「やつら、もう勝ったつもりでいるようですね」
「らしいな、では教育してやるか」
パウル・カレル著「彼らはきた」
ドイツのタンクエース、ミヒャエル・ビットマンとその部下バルタザール・ヴォルの会話より
機動戦艦ナデシコ 火星奪還作戦<ルビコン> X
〜Leck mich am Arsch!〜
2199年 2月18日 連合宇宙軍 第21空間騎兵大隊第4中隊第3増強小隊(2143rd−DCPL+)、改め臨編『DS』特務小隊時間が迫っていた。
自分たちがなすべきことをする時間が。
緊張をほぐすために深呼吸。
それでも緊張は解けない。
ああ、落ち着け私!!
セレナ・ファルマシア少尉はそういって自分を奮い立たせる。
そもそもなんでこんなことになったのか…
自分を助けた男、ダテ・タカヒロ中尉。
『彼が任務の随伴部隊に、自分たちを選んだ』
一言で言ってしまえば、こうゆうことだった。
Why?What?自分たちなのか?
それが本人に聞いても、彼は…
『その任務態度ゆえ』、とそれ以上は応えなかった。
「まったく…どうなってるのよ」
はぁ、と通信を閉じたままアサルトピット内で何度目になるかわからない嘆息をした。
同 ダテ機コクピット…なんて思ってるんだろうな。
な…、何をいってるのか(ry 状態だろうが、まぁ仕方ない。
おとりを勤めることだけは伝えてあるが、あまり愉快な顔をされなかったのは確かだ。
だが、他の部隊にはできないと思ったからこそ彼女を誘ったのだ。
(最初誘ったとき私服でこられて、ひと悶着あったのはこの際忘れる)
報告書にあった2143小隊の評価。
『本来上官であったM少尉(名前は伏せる)の後送後も、強襲戦闘や遭遇戦で高い能力を見せる』
この任務には最適だ。
それにこの基地に来てから間もないこともあって彼女くらいしか前線部隊に知り合いがいないという切実な理由もある。
「というか…誰も犠牲者でなかったからいいものの、彼女たちは護衛戦闘向きではないだろう」
誰だ、彼女ら単独で護衛なんてやらせるって提案して実行させたの。
あの悪魔は嫌味すぎるほど優秀で、部下の能力もよくつかんでる。
となると他の参謀か誰かに『戦術馬鹿』か『おせっかい焼き』がいるのか…
あまり楽しくない想像をそこで打ち消す。
時間も近づいているからだ。
近距離通信機を立ち上げる。
「各機、状況」
同 セレナ機コクピット短距離通信ネットワークが開かれて、ウィンドウが展開。
『各機、状況』
気持ちを切り替える。
即座に、周りの機体ステータスを見渡す。
よし…!
「ストラス2、異常なし」
部下のエステカスタムからも異常なしを示すシグナル。
「コメット1、異常なし。」
最後に前進観測している90式CCVから通信。
それにこくん、とダテ中尉がうなづく。
「ストラス4、コメット1の迫撃砲一斉射撃後、なだれ込む。陣形は事前通告どおり、トライ1の変形型でいく」
支援よろしくな?と彼は最終確認に念を押す。
なお、トライ1は
△
←進撃方向 △
△ というのが本来の陣形だ。
少数強襲・奇襲任務に適した陣形で、スピードの速さと互いの高い支援を期待できる陣形であるが、変形型といわれたそれは…
△
←進撃方向 △
△ と細長い陣形になっているのが特徴だ。むしろアローヘッドに近いだろう。
突撃時はいいが、この陣形は先頭の機体に迎撃が集中する危険なものだ。
それも彼は了解してるのだろうけど…
『不満かね?』
彼が尋ねる。
しまった! 顔に出ていた!?
他の通信者はログアウトしているとネットワーク上には表記されている。
つまり二人きり、ということだ。
ムードも何もないけどね…、と軽く嘆息し、改めてたずねる。
「中尉、意見よろしいでしょうか?」
同 ダテ機コクピットこの前見たときは割と普通の子だと思ったが…割と頑固なのか、な。
「許可する、ただし時間がないので手短に」
『…今からでも遅くありませんから、デルタ1かハンマー1への変更は不可能でしょうか?』
ああ、気持ちはわかる。
そっちのほうが安全だしね、部隊全体を考えると。
「少尉、君の意見は部隊全体から見れば正しい。第3小隊だけで見れば、だが…」
彼女が形のいい銀糸の眉をひそめる。
『どうゆうことでしょうか?』
おいおい、わからないのか?なんてことは言わない。
そんなこといってわざわざ不仲になることもないだろう。…あくまで作戦上ででだ。他意はない。
「私は所詮、新参者だ。 数日は訓練する暇があったが、それだけでは密接な連携なんぞ、とれんよ」
ついでに言うなら、支援だけもらって自分だけで突撃したほうが性にあってるのもあるが、それは口にしない。
彼女はまだ納得のいかない顔をしていた。
「なに、こっちはコンバットプルーフはまだまだ済んでないが新型だ。それなりに頑丈にできてる…安心しなよ、お嬢さん」
最後のところだけ、私用時の彼女の呼び方で呼ぶ。
な、と驚きと多少の紅潮を含めさせた顔にさせたところで…
「時間だ、いくぞ!!」
同 セレナ機コクピットカウンターを喰らった。
頬が紅潮しているのがわかる。
思わず言い返そうとしたとき…
『時間だ、いくぞ!!』
躍進、前へーーー!!という叫びとともに通信系が音声オンリーの中距離系へ切り替わる。
ああ、もう!!
「ストラス3いくわよ!!」
了解という応答を聞かずに進む。
ただ前へ!!その意思を込めて、エステのローラーダッシュを機動させる。
木連軍 兵器工場外縁 観測機器群AI彼は機械である。
名前はまだない。…いやあるが、それを語るべき時間は今はなかった。
<異常検知>
観測機器、クルーズよりミリタリーへ。
迎撃の有無、Y/N? YES。
<目標迎撃を開始します>
彼の意思を受けて、対砲弾迎撃システムが展開、スタート。
連合宇宙軍 ダテ機コクピット地上から白い帯が数条伸び、そして空中で爆炎の華を咲かせる。
リアクションタイムが予想より早いな、彼は肩に装備されたECMを全力で機動する。
バレージジャミング。力任せだが、敵の索敵波の波長域がわからないから仕方ない。
「まぁ、持つさ」
彼はIFSを通じて、猟犬達に命じる。
―――門番を食い破れ、と。
木連軍 観測機器群AI<迎撃成功率 82%。工廠設備に大きな影響は・・・がぴぴ>
ECM確認、ECCM起動。
機能回復中。
索敵圏内に敵影確認。
3体。以下A、B、Cと呼称。
対象Aより大型物体剥離…加速、対象脅威大と判断。
迎撃システムの一部を私用して全力迎撃を提案。
<承認、
全火器使用自由>
同時に警戒態勢を丙より乙へ移行。
中枢制御体に対して、施設内の要員すべての重防御設備への退避を要求。
同 セレナ機コクピット中尉の機体の大型ランチャーから4発のミサイルが発射。
同時のこちらにも曳光弾を含んだ大型機関砲による攻撃も向かってくる。
『各機フィールドコンバージェンサー起動!!』
強襲装備の一つであるDF収束装置は多重ブロック式やディストーションブロックシステムを機体容量の問題から装備できない機体、いわゆるエステバリス用の新たな防御力向上手段として考え出されたものだ。
形状は手甲に装備できる凧型の小楯。
特定方向にDFを収束させる、防御力重視のフィールドランサーというべきだろう。
長所は実弾装備にもそれなりの防御力を持つこと。
短所は電力をそれなりに喰う装備のため長時間仕様には母艦、もしくは大量のバッテリーが必要だ。
「もっとも・・・私たちには必要ないけどね!!」
あの中尉の機体は、重力波による僚機へのチャージが可能な程度な出力がある。
ラピッドライフルをスナイプモードで曳光弾を放ってくるものをロック。
「狙い打つ!!」
軽い衝撃とともに徹甲榴弾が発射される。
同 ダテ機コクピット「いいセンスだ!!」
後方の2機が、スナイプモードで確実に一機ずつ砲台を黙らせていく。
走行間射撃というだけでも難しいというのに、射撃がそこまでうまくない自分からすればうらやましい限りだ。
「まあ、俺にはこっちのほうが合ってる!!」
自分に向けられた火線が少なくなったことを確認して、右手のIFSロックを解除。
昔ながらの、HOTASレバーが展開。
背面装備の『ターゲットサイト』が全面モニター上に展開。
「グレネードカーニバルだ、派手に…やろうぜ!!」
ECM、ランチャーパージ。
スナイパーライフルを保持したままの左手はそのまま、右手の方に逆さ握りのグリップをつかみ銃身を前方へ張り出させる。
IFSの支援のもとにレバーのトリガーを無造作に押し込んだ。
同時期 <サジタリウスα>基地 中央格納庫「班長ー!!」
「あん?」
サコン班長が下を眺めると、部下の姿がみえる。
「あんだよ?俺は忙しいんだぜ?」
「いや、班長こんなの仕入れました?」
差し出された伝票。
そこに書かれたのはネルガル傘下にあり、ガチガチの大艦巨砲主義で知られる播磨重工の文字。
「ああ、そいつはプロト搬入んときにでかいパレット付随してあっただろ、あれの弾だ」
ちょうどよく、輸送艦がその弾を500発ほど搬入してきたのでそれを購入したということだ。
「え、いや、しかし…量多すぎません?」
当然の疑問だ。
50mmグレネード砲弾を運用できる装備はこの基地にはそこまで数がない。
予備も含めて150発もあれば十分といえるほど…
部下の疑問にわかるぞ、わかるぞ?とうなづく。
「いや、俺もコンセプトみたときなんでこんなとち狂った装備考えたんだかわからねーんだが…」
それから数分、部下の顔があきれてモノがいえないという顔になるのを見て彼は満足そうに笑った。
「俺も使う馬鹿がでるとは思わなかったぜ」
同 セレナ機コクピット「は?」
思わず声を上げた。
長大かつ大口径の銃口をもつガトリング砲が中尉の機体に展開される。
そして発砲。
うん、ここまではいい。
すさまじいマズルフラッシュとともに50mmロケットアシスト付グレネード弾が自動防衛システムへと飛んでいく。
「どうゆうことなの・・・?」
同 ダテ機コクピット男は大きいものが大好きだ。
身長であれ、砲であれ、胸であれ(←偏見)大きいほうがいい。
「こいつはご機嫌な装備だ!! 気に入った!!」
さすが、社長本人が直接コンバットプルーフやるために従軍し、商品アピールをする企業、播磨重工。
その新型装備で、現在の物干竿である50mmグレネードガトリングキャノン<ZAOU>はその名前に恥じない威力と性能を誇る。
そしてそれは相手がもっとも理解していた。
木連軍 観測機器AI<脅威絶大、絶大!!>
部下にあたる枝分けAIからの悲鳴のような報告の嵐の中、彼は後悔を感じていた。
ミサイルや迫撃砲を迎撃するより、火力を先頭の1機へ集中させるべきだったのだ。
だが、すでに狙撃で防衛システムは大穴が開きつつあり、それの再構成には時間がかかる。
忌々しい。
忌々しい敵だ。
だがもはや自分に手はない。
重防御設備への退避を渋っていた中枢制御体へ最高度の警告を送る。
同時に軌道上への離脱も提案しておく。
さあ、やるべきことは終わった。
そう、彼が感じたのかはわからない。
それを証明するログを収めたブラックボックスごと、彼を納めていた強化べトンの開口部へサーモバリック爆薬を満載したグレネードが突入し、彼を焼き尽くしたのだ。
『DS』特務小隊の3機は前線を突破した。
目指すは…工場設備本体。
同 ダテ機コクピット突破した…か。制御AIも潰せたようだ。
一時的な盲目状態。相手を潰すならば今しかない。
「ストラス4、コメット1。移動しつつ射撃を続行。2,3は予定通りの場所を叩く」
続け、と言いながらスラスターを噴かせる。
同 セレナ機コクピット中尉の機体が先行する。
その様子に思わず唇を噛む。
「追従してるだけになってる…」
悔しい、でも感じない。
(当たり前だ)
目標が迫る。
ブリーフィング内容を反芻する。
回想 〜セレナ・ファルマシア〜「基地設備の大体の位置の把握はできたな? ではこれより攻撃目標について説明する」
衛星写真からくみ上げられた3Dモデルの一点を彼が指示棒で指し示す。
DF発生装置や発電所は除外。落とすには火力が足りない。
インフラ関係設備も論外。バッタなどの無人兵器を土木作業に従事させたときの『威力』は核爆弾を地上で炸裂させたくなる気分になるには十分だ。
「我々は所詮おとりだ、だから狙いやすく相手を混乱させるためにもっとも必要なポイントを攻撃する。 もちろん友軍が攻めやすくするのも入ってるがな」
よって、攻める場所は…ここだ。
それは現代文明を動かす上で必ず必要な…
「見えた!!」
乱立するパンダグラフ。変圧機や地下埋設式の電線に接続され、電力配給のハブ構造のハブである…
「変電所!!」
同 ダテ機コクピットお嬢さん張り切っているようだな。
ならば私も命じよう。
「
すべて、蹴散らせェ!!」
抵抗は皆無。
哀れ、その変電所は今までの鬱憤を晴らすかのように連合製の火器を打ち込まれ、天国への扉を叩くこととなったのだ。
30分後 兵器工場から西へ10km 渓谷地帯 臨編『DS』特務小隊「巻いたかな?」
『と思いますけど…』
近距離通信機を介して少尉の声が聞こえてくる。
「ストラス4、コメット1は離脱して味方の陸戦部隊に合流できたからいいが…」
あの後、合図を受けて軌道上から降下する空挺エステ部隊と地上から進軍する機甲部隊に守られた歩兵部隊が侵攻。
兵器工場周辺は近くの野戦基地から進撃してきたのか、無人兵器との戦闘状態に突入してしまった。
「ストラス3は大丈夫かな…」
ストラス3は追撃するバッタに小破程度のダメージを追って、自分たちが彼の離脱を援護するためにおとりを勤めることになったのだ。
『軍曹は私より軍歴の長い人ですから…大丈夫ですよ、きっと』
という彼女の顔も曇っている。不安なのだろう。
(ここで、少尉を慰められればそれなりにいい士官なのだろうけどな)
自分は士官教育はそれほどまじめに受けていたわけではないので、いい言葉は思い浮かばない。
さらに渓谷という先の見えない地形だ。
バッタの追撃をかわすには絶好だが…
「待ち伏せにも絶好の場所か…」
震動センサーおよびDTセンサー(ディストーションフィールドや相転移エンジンの反応を感知するセンサー)には今のところ反応は…ない。
だからといっていないと言い切ってしまえる度胸は自分には、ない。
「…とにかく接触しないように気をつけないとな」
ふと、少尉の反応がないことが気になった。
「少尉?」
同 セレナ機コクピット身体の異常を感じた。
息も荒い。
「…っ〜〜〜!」
収めようとする、だが収められない。
『少尉?』
中尉の声が聞こえた。だが、それはわかっても反応できない。
『少尉!!』
ああ、まずい。このままでは…。
「ご迷惑を…」
意識が遠のいた。
同 ダテ機コクピット「ッ!!」
ぐらついたエステカスタムをとっさに支える。
システムオートバランサー起動。成功。
回力装置から供給された電力がプロトの足へ伝達され、人工筋肉に『ふんばり』を与える。
「おい!?大丈夫か?」
問いかけても反応がない。
プロトのネットワークを通じて、彼女のエステカスタムに彼女の身体ステータスを表示させる。
眉をひそめる。
「なんだ、このナノマシン血中濃度…こんなんじゃ戦闘機動で体内の糖分が…」
ええい、冷静に判断してる場合じゃない!!
エステに指令を緊急モードで送りつけ、彼女に処置をすることを優先する。
視点 セレナ・ファルマシア父や母とは不仲だった。
元々、双方とも私が子供のころに離婚騒ぎを起こしたこともある。
それでも、仲が悪くならなかったのは私がいたからだ、というのが今となれば理解できる。
セレナ・ファルマシアは二人の愛の結晶であると同時に、緩衝材でもあるということだ。
自覚したのはもっと遅くなってからだが…なんとなくはわかっていた。
だから家ではできるだけいい子であろうとしたし、迷惑をかけたこともそれほど多くないはずだ。
そして、進学するか就職を決めるという時期になって…火星が陥落した。
当時、私は珍しく反抗期であったと記憶している。
だからだろう、軍に入ろうと思った。
父も母も大反対した。いつ死ぬかもわからない軍人なんて…まあ、ありきたりの理由だ。
だけど私は強行した。強行してしまった。
視点 ダテ・タカヒロ夜が始まろうとしている。それが理解できた。
「やれやれ、砂嵐がない分ましだが…」
機動兵器のカモフラージュ用カバーを展開して覆わせるのはそれなりの重労働だ。
「冷えるか・・・ブランケットあったかね?」
夜を越さねばならない。
自分は大丈夫だろう。
伊達や酔狂で
強化人間ともいわれる属種になって、サイレントアーミーで鍛えたわけではない。
「問題は彼女か…」
糖分の注射はできているし、ステータスを見る限りでは…身体面での問題はない。
だが…
「メンタル…精神面だな」
だいたい、あたりはついていた。
戦時中には良くあることだ、ゆえに同情はできないが…
「面倒くらいはみさせてくれよ、お嬢さん」
さて、次はテントを作らねばならない。
視点 セレナ・ファルマシア士官学校での成績はそれなりだった。
座学の成績は上のほうだったし、実技も射撃に高い適正があるという教官のお褒めの言葉をいただいたことがある。
親が火星生まれということもあってIFSについても適正があったため、エステバリスという新しい装備体系への適応が早かったのもよかった。
ただ、ちょっと胸とかを凝視されるのには参ったものだけど、それも笑い飛ばせる程度にはなっていた。
親とも多少は断交していたが、手紙で連絡を取り合うくらいのことはやっていたものだ。
だからこそ、いつか帰ったときは仲直りしようと思っていた。
思っていたのに…。
視点 ダテ・タカヒロPTSD。心的外傷後ストレス障害。
「まあ、戦争だ。仕方ないさ」
彼女の頭にぬらしたタオルを載せつつつぶやく。
肉親を戦争で失った人間なんていくらでもいる。
自分だってそうだ。
だからこそ立ち直れる方法なんていくらでもある。
「逃げる方法もいくらでもあるがな…」
自分のとった『
強化人間』となってでも、復讐を果たすという名の元に虐殺を繰り返す行為が逃げにあたるか、それとも立ち直ったことにあたるのかについて考えたことも一度や二度ではない。
だから言ってやるべき言葉もわかっている。
「だから、早く起きろよ? お嬢さん」
視点 セレナ・ファルマシアチチ、ハハ、シス。
電報に記されたのはそれだけ。
父も母も、私が軍にいくと知ってからそれを少しでも和らげようと軍属の仕事をしていたそうである。
「セレナだけに無理させるわけにはいかないから」
ムリなんて思ってない。
「あの子が少しでも早く戻ってきてくれるように」
モドルつもりだったよ。
「それに…とってもいい知らせがあるのよ?」
ナニモシナクテモヨカッタノニ…
葬式会場で見た棺の中はからっぽだった。
GBを打ち込まれて沈んだ輸送船の乗り組み員なんてそんなものなのだろう。
不思議と涙はでなかった。
その会場である女性が話しかけてくるときまでは…
「私は総合病院で産婦人科を担当しているものなのだが…」
私はまだ妊娠の予定も相手もいませんよ。
「いや、そうではないんだ…」
差し出された一枚のカルテ。
「本当はいけないのだが…」
それは母さんのカルテ。
そこに書いてある事実が理解できない。
いや、理解しちゃイケナイ。
「彼女、君のお母さんは…」
ヤメテ、イワナイデ!!
「君の妹を妊娠していた」
い…
『私は二人の緩衝材』
いや…
『あの子だけに迷惑をかけられないから』
いやあ…
『それに…とってもいい知らせがあるのよ?』
視点 ダテ・タカヒロ「いやああああ!!」
「って、こらあばれんあ!?」
足蹴りされる。悔しいでも…ってこの場合感じるのはよほどの馬鹿だけだろう。
「落ち着け、お嬢さん!!」
「え、あ、私は…」
ようやく暴れ足りたのか、瞳に理性が戻る。
「落ち着いたな? ならとりあえず状況を説明したいのだがな」
視点 セレナ・ファルマシア差し出されたスープをすすりながら彼が地図を用いて説明を開始する。
「現在位置は…」
焚き火に照らされた彼の表情には私への心配という感情は入っていないようにみえる。
「というわけで翌日の進軍ルートは…聞いているか?」
「あ、はい?」
「そのスープ実は、そのあたりにいたネズミからだしをとって…」
ぴしり、と止まる。
え、半分飲んで…。
「冗談だ」
その言葉にほっとすると同時に怒りがわいてくる。
「いっていい冗談と悪い冗談がありますよ、中尉?」
「許せ…んで、何も聞かないのか?という顔をしていたのでね。そんな状態では力が入らないだろう?」
見抜かれている、よね。やはり…
「聞かんよ、ただ戦闘に支障がでるようなレベルのナノマシン投入は感心せんな」
帰ったら適正レベルまで抜いてもらうことだ、と続ける。
その態度にすこし、カチンときた。
だから、余計な一言がでる。
「冷たいんですね?」
視点 ダテ・タカヒロその言葉に軽く肩をすくめて答える。
「同情してほしいのか? 戦争だ、人が死ぬのは当たり前。総力戦なら前方も後方もないからな」
あえて、優しさは示さない。
「…」
彼女は何も応えない。
聞いてはいるのだろう、続ける。
「あえて言うならば…君は何をしたいんだ? 復讐か? それとも二度と戦争を起こさないような活動か? それともそれ以外の行動か?」
「復讐が悪いんですか!?」
違う、と応える。
「するな、などとはいわん。 やるなら徹底しろ、容赦も許容もするな」
え?と彼女が疑問の叫びを上げるが、続けた。
「やるならば殺せ、後方のすべても殺しつくせ。 カワサキのようにやつらのコロニーに暴走した相転移炉を叩き込め、夫の帰りを待つ妻・子供、子の帰りを待つ父母、恋人の帰りを待つ人間…そのすべてを蹂躙しろ」
彼女の目におびえが混ざる。だが、気にせず近づき告げる。
「やるつもりならば、最後までやりぬけ。それができないのならば…」
ひっ、と彼女が悲鳴を上げる。
まぁ、こんなもの…か。
「…とまではいわんよ、お嬢さん」
「え、あ…」
「今はそれを飲んで休むことだ。 時間しかそれは解決できんさ」
心にも思っていないことを言う。
散々追い詰めておいて、その解決策を示す。
典型的な洗脳手段だ。
自分の汚さと、これを平然と教えるサイレントアーミーの教育係には反吐がでる。
だが、これでいい。
これで彼女は戦えるだろう。すくなくとも前よりは…
俺の復讐は、そうすることなのだから。
『一人でも多くの人間を戦えるようにして、より多くの木星の人間を鏖殺する』
それこそ、わが復讐。
カワサキ・ディストラクション、その報復は奴らの血でしかなしえない。
…考えて胸糞が悪くなった。
後は自動警戒装置を動かして寝よう。
こうゆうところは…自分は彼女を笑えないのだろう、なと考えつつ、横になった。
視点 セレナ・ファルマシア横になった彼がそこで目を閉じている(眠っているかは定かではない)。
彼の言ったことを心の中で反芻する。
最後に言った言葉は私に対する気休めだろう、本心はそれより前。
自分の復讐が軽いとは思わない。
大衆的で、よくある復讐の意思であっても、それが軽いものであると見られるのは許せない。
だけど、彼の言葉は、その意思は…
(ひたすら、重い…)
軍歴が自分よりあるのはわかる。だが…それほど違いになる年をとっているわけではない。
(中尉、いえダテさん。あなたは…)
「あなたに何があったんですか?」
答えは…なかった。
ヒントはあった。カワサキというワード。
極東管区最大の悲劇。
むき出しの相転移炉心暴走・爆発による大規模戦争災害。
死者・行方不明者総数50万人以上、重傷者以下(相転移放射障害含む)100万人以上。
カワサキ・ディストラクション。
当時の連合の和平派を一掃し、火星侵攻作戦<ルビコン>が許容される素地を作り上げた最大要因。
多分、これが…
(ダテさん、あなたの心遣い感謝します。…ですから)
「あなたも、一人で抱え込まないでください」
それだけ言って寝ることにした。
今日は疲れた。
だが明日は否応なくやってくるのだ。
「失礼しますね?」
彼の傍で。
―――決して、すき放題言われた報復が主目的というわけではない。
多少は入っているけれど。
視点 ダテ・タカヒロな ぜ こ う な っ た し。
傍では彼女が眠っている。
彼女の独白じみた言葉は聴いていた。
というか半分眠りかけていたが聞いていた。
だが、そのすべてが吹き飛んだ。
いや、待ちなさい。お嬢さん。
仮にも嫁入り前の子が男と同衾しちゃいかんでしょ?
配給されたブランケット確かに小さいけどさ!? こちらも最近発散してなくて…
ぐおおおお!? 胸が!? 胸がー!?
こうして彼は眠れない夜をすごすことになった。
寝たとき、夢にでる妻が怖かったこともあるが。
翌日 ダテ機コクピット眠い…、とは思ってはいない。
サイレントアーミーは24時間戦えますかではなく、1週間戦えますか、だ。
ただ…
精神的に休めないのはきつい、つまりはそうゆうことだ。
うらやましい? なら変わってやるから休ませろ。
「まもなく渓谷を抜けるか…」
『そうですね』
ここを抜ければ、通信衛星などの支援を受けることも可能だろう。
「というか、少尉」
『なんでしょう?』
君、何か怒ってないか?
『…れのせいだと』
なに?
『何でもありません、中尉殿』
やっぱり怒ってるじゃまいか…。
ため息をついて、機体を動かすことを優先する。
入り口が見えてきた、よしここならば…
『遅かったな』
な、に…?
突如、かけられたスピーカー越しの音声。
『まず前回の礼を込めて、名乗っておこう。 木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星小惑星国家間反地球共同体、通称木連…優人部隊少佐、月臣源一郎』
白を基調として青いラインの入った機体。
エステより明らかにマッシヴなそのボディ。
『さあ、リターンマッチといこうか!! 灰被りイィィィーーーー!!』
98式人型戦術機<四神>二二型は一振りの大剣を振りぬきつつ、こちらへ言い放った。
同 セレナ機コクピット「有人タイプの敵!? でも…」
マジンと呼ばれている機体とは違う…!?
『第一機動艦隊を壊滅させた新型…ってわけか』
中尉が憎たらしそうに顔をゆがめて言い放つ。
『少尉、彼はどうやら俺をご指定のようだ』
だから、行けと彼は言い放つ。
「そんな!? 私だって…!!」
ムリだ、と彼は切り捨てる。
『一度やりあったからわかる、あれは俺より格上だ』
「中尉よりも…ですか?」
信じられない。
だが、真実なのだろう。
『だから、な。 助けを呼んできてくれ、それまで持たせる』
「…死亡フラグなんて立てないでください。わかりました」
必ず、友軍を呼んで戻ってきますから…
「ご武運を!!」
イミディエットナイフを渡して、彼女は離脱した。
彼の、ダテの勝利の未来へと。
同 ダテ機コクピットやれやれ、いってくれたか…
「ありがとうよ、少佐さん」
聞こえていないだろうが、礼をいっておく。
『気にすることはない』
って聞こえてるのかよ。
『ふん、婦女子・子供は国の礎だ』
古臭い考えだが、それには感謝しておくぜ。
たとえ、お前達が相転移爆弾なんてものでそれを虐殺したとしても、な。
『なに? お前、まさか…』
「お前じゃない、ダテ・タカヒロ中尉だ。 そしてそんなことは瑣末なことだ…」
グレネードパージ。クロー碗、展開。
ふさがっていた右手が自由となり、試作された可変クローが展開される。
「さあ、やりあおうぜ?」
木連軍 月臣機コクピット「同じ手は食わんよ!!」
スナイパーライフルの射線から回避しつつ、こちらも応射する。
互いに中距離を保ちつつ、射撃戦。
双方とも遠距離装備はもっていない。
だが…
「受けよ、我が太刀!!疾風怒濤の一撃うぉおおおお!!」
太刀を思い切り振り下ろす。
連合宇宙軍 ダテ機コクピット上段からの一撃。
大きな隙を作る一撃だ。
カウンター!!
手段を実行に移そうとする。
だが直前、DTセンサーが最大級の警告を発したのを視界に捕らえる。
悩む前に燃料式ブースターまで噴かせて、全力回避。
振り下ろされた一撃が、まばゆい光条となって自分の居た場所までも…そしてカウンターを行えばいたであろう場所までもなぎ払った。
「おい、勘弁してくれよ…」
光条が消えた跡、高温によりドロドロとなった火星の大地をみてぞっとする。
『避けたか…』
排熱のために白い蒸気をマフラーから放出する太刀を悠然と構えつつ、奴の機体は満足だ、というにうなづいて見せた。
数日前 軌道要塞フォボス 第666格納庫「指向性空間歪曲場仮想砲身?」
そうや、と目の前のめがねをした少女といってもいい女性、水橋 時雨一等兵曹と首を縦に振る。
「少佐はん。 光学兵器が空間歪曲場によって湾曲されるのはわかるよね?」
もちろん、と応える。
「これはそれを利用した超高出力光学兵器や」
光学兵器は空間歪曲場で屈曲させられ、逸らされる。
ならばその性質を使って今まで材料工学の限界から達成できなかった出力の光学兵器を作ることはできないか?
その回答が…
「仮想砲身や」
簡単に言えば磁気閉じ込め型の核融合炉のように実際の物質の表面にシールドを張ってやることで本来耐えられない出力に耐えさせる、そうゆうことだ。
「まぁ言うは易し、行うは…な状態だったんやけど、地球側からぶんどってきた相転移炉搭載戦艦…えーと、シャクヤクや。あれに載ってた技術資料が役にたったんやな。」
その中に空間歪曲場を一定形状の状態へ落ち着かせる技術の資料が含まれていた。
(なお、木連側が相転移砲についての資料を会得して、一時恐慌状態ともいえる状態に包まれたのもこのとき)
「だが…今更、光学兵器の必要があるのか?」
光学兵器は木連ではメジャーではないが、コロニーや小惑星のエネルギー源は未だに核融合炉だ。
なにせ反応させる物質なら近くの木星に腐るほどある。
よって、レーザー核融合炉もあるし、それ以外のレーザー応用技術もそれなりにある。
だが…兵器として使うのは空間歪曲場の存在ゆえにあまり考えられなかった。
戦争開始後に、地球連合側にも相転移炉搭載戦艦が現れ始めたため光学兵器は時代の仇花として歴史に埋もれる…かと思われた。
「そうやね。 けど…」
光学兵器の最大の長所はその弾速の速さと付随する熱だ。
重力波砲も速さでは負けていないが…熱は伴っていない。
「もしその熱が宇宙空間で、つまりは放熱が極めて困難な空間で放熱限界を超えた有人艦に直撃したときはどうやろか?」
想像する。有人艦の最大の長所は人間、そして弱点もまた…
「石川五右衛門には、なりたくないものだね」
彼の処刑は釜茹で刑だ。
「歴史家やね、うちはむしろ『熱死』(エントロピー増大による宇宙の終末の形の一つ)をもたらす存在、の方がええわ。
とにかく、わてらはこの装備を罰するもの、パニッシャーと名づけた」
地球被れやけどね、と彼女が肩をすくめるのを横目で見つつ月臣は思った。
パニッシャー、か…なかなか力強いフレーズだ。
まぁ、本来の用途からは違うが…機動兵器の空間歪曲場ならばこの試作品の出力でも貫徹し、性能面でのテストもできる。
「まぁ実戦証明だ」
向き直る。さあ、灰被り…お前にこの『破邪の剣』を折ることができるか?
連合宇宙軍 ダテ機コクピット…想像はついた。とにかく極めて高出力な光学兵器。しかも、DFを中和手段なしで貫徹するほどの。
帰って報告書を書いたら、サコン班長あたりに質問攻めにあうだろう。
その様子に思わず苦笑し…覚悟を決める。
「そうだ、俺は帰る」
射程が違う?―――多少長い槍をもってるだけだ、懐に入れば奴の装甲を食い破れるのはこっちも同じだ。
実力差がある?―――機動兵器戦が実力差だけで決まるものではないことを教えてやるよ。
「覚悟完了…当方に」
スナイパーライフルを捨て去る。
DF最大出力、クローに出力集中。
不可視のジャバウォックの爪が展開。
用意は…できた。
「敵機迎撃の用意あり!!」
木連軍 月臣機コクピットライフルを捨て去る目の前の敵機。
「よかろう…」
こちらも打ち合いに使ったライフルを捨て去る。
居合い抜きの構え。
「来るがいい!!」
―――傍観者の視点からみるとしたら先に攻撃へ移ったのはダテ機。
それを待ち構えるように、月臣機も加速する。
仕掛けたのは…月臣機
「思いを果たせぬまま死んでいけェ!!」
「誰が思い通りにいい!!」
だが、ダテの叫びとは裏腹に彼のプロト・アリストロメリアはまるで紙をのようにDFを切り裂かれ、その光の太刀は容易く彼の機体をなぎ払…
「ぬう!?」
「足なんて…飾りだぁ!!!」
…うかと思われた瞬間、緊急パージされた脚部がその太刀の犠牲、そして楯となった。
そしてやってきたのはダテのターン。
ブースターの力で浮いている機体を力任せで四神に接触させる。
双方のDFが衝突し、消滅。
だが、収束されたDFは未だに能力を保っていた。
「切り裂けェ!!」
クロー腕はその能力に恥じない働きをした。
太刀のつかまれた四神の腕を粉砕、エネルギー供給を母機に頼っている<パニッシャー>を機能停止に陥らせた。
そのまま、四神をつかみ…
「く、離せ!!」
「誰が!!」
火星の大地に双方が絡み合いながら転がる。
そして、そのまま止まる。
…そして動きがなくなった。
連合宇宙軍 ダテ機コクピット「…ッ〜〜〜」
気絶、していたのか?
身体ステータスの確認を体内機器に命じる。…よし、軽い内出血はあるが問題ない。
「機体のほうは…装備関係は全滅か」
ゲキガンアタックとまではいかないが思い切りぶつけたんだ、それなりに損傷はでている。
「アサルトピッドが持ったのは奇跡か何か…まぁ悪くはないさ」
電路は無事、だけど足がない以上は…これ以上の無理はできんな。
生きているモニターを眺める…
「あちらも動きがない、か…」
チャンス、だろうな。
今更ながら、戦闘開始時の月臣と名乗った男の口ぶりを思い出す。
「カワサキ・ディストラクションについて何か知っている、か」
ならば…
決意を込めて、アサルトピッドの開放を命じた。
視点 ダテ・タカヒロナイフシースに収められたナイフを確認。
周囲を見渡す。
安全確認、ジャンプで降りる。
アサルトライフルの安全装置を解除、急ぎ足で敵機へと接近。
…動きはない。
「対人センサーが死んでる…わけではないだろうが?」
座席に近づいたら、いきなり再起動。DF起動…という展開は勘弁ねがいたいが。
「ええい、どっちにしてもいくしかない」
決断。すっすっ、と突起につかまり機体を登る。
「…あそこか」
搭乗ハッチらしきものを確認。多分周囲に緊急用の開閉装置が…
いや、待て。よく見ると…開いていないか?あれは…
く、ミスった!!
「
Freeze!」
横合いから殺気とともに訛った英語が響いた。
視点 月臣源一郎伝わっているか不安になる英語を続ける。
「その場に武器を置いてこっちを向け」
「オーケー、わかった…だから、撃つなよ?」
ナイフとライフルを置く。
「そのままこっちへこい」
彼はそれにうなづき、ジャンプで地上へ降りて…
銀光。
気付いたときは遅かった。
「クッ!?」
思わず防御しようとが、スローイングナイフは銃を直撃。
電撃。
痺れたような感覚とともに落としてしまう。
「形成逆転だな」
その言葉とともに…ナイフを突き立てられた。
視点 ダテ・タカヒロ(やれやれ、なんとか賭けに勝ったかな…)
隠されたナイフを見えずに取り出して攻撃できるか、が問題だったが…悪くない結果だ。
「さて、話して貰おうか?」
「…何を聞こうというのだ?」
騒ぐかと思ったが、案外素直だな…
「カワサキ・ディストラクション、てめーらの相転移爆弾のせいで破壊された町だ。…誰が考え付いた作戦だ?」
「聞いてどうする?」
「それは聞いてから考える」
だんまり。
やれやれ、こいつは揺さぶりをかける必要が…
その時、強化された耳に聞きなれた音が聞こえてくる。
何か重い物体が落下するような音、これは…!!
「む!?」
「くそったれ!!」
月臣少佐も気付いたのかその場に伏せる。
その瞬間、周囲を囲むように重砲弾が落下し、遅発信管とともに炸裂する。
巨大な赤土の柱を発生させつつ、その破片と土の混ざったものが自分と月臣少佐の周りへ降り注ぐ。
視点 月臣 源一郎多数降り注ぐ重砲弾、このコルダイトチャージの硫黄臭からして…連合宇宙軍のものか。
「どうやら…この場はこれで失礼しておくことにしよう」
「な、てめ!!」
ダテ中尉はその場に伏せたままだ。
慎重なのだろうな…、いい士官になのだろう。
だから彼の知りたいことを一つだけ教えておく。
「灰被り、いやダテ中尉。教えておこう…アレを指示した人間はその跡地を見た後、罪悪感で自ら命を絶ったよ」
俺の顔が驚愕に歪み、そしてなんとも悔しげな顔に変わる。
口惜しい、か…。
「また会おう、中尉。 君と私には因縁がある…」
重砲落下までのわずかな隙を縫ってコクピットにもぐり込みながら告げる。
彼はその場に伏せたままだ。
「なぜなら、我々優人部隊こそ…あの悲劇をもたらした現場に居合わせたものたちだ」
どうゆうことだ、という疑問を彼の口が吐き出そうとしたとき、ハッチが閉まった。
緊急発進。
『さらばだ』
スラスターを吹かし、その場からある程度はなれ、その場で緊急跳躍システムを起動させる。
ボゾンの輝きの中へ彼は消えた。
視点 セレナ・ファルマシア目の前で回収車に回収される残骸のようになったプロト・アリストロメリアに息を飲みつつ、近くで関係者と話している。
「ダテさん!!」
それに気付いたのか彼がこちらを向く。
「ああ、お嬢さん。 援軍をありがとうよ…」
普段どおり、そう見える。
だけど…
「どうした?」
なにか、違うような…
「あ、いえ… 無事でよかったです」
「そちらもね」
他の連中は?と彼が聞いてきたので彼女はその疑問を忘れてしまった。
ゆえに気付かなかったのだ、彼の目に宿りつつある狂気に。
視点 キリシマ・シュウその様子を眺めるものがいた。
第一段階は成功。
状況は第二段階へ進むことになるだろう。
「さあ、踊ってくれ。 ダテ中尉、君こそ…」
『協定』の連合宇宙軍における、特異点なのだから。
『悪魔』と呼ばれる戦術の天才は、そのあだ名にふさわしい笑みを浮かべつつ、その場をさった。
新たなる『悪魔』の謀略をつむぎ上げるために。
視点 草壁榛名「ああ、ご苦労様。ええ、ゆっくり休んでちょうだい…」
新装備のテスト結果、悪くないわね。
少々、コントロールのほうが面倒だけど…
「こればっかりはソフト面の問題だしねェ」
ソフト面での木連側の劣勢は相変わらず。こればかりは競争社会前提の地球との差としかいいようがない。
「まぁ1セットだけならなんとかなるか…」
ついでに、あの船も有効利用しましょう。
同型艦のない船なんて、実験艦くらいしか利用価値がないんだし。
「それにしても、『協定』ね」
これで、哀れあの第3秘書君は木連側の特異点とならざる得ない。
「まぁ、仕組んだ私は地獄に落ちるわねェ…」
軽く彼女は言う。
まったくそれを構わない、といわんばかりの態度で。
「…まぁ余計なことを考えている虫もいるようだし、フォローはしてあげないとねェ」
くすりと微笑む彼女の顔は年に似合わぬ妖艶さも加わり、パンデモニウムの主としてふさわしいものであった。
かくて、
『協定』の鎖にからみとられた者達の『夏』はさらなる激化をみせる。
このまま彼らが
『協定』の裏に暗躍するものの思うがままに動くのか。
それともそれを
食い破る大狼となるのか。
それを知る物は2199年2月の現在、ただ一人たりとも存在しない。
―――時代は世紀末。
―――先を見通し助言する預言者の姿は、未だなし。
―――第一部 完
第二部へ続く。