ここは全年齢対応の小説投稿掲示板です。小説以外の書き込みはご遠慮ください。

次元を超えし魔人 第44話『涙の理由』(STS編)
作者:193   2009/03/21(土) 17:29公開   ID:4Sv5khNiT3.



 わたし、ティアナ・ランスターが兄さんの訃報を聞いたのは、事件から日が経ってからのことだ。
 執り行われた葬儀の棺には兄の亡骸はなく、そのことが現実味を薄くしていた。
 まだ、こうして家で待っていれば「ティアナ、ただいま」と兄が帰ってきてくれるのではないか?
 幼かったわたしには、そう思えてならかった。

 優しかった兄さん。真面目でなんでもそつなくこなし、凄く頼りになる。誰にでも自慢できる優秀な兄。
 兄さんは、わたしにとって大切な家族であるだけでなく、憧れだった。
 いつか兄さんのようになりたい――そう思って習い始めた、兄さんが得意とする精密射撃。
 今となってはそれだけが、兄とわたしを結ぶ、唯一のものとなってしまった。

 ――憧れた兄の魔法。
 わたしが信じた兄さんの魔法が間違っていなかったと――憧れたあの輝きが嘘ではないと――
 兄さんが、ティーダ・ランスターの魔法が役立たずであるはずがない。
 あの事件で汚された兄の名誉。兄さんが生きた証を立てるためにも、わたしはわたしの力で、ランスターの正しさを証明してみせる。
 それが、わたしが兄の墓前に誓ったこと――

「兄さん……」

 少し悲しげに笑う、兄の顔が見えた気がした。ぼんやりとした視界に、おぼろげながら見えてくる白い天井。
 そこが医務室だと気付くまでに、僅かな間があった。
 トレーニングシャツに、下着一枚。服を着ていないことに気付き、思わず顔が紅くなる。

「ティアナ、目が覚めた?」
「シャマル……先生?」

 白衣に身を包んだ女性。ヴォルケンリッター(はやての守護騎士)の一員にして『湖の騎士』の二つ名を持つシャマル先生。
 ここADAMでも有名な顔の一人だ。治癒術に優れ、普段はここ医務室に居座っているが、いざ戦闘ともなればその高いサポート能力を活かし、後方で活躍する――誰もが認める一流の騎士。
 先日のアグスタの戦闘でも、彼女たち守護騎士の活躍があったことをわたしは知っている。
 そんなことを思い出しながら、自分が何故、医務室で寝ているのかを考えた。

「いくら模擬弾だと言っても、あの“なのはちゃん”の魔法の直撃を受けたんだから――身体の調子はどう?」
「いえ、大丈夫です。お騒がせしました」

 シャマル先生の言葉で確信した。模擬戦で“撃墜”されたのだと――
 色々と考えて努力してきたことも、すべて無駄だった。
 なんの結果も出せず、大切な相棒を危険に晒したばかりか、教官であるなのはさんを怒らせ――きっと、幻滅されたに違いない。
 どれだけ頑張っても、あの人とわたしの間には、そんな努力では決して埋めることが出来ないほどの距離があった。
 今回の模擬戦は、結果的にそのことを思い知らされたに過ぎない。
 だったら、わたしの今までやってきたことは――

「わたしの今までやってきた努力は無駄なんじゃないか?」
「え――」
「言葉に出さなくても分かるわよ。そんな顔してたものね」

 こちらを見て、悪戯っぽく笑ってみせる少女。わたしは彼女のことを知っている。
 前にやった模擬戦で、わたしとスバルを含める陸戦魔導師百人を相手に、たった一人で勝利した少女だ。
 そう、たしか――

「……アムラエル・バニングス一尉」
「あれ? ティアナはわたしの正体に気付いてないと思ってたけど?」
「その姿が幻術なのかどうかは分かりませんが……周囲を観察していれば、嫌でも気付きます」
「そっか。そう言えばスバルと違って、ティアナはそういうところに鋭かったわね」
「……あの、ずっと聞きたかったことがあるんです。わたしをこの部隊に誘ってくれた本当の理由を――教えてもらえませんか?」

 彼女が、わたしやスバルをADAMに誘ってくれたアムラエル一尉なのは間違いない。
 あの時の姿と違い、今は子供の容姿をしているので一目には分からないが、褐色の肌に栗色の髪。やはり、どこか面影がある。
 あの時は聞けず仕舞いだった答えを、わたしは求めていた。きっとそれは――

「あの時、この部隊に入れば四年前の真実もすべて明らかになる。あなたは、そう言いましたよね?
 兄さんのことを何か知ってるんですか!? わたしをこの部隊に誘ってくれた理由もそのことが――」
「今のティアナに何を言ったって、わたしは無駄と思うな。だって――」
「――!?」

 ――突如、アムラエル一尉から発せられた殺気。息が出来ない。
 蛇に睨まれたカエルのように、ピクリとも身体を動かすことが出来ず、ただ嫌な汗だけが身体から滲み出てくる。
 そのことが、以前の彼女との模擬戦を思い出させるようで不快だった。なのはさんとはまた違う、異質で強大な何か。
 正直に言えば、戦ったところで勝てる気がまったくしない。
 逃げ出したい気持ちを押さえ、ぐっと堪えるだけで精一杯の自分に悔しさを覚える。

「ふーん、見込みはまったくないわけじゃないのか」
「え……」
「シャマル、彼女は借りるわね。なのはたちが覗きに来たら、わたしが『しばらく借りる』って言ってたと伝えておいて」
「アムちゃん……ティアナはまだ病み上がりなんだから、あまり無茶はしないであげてね」

 シャマル先生の言葉に不安を覚える。「借りる」だの怪しい言葉が並んでいることが、余計にわたしの不安を駆り立てた。
 だが、アムラエル一尉に聞いた疑問が晴れていないのも、また事実だ。
 答えが知りたければ付いて来い――そう言うことなのだと、思った。





次元を超えし魔人 第44話『涙の理由』(STS編)
作者 193





「アムちゃんが連れてった……」
「ごめんなさい。ほら……さすがにわたしじゃ、アムちゃんを止めるなんて出来ないでしょ?」

 なのはが顔を青くしてピクピクと震えているのが分かる。シャマルはこんな役回りを自分に押し付けたアムラエルを恨んでいた。
 頭に来たからといって少しやり過ぎてしまったと反省していたなのはは、ティアナが目を覚ましたと聞いて、翌朝一番で模擬戦のことや、彼女の抱えている問題について、ちゃんと話合おうと医務室を訪れていた。
 本当は昨日のうちに済ませたかったが、昨晩は突如出現したガジェットの対応など急な出動もあり、話をしたくてもそんな機会を設ける時間がなかった。
 なのはに付き添って後ろをついてきていたフェイトも、そんな落ち込むなのはを見て、なんともいえない顔をする。

「なのは、大丈夫だよ。アム……なら、そこまで“酷い”ことしないと思う」
「フェイトちゃん、“そこまで”って気休めになってないよ……」

 アムラエルの訓練を長きに渡って受けてきた二人だから分かることがある。
 なんの理由もなく、アムラエルがティアナを連れ出したとはとても思えない。
 だとすれば、「しばらく借りる」――その言葉の意味するところは、きっとそう言うことなのだろう。
 昨日の模擬戦に限ってアムラエルが指示を出してきたことも、今になって思えばこうなることをあらかじめ予想していたのではないかと、二人は考えていた。

「……でも、一体どこに?」
「分からない。でも、何か考えがあるんだよ」

 アムラエルがティアナやスバルをこの部隊に誘ったと言うことは、フェイトも聞き及んでいた。
 だとすれば、そこに意味があるのだろうと、そして今回のこともきっと無関係じゃないと考える。

「シャマル、ちょっといい? ……って、二人ともこんなところで何してるの?」
「姉……さん?」
「……アリシアちゃん」

 シャマルに用事があって医務室に訪れたアリシアを待っていたのは、重い空気を発しているフェイトと――
 今にも泣きそうな顔を見せるなのはの二人。
 そして、そんな二人の後ろで困ったような顔を浮かべているシャマルだった。

「はあ……」

 タイミングが悪かったとしか言いようがない、自分の運のなさをアリシアは嘆く。
 しかし、フェイトの姉として、なのはの友達として、こんな状態の二人を放って置けないのも事実だった。
 それにこんな医務室の入り口で二人に陣取られていては、シャマルも仕事にならないし、他の隊員たちも入って来れないだろう。
 今の二人を見れば、ほとんどの隊員たちはこう思うに違いない。『君子危うきに近寄らず』――そんな言葉がアリシアの頭を過ぎっていた。






 首都クラナガンから郊外に向けて走る一本の列車。その中に件のアムラエルとティアナの二人の姿があった。
 色取り取りの駅弁を、美味しそうに何箱も平らげていくアムラエルを見て、ティアナは呆れ返ってしまう。

 ――覚悟していた。

 アムラエルから語られると思っていた真相もそうだが、あの時のアムラエルの雰囲気は尋常じゃなかった。
 ティアナは命の危険まで考慮した上で、覚悟を決めてついてきたのだ。それなのに――

「あれ? ティアナ、食べないの?」
「いえ……あの、本当になのはさんに何も言わず出て来てしまってよかったんですか?」
「いいのよ。わたしは普段から真面目に仕事してる訳じゃないし、いなくても大して変わらないしね」

 それもどうだろうか?
 ――と思うティアナだったが、敢えて突っ込まず、アムラエルの話を黙って聞くことにする。

「それに、今のティアナ一人いないくらい、何かあっても支障はないわよ」
「む……確かにそうかも知れませんが、そうはっきり言わなくたって……」
「いくら強くなったって、『才能がない』なんて後ろ向きなことばかり言ってるようじゃ、先が見えてるしね」
「う……」

 反論したいことはたくさんあるはずなのに、ティアナは何故か言い返せなかった。
 なのはに撃墜され、一晩頭を冷やし、こうしてアムラエルに無理矢理外に連れ出されたことで、訓練や任務の日々からも外れ、冷静に考える機会を得たようにティアナは思う。
 考えて見れば、確かに「才能がない」なんて言葉は、ただの逃げのように思われても仕方ない。
 自分に才能があるなどとは自惚れていないが、それを卑下して逃げるような真似だけはしたくなかった。
 だが、あの部隊に居ると、どうしても魔導師としての格の違い、努力だけでは片付けられない力の差を感じてしまい、そのことを何かのせいにしたかったのは確かだ。
 ティアナはアムラエルの話を聞いて、そんな自分の心をすべて見透かされているような、そんな気分に陥っていた。

「小難しく考えすぎなのよ。いつかの“誰かさん”と一緒。そう言う意味では、スバルの方がなのはに近いのかな?」
「なのはさんが、スバルと一緒?」
「全力全開――って、考えてるようで考えてないところとか?」
「…………」

 あのなのはを、スバルと同じ「単純バカ」と表現するアムラエルの凄さを、ティアナは垣間見た気がした。
 しかし、自分に似ていると言う「誰かさん」が誰かはティアナには分からない。
 今頃、その誰かさんにして、なのはの親友。同じく魔導師ランクSSと言う高い実力を持つその金髪の少女は、くしゃみをしているに違いない。

「ほら、降りるわよ」
「え、はい!」

 考え事をしている間に目的地に着いたのか? 列車を降りるアムラエルの後ろを慌てて付いていくティアナ。
 降りた先――駅を出て真っ先に目に飛び込んでくる光景を見て、思わず声を上げる。
 そこは廃棄区画に程近い場所。降りる人などほとんどいない。ミッドチルダ――スラム街区の入り口だった。

「ここって……」
「こっちよ」

 人が住んでいるとはとても思えない街並み。しかし、確かに人の気配は感じる。
 外からの来客は珍しいのか? 隠れて様子を窺っているといった感じだ。
 ミッドチルダにもこうした場所があると言う話は、噂程度にはティアナも知っていた。
 しかし、実際に自分の目で見た光景はそんな噂よりもずっと酷いものだった。その現実が、ティアナに重く圧し掛かる。

「繁栄するってことは、その裏で泣いてる人もいるってことよ。別にティアナが思い悩むことじゃない。
 確かに、便利になれば人々の暮らしは豊かになる。でも、誰もが幸せになれる訳じゃない。
 どんなものにでも限りがあるわ。それは富も、幸福も――ね」
「でも、こんなことって――」
「暮らしが楽になる。繁栄を極めるってことは、誰かが多くその分を搾取してるってことよ。
 管理局が何もなしで、ここまで大きくなれたと思う? クラナガンや首都近郊の繁栄が当たり前のものだと?」
「…………」
「最初にも言ったけど、ティアナが思い悩むことじゃない。今日は、そんなことを言うために連れて来たんじゃないしね」

 そうアムラエルは言うが、ティアナが気になって仕方ないのも無理はない。
 こんな光景を見てしまえば、自分が着ているこの服も、いつも食べている美味しい食事も、充実した設備も――
 すべて、彼らのような犠牲の上に成り立っていると、そう言われているように思えてならない。

「ティアナ、あなたなら同情されたい? 哀れんで欲しい? 可哀想だと慰めて欲しい?
 自分たちを卑下して、こんなところに追いやった人たちに――」
「あ……」
「分かるでしょ? あなたなら、少しでも彼らの気持ちが――」

 アムラエルの言っている意味がやっと分かったのか、ティアナはそれ以上何も口に出そうとしなかった。
 兄を侮辱した人々に今更謝られたところで、境遇を可哀想だと同情されたところで、きっと憤りしか出てこない。
 今、思ったこと、考えていたことは、そうした彼らの気持ちを考えず、「ただ可哀想」だと口にしていたに過ぎない――
 ティアナは、そのことに気付き、ただ黙るしかなかった。

 少し歩いただろうか?
 大きく開けた広場のような場所にでると、崩れた噴水の前に腰掛ける老人の元にアムラエルは真っ直ぐと向かい、手にしていた袋から酒瓶を取り出した。

「お土産。元気にしてた?」
「こんな老いぼれに『元気?』も何もなかろうて……じゃが、土産はありがたくもらっとくよ」

 親しそうに老人と話をするアムラエルを見て、ティアナは呆気に取られてしまう。
 ここに来た時から、何度かアムラエルは来たことがあるのだろうと思っていたが、地球出身の彼女がミッドチルダの、それもスラムで生活をしている老人と知り合いなどと、ティアナには不可思議でならなかった。

「お爺ちゃん、前にしてくれた話。あなたが見たすべてを、彼女にも話してあげてくれない?」
「アムラエル一尉? 何を――」
「黙って聞きなさい。知りたいのでしょう? 四年前の事件の真相を――」
「――!?」

 ティアナは言葉が出なかった。この老人が、あの事件のことを何か知っていると言うのか?
 ――と、ティアナは視線を老人の方へと向ける。
 次の瞬間、老人の口から語られた真実。
 それは、ティアナが今まで信じてきた現実すべてを打ち崩す、衝撃的な告白だった。






「そんな……じゃあ、アムちゃんはそのことを知っていて、ティアナを?」
「そう言うことね。ティーダ・ランスターは生きている。
 そして、アムはそのことを知っていて、ティアナをこの部隊に誘うことを決めた。
 自分は、自分の手で選択することすら出来なかったから――って」

 なのはとフェイトは、アリシアから聞かされた話を聞いてショックを受けていた。
 何も聞かされず、思い悩む妹や、親友をこれ以上見ているのはアリシアも辛い。
 アムラエルが話すまでは黙っていようと思っていたが、彼女がティアナにそのことを告げると決めたのであれば、頃合なのだろうとアリシアも思うことにした。

「二人はアムのお兄さんのこと、聞いてる?」
「うん、少しは……もう、亡くなってるって聞いたけど、姉さんは他に何か知ってるの?」
「アムのお兄さんを殺したのは、D.S.なのよ」
「え……」
「嘘!? だって、ルーシェくんのことをアムちゃんは――」

 フェイトはアリシアの話が一瞬理解できず、言葉に詰まってしまう。逸早くその言葉に反応したのは、なのはだった。
 アムラエルを近くで見てきたなのはは、アムラエルがD.S.のことを家族以上に大切に思っていることを知っている。
 それなのに、D.S.がアムラエルの兄を殺したなどと――信じられるはずがなかった。
 しかし、アリシアはそんな二人に対して――

「二人がどう思おうと真実よ。でも、アムはだからこそ、D.S.には恩があるって言ってた。
 兄さんを殺してくれたこと、救ってくれたことに感謝してるって――」

 死が救いなどと、なのはとフェイトの二人には、アムラエルの体験してきた現実が想像できなかった。
 だが時々、悲しげな憂いを帯びた表情を浮かべるアムラエルを見て、彼女の過去に何かがあるのだと言うことは二人も気付いていた。
 そのことを自分から語ろうとしなかったアムラエルだったが、それでも明るい彼女の見て、今が幸せならばと――誰もそのことを聞こうとはしなかった。

 アリシアがアムラエルのことを知ったのも、スバルやティアナのデバイス作成を依頼されたからだ。
 そのことがなければ、ティアナのことも、アムラエルが抱えている悲しみの原因も知ることはなかっただろう。
 そのことを知った時、アリシアはアムラエルがD.S.へ向ける想いが、家族だとか、恋心だとか、そうしたものよりもずっと深く、重いものなのだと気付かされた。
 時々、あの二人の絆が、誰よりも強く見えることがあるのは、そのことも原因にあるのだろうと、アリシアは思う。

「じゃあ……ティアナのお兄さんは……」
「目撃した人の証言では、悪魔に取り込まれた。いえ、悪魔と同化したそうよ」

 廃棄区画を消滅させた大惨事。混沌嘯(ケイオスタイド)は悪魔だからと言って、起こそうと思って起こせるものではない。
 地獄を現世に呼び込むそれは、一種の空間湾曲場――強大な召喚魔術や、超常的な力が引き起こす超常現象だ。
 それが可能な悪魔ともなれば、少なくとも『魔神』と呼ばれる“悪魔の支配階級”に位置する力を持つ者たちしかいない。
 しかし、そんなことは現実的に考えて「有り得ない」とアムラエルは言った。
 天使である自分が、D.S.の使い魔としてでしか力を発揮できないように、天使と悪魔は言わば光と闇。表裏一体の存在。
 なら、悪魔たちの置かれている状態にも、自ずと答えはでる。

「アムが力を発揮できないように……悪魔たちもこの世界では従来の力を発揮出来ないってこと?
 アムはルーシェくんと言う主(マスター)を得ることで、力を使うことができる……なら、悪魔は……」

 フェイトの考えていることは恐らく間違っていない。
 ティーダ・ランスターは、悪魔の力を呼び起こすための依り白とされた。
 次元世界、各地で起こっていると言う同じような事件。そこでも優秀な魔導師が、何人も姿を消していた。だとすれば――

「アムたちの世界の技術じゃ……魂や魔力の根源とも言える、『霊子力』を解明するまでに至っていたらしいわ。
 少なくともその技術を使って、悪魔に天使を融合したり、魔王にも匹敵する兵器を人は作り出していた――
 わたしも、それが嘘だと言い切れないほどのものを、D.S.やメタ=リカーナの技術から学ばせてもらったわ」
「魂の根源……生命研究の究極のカタチ……まさか?」
「ジェイル・スカリエッティ――空けてはならない『パンドラの箱』を彼は見付けてしまったようね」

 フェイトは、アリシアの告白を聞いて、顔を青褪める。
 ジェイル・スカリエッティがこの事件に関わっていると言うことは聞かされていたが、もっとも恐れていたことが現実として、彼女の目の前に突きつけられた。
 だとすれば、プレシアもリニスもこのことを知っていたのだろうと、フェイトは思う。

 D.S.が何も言ってくれないのも、きっと――こうなることが分かっていたからだ。

 自分の中に、アリシアのことを冒涜し、プレシアを苦しめたスカリエッティへの憎しみがあることに、フェイトは気付ていた。
 二度と自分のような子供を、この世界に生み出してはいけない。あんな悲しさや、寂しさを味わって欲しくない。
 そうした子供たちを一人でも多く助けたい。守りたいと思って、この仕事をはじめたのは間違いではない。
 そうしたフェイトの思いからすれば、ジェイル・スカリッティと言う男は、諸悪の根源とも言える“存在”だった。

「……わたし、ティアナが帰ってきたら、ちゃんと話して見ようと思う」
「……なのは?」
「分かろうとしてた。でも、ティアナの抱えているものの重さや、彼女の覚悟を、わたしはまだ何一つ彼女の口から聞いていない。
 ううん、自分から知ろうとする努力を怠っていたんだと思う」
「なのは……。でも、知らなかったんだし……ティアナもお兄さんのことは知らなかったはずだよ? だから――」
「フェイトちゃん、でも――じゃ、だめなんだよ。わたしはティアナの教官になると決めた。
 だから、彼女が間違っているなら、もっとちゃんと叱ってあげないとダメだったの。見ていてあげないとダメだった。
 でもわたしは、仕事が忙しいと思う余り、どこかで“人に教える”ってことを事務的にこなしてたんだと思う」

 ティアナの上官として、なのはの取った行動は間違いとは言えない。
 フェイトの言うように、ティアナもティーダが生きているなどとは知らなかったはずだ。ただ、それでも上官としては間違っていなくても、教官として責任がなかったかと言われればそうではないと、なのはは考える。
 心の奥底で泣き叫んでいたティアナの声に、気付いてやることが、なのはには出来なかった。
 みんな同じように接し、同じように教えているだけではダメなのだと――今回のことで、なのはも学ばされた気がする。

 もっと、ちゃんとティアナと向き合って話をする機会を設けていれば――そんな悔いが、なのはの中に残っていた。

「――アリシアちゃん」
「……何?」
「アムちゃんの話、確かに酷い話だと思った。『死ぬことが唯一の救いだった』ってアムちゃんの言葉の意味も、なんとなく分かる。
 それでも――わたしはやっぱり生きていて欲しいと思うから、だからティアナには殺すためじゃない。救うための力を身につけて欲しい」
「……それ、凄く難しいことだって分かってるの?」
「分かってる。それが難しいことだってことは……。
 ルーシェくんにも出来なかった。アムちゃんも、見ていることしか出来なかった。
 それでも、そこで諦めてしまったら終わりだと思うから、わたしはティアナにこんなところで諦めて欲しくないの」

 なのはがどれだけの無茶を言っているのか、アリシアには分かっていた。
 それは当人も理解しているだろう。
 だが、なのはがこうだと決めたことを、諦めない、決して曲げないと言うことは、友達のアリシアが一番よく分かっている。
 そんな彼女に救われた妹がいて、友達がたくさんいることも――

「思うようにやって見るといいわ。きっと、アムも――」

 ――きっとアムラエルも、そう思っているはず。アリシアは、そう思う。
 でなければ、ティアナにデバイスを与え、今更鍛えるなどといったことをしなかったはず。
 彼女一人を鍛えたところで、強大な力を持つ悪魔に対抗できるはずもない。
 それが分かっていながら、ティアナを部隊に誘い、なのはたちを教官につけ、鍛えなおすような真似をした。
 アムラエルが一番望んでいること、それはきっと、なのはの言うように青臭い夢物語なのだろう。

「フェイトはどうするの? 多分、母さんが話さなかったのも、あなたやわたしのことを思ってだと思うけど」
「わたしは、戦う。バスタードに入ると決めたその時から、決めてたことだから――
 そう言う姉さんだって、そのつもりでADAMにきたんでしょ?」
「姉妹だし、なんでも分かっちゃうか。……それにわたしは、まだ“彼”に何も返せてないから」
「わたし“たち”だよ」
「……そうね」

 この二人なら、きっとどんな話を聞いたところで、自分で答えを出すものとアリシアも思っていた。
 だが、二人の答えを聞いていると、自分まで元気付けられているような気分に、アリシアはなってくる。

 どんな逆境でも、どんな困難でも、この人となら何とかなる。必ず、打ち破ってくれる。

 本当の『ストライカー』と呼べる魔導師を前に、アリシアは思わず笑顔を溢していた。






 ――わたしに出来るのはここまで。どうするかは、あなたが自分で決めなさい。

「わたしは……」

 ティアナはとぼとぼと隊舎に歩みを進めながら、別れ際、アムラエルが言った言葉を思い返していた。
 兄が生きている――そう知った時は嬉しいと思った反面、どうしていいか分からなくなった。
 悪魔なんて存在もそうだが、あのアムラエルがどうすることも出来なかったことが、自分に出来るとは思えない。
 なら、このまま他人に任せて、兄が殺されるのを黙って待つのか? と言われれば、そんなこと――出来るはずもない。
 ティアナは、これだと思う答えをだすことが出来ずにいた。

「ティア――」

 隊舎前で突然声を掛けられ、驚くティアナ。それは、スバルだった。
 訓練後、ずっとここでティアナの帰りを待っていたのか? トレーニングウェアのまま、ティアナの元に駆け寄るスバル。

「心配したよ。特殊任務だって聞いたから……その、大丈夫だった?」
「あ……うん」
「よかった……あの、ごめんね。模擬戦、わたしが失敗しちゃったから、ティアまで撃墜されちゃって」

 先になのはのカウンターを受けて失神したスバルはその後のことを知らないが、そのことでティアナが撃墜されたと言うことは彼女が医務室に運ばれた事実からも知っていた。
 そんな申し訳なさそうに謝るスバルを見て、ティアナは訳が分からなくなる。
 無茶をさせたのは自分だ。コンビを組んでおきながら、相棒を危険に晒し、きっと呆れられているとさえ思っていた。
 しかし、そんなティアナの予想を大きく裏切り、スバルは自分が悪かったと謝る。

「なんで……」
「……ティア?」
「なんで、アンタはそうなのよ!! あれはあたしがアンタに無茶をさせたから――
 だから、アンタは気絶して、撃墜されちゃって……あたしは……あたしは……」
「うん……そうだね。でも、わたしとティアはコンビだから――
 わたしの役割は前で相手の動きを止め、少しでも長く、多く、相手に隙をつくること。
 でも、今回はわたしがすぐにやられちゃったから、ティアを無防備しちゃった。だから、反省」
「…………」

 ティアナは言葉が出なかった。
 まだ自分のことを「コンビ」だと言ってくれるスバルの言葉が嬉しくて、辛くて、悲しくて。
 知らず知らずのうちに、ティアナはボロボロと涙を流していた。

「ごめん……ごめんなさい。ごめんなさい」
「ちょっと、ティア!?」

 あの何でも出来ると思っていたアムラエルやなのはにも、出来ないこと、叶わないことがあるのだと知った。
 天才だとか、才能があるからだとか、そんなことを言ってはいても、所詮一人の力などたかが知れている。
 アムラエルが隊舎でも出来る話を、態々スラムまで連れて行き、あの老人に語らせて聞かせたのも、そうした現実をティアナに見せたかったと言う意味もあるのだろう。

 ずっと、上手くやらなくてはいけないと思っていた。
 ランスターの魔法を証明するためには、自分が頑張らないといけないとティアナは思っていた。
 でも、いつもその隣では、大切な相棒が、手を差し伸べていてくれたことに気付かされる。
 やり直せるのだろうか? ここからでも、自分は――スバルと一緒に。

 ティアナは止め処なく溢れてくる涙を抑えきれず、ただスバルの胸で何度も何度も謝りながら、泣きじゃくることしか出来なかった。






「ティアナは、これで大丈夫そうだね」
「教官の役割を、スバルに掠め取られたのが悔しいとか?」
「もう! そんなんじゃないよ!! 意地悪だな……アムちゃんは……」

 アムラエルが帰ってきたことで、ティアナと話をしようと隊舎から出て来たなのはだったが、スバルに先を越されたことで陰から様子を窺っていた。
 しかし、なのはは自分が出て行くよりも、この場はスバルに任せてよかったと思う。

 あの二人の絆は、自分やフェイトのように、周りが立ち入れないほど深いものがある。
 それは、相手の過去や、努力の理由、頑張ってきた姿を見てきて知っているからこそ、信じあえるそんな深い絆なのだろう。
 一人では難しいと思えることでも、あの二人ならきっと――

「じゃ、わたしは行くね。お腹空いちゃって、なのはも行く?」
「ううん、わたしは後で――あの、アムちゃん」
「ん――?」

 お腹を押さえ食堂に向かおうとするアムラエルに、なのはは真っ直ぐ視線を向け、声を掛ける。

「わたし、頑張るから――ティアナやスバルにも、しっかり教える。だから、アムちゃん見てて」
「…………」

 最後に、なのはの言葉に微笑み返すと、何も言わず手を振ってアムラエルはその場を後にした。

 一人一人が成長し、少しずつ大きく、強く羽ばたこうとしている。
 それはティアナや、スバルだけではない。なのはやフェイト、それにはやても、次世代を担う若者たち全員が日々成長している。

 D.S.とアムラエルは、本来ならこの世界にいない存在。
 それはメタ=リカーナの魔導師も同じことが言えるが、この二人だけは特に大きな力を持つ、異質な存在と言える。
 下手をすれば世界のバランスを崩すほどの大きな力をもった存在。
 だからこそ、安易にD.S.がいるから大丈夫だと――アムラエルは頼って欲しくなかった。

「いつか、わたしやD.S.が必要なくなる、必要とされなくなる時代がやって来る。
 きっと、D.S.もそのことに気付いているはず……。だから、それまでは――」

 アムラエルは、優しい微笑を浮かべ、そんなことを口にする。

 見守っていよう。
 彼ら、彼女たちが、自分の翼で大きく羽ばたけるその日まで――






 ……TO BE CONTINUED





■作家さんに感想を送る
■作者からのメッセージ
 193です。
 ここまでで、STS前半パートが終了です。次回から中盤に突入します。
 ヴィヴィオが登場したり、ここからバスタードの魔導師、戦士、そして待ちに待った四天王の登場も予定されています。
 前半はティアナの葛藤や、スバルとの絆、若い魔導師たちの成長をテーマに進めてきましたが、ここからはいよいよ物語の本筋とも言える核心部分に触れていくことになります。
 まだ、大分話は続きますが、最後までお付き合い下さい。

 PS:四連休入ったので書き溜め中です。次の更新は火曜日を予定。しばらくは週に2本くらいのペースを維持したいと思います。



 >ルファイトさん
 ティアナも、これで少しは成長したと思います。
 まあ、こちらのなのはは上をたくさん知ってますからね。D.S.にアムラエル、それに魔力では圧倒的に劣るものの、自分たちよりも高い戦闘力を持つカイやバスタードの面々。そうした意味でも、よい方向に成長してるかと。
 まあ、某二流を極めた人については言及しないで下さいw
 バスタードの面々って、魔戦将軍とかを見ても、基本的に特化技能タイプばかりですからね。
 ヨシュアなどの侍がある意味、バランス取れた、そうした存在とも言えるのかも(それでも近接特化ですがね……)



 >吹風さん
 下積みがありますからね。やはり、細かに物語を積み重ねることは大事だと思いました。
 原作のなのはも10年なんて時間を一気に飛ばず、ちゃんと空白の部分もアニメでやれば、批判も少なかった気もします。
 今回の話でティアナは、ようやく自分の過ちに気付いたと思いますが、これから彼女に待ち受けていることは、想像を絶する困難ですからね。
 たった一人の力では困難で難しいことでも、二人、三人、もっとたくさんの仲間が入れば、不可能だと思えることも現実を帯びる可能性なることも有り得なくはないでしょう。そのための努力や、積み重ねはやはり必要でしょうけどね。
 管理局は、どうも個人プレーが目立つ気もしますから、そこは組織として改善の必要もあるでしょうね。
 D.S.やアムラエルはある意味で参考になりませんがw
 D.S.の出番は特にSTSの前半パートでは仕方ないのでご勘弁を; 分かるんですがね。
 まあ、中盤から後半にかけては出番が増えてきます。物語の動きに応じて、彼が必要になってきますからね。



 >彼岸さん
 母は強し。まさにその通りかと。
 ちなみにクイントさんは管理局を辞めてからも鍛え続けているので、更に強くなってると思いますw
 出番も用意しているので、今後をお楽しみに。
 さすがにバインド+バスターは極悪すぎる……。冥王、冥王と言われてますが、基本的に優しい良い子、特に身内には……いや、ヴィータの件あるしな……;
 ティアナに大事なのは、もっと周囲にも目を向けることかとも思います。
 下手に考え込もうとする分、マイナスに進みだすと嫌な方向に突っ走りはじめますしね。



 >志堂さん
 今のなのはのSLBは食らったらチリも残らない気がする……w
 ティアナはまだ困難が待ち受けているでしょうし、もっと強く成長して欲しいですね。
 まあ、アムを働かそうなんてのが間違いなんですよ。不可能です。やれば出来るのでしょうが、本人にその気は……。
 クイントVSカイは、それは恐ろしい戦闘だったでしょうね。ちなみに血戦だったそうです(え
 保護者が逆のパターンも一度想定はしました。エリオは雷ですしね。
 しかし、敢えてこうしたのには武器のこともありますが、どちらの方が本人たちに与える影響はいいかな?と考えてのことでもあります。
 ルーテシアを見る限り、ゼストにキャロを育てるのは少し難しいだろうな……と思いましてね。



 >食べました!さん
 ティアナが頑なな理由は孤独や、やはり過去のことが大きいのでしょう。まあ、歪む理由は分かりますしね。
 最終的にそんなティアナの心を救ったのは、ずっと傍で見守ってくれていたスバル。
 二人の絆は、特に他に友人や家族のいないティアナにとって、大切で掛け替えのないものなのだと思います。
 管理局って、平和や正義を掲げてる割には、矛盾の多い組織ですからね。その矛盾を誰も指摘しないのが更に怖い。
 常識となってしまうと、すべて盲目になってしまうと言うことなんでしょうかね?
 正直、悪く書くつもりはありませんが、あまりに突っ込みどころか多いのもなんとかしてほしいものです……。
 今回、前半の最終と言うことで語られた悪魔や、ティーダの生存の理由。
 しかし、それを生きていると言えるかどうかは、実際に悪魔が登場してみないことには分からないでしょう。



 >ボンドさん
 ユーノ先生、見事に縁がないですね。まあ、よいお友達ってところでしょうか?w
 ギンガは一番強く、クイントの意思を色濃く継いでいると思います。
 スバルにとっても、やはりクイントが生存していると言うことが、この二人が原作よりも強い一番の要因でしょうね。
 原作のなのはのアレは、ある意味で十年ぶっ飛ばしたことも原因でしょうね。
 ちゃんと描いていれば、そこまで批判もなかったであろうことも、描写不足だったせいでなのは批判に繋がる結果に。
 実際のところはどうだったのか? わたしには推し量ることは出来ませんが、この話では出来るだけ深く描いてきたつもりです。
 ちなみにディアナは今回、立ち直りイベントありましたが、D.S.たちの本格的な出番は次回からです。
 中盤に入ると言うことで、ここから物語が動き始め、D.S.の出番も増えてきます。
テキストサイズ:23k

■作品一覧に戻る ■感想を見る ■削除・編集
Anthologys v2.5e Script by YASUU!!− −Ver.Mini Arrange by ZERO− −Designed by SILUFENIA
Copyright(c)2012 SILUFENIA別館 All rights reserved.