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長き刻を生きる 第三十話『目覚めと新たなる出発点』
作者:大空   2009/03/14(土) 12:41公開   ID:OzeQCJuDaKk
 
 ―――伏義は深い眠りにいる

 ―――もう消え去った彼方の故郷の夢に抱かれながら

『おい伏義、聞いたぞ! あの女禍と付き合う事になったらしいな!』
『本当にお前には驚かされるよ……だってあの女禍だよ?』
『難攻不落の我等が蓬莱最強の女がペテン師のお前とねぇ……』

 まだ蓬莱の未来は明るいと信じていた頃の夢。
 白く細長い身体は今にも折れてしまいそうなほど、脆さを見せている。
 後頭部が大きく、指まで細長く、空中を当たり前のように浮遊して移動する。

 もう伏義と女禍の二人を除けば死滅した蓬莱人達である。

 今いる惑星である地球とは何光年も離れた蒼く美しき惑星の蓬莱。


『はははは、私の何処が良かったのかは知らんが彼女が選んだならば仕方ないさ』


 若き日の伏義と肩を組み笑い合う彼の親友達。
 数多モノ激戦と戦争を乗り越えてきた戦友達。

 発展した文明は夜の闇を忘れさせた。

 だが同時に人から闇に怯える心を一時的に忘れさせれる。
 あるいは闇を渇望する心を植えつけて行った。

『まぁとにかく! 幾等あの女禍でも宝貝に頼らねばならないのは事実!』
『それに対抗出来るのは今のところは太極図だけだものね』
『あれが警察とかに大量配備されれば宝貝による悲惨な事件も減るな』

 宝貝……それは蓬莱人達の技術の結晶であったのだ。
 ある物は気候を操り、ある物は地脈を操り、ある物は純粋な兵器として生を持つ。
 しかし過ぎた性能であり能力に溺れこれらによる犯罪が起きていた蓬莱。

『……それに女禍が持つあの四宝剣ははっきり言って過ぎた力だよ』

 一撃で山など容易く消し飛ばせる宝貝が生まれてから、抗争は激化。
 より大きなアトラクションであり兵器としての宣伝から生まれた純粋な殺戮兵器達。
 または他人の魂魄や精神すら自在に操ってしまう狂気の兵器達まで生まれた。

『だから反宝貝武装として太極図が造られたんだろ?』
『でもまだ未完の武装で何処まであのスーパー宝貝相手に粘れるか……』

 のちにスーパー宝貝と呼ばれる宝貝達は、超を意味するスーパーが名に付く宝貝達。
 半径数kmが射程と言う兵器からかつては神の怒りと呼ばれていた雷を作れてしまう兵器。
 人間の精神を自在に操る兵器・重力を書き換えてしまう兵器・高エネルギー体の龍を作り出す兵器。
 相手の魂魄すら掻き消せてしまう兵器・そしてその最後に位置するのは今だ未完の兵器。

 のちにたった七つになってしまう蓬莱が造り出してしまった超宝貝ことスーパー宝貝達。

 結局のところは力を黙らせる為に力が選ばれる時代であった。


『これからも力は生まれていく……それを破壊ではなく調和にする術などないのだろうな』

『へっ…もう神様なんて存在は信じねぇよ』

『悲しいね、進みすぎた科学は色んな物をくれて奪っていったんだから』

『私達に出来るのは科学を得る為に得た知恵をどう使っていくかなんだろうな』


 まだ蓬莱の未来が明るくきっともっと良い未来があると信じていた時期。

 そしてこれから少しして蓬莱と言う世界は……造り出した力に飲まれて消える。

 伏義の友も、家族も、家も…何もかも奪いつくして行ったのは科学。

 しかしそんな彼にその全てを与えたのも科学。


『へっ! もし神様がいたら俺は知恵についてこう聞きたいね!!』


 ―――神様

 ―――あなたはどうして……



=============================================



 伏義が現実に帰還して初めて見た景色は、自室の天井。
 視界に映っている光の正体は窓からその姿を覗かせている月明り。


「神か……友よ、ならば神の名を……伏義の名を持つワシが代わりに答えよう」


 声にもならない言葉を紡いだ。
 太公望でも王天君でもない、もう出会う事も出来ない友への弔いの言葉を紡ぐ伏義。
 胸が苦しんだり眼から涙が流れてたりする事はない。

 ―――古き友との決別はもう付いている

 ―――死とは未来であり過去である

 自分でも忘れてしまうほどの長い時間を掛けて地球に辿り着いて。
 今更ながら思い出してしまう遠すぎる故郷の昔話。

「ワシ等が女禍の案に賛同しなかったのは……単に悲劇を繰り返したくなかったらなのか?」

 ―――伏義の中で今更ながら答えが見つかった


「あぁそうか……ワシはきっとあの記憶が記憶のままである事を望んだからなのだろうな」


 ―――それは伏義が似て非なる存在を認めたくなかったから

 ―――亡き友はもう蘇えらない

 ならばせめて古き良き過去として時間の中に埋没していく事を望んだ。
 だから伏義は女禍の全てをもう一度始める策に賛同出来なかったのかも知れない。
 そして女禍が決戦によって封印されたあの日より、世界の何処かより彼女を見ていた。
 女禍が眠りの姫となり、いつか……もし…もしもあの計画を諦めて共に眠る道を選んだならば。


「もしもの世界で”もしも”を願うのは…禁じ手よな」


 上質の羽毛などで作られた布団から抜け出し、五体を確認する。
 両足の二体・両腕の二体・最後に頭の一体全てが健全に存在している。
 その身体にはきちんと返り血などが洗い落とされた仙人服が丁寧に着せられていた。

 ふと覗く右肩には違和感は存在しない。

 そしてもう一つ覗いた鏡で太公望は驚かされた。


「伏義の姿になっておる……ふむ身長も高くなって少しは大人として見えた方が説得力もあるのぉ」


 ……驚いている割にはすぐに順応してしまった。
 太公望は少年、それこそ十代前半で不老を得てしまった為に顔や身長は子供のままであった。
 仙人や道士から言わせればそんな少年が瞬く間に、呪術の境地を得たのだから驚くべき際である。
 しかし太公望自身のサボり癖やその智勇が合わさり、その秘めた才能を隠しながら仙人と成り得た。

 鏡に映る凛々しくも青年としての爽やかさを兼ね備えたその美貌。

 身長も高すぎず低すぎない…少なくとも太公望の時よりは確実に背が伸びている。

 更にあの独特の光沢を纏う白髪へ黒かった髪も完全に変わってしまっていた。
 服の懐にはいつのまにか身体から剥がれた太極図が入り込んでいる。
 おそらく気絶している間はその役目を果たしていたが、目覚めた事によって自然と普段の棒に戻ったのだろう。


「さてと、愛紗達を驚かせに往くかのぅ」


 太公望としての一面を色濃く残す伏義は、心配しているであろう愛紗達を脅かそうと早速行動を開始した。


 だがしかし時刻も既に寝静まっている時間帯であり、現在は将官全員が個室持ちの居城で全員を脅かすのは難しい。


 幽州の館とは違い、業の居城は大きく将官達があの人数でも個室が持てるほどに部屋が存在している。
 無論部屋が余っていた訳ではなく袁との決戦の際に戦死した者達や裏切り者達の部屋が空いただけ。
 当初はそれこそ広すぎる城に迷いこそしたが今となっては庭のように場所を知り尽くしていた。
 また将官の部屋も仕事の都合などで大きく離れているモノが多く、特に執務室に近いのは軍師関連。

 ―――執務室

 この単語を思い浮かべた瞬間に太公望の脳裏に悪夢が過ぎる。

「そう言えば……ワシはいったい何日寝ていたのだ?」

 太公望の意識はあの出血の後から存在していない。
 だが夢を見ていた事から自分が”寝ていた”と言う事は理解していた。
 そうなれば寝ていた日数によっては執務室には膨大な量の書簡が溜まっている事となる。

 ましてや強国【魏】との決戦で太公望軍は大切な者を失った。

 文武両道の陳到と言う逸材を失い、統制の乱れ・軍の再編の困難さは容易に理解できる。
 更に白装束の横槍によって戦死した一万人以上の兵士の遺族に対する手当てによる国庫の消費。
 同盟国の呉との戦後処理や倒した魏の領土分配を始めとした外交、北部に対する処置もある。

 ―――考え始めれば戦後処理に限などない

 ―――ましてや最終決断を下す自分が不在では尚更の事


「……逃げるかのぅ」


 骨髄にまで染み付いているサボり癖。
 それが想像して出来た書簡達を相手に下した決断は速やかなる撤退。

 だがもしそんな事をすれば愛紗の雷が落ちてくるのは明確。

 進めど窮地・退けど窮地の現状に悩む太公望。
 初めて気付いた執務室の明かりが点いていると言う現実。

(灯りが点いておる……まさか……)

 物音を立てないように近づいて最初に見えたのは毛布に包まりながら寝息をたてている星の姿。
 執務室の入り口の壁を背もたれ代わりにして寝ており、執務室の外に居た為に発見が早かった。
 本人が月光を良く反射する白色の服を着ているのも発見の早さに繋がった。

 そして眠ってしまっている星の周囲にあるのは無数の書簡達と一本の筆と硯。

 書簡の一つを音をたてずに拾い上げ、中身を確認してみる。

(うむ、星なりにだが書簡と向き合ってくれたようよな)

 星にとって出来る限りの書簡処理がしてあった。
 達筆と言うべき字列が並び、この書簡には地方に現れた盗賊をどうするかの案が書かれていた。
 しかし星らしいと言えば星らしいのだろうが太公望から見れば苦笑いが浮ぶ案が書かれている。
 されどそれは諸国を旅して武者修行をして来た星の内柔外剛にも似た草案と褒めるべきでもある


(……巣穴を程好く突いて出させるか……確かに良い案よなっと―――これは)


 太公望の視界に映ったのは太公望軍の将官や同盟軍の劉虞や馬騰が書簡に沈んでいる姿。
 全員が毛布を掛けられたりして寝ている。

 ―――ある者はスヤスヤと静かに

 ―――ある者は豪勢に轟音なイビキを

 ―――ある者は夢に喜び、うなされている

 それは彼女等なりの決断があり結果であった。



=============================================



『ご主人様不在で私達に出来る事など』
『しかし太公望様は仙力の消耗によって深い眠りに入ってます…最低でもあと三日は起きないかと』

 魏との決戦からすぐに呉からの外交要請があった。

 滅びた魏の領土をどう言った分配で取り合うかの重要な会議がしたい、と。

 更には白装束に対する警戒をどのように打ち出していくか。
 同盟をどうしていくかなどの非常に重要になる議会が開かれる事となった。
 遅らせれる事も出来ない、しかし太公望軍は総大将たる太公望が重症で昏睡状態。

『……少しは盟主殿に頼らずやってみたらどうかね?』

『まぁ【幽州連合】の盟友・代表としてワシと劉虞が赴こうとは思う』

 救いと歩き出すきっかけを与えたのは、連合軍の劉虞と馬騰。

『しかしご主人様抜きではこちらが不利に』

『……いえ、連合はご主人様・劉虞さん・馬騰さんは同じ高さで手を取り合うと盟約文にはあります
  あくまでお二人がご主人様を盟主と言ってくださるのはある種の体裁ですから、問題ないかと』

 連合軍には二人が居る。
 一人は強力な北部民族を束ねる馬騰は、漢王朝の宮廷に何度も出た経験を持っている。
 呉王である孫権に対する礼節を持った会合は出来るし、何より王朝に居た事が武器になる。
 そう言った取引で馬家を中央の汚職から汚職を持って守り抜いてきたやり手の一人だ。

 もう一人の劉虞は”劉”の名を持つ正統な血筋と言う血を重んずるこの時勢には、最強の武器。
 更には漢王朝の左右将軍の両名を直属に持ち、焼けてしまったとはいえ洛陽を手にしたのだ。
 その気になれば漢王朝復興を宣言し、皇帝権限で太公望達に強大な権力を与えれる。
 才気も充分であり皇帝に即位しても太公望が摂政であり重役に納まれば民衆の多くは付従う。

『……財布面は任せなさい、すぐに計算してこっちの限界とあっちの限界を出しておくわ』

『財務官の華賈殿と内政官の諸葛亮殿がこちらの切り札だな』

 それは太公望抜きでの外交。
 太公望抜きでどこまで呉国を”押せる”計画を作れるのか判らない。
 太公望と言う精神支柱抜きで大場面を無事凌ぎきれるのか判らない。 


 ――― 朱里は決断せざる得なかった


 そして今この時になって初めて太公望が自分達の成長を促したのか。
 やっと理解出来た。

『本気か朱里!? ご主人様抜きでは対等とは呼べないぞ!』

『確かにそうです、ですか私達はご主人様抜きで何とかしないといけないんです!
  ご主人様が勉強を教えてくれたのも! きっと自分が動けない時の為だったんです!
  いつまでも…すがりついてちゃダメなんです! 一緒に飛ばないといけないんです!』

 古参である朱里には今の自分達がいつまで経っても親鳥にすがる雛鳥と理解した。
 幾等太公望と言う鳳凰もいくつもの雛を抱えて飛び立つ事など出来はしない。 

 ―――黄巾族との戦の際も

 ―――反董卓連合の際も

 ―――袁との決戦の際も

 ―――そして今まさに終結した魏との決戦の際にも


『そう飛ぶんです! 後ろについて行くだけじゃダメなんです!』


 古参であるほど、考えれば太公望は傍に居てくれた。
 賊のような小さなモノならば自分達一人一人で始末出来ていた。

 だが大きなモノには必ずと言って良いほど太公望の姿を見つけてしまう。

 ―――軍団の指揮に

 ―――国の政治に

 ―――外交に

 必ずと言って良いほどに太公望は護ってくれている。
 その才気を持って愛紗達を護っては笑顔で居てくれる。
 背中を向けて親のように護ってくれて親のように暖かさを与えてくれる。

『……私達もまだまだ子供と言う訳か』

『すみません、出すぎた事を言いました』

 いつのまにか自分達は太公望と言う主に頼ってばかりになっていた。
 まさに巣立ちせずに親に縋りつくダメな雛鳥に成り下がっていたのかも知れない。
 一人前と思う方が傲慢と呼べるのかも知れなかった。


『朱里、太公望軍からは私が代表として出る…左将軍ならば少しは釣り合いも取れるだろう』


 太公望の利き腕たる”左”を任されているのは、名実共にならねばならない。
 愛紗もまた決意する……いや太公望軍に属するもの全てが決意と決断した。

『では会議には私と詠さん・愛紗さん・劉虞さん・馬騰さんの五人で向います
  残った人達は各自の判断で負傷兵の手当てや本国への伝令や凱旋をお願いします
  それと洛陽の復興の準備に曹操さん達を都の業で匿っていてください
  あと鈴々ちゃん・恋さん・霞さんは護衛として付いて来て下さいね』

『匿う?』

『白装束の事を公にして向こうの行動に民衆の眼と網を仕掛けるまでね
  真相を知らない者達から言わせれば今の曹操は敵国の大将…処罰は言うまでもないわ
  陳到の戦死は確実に国に混乱を与えるから、今回の戦死者への弔いに大々的な葬儀もする
  結構金銭的は厳しいけど洛陽の復興にも手を出す……あそこは切り札を超えた奥の手になる』

 呉からの会議への召集が来た為に七人は呉の陣営へと向う。
 残された面々は自分達が何をどうすべきか考え始めた。
 ここで冷静な判断を下せたのは元太守である白蓮と紫苑の二人。
 更に策士である干吉と左慈に、動いたのは意外にも皇甫嵩と朱俊の四人。

『洛陽復興は私と朱俊に任せて欲しい―――ここは私達には特別な土地なんだ』
『まぁ今は焼け野原だけどよ、あの綺麗な街並みを取り戻すのに努力させて欲しい』

 これには満場一致で二人に洛陽復興の指揮権などを任せた。
 二人の部隊の多くは元官軍達で構成されており、今も洛陽復興に燃え上がっている。
 幸い損害も少なく兵糧にも余裕のある劉虞軍はこの場に留まり復興作業にすぐに取り掛かる。

 またこれの支援に馬岱を始めとした涼州の者達が率先して動いてくれた。

『俺達にとって洛陽は良い取引先だろからよ、直ってくれないと困るんさ』
『……馬岱兄さんにはこの白眉の馬良が補佐しますから安心してください』

 涼州の目の前に位置する洛陽などの街は非常に貿易には都合が良い。
 たとえ都としては復活しなくても中継貿易の街としての復興は見込める。
 西のまだ見ぬ国々との貿易で得られる資金は今後の太公望達の大きな支えとなってくれる。

 幸い涼州に待機している者達にも協力を要請すればすぐに動いてくれるらしい。

 つまり食料や水に材木などの運搬に大きな支援が得られるとの事。
 馬騰からお墨付きの『白眉の馬良』がいれば文関係での支援は非常に大きい。

『では私や左慈は各地に少々手足を伸ばして風評の改善に向います』
『とにかく少しでも事の真相を流して混乱を抑えるとか、風評を良くしないとな』

 情報戦に長けたこの二人は即座に行動を開始し、暗部達に各地に流言を命ずる。
 太公望が曹操を生かす道を選べるようにする為に各地の情勢を知る必要がある。
 白装束・魏・陳到の戦死に対する真相などを、こっちに都合よく公開して民衆全てを味方にしていく。
 幸い白装束の多くの者達の頸が回収できた為、今回の悪役として民衆の憎悪を買って貰う。

 ―――戦には多くの人命と金銭や物資を消費する

 そこで必要になるのは

 ―――”コイツ”の所為で貧しい!

 ―――”コイツ”の所為で苦しい!

 と言った民衆に生まれる感情のぶつける先を造る必要性があるのだ。
 袁の時は郭図達の裏切り者とその関係者達を根絶やしにする事で、民衆はこう思う。


 ―――正義は執行された!! と


 今回はそれを白装束として大々的に宣伝するのだ。
 英雄陳到を殺した敵として・非道なる輩として・のちに悪役と呼ばれる者と誇張して地方に飛ばす。
 あとは集団意識や巧く調整された情報が蔓延して民衆や遺族の敵意は白装束と向う。
 更に太公望が目覚めたのちに遺族に対して謝罪文を出せば完璧と言える結果。

 ―――盟主様はご自分の所為と思われている

 ―――悪いのは白装束とか言う輩だ!

 ―――そうだ盟主様はなにも悪くは無いぞ!

 太公望を敬う声はより大きくなり、人心を掌握していく。
 風評を良くするとは徹底した情報操作なのだ。
 もしそれでも太公望達の悪評を流すものには”不運な事故”に会って貰う。

 特に干吉には手塩に掛けた暗部隊が存在するのだから、多少の偽装は容易に出来る。

 これを盗賊によるものや白装束のものとすれば更に人心掌握が楽になる。
 太公望軍とは決して清廉潔白で生き残ってはいない、影の活躍によって生きているのだ。

『では私達は一足先に戻って業で戦死者達の弔いの支度をしておきましょう』
『それに後方の救護班とも合流して太公望の旦那の処置もしないといけないしな』

 麗羽達は昏睡状態の太公望を連れて本国へと一足早く凱旋する。
 ただ帰るだけではない、昏睡状態で襲われればそれでお終いの太公望を護りながら帰るのだ。
 その役目は非常に重要であると同時にこの国の命運そのものを連れて行く事になる。
 もし一昔の麗羽ならば間違いなく反対の嵐だろうが、今の麗羽の名実ならば納得してもらえた。

 更に麗羽と袁四武将は業でもまだ人望を持っている。

 彼女らの口から事の真相を始めとした事などを言えば、他の者達が言うよりは信じられる。
 更に麗羽が非常に目立つ事がらを利用して曹操を始めとした面々を隠して運搬していく。
 いわば隠れ蓑として活躍してもらうのだ。

『じゃあアタシは帰宅組みについて行って、途中から呉国境に進路変更だな』

 白蓮は道中は麗羽達に同行し、途中で進路を呉との国境へと変更。
 万が一にも呉から何かあってはいけないので、数日の間は砦に滞在。
 砦で休息している間にも国境を睨み、会議の終えた愛紗達の護衛を担う。
 いわば小さな殿の部隊というべき位置柄である。

 ―――周喩がどう動くか知れない以上は睨むしかない

 幸い白馬将軍の異名は伊達ではなく、いればそれなりの牽制にはなる。
 ただし会議の邪魔をしない為に出来る限り悟られずに砦に滞在する必要がある。
 そして帰りも出来る限り悟られずに合流する必要があった。

『では私達は愛紗達が会議から帰ってくるまでここで待機だな』
『まぁしばらく暇でしょうから復興部隊が山賊なんかに襲われないように護衛もしましょう』
『ふっ、主の為ならば兵もまだまだやれるだろう』
『とりあえず馬家代表としてここに残っとくさ』

 残った椛・紫苑・星・翠の計人はこの場に待機。
 役目は最悪の事態での会議への突入や復興部隊の護衛。
 特に厄介なのは曹魏が消えて治安の悪化を狙った盗賊達や曹魏再興を謳う残存兵達。

 白装束が各自の戦力が分散し、各個撃破の狙えるこの状況を逃すのは考えづらい。

 更に復興に人手が余るなど存在しない。

 負傷兵は極僅かであり、もっと薬が必要になるのは焔の最中から人命救助に燃えていた同盟軍。
 とにかく薬学などに知識を持つ者は向こうへ出張と同時にこちらの動きを伝える役目もある。
 更に機動力に優れる騎馬や戦車隊は近隣の職人や飯屋の主から医者をかき集める仕事もある。
 忙しくない場所など何処にもありはしなかった。

 ―――そして昏睡の太公望はこれらの奔走を知らない



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 そっとそぉっと物音をたてずに執務室に強引に取り付けさせた仮眠室を覗く。
 ちなみにこの時の太公望は満開の笑みを不気味に浮かべながらの…覗きであった。

 仮眠室の布団でスヤスヤとセキトを抱きながら眠っている恋。

「むにゃむにゃ………望父様」

 そんな恋と同じ布団で仲良く一緒に眠っている璃々。
 目元にはうっすらと涙の後が見えている。

「ペチャペチャペタン張飛〜〜」

「春巻き頭〜〜ペタンペタンなのだ〜〜」

 寝言とでまで仲良く喧嘩している鈴々と許緒の二人。
 随分と寝相が悪く、お互いの片足がお互いの身体の上に置かれている。
 そんな微笑ましさに思わず父親が見せるような優しい笑顔を見せてしまう。

「ご主人様……」

 侍従長であり特別に個室まで与えられている月までこの部屋に寝ている。
 彼女は侍従の中では一番の早起きであり、一番遅く寝ている。
 当初は太公望からも身体に悪いと指摘されたが、本人がさせて欲しいと要望したのでそれ以上は言わず。
 本人も今では慣れてしまっており、またそんな月の姿勢に多くの侍従が見慣わさせられてしまう。
 そんな月が優しくも眠っている面々に丁寧に毛布を掛けてくれたのだ。

「華琳様〜〜〜」
「馬鹿春蘭〜アンタはあっちに居なさい〜〜」

 布団の一つを占領している夏侯惇と荀ケ。
 鈴々と許緒のように寝言で喧嘩を展開している。
 つい先日まで敵対していた者達がこうしていると言う事に、太公望は少し嬉しくなった。
 自分が眠っている間に愛紗達がどれほど奔走していたかが少しだけ判ったからだ。

 ―――足音が二つ

 ―――気配を殺し月夜の闇へと姿を隠す


「……まったく諸葛亮の配慮には驚かされます」

「……確かにそうね……だけどこれほどの判断が出来るように育て上げたのは間違いなくアイツよ」


 ―――足音の正体は曹操と夏侯淵の二人のモノ

(―――ほぅ)

 曹操が朱里達にどんな評価を付けているのか知りたくなった太公望は姿を隠したまま。
 執務室に取り付けられたのちにベランダと呼ばれる場所まで、書簡と戦い散った者達の骸を避けていく。
 夏侯淵の手には酒が入っている徳利と二つの杯が載った木製のお盆が一つ。
 器用に息のある骸達を交わしてベランダへと辿り着き、小さな円卓に二つの木製の椅子に腰掛ける。

「秋蘭はどのような所に驚かされたのかしら?」


「まず始めにやはり太公望のその指揮能力に決戦前の二十数万全軍の士気を跳ね上げる演説力
  国を見ても蛮族達を味方にしてしまっている融和政策の巧みさに生活水準の高さ
  軍を見てもやはり騎馬隊の強さはもはや並ぶモノなき力量にその規律の統制率
  更に民衆全てが王と謳うだけの求心・人望・魅力を兼ね備えながらも文武に通ずる才気
  そして私の話を信じてくださり更には一部隊の指揮を任せてしまうほどの才能への貪欲さ
  あとはその王によって鍛え上げられた個々の将官の能力の高さと言うべきでしょうか」


 幾等洗脳によってただ突撃するだけの存在であったとはいえ、決して魏は弱くはない。
 華琳の下に集う文武百官達はその才を認められた猛者ばかり。
 曹操は史実において『時代を超越した英雄』とも呼ばれているのだ。
 その天才からその才能を見出され、個々の努力によって保たれた文武官としての地位。
 決して非才などいなかったが……太公望の下にはそれ以上の猛者達が集っていた。

「華琳様は?」


「貴方とほとんど同じね……風に聞く太公望の勇姿は少し疑ってたけど
  まぁ一番驚かされた所はあの袁紹が立派な上に立つ人間になっていた事ね
  それこそ関羽達に比べれば見劣りするけど、もう立派な光を持っているわ
  それが女としての笑顔を浮かべながら『望様のおかげです』なんて言うのよ?
  聞いた直後は正直驚きすぎて叫び声があがりそうになったわよ……ところで秋蘭」


 徳利から酒の注がれた透明な酒の入った杯を傾けて、一気に飲み干す。
 その溜め息の一つを漏らす姿は月光の力を抜きにしても美女と呼ぶに相応しい。
 しかしその視線は何処か不満そうに秋蘭を見つめている。
 流石の秋蘭も華琳のその視線に驚き、不安を駆り立てられてしまう。


「さっき太公望が話を”信じてくださり”と言ったわね?
  ―――貴方まさか私という者が居ながら太公望に……惚れたのかしら」


 この発言に対して秋蘭は慌てふためくばかり。
 冷静沈着な状態が基本とも思える彼女の姿にこれまた笑みを零してしまう太公望。

 そんな気の緩みからか、気配が僅かに漏れ出してしまい勘付かれる。

 無言ではあるが秋蘭が腰に下げている剣の柄に手を添えている。
 ゆっくり一歩、また一歩と近づいてくる…このままでは本気で切られかねない。

「出て来い……事を荒立てたくは無い」

 殺気の込められた降伏勧告に太公望は素直に応じた。
 下手に長引かせたりしては愛紗達が目を覚ましてかねないからだ。

 すっと影から姿を現した太公望に絶句する秋蘭。

 戦場で見せたあの白き王の姿で堂々と現れるのだから。
 つい先日まで昏睡状態の男が飄々と姿を現す……それも成長した姿で。
 女禍の肉体が理想の女性ならば、今の太公望は理想の男性像のようなものである。
 ましてや戦場で見せる猛々しさと冷酷さを知る者にとって、この姿は見掛けだけの男ではない。


「……いつからそこに居たのかしら」

「つい先刻ほど前…少なくともお主等がワシ等の評価を出しておるよりは早いのぉ」


 すっと月夜に身体を晒す太公望の姿はまさに魔性の魅力持ち。
 だが気配は暗く眼も決して笑ってはいない……伏義の人格寄りである。
 秋蘭が腰掛けていた椅子から離れ、歩み寄ってきた太公望に座らせる。


 ―――反董卓連合以来の邂逅であった


「反董卓連合……実際は白装束達によって仕組まれた戦…以来よな」

「……そう…董卓も私達と同じような立場だったのね」


 眠っている者達がモゾモゾと寝返りを打ったりする。
 先程の秋蘭の行動で少しだけ意識が起きてしまった者も居たがまた眠りに落ちていた。
 それほど今の睡魔達は強力無比であるのだ。

「朱里達は良い働きをしたようよな、少なくともお主等が”こうしている”のだからのぉ」

 華琳は敗戦国であり敵対国であった【魏】の元国王だ。
 それが堂々と勝利者の執務室に入れている事や、今もこうして生きている事。
 臣下共々生きていると言う事は並大抵の事ではない。

「……そうね、でもそれ以上に貴方の暗躍ぶりに驚かされたわ」

 華琳の口から語られる自分達が生存に至るまでの経路。

 まず太公望軍の暗部が展開した白装束の確認されている行動と、その非道さの流言。
 白装束は非道な呪術を用いて董卓を決起させた事や、曹魏の今回の戦も同様と流す。
 更には今や忠義の英雄と称えられる田豊と淳干携の両名の死も彼等が原因と言う。

 徹底した情報操作によって曹操に対する敵対心を薄れさせる。

 更にここで朱里の下した決断もまた秀逸にして英断であった。


「元魏王として貴方に送る謝儀は三つだったわ……」


 ―――魏領の譲渡


 これは結局同盟国である呉との会議によって分配となってしまう。
 だが朱里達の口論によって分配は6:4と太公望軍が多めの収入となった。
 無論これには呉も了承しており、むしろ呉は被害を受けていないのでそこまで取れない。
 もし5:5を要求する気ならば呉はもっとしっかりと軍を率いてくる必要があった。
 あまり働いていない連中に対して過剰な給金を払うほど詠の見立ては甘くない。


 ―――自分と配下達の身柄を委ねる


 これが朱里に華琳生存への英断の切っ掛け。
 つまり華琳達の身柄は太公望軍が好き勝手してもなんら問題にはならないと言う事。
 そこで下した代理としての判断は、華琳達を過剰に働かせる事であった。


「私達は曹魏再興を謳ってくれる兵士達の説得から…応じない者達の討伐もしたわ」


 華琳達に兵を任せ、曹魏再興などを謳う反乱および残党軍へ衝突させる。
 幾等末端が再興を言えどその肝心の頭が再興する気がないのでは話にならない。
 当然の如く華琳のその説得力に溢れた演説に、次々と残党軍は無条件降伏を行う。

 監視および残党軍への説得役に劉虞や愛紗などが同行。

 更に敗戦国【袁】の兵士達や民衆に対する太公望の温厚にして寛大な配慮は知られている。
 略奪や陵辱を決して許さないその義勇心に、民衆は更に惹かれていく。
 あらゆる事の改正と改良に、復興に対して決して惜しんだりしない民衆を重んじる配下達の姿。

 これほど宣伝出来る素材はない。

 また軍内部で不穏な動きをする者等に対しては家族などを……人質に取る。


『あまり不穏な動きをすると曹操達の立場が危うくなってしまう』


 そう囁けば華琳達に忠義を誓う者達は決して反乱を起こせない。
 自分達が不穏な事をしてしまえば、温厚と知られる太公望も処罰をくだざるを得ない。
 主君を重んじるならば苦汁に耐えて、懸命に太公望達に仕える事こそが主君の為となる。
 現にこれによって元魏兵からの不穏な動きは消え、残党討伐に努力する兵士達の姿。

 これによって兵士間での不協和音は消え、各地での華琳達の風評も格段に良くなった。

 ―――曹操は太公望様に忠誠を誓っている

 ―――かの覇王と我等が賢王が共にあれば怖いものなど無い

 干吉と左慈の暗躍によって短時間で将官としての地位を確立させた華琳達。
 才能などを重んじるこの軍において出世しない筈がなかったのも現実。
 生きる為に多くの反乱を黙らせてきたその手腕や態度に姿勢が周囲の警戒を解かせたのも一因。


「ほぅ…あの朱里がそんな判断をしたのか」


 杯を片手に朱里の成長を素直に喜ぶ太公望。
 つい先程まで笑っていなかった顔がそれこそ本心からの笑顔となる。
 その顔に思わず自分の顔が熱くなってしまう事に気付いた華琳は慌てて火照りを消す。
 むしろそれを酒の所為とする為に少し勢い良く酒を飲んでいく。


「華琳様少々……太公望殿」

「うむ夏侯淵か……どうした?」


 夏侯淵から太公望へと手渡されるボロボロの一振りの剣。
 笑顔であった太公望の顔から表情が消え、涙の無い泣き顔が浮かび上がる。

「この剣が私を救い、華琳様を救って下さった……亡き英雄陳到に謝儀をしたいのだ
  華琳様を洗脳から解き放つ為に愚かにも私が選んだ”死”を否定し”諦めるな”と
  そうして私は今ここにこうして華琳様や姉者達と共に生きていられる」

 主を失ってもなおこの剣は人命を救って見せた。
 どれほど醜く生き残り、主と共に死す事が出来なくてもひたすらに生き抜く。
 その信念が夏侯淵を救い、ひいては華琳の命を救う結果となり得た。 

「……そうか陳到…良くやってくれた……」


 ―――もう…良いのだぞ


 太公望の言葉に反応するかのように、刀身に亀裂が走る。
 ただ静かに刀身全体に亀裂が走り抜いた後……静かに刀身が砕ける。

 役目を果たした剣は天に昇りし主の下へと還ったのだ。 

 本当の天と呼ばれる死が導くその場所へと……


「……あと一つで最後の一つは関羽達にも言ってないわ、心して聞きなさい」

「立場を弁えよ曹操、今のお主は一介の将官でありワシは王……気高さは認めるがの」


 今の華琳はあくまで元魏王であり太公望軍の一将官でしかない。
 それが王たる太公望に対して”心して聞きなさい”と言うのは、失言極まりない。
 だが同時に失われぬ気高さなどは評価されているが、太公望の言葉は冷たく突き刺さる。

「……失言とは思わないわ…媚びへつらうのは私の心に反するわ」
「その為に死す事すら辞さぬと言うのか?」

 華琳の誇りと気高さに満ちた輝きが、満ち溢れる。
 凛としていて威風堂々たる姿勢は元魏王の貫禄をまざまざと見せ付ける。


「私はもう弱音は見せない・吐かない…ここに居るのはそう願う私だからよ」


 つまり気高き曹操は決して捨てないと言う事なのだろう。
 横槍が入らなければきっとこの二人の立場は入れ替わっていたのかもしれない。
 だがそれでも勝者は太公望であり華琳は敗者たる現実は変わらない。

「ふむ……ならもう少し立場が良くなったならば王たる姿勢とやらを聞くかのう」

「貴方が望むならばこの三つ目の謝儀が叶えるわよ」


 華琳の口から言われた三つ目。


 ―――私自身の身体を差し出す


 つまり女性としての曹操であり、華琳を自由にして良いと言う事。
 秋蘭は何も動かないがその口からは微かに血の色が伺える。
 だが華琳が大きく読みを外したのはこの瞬間。

 太公望は仙人であり、同時に本人の性格を知らなすぎた。


「三つ目はいらぬ」


「私じゃ不満と言う訳かしら?」


「……もう何度この話をしただろうか」


 華琳も自分の女としての魅力は自負しているつもりだ。
 だがそれを何の躊躇い無く平然と斬り捨てられるのは流石に勘に触る。
 
 ―――太公望の口から語られる自分の素性

 ―――仙人たる事とそれによる寿命の圧倒的な差

 ただひたすらに孤独となってしまう不老長寿の末路を語った。
 流石の華琳もそんな重く厳しい話をされてなお、身体を差し出すなど言えない。

「だが代わりにしっかりと扱き使わせてもらうぞ
  特に今のこの部屋の惨状を知るように少しでも戦力が欲しいからの
  かの魏王たる曹操が手伝ってくれると言うならば、皆の負担も軽かろう」

 才能ゆえの特有の孤独を知る華琳。

 手にした力ゆえの孤独を知る太公望。

 似ているがゆえに双方の了解は早かった。

「……そうね、そう言う事にしておくわ」

 双方不敵に笑い合う。


「では曹操これからも……」


 太公望の差し出された手を握り返さない華琳。


「華琳よ、私の真名を身体と共に預けるわ」


「……では改めてよろしく頼むぞ”華琳”」


 ―――それから手を取り合う

 俗に言う握手を交わす両者。

 そして彼女もまた太公望のサボりと言う崇高な目的の犠牲となってしまう。
 そんな事など露知らず華琳は何処か嬉しそうに握手を交わしていた。


「んん……ん………いまは………」


 二人の会話によって最初に起きたのは愛紗。
 眼を擦りながら懸命に周囲の確認をしている。
 だが目蓋はまだまだ重そうであり、今にも二度寝してしまいそうなほど。

「ふむ……まだまだ真夜中と言うところかのぅ愛紗」

「あぁそうですか………ではもう一度寝ますねご主人様」

 まるで何事も無かったかのように再び毛布に包まる愛紗。
 どうやら太公望を夢のものと思っていたらしいが………



「――――――ご主人様ァ!?!?」



 どうやら眠りに落ちる寸前で気付いたらしく、一気に眼が覚めた愛紗。
 大きな音と声を挙げながら起きるものなのだから、周囲が一斉に目覚め始める。

「どうしたんですか……まだ暗いですよ」
「……もう少し寝させてよ」
「どうした関…羽……」

 などと面々が寝ぼけており、何人かは起きてすらいない。
 それを愛紗が慌てながらも懸命に声をあげる。


「ご主人様だ! ご主人様がお目覚めに!!」


 先程の愛紗のようにまた眠りに落ちようとする面々。

「さっきの関羽のようですね」

「うっ五月蝿い! それより皆起きろ! ご主人様がやっと起きられたんだぞ!!」

 顔を真っ赤にしながら秋蘭のカラカイに答える愛紗。
 


「「「「「「ご主人様ァァァ!?!?」」」」」」



 本当にさきほどの愛紗のように一気に意識の目覚める一同。
 だが今だ目覚めていないのは劉虞と豪快なイビキをたてている馬騰のみ。
 春蘭達はそんな一同の余波を受けて強引に目覚めさせられてしまう。

「うむ、おはよう」

「おはようじゃないわよこの馬鹿! 月がどれだけ泣いたと思ってんのよ!」

「やっと…やっとご主人様が……」

 一斉に目覚めた太公望へと雪崩れ込む。
 それを受け止めて一人一人丁寧にあやしたり謝る太公望。
 ほとんどが目元に涙を浮かべており、嬉し涙という所だろう。

 涙を浮かべていないのは、恋・星・椛・霞である。

「ふむ…主、背が伸びましたか?
「あと何処となしか雰囲気も変わったみたいやし」

 月光を反射する白い髪に程好い背丈に美貌を兼ね備えた顔つき。
 纏う衣服も上等な物であり、戦場の猛々しさがその魅力を引き立てる。
 更には人望に厚く、義勇を重んじ、老若男女・民族問わず引き付けてしまう魅力。
 性格・人格共に信頼厚く、柔剛・冷温の使い分けも出来る稀代の君子なのだ。

 ましてや今の太公望は少年ではなく青年である。

 意識してしまう者や急に年上に見えてしまう者も少なくない。


「ふむ、不老のこの身体が成長したのは中々奇だが…案外悪くはない
  さてね感動の再会もここまで! もうひと寝入りして明日に備えねばな」

「いや感動や興奮してとても二度寝など出来ません」

「なら先に一仕事片付けてしまうかの…書簡処理はまだまだ見たいらしいしのぉ」


 一部から相当…それこそ心底から拒絶の声が挙がる。
 寝起きに加えて時間はまだまだ夜遅くであるのだ。
 今から真面目に仕事をしてしまうとニワトリの朝を告げる声が聞けてしまう。


「嫌ならば寝ればよい、出来そうな者は手伝え、あと華琳は強制参加とする」


 さらっと曹操を真名である華琳と呼び、更に書簡との大戦に強制参戦させる。

「なっ!? ご主人様いつのまに曹操の真名を!」
「貴様ァ! 馴れ馴れしくも華琳様を呼ぶなど万死に値する!」

 何処からとも無く取り出した春蘭の大剣が、月光に煌く。
 本人は太公望と華琳の先程のやり取りを知らない為に殺意全開状態。
 愛紗も何処からか武器を取り出しているが矛先は無論殺気全開の春蘭。

 反董卓連合の時がまさにもう一度な状況であった。

「関羽…あの時もそうだが今回も妙な邪魔があったな」

「ふっ、どのみち私が勝つに決まっている」

 バリバリ全開の殺気をぶつけ合う両者。
 しかし周囲はまるでそんな事無視とばかりにある者は書簡に立ち向かい、ある者は寝ていた。
 流石に書簡処理している隣でこの二人が戦い始めれば執務室は悲惨な事となるのは明白。
 あの時のように再び両者の主が仲裁に入り、殺気も治まっていく。


「謝儀として華琳の名と身体をありがたく頂いたのでの、華琳はワシの権限でしっかりと扱き使って良し!
  これからはこの書簡の大軍に対して非常にして得難い有効な戦力を、ワシ等は今得たのだ!」


 おぉ! とその名演説に感銘を受ける書簡処理班。
 当の華琳は少々不満そうな顔をしているが自分から身体を差し出したのだから仕方が無い。
 今更になって三つ目を撤回させて欲しいなどと言える訳がない。


「と言うわけよ、華琳手伝え」


 差し出される一つの書簡。


「仕方ないわね……ご主人様の命とあっては逆らえないわね」


 満開の笑顔を浮かべながらその書簡を受け取る華琳。
 その足並みは何故か太公望の下へと向かい、その隣の椅子に腰掛ける。
 周囲がその行動に絶句し、執務室の空気が歪み冷たくなっていくのを太公望は感じた。
 一方の華琳は流石と言うべきか、書簡を広げてテキパキと手際良く書簡を片付けていく。

「……これはどうするのかしら?」

「……うむ…これはこう処置しておこう」

 太公望の指示を仰がなければならない書簡を見せる。
 すぐ隣に位置している為、太公望の素早くそれを見ては処理を下せる。
 手頃な椅子に座っただけなのだが今まで誰も気づかなかった絶好の場所を手にした華琳。

 その場所を取ろうと各々が各々の言論を行っていく。

 ―――曹操は新参なんだから古参にその場所を譲れ。

 ―――重要な書簡が多いので自分が座ります

 太公望の隣の席を巡って仕事をしながらも黒い戦争が勃発。
 真っ只中の本人はこれを無視し政務に打ち込むことで逃げる。

「ここは最古参たる私が!」

「華琳様こそ相応しい!」

「重要な書簡が多いので退いてください」

 そんな楽しくも五月蝿い執務室が帰ってきた。
 太公望一人が帰ってきただけで、元に戻り始めていく。

 こんな執務室にも関わらず今だイビキをたてながら寝ている馬騰。

 自分の机に突っ伏したまま器用に眠っている劉虞。

 そして布団で寝ていながらも気付かれなかった左慈と干吉の四名。

 すぐ隣で繰り広げられている女の黒き戦いを知らない。


(やれやれ……心地良いな)


 ―――素直にそう想えた

 目の前で繰り広げられている騒がしさに、夢を重ねてしまう。

『おい伏義!』

『流石は伏義だよ!』

『太極図支給だって? どんなペテンしたんだ?』

 ―――古き良き時代の夢

 ―――過ぎ去った遠い過去の話

 夢と現実を往復しながらふと手に取った書簡に書かれていた字列。

 華琳達に対する処罰に関する太公望の判断を促すモノ。

 ―――すらすらと書いてそれを書簡の山へと移す

 そしてまた別の物を手に取り読んでは書いていく。

 まだまだこの国の夜は楽しく騒がしいものであった。

 この喜びがずっと続く事を信じてやまない日々。

 たとえそれが敵の計画によるモノだとしても。


 ―――この喜びは真実と信じて


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■作者からのメッセージ

 春都様
 ご感想ありがとうございます
 もう老仙に油断も隙もありません
 むしろ本人の敵対心がかなり増長する結果となりました
 一皮剥けるのは今回のみ、もう自ら脱ぐ事は決してありません
 気高く・凛としている華琳こそ自らの望む自分ですから
 埋没なんてさせませんよ……させたら腹心達がヤバイですから
 太公望や愛紗の地獄の扱きに耐えて成長しましたからね
 それを支えたのも名家としての誇りと太公望への想いです
 太公望は青年状態がディフォルメになり、より王として相応しくなりました
 外見も立派な王として必要な素材の一つですから
 ご期待に副えるように努力します

 ボンド様
 ご感想ありがとうございます
 正直言えば若本声のキャラが潜入出来るとは思ってません
 叫んだり堂々と正面突破するのがあの声の主流と思っているので
 傀儡と蔑んでも意識もあれば心もある、だからこその力
 麗羽が〆るのは絶対でした……こう成長した姿を出す為に
 大きければ大きい程、情報操作と宣伝はしやすいものです
 太公望が眠り、こうして騒いでいる間にも女禍は次なる段階へと進行中
 本編を知っているとどうなるかはお分かりでしょうがお楽しみに
 そしてやっと来た少し長めの日常編への走りです
 ご期待に副えるよう努力します

 ソウシ様
 ご感想ありがとうございます
 魏編決着ですが今回も戦には勝ち勝負には敗北したました
 ましてやこの勝利すら相手に取っては計画の一つでしかないのですから
 ですが老仙は片腕を亡くし誇りも何もかもズタズタの状態
 伏義は切り札を見せてしまった為に本当の決戦での不利は確定
 まだまだ勝つ為の暗躍はされますよ…伏義は策士なのですから
 麗羽も部下の死と比類ない努力によって大きく成長して頂きました
 本人のあの何物にもへこたれない性格だからこそ可能な事でしょうね
 あと片付けの大半は昏睡中に朱里達がやってくれましたよ
 でもまだまだ太公望の王としての仕事は山積みです
 それではまた〜〜


 やっと終わった魏編
 久々の日常編を書けます
 前回が短かったので今回はしっかりと書きますよ
 今になって正義の味方を登場させるのもどうかと自分でも思いますけど
 とりあえず長い日常編にご期待ください
 あと恋姫無双(無印)と表記した方が良いのでしょうか?
 真が出てから随分と経っていますけど、混乱してしまうのじゃないのかと……
テキストサイズ:32k

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