作者:193
2009/03/24(火) 22:57公開
ID:4Sv5khNiT3.
周囲は休日を楽しむカップル、親子連れで賑わっていた。
D.S.と腕を組み、リインフォースもご機嫌の様子で、ミッドチルダ北部にある歓楽街を散策していた。
「随分と、機嫌がいいな……」
「ツヴァイもメンテナンスでいない。二人切りなのも、ひさしぶりですから――
それに、この姿のD.S.と一緒に歩くのなんて、滅多に出来ませんからね」
そう、リインフォースが言うように、D.S.は燃費を抑えるために普段取っている子供の姿ではなく、元の大人の姿を取っていた。
筋肉質で研ぎ澄まされた鋼のように頑強な体、整った顔立ち、銀色の長髪にニメートル近くあるその長身はよく目立つ。
方やリインフォースも背がすらりと高く、そこらの女優やモデル顔負けの容姿をしている。
周囲の注目を集めながら、その美男美女のカップルは仲睦まじく、街での休日を楽しんでいた。
「でも、D.S.の方から誘ってくれるなんて思っても見ませんでした」
「ま、たまにはな……」
「それで――今度は何を企んでいるんですか?」
D.S.が誘ってくれたことは嬉しいし、デートは楽しい。
しかし、何もなくD.S.が「街に出掛けよう」などと誘ってくれたとは、リインフォースも思ってはいなかった。
D.S.のことだ。また何か考えがあってのことだと思う。事実、先程からD.S.が何かを探るように街中を散策していることに、リインフォースは気付いていた。
「僅かだが……気になる魔力の反応があってな」
「気になる……反応ですか?」
リインフォースにはD.S.の指摘するような魔力が感じられない。D.S.が「僅か」と言うからには、それほど気薄な反応なのだろう。
D.S.が何をそこまで気にしているのかは分からないが、彼が気にするのであれば、自分も用心しておくに越したことはないだろうと彼女は思った。
一流、それも超一流の魔導師の“勘”ともなればバカには出来ない。
D.S.が何かを感じ、自分で足を運んでまで気にする以上、ただの思い過ごしだと断言できない理由が必ずあるはず。
多くを語ろうとしないD.S.だったが、そんな言葉がなくても信じられるほどに、リインフォースは彼のことを信頼していた。
そうでもなければ、ただ並外れた魔力を持っていると言うだけで、『魔導王』などと人々に畏怖される存在になれるはずもない。
彼の経験と鋭い洞察力から来る“勘”は一種の予知能力のようなものだ。
嫌な予感の類は外れてくれることに越したことはないが、D.S.のことをよく知るが故に、何か良くないことが起こるだろうと言う確信がリインフォースの中にはあった。
「ここで何か起こるとなると……まずいことになりそうですね」
この歓楽街は郊外に程近い場所にある。そう言う意味では、首都中央で騒ぎを起こされるよりはマシだが、それでも街中で戦闘などと言ったことになれば、決して少なくない被害が出ることは間違いない。
恐らく、D.S.もそのことを危惧して、自ら足を運んだのだろうと、リインフォースは考えた。
しかし、何かが起こると言う確証はない。あくまで予感に過ぎないと言うレベルの話では、ADAMも部隊を動かすことや、民間人に避難勧告を出すことは難しいだろう。
それでなくても、ここは管理局のお膝元。特に地上本部は融通が利かず、そうした規律に厳しいことでも有名だ。
「なるほど……そう言うことですか」
いくらD.S.でも、これだけ多くの民間人を守りながらでは、何かあった時、分が悪い。
リインフォースは、D.S.が自分を連れてきた理由が分かり、少し複雑な気持ちだった。
D.S.に頼られていると言うことは嬉しい。プレシアやリニスではなく、自分を誘ってくれたと言うことは素直に嬉しいと思う。
しかし、逆に悲しくもあった。
何もなくデートに誘ってくれれば一番嬉しいのだが、それは欲張りすぎと言うものだろうか?
巷でよくあると言う、普通の“恋人の休日デート”と言うものに憧れていたのだ。
今日のことも嬉しかっただけに、理由を察して少し複雑な気分だった。
「でも、今はまだ……」
「ん――?」
「それまでは、しっかりと付き合ってもらいますよ」
D.S.の腕にギュッと胸を押し当て、しっかりとその太い腕にしがみつくリインフォース。
考え方によっては、こんなチャンスは滅多にない――そう、前向きに思うことにしようとリインフォースは思った。
D.S.の周りには魅力的な女性が多すぎる。
その何れもが、少なからずD.S.のことを想っていると言うのだから、リインフォースにしてみれば頭の痛い問題だった。
彼の性格を考慮すれば、その中から“たった一人”を選ぶなんてことはしないだろう。
それこそ、いつもの言葉通りに“ハーレム”を成立させてしまうに違いない。
百人いれば百人の女性を幸せにする方法を見つけ、当たり前のようにそんな答えを実現してみせる。
倫理や、道徳など関係ない。不誠実だと罵られようが、彼にとってはそれが正しい答えなのだ。
一見女性の敵とも思える考え方だが、D.S.だから――
そんな言葉で片付けられてしまうほどに、リインフォースは彼のことを理解し、愛していた。
大切な人たちに平等に愛を、優しさを、そして敵には等しく罰と怒りを――感情のままにぶつけることが出来る人。
そんな彼だから、一番に自分のことを見て欲しい。
リインフォースは、アリサたちを差し置いて、少し欲張りなことを考えてしまう自分に苦笑を漏らす。
ほんの一時(ひととき)でもいい、今だけでもいい、その肌に感じる温もりに身を委ねて――
その瞳に映る、自分の姿を見て――今は、この幸せを感じていたい。
リインフォースの願い。
それは、彼に救われたその時から、ほんの小さな幸せと一緒に、すでに叶っていたのかも知れない。
彼女にとって、D.S.と二人でいるこの瞬間が――
長き時を生きた時間の中で、一番幸せを感じる時間だった。
次元を超えし魔人 第45話『謎の少女』(STS編)
作者 193
ティアナは、あの一件から見違えるように変わった。
訓練でもヴィータ曰く、「やり難くなった」と称するほどに動きも冴え渡り、特にスバルとの連携はなのはたちも一目置くほどのものとなっていた。
元々、それだけの実力は身に付けていたのだ。切っ掛けさえあれば、変わることはそう難しいことではない。
ティアナが自分を卑下するような事実はなく、これまでの厳しい訓練も正しくは無駄ではなかった。
一人では無理でも、仲間との連携と創意工夫を凝らせば、ヴィータやフェイトなど、高位魔導師にも決して遅れを取るものではない。
そんな当たり前のようで大切なことに、これまで彼女は気付くことがなかった。
今までのティアナに足りなかったもの――それは、仲間を信じる心だ。
なんでも自分がなんとかしないと――そんな想いが強かったのだろう。
ランスターの魔法を証明するためには、自分の力を示さなくてはいけない。そんな想いばかりが先行して、視野を狭くしていたのがそもそもの原因だった。
しかし、ティアナは変わった。
スバルの真摯な心に触れ、アムラエル、なのはの想いや考えを理解することで、彼女の中で何かが大きく変わった。
まだ多少無鉄砲なところは残っているが、それでも今までのような無茶はしなくなり、どんな困難な場面でもティアナらしい冷静な指揮が執れるようになった。
スバルとのコンビプレイも然ることながら、最近ではギンガを織り交ぜた分隊指揮も様になってきている。
自分の持ち味をようやく生かせるようになってきた。――そう、喜ぶべきところなのだろう。
「あ――また、負けた!! やっぱり、高ランク魔導師の壁は厚いわね……」
「ごめんね。もうちょっと、わたしが粘っていれば……」
「でも、凄く惜しかったよ! ギン姉は、フェイトさんにもう少しで一撃入れられそうだったし」
ティアナが悔しがり、ギンガが訓練でのことを思い返し反省するも、スバルが興奮するのは無理もない。
ここ数週間の成長は特に目覚しい。未だ、ヴィータとフェイトの二人を相手にして、決定打を入れることが出来ないとは言え、実際にはかなりいいところまで追い込んでいた。
今までは、それなりに手加減しても“相手が出来ていた”と思うヴィータとフェイトだったが、最近ではそうした余裕もなくなってきている――と言うのが素直な感想だった。
スバルとギンガの動きは鋭くなってきているし、その二人を指揮しているティアナの慧眼も大したものだ。
そう遠くない未来に、確実に一撃をもらうことになるだろうと――ヴィータとフェイトの二人も、三人のことを高く評価していた。
少なくとも今の三人なら、相手が高位魔導師相手でも、そう遅れは取らないはずだ。
「休み……ですか?」
「そう、ずっと訓練漬けだったしね。それに今日の訓練は、みんなの今の実力を見る意味もあったんだけど――
ヴィータちゃん、フェイトちゃん、どうかな?」
「――合格」
「はやっ!?」
なのはに質問され、即答するフェイト。
スバルも、まさかそんな答えが返ってくると思っていなかっただけに、迷わず返事を返したフェイトの言葉に驚いた。
これまでの模擬戦。ヴィータは兎も角、SSランクと言う高位魔導師の中でも飛び抜けた実力を持つフェイトは、模擬戦に合わせて自己の判断でリミッターを付けていた。
ところが、ここ数日――フェイトはそのリミッターをほとんど解除して三人の相手をしていた。
正確には、奥の手は使わないまでも、全力で相手をしなくては、三人の相手は難しかったと言うのが本音だ。
それでなくても、何度も冷や冷やとさせられる場面があった。
ヴィータが「やり難くなった」と証言するように、ティアナは、相手の癖を見抜き、個々の相性や能力を考慮した上で、戦術に組み込んでくる。
その上、後方から正確無比で嫌な攻撃をしてくるティアナのことを、フェイトは誰よりも警戒し、評価していた。
今までのティアナと、スバルやギンガが相手なら、リミッター解除までしなくても余裕で相手が出来ただろうが、ここ最近の彼女たちを相手するには、そうもいかなかった。
フェイトが迷わず『合格』を出せたのも、そうしたこれまでの評価もあったからだ。
「まあ、毎日あたしが付き合ってやってんだ。合格しない方がおかしいんだけどな」
「か……感謝してます」
スバルは冷や汗を流しながら、そんなことを言うヴィータに礼を言う。
ヴィータも口ではあれこれ言っていても、三人のことを高く評価していた。
特にティアナの指揮能力や精密射撃も厄介だが、スバルとギンガの近接能力にヴィータの方は注目していた。
同じ近接戦闘を得意とするヴィータから見ても、時々ヒヤッとさせられる攻撃を幾度も二人は放ってくる。
経験とスピードがまだ追いついていないため、何とか応戦することが出来ているが、それも時間の問題だろうとヴィータは考えていた。
二人の評価が思ったよりも高かったことが、教官としても嬉しかったのか?
なのはもご機嫌の様子で、ティアナたちの方を見る。
「息抜きに街に遊びに行くもよし、ゆっくり羽を伸ばすといいよ。わたしも、今日は隊舎待機だしね」
思いがけず昼からの訓練は休みになり、時間の空いた三人は思い思いに嬉々とした声を上げる。
ずっと任務に訓練漬けだったこともあり、半日とは言え、こうして休みを貰えたのは久し振りのことだった。
何をしようかと、これからの予定を話し合う三人――
「次からは、もっと特性を引き伸ばすために、今よりも“密度の濃い”個別練習に切り替えていくからね」
「え……」
なのはの一言が、「休み」と聞いて喜ぶ三人に、不穏な空気を投げつけた。
今でも十分過ぎるほどハードなのに、更に密度の濃い練習と聞いてティアナは嫌な汗を浮かべる。
それはスバルとギンガも同じだった。
考えたくはないが、本当に大丈夫だろうか? そんな明日からの訓練に不安を残しながらの、休日の幕開けとなった。
『――兵器運用の強化は進化する世界の平和を守るためである』
昨日行われた管理局地上本部、予算会議の一部始終。テレビを通じて報道されているレジアスの演説を聞いても、ラーズは気にも止めていないのか? 黙々と目の前の食事に舌鼓を打っていた。
一方、同じように食堂で食事を取りながら、放送を聴いていたはやてと守護騎士たちは、食事の手を止め、何か思うところがあるのか? 真剣な表情を浮かべて画面に見入っている。
「このおっさん、まだこんなこと言ってんのな」
「レジアス中将は古くから武闘派だからな」
呆れ半分と言った感じで、レジアスの演説を切り捨てるヴィータ。
やんわりとそんなヴィータの発言にフォローを入れてはいるが、シグナムの言葉にもレジアスに対する嫌悪感があった。
レジアスのしていることは彼女たちからしてみれば、余計な争いの火種を生み出しているだけにしか思えないのも事実だ。
特に聖王教会と管理局地上本部は、余り関係が良好だとは言えない。
レジアスの魔導師嫌い、稀少技能嫌いも要因にあるのかも知れないが、そのことではやてやカリムが苦労しているのを傍で見てきていただけに、個人的な感情だけで言えば、守護騎士たちのレジアスに対するイメージは決して良い物とは言えなかった。
特にここ最近は、管理世界で禁止されている“質量兵器”にも似た兵器の開発など、レジアスの周囲には黒い噂が絶えないこともある。ADAMにも表面上は地球との関係を気にして体裁を繕ってはいるが、所詮はそれも利権絡みでのこと。裏では何を考えているか分からないだけに、彼女たちは地上本部、特にレジアスには警戒を強めていた。
「あ、ミゼット提督――」
「ミゼット婆ちゃん?」
はやてが三提督の姿を見つけ、声を上げる。ヴィータは、先程までレジアスに向けていた不快感とは一変して、はやてに向けるような優しい表情でモニターに映るミゼットの姿を探した。
そこにはミゼット・クローベル、レオーネ・フィルス、ラルゴ・キールの伝説の三提督の姿があった。
時空管理局の黎明期を支え、今の形にまで整えた功労者。一線からはすでに退いているとは言え、その名と権威は今も健在で、管理局に置いては最高評議会を除き、もっとも高い地位にいる三方と言っても間違いではない。
ヴィータは、このうちミゼットと面識があった。正確には、はやてと守護騎士たち全員が彼女と面識があると言っていい。
聖王教会で行われた慰安訪問の際、訪れたミゼットの護衛を任されたのが、彼女たちだった。
そうした経緯もあり、人当たりのよいミゼットに良くして貰った覚えがあるヴィータは、特にミゼットのことを慕っていた。
ミゼット自身も、闇の書事件や地球との関係、裏にある思惑を別にしても、はやてや守護騎士たちのことは気に入っており、随分と気に掛けている節があった。
今回のADAM発足に当たっても、彼女、ミゼットを含む三提督の名前が非公式ながら後ろに上がっているのも、そうした関係が少なからず影響していた。
「……早々たる顔触れだな」
「まあ、意見陳述会も近いですし、焦点は“例の兵器”の運用についてでしょうか?」
食事も終わり、茶を啜りながらモニタを見るラーズ。その感想に、冷静に応じるシェラ。
シェラは、ADAMに出向してからは、ラーズの副官として秘書のような役目を担っていた。
「ラーズさまは余り否定なさらないんですね。レジアス中将のことも――」
「魔法も兵器も、所詮は同じ力だろう? ようは使い方次第さ」
管理世界で生活をする大半の物は、そうした考えをもてないのが現状だ。
ラーズの言葉にも一理あるが、地球出身のはやてでさえ、質量兵器に対する嫌悪感は少なからず抱いていた。
そうした空気や風潮が管理世界にはあると言うことだろう。確かに、彼らの歴史を紐解けば、文明崩壊の原因には過度に進歩した科学文明が見え隠れする節がある。とは言っても、結局のところ魔法も質量兵器も目に見える力であることに差異はない。
究極に進化した魔法と科学は、行き着くところは同じ――そのことに彼らが気付くには、まだ数百年の時が必要なのかも知れないが、そう思いたい、そう思わざる得ない何かが、彼らにはあると言うことだろう。
「どちらにしても、このまま終わりそうにないですね」
「構わないさ。何があろうと、わたしたちのすることに変わりはない」
悪魔のことがあって手を組んでいるが、それも結局のところ、自分たちの世界や大切な人たちを守りたいが故だ。
ミッドチルダの安全や平和を守ると言うのは、ラーズたちからしてみれば、そのついでに過ぎない。
それでも、やるべきことはする。守るべきものは守ってみせる。その覚悟と決意はあった。
どちらにしても、ここで手を取り合えないようでは、世界は今度こそ確実に終焉を迎える。
その先にあるのは、管理局の崩壊などと言う生温い現実ではなく、次元世界すべての破滅。
一度、絶望的な現実を目にしているラーズたちからしてみれば、他人事で済ませられる話ではなかった。
思うことは一つ。願いはたった一つ。悪魔を倒し、世界に本当の平穏を――
二度と、あの地獄を現実のものとしないためにも――
スバルとギンガ、それにティアナの三人は、仲良く一緒に街へと繰り出していた。
たまの休日。姉妹水入らずと言うことで遠慮したティアナだったが、それを良しとするスバルとギンガではない。
半ば無理矢理連れ出される形で、一緒に街で遊ぶことになった。
五段重ねの特大アイスを両手に、美味しそうに頬張るナカジマ姉妹を見て、ティアナは自分の手にする二段重ねのアイスと見比べて小さく溜め息を吐く。
いつものことだが、この姉妹はよく食べる。スバルの好物がアイスだと言うのは知っているが、よもやギンガまで――やはり姉妹だと言うことだろうか? その溜め息には、そんなティアナの呆れも混じっていた。
「そう言えば、ずっと聞きたかったんですけど、ギンガさんのデバイスって――」
「ああ、これ?」
リボルバーナックルのことは知っている。
現役を退いた母から片腕ずつ、右手をスバルが、左手をギンガが受け継いだと言う話はティアナも訓練生時代から聞き及んでいた。
しかし、気になっていたのはスバルと同型の新しいデバイス。ローラーブーツ型のインテリジェントデバイスの方だ。
所々、ギンガ用に調整されており、機能は違うようだが、スバルのデバイスと見比べても遜色ないほどに高機能な物なのは間違いない。
自分たちのデバイスは行き掛かり上、モニターと言うカタチでアリシアから与えられたものだが、ギンガのデバイスもまたそうなのか? と、ティアナは考えていた。
「この子、『ブリッツキャリバー』は、リニスさんに頂いたの」
「リニス……さん?」
「そう、母さんの知り合いで、凄い技術者の方よ。二人のデバイスはアリシアさんに作ってもらったんでしょ?
リニスさんはアリシアさんの義姉弟子と言うか、師匠みたいな人だって話だから――
ある意味、スバルのデバイスとわたしのデバイスは“姉妹”と言った感じになるのかな?」
「はあ……」
はじめて聞く名前だったが、アリシアの師匠と言うからには地球出身の技術者なのだろうと、ティアナは思うことにした。
疑問もこれで晴れたが、やはりギンガのブリッツキャリバーにしろ、スバルのマッハキャリバーや、自分のクロスミラージュにして見ても、一介の魔導師に与えられるレベルのデバイスではないとティアナは思う。
現行の技術の最先端を行っていると言ってもいい、魔法と科学、双方の技術力の粋を集めた超一級品。
先日、リミッターを一段解除してもらったと言っても、まだ何段ものリミット制限を設けていながら、この出力と性能だと言うのだから驚きだ。
今の性能でも、他の汎用デバイス数機分を遥かに凌ぐ出力、性能を見せている。
助かっていると言うのは事実だが、やはりどう考えてもアリシアにここまでしてもらえる理由が、ティアナには見付からなかった。
モニターなどと言っているが、十中八九嘘だろうと言うことはティアナも気付いている。
兄のこと、悪魔のことが問題にあるのだろうが――やはりここでも、アムラエルの存在が大きく思えてならない。
アムラエルの行動は自分たちが部隊に来るよりも、ずっと前から用意周到に準備されていた物に違いない――
と、ティアナは考えていた。そうでなければ、おかしな点が幾つもあるのだから――
いつか、ちゃんと聞けば、理由を話してくれるのだろうか?
ティアナは、アムラエルに感謝すると共に、そんな考え巡らせる。
こうして思い返してみれば、スバルだけでなく、色々な人に迷惑を掛けて助けてもらっていたのだと、ティアナは思う。
口にするアイスの甘さが、そんな苦味に満ちたティアナの心に溶け込んでいく。
あそこまで、あの人たちが必死になれる理由。それはきっと、ちっぽけなプライドや、権力欲しさなどではない。
忘れていた友達との楽しい時間。安らかなひと時。きっと、アムラエルやなのは、みんなが守りたいものはこんな時間なのだろうと――ティアナは行き交う人々の笑顔を見ながら、考えていた。
「ティア――次、ゲーセン行こ!!」
――ティアナ、ほら行くぞ!!
差し出されたスバルの手。錯覚だろうが、ティアナにはその姿が兄と被って見えた。
楽しかった頃の記憶。休日ともなれば、こうして兄と街に出掛け、一緒に買い物をしたり、公園でアイスを食べたことを思い出す。
あれだけ大好きだった兄との大切な思い出。何故、今までずっと思い出さなかったのだろう? とティアナは思う。
あの事件を切っ掛けに、ティアナの中で何かが変わった。そしてそれは楽しかった思い出よりも、辛い記憶の方を多く呼び起こした。
でも、今は――
「うん。負けないわよ!! 今度は負けた方の奢りね」
「え――ちょっと、ティア!?」
「いいわね。わたしも負けないわよ」
「ギ、ギン姉まで〜〜!!」
ゲームは好きなスバルだったが、器用なティアナと違い、実はそれほど上手くない。
昔はよくギンガとも遊んでいたが、一度とてゲームでも姉に勝てたことはなかった。
こんなやる前から結果が分かったような勝負、スバルが文句を言うのも無理はない。
ティアナから「負けた方の奢り」と聞いて、涙目で悲痛な声を上げるスバル。
そんなスバルを見て、ティアナは笑っていた。
今なら、なんとなく分かる気がする。兄さんが見ていたもの。守りたかったものがなんなのか――
「ティア、どうしたの? 行くよ――」
「あ、うん」
手を振るスバルとギンガの元に駆け出すティアナ。
あの頃の自分にはなかったもの、見えなかったものに気付き、ティアナは新たな決意を胸に仕舞っていた。
部隊長挨拶で、ラーズが言っていた言葉の意味。他の誰でもない、わたしが守りたいものは――
「兄さん見てて、他の誰でもない。ティアナ・ランスターの魔法を――」
どこかで生きていると言う兄に寄せた、ティアナの想い。
その声は誰にも聞かれることはなかったが、ティアナの心に強い覚悟を芽生えさせていた。
薄暗い地下の下水区画に、ズルズルと何かを引き摺りながら歩く、奇妙な音が聞こえる。
ぼろ布を一枚身にまとい、手には鎖を巻きつけた少女。その先には厳重に封印が施されていると見える、無機質なトランクが鎖に巻きつけられている。
「逃げなきゃ……」
傷ついた身体を引き摺りながら、少女は地上を目指して歩いていた。
年の頃は五、六歳と言ったところだろうか? とてもではないが、こんな人気のない下水区画にいるような少女ではない。
身にまとっているいるのは僅か一枚のぼろ布。衰弱した身体を必死に庇うように手を壁につき、素足で一歩、一歩、地上への入り口を目指して歩いていく。
一際目立つ綺麗な金色の長髪に、左右色の違うオッドアイ。特徴的なその容姿は、出るところに出れば、美少女として周囲の注目を集めるに違いない。そんな彼女に何があったのか? それはこの場からでは何も推し量ることが出来ない。
ただ、その必死さからも、何かに追われている――と言うことは想像できた。
何に追われているのか? それは分からないが、少女は最後の力を振り絞り、人のいる場所を目指して懸命に歩く。
保護してくれる誰か、助けれくれる誰かを探して――
「ん――」
「……ガジェット?」
まだ市街には達していないが、ガジェットが近づいてきている。逸早くそのことに気付いたD.S.とリインフォースは眉を顰める。
D.S.がずっと感じていた不安要素。それが動き出したと言うことだろうか?
どちらにしても、このまま放置して置く訳にはいかないだろうと、リインフォースはD.S.の方を見た。
「応戦しますか?」
「……んなのは、局の魔導師に任せとけ。それよりもこっちだ」
「……?」
路地裏を目指して歩みを速めるD.S.に、慌ててついていくリインフォース。
こんなところに何があると言うのか? 怪訝な表情を浮かべるが、何も考えなしにD.S.が動いたとは思えず、リインフォースは黙って後ろについて行く。
――ガタッ! その時だった。
目の前のマンホールの蓋が音を立てて開き、小さな影が這い出してくる。
「D.S.――!!」
慌てて、D.S.の前に立ち、その影に対して警戒態勢を取るリインフォース。
強い魔力は感じられないが、こんな人気のない路地裏で、しかもマンホールから出て来るような相手だ。
――普通じゃない。嫌な気配を感じたまま、リインフォースは警戒を強めていた。
「うあぁ……」
「え……?」
しかし、次の瞬間――目にした影の正体に気付き、リインフォースは困惑の声を上げる。
敵かも知れないと警戒を強めていた相手は、年端も行かない幼い少女。
フラフラと倒れこむ少女を見て、逸早く動いたのはD.S.だ。
素早く少女の前に出て、そっと腕で少女を支えると、その小柄な身体を優しく抱きかかえた。
「あ……」
最後にD.S.の顔を見て安心したのか? そのまま眠るように意識を手放す少女。
身体の衰弱が酷い。目立った外傷はないが、この小さな身体で、薄暗い下水を歩いてきて余程体力を消耗したのだろう。
スヤスヤと寝息を立てる姿は、年相応の幼い少女のものだ。そんな少女がぼろ布をまとい、裸足でマンホールから這い上がってきたなどと、リインフォースも俄かには信じられない。しかし、目の前で見たものが全てだった。
「この子は一体……?」
少女の腕に巻きついていた鎖を解き、その先にあるトランクに目をやるリインフォース。
その中身を探って、表情を強張らせる。
「これ、レリックです」
ADAMがずっと追っているロストロギア『レリック』――それを何故、この少女が持っていたのかは分からない。
しかし、これがD.S.が感じていた嫌な予感の正体だと、リインフォースは確信した。
繋がっていた鎖を探り、トランクの後ろにもう一つ。途中で切れたような痕跡を見つける。
「どうやら、もう一つあったようですね……と言うことは、この下に」
下水に流されてしまったのだとしたら、流されて海へと向かっているはず。
リインフォースがレリックの流された場所に予測を立て見る先に、ガジェットの反応が集まりつつあった。
幸い、市街からは随分と離れているが、余談は許さない。
あの辺りは空港火災の折に廃棄された区画のはず。状況を冷静に把握すると、リインフォースは次の対策を練り始めた。
ADAMにこのことを知らせ、応援を待っている時間はなさそうだ。それに、そうしている間にもレリックはガジェットに奪われてしまうだろう。しかし、この少女のことも気に掛かる。
どうするべきか? ――と、D.S.の方を見た、その時だった。
「その子を放しなさい!!」
ティアナの声が路地裏に響く。
スバルが野生的な勘で、マンホールの僅かな音に気がつき、そのことを怪訝に思い駆けつけた三人を待っていたのは、少女を抱きかかえたD.S.とリインフォースの二人だった。
D.S.を見て、人攫いとでも思ったのだろうか? 警戒し、その銃口をD.S.へと向けるティアナ。
しかし、次の瞬間――D.S.の横にいるリインフォースに気付き、ティアナは素っ頓狂な声を上げる。
「あ、あれ? リインフォースさん?」
直接的に面識がある訳じゃないが、それはティアナもよく知るリインフォースだった。
――そこで改めてD.S.を見て、ティアナは気付く。いつもリインフォースの隣にいた男の子。
アムラエルの件もある――その特徴的な銀髪に周囲とは違う異質な雰囲気。
どれだけ姿形が違っていても、あんな特徴的な人物を見間違えるはずもない。
「D.S.さん……?」
「確か、ティアナだったかしら? 男なら銃口を向けた時点で殺されてるわよ」
「ははは……すみません」
リインフォースの言葉が冗談とは思えず、ティアナは乾いた声で笑うしかない。
D.S.の俄かには信じ難い非常識とも言える噂は、情報源となっているフェイトから嫌と言うほどティアナは聞かされていた。
あれは惚気話だと思えなくはないが、フェイトの魔導師としての実力は誰よりも高く認めている。
そして、あの“なのは”にしても「非常識な存在」と言わしめる大魔導師が相手だ。下手なことを言って、痛い目を見るのは自分だと言う自覚はあった。
「ところで、その女の子は?」
「ああ、デート中に偶然と出くわしちゃってね。それよりも、はい――」
「え?」
手渡されたトランクの中身を見て、ティアナはまたも素っ頓狂な声を上げる。
――なんでこんなところにレリックが!? と言ったような顔で、リインフォースのことを見る。
脇で控えていたスバルとギンガも、次々に訪れる展開についていけないのか? 目を点にして佇んでいた。
それに気付いて、リインフォースは三人にトドメと言わんばかりに――
「ほら、どうやら“もう一個”あったらしいのよ。下水に流されちゃったみたいで――
そっちの方に、ガジェットも集まってるみたいよ?」
「「「ええ〜〜〜〜っ!?」」」
切れた鎖を三人に見せ、レリックがもう一つあったことを伝えるリインフォース。
そんな話は三人にしてみれば寝耳に水と言ったところだ。いくら休暇と言っても、ここでのんびりとしている時間などあるはずもない。マイペースなリインフォースに流されていたが、急を要する事態だと把握したティアナは、指示を仰ぐため、ADAMへと連絡を取る。スバルとギンガもBJ(バリアジャケット)を身にまとい、戦闘準備を進めていた。
「これでガジェットの方はなんとかなりそうですね。ところで、その子はどうしますか?」
「あー、と言うか、なんとかしてくれねーか?」
D.S.の服にしっかりとしがみつき、離れようとしない少女。
眠っていても、自分を守ってくれる存在が誰なのか、分かっているのだろうか?
ギュッと小さな手に力を込め、リインフォースが代わろうとするも、D.S.から離れる気配がなかった。
手を開いて離そうとすると、唸って嫌がる仕草を見せる。その様子を見て、困った表情を浮かべるリインフォース。
D.S.の方は、本当に困った様子で、珍しく大きく溜め息を吐いていた。
「随分と懐かれてしまったみたいですね」
「……冗談でも笑えねーぞ?」
D.S.は性格に似合わず、ネイやカルも育てている。このくらいの少女に接したことがないと言うわけではないが、別に好き好んで面倒を見ていると言う訳ではない。ましてや、子供の相手が得意と言う訳でもなかった。
しかし、こうして少女のことを見ていると、ツヴァイの件にしても、D.S.はなんだかんだ言って、子供に好かれる体質にあるとリインフォースは思う。
残忍で狡猾、一見下品で粗暴に見えるその性格の裏には、深い愛情と優しさが隠れていることをリインフォースは知っている。
子供は大人と違い、純粋で無垢だからこそ、そう言うD.S.の本質を見抜いているのだろう。
面倒くさそうにしているが、少女が落ちないようにと向きを変え、起こさないようにと優しく抱き直すD.S.を見て、リインフォースは優しい気持ちで満たされる。
「あの、その子は? ――搬送用のヘリを回してくれるらしいですが」
「それまで、わたしたちで保護しておきます。あなたたちは、あなたたちの任務をこなして」
「は、はい――」
リインフォースに言われて、先程少女が這い出てきたマンホールから、地下に降りていくティアナたち。
その足で、レリックを確保しに向かったと言うことだろう。
ADAMからの応援が駆けつけるまでに、少なくとも十数分の誤差はある。その間に彼女たちに先行させ、増援のガジェットを別部隊が叩く――作戦としては、そう言ったところだろうか?
状況が状況だとは言え、成長著しいとは言っても、ティアナたちだけでは少し心許ないのも事実だった。
「この作戦、考えたのはアムラエルじゃありませんね。シェラか、ラーズ辺り?
わたしたちがここにいることを計算に入れて、ティアナたちを先行させた――」
「……このガキんちょ抱えたまま、どうしろと?」
「……ですよね。じゃあ、そちらはわたしが……ヘリが迎えに来るらしいですから、くれぐれも問題を起こさないで下さいよ?」
リインフォースがD.S.に釘を刺すのも無理はない。目を放した先々で問題を起こすのは“彼”故だからだ。
本当はD.S.から目を離すのは気が乗らなかったが、あの三人のことをアムラエルから頼まれていると言うこともある。
ティアナの事情も知っているだけに、このまま見過ごす訳には行かないだろうと――リインフォースは大きく溜め息を吐いた。
「行って来ます。帰ったら、デートのやり直しをしましょう」
D.S.は何も言ってくれないが、否定がないのは肯定だとリインフォースは受け取った。
ティアナたちが向かったであろう方向目指して、飛び立つリインフォース。
D.S.はそんなリインフォースの背中を見送り、気持ち良さそうに眠る少女の方に一目やると、もう一つ妙な気配が近づいていることに気がつく。
リインフォースたちが向かった方向とは別に、意識を遥か彼方、北西の海上へと向けた。
「この気配は……」
上手く姿を隠してはいるが、飛来するガジェットに紛れて、明らかに他とは違う異質な気配が混じっていた。
ガジェットのような、機械人形とは訳が違う。肌をピリピリと突き刺すような、その感覚。
「来やがったな」
D.S.はその気配の正体を察し、狡猾に微笑む――それは『悪魔』と呼ばれし者。
D.S.たちの世界を滅ぼし、カリムの予言にもあった、ADAM設立の原因ともなった史上最悪の厄災。
ADAM設立以来、悪魔と“管理世界初”の邂逅となる戦いが、幕を開けようとしていた。
……TO BE CONTINUED