作者:193
2009/03/29(日) 22:30公開
ID:4Sv5khNiT3.
「強い……」
ルーテシアは焦っていた。桃色の髪を風になびかせ、自身に向けて繰り出される攻撃の数々を、辛うじて避け続ける。
自身の片腕とも言える強力な召喚虫“ガリュー”を使役していると言うのに、戦況は劣勢になる一方。
単純に実力だけなら、ルーテシアの方が確実に勝っている。
その確証はあるのに、対峙している相手は一切怯むことなく、ガリューの攻撃を退け、ルーテシアの魔力弾をいなし、波状攻撃を仕掛けてくる。
「スバル――ッ!!」
ティアナの号令を聞き、スバルはそれだけですべてを察し、右翼からガリューへと迫る。
ルーテシアが苦戦を強いられている相手。それは、ティアナ、スバル、ギンガのお馴染みの三人だった。
強力な召喚虫を数多く使役し、オーバーSランクを言う高い魔力資質を持つルーテシアと言えど、この三人の連携を前に苦悶の表情を浮かべる。それほどに強い――いや、彼女にとって戦い難い相手だった。
ルーテシアは生粋の召喚士だ。それ故に、自身を守る召喚獣を多数使役することで、攻撃と防御を同時にこなす。
しかし、優秀な召喚士が、優秀な指揮官であるとは限らない。召喚された召喚虫たちに命令を下すのはルーテシアだったが、実際には召喚虫たちの動きをすべて把握し、自分の意思で動かしている訳ではない。「召喚士の身を守れ」「敵を倒せ」など、曖昧な命令を伝達し、それを実行させているに過ぎなかった。
ガリューと言う一際強力な召喚虫を使役しながらも、無数のインゼクトたちを呼び出し、それを見事にコントロールし、制御下に置いているルーテシアの実力はさすがだと言えるだろう。
同時に召喚できる召喚獣の数や、強力な召喚獣を使役すると言う行為は、それだけで召喚士のレベルを推し量ることが出来るほどに重要なものだ。それだけ、召喚魔法とは他の魔法に比べ大量の魔力と、繊細な魔力操作を要求される。
一歩間違えば、暴走した召喚獣は無差別に人を襲うようになり、召喚した召喚士の身も危うくする諸刃の剣だからだ。
そう言う意味では、いくらオーバーSランクと言う高い魔力資質を持っていると言っても、十にも満たないルーテシアのような少女が、これだけの召喚魔法を使っていると言うことは驚異的な事実だった。
なのはやフェイトのように――本当の天才。そう例えることが出来るほどに優秀な一流の魔導師。
単純な才能や資質だけを問えば、ティアナたちが敵うはずもない相手。
「ガリュ――ッ!!」
ルーテシアの悲痛な叫びが、密閉された地下空間に木霊す。そこは市街から南下したところにある廃棄区画の地下。
かつて空港火災が起こった場所から程近い、ベルラインに隣接した広大な地下空間の一角だった。
スバルの一撃を受けたガリューは、身にまとっていた黒い外殻を叩き割られ、そのまま力任せに後方の壁へと叩きつけられる。
瓦礫に埋もれ、もくもくと立ち上がる粉塵に姿を消すガリュー。誰の眼から見ても、ガリューの受けたそれは致命的な一撃だった。
カートリッジ二発を消費して放った、文字通り必殺の一撃。スバルが隠し持つ技の中でも、特に威力が高いゼロレンジからの“ディバインバスター”だ。
あの強固な防御力を持つガジェットV型の防御すらも貫いて見せた、スバル自慢の一撃。
ガリューがやられたことで、明らかに動揺を見せるルーテシア。先程から大事に抱えるトランクを胸に、ギュッとその手に力を込める。
簡単な仕事のはずだった。目的のレリックを見つけ、邪魔者を排除して、いつもの通り全て上手く行くはずだった。
しかし、結果は見ての通り――自分の見通しが甘かったことでガリューが倒されたことを、ルーテシアは悔やんでいた。
「――ここまでよ」
ガリューの方に気をとられている一瞬の隙をつかれ、ルーテシアの首筋にティアナの魔力刃が突きつけられていた。
先程まで無表情だったルーテシアの顔に、明らかな動揺が表れる。インゼクトたちも通用しなく、ガリューも破れ、ルーテシアはいつになく焦っていた。明らかに自分より魔力が弱く、魔導師として見れば格下の相手。なのに、結果は楽に片付くどころか、自分の方が追い込まれている。
油断もあったのかも知れないが、それだけではないと――ルーテシアはティアナたちの実力を認め、先程までの考えを改めていた。
本気で相手をしなければやられる――そう思うほどに、強力で厄介な相手だと。
「さあ、そのケースをこちらに――」
ティアナがルーテシアからケースを奪い取ろうとした、その時だった。
上空より突然表れたバカでかい魔力反応。逸早くその反応に気付いたティアナは、ハッと視線をその魔力へと向け、回避行動を取る。
「――雷炎一閃」
大きな爆音を上げ、地面を抉りとる雷と炎の一撃。
燃え広がった炎が巻き上げた瓦礫を包み込み、迸る電撃が触れたものすべてを粉々に打ち砕く。
ルーテシアの傍に寄り添うように降り立ち、手にした槍のようなデバイスを地面に打ちつける赤髪の少年。
背格好に釣りあわない無骨で大きな槍。背になびかせる純白の外套が、凛々しくも雄々しい印象を抱かせる。
年の頃はルーテシアとそれほど変わらないだろう。しかし、少年の持つ雰囲気は子供のそれではなかった。
少女に寄り添うその姿は、まるで“本物の騎士”そのもの。こうして対峙しているだけでも感じる、その肌をピリピリと差す覇気が、その少年がただの子供ではない、一流の、それも凄腕の騎士だと言うことを告げているようだった。
「大丈夫だった? ルー?」
「うん……ありがとう。エリオ、それにアギトも――」
『たく――っ! 一人で出掛けちまうからだぞ!!』
ルーテシアが無事なことを確認すると、怪我をしていないことに安堵したのかニコッと微笑む少年。
アギトとユニゾンしているのだろう。少年の中から、アギトの声が直接頭に木霊すように聞こえる。事実、薄っすらと少年の肌は淡い光をまとっていた。
彼の名はエリオ・モンディアル。その昔、違法研究所に囚われていたところを、ゼストによって助け出された少年。
まるで本当の兄妹(きょうだい)に接するように、優しくルーテシアに接し、その安否を気にするエリオ。
その様子からは、とても先程のような強力な一撃を放った子供には見えない。
突然のエリオの奇襲で、戸惑いを見せるティアナたち。
エリオは自分たちを取り囲む、そんなティアナたちを流し見すると、先程ルーテシアに向けていた優しい表情から一転し、明らかに嫌悪するかのような冷たい殺意をティアナたちに向けた。
「この子……スバル、油断しないで!! ギンガさんは彼女を――」
とても十歳やそこらの子供がするような眼じゃない。
ましてやこれほどの殺気――エリオが見た目どおりの相手ではないことを、ティアナは瞬時に察し、身構えた。
号令を発し、ターゲットに向けて動きを取ろうとするティアナたち――しかし、それよりも早く動いたのはエリオの方だった。
「え――」
それはまさに一瞬の出来事だった。雷のように電光石火の勢いで、一瞬で距離を詰め、手にした槍を横薙ぎに払うエリオ。
突然のことでちゃんとした回避行動も取れず、スバルはそのまま弾き飛ばされる。
「うあああぁぁ――っ!!!」
「スバル――!?」
ティアナの悲痛な声が木霊す。しかしエリオの猛攻は止まらない。
そのまま一足で駆けると、数十メートルは離れていたはずのギンガへと一瞬で距離を詰めた。
瞬間移動などではない――驚くべきことだが、ただ、対応し切れないほどの常人離れした速度で動いてるだけ。
そのことを察するも、ギンガはエリオの動きについていけない。
「くっ――目で追いきれない!!」
一合、二合――ギンガは辛うじて応戦するも、結果はスバルと同じだった。
ルーテシアへと詰めようとしていた距離を離され、後方へと弾き飛ばされるギンガ。
時間にしてほんの数秒の出来事。その一瞬でスバルとギンガ、離れた場所にいる二人を一瞬で退けたエリオのスピードに、ティアナは驚きの表情を浮かべる。
地面にはエリオが通った痕跡と思われる、焼け焦げた跡だけが残されていた。
「ルーを泣かせるヤツは許さない」
次元を超えし魔人 第46話『小さな騎士と召喚士』(STS編)
作者 193
その頃――北西の海上では、高い機動力で空から市街へと向けて進行するガジェットU型を相手に、なのは、それにフェイトの二人が厳しい戦いを強いられていた。
すでに出現してるガジェットの数は優に百を超え、こうしている間にも際限なく、その数は増え続けている。
――実機と幻影の構成編隊。
どんなマジックを使っているのかは分からないが、精巧に作られた幻影は実体と大差なかった。
魔力反応だけでなく気配に至るまで、そこに本当に存在しているかのように存在を示すガジェット。どこまでが幻影で、どこまでが実体なのかも分からない。そんな、不毛な消耗戦を二人は強いられていた。
一体一体は大したことがない相手だと言っても、数が数だ。さすがの二人にも、焦りが生じる。
「キリがない……」
「防衛ラインを抜かれない自信はあるけど……さすがにこの数はきついね」
フェイトとなのはが、珍しくも苦言を口にする。
ガジェットたちの動きは明らかに、ADAMの航空戦力の主力、なのはとフェイトの二人を、この場に押し留めようとするものだった。
敵の狙いは分かっている――それだけに、二人は焦っていた。
何を企んでいるかまでは分からないが、こちらが囮だと考えれば、敵の主力は必然的にレリックの方へと向けられていると考えていい。
ティアナたちのことを考え、なのはの表情が苦悶に歪む。
「なのは、行って――」
「……フェイトちゃん?」
「嫌な予感がする。全力を出せば、このくらいの相手、広域魔法で殲滅出来る。だから――」
フェイトの言うことは、なのはにも分かる。しかし、無制限に増え続けるガジェット。この幻影の正体を解き明かさない限り、いくら広域魔法でまとめて殲滅していったところで、際限などあるはずもない。
それに、幻影と実機すべてを一瞬で消し去るほど高出力な広域魔法ともなれば、身体に掛かる負担も相当のものとなるはず。
なのははそのことを危惧していた。最悪の場合、消耗し切ったところを敵に狙われれば、いくらフェイトと言えど一溜まりもない。
「でも、フェイトちゃん――」
「二人とも、まだまだね」
「「――え?」」
フェイトの考えは分かるが、敵の戦力が未知数である以上、そんな危険な目にフェイト一人を合わせられるはずもない。
目の前にいるガジェットが敵の戦力全てだとは限らない。少なくとも、この幻影を生み出している相手がいることは明らかだ。
ティアナたちのことは心配だが、そんななか、フェイト一人を残してなどいける筈もない――
そう、なのはが止めようとした時だった。
聞きなれた声――後ろからの声に気がつき、なのはとフェイトの二人は一斉に振り返る。
「ほら、行くなら二人で行きなさい。戦力的にはそれでやっと釣り合いが取れるってもんでしょ?」
敵に囲まれながら、お互いを気遣う二人を見て、呆れた様子でそう言うアムラエル。
いつもなら自ら前線に出て来ることを避ける彼女が、こうして現場に姿を見せることは珍しい。
これまでバスタードの魔導師が表に出張ることが出来なかった理由に、管理局の縄張り意識の問題があった。
もっとも彼らにとって優先すべきことは、レリックでもガジェットでもない。そう、悪魔と呼ばれる災厄――並の魔導師ではどうすることも出来ないその化け物に対抗するために集められた精鋭部隊。それがADAMの本来の存在理由。
そうしたバスタードの魔導師、戦士の中でも、特に強大で異質な力を持つアムラエルは、彼らにとって切り札のような存在だった。
不用意に彼女の力が衆目の眼に晒されれば、ここぞとばかりに管理局が圧力をかけて来ることは想像に難くない。
オーバーSランクの魔導師の活動は、特にこのミッドチルダでは制限されているからだ。
それぞれが一軍に匹敵するほどの高い戦闘力を有し、一般人は愚か、並の魔導師を寄せ付けない圧倒的な存在。
それが――『Sランク』と言う称号を持つ高位魔導師。
ミッドチルダでは、特にそうした高位魔導師の魔法の使用には、厳しい審査や制限が設けられていた。
ADAMも、独自の権限を与えられている独立部隊とは言え、ミッドチルダに居を構える部隊。
ここが彼らの世界である以上、管理世界の規則や法に従う必要がある。
そんな中、アムラエルの存在は特に目立つものだった。未知数と言ってもいい強力な魔力を有し、SSランクの魔導師二人分以上に相当する高い戦闘力を有する驚異的な存在。管理世界広しと言えど、これほどの実力者――両手で数えるほどもいないだろう。
管理局と言えどAAAランクを超える魔導師は全体の約五パーセントに満たない。
更にオーバーSランクの魔導師ともなれば、その中から更に限られたものに限定される。
そうした者たちすら凌駕する存在――それが、アムラエルの真の実力だった。
いくらアムラエルがそうした規律に縛られない自由な存在、シーラの後ろ盾があるとは言っても、そう何度も彼女のような力を持つ者を、この管理世界、特にミッドチルダで実戦投入出来る筈もない。
管理局が取り込みたいと思っている存在であり、頼りにしている力であると共に、もっとも危惧する存在のひとり――それが彼女だ。
だからこそ、彼女が管理世界で戦闘を認められるには、ある条件が提示されていた。
それこそ、ADAMの『切り札』と彼女が称される本当の理由。
なのはとフェイトも、その条件を知っている。だからこそ、ここでアムラエルが出て来た理由を考え、息を呑んだ。
「アムちゃん……でも、いくらアムちゃんでも一人じゃ」
「南東の防衛ラインは、はやてや守護騎士たちが抑えてくれてる。あとはこっちをなんとかすればいいだけでしょ?
はやてと守護騎士たち、それになのはとフェイト、わたし一人との戦力比。あなたなら、分かってるでしょ?」
「それは――」
アムラエルの実力は、彼女の強さを間近で見てきた、なのはやフェイトが一番よく分かっている。
純粋な戦闘力だけで言えば、自分たち二人掛かりで、ようやくアムラエルの力に拮抗できるかどうか?
――それほどの差があることも理解していた。
しかし、それが分かっていても、心配する気持ちに変わりはない。
アムラエルが前線に出て来たと言うことは、彼女でなければ対応が難しい深刻な問題が生じたと言うこと――そう、アムラエルを実戦投入せざる得ない“危険”が、迫っているということに他ならない。
「まさか――」
「行きなさい……正直、足手まといなの。巻き込まれたくなかったら、すぐにここから離れなさい」
周囲を飛び交うガジェットを次々に落としながらも、アムラエルの眼は目の前のガジェットに向けられていないことにフェイトは気付く。
彼女の視線は、次々に増援のガジェットが向かってくる先――遥か北西の海上に向けられていた。
先程まで大量のガジェットに驚き、察することが出来なかった気配。ガジェットに紛れ、集中しなければ気付かないほど微かなものだったが、人の放つ気配とは思えない禍々しい邪気をフェイトは感じ取る。
訓練で幾度となくアムラエルと対峙した時に感じていたものと同じ、高次元に存在する者、上位種に対する恐れ――
人とは違う何かが、あそこにいる。そのことを感じ取り、フェイトは表情を強張らせ、息を呑む。
緊張を募らせるフェイトに釣られ、なのはもアムラエルの視線の先を見て、唾を飲み込んだ。
「これって……」
「行こう……ここはアムに任せて」
「フェイトちゃん……」
「わたしたちがいたら、アムが全力で戦えない。わたしたちは、わたしたちのやるべきことをしよう」
「…………うん」
フェイトの言いたいことは分かる。だから、なのはも頷くしかなかった。
「アムちゃん、わたしアムちゃんが負けるはずないって、そう信じてるから――」
「誰に言ってるの? わたしの心配をするなんて百年は早いわよ。早く、行きなさい」
徐々に小さくなっていくアムラエルの背中を一目見ると、二人はティアナたちの待つ廃棄区画へと急いだ。
その場に不安を残しつつも、ただアムラエルの勝利を信じて――
「そう、わたしが負けるはずがない。負けるわけにはいかない――兄さんを奪った“悪魔”なんかに」
光り輝く二対の翼――アムラエルのデバイス『ノルン』が産声を上げ、その力を解放する。
デバイスを介し、時の庭園に設置された魔力駆動炉から送られてくる膨大な魔力。
光り輝く魔力の奔流――神々しくも力強く、見る者すべてを魅了する天使の再臨。
普通の人間なら取り込みきれないほどの強大な魔力をその身に宿し、元の姿を取り戻したアムラエルが静かにその場に佇んでいた。
「邪魔……消えなさい」
腕を一振り――横に薙ぎ払った、ただそれだけの行動。
真の姿を見せたアムラエルの力は、その挙動ひとつひとつが神の奇跡と化す。
アムラエルが手を払った。その動作だけで、一瞬にして目の前に展開されていた数十、数百を超えるガジェットが姿を消していく。
彼女にとって、幻影、実機の区別など関係なかった。
ADAM司令室。ラーズは重厚な椅子に腰掛け、真剣な眼差しで、モニタに映し出される戦闘の情勢を見守っていた。
「――ガジェットT型、予測進路を取り、北西、南東方向より多数出現。地上部隊と交戦に入りました」
「引き続き、敵の動きのチェックを――管理局の陸士部隊と連絡を取って、市街地付近の住民の避難を優先して下さい」
「了解。――陸士108部隊が応援要請に応じてくれました。こちらの指示に従って下さるそうです」
通信士ルキノ・リリエ、そして同じく通信士のアルト・クラエッタの報告を聞いて、安堵の表情を浮かべるシェラ。
陸士108部隊――ギンガがADAMに出向する前にいた部隊だ。彼女の父親、ゲンヤ・ナカジマが部隊長を務める部隊でもある。
すでに住民の避難誘導に出向いてくれていることからも、ADAMから応援要請が行く前から準備を進め、自己の判断で出動してくれていたということだろう。さすがにギンガ、それにスバルの父親と言ったところか? その柔軟性と決断力の早さには、シェラも一目置いていた。
縄張り意識の強い内向的な管理局の地上部隊の中でも、ゲンヤの部隊『陸士108部隊』はそうしたしがらみに囚われず、冷静で適格な判断をすることで定評がある部隊だ。
彼らはゲンヤの思想の下、管理局の権威や誇りなどと言ったものよりも、管理局員として本来あるべき姿、民間人の安全と生活を守ることが何よりも重要だと考えていた。
ADAMに協力するのも、自分たちの本来の任務を全うする為にも、協力し合った方が、より確実だと理解しているからに過ぎない。
仮に、ADAMのやり方に納得が行かなければ、彼らはどんなことがあっても協力などしてくれないだろう。
――とは言っても、こうした考え方の出来る者は、まだ少ない。
長年培ってきた習慣や、風習。そして「管理世界の平和を守っているのは自分たちだ」と言う誇りと自尊心。
そうした考えが、後から出来た部隊、管理外世界の助けなどいるものか――と言う、彼らの態度をより硬直させていた。
そう言う意味では、ゲンヤの考え方、彼の部隊のあり方がある意味で特殊な存在だと言える。
ギンガ、スバルのことを抜きにしても、ミッドチルダの平和と秩序を守る、民間人の安全を守ると言った観点に立った場合、彼らは言わずとも協力してくれるに違いない。その確証が、シェラにはあった。
どちらにしても、これだけの数のガジェットを相手にしながら、民間人の避難誘導にまで人員を割くことは難しい。
僅かとは言え、協力してくれる部隊があるのなら、今はその厚意に甘えておこう――そう、シェラは思う。
「空はアムラエルとはやてたちが、陸は管理局の陸戦魔導師とバスタードの精鋭たちが抑えてくれています。
聖王教会の騎士たちと協力して、管理局の陸士部隊が民間人の避難誘導を進めてくれているようですし、最悪の事態は回避出来るかと――」
「問題はあの少女と、レリックの方か……」
「ヘリへの搭乗は完了したそうです。それに、“彼”も一緒とのことですから――」
ラーズの危惧する点はシェラも承知していた。こう戦闘区域が広がっていては、戦力を分散せざる得ない。
最悪の事態を考えて、各要所にバスタードの魔導師、戦士も配置してはいるが、数で劣るADAMの戦力ではカバー出来る範囲も高が知れている。
酷な様だが、ティアナたちに踏ん張ってもらう以外に手はなかった。
ティアナたちの応援に向かってくれたと言うリインフォースや、それに不安は残るが、少女のことは彼――D.S.に任せるしかない。
D.S.のことは実力だけなら、ここにいる誰よりも信頼しているラーズだったが、気まぐれなその性格と予想だに出来ない行動力には不安を抱えていた。
更に一番問題となっている北西方面――シェラの予知から最悪の事態を想定して、アムラエルに向かってもらったラーズだったが、現場に降り立ったアムラエルの表情からも、その危惧が思い過ごしなどではなかったことに気付く。
最悪の場合、バスタードに応援を要請し、自らも現場に赴かねばならない事態に発展する可能性も考慮しなければいけない。
そんなことを考え、ラーズは握り締める拳に強く力を込めた。
「市街地に新たな熱反応出現――でかい!! 推定SS――」
「「――!?」」
通信主任シャーリーの、悲鳴にも似た声が司令室に響く。
推定SS――それが、どれほど強大な力かを知っているルキアとアルトは、目を見開いてその熱反応の斜線上を追った。
熱反応の先にあるもの――D.S.と少女、それに少女の手当てをするために同乗しているシャマル。彼らの搭乗しているヴァイスのヘリを見て、三人の通信士は苦悶の表情を浮かべる。
「まさか――」
ルキアの想像通り、その強大な魔力反応はヘリを狙っていた。
なのはとフェイトも現場に向かっているが、間に合いそうにない。
他の魔導師たちは全員、ガジェットの応戦に手一杯の状況で、助けに入る余力など残ってなどいない。
ましてや、すでに攻撃態勢に入っている敵とヘリの間に割って入るなんて芸当、並の魔導師は愚か、高位魔導師でも可能かどうか――
状況は絶望的だった。数秒後に迫る最悪の結果が頭を過ぎり、シャーリーたちは顔を真っ青にする。
「心配ないさ」
「え……?」
三人を安心させようと思ったのか? ラーズは微笑みながら、自信たっぷりにそう断言した。
アルトがラーズの声に反応して、思わず呆けてしまうが、その気持ちは他の二人も同じだった。
どう見ても、誰の目にも明らかな絶望的な状況。この状況を覆す方法など、彼女たちにはイメージ出来ない。
しかし、ラーズだけでなく、落ち着いた様子のシェラを見て、三人は困惑の表情を浮かべる。
「――大丈夫。彼が守ってくれる」
「……彼?」
シャーリーには、シェラの言う、その“彼”と言うのが誰なのか分からない。それは他の二人も同じだった。
しかし、ラーズとシェラには確信があった。
例え何があろうと、少女もシャマルもヴァイスも、そしてヘリも、無事であると――
シャーリーたちの不安を他所に、無慈悲にもヘリに向けて放たれる巨大な砲撃――
光に包まれ、視界が閉ざされていくモニタを、ただ呆然と見守ることしか、彼女たちには出来なかった。
ルーテシアにとって、予想外の実力を有していたティアナたち――
エリオも決して油断をしていた訳ではないが、ルーテシアが苦戦を強いられた理由を、その戦闘から噛み締めていた。
保有する魔力、技術、それに裏付けられた戦闘力――全てにおいて自分たちの方が勝っていながら、倒しきることが出来ない。
ルーテシアのガリューを退け、示したその実力はまぐれでもなんでもない。これが、ティアナたちの実力なのだと、エリオはその力を認めていた。
このままやって勝てないことはないだろうが、こうしている間にも管理局の応援が駆けつけてくる可能性もある。
そのことを危惧し、エリオは逃げるタイミングを計っていた。
ここで管理局に捕まってしまえば、ルーテシアの願いも、ゼストの思いも、そしてそんな二人の願いを叶える手助けをしたい――そう思い、武器を取った自分の意志すら、ここで途絶えることになる。
それだけはなんとしても避けなくてはいけない――
エリオは槍を持つ手にギュッと力を込め、僅かな距離を取って対峙するティアナたち三人の魔導師を睨みつけた。
「…………」
ティアナにも焦りが見える。このまま消耗戦を続けていても、自分たちの方が負ける可能性が高いと言うことに気付いていたからだ。
ジャミングが酷く、上は混乱しているのか? 微かに話が聞き取れる程度で、連絡を取ることが出来ない。
このまま応戦していても、増援を見込める確証がない以上、無茶な行動は取れない。
何より重要なのは、目の前の敵を倒すことでも捕らえることでもなく、レリックを確保することだと――
ティアナはそのことだけを考え、逸る気持ちを抑えつけていた。
僅かな隙さえあれば、レリックの入ったケースを奪い、逃走すると言う手もあるのに――だが、現実はそう甘くはない。
相手の実力を考えれば、その隙を作るだけでも至難の業だと言わざる得ない。そのことは、ティアナにも分かっていた。
悔しいが、目の前の子供二人に比べ、自分たちの力がずっと劣っていると言う事実は、認めざる得ないとティアナは思う。
だが、以前のように、そのことに対する憤りはなかった。自分でも、驚くほど冷静でいられることに、ティアナは苦笑を漏らす。
前の自分なら、この二人の持つ才能に嫉妬し、彼我の戦力も考慮せず無鉄砲な行動に出ていたかも知れない。
その自覚はあった。しかし――今は頼れる仲間、信じてくれる相棒がいることで不安など何もない。
如何にして、その仲間の信頼に応えることが出来るか? ティアナは、そのことだけを考える。
任務はレリックの確保。きっとギンガとスバルも同じことを考えているはず――
ならば――そう、ティアナが考えをまとめた、その時だった。
「――なっ!?」
――ドゴオオォン!! 轟音と共に瓦礫と土埃を巻き上げ、落ちてくる天井。
エリオは突然、天井をぶち抜いて現れたリインフォースに驚き、意識をそちらへと向けた。
「――穿(うが)て、ブラッディーダガー」
リインフォースの手より放たれる無数の短剣。エリオはその攻撃を回避しようと、軽い身のこなしでバックステップを取る。
だが、その隙を待っていたとばかりに一斉に駆け出すティアナ、スバル、ギンガの三人。
さすがのエリオも、リインフォースに気を取られ、反応が遅れた。
四方向からの波状攻撃――そう見越したエリオは地面を蹴り、ルーテシアの方へと駆け出す。
「――させないっ!!」
交錯するほんの一瞬――スバルの攻撃がルーテシアに向けられたものだと察し、前に出て防御態勢を取るエリオ。
だが、スバルはそんなエリオの横を何もせず素通りし、その注意を引き付ける。
「――まさか!?」
目で追っていたスバルがフッと姿を消し、それが幻影だと察すると、エリオは慌ててその視線をルーテシアの方へと向けた。
左右から交差するように、ルーテシアへ迫るギンガとスバル。
ルーテシアも、まさかそのスバルが幻影だと思わなかったのか? 後ろから迫る二人に反応が遅れ、苦悶に満ちた驚きの表情を浮かべる。
間に合うか――咄嗟の判断で、速度を上げ駆け出すエリオ。
巻き上げられる瓦礫と粉塵――ギンガ、それにスバルの放った一撃が、ルーテシアのいた地面を吹き飛ばした。
「ぐ――っ!! 逃げるよ、ルー!!」
「エリオ!?」
ルーテシアの盾になり二人の攻撃を食らいながらも、エリオは爆煙に紛れ、ルーテシアを抱えながら地上へと飛び出していた。
逃げるなら今しかない――リインフォースが現れたことで彼我の戦力差も覆った今、チャンスはこの一度しかないと、エリオはあの一瞬で判断し、行動に出た。
「あ――」
子供とは思えない冷静な判断力、そして引き際の良さ、どれを取っても十歳の子供だとは思えない。
単に才能だと片付けられないエリオの実力を目にし、ティアナは複雑な心境だった。
あんな子供が、これだけの力を身に着ける必要があった理由。身に着けるまでに至った経緯を考えるだけでも、嫌な想像しか浮かんでこない。才能があるとは言っても、それだけでは宝の持ち腐れ、ただの原石にしか過ぎない。
しかし、エリオもルーテシアも、単に才能だと片付けられないほどの高い実力を有していた。
ここまで努力して、今の力を身に着けてきたティアナだから分かる。
少なくともあの二人の力は、単に才能があると言うだけのものではない。血の滲むような努力と覚悟、それに見合うだけの経験と意志があってこそ、はじめて身に着くものだと、そんな確証がティアナにはあった。
ルーテシアの強大な魔力。それをコントロールし、召喚魔法をあそこまで自在に操る知識と高い操作技術。
エリオの卓越した槍術に、実戦慣れした判断力と、高い近接能力。何れも、一朝一夕で身に着くものではない。
リインフォースが割って入ることもなく、あのまま戦い続けていれば、自分たちの方が負けていたと確証が持てるほどに、恐ろしい相手だったとティアナは冷や汗を流す。
「三人とも、大丈夫だった?」
「はい、助かりました」
「ティアナも、咄嗟にあの判断は悪くなかったわよ」
リインフォースは、ティアナが胸に抱えるケースに目をやり、その結果を高く評価する。
あのスバルとギンガの攻撃ですら、防御されることを考慮した上での囮だった。
素早いエリオの動きを、その場に釘付けにすることが本来の目的。ケースだけを奪いに行ったところで、エリオの邪魔が入ることは目に見えて分かっていた。だからこそ、二重三重に仕込んだ罠を張り、まずはエリオの動きを一瞬でいい。止める必要があった。
後は、二人が巻き上げた爆煙に紛れ、その一瞬の隙をついて、幻影魔法で姿を消して近づいていたティアナが、ルーテシアからケースを奪うだけ。
事前に打ち合わせをしていた訳ではない。咄嗟の判断で、これだけの作戦を思いつき、実行して見せた三人の連携力の高さには、リインフォースも素直に驚いていた。
時々、なのはから三人の話は聞かされていたが、はじめての教導官と言う立場で、浮かれているのかとリインフォースは思っていた。
アグスタの一件を見ていたこともあり、三人がそれほど高い実力を有しているとは思っていなかった――と言うのが本音だった。
しかし、あのなのはが浮かれ、自慢するだけのことはあると三人の評価を改めた。
「でも、犯人を逃がしちゃって……」
「気にすることはないわ。レリックは確保出来たのだし……問題は上の方ね」
「――え?」
「D.S.とも連絡を取れないの。それにこの気配、ノルンが起動してる……アムラエルが全力になる事態が上で起こってるってことよ」
「「「――!?」」」
アムラエルの実力を良く知っている三人だからこそ、リインフォースの言葉に驚いた。
彼女が、なのはとフェイト以上の実力を有していると言うことは、今になってみればよく分かる。
バスタードの『切り札』とまで称される彼女が全力を出さなければいけない事態――想像したくはないが、ティアナにはひとつの可能性が頭を過ぎった。
「まさか……」
「D.S.のことは心配してないけど、問題は他ね……とにかく、地上に出るわよ」
「「「――はい!!」」」
最悪の可能性――いつかは現れると思っていたが、こんなに唐突にその機会が訪れるとはティアナも思っていなかった。
上に――“悪魔”が来ている。それがティアナの兄なのかは分からない。
しかし、ADAMが発足された本当の理由。――真の戦いが、幕を開けようとしていた。
……TO BE CONTINUED