作者:193
2009/06/05(金) 00:34公開
ID:4Sv5khNiT3.
「やった――!!」
もくもくと上がる爆煙。市街の廃ビル屋上から放たれた魔力砲は、確実にヘリに直撃した。
――推定威力はSS。そのランクからも、その一撃がとてつもない物理破壊力を持っていることは想像に難くない。
例え非殺傷設定であっても、直撃を食らえば危険な一撃。ましてや、放たれた一撃は管理局の魔導師が使うような一般的な“魔法”と言ったものとは違う。ただ相手を殺し、無力化することだけを目的に作られた質量兵器。
その一撃を放った少女の手には、推定七尺はあろうかと言う無骨で重厚な砲身が握られていた。
「でも、本当によかったの? さすがに、この一撃を食らったら生きてないと思うけど?」
「心配性ね、ディエチちゃんは〜。大丈夫よ。ドクターの言うことに間違いなんて――!?」
狡猾な笑みを浮かべ、撃墜したヘリの方角を見るもう一人の少女。名はクアットロ。その名が示すとおり、少女たちの中で四番目に位置する戦闘機人だ。巨大な砲身を軽々と持ち上げるもう一人の少女、ディエチとは姉妹関係に当たる。
ドクターと二人が呼ぶ存在、スカリッティの研究のため、こうして姉妹揃って任務につくことも珍しくない。
今回もガジェットを引き連れ、大きな陽動をかけてまでヘリを狙ったのも、そのスカリエッティの研究のためだった。
D.S.とリインフォースが保護した少女。あの少女がスカリエッティの求めていた“聖王”なのだとしたら、その確保。それが無理でも、その確証を得ることが今回の任務。ヘリを狙ったのは、少女が本当に聖王の力を継ぐものなのかどうか確かめるために過ぎない。
少女が本物なら、ヘリが破壊されても、その稀少技能(レアスキル)で無事なはずだった。
だが、次の瞬間――クアットロの表情から、先程までの余裕は消えていた。
撃墜したと思われるヘリの場所。徐々に晴れてくる煙の中に、物陰が見える。
「そんな――まさか、あの直撃を受けて」
ディエチが声を上げる。自身が放った砲撃は紛れもなく全身全霊を込めた一撃だった。
本来なら跡形もなく、ヘリ諸共消し飛んでいるはず――そう、ディエチは確信していた。
パラパラパラ――ヘリのプロペラ音と思われる駆動音が聞こえてくる。
それだけで、対象が撃墜されることなく、無事であることが察せられた。
「テメエら……よくもやってくれたな。覚悟はできてんだろ――っな!!!」
晴れた煙の中、ヘリの前に浮かぶ人影。風になびく銀髪。獣のような鋭い眼光。遠巻きにも分かる鋼のように鍛えられた肉体。
二人はその男のことを”知って”いた。いや、聞かされていたと言う方が正しいのだろう。
ドクターと呼ぶその男に、もっとも注意すべき存在として知らされていた一人。――魔導王D.S.
「アイツは……!?」
「逃げるわよ!! ディエチちゃ……」
形勢不利と見るや、踵を翻し逃げようと背を向けるクアットロ。
だが、二人の居た場所に容赦なく、詠唱が終わり、D.S.の手のひらより放たれた魔法が迫る。
「――ハーロ・イーン!!!」
先程、ディエチが放った砲撃とは比べ物にならないほどの巨大な白い閃光が、廃墟となったビルごと二人を飲み込んだ。
次元を超えし魔人 第47話『契約者』(STS編)
作者 193
「……まさか、あなたが生きてるとは思いもよらなかったわ」
「誰かと思ったら、ウリエルくんの妹君じゃないですか? てっきり、D.S.に食べられて死んでしまったと思ってましたが?」
「それはこっちのセリフよ!! ――コンロン!!」
おびただしいほどのガジェットの残骸が沈む中、海上には完全な姿を取り戻したアムラエルと、一人の悪魔の姿があった。
その悪魔から感じられる禍々しい邪気。それが尋常なものでないことは間違いない。
苦々し表情を浮かべ、過去のことを思い出しながら、憎しみをこめてその名を呼ぶアムラエル。
天使を冒涜し、卑怯な手で兄を汚した最も憎むべき悪魔――子爵、コンロン。
D.S.に殺されたと思っていたはずの男が目の前に現れたことで、アムラエルは動揺を隠し切れない。
それを察しているのか、コンロンは余裕の態度を崩さず、饒舌に言葉を交わし、その醜い口元に狡猾な笑みを浮かべる。
「ウリエルの仇……今度こそ、その存在のすべてを永久に消滅させてやるわ」
「消滅だなんて、淑女が口にするもんじゃない。これでは、育ちが窺い知れますね」
「黙れ――っ!!!」
アムラエルの拳がコンロンの頭を捉える。全力を取り戻したアムラエルの一撃。
それは爵位を持たない低位の悪魔程度なら、一撃で消滅するほどの破壊力を持つ。だが、魔導師のSランク相当に匹敵するその一撃を、コンロンはかわすこともなく、指先ひとつで止めて見せた。
薄っすらと浮かび上がる幾重にも張り巡らされた結界。それがコンロンが持つ呪圏なのだと分かる。
「まさか、このジェントルメンたるわたしに、羽虫の如き天使が勝てると?」
「そんな――」
アムラエルが驚くのも無理はない。いくらコンロンが爵位を持つ上位悪魔族だとしても、子爵級程度の力で今の一撃を防ぎきれるはずもなかった。ダメージを食らうならまだしも、指先ひとつで防ぐなど、現実にはありえない。
魔力駆動路から魔力の供給を受けている今のアムラエルは、全盛期を上回る力を発揮している。
天使の階位で言えば、全盛期のアムラエルでさえ、九位階中第五位に相当する力を持っていた。
現在の最大出力は、それすらも上回ることが出来るとアムラエルは自信を持っている。
天使の奇跡、そして人間の持つ魔法と科学の力。それらを併せ持つ今のアムラエルは、ただの天使ではない。
それが――大した触媒も持たず、この世界に現界していることすら難しい悪魔に劣るなど――不可解でならなかった。
「納得がいかない……そんな顔をしてるね」
「……あんたたち悪魔が現界していられる理由。触媒としては考えられることがいくつかある。その力……あんた何人食ったの?」
「――!? ほう、なかなかに鋭いじゃないか。思ったより、頭がいいようだね?」
「この世界には、魔導師と呼ばれる特に質の高い霊質を持った人間がたくさんいるわ……。
現に、ここ数年でちょっとした数の魔導師が姿を消している」
「そこまで分かっているのなら、わたしに聞かずとも、予想はついているのではないかね?」
コンロンが生きているとはアムラエルも思わなかった。しかし、悪魔がこうして現界している今――
管理局の目をも欺き、魔導師ばかりが行方不明になっている現状を考えれば、自ずと導かれる答えは決まっている。
「あなたたちと契約した人間。協力者がいるわね……」
アムラエルの言葉に、コンロンは理想の回答を得たとばかりに、嬉しそうに微笑んで返す。
元来、アストラル界の住人である悪魔や天使が、主物質界に干渉するには召還や転生など一定の条件の下で物質化(マテリアライズ)する必要性がある。仮になんの触媒も介さず霊体のままで力を行使すれば、膨大なエネルギーの損失を招き消滅の恐れがあるからだ。
アムラエルはその触媒として、D.S.との霊的繋がりを得ることで、使い魔としてこの世界に現界し続けることが出来ている。
それでも、ある程度の階位を持つ天使を召還すると言う行為は、術者への負担も大きく、普通であれば長きに渡って現界させられるものではない。そこは、D.S.の非常識さあってこそと言うものだが、普通であれば不可能だ。
D.S.と同程度の魔導師を見つけてくれば可能かも知れないが、それは現実的ではないし、不可能と言っても間違いないだろう。
ならば、悪魔はどうやってこの世界に留まっているのか?
答えは簡単だ。耐えず餌となる“人間”を得ることで、その力を維持しているとアムラエルは考えていた。
それも上質の餌だ。魔導師と言う、天使にとっても、悪魔にとっても、最高の霊質を兼ね備えた最高の餌。
しかし、不可解なことは他にあった。
見知らぬ世界。不慣れなのは、何も自分たちだけではない。
悪魔とて、状況は同じはず。なのに、管理局に足取りをこうまで捕まれることなく、隠し通せているのは何故か?
考えられる答えは、ひとつしかない。
彼ら悪魔と取引きし、契約を交わした何者かがいる。
その何者かが魔導師と言う格別の餌をを与える代償に、悪魔たちに働きかけている。
――アムラエルはそう考えていた。
「スカリエッティ――いえ、最高評議会。彼らが、あなたたちの雇い主ね?」
「……それは彼の入れ知恵かね?」
「D.S.も気付いているでしょうね。でも、これはここまでのことから推測しただけよ。
ここ数年で行方不明になった魔導師の数が余りに多い。
それなのに、管理局が足取り一つ、この管理世界で捉えることが出来てないなんて――なんかおかしくない?」
まして調べてみれば、行方不明になっている者は、管理局に決して従順だったと言える魔導師ではなかったものばかりだ。
件のティーダ・ランスターも、その正義感から、上層部とよく意見の食い違いで口論になっていたと言う話を聞いていた。
そしてそれらの人物で共通している点は、戦闘機人、最高評議会、スカリエッティ、そして古代ベルカに関わるロストロギア。
この何れか、もしくはすべてに関わり、調べていた優秀な魔導師や執務官たちだ。
「わからない方が無理ってものでしょ?」
「確かに……しかし、その仕業が悪魔などと気付くものは少ない。
そして、その悪魔の存在を知るや、悪魔の力をも取り込もうと人は考える。
人間とは実に欲深く醜い、愚かな存在だと思わないかね?」
コンロンの言うことはわかる。こうして人の中で生活するようになってから、アムラエルにも思うところがあった。
だがそれでも、今となっては神の下した命のように、人間すべてを滅ぼすことが正しいこととは思えない。
「その人間に味方するキミも矛盾してるとは思わないかね? 神の決定に逆らっているのだよ。キミは!?」
人は愚かしい存在だと――
人は滅びるべきだと――
人は存在することこそが罪だと――
ならば、そんな愚かしい人を、罪深き人間を、お創りになられた神の言うことは、本当に正しいのだろうか?
全能たる我らが主。この宇宙で最も尊ぶべき御方でありながら、アムラエルは疑問を抱かざる得なかった。
「そう――矛盾してる。背信行為と取られてもおかしくない……
そう言う意味では、わたしもとっくに堕天していてもおかしくないのかも知れない。
こうして、まだ天使の側にいられるのは、神の思し召しか、D.S.の使い魔になったからか、分からない。
でも、わたしは確かに、神の言うことに疑問を抱いているわ」
「フ――」
アムラエルの回答に満足したのか、邪な笑みを浮かべるコンロン。
彼ら悪魔にとって、神とは崇拝すべき存在ではない。脆弱な人間に地上を与え、愛を注ぎ、それまで甲斐甲斐しくも付き従ってきた自分たち天使を、地の底へと追いやった神を――彼らは認めない。
故に背信者。神に、光に背きし者として、堕天使、悪魔と人々に恐れられる。
だが、それを彼らは誇りに思っていた。むしろ盲目なまでに神の意に付き従う天使たちの方が、彼らには不可解でならない。
その天使から、神を否定する言葉が聞けたことで、コンロンはその表情を愉悦で満たす。
だが、その否定的な言葉とは裏腹に、アムラエルの意思は最初から、何一つ揺るいでいなかった。
コンロンを見据えるまっすぐな瞳。それは、憎しみと悲しみを同時に含む、深い色を滲ませる。
ただ一つの目的のために――強い、輝きを放ち続けていた。
「でも、だからと言って、わたしはあなたを、悪魔を許すことは出来ない。
あなたたちの言っていることも理解は出来るけど、納得は出来ない。
ウリエルのためにも、そして大切な友達のためにも、コンロン……わたしは必ずあなたを倒すわ」
「――!?」
アムラエルの意思に呼応するかのように背に広がる目映い羽。二枚の羽が四枚へと別れ、その神々しさを増していく。
さすがのコンロンもこれには驚いたのか、目を見開いて声を上げた。
アムラエルに向かって流れ込む膨大な魔力の渦。すでに魔導師ランクなどと言うものでは推し量れないほどの量の魔力が、アムラエルに注がれている。
「これは……」
アムラエルの右手に収束していく光が、棒状の武器を形成していく。
天使たちの最高位『熾天使』には及ばないまでも、その力はコンロンを大きく超えていた。
「そ、そりは――神槍グングニル!?」
彼女の兄――ウリエルが持つ本物のグングニルは恒星をも打ち砕くと噂される。まさに熾天使が持つに相応しい最強の神器だ。
アムラエルの持つグングニルは、魔法科学の粋を集め、アムラエルの力を受け止められるように調整された槍状のデバイス。
本物のグングニルには遠く及ばない模造品なのかもしれない。
しかし、それでも――
「ウリエル……力を貸して――プラズマ・ストライク!!」
アムラエルの手から放たれたグングニルが、一条の光となってコンロンへと迫った。
大気が揺らぎ、コンロンを中心に目も眩む巨大な光が広がる。
雲が消し飛び、海が割れ、その衝撃がアムラエルの放った槍の威力を示しているかのように世界を震撼させた。
「すごい……これがアムちゃんの本当の力……」
「ダーシュの方も問題ないみたい。むしろ、あっちを狙った子の方に同情するかも……」
光で何も見えなくなっている海上を、ぼーっとした表情で見詰めるなのは。あそこに留まっていたらと考えると、ゾッとしない考えがなのはの頭をよぎる。
その一方、ヘリの方に駆けつけたなのはとフェイトの二人が目にしたのは、無事なヘリの姿と――
その後方に見える何か、凄い衝撃で削り取られたかのような廃ビルの無残な姿だった。、
海へと繋がる数キロに渡って吹き飛ばされた地殻に水が流れ出し、即席の川を形成していた。
地図をも変えてしまうほどの破壊力を秘めたD.S.の魔法の凄まじさに、フェイトは背筋を凍らせる。
これでは、ヘリを狙ったと言う犯罪者の方も無事とはとても思えない。
「D.S.――敵はどうしました?」
「チッ――逃げられちまった。直撃を食らう直前に、なんか素早いのが飛び出していきやがった。
敵にしては判断が悪くねーな。そっちは?」
「すみません。逃げられました……子供にしては随分と戦闘慣れしていて、手強い相手かと――
それよりも、さっきの衝撃は?」
同じく、エリオとルーテシアを退けたリインフォースがD.S.に合流していた。
後ろにはティアナたちの姿も見える。とりあえずの報告を終えると、リインフォースはD.S.から質問の回答を得て声を上げる。
「こっちじゃねーな。アムラエルが例のを使ったみてーだ」
「まさか――それじゃ、あちらには悪魔が!?」
「……みたいだな」
D.S.の視線の先には、疲れきった様子でフラフラと飛んで戻ってくるアムラエルの姿が見えた。
先程の衝撃といい、アムラエルの遭遇した相手が尋常ではないと言うことは明らか。
そのことは、今のアムラエルの状態からも窺える。悪魔の危険さは嫌というほど聞かされていたリインフォースだったが、それでも予想を遥かに超えると思われる悪魔の力に危機感を募らせていた。
アムラエルの実力をその訓練からよく知っている他の面々も、アムラエルの消耗を見て驚きの表情を浮かべる。
あれほど圧倒的な実力を示し、敵など存在しないとすら思えていた彼女ですら、ここまで追い詰められるほどの敵――
そしてその相手が、兄の仇なのだと考え、ティアナは逸る気持ちを抑え、唾を飲み込んだ。
「ごめん。グングニル、壊しちゃった……」
「それはいいのですが……アムラエル、大丈夫ですか? それに敵は?」
破損した槍上のデバイス、グングニルをリインフォースに見せ、申し訳なさそうに謝るアムラエル。
このデバイスを作る折に、彼女の持つベルカの知識を借り受けていたので、こんな結果になったことに少し負い目を感じていた。
だが、そんなことよりもリインフォースはアムラエルの体の方が心配なのだろう。
すでに元の姿を維持することも難しいのか? 子供の姿でヨロヨロと歩くアムラエルに駆け寄って、「怪我をしていないか」と心配して声を上げる。
それに、アムラエルをここまで追い詰めた敵――悪魔の件もあった。
さすがにあのグングニルを使って生きているとは思えないが、そうでなければ警戒を強める必要がある。
「ごめん、逃げられたぽい。でも、深手は負わせたから、しばらくは動けないと思う……」
少し悔しそうにそう語るアムラエルの言葉に、あまり余裕がないことにリインフォースはすぐに気付いた。
グングニルは文字通り、アムラエルの奥の手だったはず。それで倒しきれなかったと言うことは、アムラエルにも分かっているのだろう。
今の自分では、その悪魔を倒せないと言うことを――
「たくっ――帰るぞ」
「ちょ――D.S.!! ひとりで歩けるってば」
「フラフラしてるヤツが言うセリフじゃねーだろ。オレ様は腹が減ってて一刻も早く帰りてぇんだ。
大人しくしてやがれ」
「う……」
D.S.の脇に抱えられて納得いかないのか? 文句を垂れるアムラエル。
そんな二人を微笑ましそうに見守り、リインフォースも後を共にする。
置いてけぼりを食らったような感じで、目を丸くしながらも、いつもの調子で「仕様がないな」と言葉を漏らすなのはとフェイト。
これだけの戦闘があったにも関わらず、ガジェットの市街地への進入は魔導師たちの活躍で阻まれ、被害も最小限のものに留まっていた。
ただ、アムラエルにも、そしてティアナたち新人魔導師にも、苦しい課題が残されたことは語るまでもない。
――あれから、三日の時が過ぎた。
保護された少女の名も知れぬまま、彼女はまだ聖王協会管理下の病院で眠り続けている。
検査の結果、高い魔力反応は見られるものの、それも至って子供の範疇。特に危険なものではないと判断され、今は一般病棟に身柄を移されていた。
ただ少女の病院での監視と警護を任されたシャッハには、気掛かりなことが一つあった。
「人造魔導師……こんな幼い少女が……」
――人造魔導師計画。人間に対して外科的な処置を施し、強力な魔力や魔法を行使出来るようにすると言うもの。
その成功率の低さからコスト面などで採算が合わないことや、倫理的な面も問題とされ、禁忌とされた技術だ。
彼のスカリエッティが提唱し、プロジェクトFを得て、後に人造魔導師計画、戦闘機人へと技術を昇華していった。
フェイトの過去も知っており、そしてそれなりに彼女たちとの親交も深いシャッハに取って、未だにそのような非合法な実験で生み出された少年少女がいると言う事実は、心を痛めるに十分な内容だった。
「シスター!!」
病院の看護婦と思しき女性が慌てた様子で、シャッハのことを見つけるや駆け寄ってくる。
息を切らせているその様子からも、先程までシャッハを探して走り回っていたのだろうと言うことが窺い知れた。
「一体、どうしたんです?」
「はあはあ……はい、あの子が――」
件の少女が病室からいなくなった。申し訳なさそうに話す看護婦を背に、シャッハは走り出していた。
――どこに?
危険がないと言う検査結果は受けているが、それは通常の子供であればと言うこと。
その少女がどんな能力を隠し持っているか分からない現状では、安易に安全と判断する材料にはなりえない。
シャッハは少女が行きそうな場所を探し、病院中を駆け回る。
「はあはあ……どこに?」
そんな時だった。ふと目にした病院の中庭。ふわふわとした金色の髪に、特徴的なオッドアイの瞳。間違いない――探していた少女だ。
そう確信したシャッハの目に、少女の目の前にいるもう一人の男性が目に入った。
件の少女と睨みあっている一人の男。さらさらとした銀髪に二メートルはあろうかと言う長身。鋼のような肉体。
一目で、それがD.S.だとシャッハには分かった。この姿のD.S.に直接あったことがあるわけではないが、聞いていた特長とも一致する。
シャッハの目には、その様子からもすでに少女とD.S.の間に一触即発の空気が流れているように見えた。
少女がどんな力を隠し持っているのか不明だ。しかも、ここで戦闘になれば、D.S.の無茶苦茶さは聞いている。
病院だけでなく、この周囲にもどれだけの被害がでるか分からない――とシャッハは考えを巡らせ、顔を青ざめた。
「――ヴィンデルシャフト!!」
即座にデバイスを戦闘モードに移行し、二人の間に転移するシャッハ。
シャッハの使った跳躍系と呼ばれる魔法は、ゲートを介し次元を渡り歩く大規模なものから、このように壁や建造物などを潜り抜け、一瞬で短い距離を詰める瞬間移動のようなものまで存在する。
特にシャッハはこの移動系魔法が得意で、その錬度において専門家をも凌ぐと周囲から絶賛されるほどのものだった。
確かに見事な瞬間移動だった。D.S.も反応が遅れるほど素晴らしい移動術だったのだが、それに驚いたのか、武器を構えてみせるシャッハの目の前で、少女は尻餅をつき、泣き出してしまう。
「え――? ええ!?」
「たく――ほら、テメエはどいてろ」
「きゃっ!! どさくさに紛れて、どこを揉んでるんですか!?」
おっぱいを鷲掴みにされて、横に追いやられると、先程までの緊張はどこにいったのか? 顔を真っ赤にして声を荒げるシャッハ。
それを見てか、少女の泣き声も収まっていた。
ぴったりとD.S.の脇に張り付き、シャッハの方を興味津々に見る少女。
「ええっと……」
「……ヴィヴィオ」
「……え?」
「ヴィヴィオ」
どう反応していいか困っているシャッハに、自分の名前を繰り返し語って聞かせる少女。
少女の反応に、シャッハは毒気を抜かれる。
先程までの自分の警戒はなんだったのかと、大きくため息を吐くと、シャッハは少女の声に続けて腰を落とし、自身の名前を語って聞かせた。
「わたしはシャッハ。シャッハ・ヌエラよ? 驚かせてしまってごめんなさい。ヴィヴィオ」
「うん」
照れているのか? 無愛想ながらも頬に赤みを染めて頷くヴィヴィオを見て、シャッハは思わず胸が高鳴るのを感じた。
病室に戻るようにヴィヴィオに促すシャッハだったが、D.S.と離れるのを拒み、手を離そうとしないヴィヴィオの思わぬ次の一言に、シャッハは表情を凍らせる。
「パパも一緒」
「パ……パ?」
「…………」
シャッハは恐る恐るD.S.の方を見るが、D.S.も困っているのか? 何も言わず大きくため息を吐いていた。
どうしてこんなに懐かれたのかはD.S.にも分からない。しかし、ヴィヴィオが病室を抜け出したのも、D.S.が来ることを察していたからのような節があった。
病室に真っ直ぐに向かったなのはたちとは別に、D.S.はいつもの通り、惰眠を貪ろうと中庭に向かった。
そこで待ち構えていたのが、目を覚ましたばかりのヴィヴィオだ。
D.S.を待ち受けていた言わんばかりに、近寄って離れようとしないヴィヴィオ。
ちょうどシャッハが目撃したシーンは、そんなヴィヴィオをD.S.が言い含めようとしていた場面だったと言う訳だ。
「えっと……とりあえず一緒に病室に行ってもらえますか?」
このままではヴィヴィオがまた泣き出しかねない。誰に似たのか随分と強情な性格のようだ。
ここはD.S.に頭を下げて、病室までヴィヴィオを連れて来てもらう方が懸命だと、シャッハは涙を飲んだ。
カリムに「彼に貸しを作ってはダメよ」と注意されていたのを思い起こしながら――
その噂は瞬く間に広まった。D.S.がヴィヴィオに『パパ』と呼ばれているらしいと――
「それで、これですか?」
「みたいです」
リインフォースが呆れ、なのはが溜息をつくのも分からなくはない。今、ADAMの食堂では、ちょっとした見世物が展開されていた。
ヴィヴィオに詰め寄って、なんとか自分のことを『ママ』と呼ばせようと企てる面々。
言わずとも分かるが、アリサ、フェイト、アリシア――の件の少女たちだ。ここにすずかもいれば、加わっていたかも知れない。
アリサは、「ルーシェのためじゃないわよ! ヴィヴィオが可哀想だと思って」などと言っているが、フェイト、アリシアと同じく目が血走っている。
件のヴィヴィオはと言うと、ビクビクと震えながら、D.S.の後ろに隠れたまま出て来ようとしない。
普段は女性にこれだけ言い寄られれば、「D.S.さまは四人まで同時にOK」とか言いながら大張り切りのはずのD.S.も、疲れきったかのような表情を浮かべていた。
幸い、一緒に騒いでいそうなアムラエルは、グングニルの修理のためにプレシア、リニスと時の庭園に篭っている。
かと言って、毎日のようにこんな騒ぎを周りで繰り返されたのでは、いくらD.S.が女好きと言っても色々な意味で身がもたない。
焦燥感漂うD.S.を見て、一足早く時の庭園から様子を見に戻ってきたリインフォースが、なのはの説明を聞いて苦笑を漏らしていた。
「ヴィヴィオ、こっちで一緒にお昼にしましょうか?」
「うん。リインお姉ちゃん」
「「「――――!?」」」
後から現れたリインフォースにヴィヴィオを攫われて、目を丸くして驚く三人。
ここ数日、ヴィヴィオにあれやこれやと接していた三人は、ヴィヴィオに警戒されていた。
方やリインフォースには、D.S.とのこともあって、ヴィヴィオはよく懐いていたと言っていい。
結局、病院での一件以来、片時もD.S.の傍を離れたがらないヴィヴィオに配慮して、聖王協会、管理局、ADAM何れでもなく、D.S.ひいてはプレシアにヴィヴィオの身は預けられることになった。
管理局にしてみても、アムラエルの全力戦闘の件や、D.S.の市街地での危険魔法の使用。それに想定外とも言えるガジェットの大群の強襲。
ヴィヴィオのことどころではなかったと言うのが実情だろう。聖王協会やADAMにしても、D.S.に預けて置く方が何かと安全だろうと言う打算的な思惑もあった。
敵の狙いがヴィヴィオであった可能性は高いと、ラーズたちも予測はしていた。
レリックも狙っていたようだが、あれだけのガジェットと悪魔までも投入して、その狙いが単にレリックだけだったとは考えにくい。
ヘリを狙ったのはヴィヴィオの命を狙ったからなのか?
それともヴィヴィオだけは助かると言う、何か確信でもあったのか?
それは敵に逃げられた今となっては分からないが、この少女が事件に深く関わっていることは間違いない。
またヴィヴィオを狙って、いつ敵が現れるとも分からない。相手があの悪魔である以上、もっとも安全な場所となると、D.S.のところ以外にないだろう――と言うのが、ラーズやカリムの考えだった。
「リイン……ずるい」
指を咥えて悔しそうにアリシアが呟く。
「三人とも、ヴィヴィオを怖がらせるからでしょ……こんなことリニスが聞いたらなんて言うかしら?」
「「う――!?」」
フェイト以外の二人が、リニスの名前を出されて声を篭らせる。
アリサ、アリシアともに、リニスは子供のころからの印象が強いせいで、どちらかと言うと苦手な存在だった。
アリサに至っては、子供のような親と一緒に庭先に正座させられ、叱られた経験が頭を過ぎる。
確かにこんなことをリニスが知れば、どんなお小言が待っているかなど、想像に難くない。
そんな頭を抱えて困り果てる二人を見て、少し脅しが過ぎたかと、苦笑を漏らすリインフォース。
「みんな、一緒にお昼にしましょ。ヴィヴィオも良いわよね?」
「うーん……」
リインフォースに促されて、三人の方を見るヴィヴィオ。
先程までの自分たちの醜態を思い起こし、ヴィヴィオに拒絶されるのではないかと、三人は沈痛な趣でヴィヴィオの言葉を待った。
「うん。みんなでご飯――パパも」
「――は?」
「「「ほっ」」」
自分に矛先が向くとは思ってなかったD.S.は素っ頓狂な声を上げる。
他の三人は「良かった」と胸をほっと撫で下ろすと、ヴィヴィオに頭を下げて謝った。
「どう、体の調子は?」
「ウーノ姉さま。はい、お蔭様で前よりも調子がいいみたいですー」
クアットロの体を気にしてか、声をかけるウーノと呼ばれる女性。紫色のロングヘアーを翻し、鋭い目でクアットロの修復した腕を観察する。
一番目を意味するその名の通り、彼女たち戦闘機人の筆頭に当たる存在。それが彼女だった。
スカリエッティの右腕とも言える存在で、彼の私生活から研究の手伝いまで、その献身的な補佐は多岐に渡っている。
冷静沈着、時に冷たいとも取れる彼女の判断力の高さは、クアットロも最古参の戦闘機人であると言う以上に一目置いていた。
何に置いても、スカリエッティの目的が一番に優先される。それが彼女の行動理由であり、存在理由でもある。
スカリエッティが彼女にとって創造主であることを考えても、異常とも言える甲斐甲斐しさ。
何故そこまで献身的に、ウーノが彼の理想に尽くせるのかは分からない。
だが、ウーノのその冷たい瞳の奥に見え隠れする、姉妹たちに向ける深い愛情と、スカリエッティに向ける献身的な愛。
そして、誰にも語って聞かせることのない悲しみと、深い絶望が満ちていることに、クアットロは薄々気付いていた。
姉妹の誰よりも深く愛を知るが故に、誰よりも強く、非情になれる姉は、クアットロにとって二番目の姉ドゥーエと並び、尊敬するに値する存在だった。
「他の姉妹たちは?」
「わたしもディエチちゃんも、寸前のところをトーレ姉さまと、セインちゃんに助けてもらいましたから、至って健康ですわ。
思いのほか、おもしろいデータも取れましたし。今回は痛みわけってところですかねー」
「だから言ったでしょ。あの男には気をつけなさいって」
クアットロとディエチがD.S.の標的にされたと聞いたときは、ウーノも二人の無事を危ぶんだ。
しかし、結果的には全員が無事に帰ってきた。アムラエルの方をあの悪魔が抑えていたと言うのも大きいだろうが、今回ばかりは運がよかっただけだとウーノは内心では思っていた。
データ通りの男なら、廃棄区画すべてを焼き払ってでも、彼女たちをあぶりだすくらいのことは平気でしたはず。
あの巨大な砲撃魔法ですら、彼にとっては警告に過ぎなかったのではないかとウーノは疑っていた。
今回、スカリエッティが――
これだけの規模で戦力を展開させたのには、ヴィヴィオの件の他に、もう一つ理由があるんだよ。
と言っていたことをウーノは思い出す。
――これはね。彼に対するわたしの挨拶なのだよ。
わたしが求め、探求してきた生命の神秘。その体現者であり、すべてを知り、世界の終焉を見てきた、ただ一人の魔導王。
我々の先を行く先駆者に対する敬意を、わたしも示さなければ失礼に値するだろう?
「D.S.――想像以上に恐ろしい相手かも知れないわね」
D.S.のあの砲撃魔法が彼なりの警告なのだったとしたら――博士の挨拶に対する彼の返答は分かりきっている。
いつか、目の前に立ち塞がるであろう、最強最悪の魔導王。
こみ上げて来る嫌な汗の冷たさを、ウーノはその白い肌で感じていた。
……TO BE CONTINUED