸い上げた力を中和から戦闘へと換えて、自らを強化する能力。

 伏義が地力で女禍に劣っている現状を唯一覆せる能力である。 


「太極図に溜め込む能力があるのは知っておる……ならばつかわせれば良い」


 確率を改竄出来る最凶の宝貝【四宝剣】の力が唸る。
 鈍い銀色の閃光として放たれた一撃が着弾するのは洛陽に近い山脈。

 轟音を立てながら滑り落ちていく山肌の土達。

「女禍!!」

「ふはははは! 魏との決戦の最中に起きた悲劇によって魏は崩壊する!!」

 妖艶な笑顔を伏義に見せながら、女禍は老仙の作り出した空間転移の扉へと消える。
 追撃しようにも扉は素早く閉じてしまったのもあるが、後ろから聞える叫び声達。


 ―――このままでは多くの兵士達が飲み込まれる

 ―――周囲の白装束や洗脳されている魏兵を黙らせていた愛紗達が飲まれる


 伏義の決断は素早かった。
 洛陽すら飲み込まん凄まじい勢いであり膨大な量の土砂崩れから仲間を救えるのは自分のみ。
 たとえ計画に乗る事になろうと愛紗達を死なせる訳にはいかない。

(打神鞭……最大出力)

 蓬莱人が備えている飛行能力によって瞬時に土砂崩れの正面に立ちはだかる。
 白い髪を風になびかせ、眼前に迫り来る緑の混じる黄土色の天災に立ちはだかる伏義。
 その姿に多くの者が驚愕し、同時にその本人が纏う純白の輝きに見惚れてしまう。



「――――――疾!!!」



 膨大な量の土砂を塞き止める神の呪詛による不可視の巨大な防壁。
 本来ならば土砂諸共全てを消し飛ばせば良いのかも知れない。
 土砂を巨大な竜巻によって上へと逃がして防げばよいのかも知れない。

 だがもし消し飛ばした際に与える地殻への影響は計り知れない。
 真上へと逃がした小さな小石達は重力によって強大な破壊力を得て仲間達を襲うかも知れない。

 それではダメなのだ。
 護る為に伏義は、太公望としての優しさを優先し自らが犠牲になる道を選ぶ。


「あれは……太公望様!?」
「あれが盟主殿だと!? あの輝きが……」


 涼州から洛陽へと侵攻していた馬騰・劉虞軍は、燃え盛る洛陽から人々を救い出した。
 出来る限りの救助を行い、可能な限りの命を焔から救い出した。
 軽い火傷から酷い火傷を負う者が現れたが……代わりに多くの命が救われる。
 そんな彼らの視線にも伏義として降臨し今まさに奇跡を起こしている太公望の輝きを見ている。

「風が、ご主人様が護ってくれているのか?」

 白装束達を根絶やしにし、魏兵達を洗脳から解き放った愛紗達。
 彼女らも自らの頭上で光り輝き死力を尽くす王の姿は見えていた。
 そして自分達の目の前で暴風達の巨大な防壁が天災を塞き止めている様子も。

「あれが太公望……仙人としての本当の力」

 孫呉の者達にも

「太公望殿!」 
「―――綺麗」

 曹魏の者達にも


 ―――夜空に輝く純白の王の姿が見えていた


 ―――その王の名を伏義と言う事までは知らない


 土砂崩れが力を失い、伏義も風の壁を無くす。
 壁が無くなっても土砂達が前に進む事はなく、ただ小山となってそこにあるのみ。
 微塵たりとも動くことは無く、あらゆる者達がその人為的な天災に飲まれる事はなかった。


「ふぅ……これでやれやれか」


 右肩から何かが全身を這いずり回るような違和感が、伏義を襲う。
 二つの眼がその右肩を捕らえほんの少しした後であった。

 右肩のあの傷から血が噴出す。

 あの伏義としての治癒能力を持ってしても直せなかった呪いの傷跡。

 膨大な力の使用に傷跡が豪快に開いてしまい、血が噴出したのだ。


「くっ…まさか……これすら――――――」


 出血と仙力の膨大な消費によって伏義は意識を失う。

 夜空の小さな太陽として君臨していた純白の輝きは失われ。

 伏義は力無く夜空から地面へと墜落してしまう。

 ―――この後の事を伏義は覚えていない

 臣下達の奔走も……

 彼方より微かに聞える嘲笑の笑い声も……

 ―――ただ夜の闇の奥底へと輝きが沈むのみ


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■作者からのメッセージ
 ソウシ様
 ご感想ありがとうございます
 秋蘭には太公望側で少し活躍してもらう役目でした
 無論今回の太公望はトレーズのお株を奪う仕事です
 太公望に終わらせる事は出来ず、またもや敵側によるモノです
 しかし魏は連合軍との決戦によって敗北し事実上の崩壊
 主戦力もこの決戦で一方的に失われてしまいましたから尚更
 それではまた〜〜

 ボンド様
 ご感想ありがとうございます
 まぁ自分も太公望り性格ならトレーズのこれをしそうだと思って……
 太公望にはその気がなくても優しさと才能によって女衆はもうメロメロです(笑)
 確かに女禍はまだ最愛の人たる伏義の事を諦めてはいません
 恐ろしい女の戦いが今もなおこの外史を駆け抜けてます
 しかしボンド様の勘の鋭さには圧巻です……尽く当てられてますから
 つまり若本声も偽者、計画遂行の為に貴重な魂魄を分離し造り上げた偽者でした
 華琳もある意味では幸せです、もう曹操の才能に縛られる必要などないのですから
 絶対に華琳は才能に苦しめられていた時期があると信じています、ただ表に出さないだけで
 ご期待に添えるように尽力していきます

 春都様
 ご感想ありがとうございます
 確かにこちらではお久しぶりになりますね
 たとえ王の自己満足でも自分の事を大切にしてくれる王を信頼しない人はいません
 ましてやそれが文武最強とも言える太公望からの叫びなら尚更の効果を持ちます
 皇の願いであり記録の為ならばそこに家族がいようと容赦なく彼らは行動を起こしますね
 彼らもまた忠義の兵士達なのですから…ある意味では忠義者の果てですね
 魏の崩壊とある意味での華琳達の再スタート。
 そして華琳は神の輝きの美しさを知り、腹心達と本当の理解を知りました。


 しかし参照が少し伸び悩んだ前話でした
 やはりいきなり29kbは大きすぎたのでしょうか…まぁ多分ブームが去ったか
 イービル様の後釜や偶然真のブームに乗れて参照の伸びていただけですね
 これからが本当の自分の執筆力がものを言うと想いますので、頑張っていきます

 ちなみに今回の秋蘭の剣を射るののモデルは無論、かの弓兵です
 さしずめ 「戦場を飛翔しろ…砕けし鳳の翼!」 ですかね
 でも陳到は本当は蜀究極の裏方なので目立った武器の記述もないので真名が付けれませんね
 本当に彼が評価されるならば間違いなく蜀の背中を護り抜いた漢とでしょう

 私信が長くなってしまいましたが、応援よろしくおねがいします
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