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長き刻を生きる 第三十一話『大変ご迷惑な蝶達と国の旗挙げ』
作者:大空   2009/03/21(土) 00:01公開   ID:6GBeb/4AjNU

 突然だが太公望軍は今まで確たる国を持っていなかった。
 【幽州連合】の勢力の一つとして膨大な支配地域を持つだけであった。
 しかし劉虞・馬騰もまた白蓮同様に太公望軍の一部隊として入る事が昏睡の間に決定。
 連合軍は消滅し、名実共に太公望が全てを束ね盟主ではなく国王として君臨する事となった。
 事実上取り込まれた両軍は束ねる両者が望む土地の自治権を与えられる結果となる。

 現状で自治権を持つのは、幽州の劉虞・洛陽の官軍左右将軍・涼州の馬騰のみ。

 愛紗達のような常に傍にいる将軍には膨大な報酬や月給が与えられている。
 華琳達はまだ危険分子と危険視されている為、愛紗達同様に月給制。
 北部民族などは特定地域への移住権や食料などの物資支援による協力対価を支払う。

「……で? 国の名前はどうするつもりなの?」

 今まで連合や軍勢名で通して来た所為で、大国でありながら国名の無い国。
 流石にそれではマズイと言う事で集まって国名に付いての大会議が開催。 
 各々が各々の思い浮かんだ国名を挙げていくがどれもピンと来ず。
 更にそんな会議のまっただ中でも書簡はやって来ては、対処しなければならない。
 二束のワラジ状態で一向に纏まらない議会は、それこそ混乱の様相であった。


「ここはやはり国王たるご主人様がお決めになるべきです!」


 愛紗からのキラーパスとも思える突然の発案。
 しかし確かに太公望が国王としている国の名は、やはり国王が決めるべき。
 そんな考えが次々と浮かび上がると共に、こんな事にいつまでも関わりたくない者。
 これらがさっさと決めろとばかりに太公望の救援を断ち切ってしまう。


「…………鳳国(ほうこく)、鳳の翼を宿す三本指の龍の旗印を御旗とすのはどうだ?」


 こんな時の為に既に案を考えていた太公望。
 
「つまり応龍の旗印の鳳国ですか……流石ですご主人様!」
「四霊の内の二つを御印にした国…主はさしずめ鳳王ですかな」

 鳳凰と鳳王。
 元々鳳凰とは【鳳】と【凰】の番の鳥を纏めた言い方である。
 つまり番であり王は常に誰かを支え、王を誰かが支えると言う意味合いを持たせている。


 ―――四聖獣・【青龍】【白虎】【玄武】【朱雀】


 四方を守護する選ばれた獣達であり、非常に縁起の良い者達。
 言わずとも知られる聖獣達であり、日本の都の建設にも古来より関わる存在。


 ―――四霊・【応龍】【鳳凰】【霊亀(れいき)】【麒麟】


 これらはあまり良く知られていないだろう。
 この四つの神獣の位に位置する獣達であり、文献によっては四聖獣より高位に位置する。
 個々が強大な力を持ちながらも世の平和を重んじ、それを手助けする役目を担う者達。

 【応龍】は神である女禍と死闘を繰り広げ彼女を追い詰めたほどの実力を持つ龍王。
 四人の龍を束ね、風雨を自在に操り、鷹の翼を持ちこの世の毛を持つ獣の父親当たる存在。
 その翼がたった一度羽ばたけば天に昇ると言う飛行力から神々の騎乗龍としても君臨していた。
 また黄帝と言う王の直属として仕え、反乱の大妖怪【嗤尤(しゆう)】を共に打ち倒した伝説の龍。

 これらの四聖と四霊を束ねるのが皇族・王族のみ許された五本指の龍神【黄龍】


「平安を司る翼を宿す鳳凰と変幻を司る応龍の御旗……まさに天下泰平の御旗に相応しいわね」


 四霊はそれぞれ上記の順に【変幻】【平安】【吉凶】【信義】を司っている。
 太公望が考えた旗には『平安へと乱世を変幻する』と言う意味が込められている。
 また【応龍】は信義を司る【麒麟】の祖父に当たる存在なのでその翼には信義も宿っているのだ。 
 そして女禍を滅ぼす為に女禍を追い詰めたその伝説も含めた御旗であった。

「ではさっそく街一番! 国一番の機織さんに仕事を頼みましょう!」
「そやそや! 望チンの考えたウチ等の御旗は見てみたいわ!」
「劉家の私がいるのだから五本指でも問題ない気もするが……」

 黄龍は四方を護る四聖獣達の王であり、中央を守護する竜でもある。
 縁起を司り古来より何度も姿を見せたと言う記述を持ち、その力の強さから皇族の権威の象徴。
 故に五本指や黄龍は皇族や皇帝にのみ許されたモノとして、描く事や彫られる事が禁じられた。

「いや、正式な皇帝でもない者が五本指や黄龍に相当するのを使うのは非常にマズイからのぉ」
「……まぁ私としても皇帝などと言う欲望に塗り固められた椅子に座るのはご免だ」

 洛陽は順調に復興しており、少しずつだが街としても機能し始めていた。
 また旧魏領の治安に対しても時折だが華琳達を監視付きで派遣し、現地民の説得に当たらせている。
 これには旧魏領の残党軍への牽制や華琳達の立場向上も兼ねており、華琳達の立場は確実に良くなっていた。
 劉虞は現在は烏丸の姫君を妻に娶りながらも幽州の統治者として信頼ある者として君臨している。
 烏丸への支援や交易にも太公望は手を出しており、この当時希少な物の数々を手に入れれるほど。



「―――喜ぶのは勝手だけど財布と僕の負担も考えてよ」



 詠の一言に御旗・御旗と騒いでいたのが一気に静かになってしまう。
 と言うのも太公望軍(以後鳳国)は騎馬隊を数多く有している為に維持費に死に掛けている。
 更に医療班や現在手を出している洛陽や旧魏領の復興および、駐屯軍の派遣などの出費。
 そして陳到を始めとした今回の戦で戦死した者達の大々的な葬儀と遺族への手当て。
 優秀な将官や軍師を抱え、手際良く治安向上や盗賊退治しているとは言え収益は大きくない。
 時間を掛けねば地方の発展や税率の上昇は見込めないのだから。

「特に僕と桂花の負担を考えてよ……まぁ王の指示とあればするけど?」

 詠は慣れているが桂花はまだまだ仕事慣れしていない。
 また極度の男嫌いの桂花は華琳に仕えるならまだしも、太公望に仕えている事そのものが苦痛らしく。
 精神的疲労と肉体的疲労によって一度倒れてしまっている経緯を持つ。

 しかし自分が太公望に対して忠義を見せねば敬愛する華琳の身が危ない。

 まだまだ華琳の立場は決して良くはなく、首筋に短刀を添えられた状態に等しい。
 もしここで桂花が不満をぶちまければ本人は良くても華琳は良くなくなってしまう。
 ましてや腹心に近い人物が太公望であり王に不満を持っていると言うのは反乱の意思なくともマズイ。
 疑心暗鬼が蔓延してしまい兵士間で曹魏組の反乱を考えてしまう者達が現れてしまう。

 ―――華琳達の事を快く思わない者など腐るほどいた

 特にまだ華琳が弱小であった頃に借りを持つ者などは少なくは無い。
 のし上る為に負けた者達の逆恨みから派閥が出来ないなど保証はない。


「いや……この件は当面の問題を解決したのちにまた会議を開く
  桂花は当面休暇を与える、体調を良くし優れたる仕事を期待する
  劉虞・馬騰は各々の自治区に戻り仕事を任せ、何かあれば諜報を通じ連絡せよ
  では今回の全将官招集会議はこれまでとし、再び各々の仕事に戻るとしよう」


 特大の執務室に集まった一同が席を離れ、各々の仕事場に戻っていく。
 鈴々のような書簡仕事の出来ない者や今日が訓練の者は、軍の鍛錬場へと。
 朱里のような文官や今日が執務室の者は執務室に留まり書簡仕事へと。

 劉虞と馬騰はすぐに手勢を率いて自治区へと帰還した。

 桂花はふらふらとしながら自室へと戻っていく…過労でないのが奇跡だった。

「……桂花は大丈夫でしょうか」
「仕方ないわ、あの子は私が貴方に使われている事が気に食わないのよ
  今晩当たり少し可愛がってあげるかしら…ついでに納得するようにも言っておく」

 報告などが書かれている書簡を広げて中身を確認しながらの会話。
 現在部屋にいるのは太公望・朱里・詠・華琳・秋蘭の五名。
 あとは非番なり・訓練なり・警邏に出払っている。 


「華琳、桂花が納得しておらぬならばワシが納得させるほかあるまい
  むしろ幾等お主の許可とはいえ本来ならば認めぬ者に真名を明かすのも苦痛の筈
  そのような強引な方法を取り、更に”使い物”にならなくなってはただの駄犬ではないか」


 何気なく言った発言であったが、それは太公望らしからぬ発言でもあった。
 ”使い物”と桂花の事を今、確実に自分に取って利益か不利益かだけで見ていた。
 更に桂花は華琳に忠誠を誓っている忠犬と見えていた為、駄犬と卑下して呼んでしまった。
 本人こそ何気ないが目覚めて以来、太公望の発言には何処かしら黒さや冷酷さが見え隠れし始めている。
 更には恋などの気を感じやすい面々からは邪気が大きくなっているなども指摘されている。

「……随分と冷酷な事を言うのね」
「ワシとてこのような物言いは控えたいが、華琳の足枷になりうる者ならば処置をせねばならぬ
  ましてやお主から聞く桂花の有能ぶりとワシの下での働きの差が大きすぎて落胆もあるがな」

 自らの家臣はかわいいもの。
 特に能力の高い者であれば過大評価したくなってしまうものである。
 華琳にしては珍しく家臣の能力を過大評価した物を太公望に報告していた。
 期待が大きければ大きい程、落差が大きいときの落胆もまた大きくなってしまう。

「……僕も休暇を貰うよ」
「良い、お主も少し働きすぎておる……休むと良い」

 机の上の書簡を太公望の机の上に置き。
 硯や墨の後始末をしてから執務室の出口へと歩いていく。


「………僕は月の為に働いてるんだ」


 出口の一歩手前で止まり、何処か悲しげに口から漏れ出た言葉。
 太公望と交わっている眼も何処かしら悲しそうな感じを持っている。


「……心配する必要は無い、何があってもお主等はワシが護る」


 ただ優しい言葉を投げかける太公望に対して、詠は何も言わず執務室を後にした。 
 詠から渡された書簡を広げて優先的に処理していく。
 その処理速度は最初に見た者は一様に驚愕してしまうほどの処理速度を誇る。
 すっと見てから内容を確認し、修正や朱印を押して処置した書簡の山へと移す。


「あの……詠ちゃんが凄く上機嫌で歩いてましたけど………」


 お茶に必要な道具を全てお盆の上に乗せてながら現れた侍従長の月。
 そのお茶の味は華琳すら唸るほどの腕前であり、執務室の特権の一つ。
 このお茶を味わいたいが為に執務室に結構真面目に来ている太公望がいる。

「ふむ、何が良かったのやら……」

 書簡を処理する手を止め、月の入れるお茶を受け取る一同。
 太公望は詠が何故そこまで上機嫌なのか判っていない。
 むしろ本人としてはただ月の対して忠誠を誓っていようと、敵ではない程度の意味で先程の言葉を言ったのだ。
 それで何故に詠が上機嫌になっているのかが判っていなかった。

「………理解していない当たりご主人様らしいです」
「まったく持ってその通りね……貴方の入れるお茶はこの上ないわ」
「本当です、これの為だけに足を運びたいものですな」
「はい、褒めていただけると嬉しいです」

 ふぅ……と一同疲れを吐き出す。
 月の入れるお茶は城一番と名高く、太公望から何とお茶の為だけに特別報酬が出るほど。
 無論これには詠もしっかりと協力しており、太公望の口車全開で周囲を納得させた。
 また茶葉農園の制作にも取り組んでおり、もっとお茶を庶民にも広めようと画策までしている。

「ふむ、華琳は明日非番よな?」
「えぇ、あと春蘭と秋蘭も非番ね」

「あと月も休めぬか、少々手伝って欲しい事がある」
「私でよければ幾等でも」

 突然の太公望の周囲への質問に各自平然と答えを返す。

「どうしたんですか?」

「ふむ、華琳達はまだまだ危険分子と言う事で外出が少ない、月は働きすぎよな」

 朱里の乙女としての直感が太公望の言いたい事を理解してしまった。
 そういった直感などは戦場の武将達顔負けの勘を働かせれる朱里の恐ろしさ。
 のちにこれは罠だ! と声高らかに叫ばれる事となる。

「……ご主人様、明日は私も用事があるのでお休みしますね」

「朱里まで休んでは明日の政務が滞ってしまうではないか」

「今日で重要な書類を済ませて、明日は愛紗さん達でも出来る書類だけにします!」

 自分の持分の墨が切れてしまった朱里は、執務室の隣に作られた貯蔵室へと向った。
 そこには執務室で要るであろう道具達の予備が大量に置かれている部屋。
 朱里が執務室を後にした時に、邪魔者がいなくなってほっとする太公望。



「華琳達の外出に月も付き合ってはくれぬか?」



 太公望が言いたかった事、それは華琳の外出のお供の願いであった。



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 廊下に出た詠は自分でも不思議なくらい上機嫌であった。
 太公望は自分達を道具として見てはいないと、今になっても月を守ってくれる。
 ひいては自分が反乱の意思ありとも取れる発言をした際にも、関係ないと言ってくれた。

「まっ、僕のような優秀な人間を扱き使うんだからあれ位の器はないとね」

 詠は軍師としてすこぶる程に満足していた。
 それこそ優秀な軍師仲間の存在や、自分の策を実現出来る精鋭兵士達。
 太公望と言う上司の器の大きさや大将としての智勇にその冷酷さ。
 本人は失礼とは思いつつも月が大将と言う本人には似合わない座から開放された事を喜んでもいる。

 ―――今では認められているが、入った当初の立場の悪さは華琳達ほどである

 詠達を軍や周囲に認めさせる為に、四方へ飛び説得や情報操作に明け暮れた太公望。
 もし太公望と出会わなければきっと自分達は酷い生活か……死が待っていただろう。

「随分と機嫌が良いのね…詠」

 一足先に執務室から出ていた桂花は詠の部屋に居た。
 顔色こそ悪そうだが、今だ王佐の才たる才気の光は死なず。

「そういう桂花は大丈夫なの、また倒れられると上司の僕も困るから」

「いっその事、貴方や朱里……出来るなら華琳様が上司に欲しいわ」

 太公望はその才気から本当の意味で全軍を束ねてしまっている。
 日によっては訓練に顔を出してから、将校との手合わせ、そこから執務室へ直行。
 その日に出された二百以上の書簡の処理を軽々と済ませてしまう程の体力などを持つ。

 ―――更には法律の改正や税率の引き上げ

 これらの草案や、各文武官からの嘆願書の確認をして判断する。
 歩兵達の武装強化・騎馬の補充・救護班からの薬の要請などが主体の嘆願書。
 兵士や民衆の嘆願書もあり、これらも結果として太公望が読んでは各部署に指示を出す。
 これがこの国の”普通”の処理なのだから外部の人間としては驚きである。

「でもあれほどの大将はきっと歴史においてもそうそう居ない人材よ」

「大将としいの器は認めるわ……悔しいけど才を揮えるのは誇りだもの」

 しかし現在では各自の太公望への依存がなくなり、各自がしっかりとした判断で行動している。
 むしろ太公望が昏睡状態で一番好き勝手やったのは間違いなく詠であった。

 旧袁の税率は【軍】7:3【民】と相当な重税であった。

 旧魏の税率は【軍】5:5【民】の均等であった。

 現鳳の税率は【軍】3:7【民】と凄まじい低税であった。

 これによる税収の少なさが太公望軍を苦しめていたが、それを巧くやりくりしてきた。
 更に兵農一体による兵糧確保の優先策や太公望・朱里・詠の尽力あってのやりくり。
 またこの低税によって各地より難民が殺到し、彼らに仕事を与える名目で軍の強化と田畑の開墾を与える。
 各地の情勢把握から良い噂を造り、より多くの民衆を味方に付ける事で侵略させづらくせた策。
 現在は詠の独断によって4:6の増税であり、民衆達もこれに納得している。

「でもやっぱり華琳様を扱き使うのは許せないわ!」
「僕も月が笑ってくれるのは嬉しいんだけどね!」

 ―――かたや華琳様”命”

 ―――かたや月”命”

 と自分よりも優先してしまえる大切な人がいる者同士。
 また軍師仲間と言う事で二人は瞬く間に仲良くなり、真名を明かしあった。
 何処かしら性格が似ている所為もあったかも知れない。
 類は友を呼び合うのだから尚更の事であろう。


「でも詠や朱里が上司ならまだ私の負担も減るわ…とにかくアイツは気に喰わない
  特に時折見せるあの私達を人間所か虫けらとも見ていないようなあの眼が気に喰わない!」


 それには詠自身どこかしら感じてはいた。
 本当に太公望が怒ったりすると自分達を見る眼そのものが根本から覆る。
 虫けらとも見えていない、路傍の小石にすら自分が劣っているような錯覚を与えられる眼。
 
 目覚めて以来、太公望は太公望ではないような感覚を植えつけられていた。

 恋達からも目覚めて以来、太公望の邪気が少し強くなったと指摘されている。
 本人は『ある種の本来の力が戻ってきてしまっている』と言っていたのだが……

(……陰陽の均衡が元に戻っただけなのかしら)

 今までの太公望は確実に陽の気が強すぎた。
 それこそ本当に怒ったりしない限り邪気が見える事などありえなかったのだから。
 むしろ仙人としてよりも人間としての何処かしら…何かしらが近づいている気がしていた。
 

「詠さんに桂花さん……緊急事態です……」


 詠の個室に覇気にも似た気を纏った朱里がゆらりと入ってきていた。
 思わず叫び声を挙げそうになる二人だが、何とか耐え切った。
 
「どっどうしたのよ朱里! そんな顔して!?」
「そっそうだよ……朱里がそんな顔するなんて珍しい」


「ご主人様が曹操さん達の外出に月さんを引き連れていくつもりですよ」


 朱里の一言に二人の軍師としての優れた思考が無駄に計算していく。


 ―――逢引き(デート)


 戦場でも発揮した事の無いような高速演算で答えを導き出した二人。

「……ふふふふふ…華琳様に手出しする者は誰であろうと」
「月には悪いけど……でも月の笑顔……」
「ご主人様にはありえないと思いますけど捕虜に手をだすなんてそんな事……」

 鳳国が誇る屈指の軍師三人の連合。
 各々が無駄に主君の心配をするあまりの行動であった。



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 翌日の天気は雲一つ存在しない気持ちの良いほどの快晴。
 城の玄関門とも呼べる堅牢強固な城門前に既に集合している面々。
 華琳達は普段の手甲や肩当を外しただけの私服姿。
 無論警邏でもなくまだ危険分子の札を貼られている以上、帯剣はしていない。

「しかしあの華雄の義妹とは……」
「あぁ見えても、椛さんは私の自慢の義姉ですから」

 月は普段と同じ侍従服を着込んでいる。
 しかし本人の可憐さや何処かしら護りたくなるオーラのお陰で周囲からは大好評。
 街にお茶などの買い物に出てる月に惚れてしまう人間は数知れず。
 また隠してはいるが元太守であり町民達ともすぐに仲良くなっている。
 更には世間話などの相手もしている為、街ではかなりの人気者。

「……肝心の太公望殿が来られぬな」
「まったく! 仙界の仙人はどれだけ時間に……」

 街にいざ出ようにも肝心の監視者と太公望が来なければ出るに出られない。
 華琳達の外出には愛紗のような武人が数人監視者として付いていかなければならない。

「ふむ…人がせっかく愛紗達を説得してワシが監視者を兼ねて行くのがそんなに不満かの?」

「だからと言って華琳様を待たせるなど……」

「…………姉者、後ろだ」

 ふっと春蘭が後ろを向けばそこには太公望の嫌味ったらしい笑顔が待っていた。
 
「きっ……」
「きっ?」

「キャァァァァァァァァァァァァ!?!?」

 神速の後退を行い、懸命に獲物を手が探すが見つかる訳がない。
 元々魏組の外出は帯剣しない事や監視者同行が最低限なのだから。

「落ち着きなさい春蘭、この程度で心を乱していては良い笑い者よ
  貴方もいつのまに私達の後ろに廻ったのかしら…まったく気付けなかったけど?」

 太公望が四人の後ろに廻った方法は単純明快。

 まず四人が雑談に花を咲かせて視線が集中している間に、空間転移。
 周囲の兵士はこの時点で気付いていたが、太公望が静かにするように指示。
 後は一番外側で驚きそうな春蘭の背後へと気配を殺して待機。
 悪戯心全開な太公望に既に月は慣れており、四人の中で一番平然としている。

「でも驚きました、まさか夏侯惇さんがあんなにも驚くなんて……」

「ふふふ…もうお主等はこれに慣れておるから脅かしても詰らんかったが……
  いやはや、若い者達を驚かすのにやはり能力の無駄遣いは最適よな!」

 しかし驚かされた春蘭は堪ったものではなく、敵意全開である。
 今の伏義よりの太公望相手ではその殺気も子猫程度のものでしかない。
 当てられている本人は飄々としており、久々のヒョロ望になっては嬉しそうに踊っていた。

「まぁともかく今回の外出の監視者はワシ一人、お主等も生活必需品を買っていたいだろうと思っての」
「時間も昼前…色々見ている間に昼飯には丁度良い時間にもなりましょう」
「じゃあ早速出発しましょう」

 重厚にして堅牢強固の城門が重々しい音をたてながら開かれる。
 既に視界には城下町の活気付いている街並みが見え、人混みも良く見える。
 意気揚々と出発する三人……置いて行かれている華琳と春蘭。

「あっこら待ちなさい! 肝心の私を置いていったら話しにならないでしょう!」

 すっかり太公望のペースに乗せられた華琳は慌てて三人の後を追う。

「あぁ華琳様お待ちを!!」

 その後に続いて走り出す春蘭。
 今だ顔は驚きから赤く、懸命に隠そうにも置いて行かれるのを避ける為に走る。
 これが原因で顔の火照りを冷ますのに随分と時間が掛かってしまう事に。


「何……この白く濁った液体は?」


「それは酪(らく)と牛の乳や羊の乳よ」


 鳳国名物の一つに数得られるのが北部民族がこの当時から作り食べていた乳製品。
 牛乳などを飲み、酪と言う簡単なヨーグルトなどを作り食していたと言う。
 むしろ遊牧民族などの土地や習慣から水脈の恩恵を受けにくいからこその対処の一つ。

「牛の乳!? うっ美味いのか?」

「凄く美味しいですよ、何でも骨を硬くしたり治りを早くする効能があるそうですよ?」

 太公望が懐から銭を取り出し、人数分の牛乳を買う。
 竹でとても器用に作られたジョッキに注がれる北部民族自慢の飲み物。
 太公望と月は臆する事無くすっと飲み、喉を潤す。

「えぇ中々美味ね、これで身体に良いなら随分とお徳ね」

 華琳は平然と飲み、その味を中々と褒め称えている。
 華琳の舌は天下一品の舌であり、味の評価に掛けては右出る者なし。
 食堂の調理者達はその酷評を受けながらも満足させようと努力している。
 それによって太公望軍の台所は格段に味が良くなり、兵士達の間でもすこぶる程好評。

「うむ! これは中々美味しい! 確かにこれで骨が頑強になるとは信じがたいがな……」

 酪にも手を出し、その味を確かめる。
 これもまた好評を頂き、店主は料理人として光栄と喜ぶ。

 そんな城下町の一角に腹の鳴かせながら佇む影が一つ。

 この城下町では既に腹ペコにして大食い少女として名が通る天下二番の鬼神呂布。

「恋ちゃん…お昼は食べなかったの?」
「……まだ」

 そして軍の重役の尽くに食事を奢らせてしまう必殺の目線が一向を捕らえる。
 捨てられた子犬のようにウルウルと震える眼が相手を上目遣いで見る。
 これの前には如何なる猛将であろうとも負けてしまい飯を奢ってしまう羽目に。
 本人の食欲も絡まり多くの者達が奢ってしまう事を後悔していながらも勝てないのだ。

「……肉まんを五つほど」
「………だめ、餡まんを一つ」

「へい! 常連の呂布将軍の願いとあっては断れませんな!」

 実はこの店は恋を始めとした将軍達から人気のある店なのだ。
 特に恋はここの饅頭を気に入っており、良くここのを買っている。
 すぐに熱々の餡まんが恋に手渡され、恋はその饅頭を器用に二等分。
 半分を太公望に手渡す。

「すぬまな……恋」

 微笑みながら太公望が恋の頭を優しく撫でる。
 頬を赤らめながらも子供のように何処か嬉しそうな表情をする恋。

 そっと店主から肉まんが三つほど差し出された。

「良い物を見せて貰ったお礼です」
「………ありがとう」

 笑顔のまま餡まんを一口で頬張り、そのまま口の中に肉まんをつぎ込んでいく。
 モフモフと上機嫌に微笑みながら食べる恋の姿は街では人気の光景の一つ。
 既に華琳達もその笑顔に心を射抜かれた様子で、微笑みながら恋を見る。

(ちょっと……あの呂布はまだ手付かずなのよね?)
(……お主の考えているような付き合いを要求すれば冗談抜きが殺されるぞ)
(…あぁ食べたい! あんな可愛い子だったなんて…呂布は私達で手に入れておれば良かったわ!)

 もう恋の虜になってしまった華琳はかなり興奮してしまっている。
 しかし恋はいたって同性愛者ではないので、華琳の考えている事をするのは自殺行為。
 本当にそんな事をすれば恋の天下二番の…人間最強の武が振るわれ死ぬ事となる。

「ほらほら恋ちゃん、口の周りに餡子が付いてるよ」

 布で恋の口周りを母親のように丁寧に拭いて餡子を取る月の姿。
 それにメロメロになってしまい恋人や奥さんから一撃貰う通行人達。
 華琳もかなり暴走状態に突入しており、急いで餡まんと酪などを食べて次へと向う一行。
 恋はそのまま店に残り、次の獲物が掛かるのを自覚無しに待つ。
 一方店では国王の来店や恋が美味しそうに食べる姿に客が集まり、繁盛する事に。


「んっ……あれは関羽ではないか?」


 小物店で立ち往生している愛紗を見とけた春蘭。
 自然と脚がその店へと向かい、一向は愛紗と出会った。

「どうしたんですか愛紗さん?」
「あぁ月か、実は先の戦で髪留めが壊れてな……代わりを探しているのだが」

 愛紗の話曰く、以前まで付けていた髪留めは旅の商人から頂いた物らしい。
 今となって判った事なのだが髪留めは今は亡き高名な職人によって作られたものらしく、修理出来ない。
 魏との決戦の際には手頃な布で髪を纏めていたが、流石にいつまでもそう言うのはいけないとの事。

「…で、思い入れの深い品だった分…代わりの物が見つからないという事か?」
「あぁ、なにぶん幼い頃より頂いて苦楽を共にした来た宝物だからな」

 その小物店も決して品揃えが少ない訳では無い。
 住み込みの職人達も何人が抱え込んでいるほどの経営を誇る店である。
 しかしそんな業きっての店の職人達ですら直せない程に、髪留めは壊れていた。
 代わりの物を探そうにもやはり思い入れの大きな物だけに、それが足を引っ張ってしまう。

「…………それは可能ですが」
「うむ、お主等の腕に期待せさて貰うとしようかの」

 一向の輪から外れ店一番の職人と話していた太公望。
 職人の方は自らが国王から大任を任されている事に緊張していた。
 だが太公望は職人の方にポンッと軽く手を乗せて、そのまま踵を返す。
 職人にはまるでそれが緊張せずに、それこそ自分の実力を信じてくれているような錯覚を得た。

「愛紗、その髪留めの残骸は残っておるかの?」
「あっはい、干吉殿が呪術で見つけ下さったので欠片一つ欠ける事なく……」

 愛紗から差し出された髪留めの残骸を職人に手渡す。
 職人はそれこそある種の境地に至ったような眼で、その髪留めであった物を見る。

 ―――脳内に健全な姿を思い描く

 ―――必要な素材は、道具は何か

 その全てを職人としての経験と才能などが導き出していく。
 眼が元に戻り、ある種の境地から意識も返って来ている。

「ご安心を、素材も倉庫に残ってます故……三日あれば再現出来るかと」
「本当か! よろしく頼む!」
「かの関羽将軍の思い入れの品を作れるなど…身に余る光栄です」

 そう言って職人は店の奥へと消えていく。

「何をしたの?」

「なんでもない、ただ思い出までは作れぬが見た目だけでも再現出来ぬかと聞いたまで
  しかしあの職人……若いながら若いなりの達観した感覚や努力を持っておる
  素材や残骸の形から元の形であり完成図を描き、手にしただけで素材や道具を見極める
  良い……良いぞ、あの職人はきっと後の世に名を残す良い職人となるだろうな」

 つまり太公望が職人に聞いたのは、これと同じ物を造れないかと言うもの。
 当初は職人も困惑していたが国王が直に頼んでいるのだ、無碍には出来ない。
 それに本人に取ってもこれは太公望と言う国王に実力を見せれる千載一遇の好機。
 巧く行けば王族直属の職人として店を持つ事や名を残す事も決して夢ではない。

 ―――その職人の心理を読んだうえで太公望は頼んだ

 一目見て、指の傷や客に対する接客、呼ばれた際の職人仲間達の反応。
 これらの全てを見た結果としてこの職人にこの大任を任せられると踏んだ。

「ありがとうございますご主人様!」
「その言葉はあの職人がしっかりと造ったのを確認してからよ……良かったの」

「はい……三日後が楽しみです!」

 愛紗はすこぶる程に上機嫌となり、太公望もまるで自分の事のように喜ぶ。
 白髪の国王とその国王の利き腕たる黒髪の戦乙女の仲むつまじき姿。
 実に絵になる構図と呼べるのだが……華琳は少々不機嫌であった。

(なんでアイツが他の女と仲良くしてるのが勘に触るのよ!)

 自分が不機嫌になる理由が判らない華琳。 
 一方愛紗は太公望が機転を利かせて大切な髪留めを取り戻そうとしてくれている事。
 今まさに自分が喜んでいる事を己の事のように喜んでくれる太公望の笑顔に魅了される。

「すまぬの愛紗、今日は華琳達の日常品を買いに来たのでの……では行くかの華琳」

 すっと身を翻して華琳達の先頭に立ち、歩き始める太公望。
 それに一向も続いていき人混みの中へと消えていく。

「……ご主人様の後姿…あんなに小さかったのか?」

 愛紗が太公望の後ろ姿をそう感じた訳はただ一つ”成長した事”。
 今まで父親のように大きく頼れると思っていた背中がいつのまにか小さく見える。
 つい先日まで雛鳥であった者は気付けば己が王の後ろ姿を小さく感じる程に大きく成長していた。

 ―――出会いはまだあった


「望様! ……と曹操さん一向に月さん」


 ――― 先の決戦で袁家の宝剣を失った麗羽と出会う

 愛紗以上に思い入れの深い品ななのもあるが、自分の命を預ける武器の話。
 本人が納得出来る武器が見つからず街中の鍛冶師の武器を見ていたと言う事。
 華琳に関しては”と”とついで扱いされた事によって更に不機嫌となってしまう。

「剣か……麗羽、この割符を持って札に書いてある鍛冶師に会い『秘蔵の一品』を求めると良い」

 麗羽は懐から取り出された割符を丁寧に受け取る。
 その木製の割符には”対の剣『雄』”と丁寧に彫られていた。

「もしお主が気に入らねばそれで良い、今のお主に相応しい剣と仕上がっている筈よ」

「でもこの割符は望様に献上される宝剣の物の筈では!」

 また家族に見せる優しい笑顔をする太公望の片手が麗羽の頭に置かれる。


「今のお主にはその『雄』を任せても大丈夫よ……これからも頼む麗羽」


 この言葉に麗羽は至福の気分となる。
 愛する太公望に信頼を任され、更に自分の実力を認めて貰えた。
 もうそれだけで麗羽にとって日頃の努力が実ったと実感出来るのだから。
 麗羽と別れを告げて再度人混みに紛れる。

「さて少し急ぐかの……しかし今日は妙に非番が多いのぉ?」

「実は先程袁紹に聞いた所、諸葛亮殿から特別休暇を貰ったそうなのですが……」

「―――これは軍師の罠だ!」

 突然叫ぶ太公望に驚く四人。

「いったいどうしたのよ!?」

「いやなに……何故か叫びたくなってのぉ」

 平然とそう答える太公望達に眼を向ける者も居れば居ない者もいる。
 街人にとって太公望は身近な王であり、政務を抜け出したりした際に良く会っている。
 特に鬼の如き形相や覇気で脱走した太公望を匿う等もしてしまう事も。
 民に取って親しく親しみを持てる王とはそれだけで支持したくなるのだ。


 
「あらあら……盟主様が綺麗な女を引き連れて何用かしら?」



 一向がやっと辿り着いた目的の店。
 決して大きい訳でもなければ小さい訳でもないその店。
 華琳達が店内を見回しても本当に日常品がズラリと揃っている。
 従業員の姿もなく、店の住人は目の前にいる顔の右半分を包帯で覆っている女店主のみ。

「この店ならば元国王でも満足出来る品を多く置いておろう?」

 女店主の赤い片目が華琳達を品定めするかのように見た。

「あらそれじゃその新顔三人の……その真ん中の金色髪の女が元魏王の曹操ね
  ふーん…眼を見ただけでも判るくらい良い眼をしてるわね、良いわ秘蔵を見せてあげる」

 三人は驚かされた。
 華琳の外見などについては多く広まっているが、眼を見て認識されたのは初めて。
 ましてや国王相手ですら平然と品定め出来るその胆力などに驚かされた。

 そんな事など知った事ではないとはせかりに、女店主は店の仕掛け壁を取り外す。

 外された木製の壁の置くから現れたのは思わず眼を奪われるような上等な生地達。
 更には高級な品から極々当たり前のようにある品から高低入り乱れる品達の姿。


「ここはワシの気に入りの店での、招いたのは華琳達と月が初めてよ」


 そう言いながら懐から金銭の入った皮袋を一人一人に手渡す。
 外見だけでも判るほどにズッシリとした皮袋には中々の金額の金銭が詰っていた。

「感謝しなさいよ、盟主様の紹介じゃなかったらこの秘蔵の品は見せないんだから」

 手に取る品の手触りでも判る丁寧な保存に、品々の質。
 服から下着などが男女問わずしっかりと揃えられており、この店の店主の商才を窺わせる程。
 おそらく華琳達にとってこれほどの店は二つの無いまさに名店と言える程に凄まじい品揃え。
 それこそ表抜きはただの店だが、店主信頼・あるいは店主の眼に止まった相手にのみ明かされる品々。

「その金は各々好きに使い品を買え、月には普段からの仕事ぶりに対する報酬よ」

 言っている間に四人は商品を見ていた。
 それこそ一生掛けてもお目にかかれない様な品も含まれている。
 女として綺麗でありたいと言う願いを叶える物から、日常の必需品まで。
 既に品者達に夢中になっている四人を暖かく見守る太公望の耳元に女店主が囁く。


(―――固執者に動きあり、近い内に邪魔な二匹のネズミが来るわよ)

(ほぅ?  飼っている者を殺させて戦端でも開くつもりか?)

(知らないわよ、私達が知る外史ならネズミを使って担う者を虜にするつもりだったけど)


 何故、この店が太公望のお気に入りなのか?
 その答えは女禍と戦い奇跡的に生き残った女禍反対派の数少ない生き残りが営む店だから。
 彼女は干吉や左慈達と共に反対派として戦うが実力差は圧倒的であり、右顔を失った。
 今は表向きは店を営みながらも、情報屋やちょっとしたパイプとして密かに活動している。

(この傷の所為で道士としての力はほとんど残ってない……出来るのはちょっとした読心術と体術)

(戦線復帰は無理としても干吉を支えてやってくれ、支配地域が大きくなってから負担も大きいからの)

 店主の品揃えの正体は道士としての呪術による非合法入り乱れる手段による物。
 左慈達の道士としての呪術の媒体となる札や小道具も回収して本人達に高値で売りつけている。
 本人達曰く『道士仲間で一番金に五月蝿い女道士』との事。

(それと件の品はまだもう少し掛かりそう、なにぶん呪術防壁なんかを負荷させるのは難しいから)
(そうか、少し急がせてくれぬか……次なる戦は近づいておるのだから)

 太公望の顔は戦士であり軍師の顔へと変わり、自然と体温が下がる。
 左慈達の知る外史通りならば次なる敵の存在とそれとの戦は避けられない。
 下手に女禍の計画にして『道標』に干渉すればその瞬間に世界が焔によって飲まれる。
 抵抗せず、むしろ少しでも早く力を蓄え天下太平を実現いる為に逆に利用させて貰う。

 ―――それが伏義の戦術であった

「……ふぅ、まさかここまで良い物が揃ってるなんて予想もしなかったわ」
「本当です、でもご主人様はここをずっと知ってて隠してたんですよね……酷いです」

 夏侯姉妹の両手が塞がってしまう程に買い込んだ四人。
 袋に入っていた金も綺麗に使われてしまい、むしろ清清しいくらい。
 無論太公望の荷物の一部を持たされ、四人が先に店を出たが太公望だけは出口で立ち止まり。


「最後に一つ、お主等に結果としては負けたもしたが勝ちもした担う者の名は?」


「―――あぁあの最低の女食いの事? 時代は日本暦の平成で名前は……」


 店の外、街の大通りから叫び声が挙る。
 反応とばかりに太公望は荷物を抱えたまま大通りへと抜け出した。

 声の正体は大通りの食事屋で乱闘騒ぎであった。


「慌ててみればただの乱闘騒ぎよ……さっさと警邏が鎮圧するわよ」


 吐き捨てる華琳だが乱闘は激化しており、警邏も少し遠くにいる模様。
 更に元々人混みの濃いこの城下町で警邏兵が迅速に辿り着くのはそう多くない。
 その為に街の各所に配備されている狙撃兵と言う遠距離用の長弓を装備した弓兵がいる。

 最悪の事態になる前に対象を射抜き鎮圧する兵士達。

 無論配備されているだけでそうそう活躍することも無く、あくまで居る事による牽制。
 城下町の各所を警邏している警邏兵が到着するよりも早く”それら”がやって来た。




『『『『ハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!』』』』




 山など無いのにまるで山びこの様に響き渡る複数の笑い声。
 その声に子供達は突然眼を輝かせ、大人達の一部は非常に怯え始めた。
 太公望ご一行には何が起きているのか判らなかった。

「”奴等”が来るぞ! 子供達を早く家へ非難させろ!」
「急げ! 急がないと巻き込まれるぞ!」

 子持ちの大人達が嫌がる子供達を引っ張って家の中へと退避していく。
 まるで嵐が来るかのような静けさとなり、乱闘していた者達も乱闘をやめていた。


 ―――しかし一足遅く彼女達は現れた!!


『義に生きるは華蝶仮面!』

 真っ先に現れた白き衣服を纏う……蝶の形をした目元だけを隠す仮面のつもりの物を身につけた星。

『愛を育むは華蝶仮面!』

 次に現れたのは同じ物を身に付けた紐パン一丁の貂蝉…気持ち悪さ百倍強化である。

『勇気を護るは華蝶仮面!』

 これまた同じ物を身に付けた普段着の椛。

『あっ悪を討ち取る華蝶仮面!』

 前者三人よりはまだ恥じらいを持っている様子の同じ物を身に付けた翠。

「一号推参!」

「二号よん!」

「三号参上!」

「よっ四号も来たぞ!」

 家屋の屋根の上に何処からとも無くあらわれババーンッ! と登場した四人。


「「「「我等! 華蝶仮面!!」」」」


 おそらく登場最後の決め台詞を吐きポーズを取る一同。
 後ろに時代が時代なら爆発が起きて更にど派手な登場となっていた事は間違いなし。
 華琳にいたっては子供のように華蝶仮面二号に驚き怯え太公望の後ろに隠れていた。

「無用な騒ぎを起こす者達を取り押さえる為に参上!」
「怪しい者じゃないから安心してよん」

 少なくとも今の発言をした二号の外見がもう少し良ければ怪しい者(?)で済んだだろう。
 しかし外見が外見だけに多くの大人達からは子供の眼に悪影響が出ると危惧される始末。
 下心全開にしている男共はその二号を除いた三人の外見に刺激されて支援する始末。

「あれが報告書にあった華蝶仮面……四人とも出来る!」

 真面目に刺激されなおかつ四人の正体に気付いていない春蘭。

(あんな化物がいるのに貴方は何をしてたのよ!?)
(あぁそういえば街で人気で善行をする奇妙な四人組の報告はあったのぅ)
(ちょっと! それでも貴方本当に王なのしっかりしなさいよ!!)

 太公望は報告にそれらしい事を聞いていたが人畜無害(?)ならとほおって置いた。
 また左慈達の話で正体に関しても知っていたのではっきり言って無視していた。
 軍の体裁などには拘らない、更にはあの四人組を取り押さえるのは不可能と思っての事。

 しかし華琳にとって二号の姿はよほどキツイらしく、気分も悪そうである。

「騒ぎを起こすお前達に我等の正義を下す……覚悟ッ!!」
「まぁなんだ……悪く思うなよ?」

 戦斧を構える三号に対して乱闘をしていた者を労わるかのような発言をする四号。
 しかし手にはしっかりと十文字槍が握られており、四人が一斉に乱闘者に襲い掛かる。
 軍が誇る武人三人に気色悪いが中身は怪力に関しては無双の道士が相手なのだから不運。

 ―――悲痛な断末魔が響き渡る

 鎮圧はまさに神速・瞬く間も無くあっという間に鎮圧されてしまう。

「ふぅ、善行をするのはやはり気分が良いな」

「善行と称しているが、もし相手に何らかの大義名分があった場合はどうするつもりだ?」

 人混みから抜け出し四人と対峙する太公望。
 その雰囲気は温厚な王と言うよりも冷酷な軍師としての一面である。

「これは国王ではありませんか?」
「あら本当に良い男……噂どおりねん」

 あくまで白(しら)を切るつもりの四人対して、太公望もあくまで他人として接する。
 どこまでも冷たくそれこそその眼は少なくとも仲間や身内にはまずしない眼で見る。
 流石に太公望が本気と悟った四人は冷汗の一つもかいてしまう。


「呆けずに答えよ、もし相手のどちらかに喧嘩をする理由があればどうするつもりだった
  たとえば片方が片方の親の仇で、それこそ数年間探し続けていた相手をやっと見つけた
  それをいきなり何も知らないお主等が邪魔をする道理があるのか、それは善行か?
  さらにお主等は今の善行の為に屋台の一つを巻き添えにし、あの屋台の持ち主の人生を崩した
  これが善行か? それが善行か? 他人を巻き込みそれらを破壊する事が善行か!?」


 指差された方向には四人の鎮圧に巻き込まれ壊れた屋台。
 その持ち主の経済的打撃は計り知れないモノであろう。
 的確すぎる指摘であり正義を問うという一点に集中した問い掛け。

「……確かに国王の言うとおりでしょう、しかし私達は自分のした事を善行と信じています
  たとえそれが誰かから間違っていると囁かれようと、信じた善行を貫く事に賭けています」

「そうねぇ、それに私達も無闇に襲ったりしないわ……国王のようにしっかりと調べからよん」

 警邏の兵士達が集まり武器を構え包囲する。
 だが太公望は片手でそれを制し、武器を下げさせる。

「どういうつもりですかな? 武器を下げさせるなど……」

「まさかアタシ達を何か策で取り押さえるつもりなのか!?」

 各々の武器を構えて警戒する華蝶仮面一行。
 しかし太公望はそれまでの冷たい眼を納め、優しく暖かさを持つ眼に戻る。
 だが今だ身体から漏れ出る気の類は決して四人に油断を許さない領域。
 普段の訓練や恋すら容易く捻った無双の実力が前では油断できない。


「ある者が言った『正義無き力は暴力に過ぎず、力無き正義は机上の空論なり』と
  お主等を見る民の眼には尊敬などがしっかりとある……両者がしっかりと揃っている証拠
  しかし忘れるな、正義とは誰もが持つモノであり人の数だけ固有の正義が存在する
  価値観と主観の違いが存在する限り認められない正義もまた存在しては消えていく
  忘れるな……ワシもお主等の正義もまた見方や人が変われば立派な悪に豹変するのだからな」


 数多モノ歴史で学んだ事を少し述べただけ。
 だがそれは百年程度しか生きられない地球人から見れば達観の一つであった。


「……心に刻みます、では去らば!!」


 一号が屋根へと飛び移り、それに続いて残った三人も続いて飛び移っていく。

「追撃を!」

「まて! アヤツ等は曲りなりにも民から認められている、屠る事は許さぬ!」

 追撃を志願した兵士を一喝で定め鎮める。
 乱闘者もすぐに縄から解かれたが、よほど二号が堪えたのか……かなり静まっていた。
 周囲の人だかりも自然と消えていき、普段のように再び街は動き出す。

「……ご主人様」
「良かったのですか……あれを取り逃がして」

「まだな、もしあれが民から”消して欲しい”となれば消さねばならぬがな」

 ふっと失笑気味に笑う太公望の顔は、それこそ恐ろしい。
 だが同時に何処か本当に悲しそうであり、ある種の正義の果てを語ったのだ。


 ―――見方や人が変われば立派な悪


 それは自分が今まで行ってきた事に対しても立派に言える事。
 自分が天下泰平と謳い兵を率いている事もそれによって戦果の拡大の一因なのだから。
 今でこそ認められているが、一歩間違えば世論は自分達の敵となっていたのだ。
 護るべき者である民衆こそ最大の敵となれるその恐ろしさを遠まわしに説く。 


「さて用も済んだ故……帰るかの……」


 荷物を持って先頭に再び立つ太公望。
 何も言わず付いていく一同は街の人混みの中に当たり前のように溶け込む。
 そして夕焼けを背にしながら城へと戻って来れた。

「ではご主人様、今日はありがとうございました」

「うむ、月も無理せず頑張るように」

 満開の笑顔を持って返事をして自室へと荷物を抱えたまま帰る月。

「では華琳様、私と秋蘭は一足先に荷物を整理しておきます」

「えぇ、よろしく頼むわ」

 一礼して一足先に部屋へと戻る夏侯姉妹。

「のぅ華琳……お主はワシの事をどう思う?」

「別にただの王よ、他人よりも……生きた分、優れただけのね」

 突然の問い掛けにさらっと答える華琳。
 あまりの回答の早さに驚きつつも微笑み、華琳に背を向けて歩き始める。
 だがすぐに立ち止まって……


「ワシは恐ろしいよ……ワシは清廉潔白の王ではない、それで愛紗達や民が離れていく事が
  護る為に、生きる為に行ってきた事の全てを否定され全てが敵になってしまう事が恐ろしい
  正義は語らぬが大義は戦の為に幾度も利用してきた……ワシも華蝶仮面に説教出来んのだ
  ワシ等は同じ、己が信ずる正義を妄信して他者の事を理解しようとせずに滅ぼしていく
  些細な違いを認めれず、されど同じ事もまた認めれないと言う矛盾を抱いて生きていく
  のぅ華琳――――――ワシは、ワシは王になるべきでは……いや忘れてくれ、忘れよ
  今日は色々と付き合わせて済まなかった、これからも共に頑張って行こうではないか」


 そう弱音にも近い言葉を漏らしてすっと歩き始める太公望。
 その背中を見ながら華琳は一言、言葉を漏らす。



「―――馬鹿ね、素直に言ってくれれば相談くらいしてあげるのに」



 何故か悪い気分のしない華琳はまた上機嫌になって城の自室を目指して歩き始める。


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 城の廊下の一角、死角となる地点に干吉は佇んでいる。
 その隣には太公望が立ち止まっているが、兵士達からは死角となって干吉の姿は見えない。

(蜀の地でこちらの指示を聞かずに勝手な税などを引く愚か者がいるようです)

「充分な証拠ないならば飼っている義賊を動かせ……虐げられし者達を救う義賊様をな」

 太公望は裏の一面として幾つかの賊徒を”飼っている”
 賊徒は安定した報酬と生活に対して太公望達は利用出来る手駒として。
 証拠が十分でない腐敗者達の粛清に対しては飼っている賊徒を義賊として動かす。
 充分な証拠を得られれば軍を動かして粛清したり逮捕し裁判に賭けるだけの話。

(近い内にネズミが来ます……殺せないネズミとは邪魔ですね)

「ふん、なら飼い殺しにすれば良いだけの話よ……身の程知らずのネズミをな」


(我が賢王の御心のままに…………)


 干吉が夕闇に消える。
 太公望はまた何事もなかったかのように歩き始める。

 ―――穢れたその身

 ―――愛した者を殺した手

 ―――義を語りながら闇に生きる



(………戻らねば―――ワシがワシたる”太公望”に)



 ―――王はただ一人

 ―――太公望と王天君と伏義

 ―――その狭間に揺れ動き苦しむ

 愛紗達の愛する太公望と言う王が……消え逝く苦しみを知る。
 誰にも頼らずたった一人で、その狭間の名も無き者は苦しみを抜け出さんと、もがき苦しむ。


■作家さんに感想を送る
■作者からのメッセージ

 YOROZU様
 初めましてですね
 ご感想ありがとうございます
 名前を覚える行為はあくまで劉備のような英傑の探す為
 何処まで行こうとこれは太公望の自己満足の延長でしかありません
 しかしそれが民衆や兵士にとって彼の偉大さを知らしめる要因に
 ハーレムですけど女禍の所為で抱くに抱けません
 抱いた瞬間に四宝剣の最大出力で世界崩壊ですから
 まさかあのシーンが涙腺を刺激できるとは予想外です
 あの剣もまた天国で主人と共に地獄や天国を駆けている事でしょう
 いつまでも読めるような作品を書いて行きます
 よろしくお願いします


 ボンド様
 ご感想ありがとうございます
 いつか訪れる不在などの為に頑張り続けた育成の日々
 それが達成される瞬間を皮肉にも太公望は見る事が出来ず
 女禍は狂乱ですよ、本当の意味で伏義が帰り始めているのですから
 もしもの世界を知ったからこそ、そのもしもを求めてしまう
 冷酷な一面もきっと取り繕いなども大きいと思います
 三つ目の謝儀を飲んで抱いた瞬間に世界崩壊のバットエンド確定
 嫉妬は怖いですねぇ……本当に世界諸共死ねますよ


 春都様
 ご感想ありがとうございます
 少しずつ完全な伏義が戻りつつあります
 隈に関しては無し、あくまで太公望としてを強調したいので 
 頼りきりはなくなっても国王の仕事は山ほどあります
 怠けたくても怠けれない状況は他人をしっかり利用する
 もっとサボる太公望が書きたいです
 でもそうなると愛紗が怒るなどがループ化してしまいそうで…


 ソウシ様
 ご感想ありがとうございます
 むしろ伏義に寄りつつある太公望の復活ですね
 サボりたくてもサボれないのが国王、書類が最大の敵です
 太公望にとっては頼られずに仕事が減るのは大歓迎
 また面々も頼らず出来る事を証明する為に躍起ですから
 原作ではちょっと欲しかった話でした
 伏義の親友達や家族の話や何故にあの七つのスーパー宝貝が生き残ったのか
 そう言った過去話が欲しかったので自分で書いてしまいました
 今回のスポットは華琳と華蝶仮面ズでした
 それでは〜〜


 明様
 楽しく読んで頂けて何よりです
 それに楽しく読んで頂けていると言うのは作家の最高の褒め言葉です
 今回は伏儀に性質か感覚が近づき何処かしら陰の気が強くなりました
 そして愛紗達が愛しているのは”太公望”であり”伏義”ではない
 だが自分は本来”伏儀”である事の狭間に揺れ動き苦しむ事に
 少し長めに日常編が続くのでご了承ください
 ご期待に副えれる様に努力します


 更新が遅くなってしまいました
 理由は自動車学校の最終試験で手こずり勉強に集中してました
 あとはプロットが出るのは良いけど、巧く書き上げれない
 またどの話で誰にスポットを当てるが決めるのに時間が掛かりすぎた
 しかし一週間に一話更新のペースは崩さないつもりなので!
 どうか見捨てず読んでくださると嬉しいです!
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