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長き刻を生きる 三十三話『モブな活躍と胡蝶の羽ばたき』
作者:大空   2009/04/02(木) 01:25公開   ID:WRpn..lSTQk
 夜の警邏とは比較的恐ろしいモノである。
 昼間ほどの人の往来もなければ、太陽による日の光もない。

 夜の闇は何でも恐ろしく感じさせる力がある。

 些細な物音も”見えない”と言う事柄が絡めば一気に恐ろしくなる。
 人間は自分の理解出来ないモノ等を否定し理解するまでに時間が掛かる者。

「まったく愛紗め……ワシは被害者だと言うのに」

「国王自ら警邏に参加してくださると恐縮です!」

 鳳国の警邏はむしろ夜こそが本番とも言える理由があった。
 居酒屋などの夜の警邏達を客層として狙った店などの存在。
 冷える夜に暖かい甘酒を振るえばそこは必然的に兵士の繋がりによって客足が増える。
 酒を飲めば人間は気が良くなれば大きくもなり、良し悪し共に色々と転がっていく。
 それ等が喧嘩をしたりすれば、夜の安心などを狙って空き巣や強盗紛いの者達も転がり込む。


「しかし今日は冷えるのぉ……暖かい甘酒が欲しいところよ」


 鳳国の都たる業は確実にその規模を大きくし、まさに首都と呼ぶに相応しい規模。
 入りきらなくなり城の囲いたる城壁の外に街が造られ、それを囲う為に更なる城壁が築城されるまで。
 現在太公望が居るのは城と直接繋がりを持つ直轄城下であり、その外を管轄城下と呼び分ける。
 本来ならばそんな造りにはしたくはなかったが、しなければ住民達が納まらない事になってしまう。
 直轄や管轄のような物言いは差別などを生みかねない為、本来ならば回避しなければならない。

「ダメですよ国王! 職務中に飲酒などされては!」

 期待の新星でありしっかりとした能力を持つ姜維は現在太公望の警邏のお供。
 史実では諸葛亮の軍略を学び趙雲の武術を体得した文武両道の蜀漢末期の将軍。
 しかし軍人としての一面が強すぎ、国の国力を無視した北伐によって国を自ら追い込んでしまった。
 こちらの世界では国力も充実し男性将軍でも中々の両道で、しかもかなりの真面目と来ている。


『ご主人様は色んな理由でサボりますから! しっかりと見張っていて下さいねッ!!』

『本来ならば私が赴きたい所だがどうしても手が放せない……しっかり見張るようにッ!!』


 姜維は国の重役達の尽くから監視の密命を帯びていたが……言われる方もたまった物ではない。
 相手は国王であり最強の武人でもあるのに対して自分はただの一介の将軍でしかないのだ。
 それこそ下手に逆鱗に触れでもすればすれば一体どうなるか、ましてや相手がサボりの名人なら尚更。

(無理ですよ関羽様に諸葛様! やっぱり僕には国王の監視など無理無理ですよ!!)


 ―――そもそも事の起こりは今日の訓練であった


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 鳳国軍は日夜厳しい訓練によってその強さに磨きを掛けて維持している。
 地獄の様な基礎基本訓練から始まり、徹底した部署ごとの訓練があるのだ。

 騎兵ならば騎馬を手足の如く操れるように

 槍兵ならば隊列から槍を巧みに操れるように

 弓兵ならば確実に当てられるように

 様々な自分が担当する部署によるそれこそ猛将達からの訓練がある。
 そんな厳しい訓練を日々耐え抜き戦乱を生き抜く者が初めて兵士であれるのだ。

「良いかお前等! 俺達重装歩兵の役目はその装備で敵を塞き止め押し返す事だ!
  無理に戦う必要などない! 砕けぬ盾と鎧の力で相手の力を押し潰す事が仕事だ!」

 右将軍左慈が指揮する重装歩兵隊の新兵訓練。
 意外にも左慈は育成が巧く、罵倒などを持って兵士達の火を焚きつける。
 後は焚き付けられた兵士が左慈を見返し、認められようとする為に努力するだけ。


「おい太公望! アイツの訓練が私との一騎打ちより楽しいのか!!」

「ふっ…如何なる攻撃も当たらなければどうと言う事もないわ」


 春蘭が繰り出す連撃をヒョイヒョイ軽やかに回避していく太公望。
 鳳国では将軍に属する者達の一騎打ち形式の訓練と言うのが多い。
 その他にも訓練に使用する場所を確保して、それこそ本物の戦のような訓練も数多く。
 国王であり全てを統括する太公望も良く訓練を除いたりする為、兵士達にも意気が篭る。
 もし国王の眼に止まりその才能を認めれば昇格などが夢ではないのだから。

「だぁチョロチョロとぉぉぉぉ!!」

 繰り出される攻撃は武器の図体からは想像出来ないほどに素早く的確。
 一見すれば太公望が余裕綽々に回避しているようにも見えるが、そうではない。
 聞仲を始めとした歴戦の勇士達を相手に激戦を掻い潜ってきた太公望だからこその回避。
 風の流れから春蘭の身体の動きや目線の変化などを見て、即座に次の攻撃を割り出す。

 見てからの反応で避けていない、全て演算と実戦経験による勘で回避している。

 むしろ春蘭の大剣でありながら鋭い連撃を見てから回避出来るほど、余裕がなかった。
 更に現在太公望が持っているのは訓練用の棍であり、宝貝や呪術の類は使用禁止となっている。

「棍棒とは思ったよりも使い勝手が悪いのぉ」

 策謀と宝貝を主体に戦う太公望にとって慣れない武器での対峙は非常に不利。
 伏義としての自分は蓬莱体術であり、身体にとって原初の体術による徒手こそが最強。
 二つの形態の双方共にどちらかと言えば無手のような戦いが本分であり、得物は不得手。
 それでも夏侯惇と言う歴史の英雄と戦えるのは純粋な実戦経験と肉体の圧倒的な性能差。

 斜めに斬る袈裟切りの軌道を棍で逸らし、相手を間合いに捕らえるも逃げられる。

 そして再び春蘭が踏み込みからの突きを再度逸らしても、慣れない棍が捕らえるよりも速く逃げられてしまう。

「夏侯惇様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「凛々しいですよ夏侯惇将軍!」

 鳳国は使える人間ならば男女問わず雇用し兵士にしている。
 そうなれば愛紗や春蘭のような将軍に応援団や自称親衛隊なる存在が出来るのに時間は掛からず。
 しかも身辺警護はかなり格安の給金で行ってくれるので太公望や詠にとって実に都合の良い方々。

「……僕達にも欲しいな」
「諦めろ…所詮俺達はまだモブなんだからよ」

 黄色い声援に嫉妬する姜維を始めとしたまだまだ人気のない方々。
 当の春蘭は声援に戸惑いつつも決してふざけたりしたりしていない。 

 ―――今まで真面目に構えなど取っていなかった太公望が構える

 周囲の黄色い声援に少しだけ気が逸れてしまっていた春蘭にその奇襲は避けれない。

 ―――右肘から先の動きだけで長さ2mはあろう棍を投擲

 そんな奇襲など考えていなかった春蘭は咄嗟に剣で棍を叩き落す。
 だがそれこそ陽動、圧倒的な身体能力から持たせされる瞬間移動にも思える踏み込み。
 知覚されるよりも速く伸ばされた片手が春蘭の細い首を掴み、その身体を持ち上げる。


「………興醒めした」


 周囲を驚愕の静寂が包み込む中、ふとそう言葉を漏らして春蘭を放す。
 そのまま終始不機嫌そうな顔をしながら訓練場を後にする。
 訓練場を後にして歩いている道中に華琳と出会う。

「そんな黄色い声援が羨ましかったのかしら?」

 女の勘がもたらしたのか、華琳はすれ違い様に太公望が不機嫌な理由を言い当てる。

「…断じてない……断じてない筈なのだが……いやしかし…」

 本人は認めていないが、つまる所の嫉妬であった。
 しかし太公望は仙人でありそう言った嫉妬はそうそう現れない筈であった。

「一足先に風呂に入らせてもらう…久々に動きすぎた」

 自分の変化に戸惑いながら国王勤務で一足先に仕事から上がり熱い将官達専用の湯船と。
 後悔すべきは風呂に入ると言う事を小悪魔にしてドSな華琳に明かしてしまった事。
 覇王の知能が全力で回転し、自分にとって面白い事になるであろう事を思いつかせる。
 それが……


「いやぁ今日も頑張った!」
「……随分と機嫌が良いな華雄」
「無論だ! 今日は主殿が直々に見てくださったのだからな!」


 今日は早上がりの椛と春蘭の二名が風呂場へと来ていた。

「そういう夏侯惇も曹操から早上がりの許可が下りたのに機嫌が良くないな」
「……太公望め、不得手と称していながらあのような戦術を取るとは、不覚」

 華琳から早上がりの許可が下りたにも関わらず春蘭は不機嫌。
 正攻法ならまだしも周囲に気取られた一瞬を狙い済ましたかのような投擲からの連撃。
 逸らし損ねれば棍が容赦なく身体に突き刺さっていたかも知れない手加減抜きの投擲。
 咄嗟に逸らした手は今だ痺れが消えず、頸にも締め付けられた感覚が今だに残るほど。

 何より本人が気に入らないのは自分を見上げていた太公望の眼。

「主殿には黄色い声援がないからな、きっと嫉妬していたんだろう」

 恐るべき女の勘で真相を突き止める椛……恋する乙女の勘は軍師を超えるのだ。
 普段着込んでいる鎧や衣服を脱ぎ、胸を隠すように白い布を代わりに纏う。
 鳳国は太公望の某家庭内害虫”G”の動きによってそれなりに水が裕福な環境である。
 この当時では相当上流階級でなければ毎日風呂は望めなかった時勢に毎日風呂があるのだから。
 しかし城の大きさの関係から時間などを相談して男女同じ風呂を使う事となっていた。

 ―――それこそが華琳の悪戯

 更に風呂の衣服を納める竹カゴに太公望の服が納められている事に気付かなかった二人。
 すっと風呂の扉を開けようとした瞬間に、内側から開けられ湯気と共に太公望が出てくる。

 ―――太公望は腰に白い布を巻いているだけのほぼ裸

 ―――二人もまた胸こそ隠しているが元々美人と言える身体を惜しみもなく見せていた

「「……き」」

 太公望はこれから自分が向うであろう地獄が予想できた。


「「キャャャャャャャャャャ!!!」」


 二人の叫び声が挙り、なんだなんだと次から次へと人が集まっていく。
 不運だったのは最初に辿り着いたのが愛紗であり、集まった人の尽くが女性将軍や軍師だった事。

 ―――白い布を巻いているだけの男女が風呂場に居る

 これだけで桃色の妄想に花を咲かせる者やら怒りの業火を燃やす者が殺到。
 ましてや風景だけならば春蘭と椛が太公望と風呂を共にしようとしたか、太公望がそうさせたか。
 それしか考えられないと言う妄想と空想の嫉妬の回路が決め付けて……太公望は袋叩き。

「だからワシの言い分を……」

「知りません! ご主人様は夜の警邏でも行って来てください!!」


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 ……と言う理由から現在にまで至る。
 愛紗達は椛の春蘭の事情聴取で手が放せず、結果として白羽の矢が姜維であった。
 真面目・男・将軍・パシ…人の言う事を良く聞いてはしっかりと護ると言う点から採用。
 人柄も良く兵士達からも信頼や仲も良く、彼が兵士達の意見箱になってしまうほど。

「でも確かに今日は肌寒い日です…手を抜く訳ではありませんが手早く片付けて甘酒が欲しいのは判りますよ」

「おぉ! やはりお主は話が……」

 サボれる糸口を見つけた太公望が畳み掛けようとする。
 だが先手を切ったのは号泣し始めた姜維であった。


「えぇそうですよ話が判りますとも! 皆、良い人ですけど人使いが荒くてオマケに怖くて!
  そもそも僕は鳴かず飛ばすの人生が良かったのに気付けば将軍になってしかも使いパシリ!
  どの人も国王! 貴方が絡むと妙に恐ろしくなるわ女の勘や嫉妬丸出しで勝てないんですよ!」


 感情のタガが外れたのか相手が国王だろうと愚痴と文句を容赦なく述べ始めた。
 周囲の同行者達はその様子に顔が真っ青であり、もう死ぬか降格を覚悟している。
 そんな周囲の不安など知った事か! とばかりに止まる事無く文句は述べられていく。

 ―――警邏をしつつも心に溜まっている鬱憤を吐き漏らしていく


「あぁ姜くんの奴の悪い癖が出たみたいです」


 合流した別班で頼れるナイスガイな司馬懿の話曰く、姜維の悪い癖らしい。
 姜維は笑顔を絶やさず眼をほとんど閉じているにも関わらず物事を見え、不満を溜め込みやすいとの事。
 それが一定以上にまで溜まってしまうと一気に吐露してしまい良くも悪くも人付き合いが悪いらしい。

 史実では魏の大軍師として、蜀漢の大軍師諸葛亮の宿敵として君臨した司馬懿。

 この世界では幼少の頃から姜維と組んで悪さをし合う腐れ縁として生きている。
 その為か笑顔の裏に不満を隠している彼の吐露の相手をしてもずっと傍にいる親友。
 軍略を司馬懿が担い、姜維が前線を担い親友の巧みな連携で功績を持つ。
 二人が組んだ際の訓練での成績は中々のモノで時には愛紗達ですら苦戦し、時として負けるほど。

「こうなると酒とかで落ち着かせないと無理ですよ、もう暴走状態ですから殴り合いは無敗ですし」

 まだ愚痴を零している姜維の事など無視して会話する二人。
 太公望の方は苦笑いするしか逃避方がないのに苦しんでいる。
 元々愚痴る側であり愚痴られる側に廻るのはそうそうなかった為、処理の仕方が判らないのだ。

「ならアヤツの事を任せても良いか……正直キツイ」

「えぇ構いませんよ国王、代わりにぜひとも俺の給金についてなんですが?」

 白い歯を街を照らす松明達の光に照らしながら、それはもう良い笑顔で昇給の会話を始める。
 一方では姜維がまだ愚痴っており、もう全員が無視している状況。
 司馬懿はそれは良い笑顔で太公望に擦り寄っては自分の給金の話を算盤片手にする始末。

(―――うちの野朗共は……女に勝らず個性的よな)

 改めて人選ミスしたのではと正直に自分の感覚を疑う。
 健気なパシリと元気な守銭奴な二人が将軍……どれだけ陳到がまともだったかを実感していた。
 そして彼を戦死させてしまった自分への侮蔑を含めて、少しだけ笑った。


「司馬将軍、華蝶仮面が管轄区に出現! 現在包囲しつつあります!!」


 司馬懿は軍師補佐兼業将軍であり、前線に出れるだけの武術は持っている。
 無論常人より少し出来る程度だが親友の姜維の武術で補い合いながら戦場を駆けていく。
 もう少し政務が出来れば地方への定住と監視を兼ねた将軍として君臨出来る。

「よっしゃあ! では国王、二号以外は美人だそうなのでとっ捕まえて献上させてもらいます!」

「あぁ僕の甘酒がぁぁぁぁぁぁぁ」

 少数の部隊を率いて監視など忘れて華蝶仮面捕獲へと向う二人。
 その場には太公望と狼虎が寂しく取り残され、サボりたい放題の状況に。

「……やれやれ、よもやこうも早く出番がこようとは」

 華蝶仮面はそれこそ市民からの信頼が厚いが、少々目立ちすぎた。
 そしてあまりにも活躍しすぎて軍人達から少々行動を自粛するように言われてもいる。
 しかしそれで行動を止める華蝶仮面達ではなく、抵抗して更に活躍するように。

 あまり軍人の信頼が失われては”非常に目障りな敵となる”

 正義の活動でやはり屋台が犠牲になった者達もおり、後日賠償に走る事も。
 あくまでボランティアなら良かったが軍の活躍と信頼を奪っては流石に問題となる。

「――――――狼虎は一足先に帰っておれ」

 狼虎から降りた太公望を”どうする気だ?”とばかりに狼虎の眼が見つめる。
 それに対して太公望は懐から一つの眼鏡と空間から一つの衣(マント)を取り出す。
 太公望は何処か嬉しそうな顔を見せ、狼虎は”呆れた”とばかりに溜め息を一つ。
 賢い狼虎は太公望が降りて少しした後に一人で家たる城へと走り始める。

 ―――羽織に付いているフードで顔を隠し、それからマントで肩から下を隠す

 ―――月夜と松明で輝く街を一つの蝶が新たに飛翔した


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 今回は四人掛りで盗人達を取り押さえた華蝶仮面。
 だが悪い事に軍の警邏が何日も追い掛け巣穴などを見つける為に泳がせていた奴等だった。
 元々警備隊の本分であり珍しく二号が情報を読み損ねてしまったのも運が悪い。
 面子と仕事を丸々潰された警備班の怒りは大きく、今回の追撃騒動へと発展。

「ちっ…だめだ、少しずつ包囲の輪が小さくなってる」
「屋根伝いは?」
「無理ね、とりあえず見てみたけど各所に狙撃兵が蟻の巣の如くよ」
「包囲の連中だけ見たらあの二人だな、手強いな」

 街が大きい分、各所に配備され警邏する兵の数も決して少なくない。
 まだ愛紗達のような軍務専門業ではない下位将軍はこの国では警備業も兼ねている。
 むしろ地方警察としての配属が多く、いわば地方の軍務は彼らで行政はその地の地方官が行う。
 今回の二人もまだ警備などの仕事も多く持っており、今回の華蝶仮面包囲網の指揮官であった。


「華蝶仮面に告ぐ! さっさと投降して俺らの給金になれ…以上!!」

「今日こそお縄について国王の御前に差し出しますよ! えぇさせて貰いますよ!!」


 二人とも完全に暴走状態で、手加減なしの包囲網で確実に華蝶仮面四人を追い込んでいく。
 周囲の狙撃兵達も夜目で確実に華蝶仮面が出てくるであろう場所に狙いを定めている。
 下は既に警邏兵が包囲し、上は紫苑や秋蘭に鍛えられた必中の狙撃兵が狙いを済ましている。

「強行突破はダメよ、私達華蝶仮面は義の使者で……国王さんに散々注意されたんだから」

 ―――あの日の指摘は今だ四人の心に残っていた

「だが我々が捕まれば………」 

 ―――行いが何を意味して何の答えになるのか

「アタシ達は捕まる訳にはいかない、捕まれば皆の迷惑になる」

 ―――自分と他人は違い全てが違うと言う事を

「……たとえ行いに反する事になろうとも我々は捕まる訳にはいかない」

 正体ゆえに捕まりでもすれば太公望の管理能力を問われるだけではすまない。
 臣下達の無用な不信感を煽り功績を邪魔された者達との確執が生まれていく。
 それを鎮圧する為に負担は増え、大勢の者達に迷惑を掛けてしまう。
 華蝶仮面は人々の為に働き、義に生きる為に生まれそして死に逝く正義の味方。

「……全員進め! 市民には悪いが華蝶仮面にはここで捕まって貰うぞ!」

「気乗りしないけど今回はそちらの非だから……悪くは思うなよ」

 包囲している兵士達がゆっくりと踏み出し包囲の輪を縮めていく。
 これまで華蝶仮面はあくまで少し過ぎたボランティアとして活躍し活動してきた。
 しかし今回は完璧に軍であり警邏や暗部の仕事を邪魔してしまう。
 そんな状態で武力を行使した強行突破などすれば華蝶仮面は完全な国家の敵。

 ―――幾等太公望でもそうなれば華蝶仮面を”消さない”など言えない

 軍の体裁にあまり拘らない太公望でも、下手な存在を逃がす訳にはいかなくなる。
 もし華蝶仮面が何処かしらの鳳国への敵対勢力の密偵や工作隊と言う説を捨てきれないのだから。

「良し……ここまでは良しだが…敵の戦力は未知数だが構えや動きを見ただけじゃあ俺達より腕は上
  しかも四人の少数精鋭の部隊に市民からの人気も高くて、おまけに一人除けば美人と来ている
  おかしな話だが奴等の行動範囲はこの首都業だけ……つまりの所だが近隣かここの住人だと思われる」

 気に喰わないとばかりに舌打ちをする司馬懿。
 この世界の彼はそこまで出世には興味を持たない、むしろ華蝶仮面の包囲などしたくはない。
 それこそ何の見返りも求めずに善行をする事自体には好印象だが、軍の支障になるなら別。
 ましてや所属の知れない連中が自分達の街で好き勝手している事がもっとも認められない。

「司馬くんが舌打ちするなんてよっぽど不機嫌なんだね…まぁ僕も今は少し不機嫌だし
  ただの善行で留まってくれれば僕達もそんなに気張る必要もないし、国家に属せばそれこそね
  何度もこっちが帰順しろだとか過ぎた行為はよせって警告してたのに今回の一件だからな
  まぁ僕―――俺は今日は国王の監視って言う大任があるからな、さっさと済ませないとな」

 二人の指示で兵が包囲の輪を狭めていく。
 同時に華蝶仮面四人が武器を手に取り、最後の手段である強行突破の決意を固める。
 四人は正体が正体故にバレる訳にはいかない……絶対に。


『ハハハハハハハハハハッ!』


 月夜に木霊する若い男の笑い声。
 ふと誰かが見つけ指差した先には顔の見えないが、華蝶仮面の仮面を付けた男が一人。
 それこそ見慣れない衣服を身に纏っていると言うよりも、マントとフードしか見えない。

「何者だ!?」

『問われれば答えよう! 我こそ信念に生きる華蝶仮面五号だが、此度は同胞の失態を詫びに来たのだよ!』

 周囲の狙撃兵の狙いも一斉に五号に集中し、包囲の眼も五号へと向けられる。
 屋根の上に立ち一見すれば平然と構えているようだが隙はまったくなく、立っているだけで威圧感を持つ。
 そして華蝶仮面の効力か声などはまったく変わっていないのに正体がバレないという奇跡。


「ここはこの五号が四人を代表して今回の一件について謝罪する!
  私から四人にも今後注意するようにしっかりと言っておこう!
  温厚と知られる鳳国の将軍よ、この五号に免じてどうか頼む!」


 流石に丁寧に頭まで下げられて謝罪する五号に無理は言えない。
 それに迂闊に華蝶仮面を傷つけたとあっては市民からの批判は避けられない。

 ――― 表向きにも華蝶仮面が非を認めて頭を下げた

 取り繕いとは言え、こうもしっかりと行動と態度に出されては流石に何も言えない。
 元々乗り気でない者達も多く、次々と兵士達が武器を下げて散っていく。
 狙撃兵達も弓を下げて各々の眼を生かして再度街の監視を再開していく。
 正直な所だが武器を向けていた全員が五号の威圧感相手に尻込みして、敵う自信はなかった。

「……忘れるな、先にこうなる事態を作ったのはアンタのお仲間なんだ」

「正直な所ですけど良かったと思ってますよ、善人は生きて欲しいですから」

 とにかく華蝶仮面を捕まえずに済んだ二人は安堵し、隠れていた四人も一安心。


『……仮面を付けた者達の去り際とは無駄にカッコ良く去るものと知れッ!!』


 突如突風が吹き荒れ周囲の火花や砂埃や白煙達が渦巻き、視界を遮る。
 気付いた時には既に時遅し、五号おろか他四名の姿はもうなくモヌケの空。

「ちくしょう五号の奴め! とんでもない物を取って行きやがった!」

「何を取られたんだよ司馬?」

「……俺も華蝶仮面になりたくなって来た、そう! あの五号のような奴に!!」

 司馬懿の何かをゴッソリ持って行かれた事に嘆く親友姜維。
 そんな事など知らず、首を180°回転させている稀代の軍師は、五号の後ろ姿を探す。
 史実でも稀代の軍師である司馬懿は特異体質を存分に発揮して周囲を索敵している。
 友の嘆きなど本当に知らずに……


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 五号が造ったであろう撤退の機会を逃さず華蝶仮面達は撤退。
 既に街の裏路地に身を潜めており、身体を休ませていた。

「助かったぞ五号、恩に着る」

 一号が礼を言っているにも関わらず五号は家屋の壁に背中を預けて無言を貫いていた。
 フードで顔は隠れ、そこにマントで完全に身体が隠されている所為で何処か不気味。
 ましてや華蝶仮面には対極的な二号が居る為か、非常にまともに見えてしまうのも奇妙。


「私が助けに来なかった時はどうするつもりだったんだ?
  まさかとは思うが強行突破なんて考えていなかっただろうな?」


 やっと開いた口がもたらす言葉は、逆に一号の口を閉じてしまう。
 捕まる事の回避とは言え最悪の手段とも言える強行突破はあの状況では本当の最悪。
 軍に抵抗し怪我人を出されたとあっては軍は本格的に華蝶仮面の処罰に乗り出さねばならない。
 たとえどれほどの民衆の支持があろうとも、国王の庇護があろうとも動かざるを得ないのだ。

「今回の件はアタシの情報不足からもたらした事故よ…一号を責めないで」

「二号は自分の情報に随分と自信があるみたいだが、それが本当に正しいのか疑った事はなかったのか?」

 顔などは隠しているが声は間違いなく太公望である。
 だが声が似ている者など良くおり、下手に正体を言い当てるのはマズイ。
 あくまで華蝶仮面でありそれ以外の何者でもないのだから尚更に。

「………どうしてこんな事をする、姿や素性を偽ってまで」

 フードから僅かに覗く眼は真剣に四人を捕らえる。
 夜の街明かりが逆行のように照らされて顔こそ見えないが、何故か真剣な眼だけは見えている。
 家屋の壁に背を預けて両腕を組み立っている姿で、五号はそう尋ねた。


「………我が友である趙雲は軍人故に救済を点数稼ぎと市民に思われた事があった
  そんな親友たる趙雲の苦しみを察した私一号は協力して、今ここにこうしている
  ただそれだけの話だ、友の為に一肌脱いでいると言うのにこれでは迷惑を掛けているな」


 この世界での華蝶仮面誕生の裏にあった出来事。
 それは一号が親友と言う趙雲が市民の救済をした行為が、市民には軍の点数稼ぎに見えたらしい。
 無論それは心許無い者達や酒で酔っていた勢いだと周囲は言うが…その言葉は深く突き刺さっただろう。

 だから華蝶仮面一号が代わりに市民の救済をしていた。

「……二号は?」

「アタシはその親友の星ちゃん…趙雲ちゃんの真名ね、その子から一号の手伝いを頼まれたのよ
  一号が苦労しているみたいだからアタシは得意な情報収集で困ってる人を見つけて手伝うだけ
  でも今回の一件で少し自分の情報収集能力に自信無くしたわよ……ごめんなさいね」

 二号は本当に元気が無い。
 無理もないとは言えないが情報通として知られるのに、それで仕損じた。
 誇りであり能力でもある事で失敗した事は本人が立ち直らなければいつまでも壊れたまま。
 だが二号の性格を考えれば復帰など時間の問題だろう。

「三号たる私は一号と死闘を繰り広げ武に通ずる友として手伝っている!
  確かに今回の失態はあったが、少しずつ信頼を取り戻せば良いだけの話!
  ねっ……年配としてしっかりと面倒を見るのも仕事だしな…うん仕事だ…」

 自分が数少ない年配と言う事に向きあった三号。
 失態は行動で取り戻すとヤル気であり、それが周囲に感染するだろう。
 この失敗をしっかりと受け止めて向き合っているあたり立派と言える。

「で、四号は?」

「いやな、アタシの友の馬超が一号に大きな借りがあってな…それを三号のアタシが返している訳だ
  本当だぞ! 本当に三号が返しているのであって馬超が返している訳では無いからな!
  しかもそれが飲み食いでうっかり金が借りず結構な額を貸して貰っているなんて断じてないからな!」

 つまりの所だが、つい美味しい物を食べたのは良かったが金が足りない。
 そうしてどう返済しようか迷っていたところに現れて、そのまま金を借りた。
 返済は来月待ちではなく行動…つまり協力して返済しろと言われて四号に。
 中々喰う方なので確かに出費は大きいだろう……しかも正式な所属は馬騰隊の傘下。
 こちらに在住しているのはその馬騰からの命令であり、鳳王直属ではない。

「では五号は?」

「我が友である太公望が立場故に軽々しく出来ないから手伝っているだけだ
  アイツは国王よりももっと直接民衆に手を差し伸べられる軍師でありたかった
  だが気付けば小さな軍は活躍し功績を重ねて今や大国の国王、動けたものではないだろ」

 国王も中々難しいものである。
 民衆に集中し軍や官を蔑ろにしては、それからの苦情や信頼を失う。
 かと言って民衆を蔑ろにすれば黄巾の乱の再来を招いてしまう。
 小さかった頃のように直接親しい民に触れて政策を打ち出せたりはしない。
 もうその発言や責任が何百万を、何千万を超える国の人間全ての命運を握るのだから。

「それにアイツは恐れている」

「国王が…あの鳳王が何を恐れると?」

 文武両道にしてあらゆる分野の優秀な臣下を持ち、臣民共に慕われる鳳王。
 天下無双の実力・全てを束ねれてしまう知略・勝利をもたらす軍略の数々。
 知る者にとってそんな王に恐れているモノがあるなど到底信じれなかった。


「アイツは国を護る為に見所のある盗賊を飼い、それを義賊にしたて挙げて国を守っている
  更に自分の臣下達に不浄な想いなどを抱いて近づいて来た者達を消してまで護っていた
  護る為にはどこまでも狡賢く知略を張り巡らして、大切な者達を護っているんだ
  だがその行為を臣民が知ればきっと自分は国王ではあれず……全てを失う結果となるのも覚悟
  けれど我が友はそれを覚悟しきれていない、公けとなり大切な者達が離れ行く事の覚悟がな」


 ―――代わりに私が少しだけ手伝っているのさ

 ほんの少し口を歪めて、微笑んでいるように見える五号。
 四人は五号の口から……太公望から語られた自らの裏に驚かされていた。

 ―――少し考えてみれば都合の良すぎる頃合に義賊は”相手”を捌いている

 ―――ましてやこの国は優秀な暗部とそれを束ねる長も堂々と存在している

 ただ彼らは優秀故に庶民に足取りや正体を知られるなどと言う愚行を犯さないだけ。
 光と共に闇がずっとこの国・臣民の双方を護っている現実に、王がそれに苦しんでいる事。
 まったく気付いていなかった……そんな行動もそんな主の苦しみもまったく。

「まぁあの優しいだけが取り得の友だ、離れていく事を責めたりは……」


「我が友である星は決して己が決めた終生の主を見捨てたりなどせんッ!!」


 一号の叫び声、それもまた路地裏と表通りの人の賑わいに消えていった。

「我が友である椛こと華雄も決して己が主を裏切りはしない!」

「同じくアタシの友の翠も…大切な人を見捨てるほど血は穢れていない!」

「まぁアタシの友達はあの人とのそう言った仲志望なのよぅ、見捨てられても見捨てられないわん」

 華蝶仮面四人の友は決して己が主を見捨てない。
 友と言っているが全員の正体は友と言っている者達であり、五号もまた同じ。
 だがここにいるのはあくまでそれ達ではない……華蝶仮面という正義の味方なのだ。


「ならば旨い酒と肴をつまみに酒でも誘ってみると良いぞ……この頃は相手が居なくて寂しがっていたしな」


 そう言うと一号・三号・四号が何処かへと行こうとする。
 行動は予想でき、五号は苦笑いしつつもその背を穏やかな目で見た。

「ところで二号、親友の華雄は今も城か?」

 五号の疑問、椛は城で愛紗達に説教および事情聴取されている筈。
 それなのに三号がここに居るのは少し矛盾が存在していた。
 少なくともあの包囲が始まっていた時点で城からは出ていると言う計算になる。


「あぁそれは我が友を策に嵌めた張本人が割れてな、それでめでたく釈放されたそうだ」


 城では今頃下手人である華琳が愛紗達相手に口喧嘩を展開しているだろう。
 しかし相手は元魏王の曹操であるのだ、そうそう口喧嘩で負けたりはしない。
 それこそ口の達者な面子が周囲の事など無視して言い争いをしている筈。
 太公望はその中心に放り込まれる運命が待っているのもまた明確。

「では私達は友に酒を届けてくる故にこれで失礼させて貰う! さらばッ!!」

 一号を先頭に三号と四号が続いて、姿を消す。
 路地裏にいるのは五号と二号のみ。

「しかしご主人様が頭まで下げるなんて……そんなご執着なのかしら?」


「―――あの蝶達の夢の果てを見てみたいと思ってのぉ
  それにアヤツ等にはワシが出来ぬ者達の救済を任せておるから
  蝶は死者の魂を宿し家族や友の悲しみを和らげんと現れると言う
  ならばその救済の蝶と、アヤツ等がなりうるか?
  それとも災害と災厄をもたらす害虫で終わるか?」


 ―――ワシはそれが見てみたいのだ


 科学の到達点である伏義にとって蝶は蝶でしかない。

 どれほど考え信仰を持とうと蝶は死人の魂を背負ったりはしない。

 だが何故か信じ、その行く末を見てみたいと想ったのだ

 華蝶仮面五号はその為にほんの少し手助けをするだけ。


「さて、戻って愛紗達の説教を聴いて星達の酒でも交わすとするかのぉ」


 フードを取って素顔を晒し、仮面を取る太公望。

 上機嫌で夜空を眺めながら大通りへと歩き出し、人混みへと消えていく。

 苦しみを吐露したからか、臣下の忠節を今一度噛み締めたからか。

 国王太公望は鼻歌交じりに城へとゆっくりと歩いていった。


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■作者からのメッセージ

 ソウシ様
 ご感想ありがとうございます
 狼虎は頭が良いので白蓮達の計画もしっかりと理解できます
 しかも狼虎は猛将の制動すら受け付けない暴れ馬なので暴れぶりも周知
 だからこそのあの三人が四人だけで出かけれる最終手段であり協力者なのです
 すみません、どうせならやつ当たりしている様子を書けば良かったです
 次回こそ呉編で2匹のネズミと呉王と軍師の来訪ですよ
 ご期待に副えるように努力させて頂きます


 春都様
 ご感想ありがとうございます
 いえいえ、太史慈は弱っただけでまだ死んでませんよ
 なんせうっかり殺そうモノなら世界崩壊ですらね
 利用し尽してあとはボロ雑巾のようにポイッと捨てるだけです
 ワッフルしてても仙人なので色欲などはキッチリカットされてます
 少なくとも食べたりしたら……世界崩壊ですから
 選ばれた男でる太史慈に太公望への憧れと言葉で成長した蓮華
 冥琳にとってもう居場所などないのですよ…孫策がいなくなっているのですから尚更
 南華老仙についてはまだまだですね、時間はまだ掛かります


 ボンド様
 ご感想ありがとうございます
 安らかなる日の訪れの為に戦う……平和の輝きに散る戦乱の灯ですね
 結局の所ですけど死なせない為に大量に殺すんですから矛盾も良い所
 智将は洗脳されずに自らの意思で手を組み暗躍と呉崩壊が始まります
 最初は良かったのですよ、ただ単に共に選ばれあった者だったのに死に際には……
 複雑なモノですね恋とか友情とかそう言ったモノは
 ご期待に副えるように努力させて頂きます


 YOROZU様
 ご感想ありがとうございます
 朱里の笑顔は天使の微笑みの下に鬼が潜んでいますよ
 まさに可愛らしい羊の皮を被った凶暴な虎と言った所ですね
 少なくともあの時代には水着なんてないですけど北郷一刀のおかげで実在
 もうあの世界は眼福の宝庫ですよ、でも太公望は仙人で色欲カット
 冥琳は自らの意思で内通、全ては孫策との約束を果たす為に
 今回のわっふるは無し、少しずつの登場と活躍
 もっとも活躍させたのはモブの二人ですね……パシリとナイスガイです
 でも活躍させて挙げられたかが心配です……本編にもせめて男が何人かいれば


 4月1日に間に合わず
 エイプリルフールネタも間に合わずかなり真面目な話になってしまいました
 もし恋姫の次回作が出るなら男を出して欲しい所です
 もう有名所じゃなくても良いから、序盤で一刀の親友的な立場とか
 頼れる兄貴とかギャク要因でも良いからもっと男を出して欲しいです
 やっぱりこう男の絡みの素材が全然ないのは書く側としてはネタがないのが辛いと思ってます
 本家イービル様の復活なによりです、しかも執筆が凄く早くて面白いのでぜひとも見習いたい所です
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