ここは全年齢対応の小説投稿掲示板です。小説以外の書き込みはご遠慮ください。

長き刻を生きる 三十四話「来訪と策謀と馴れ合いの邂逅」
作者:大空   2009/04/12(日) 15:07公開   ID:STAnuRI6fzA

 呉王孫権・孫権の腹心甘寧・軍師陸遜・周喩に二人の少女が水軍三万と供に鳳国に来訪。
 兵士三万は近辺に待機となり、僅かな手勢を引き連れて孫権達は鳳国王城へと入った。

 それまでの僅かな道程で面々は大きく驚かされた。

 ―――首都たる業の規模とその繁栄振り

 この当時では国道と呼べるものは存在せず、それこそ道とは決して平坦な道程ではない。
 しかし正確かつ緻密に計算された国道と呼べる整地された街と街を繋ぐ大きな道に、国道警備兵の存在。
 宿場町と呼ばれる長距離移動のお供【長丁場】の語源となる場所を各所に配備し、そこを護る配備兵達。
 早馬となる駿馬が一頭はおり、早馬の際にもしっかりとした繋ぎの場としても機能させていた。

 ―――未来を読んだかのような国道整備技術

 運びこまれていく大量の兵糧となる税の一部達。
 はっきり言えばその一回の収益は呉の本税に加えて緊急徴税にも匹敵するほどの量が国営の倉へと吸い込まれる。
 鳳国は輪栽式農業(季節に合わせた農作物に加えて土地を休める事も兼ねて一定期は放牧地にしてしまう農業)を実行。
 肥えた飼葉を食べた家畜の糞尿などが肥料の役割と化して、土地の地力を回復させる力を持たせた農業。
 牧草を貯蓄した土地はカブなど家畜の餌も兼ねて尚且つ冬でも良く育つ野菜などを農民に教え広めた農業。

 ―――何世紀先の農業と牧畜に支えられた肥えた国土

 太公望の未来の知識によって支えられていく画期的な法律の数々に、率先して纏められていく数々の図書。
 行商人の往来を推し進め諸国に医学書や薬の調合書、更には農業書を広めさせて各地の格差を少しでも少なくしていく。
 平等にはなれないが、違いがあるからこそ動き、それが国を支えていくからこそ格差は”消さない”。
 定期的な暗部からの報告による小さな村にまで行き届く監視の眼によって不届きモノは裁かれていく。
 不作の際には備蓄の食糧達を兵士達に運ばせ現状の土地達を見捨てさせず懸命に支えていく。

 ―――民衆を護る賢王と軍師達の策略

 史実においても国を支えていく将軍達によって鍛え上げられた駐屯兵による農村などの屈強な護衛。
 軍師達や雪のような学士によって教育された学ある者達が開いた私塾で教育されていく子供達。
 将軍の行脚や暗部の厳しい監視の眼に、地方へと派遣されていく優秀なこの世界では優秀な者達。
 国王だけではなく着実に配下の者達の各々が何が出来るかを模索しての、不器用ながらの成長。

 ―――皆で支え一人ではない王政ながらの統率の取れた国政

 飢餓・貧困で喘ぐ者達に立ち直らせる力を与え、立ち直らせていく些細ながらの背中押し。
 金”だけ”では決して伸し上がれない体制は旧漢王朝の失態を掻き消していく程。
 支配地域は世界の六割に加え、危険分子ながらも仕えさせている曹操のような能臣達の存在。
 既にその支配は確立しつつあり多くの者達がその魅力と光に満ちた旗へと続いていく。


「良く来てくれた盟友孫権よ」


 王城の謁見の間。

 文武百官が整列し道を作るその奥で玉座に飄々と腰かける男が、鳳国初代国王である太公望。
 元々が袁家の威光を示す物として造られた城である為か装飾は豪華絢爛だが、決して嫌味は存在しない。
 むしろ豪華絢爛と表していても玉座に腰かける太公望の威光を示すには……まだ足りないだろう。
 嫌味や慢心に満ちた者ならば嫌味に思える装飾達も、太公望のようなしっかりとした功績者ならばそう思わせない。
 更に並ぶ文武百官の顔並びは荘厳たるモノであり事実状の大陸の覇王の配下に相応しい顔ぶれである。

「あぁ我が盟友太公望、この度は鳳国の設立と鳳王就任は喜ばしい限りだ」

「もっとも今は同盟がない故に盟友とも呼べぬかも知れんがな」

 国王としての表情を崩して笑い合う。
 それから太公望は玉座から立ち上がり小さな階段とも呼べない小さな階段をゆっくりと下りる。
 玉座に佇む姿もだがその一連の行動には理想の男性像を纏う魅力が発揮され、思わず頬を染めてしまう。

 膝を折らぬ孫権に握手の手を差し伸べる。

 孫権が膝を折らなくても良いのは太公望と孫権は同じ高さの人間であり、膝を折る必要はないから。
 甘寧達はしっかりと膝を折り、差し出された手を握り締め握手を交わす様子を見る。


「では……華琳」


 鳳・呉双方の国王同士の文通などによってあらかじめしっかりと話し合われて決められた決議。
 華琳が巻物を広げ内容たる同盟文をその通る声で、今も軍を束ねる者の一人としての声が読み上げていく。
 実績を重ねついには危険分子の札を外され忠臣の一人として国に認められた華琳。
 近いうちに旧魏領の自治権を任され、それに伴う臣下の選抜もまたある程度ならば認められている。

「以下の内容に同意し、ここに王たる血印を示さん事を」

 今度は愛紗が一級の鍛冶師に研がせた短剣が乗せられた盆を太公望に差し出す。
 それを受け取り、何の躊躇いもなく親指の腹を斬り血を滲ませて伸ばした。
 孫権もまた同じ事を行い、広げられている巻物に太公望と供に血印を押す。

 【鳳呉同盟】が成立した瞬間であった。

 内容は大まかに言えば手を取り合い天下太平を実現し永劫のモノとしていく事。
 あらゆる事で双方は双方を救い・支え・助け合う精神を忘れずに居続ける事。
 そのような事が書かれていた。


「鳳王……先日送った文に書いた二人を連れてこさせて貰った……二人とも」


 周喩が鳳国に仕えさせたいと推薦して来た者達の存在は知っている。
 
 ―――その二人が何を目的として来たのかも、また

 その二人は二喬と呼ばれる姉妹であり、史実であり正史と同じこの世界では女性である稀有な存在。
 小柄な身体故に子供と思われるが立派な女性であり、姉妹としても非常に外見が似ている。
 可憐と言うに相応しい容姿には似つかわしくない首輪をしており、桃色の髪と白い衣服がよりその違和感を際立たせる。
 だがそれでも史実において曹操が欲したとも言われる美貌が健在で、中々に見惚れる。

 ―――目的が密偵であり暗殺でなければ良かっただろう

「大陸に知らぬ者なきとまで謳われるが……鳳王の品定めは如何に?」

「……日向におれば輝く者も、日陰ばかりでは曇るな」

 一蹴。

 姉の大喬はまだ良い、妹の小喬の眼は敵対心を持ち、周喩の眼は隠れてはいるが奥底には敵対心があった。
 つまり左慈達から聞いた外史通りであるが故に、太公望は二人を素直に認めたりなどしない。
 冷酷無比で愛紗達ですら錯覚を与えられる【根本から異なる】相手を下劣と卑下して見る眼が二人を捕らえる。
 武人でもない二人にとってそれは忠誠心を軽々と上回り……恐怖によるある種の忠節が生まれていった。

「…せっ……精一杯努力します」

「よっよろしく…お願いします」

 恐怖が全てを支配してしまう…猫が龍を倒す事など夢幻に等しい。
 愛紗達ですらその太公望の眼は未だに恐ろしく、この場の空気は一気に冷え込んでいた。
 救済の手を差し伸べたのは孫権であった。


「……周喩…国を任せるぞ、姉様が築き私達で大きく豊かで誰もが笑い合える国造りの基礎を
  お前に…貴方に任るわ……冥琳、私は姉様にはなれないが、それを超えた王になってみせるから」


 周喩は立ち上がり謁見の間を無言のまま後にしていった。

 ―――もっとその決意と背中が早ければ

 全てが遅かった……後悔も懺悔も何もかもが。
 謁見の間は静寂へと包まれる、その静寂を打ち破るのは呉の軍師陸遜である。

「あのぅ……自己紹介よろしいですかぁ? 私は呉の軍師をしている陸遜と申します、鳳王様とは一応顔見知りですよ」

「うむ覚えておるぞ【幽呉同盟】の際に巻物を持ってきて、更に読み上げた者よな」

 陸遜は喜ぶが……何故か周囲の女性陣から冷たい視線が送られ始める。
 無論送られているのは太公望であり、流石に太公望もその冷たさは耐え難い。

「……そうですよね…大きいですよね陸遜さんの、むっ! 胸は!」
「紫苑さんくらい大きいですらね、ご主人様はそれで覚えてたんですよね?」
「望兄ちゃんもおっきい方が……良いのか?」

 陸遜の事を豊満な胸とでも覚えていたのでは、と言う嫉妬付きの疑い。
 無論胸への嫉妬の度合いは無い者であればある程に強いもの。
 そしてその強さは何故か、太公望への視線の冷たさと強さへと変貌するのが不思議。

「待てマテまて! ワシは仙人故に下心で覚えては決しておらぬぞ!」

 次に自分に襲い来るであろう事態を予想して懸命に打開策を決行していく。
 現在女性将軍および軍師は全員が揃っており、袋叩きとなれば相当な事となってしまう。
 ましてや左慈や干吉を始めとした男性将軍達は助ける事は出来ない為に、援軍は皆無。

「ならどう覚えていたんですか?」
「んや、紫苑ほどもある珍しい者だと……」

 ツルッと覚え方を吐露してしまった太公望の後悔はもう遅い。
 逃げるよりも早く取り押さえられ……


「孫権さん達は少し眼を瞑ってて下さいね?」


 朱里の最高とも言える笑顔が、これから起きる喜劇を更に盛り上げる。
 男性将軍達の一部では眼だけではなく耳を塞ぎ、その叫び声から逃れようとする。
 またある者は一足先に仕事場へと消えて行った。


 ――――――しばらく太公望がフルボッコとよばれるリンチ状態に


 流石に武器を使うと危ないので、全員が殴る蹴るの暴行のパレード。
 ちみなに袁四武将の四人は先に謁見の間から退室した者達となっている。

(なんだ太公望の弱そうじゃない)
(もしかしたら武勇なんかは誰かの作り話なのかな?)
(きっとそうだよ)

 太公望がボッコボコにされている様子を見て、実は弱いのではと考え始める大喬・小喬。
 幾等優秀とは言えどその姿を知らぬ者達にとって、噂話はどこまで行こうと噂話の範疇。
 ましてや呂布すら容易に退ける武勇と謳われるほどの者が、目の前で良い様にボコボコになっているのでは。

 しかし二人が何の為に潜り込んだのかを知っている干吉が釘を刺しておく。


(あまり不遜な行いをするようでしたら……故郷のご家族や親戚、あぁ何なら姉と妹のどっちが先に死にますか?
  我が王太公望様は戯れとして付き合っているだけ、貴方達が考えているほど弱くなどありませんよ
  とにかく貴方達は”仕えに来た”んですから誠実にお願いしますよ? 殺せば周喩に戦端を与えてしまいますからね
  そのような事は我が王も、呉王も決して望んではいませんからね……精々後ろには気を付けておくことですね
  美しいその自慢の顔が見るも無惨になってしまうのは貴方達としても嫌でしょうからね……本当に)


 二人の耳元でそっとそう囁いて離れる。
 再び恐怖がぶり返し、同時に絶望が二人の心を押し殺していく。

 ―――何の為に此処に居るのかがバレている

 ―――自分達の行動が故郷の家族や肉親達に迷惑を掛けてしまう

 既に埋め込まれた恐怖の釘を更に打ち込み、逆らえなくする。
 ましてや二人が太公望の”懐柔および暗殺”の為にここに来ているならば、動きは制しておかねばならない。
 逆に殺したくても周喩の狙いには二人を殺害させてそれを理由に戦端を切り開く事もありかねない。
 だからこそ出来るのは飼い殺しに追い込み、見えない首輪を心の奥底にしっかりとつけておく事くらい。
 二人はただ干吉の言った事を心に刻み、あらゆる反骨心の隅々までをくださかれてしまった。


「……ところで太公望がかなり苦しそうだが」


 再度孫権の助け舟が出航し、それでやっと左慈が動いてリンチに参加している面々を宥めていく。
 漫画風ならば太公望は全身包帯だらけとと言う姿だろうが、幸いな事に手加減されていたのか大事に至らず。


「どうぞご主人様は孫権殿達と一日をお過ごしくださいね!」


 愛紗の言葉を区切りとして鳳国の女性陣は次々と謁見の間から退室していった。
 太公望はゆっくりと起き上がり、まるで何事もなかったかのように振舞う。
 慣れたモノであり国王となってからは以前よりも国王としての振る舞いを求められている。
 だから本当に昔の頃の様ないつでも隣に居て、一緒に笑い合うような事が出来ずにいた。

 ―――太公望自身も国王などと言う経験はまったくない

 その理由で軍師や戦士としての振る舞いは出来ても、国王と言う立場は決して理解している訳では無い。
 間違いも犯せば失態もする、些細な采配の失敗もしたりするが……世はそれすら許さない。

「……臣下の心を離す失態か」

 腕を組んで女性陣が過ぎ去っていった方向を哀愁漂う眼で見つめる。
 賢王と謳われようと実際と実態はサボりと楽しい日々を愛する悪戯小僧が太公望なのだ。
 されど国王と言う地位に就いてからは忙しさ故に、彼女達をしっかりと見なくなったのでは?
 そんな疑惑すら自ら抱いてしまう……彼女達はそれでも太公望と言う一個人を愛しているのだが。

「……太公望?」

「いやすまぬな、では二喬の事は左慈・干吉に任せワシ等は密会とするかの」

 そう言って孫権・甘寧・陸遜を引き連れて、謁見の間を後にする太公望。

「では私達も行きましょうか?」

「なんで尋ねてるんだ? ……お前が不審な行動を取ればどうなるかは言わないでおいてやる」

 笑顔などではなく、それこそ真剣な表情で二喬を脅す二人。
 本来ならば太公望はこんな事はさせたくは無いが、目的が目的故に監視は不可欠。
 もし二喬がそれこそ愛紗達に手を出そうモノならば、一族全てに血の報復が待っている。
 どれほど赦しを乞い・慈悲を求めようと容赦なく斬首の恐怖が、待ち構えているのだから。

 だが殺そうものならば周喩はそれを口実に戦を仕掛けてきかねない。

 何せ大喬は先王孫策の・小喬は周喩の恋人として呉に在籍している美女姉妹だからだ。
 恋人を殺されたとあっては黙っている者はいない、確実に口実として決起してくる。

 ―――二匹のネズミは殺せない

 どれほど邪魔であろうと……鳳国はネズミ狩りが出来なかった。


====================================================


 執務室にやって来ている孫権・甘寧・陸遜の三名。
 この執務室にはあらゆる重要書物や書簡が集められ、仕事においても支障がないように改築を重ねられている。
 本棚を何個も置きその全てがあらゆる種類の書簡によって満杯・満席状態と言う過密さを誇る。

「この書物を見る限り本当に凄い戦歴だな」

「ワシ一人の力ではない、愛紗を始めとした将達の力と兵士数十万の力のお陰よ」

 魏との緒戦を除けば無敗を誇り、結果論の戦績もまた完全無敗を誇る鳳国。
 愛紗を始めとした数々の英傑によって支えられる事で初めて達成された誇るべきもの。

 孫権と陸遜は太公望許可の下に鳳国の戦歴を記した書物。
 法律・戦術・戦略・政策と言った国の心臓とも言える部分を読み進めている。
 また此処にはないが太公望の私室には兵士達の名前・出身・家族構成が書かれた書物が山程に存在していた。

「凄い凄い凄いです! これが太公望様の知識なんですね!」

「違うな…この草案は朱里、こちらは詠、さらにこちらは荀ケが書いた物よ」

 国を爆発的に進歩させ、それこそ時代から見れば改革と革命に等しい法律や政策を打ち出す鳳国。
 朱里を筆頭とした優れた文官達の知識あっての革命的であり受け入れられていく政策達。

 ―――決して太公望一人によって生まれた訳では無い。

 太公望の眼に止まり・将軍達の眼に止まった者達の力によって支えられ生まれている功績達。

「幸い鳳国は優秀な者達が数多くおる、それらこそワシの力であり国の力であり”人の力”
  もっとも肝心の国王はサボるわ国王としての経験が無い上に、やはりワシは軍師でありたいと思うのだ」

「何故です? 太公望様ならもう立派な国王ではありませぬか」


 甘寧の発言はそれこそ鳳国民全ての言葉と言っても過言ではない。
 それこそ鳳国は太公望の言うように優れた文武官の能力によって支えられてはいる。
 だがその基礎であり、その文武官の能力を最大限にまで発揮させているのは、間違いなく太公望の手腕。

 能力ある者達を見出し資格と地位を与え、より優れた土台と柱を築かせていくその能力。

 たとえ危険分子であろうと躊躇い無く・自らの陰口すら恐れず・ただ采配を与え動かす。
 官民問わず限り無く配慮した政治を心がけ、影として”悪”すら飼い殺し手懐けていく。
 
 されど太公望は”太公望”としてのある決意が心にある。


「……我が王は終生、文王・武王でありこの忠義もまた二人と供にある」


 真剣にして”太公望”の本心である言葉を素直に述べた。
 サボり好きでお茶目で、それでいても王として相応しい実力を持つ太公望である。
 しかしこの発言は本当に”太公望”の心の奥底にある文王と武王への想いであった。

 ―――その真剣な様子に執務室にいる者全てが驚愕していた

 鳳国の国王だから鳳王・知恵に優れ配慮深い賢王・武に優れ武に生きる覇王。
 太公望の姿と道筋は王道と覇道が複雑に混ざり合い、真道へと到達している。
 そんな稀代の国王は千年前の者であり文・武王親子に未だ忠義を抱いていると言う。

「だがお笑い話よな、仕えるべき二人の王は天寿によって先立ち
  数多くの仲間もまた姿を消して、気付けば千年間ずっと一人でおった気がする
  後悔はないぞ? 仙人故の寿命によって今まさに愛紗達と出会えこうしておれる
  ………そう、今も優れた仲間がワシにはおるのだそれさえあれば……の」

 多少嘘混ざりとは言え『道標』なき後の世界の事を”この時点”の太公望は一切知らない。
 自分の世界が一体どんな道を歩み、仲間達がどんな選択を選んで進んでいったのかも知らない。

 ―――そう知らない

 女禍を打ち倒し、長きに亘った女禍を倒す為だけの封神計画を見事に遂行してみせた仲間達。
 何よりもその全てに全てを賭けて生きた伏義にとって、結果の答えは判らずじまいだ。

「……失礼な事をお聞きしました」

 非礼をした思ったのか甘寧は素直に謝るが、太公望は”言う必要はなかった”とばかりに笑顔。
 だがその笑顔が消えた直後の顔は何処か哀愁を帯び、眼は遠い過去を見つめ少しだけ虚ろ。
 
(太公望の…望の眼には故郷が変わり往く千年は一体どう映ったの?)

 孫権の視線はすぐ隣の太公望を捕らえて離れない。
 仕えた国が滅び行く様を仕えるべき王を亡くした太公望の眼にはどう見えたのか。
 死んだと言う嘘を流し姿を消して、国が変わりいく様をどう気持ちで居たのか。
 なによりも千年間という長い時間の間に太公望は一体どんな想いで世界を見ていたのだろうか。

 孫権は王としてよりも、太公望に憧れ恋する蓮華としての一面が強くなりはじめていた。

 だからか悲しそうな太公望の顔を見るのが忍びなくてしょうがなくなっていた。
 そして視界の隅で頬が赤み掛り、非常にマズイ状態に陥りつつある陸遜を見つけて行動を起こす。

「そっそれより太公望! 次は水軍の訓練があっただろう!」

「おぉそうであったな、今頃兵士達が悲鳴を挙げておろうから少し見ておくかの」

 そうして陸遜の悪い癖が発病する前に甘寧と供に陸遜を強引に執務室の書物から引き剥がす。


「あぁぁん! 太公望様の書物がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 とにかく陸遜の悪い癖を知る孫権と甘寧は強引にでも引き剥がして、執務室を後にする。
 もし陸遜を執務室に置いておけば悪い癖によって鳳国の軍師達が餌食になりかねないのだ。
 そうなれば責任問題ではすまされなくなる、最悪孫権がかなりの負担を補う事となるだろう。

 ―――自らの臣下に手を出す者に太公望は容赦なく制裁と惨劇を与える

 鳳国は甘いだけの国ではない、国民や兵士達には太公望の容赦ない裁きを恐れる心も存在している。

 【不義の大粛清】

 現在の重鎮の一人である袁紹こと麗羽を裏切り、国を裏切った不義の軍師郭図と岨授の一族郎党の処刑事件。
 一族郎党に限らず二人に味方した兵士を全て捕縛し、慈悲も赦しも与えず全員一律して斬首刑に処した事がある。
 無論これはあくまで規模が規模故の断行でもあったが太公望が”甘い人間”でない事を臣民に思い知らせた事件でもあった。
 
 だが牽制だけならば充分といえる行為であり、臣民は不遜な行為=断罪という図式に恐れ規律を護る。


====================================================


 何故に孫権達が水軍の一部を引き連れていたかと言うと、訓練してもらう為である。
 鳳国の戦歴を改めてみると判る事でもあるのだが鳳国は全て陸戦による局地戦で勝利していた。
 もはや大陸に並ぶものなき最高級の調教師によって育成された屈強強靭な軍馬による騎馬隊。

 更にこの時代には存在しない千年先式の鐙(あぶみ)を考案し開発したのも一因。

 鐙はあっても足置き場がなく、鐙ではなく自らの足と平衡感覚で馬とはこの当時操られていた。
 自転車に置き換えるならハンドル=手綱・サドル=鐙であり、サドル無しでどれだけ自転車に乗れるだろうか?
 しかし太公望は素早く安定性を重視した鐙を開発させ騎馬隊に装着・配備し騎馬隊の環境は一変。

 ―――安定性が増してうっかり落ちる事がなくなっただけでも騎馬隊には大きな強化に繋がる


「だから船の上で戦うのに必要なのは足場って何度言えばアンタ等判るんですか!?」

「敵の火矢は真っ先に潰すとか自分だけでも風読むとか、とにかく揺れから慣れてください!」


 呉軍が強国たる由縁である水軍が、鳳国兵達を罵倒なりなんなりして戦い方を教え込んでいく。
 鳳国は陸軍は屈強だが水軍は、はっきり言えば”中の下”か”下の上”程度の強さしかない。
 中国は水脈に富んでおり、また商売において空輸のないこの時代に水路とは非常に大切な道の一つ。

 それを利用して富と食料は運ばれるが、それを狙う河賊・水賊と言う存在がある。

 名前から察するとおり河を専門に襲う賊であり海賊とは違うが似た賊達である。
 鳳国は優れた暗部による情報収集によってアジトを特定して一挙に殲滅する手段で対抗してきた。
 だがそれによって水上戦の経験が鳳国軍は非常に少なく、水軍戦では確実に敗北が待っている。

「……左から二つ目の大型船の動きが良くない」

「見る限りでは船員が揺れに慣れてないから船体安定が出来ないのだろう
  流れは川底の状態から前日の雨に今の風の強さと常に一つではない
  この調子では精鋭と呼べる船団が造れるのは早くて……一ヶ月といった所か」

 業は水脈関係にも富んだ場所であり、都への運搬品は実に上等な物が数多く存在する。
 それを狙った水賊は多く、護衛などを付けても手馴れ相手では今だ撃退ないし数隻を犠牲にする事になってしまう。
 無論武術において兵士達の質は文句はないがやはり環境一つで強さなど幾等でも変わってしまうもの。


「むしろ陸戦慣れがすぎる所為か、逆に水戦に慣れないのかも知れないな
  将軍格ならば対応出来るかも知れないが……逆に兵士には少し荷が重い
  いっその事、新規兵を徴兵して一から水軍専門を育成した方が早いと思うぞ」


 孫権は冷静に訓練の様子を眺め、それこそ遠慮なしに感想を次々と述べていく。
 太公望は貴重な意見を何も言わずにただ黙々と聞き、脳内に意見を纏め上げていく。
 それに流石水軍が有名な呉軍の国王でありこの外史では成長した蓮華である。
 訓練を少し見たばかりで的確で尚且つ正確にその問題に対する答えを弾き出していた。

「……あまり士気のない兵士を作っても足手纏いと思って徴兵は少なくしてきたが
  確かについ先程始めたばかりの訓練とは言え、最強の水軍たる呉からそう言われてはな
  しかしワシはやはりあくまで志願兵にこだわりたいかのぅ……低い士気は周囲の迷惑よ」

 孫権の答えに対して太公望はそう答えた。
 実際にヤル気がない兵士は戦場で尻込みして周囲に迷惑を掛ける…それだけならまだ良い。
 もしその一人が隊列を乱して敵の突破を許せばどうなるかは言わずとも判る。

 たとえば弓兵隊を護る重装歩兵隊がその一人によって隊列を乱して敵騎馬隊の突破を許したとする。

 弓兵隊は敵騎兵の機動力の前に大混乱・慌てた兵士の弓が味方を誤射し無駄な被害が生まれていく。
 混乱は波紋となり次々と味方の動きに支障を産み散らしていくだけでは済まされない。
 矢の支援を当てにしていた部隊に対しての支援が無くなれば、その部隊が敵に呑まれて消えてしまう。
 小さな穴でも建て直しは難しく、敵が優れていればその穴目掛けて更なる戦術を敢行してくる。
 それの対処に追われて他の事が疎かになれば、そこが弱点となって敵は更なる弱点を突いて来るだろう。

 ―――たった一人の失態が、最悪数部隊の崩壊へと、数万の被害へと繋がるのだ

(しまった……私は強化ばかり見て兵士達の連携を蔑ろにしてしまったのか
  ……望…この人が私の今の目標、望のように…いえきっとそれ以上の王に!)

 孫権は太公望のわずかな言動から、太公望の用兵術の一端を見出す。
 戦うのが自分だけではなくそれこそ兵士達が自分達の采配で戦い・殺し・死んで行く。
 ヤル気のない者だけが死ぬならまだ良いが無い者の迷惑によって周囲まで死なせれない。
 
 鳳国は強兵徴収が”ない”に等しく、あくまで必要に応じて志願兵を集っていく。

 だからこそ兵士の士気は異様に高く、同時に兵士達は太公望達の采配を信じ従い戦っていく。
 鳳国の軍規最大の鉄則”絶対生存”を信念に自分だけではなく、自分の仲間達も生かす為に連携する。
 失敗したら仲間が死ぬ、ではなく自分が”仲間を護る”と言う自意識を優先させていくのだ。


「確かに太公望の采配ならば兵士は死など微塵も信じないか……羨ましい」


 更に兵士達には最強の太公望の最前線の采配が常に護り続けている。
 魏との戦いで見た太公望の総大将でありながら常に最善に位置して、采配を下していくその姿。
 白い髪を鮮血に染め上げ・纏う衣服はボロボロで・掠り傷など諸共せずに前線で戦い続ける。

 まさに英雄の輝きであり幾万モノ者達を引き付けるだけの太陽の如き輝き。

 そんな総大将が前線で死にかねない状況を兵士達が、特に将軍達は許しはしない。

(今も私の采配を疑う兵士はいる……本当に羨ましい)

 だからこそ戦場の近衛として天下二番の恋が常にその武術で迫り来る敵全てを薙ぎ払う。
 優秀な軍師達の後方支援によって正確かつ的確に太公望の部隊を支援し護衛する部隊が出来上がる。 

 ―――国王は臣民を護る為に前へと出る

 ―――将軍と軍師は国王を護る為に戦う

 ―――兵士は将軍と軍師を護る為に付従う

 ―――国民はそんな者達を支える為に努力する

 甘ったれたような構図であるとも言えた。
 だか鳳国にはそうして誰かが誰かを支えるという構図が出来上がり、全てが繋がり支えあっていた。
 民族を問わない軍団は団結して敵軍を蹂躙していく・仲間と家族に手を出す敵全てを。
 そしてなにより歴代皇帝を超えるその実績に臣民は未来を感じて国は更に大きく躍進していく。
 同盟関係にある草原も含めればその国土の大きさは相当なものとなっている。 

「なに、お主の采配も中々のモノよ……もっと自信を持て良いぞ
  このワシが保証する、もう数年すれば呉の名君孫権と呼ばれるであろうな
  ワシもうかうかしておっては抜かれてしまうかも知れぬな」

 ケラケラと笑う太公望だが本心では国王として少しだけ規律を保てる孫権が羨ましい。
 対して孫権は内柔外剛を巧みに使い分け、年の功によって王たる才を持つ太公望が羨ましい。
 しっかりと王であろうとする部分は同じでも、先達たる王の差が此処にある。

 ―――太公望の先達は文・武王親子の姿

 ―――孫権の先達は実姉孫策のその姿

 だが今の孫権の憧れは同時に恋心であり、その目標は太公望本人。


「ふふ、貴方にそう褒められて貰うと嬉しいわね」

「ふふふふ……やはりお主はもう少しそうすれば可愛いのだかのぅ」


 可愛いといわれ、孫権が一気に顔を真っ赤にしてしまう。
 憧れの存在から実力を認められさらに将来性すら保証された。
 ついでに数年すれば自分が抜かれかねないというある意味ではライバル認定宣言。


(つまりあと数年努力すれば私と望は釣り合いが取れる……ふふ、計画通りかしら?)


 孫権が考えた計画。

 その名を【両国融合嫡子計画(超直球)】

 鳳国の国王太公望は男・呉国の国王孫権は女。
 正式な計画者は陸遜だが簡単に言えば、両国の国王が結ばれ間に男の子を産んで同盟当主とする。
 その子を親であり同盟国の両王が教育して二つの国を立派にすべさせる計画であるが、無論甘寧は反対。

 しかし実はこれには太公望の立場を見て陸遜なりに配慮しての事であった。


『太公望様の御地位は本来は”天の御遣い”です……そしておそらく乱世を鎮めんが為に来た筈です
  いつ天界が”乱世は鎮められた”と判断して帰還を命ずるか判ったものではないですよね?
  白装束と言う謎の輩が消えればおそらく本当に太公望様は天界に帰ってしまうと思います
  もし今消えられたら鳳国は大混乱に加えて元々太公望様の魅力と能力に集った人達がどうなるか判りません
  だからこそ此処で蓮華様が嫁ぎ嫡子を御産みになれば鳳国の合意的吸収と跡継ぎ問題の解決にもなります
  それに太公望様は天界の血を引いているお方ですからそれを孫家に取り込めば、孫呉も安泰ですよ』


 流石は史実において若いながら劉備を退け、孫呉を支えた稀代の名軍師と呼ぶべき才知。
 陸遜は気付いていないが実はこの時点において【太公望の帰還】を予知し予言していたのは彼女のみ。
 そんな事など知らずに最悪の場合を想定して鳳国の混乱の解決法と孫呉存命への策を見出した陸遜の才知は恐ろしい。
 同盟関係にあるとは言え、決して両国が戦をしないなど誰も言えないのだ。
 だからこそ両国が”どんな理由があっても”戦が出来ない理由を作り出す必要性があるのだ。

「今日の訓練はここまで! 皆慣れぬ環境と訓練を良く頑張ってくれた!
  お主等のその日々の努力がワシ等を、家族を、友を護る強き力と化していく!
  苦しいかも知れぬがどうか耐えて欲しい! 全てはお主等が護りたいと思うべきモノの為に!」

 大規模に亘って行われている訓練場に響き渡る国王からの鼓舞の声。
 太公望が来ていたと言う事を知らなかった兵士達は次々と太公望の方向を向いて敬礼をする。
 無論この時代に敬礼は存在しないが姿勢を正したりする事がこの時代の敬礼であった。
 驚くべき事にこの時の鳳国の兵士達は皆一律して同じように姿勢を正して国王に敬礼した。

「ご期待ください国王! 俺達絶対に水軍として名高くなって見せますよ!」
「天下の鳳国軍の名に恥じない働きをしてみせますよ!」
「貴方様に仕えれる事を誇りと思っています、謙遜しないで下さい!」

 そして全員が凛々しく頼もしい表情をして声をそろえる。


『我等皆! 鳳国の為にッ!!』


 ザッ! とそれこそ小さな音が重なり合って一つの大きな音となって響く。
 厳しい訓練・厳しい軍律が兵士達には纏わりつき襲い掛かり苦しめている。
 だが規律を護り日々の訓練を保つ事で強くなると言う事の結果が、栄えある鳳国軍の兵士の一員。
 軍規最大の鉄則を胸に刻み猛将達の特訓に耐え、そしてその身の全てを鳳国と国王へと捧げる戦士達。

 ―――宗教扇動家ではないか!!

 太公望は表情こそ隠していたが、兵士達のその姿を嫌悪している。
 星と初めて出会った戦場で言われた宗教扇動家と言う自らの立場もまた嫌悪する。
 何より兵士達の死すら恐れずに国に献身する姿は目的の為に散っていく白装束と何一つ変わりはしない。

 されど違う点は決して死のうなど考えない事。

 太公望の采配を信じ、自分達の強さを信じて生存を疑わない・疑えない精神。
 だがそれを与えているのは間違いなく太公望であり、見方を変えれば宗教にも似た忠節心である。
 華琳達のような付き合いの短い者ならば良いが、長い者達がもし太公望が”消えた”時の行動を想像する。

 最悪の場合……戦乱か太公望の後を”追いかねない”

 自らが招いた事とは言え……太公望はその身を恐怖で震わせてしまった。

「もう日が落ち始めた…戻ろう」

「なら今日の締めくくりに少し街を歩くかの、ワシとっておきの店を紹介してやろう」

 元の太公望へと戻り、明るい雰囲気を懸命に作り出すが本心は恐怖がある。
 兵士達が後追うのはまだ辛抱出来ても……愛紗達までそうしないなど言い切れない。

 ―――何故にここまで太公望が警戒をするのか?

 それは左慈と干吉が繰り返す外史のループの一端で【そうなった】と言う事を言ったから。


『北郷一刀ではない担う者がその世界を一種の”あっても良い空想”として確立させました
  だが代わりにその担う者は世界から異端として弾き出され、愛紗達は天界を信じて後を……』


 その者は愛紗達にとって太公望のような存在であり、後追いをする程の崇拝であったと言う。
 無論その真実を教えられた瞬間に太公望はそれこそ恐怖を覚えたが、女禍を倒す決意は揺らがない。
 後追い自殺などさせない為にも太公望はそんな終焉の回避を懸命に考えるが……妙案は無し。
 想いから逃げ続け飼い慣らしてきたツケが今になって―――牙を向き始める。


====================================================


 太公望が街を歩けば警邏の兵は敬礼を行い、子供達からは武勇伝をせがまれる。
 店に立ち寄れば笑顔で食べ物を渡されたり上物の酒を奢られるなど、親しい友人の様であった。

「見てあの隣の人! 凄い綺麗な人……」
「碧い眼よ碧い眼! ……着てる服も相当上物よ綺麗〜〜」

 孫権は碧い眼を持つ珍しい人物であり、その立ち振る舞いや歩き方に衣服で只者ではないとすぐに判る。
 ましてやそんな人間が堂々と太公望の隣を歩き、まるで逢引きをしているかのように語らいあっているのだ。
 明日にでもそれが孫権だとバレた後に両国間で好き放題噂が飛び交う事は容易に想像できる。

「綺麗だなんてそんな……」

「ワシから見ても孫権は相当の美人と思うがの……それにワシはその碧い眼は中々良いと思うぞ?
  まるで雲一つない大空と穢れない真っ青な大海を一つにして宿しているかのように美しいと思う」

 その発言にボッと音を立てるかのようにせっかく元に戻っていた顔が再び真っ赤になる。
 懸命に顔の熱を逃そうとするも周囲の視線と噂話が更に追撃して来る為に逃しきれない。
 ちなみにこの時点でも甘寧と陸遜は少し距離を置きながらしっかりと護衛を監視をしている。

(複雑だ…蓮華様があぁ言う風に楽されるのは嬉しいが……凄くイラつくのは何故だ!?)
(まぁまぁ思春さんも落ち着きましょう、これも蓮華様と孫呉の為ですよ)

 陸遜の計画の説明を理解して、耐えに耐えて甘寧はその計画に乗った。
 甘寧の武人としての警戒能力は現在最大の敵たる愛紗達の存在を捕らえてはいない。
 愛紗達は朝の一件で今日は完全に太公望を無視する方向を協議し決定した。
 それによって一日無視される苦しみを太公望に与えるつもりが、逆に孫権の後押しをするとは考えていなかった。


「雲行きが怪しくなってきたのぅ」


 見上げる空は唐突に風が吹いているのか雨雲が現れ、雷雲の姿も見えている。 
 街の者達も急いで自分の家へと戻り始めたり最寄の店へと退避を始める。

「……孫権、後ろの二人を早くこっちに呼べ」

「えっ?」

「急げ!!」

 急に怒鳴られ驚く孫権は急いで二人を呼ぶ。
 無論の事だが二人が後ろに居るのは把握していたが、何故太公望が慌てたように呼ぶのかが判らなかった。
 怒鳴った理由はただ一つ……雷雲の影に見えて欲しくない【影】が見えていたからだ。

「どうしました蓮華様!」
「もぅ結構良い所だったのにどうしたんですか?」

「二人は孫権を護れ、絶対にこの店から出るな」

「えっ一体どうしたの……」
「絶対にここを動くな………そしてワシが戦う姿を見るな」

 太公望は腰に下げている華琳か忠臣の証として献上させた椅天の剣と雌雄一対の剣”雌”を鞘から引き抜く。
 二刀流など一度もした事の無い太公望だが、仮にも史実において英雄の手によって振るわれ剣だ。
 そう易々と折られたりはしない筈。

 ―――雷雲から雷が降り注ぎ

 ―――雨雲から土砂降りを超える雨が街に振り注ぐ

 その雨の中にゆっくりと姿を消す太公望……視界などないに等しい程に雨は降り注ぐ。
 だが確実に太公望の眼は倒すべき最大の敵の姿を捉えている。


「単身で赴くとは決着をつけるにはまだ早いぞ……女禍」

「えぇですが愛しい人…伏義の実力を測っておきたいと思ってのぉ」

「――――――随分と舐められたものよな!」


 空間宝貝が女禍の手によって発動、四角く透明な壁が二人を覆い隠し小さな部屋を作り出す。
 雨は何の干渉も受けずに侵入してくるが周囲の音と中の音はまったく外へ漏れたり侵入したりしない。

 ―――双方同時に踏み込む

 宝貝超合金によって造られている四宝剣に対して、地球製の鉄で打ち鍛えられただけのただの剣二本。
 まともに打ち合ったり鍔競り合いなどすれば素材の強度で遥かに劣る太公望の剣が不利。
 宝貝超合金は核融合のゼロ距離原爆の起爆を受けたとしてもほんの少しヒビが入る程度の強度を誇るのだ。

 二人の切り結ぶ腕が何本もあるように見えるが、それは二人の速度が”見える存在”から見て残像として残る速度の領域である事を指し示す。

「どうしたの思春?」

 この場で唯一あの二人の切り結びが見えている甘寧は、ただ怯え震え歯を鳴らすしかない。
 何故ならば今まさに自分達の前で切り結んでいる者達の剣筋は自分達の剣技など児戯にも劣るほどの技術。

 女禍は容赦なく一振りの剣を自在に振るい猛攻を仕掛ける。

 対する伏義は武器の不利を一本で四宝剣の攻撃を巧く受け流し、もう一振りで攻撃を敢行する。

 だが女禍は素早く間合いを取ったり信じられない勢いで四宝剣を引き戻してその攻撃を弾き飛ばす。

 首筋を狙った突きを身体で回避・脚を切り裂く為に放った一撃を跳躍で回避してそのまま身体を回転させ回し蹴り。
 その一撃を片腕で何とか受け止めるが受け止めた脚は容易に地面を抉り、支柱となった足は一気に悲鳴をあげる。
 されどその悲鳴も一瞬にして消える、神たる驚異的な再生能力が即座に負担を掻き消して回復させる。

 お互いの斬撃を防ぎ・避け・山すら吹き飛ばす体術による攻防が残像を残しながら鬩ぎ合う。

 空間内を埋め尽くしかねない量の火花が散り咲き、その量は火傷では済まされない量まで及ぶ。


「どうした女禍? この程度のワシと同程度とは……のぉ!!」


 空間内では鼓膜を破らんばかり剣劇の境地が、音色を奏でていく。
 火花が視界に咲き誇り・小さな戦場の大地は凄まじい勢いで傷跡を背負っていく。
 既にこの時点で伏義は三度骨を砕かれ、指に至っては剣が交わる度に何処かがイカレル。
 頬や衣服の事などまったく気に止めず懸命に直撃する一撃を避け・弾き飛ばして均衡を保つ。

 対する女禍も既に肉体に何箇所も切り傷をつけられながらも、未だに余裕がある。
 武器の性能差が大きく、純粋な剣としても非常に高い性能を誇る四宝剣は遺憾なく力を発揮。
 伏義が一瞬でも力の受け流しをし損ねれば、剣は間違いなく四宝剣によって跡形も無く砕かれ散る。
 太極図によって確立変動を封じられているとは言えそれて抜きで女禍は伏義と互角以上の力を持つ。

(―――マズイ…仙力の消費が予想より速い! 打って出る……しかないな!!)

 僅か十分にも及ばない短い時間の剣劇の境地。
 だが打ち合う速度が速度故に常人の何十倍の体感速度の遅さが、時間を狂わせている。
 ある時は遅く、ある時は速く……戦いや生活によって体感速度は大幅に変化していく。

 ―――余裕の無い伏義は勝負に出る

 まるで反撃してくれとばかりに放たれる突き。
 当然の如く女禍はそれを伏義の片腕を肘先から切り、斬られた腕は剣を握り締めたまま宙を舞う。


「片腕で……器を貰うッ!!」


 そのまま伏義は一気に踏み込む、女禍の反応速度を超えたもう片腕の一突きが放たれる。
 そしてそれは吸い込まれるかのように女禍の心臓を容赦なく貫き、器の命を刈り取った。

 だが攻撃はこれでは終わらない。

 幾等女禍が魂魄を自在に操れるとは言え、器に付着してしまった魂魄を取り出すのは至難の業。
 今まさに器が崩壊を迎える状況で更に器に攻撃を加えていく、ただひたすらに斬って斬って切り裂く。
 肉体が”連れて逝く”魂魄の量を少しでも増やして女禍の魂魄を劣化させ魂魄の質を同等にする為に。

 ―――殺気を感じて後退するも時既に遅し


「ここで我等が皇を殺されるのは困りますな……伏義様?」


 腹を縦に引き裂いた瞬間に腹の奥が【繋がっていた】事に気付いたが遅い。
 現れた銀色の剣によって自分の腹を貫かれ、更に肉体から抜け出した魂魄がその穴へと消えた。
 追撃するのも腹を貫いている剣の所為で敵わず……目の前で勝機を逃した伏義。

 されどこのまま立ち止まる訳にもいかない。

 腹に突き刺さっている剣を引き抜き、椅天の剣を鞘に収め手の平から衝撃波を放って死体を削除。
 それから斬り飛ばされた腕を回収して”くっつけ直して”再生完了、衣服には力を回せない。
 地面の馬鹿デカイ証拠を適当な大きさに修正しておかねば【刺客に襲われた】程度では誤魔化せない。
 少なくとも地面に小さな子供がスッポリ落ちれるだけの大きな斬撃跡ではただの刺客ではなさすぎる。


「……晴れたか」


 通り雨に偽装した襲撃だったのか、女禍が去った事で雨と雷は消えていく。
 空間宝貝も自然消滅し、戦った場所には死体があったであろう影と小さな戦いの跡だけ。
 
 伏義はこの戦いで女禍の器を破壊した事を……大きく後悔する事となる。

 目先の勝利に溺れ・慌てた策士の裏をかく悲劇が……鳳国へと迫りつつあった。

 そして一人の忠犬が雨の最中でも戦いを見れていた事等……気付いていなかった。

 歯車は廻り始める―――次なる戦いへ導く為に


■作家さんに感想を送る
■作者からのメッセージ

 ソウシ様
 ご感想ありがとうございます
 華蝶仮面でシリアスが書きたかったので……やっぱり難しいですね
 いえ華蝶仮面五号が語ったので太公望ではございませんよ、決して
 ついに太公望にも誇り高き漢の称号がつきましたか!
 気付かないのは華蝶仮面マスクの不思議効力ですよ絶対に
 あとは二号の勘の良さですかね、伊達に情報収集家ではありませんよ
 それでは〜〜


 YOROZU様
 ご感想ありがとうございます
 太公望も辛いのですよ……そりゃあ重鎮は皆義勇軍なんですから
 もし太公望がそんな義勇に反する行為をしたとあっては信義に反しますから
 でもそこに同時に愛する人だからとかが絡んで難しくなるんですよ
 華蝶仮面も驚きです、何せ国王がそんな真っ黒な戦術を取っていたなんてあっては
 されど太公望に忠義を誓う姿……王に対する絶対の忠義はまさに義侠ですよね
 ご期待に副えるように努力します


 ボンド様
 ご感想ありがとうございます
 あの首の奴は本当にそういう特異体質だったそうですよ
 ちなみにあの特異体質は狼のように警戒心が強いと例えられるそうです
 原作ではまだ出番なしの方々にスポットを当てる、主役が全てではない筈です
 あの自由奔放な性格からすれば国王とはきっと束縛だらけの生活でしょうから
 それこそ国王は民衆の支持あっての存在なのです、その為には手段は選べません
 きっと武王はそういう面では自然と兵士や民を引き付ける天性があったでしょうね
 水戸黄門のように勧善懲悪して万々歳で終れればどれだけ楽でしょうか
 義だけでは生きれない…綺麗事だけでは護れない事があるからそれをする
 難しい国王になってしまったものですよ太公望は……
 実は雪にはとても重大な役目を担ってもらうのですよ!
 雪のその活躍を楽しみしてください!!


 なんとか間に合いました……
 もう大学が始まって忙しいうえに二日間の合宿でパソコンが使えず
 本気で一週間一話のペースが崩れそうで恐ろしかったです
 
 ちみなに原作では碧眼で描かれなかった孫権は本編で碧色にしてます
 かの孫堅が貴人の資質を見出し、覚醒した孫権なので碧色で書かせてもらいました
 決して間違っている訳ではないので、ここに言い訳を書いておきます
 真・恋姫無双の武将列伝でも【伝言ミス】していて危うく別の色になりそうだったそうです
 ただし碧色説は演義の説なので違っていてもおかしくは無い筈です
テキストサイズ:33k

■作品一覧に戻る ■感想を見る ■削除・編集
Anthologys v2.5e Script by YASUU!!− −Ver.Mini Arrange by ZERO− −Designed by SILUFENIA
Copyright(c)2012 SILUFENIA別館 All rights reserved.