作者:193
2009/03/12(木) 15:29公開
ID:4Sv5khNiT3.
「ひさしぶりだね、フェイト。なのはは一緒じゃないの?」
「うん。“外”の事後処理に出てる。結構大きな戦闘だったから、怪我人も出てるしね……」
「そっか……ひさしぶりに会えるかと思ったんだけど、日を改めた方がよさそうだね」
長く、腰まで届きそうな金色の髪を後ろで束ね、落ち着いた物腰でフェイトに話し掛けるスーツ姿の若者。
――ユーノ・スクライア。なのはにレイジングハートを与え、魔法との出会いの切っ掛けを作った青年だ。
フェイトとは小学校からの付き合いで、なのはたちの幼馴染。はじめて彼女たちに出来た“管理世界の友達”――と言うことになる。
楽しいことばかりでなく、時に意見の衝突から敵味方に別れ、擦れ違いもあった。しかし、それも今では良き思い出と言っていい。
あれから十年――互いに良い理解者、友達として友好的な関係を築いていた。
そんな少年も、今では『考古学者』と言う職業の傍ら、“無限書庫司書長”と言う肩書きを持つ。
今回のADAM設立の原因となった“カリムの予言”についても、無限書庫での調べ物などを通し、彼の協力をADAMは受けていた。
ホテル・アグスタに彼が呼ばれた背景には、こうした彼の立場がある。
ユーノは、オークションに出品される骨董、美術品の解説や鑑定を依頼され、仕事としてアグスタに訪れていた。
今や、『考古学会の新星』と敬われ、若くして無限書庫の司書長にまで上り詰めたユーノは、所謂『時の人』と言うヤツだ。
このような仕事は何も珍しいことではない。そこ彼処の美術品、骨董会場に呼ばれては熱弁を振るい、雑誌やテレビにも度々顔を見せるほどには有名になっていた。
「ユーノ先生――と、お呼びした方がいいかな?」
「やめてよ……。まだ、その呼ばれ方には慣れないんだ。昔と同じ、ユーノでいいよ」
周囲からは「先生」と呼ばれていても、やはり慣れないものだった。
特に昔の自分を知っている友達に、そんな風に呼ばれれば余計に照れてしまう。
頬を掻き、困ったように照れ隠しをする様子は、有名な考古学者に成長した今も変わっていない。
フェイトたちにとってはユーノは変わらず、あの『フェレットの少年』と言うことなのかも知れない。
「ここには任務で?」
「うん。会場警備と人員警護。遺失物の関わるオークションは、ガジェットに狙われる危険が高いからね」
しかし、こうしてフェイトたちがいることを考えると、今回の自分の仕事も「仕組まれていたのではないか?」とユーノは思案する。
ここはバニングスの系列ホテルだ。当然、オークションの主催もバニングス社が関与している。
だとすれば、アリサならこのくらいの悪戯(サプライズ)は考えていても不思議ではない。
「そっか、アコース査察官と一緒だったんだ」
「そう言えば、フェイトたちはアコース査察官と顔見知りだったんだっけ?」
「うん。はやて経由で、聖王教会に行ったときに何度か」
その件の人物。ヴェロッサ・アコースは、この機会を利用して、はやてと会っていた。
彼はカリムの義弟に当たる。
孤児であった彼は、幼い頃、その素質を聖王教会に見初められ、ベルカでも名立たる名家の一つであるグラシア家に引き取られた。
元々、ヴェロッサの家系は代々ベルカの騎士の血脈を受け継いできた由緒正しい家系だ。
しかし、ある事件を切っ掛けに家は没落し、ヴェロッサはただ一人取り残され、天涯孤独の身の上となった。
そこをグラシア家の大叔父に拾われた――と、言うのが詳しい経緯(いきさつ)だ。
彼自身も、そのこともあってグラシア家に感謝しており、その嫡子であるカリムのことを敬愛していた。
カリムとは立場が違い、『査察官』と言う立場上、管理局本局に籍を置いてはいるが、彼がグラシア家や聖王教会に救われたベルカの騎士であることに変わりはない。
それも、はやてやカリムと同様、古代ベルカ式魔法の継承者であり、強力なレアスキル『無限の猟犬(ウンエントリヒ・ヤークト)』の所持者でもある。
聖王教会がヴェロッサのことを引き取った背景には、こうした政治的な思惑もあったのは確かだ。
それでも、彼にとってグラシア家や、カリムの存在は家族同然に大きなものだった。
――グラシア家の誘いがなければ、今の自分はなかった。
そう思えるほどに、その関係を重んじていたと言える。
そうしたこともあって、はやてが聖王協会に所属しはじめてからは、カリムの親友であり、良き理解者でもある彼女のことを気に掛け、カリムと同じく家族同然に可愛がっていた。
ヴェロッサ曰く、はやてとの関係は「従兄妹くらい」と言う方が、一番しっくりくる表現らしい。
その「はやての様子がおかしい」と言う話をカリムから聞いていたヴェロッサは、彼女のことを密かに心配していた。
ユーノの護衛を申し出てアグスタに来たのも、ADAMがその警備を請け負うと言う話を知っていたからだ。
ヴェロッサも査察官と言う立場上、表立ってADAMと接触することは好ましくない。
三組織混合の部隊とは言っても、それぞれが抱く思惑はまた別の物だからだ。
しかも、管理局はそれでなくても一枚岩とは言い難い。本局と地上本部。海(うみ)と陸(おか)と勢力を二分する両者の関係は、決して良好だとは言えなかった。
幾ら査察官と言う立場にあっても、本局に身を置くヴェロッサが、ADAMの魔導師と表立って地上で接触するようなことがあれば、陸に余計な警戒心を生み、それが更なる軋轢を生む火種となりかねない。
そのことを彼も危惧し、ADAMとの接触を出来るだけ避けていた。
ただ、はやての話を聞いて、居ても立ってもいられなくなったのは事実だ。
こうして、理由を作ってまで会いに来るほど、彼にとって、はやての存在は大きなものだった。
「そう……アリサとはやてが……」
「うん。二人は大切な親友だし、もちろん気にはなるけど、でも……なんだか簡単に踏み込んでいい話じゃない気がして」
ユーノ、フェイト、この二人にとってもそうだ。
アリサはもちろん、はやても大切な友達であり、幼馴染であることに変わりはない。
二人のことが心配ではあったが、アリサとはやて、どちらに聞いたからと言って、素直に話してくれるとは思えない。
二人の『友達』だと思っている彼女たちからすれば、そのことが寂しく、辛くもあった。
次元を超えし魔人 第43話『ランスター』(STS編)
作者 193
「ギンガ、怪我は大丈夫?」
「はい。『一週間は絶対安静』って注意されましたけど……」
なのはに心配され、首都中央でのラボのやり取りを思い出すギンガ。
ギンガとスバルの主治医でもある本局第四技術部所属の技術官、マリエル・アテンザ。
一般人と少し違う、特殊な身体をしているギンガとスバルは定期的に検診を受ける必要があり、幼い頃から本局技術官マリエルの世話になっていた。元々マリエルが、クイントが捜査官時代の顔見知りだったと言うのも理由にある。
基本的には真面目で仕事熱心。少しお茶目なところもある可愛い人なのだが、怒らせると怖いと言った側面も持つ。
怪我の理由を聞かれ、ありのままにあったことを話したギンガだったが、「もっと自分の身体も労わりなさい!!」とマリエルに注意されてきたばかりだった。
マリエルもそうだが、スバルやクイントにも心配をかけてしまったことを、ギンガは気に病んでいた。
スバルを庇って、ティアナの魔力弾の直撃を受けたギンガの腕は、マリエルの見立てで全治二週間と診断され――
「普通の人なら、腕が使い物にならなくなってるところだったのよ?」
と、マリエルに怒られ、さすがのギンガも無茶が過ぎたと反省していた。
あの時は任務のことや、スバルを助けないと――と言う思いで一杯で、後先なんか考えられなかった。
だが、思い返してみれば、自分でも無茶が過ぎたものだ――とギンガは思う。
しかし、これだけの大怪我を負わされたにも関わらず、ギンガはティアナのことを恨んでなどいなかった。
むしろ、逆に心配していたと言っていい。
任務の後、ティアナにこれでもかと思うくらい頭を下げられ、謝罪してもらったギンガだったが、それから首都中央のラボで治療や検査に篭っていたこともあって、一度も彼女に会っていない。
――と言うのも、あれから三日。ティアナも、ギンガの見舞いに行ける状態ではなかった。
ティアナは命令無視や、味方誤射などの危険行為を問われ、訓練や待機任務からも外されて、隊舎で謹慎処分を言い渡されていた。
当事者であるギンガの嘆願もあって、厳罰に処されることはなかったとは言え、一歩間違えば大事故に発展していた可能性があることだけに、何もなしで済まされることではない。
謹慎処分自体はそれほど重い罰ではないが、ADAMに来てから二度目の失敗。
ティアナが落ち込んでいるであろうことは想像に難くない。
そのことからも、思い詰めていなければいいが――とギンガは心配だった。
ギンガも、スバルほどではないにしても、ティアナとはそれなりに親しい関係ではある。
妹の“親友”と言うこともあり、訓練生時代からティアナのことをギンガはよく気に掛けていた。
ティアナが魔導師を志す切っ掛けになった理由や、過去に何があったかも知っているギンガからして見れば――
今回のことは、ただティアナの行動が軽率だったから――と責める気にはなれない。
「ギンガは、やっぱりティアナの“過去”も知ってる、のよね?」
「はい。あの、ティアナは……」
「彼女が思い悩む理由。そして焦る理由も分からなくはない。でも、それと任務のことは別よ?」
なのはの言っていることが正しいことはギンガにも分かる。
ティアナの暴走は、ティアナだけの問題では済まない。
彼女の軽率な行動が、同じ部隊の仲間を、相棒のスバルさえ危険に晒す可能性があるからだ。
現に、今回はギンガが大怪我を負うことになった。それは、本来ならあってはならないミス――
そんなことは、ギンガにも分かっていた。
しかし、それでもギンガには、ティアナの気持ちが分からないでもない。
バスタードの魔導師のような才気溢れる高位魔導師に囲まれていれば、焦る気持ちも理解できなくない。
少なからずギンガ自身も、そうした壁のようなものは感じていた。
しかしクイントから教わった言葉――
それがギンガの、そんな迷いや不安を支えていたのだろう。
――刹那の隙に“必殺の一撃”を叩き込むことこそ、打撃系の真髄。
そこには偶然もまぐれもない。
相手が自分より強い高位魔導師だから、凄い魔力があるから、射程や速度や防御力がどうとか関係ない。
どんな強敵でも、正確に相手の急所に一撃。あらゆる劣勢を覆す、必殺の一撃。
そのことをクイントから教わっていたギンガにとって、生まれ持っての才能の差や、実力の差など大した問題ではなかった。
どんな相手にも弱点はある。得て不得手のない完璧な相手など、そうはいるものではない。
ならば出来ることは決まっている。
相手に勝る一撃。相手を上回る条件。相手に勝てる武器を持って戦えばいい。
ギンガは自分の実力が、なのはやバスタードの魔導師に勝っているなどとは思っていない。
技量、経験、総合力。
すべてにおいて劣っていると自覚していながらも、「敵わない」などと考えたことはなかった。
強者との差に怯え、思い悩むことは後にすればいい。
そんなことよりも、自分で自分の限界を作ってしまうことの方がギンガは怖かった。
ならば、勝てる武器をみつけ、それを研ぎ澄まそう――
愚直なまでに、その道を極めた母のように――
ギンガは忠実に母の教えを守っていた。
ギンガとスバル、二人の母であるクイントは、魔導師ランクで言えばAAの認定しか受けていない陸戦魔導師だ。
しかし、娘のギンガが言うのもなんだが、お世辞など抜きにクイントは強かった。
カイやバスタードの魔導師とも対等に戦えるほどの戦闘センス。そしてそれを裏付ける経験と技量。
すべてが一線級の“戦士”として誇れるものだ。
限定された環境下であれば、SSランクを保有する、なのはやフェイトにすら決して遅れを取らないだろう。
その母の強さを、ギンガはずっと後ろから追い駆けていた。
――強さとは、何も一つのことを指すのではない。
魔導師として大成することと、実戦での強さは別だ。
大事なことは勝てる状況を作り出すこと――
毎日の訓練は厳しく辛いものだったが、ギンガにとってADAMに来てから得たものは大きい。
スバルはああ見えて打たれ強く、強い子だ。
一度や二度の失敗でへこたれるような、可愛らしい育てられ方はされていない。
良い意味でも悪い意味でも、あの強情なところや考えのなさは、母親に良く似ているとギンガは思っていた。
スバルのことは心配いらないにしても、問題はティアナだ。
彼女なら、この訓練の意味にも気付くことが出来ると思っていただけに、今回のことはギンガにとっても予想外だった。
それだけ、ティアナの抱えている問題は大きかったと言うことなのだろう。
幾ら優秀だと言っても、年齢的にはまだ子供と言って差し支えのない年頃の少女だ。
訓練学校を卒業し、管理局員として一人前に働いているとは言っても、まだまだ駆け出しだと言うこと忘れてはいけない。
純粋な憧れと想いを抱き、「強くなりたい」と魔導師になることを決意したスバルと――
兄の死を受け入れきれず、未だに過去に囚われているティアナ。
その――違いは大きい。
幼い頃に両親を亡くし、兄妹二人、大事に育ててくれた優しい兄。
たった二人の家族だったが、ティアナにとって、兄との生活は掛け替えのないものだった。
そんな兄を奪った事件。あの忌まわしい事件を、忘れられるはずもない。
その時、ティアナは十歳。――彼女が心に負った傷は、周囲が思っている以上に、深く、重いものだった。
ティアナの精密射撃は、兄、ティーダが、彼女に残してくれた形見。
だからこそ、ティアナは自分の魔法に強い執着心があった。
――なんとしても“魔導師”として、自分は強くならなくてはいけない。
ティーダの魔法が役立たずだと言われたあの時から、ティアナの覚悟は決まっていた。
ギンガなら割り切れることでも、ティアナには割り切れないことがある。
ティアナにとって大切なことは、魔導師として強くなること――ランスターの魔法を周囲に認めされること。
だから、余計に魔導師としての自分と、なのはたちのことを比べ、疎ましく思ってしまうのだろう。
管理世界に置いて、クイントやギンガ。それに、バスタードの魔導師たちのような考え方こそが特殊だと言える。
――管理世界の常識は魔法がすべて。魔導師としての実力がすべて。
管理局において言えば、それはもっとも顕著に出ている。
そんななか、ティアナの感じる劣等感や焦りと言うものは、ある意味で当然とも言えた。
特に彼女の抱えている問題を考えれば、今回の事件も起こるべきして起こった事件と言えなくない。
ティアナの失敗を見て、ギンガは彼女の抱えてる問題の根深さを知り、そのことを心配していた。
「大丈夫だよ。ギンガもスバルも、それにティアナも――アムちゃんが選んだ子達なんだもん」
「……アムちゃん? もしかして、バニングス一尉のことですか?」
「そう、わたしが無条件で信じられる大切な人。とても強くて、頼りになる『親友にして師匠』と言ったところかな?
そのアムちゃんが信じたあなたたちを、わたしが信じられないはずがないでしょう?」
なのはがそこまで胸を張って信じられると言うアムラエルのことを、ギンガはそれほどよく知っている訳ではない。
実際にアムラエルが戦っているところを見たことがある訳ではないので、その実力はギンガからしてみれば未知数だと言っていい。
知っていることと言えば、バスタードから出向している魔導師を取りまとめている『隊長』であると言うこと。
そして、なのはとフェイトの師匠――と言う、噂程度の話だ。
ADAMへの出向の話が、陸士部隊に所属していた自分だけでなく、災害部署に出向していたはずのスバルやティアナにまであったことを、少なからずギンガは不思議に思っていた。
だが、なのはの話からその裏にアムラエルが関与していたことが窺える。しかし、分からないことばかりだった。
考えられる繋がりはクイントとの関係だが、少なくともバスタードで“一尉”と言う立場にある彼女に、目を掛けて貰うほどの理由がギンガには思い当たらなかった。
「それに三人の頑張りは知ってる。今は悩んで、少し足踏みをしていても、きっと自分たちで答えに辿り着く。
そう――わたしは信じてる」
「なのはさん……」
「それに、わたしに出来ることなんて、そんなに多くないからね。
偉そうなことを言っても、教導とか人に物を教えるのは初めてのことだから、ギンガたちから学ぶことの方が多いよ。
出来ることと言えば、『強くなりたい』と願う魔導師たちに、より強くなれるよう、戦う術を教えることくらいだから」
バスタードの訓練は確かに厳しい。
明確な答えをくれる訳でもなく、習うより慣れろと言わんばかりのその教育方針は、若い魔導師たちにとっては難しいものだった。
しかし、その厳しさの中でも、なのはがいつも優しく見守ってくれていることをギンガは知っている。
アグスタの任務でも、バスタードの魔導師や、教官のなのはが後ろについてくれていると言う安心感は、彼女たちにとって非常に心強いものだった。
ギンガたちの他にも、百人以上いる管理局の魔導師たちを、一人一人決して疎かにすることなく指導し、見守っているなのは。
口にするのは容易いが、それは並大抵のことではない。
毎晩遅くまで訓練メニューを考え、昼夜問わず指導を行っている彼女の苦労は、訓練を受けているものとはまた違い厳しいものだ。
一部では、「ティアナの暴走は教官の指導力不足だと」――批判的な声もあったが、そうだとは一概に言い切れない。
問題があるとすれば、管理局の魔導師至上主義や、このような歪みが生じることは分かっていたはずなのに、なんの対策も取ることが出来ずにいたADAMの隊長陣にも責任はある。
だが、色々と理由をつけても、それは結局――ティアナ自身の問題だ。
周りがどうこう言う問題ではない。彼女が自分でそのことに気付き、立ち直るしかない。
なのはが口を出さないのも、ティアナのことをどうも思っていないのではなく、本当に彼女のことを心配しているからだと――
ギンガは、なのはの本心を聞いて確信した。
「母さんも、同じようなことを言ってました」
そのあり方は、子を思う母親に似ている。時に厳しく、時に優しく。
温かく見守ってくれる、そんななのはの想いに触れ、ギンガは嬉しかった。
ティアナのことを考え、お節介だとは思いつつも、「彼女が訓練に復帰できるように」と直訴する気持ちでいたが、それも杞憂だったとギンガは安堵する。
冷たく感じることも、厳し過ぎるように思えることも、なのはなりにティアナのことをちゃんと考えているからだ。
そのことが分かっただけでも、ギンガは救われたような、そんな気がしていた。
それから一週間――謹慎処分も解け、訓練に復帰したティアナ。
反省はした様子だったが、それでも自分の力量不足を痛感したからか? 訓練が終わった後も、自主訓練に明け暮れる毎日を過ごしていた。
日中の訓練だけでも相当に過酷なもののはずなのに、訓練が始まる前の早朝と、終わってからの深夜にもトレーニングを続けるティアナ。最初はティアナのそんな行動を危惧し、注意していたスバルだったが、ティアナの決意が固いことを悟ると一緒になって自主訓練に付き合っていた。
失敗も、挫折も、後悔も――相棒なら一緒に背負って成長したい。
ティアナのことを大切な相棒だ。
親友だと思っているからこそ、スバルはそうしたかったのだろう。
それに、ティアナの「強くなりたい」と言う気持ちはスバルにも理解できた。
あの鬼のような訓練がはじまって、もうすぐ一ヶ月。しかし、結果はまだ出せていない。
無茶な訓練だと分かってはいても、なのはたちから一本を取りたいと言う気持ちは、やはりあった。
そして、ギンガにも追いつきたい。追い越したいと言う強い思いがスバルのなかにはあった。
だから、今よりもっと強くなって、そのことを証明したい。そんな考えが、スバルにもあったのだろう。
一人では無理でも、ティアナと二人ならやれる――
今まで、どんな無茶だと思えることでも、二人でなら乗り越えてこれた。
スバルは、そんな思いを抱きながら、ティアナとの厳しい訓練に汗を流していた。
「いいんですかい? このまま放っておいても――せめて、なのはさんに一言注意しておくとか」
「いいのよ。当分、あの二人を実戦に出すつもりはないし、今のうちに気付けることがあるなら、気付いて置いた方がいい。
ちょっと痛い目を見た方がいいのよ。自己管理も出来ないバカなんて、実戦に出れば周囲にどれだけ迷惑を掛けることになるか」
「そんなこと言いながら、毎晩心配でこっそり覗いてるんじゃ……」
「……なんか言った?」
「いえ、なんも……」
二人が自主訓練している森から少し離れた整備倉庫に、スコープを片手に二人の訓練を見守るアムラエルの姿があった。
そんなアムラエルの後ろで、黙々と愛用のバイクの手入れをするヴァイス・グランセニック陸曹。
ティアナとスバルが隠れて自主訓練をするようになった夜から毎晩、アムラエルは二人のことをこうやって見守っていた。
口では色々と言っていても、アムラエルが二人のことを心配していると言うことはヴァイスにも伝わっていた。
ヴァイスも、アムラエルとの付き合いがそれほど長い訳ではないが、彼女がティアナやスバルのことを人一倍気に掛けていると言うことは察している。
だから、なのだろう。
ヴァイスもサボリ癖はあるが、アムラエルはそんなヴァイスから見ても呆れるほどだ。
この人は、なんでここにいるんだろう? と思うくらい、仕事をしているところをヴァイスは見たことがない。
何かと言うと「面倒臭い」と切り捨てる彼女が、貴重な時間を割いてまで二人のことを気に掛ける理由が気になったのは――
「姐さんはなんで、あの二人のことをそこまで気に掛けるんで? あっちは管理局員。姐さんはバスタードの魔導師。
接点が全然、思い付かねーんですがね?」
「そういえば、ヴァイスってバスタードにも出向してたことあるのよね?」
「ええ、まあ半年ほどの短期任務でしたけど――」
「じゃ、知ってるでしょ? スバルはクイント・ナカジマの娘よ? 十分、接点ならあるじゃない」
誤魔化されている気がするヴァイスだったが、確かに『クイント』の名前は知っていた。
管理局から出向した数多くの魔導師の中でも、唯一バスタードの魔導師と一戦を交えて無事だった陸戦魔導師。
管理局を辞めた後も、バスタードに出向したことのある陸戦魔導師の間で、彼女のことは語り草として伝えられていた。
噂ではあのバスタード司令官、戦鬼カイ・ハーンと互角の勝負をした女傑。
ヴァイスもその噂を聞いたときは、バスタードの魔導師の“非常識”を知る者の一人として、「冗談だろ?」と話の信憑性を疑ったほどだ。
その娘だと言う二人。ギンガとスバルが同じ部隊にいると聞いたときは、確かに興味が注がれもした。
しかし、それでも腑に落ちないことが一つある。
「でも、もう一人の方は面識ないはずでしょ? むしろ、そっちの方を気に掛けてる様子に見受けられるんですがね?」
「……案外目聡いはね。敢えて言うなら、似てるのよ」
「似てる?」
「そう、わたしにも兄さんが居たんだけどね。強く、頼りになる。尊敬できる兄が」
「それが理由ですかい? その兄さんは?」
「死んだわ。どうしようもなく非力で、見ていることしか出来なかった、わたしの目の前でね」
アムラエルの言葉の意味が、ヴァイスにはすぐに理解できなかった。
子供の姿を取ってはいても、バスタードの魔導師の中で『最強の切り札』とまで言われるアムラエルだ。
いくら昔のこととは言え、「非力」などと言われても想像が出来ない。
ティアナとスバル、あの二人の教導官のなのはでさえ、「敵わない」と証言する“件の魔導師”の発言とは思えない一言だった。
「そいつは……悪いこと聞いちまったようで」
「気にしないで。もう、終わったことだしね。それに、なんの救いもなかった訳じゃない。
ウリエルもわたしも――“彼”に、同じように救われたはずだから」
しかし、その言葉には重みがあった。
過去のことに思いを馳せ、悲しげにそう語るアムラエルの言葉が「嘘だ」と、ヴァイスには断言できない。
少なくとも「死んだ」と語る、亡き兄のことを想うアムラエルの言葉が嘘だとは思えなかった。
「だから、自分のように後悔してほしくない? と――」
「少し違うわね。あの子にはまだ“希望”が残されている。だから、わたしには掴むことが出来なかった未来を――
心のどこかで掴んで欲しい。そう願ってるのかも知れない」
アムラエルの言葉の真意は分からなかったが、ティアナのことを気に掛けている気持ちが本物だと言うことはヴァイスにも伝わった。
「まあ、今のままなら、それも無駄になりそうだけど――」
アムラエルのその言葉は、二人の置かれている今の状態を妙実に表していた。
色々と二人で考えてやっているようだが、あんな付け焼刃では、ヴィータやフェイト、それになのはにも通用しない。
どちらにしても、明日の模擬戦で結果は出るだろう。
その訓練すべてが無駄とは言わないが、まだ二人は気付いていない。
力の証明の仕方。強さの求め方。
人それぞれだと言っても、勝つために必要なことを見落としいる限り、自分より強い相手に勝つなんてこと出来るはずもない。
力のないものが工夫を凝らし、中途半端に色々と考えたところで、それは所詮二流。
二流も極めれば一流になると、どこかの誰かが言っていたが、そんなことは今の二人には土台無理な話。
ただの便利屋でなんとかなるほど、現実は甘くない。
勝つための手段を、自分たちで色々と考えること事態は悪いことではない。当然、そのための努力も必要だろう。
バスタードの訓練自体にも、そうした意味は当然含まれている。だが、それは実戦で失敗させないためのものだ。
実戦での失敗は、自分だけでなく仲間をも危険に晒す。
厳しい言い方だが、そのための失敗なら、訓練で幾らでも経験すればいい――とアムラエルは思っていた。
少々痛い目を見ても、実戦で命を失うことに比べれば安いものだろう。
「相変わらず厳しいですね……そっちの訓練は」
「むしろ管理局が甘すぎるのよ。命が掛かってるってことを忘れてない?
能力があるからって、子供を当たり前のように前線に放り出す。
そんなことをしてるから、そんな当たり前のことですら見えなくなってくるのよ」
「耳が痛い言葉で……」
アムラエルの考えは厳しいように見えて、ヴァイスも正論だと言うことは分かっていた。
子供を好きこんで戦場に出したいなどと、誰も思っていない。それが、自分の家族であれば尚更だ。
ヴァイスも今でこそ言えるが、妹に魔導師としての素質がなくてよかった、とさえ思っていた。
ある事件を切っ掛けに顔を合わせづらくなっているが、それでも妹には“普通”の少女らしい幸せを掴んで欲しいとヴァイスは願っている。
管理局の任務。魔導師の仕事など、周囲が思っているほど実際には華やかなものでなく、いつ何があるか分からない危険なものであることを彼は良く知っている。出来ることなら、大切な人をそんな仕事に巻き込みたくないと思うのが普通だろう。
しかし、魔法を重視する管理世界の風潮、管理局の魔導師至上主義の慣習が、そうした抵抗感を薄くしているのだと思う。
能力のある者であれば、年齢など問われない。優れた才能があればあるほど、そうした子供たちは若くして実戦に出て行く。
それがいいことか、悪いことかの判断さえつかないほど、管理局では常識のこととなっていると言うことだ。
魔導師は貴重な存在。管理世界の平和を守る崇高な仕事。
魔導師の道を志すと言うことは、管理局に置いてエリートの道を歩むと言うことに他ならない。
当然ながら、魔力を持たない一般の人からは羨望の眼差しで見られることが多い。
そうした見方が、今の管理世界の常識を作っているのだと言うことは分かっていた。
だからと言って、地球の常識を管理世界に押し付けることも出来ない。
管理世界には管理世界のやり方があり、彼らがそれでいいと思っている以上は、別世界の人間が口を出すことではないからだ。
ただ、気掛かりなのは、それによって犠牲になっているであろう――子供たちのことだ。
魔法資質を持つ子供の大半は、そうした環境のなか育つこともあって、迷いもなく魔導師としての道を歩む者が大半だ。
管理局の掲げる『正義』を信じている多くの子供は、たいして疑うこともせず、管理局の言うがまま魔導師になっていく。
その危うさを、アムラエルは指摘したに過ぎない。
それは地球が、管理局のことを危険視してきた要因の一つでもあった。
そうした常識の違いや、管理局の掲げる思想の矛盾には、バスタードに出向した魔導師であれば、大抵のものが気付く。
ヴァイスも、そんななかの一人だ。
だからと言って、この管理局の目が光る管理世界で、そのことを声高々に言えるものなどいるはずもない。
それを口にしてしまえば、管理世界では異端な者として、周囲に奇異な目で見られることになる。
それが『管理外世界』と『管理世界』が持つ溝の深さ、常識の違いとも言えた。
だが、「一人一人がその危険性を理解し、考えていくことこそ大切だ」とデビットは言う。
今すぐ、万人に理解してもらえるとは思っていない。管理世界にも管理世界の事情があることは分かっている。
しかし、少しずつでもいい。この世界が歪だと感じるなら、ただ盲目に管理局に従うのではなく、その原因を自分たちで考えて欲しい。
交流を共にする世界だからこそ、取り返しがつかなくなる前に気付いて欲しい――そんな思いもあったのだろう。
もっとも、それも上手くは行っていないのだが――
与えられた『平和』に慣れ過ぎた人々に何を言ったところで、それは無駄なことなのかも知れない。
早々にプレシアが、管理局や、管理世界のことを見限った理由も、そうした意味では分からなくもなかった。
「あの子達だって、本当ならまだ子供なのよね」
「本人たちの前でそんなことを言ったら、反感を買うでしょうがね」
「それでも、子供よ。――だけど、そんな子供を使わないといけないほど、この世界は歪んでるってこと」
「……管理局の事情も、さすがに理解されているようで」
「だから、もっと知るべきなのよ。この仕事が危険なものだって言うこと――ただのお遊びじゃないんだってことをね」
バスタードが心構えを重視するには、アムラエルの言うような理由が背景にある。
ただの“憧れ”だけでやっていけるほど、この世界は甘くない。
現実を直視し、それでも命を賭して成し遂げたいと言う思い。守りたいと思う何かがなければ、本当に誰かを守ることなど出来はしない。
スバルの憧れや、ティアナの夢に、そこまでの覚悟があるのかは分からない。
しかし才能のせいにして不貞腐れているようでは、その覚悟もまだまだだと言うことだ。
そんな中途半端な気持ちで生き残れるほど、現実は甘くない。
無駄に命を散らせるくらいなら、魔導師になどならない方がマシだ――とアムラエルは思っていた。
それでも、ティーダ・ランスターは生きている。
そう、確証したあの日。
ティアナなら、どんな答えをだすことが出来るのか? それをアムラエルは見てみたいと思った。
甘い希望なのかも知れない。だが、出来ることなら、自分で選択できるチャンスを彼女に与えてやりたい。
それが、アムラエルなりの、ティアナに対する配慮だったのかも知れない。
もしも、ティアナにその力がない時は――
「あなたはわたしを恨むでしょうね……」
アムラエルは辛そうに、そんなことを口にする。
そうならないことを、今はただ――祈ることしか出来なかった。
――翌日。スバルとティアナの二人は、なのはとの模擬戦を行っていた。
本来なら、いつものように二人の相手は、ヴィータとフェイトがする予定だった。
しかし、アムラエルの進言もあって、なのは一人で二人の相手をすることになった。
ただ、いつもと違うことは――
「なのは……本気だね」
「……あたしは何も知らねえ。何も見てねーぞ!!」
フェイトとヴィータも、訓練である以上、それなりに手加減はしている。
二人掛りで早々に勝負が決してしまっては、訓練の意味がないからだ。
だが、アムラエルに「全力で」と言われたこともあるのだろうが、今のなのはは本気と書いてマジもマジ。
全力で二人の相手をしていた。
なのはの実力を良く知るフェイトとヴィータの二人だから分かる。今日のなのはは本気だ、と。
非殺傷設定は使っているようだが、あそこまで練りこまれた強大な魔力を撃ち込まれれば、無傷では済まない。
肉体的にも、精神的にも、二人が受けるショックは相当のもののはず。しかし、なのはは一切手を抜く気配などない。
ヴィータなどは、そんななのはを見て、身体を小刻みに震わせていた。
ティアナとスバルも、ここまで実力差があるとは思っていなかったのか?
自分たちの立てた作戦もまったく通じず、その圧倒的な攻撃から逃げ回ることしか出来ない。
どんな小細工も、どんな手段も通じず、ただ狩られる恐怖に怯えるだけの戦い。
もはやそれは、戦闘と呼べるものですらなかった。
「そんな、付け焼刃の作戦が……二人で考えたこと? だとしたら、この先どれだけやっても無駄だよ。
何度やっても結果は同じ。この訓練だって続けても意味がない」
「あたしだって、努力して必死にやってるんです!! 特別な才能がある訳でもない――
でも、それでも通用するんだって、ランスターの魔法を証明して見せるんだってっ!!」
「その結果がこれ? ティアナ。これまで、あなたは何を学んできたの?」
「あなたには分からない!! 恵まれたものを――最初からなんでも持ってる“天才”のあなたには!!」
「…………」
すでに相棒のスバルは、ピクリとも動ける状態ではなかった。
なのははそんなスバルに視線をやると、ティアナの反論に対し、冷たい目を向ける。
二人のとった作戦自体は、それほど悪いものではない。
スバルが身を削る危険な特攻を掛け、その隙をついて後方よりティアナが接近、クロスミラージュを変化させたダガーによる物理攻撃で、なのはの防御を抜こうと考えた。
砲撃魔法を得意とするなのはに、距離を取って戦いを挑んだところで勝ち目などない。
そう考えて、敢えて苦手とする接近戦を挑むことで、意表をつき一撃を入れようと考えたのだろう。
確かに相手の苦手な部分をつくと言う意味では有効な作戦のようにも思える。だが、その作戦は見事に失敗に終わった。
なのはの砲撃魔法のカウンターを受けたスバルはそのまま昏倒。
なんとか逃げ延びたティアナも、すでに肉食獣に追い込まれた獲物も同然。
そもそも、接近戦を苦手とするのはティアナも同じだ。
そんな彼女がいくら、なのはの意表をついたところで、中途半端な攻撃が一流の魔導師に届くはずもない。
こんな結果、やる前から分かっていたことだ。明らかに今回の結果の原因は、作戦の選択ミス。
ティアナのしたことは、自分の能力と仲間の力、相手の力量を読み間違え、単にスバルを危険に晒しただけに過ぎない。
いつもの通りスバルの力を信じ、ティアナが全力を出し切れば、こんな結果には終わっていなかったはず。
二人にそれだけの力が備わっていることを、なのはは他の誰よりも認めていた。
こんな一か八かの作戦に打って出たのは、それだけティアナが自分の力と、スバルの力を信じることが出来なかったからだと、なのはは考える。
なのはがティアナに怒りを覚えたのは、自分だけでなく、仲間の命も軽く見た、その行動に対してだった。
彼女の境遇には同情するが、そんなことは言い訳にならない。
最初の任務も、そしてアグスタの件も――
ティアナは、何がなんでも自分でなんとかしないと――と言う思いばかりが、先行していたように見える。
ランスターの魔法の証明。そのために身を削ってきた結果が、この有り様だ。
「少し……頭、冷やそうか?」
レイジングハートの先端が光を放ち、ティアナの得意とする魔法『クロスファイアーシュート』を放つ。
ティアナ目掛けて、真っ直ぐに飛来する無数の魔力弾。それはティアナの放つ魔力弾よりも重く、速い一撃だった。
「あた……し……は……」
なのはの攻撃を受け、意識が遠のいていく中、ティアナは落下していく自分を冷たく見下ろす、なのはを見た。
――やっぱり、敵わない。
それが意識が途切れる前、ティアナが最後に思ったこと。
どれだけ頑張っても、決して届かない。そんな壁を感じたまま、彼女は意識を手放すしかなかった。
……TO BE CONTINUED