また、この夢を
―――君の知っている
見ているのか。
―――死んだ。
何度も、何度も
―――違うんだよ
見続ける
―――やつらの実験で
醒めない夢は
―――もう、君に
現実。それが夢でも、
―――ラーメンを作ってあげることは
それは現実を
―――できない
侵食する――
―――サヨナラ
悪夢。
ネルガル月面地下ドック、草木も眠る丑三つ時よりも3時間ほど過ぎたころ、白亜の戦艦ユーチャリスを見上げながら話し込む二人の男が居る。
一人はスパナを持ちつつツナギを着込んだ三十路程の男で、もう一人は顔半分を覆う黒いバイザーにロングコートのような黒いマント、全身を覆う黒いタイツという変質者丸出しの格好の真っ黒い男である。
「やはり、高Gがかかる状況で音声入力は不可能だ」
「やっぱりそうか。しかたねぇなぁ」
「ああ、残念だ・・・とても残念だ」
「IFS連結でいいか?レバーとかペダルとかアナログでもロマンのあるのはできるだけ希望を聞くが」
「ドリルがほしい。漢はアンカークローではなくドリルだ」
「やっぱそうだよなぁ!ドリルは漢のロマンだよなぁ!」
黒衣の男が研究員等のための居住区に向かうと、イネス・フレサンジュ研究室の前には艶やかな黒髪を持つボブ・カットの女性が待ち受けていた。
「ダークネス、眠れた?」
「いや、またあの夢を見た。やつらの計画の成就は近い、ということか」
「そう、貴方には苦労をかけるわね・・・・」
「全てを終わらせれば、悪夢も終わる。今の俺は自分のために戦っている」
エリナ・キンジョウ・ウォンである。
顔半分を覆う黒いバイザーと、黒いマントを着込んだ格好の男には彼女とのコンビはかなり似合わない。美女と変質者というフレーズがむしろ似合うといえた。
朝も早いのに、ドックの方は喧騒に満ちている。整備班長の指揮が飛び、整備員達の咆哮が遠くから響いて聞こえる。昨日損傷した漆黒の機動兵器と白亜の戦艦を補修しているのだ。
男、ダークネスは面倒くさそうに癖毛をなめした。しかしその苦労は徒労である。頑固な黒髪は指からすり抜け、元いた場所にもどろうと重力に逆らって動き回る。
「ラピスは、大丈夫か?」
「ええ、まだ眠っているわ。ドクターもついてる」
「なら、問題ないな」
「あの人は?」
「やっぱり、ショックが大きいみたいね」
自分の相棒の安否を、ダークネスは尋ねた。ドクター・イネスがついているのなら、ラピスは心配あるまい。
イネス・フレサンジュは恐らくは太陽系で一番ナノマシン対処法に詳しい人間だ。彼女のことを信頼しているし、これからも彼女の能力に頼ることになる。結局昨日も頼ってしまった。
「どこへ行くの?」
「地球へ。やらなくてはいけないことが、ある」
「そう・・・・・ラピスは?」
「頼む」
ダークネスは首に掛かっていたペンダントを指ではじいた。そのペンダントには、本来あるべき石がついていない。
ダークネスを見送り、エリナはそっとため息をついた。星の煌めきは人の想い、ならば彼らの煌めきはどこにあるの?
どこまでの黒い宇宙の帳、その天蓋の向こうに光はあるの?
「アキト君・・・・・無事でいて」
「ナデシコC?」
地球連合宇宙軍の司令室で、サブロウタは素っ頓狂な声を上げた。それに対してミスマル・コウイチロウは荘厳ともいえる表情で、頷く。
「いちにーさんしーの、しー。現在ネルガル月ドックにおいて最終チェック中」
(ボケ・・・?それとも痴呆でしょうか?)
「君たちは独立ナデシコ部隊として遺跡奪還の極秘任務に当たってもらいたい」
コウイチロウの言葉に、秋山が後を取って続ける。見事なスルーである。へこむコウイチロウもひいているルリ達もスルーし、腕を組み自信溢れるその立ち姿は木連軍人の鑑である。
「じゃあ、正規の軍人さんは使わないほうがいいですね」
「そのとおり」
「どうするんすか?」
影の薄く、出番のないハーリーに代わりサブロウタが疑問を出す。そのとき、彼らの後方から軽快な笑い声が聞こえてきた。
ルリたちが振り向くと、そこには懐かしい人がいた。
プロスペクター。ネルガルSSの長だった男である。飄々とした外見からは分からない、高い個人戦闘能力を有し、どこからともなくソロバンを取り出す謎の男。
ナデシコ長屋のあと、ネルガル会社員にもどっていると聞いたが、こんなところで何をしているのだろうか。
水槽の陰から身を乗り出し、満面の笑みを浮かべているプロスに、ルリは疑問を抱いた。やっぱりこの人は謎だなぁ。
「と、いうわけで私どもがお手伝いすることになりました」
「プロスペクター?本名ですか?」
「いやいや、ペンネーム、いや、魂の名前のようなものでして。まま、各人手分けして人集めと行きましょう。歴史はまた繰り返す。ちょっとした同窓会みたいなもんですかな」
「はい」
「それにしても、ルリさんお久しぶりですねぇ」
「はい、本当に」
面白くなさそうな顔をするハーリーを無視して、ルリとプロスは社交会話などを続けている。この会話で、ハーリーにも昔のナデシコの仲間を集めるということが分かった。それだけに面白くない。何が面白くないのかちょっとよく分からないのが、さらにハーリーの苛立ちに拍車をかける。
「ところでプロスさん、聞きたいことがあります」
「なんでしょう」
「The knight of darknessって、誰ですか?」
「はっはっは、何の話ですかな?」
ルリの科白が、ハーリーをさらに困惑させた。プロスはルリの質問に笑ってはいる、笑ってはいるが、その笑みは多少引きつっているように見える。
あの漆黒の機動兵器のパイロットのことを、言っているのだろうか。
「ネルガルにいるはずなんですよ。あの時遺跡に融合されたアキトさんをわたしは見ました。それから赤い機動兵器がボソン・ジャンプしてやってきて、『友の前で死ぬか』って言ったんです。ナデシコに乗る前のアキトさんは火星からのジャンプでやってきているので、友達いません。
ナデシコ下りた後はわたしを引き取ってくれたので、アキトさんの交友関係はわたし、知っています。
知らないのは、ネルガルにテスト・パイロットとして出勤していた時間・・・・・
統合軍やクリムゾンとネルガルの確執も、ご説明しましょうか?」
プロスペクターの笑顔は既に固まっていた。
「艦長!アキトさんって誰ですかぁ!」
「ハーリー君、うるさい。サブロウタさん、ハーリー君を連れて旧ナデシコクルーへの訪問お願いします」
「了解です、艦長」
喚くハーリーをサブロウタが羽交い絞めして連れて行く。ハーリー暴れるがいかんせん背丈が違いすぎる。ハーリーなどそう重くはないので、サブロウタは手を固定しながら持ち上げて移動する。
「これで、あの二人には聞かれません。どうぞ、心置きなく話してください」
「言い訳は・・・・・通用しそうにないですねぇ。彼のことは、そうですねぇ、確かに知っています。ですが、話すことは出来ません。特に旧ナデシコクルーには。
それが彼の意思ですし、やはり信頼で結ばれている者同士、無闇に秘密を暴露するわけにはまいりません。
ただ、あの人は味方です。ナデシコクルーに危害を加えるとか、そんなことはありません。あの方にはテンカワさんを助け出すために尽力していただいております。
それに・・・・・あの人は遠からずルリさんの前に姿を現すでしょうから、そのときご本人に確認されてはいかがですか?」
「そうです、か。つまりあの人は旧ナデシコクルーに何か関係のある人で、プロスさん直々にスカウトした人なんですね。そしてその人はわたしを知っている・・・・・もしくはアキトさんに聞いているんでしょう。違いますか?」
無表情に問い詰めるルリに、プロスはあさっての方向を向いていた。
その後だんまりを続けるプロスからは大した情報は得られなかった。
だが一つ、重要な情報がある。黒衣の男は、わたしに会いに来る。
日々平穏でラーメンを啜るルリは考える。ハーリーが喚いてどこかに走っていってもきにしない。
わたしに、あいにくる。
どうして?どうしてわたしに会わなければいけない?
わたしに会わなければいけない理由が、わからない。
「わたしはここにいる。ここでまっている。わたしをわすれないで、か」
一人遠くを眺めながら、ルリは独語した。
呟くようなその言葉にサブロウタはちょっと顔を上げたが、すぐにラーメンのつゆを制覇するため、再びどんぶりに顔を突っ込んだ。
ハーリーはミナトに保護されていたらしい。本当に世話のかかる子供である。ルリはミナトに礼をいい、ハーリーを連れてその場をさる。
その後、三人で電車に乗って、連合軍の宿舎に帰る。サブロウタは腕を組んで眠っているらしく、ハーリーはルリの肩にもたれかかりながら寝息を吐いていた。
ルリはその中で一人だけ目を開け、所在なさげにあたりを見回した。
テンカワ・アキト。わたしの騎士。
あなたが消えてしまってから、もう二年がたちました。
背はあんまり伸びません。それでもちょっとは伸びました。
髪は一杯伸びました。顔も大人っぽくなったね、といわれます。
貴方はわたしをみて、どう思うのでしょうか。なんて言ってくれるでしょうか。
二年振りに貴方を見たとき、わたしの心は重かった。
貴方の顔は苦悶に歪み、憤怒に歪み、憎悪に歪んでいました。
この二年あまり、貴方に何が起こったのでしょうか。
わたしは、知るのが
怖い
ああ、それでも、それでも。
それでも、会いたい。
ルリは顔を上げて―――反対車線の電車の中に、黒衣の男を見た。男はルリを確認すると、にぃ、と口の端を吊り上げた。
電車は動き出し、視界から消える。顔の半分を黒いバイザーに隠してはいても、その顔は知っているダレカであるように、思えた。
「黒騎士・・・・・・・・・・貴方は・・・・・・」
「貴方は何のために戦っているのでしょうか」
「そういう自分も」
「戦いの果てにあるものが、怖い!」
「今日はゲキガン祭り」
「あ、それ違う漫画です」
「とりあえずここまで」
火星の後継者の本部は今日も平和である。ヤマサキ博士は手に持った少女マンガをぱたんと閉じ、周りにいる将校、さらにはコミュニケでもって少女マンガうるるんをちら見している構成員達に宣言する。周囲からため息が漏れた。最近の少女漫画はどろどろしすぎである。
「今までのシステム暴走の原因はずばり夢です。我々のイメージをジャンプシステムに伝える人間翻訳機テンカワ・アキト。彼の見る夢がある種のノイズとしてシステムの暴走を引き起こしていたのです。従来のテンカワ青年の夢に負けないように入力側のイメージを増幅する方法をとっておりましたが、今回はずばり、『復讐』のイメージをミックスしてみました。
彼の心理の裡には搾取者に対する憎悪が燃え盛っておりました。まぁなんせ両親を暗殺され、故郷を破壊され、誘拐なんかされちゃったもんですから。あはは、あ、笑い事じゃない?そうかもしれませんね。彼の故郷を破壊したのって我々ですしねぇ。
まま、心のうちでは、振り上げた拳を振り下ろす目標を、求めていたんですよ、彼。
そういうわけで、彼の夢の中で復讐をさせることにしたんです。都合よく5年前に遺跡から発掘されたナノマシンの検体になってくれた方がいたので、その方と遺跡をナノマシンでリンクさせ、彼の行動をダイレクトに転移させることにしました。今テンカワ青年は夢の中で世界の全てに復讐をしていることでしょう。備えあれば憂いなし、ですねぇ。
まま、その分彼の人相が悪くなってしまいこちらが精神的苦痛を受けてしまいますが、まぁ新たなる秩序のためには必要なことです。
まさに、我らが技術の勝利!」
おおーと、周囲から感嘆が漏れる。ヤマサキ博士も鼻高々。
こうして火星の後継者の平和な夜は更けていくのだった。
「久しぶりだなアカツキ」
「久しぶりだねぇダークネス。で、どうしたの用事って」
黒衣の男はネルガル本社ビルにふんぞり返る落ち目の会長を訪ねていた。戦犯と名高いアカツキ・ナガレネルガル会長はどうみても一見不審者の男に特に気負いもせず、実に軽い口調で用件を尋ねる。
「・・・・・・最後かもしれないからな」
「やめてよ、縁起でもない。テンカワ君を助け出したら僕ら三人で飲み明かすっていってたろ?」
思いのほか軽い口調でダークネスは自分の死を予告したが、軽かったはずのアカツキ・ナガレは急に神妙な顔になっていた。
「・・・そう、だったな。すまない、弱気になっていたかもしれない」
「いいよ。僕もちょっと神経質になってたみたいだ。でもね、最後なんていわないでくれよ。君にはまだまだ働いてもらわなくちゃいけないんだからね」
アカツキ・ナガレという男はこういう男だったな――ダークネスは黒いバイザーの下で目を細めた。こいつは自分を悪役にしたいのだ。友情だとか熱血だとか、そんなものは自分にはないなどとニヒルに決めたいのだ。
だからお前にはまだ利用価値があるだなんていいながら、その実心配して万全の注意を払いながら勇気付けようとしている。
「ああ、当然だ。ネルガルには大恩がある。それを返すまでは死ねないさ」
「全くだねぇ。幾ら掛かったと思うのさ。ま、それはそれとして、アレ、うまくいったよ」
「そうか・・・感謝する」
「採算とれるのかちょっと不安だけどね。僕専用勝負下着を企画に出しても採用しなかったくせに、君の企画は採用するんだもんなぁ」
「・・・・・・お前一回経済を学んだほうがいいんじゃないか?いや、その前に常識か」
「全身黒タイツに黒マント、黒いバイザーの変質者に言われるとは思わなかったよ」
乾いた声で笑いあいながら――男たちの夜は更けていく。
遺跡の中で、テンカワ・アキトは夢を見る。
怒りの夢。破壊の夢。懺悔の夢。後悔の夢。恐怖の夢。喪失の夢。炎の夢、絶望の夢。
「君の知っている、テンカワ・アキトは死んだ」
―――身を切り裂く痛みは何だ。
「彼の生きた証、受け取ってほしい」
―――心を抉る、刃は何だ。
「違うんだよ、ルリちゃん」
―――この憤怒は、どこへ行く?
「もう、君にラーメンを作ってあげることはできない」
―――この絶望は、どこへ行く?
「サヨナラ、俺の――」
―――あぁ、そこへ、行くのか。
「どこだ、どこにいる北辰!殺してやる、殺してやるぞ!!」
赤い義眼が振り返る。歓喜に顔を歪めて、舌なめずりしながら。あぁ、北辰、お前はどこにいる?すぐにそこへ行く。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。
お前は、どこにいる?
「秩父山中」
そうか、そこか。
「!?」
ルリは悪夢を見て、飛び起きた。嫌な夢だった。起きた瞬間、殆どの内容は忘れてしまったが、その絶望は覚えている。
「サヨナラ、ですか」
ひどく希薄な笑顔だった。いや、アレを笑顔といってはならない。彼の笑顔は、心から楽しそうなその顔は、絶望と憤怒に彩られてなどいない。あれは夢だ。嫌な夢。
『だから、黒い皇子は血塗られた夢を見る・・・・・』
この言葉は、誰が言ったのだろう。夢。思い出さなければ、これは何か、必要なこと。
『これじゃ、あいつが浮かばれねえよ・・・・・・』
そうだ、これはリョーコさんの科白。その後に続いたのは、黒いパイロットの科白・・・・・
血塗られた夢、それは誰が見ているの?
「A級ジャンパーの人に会うのは、初めてです」
見た目は黒髪オールバックの少年、しかし実際連合宇宙軍少尉マキビ・ハリはいささか緊張した面持ちで、握手のために右手を突き出した。
通称はハーリー。これは頭がつんつん尖っているためにルリが情けを催してハリからハーリーにマイナーチェンジさせたのではないか、というのがナデシコBクルーの総意である。
とりあえずそんな感じの少年の前には、黒いバイザーで目元を隠した妙齢の女性がいた。
「よろしくね、ハーリー君。あたしに任せて!」
数日後、墓地に続く石段で、ルリは空を見上げていた。そろそろハーリーがナデシコCを取りに、月のネルガルドックに飛んでいるころだ。
過去に二度、ルリはシャトルを見送り、失った。
一度目はテンカワ・アキトを、二度目はイネス・フレサンジュを。
「三度目は、嫌です」
その呟きは風に流れて、誰かに届いたのだろうか。喪服を纏ったミナトはルリの髪をそっと撫でた。
墓地には、先客が居た。思えば予感があった。ナデシコクルーを集める際、帰りの電車の中でみた黒衣。そして、夢。プロスペクターの言葉。
隣のミナトは驚いているようだ。ま、当然。イネス・フレサンジュの三回忌にきてみれば怪しすぎる格好の男がいるのだから。
ルリの身を護ろうとするミナトを、ルリはそっと手で制した。
「心配ありません。あの人は味方です」
三人揃って、墓石に手を合わせる。ルリは墓石の前にしゃがみ、手を合わせ、後ろの二人は立ったまま手を合わせた。
線香の香りが穏やかな風に吹かれ、優しく鼻腔をくすぐる。
ルリはその中でそっと目を伏せた。
「もっと早く、気付くべきでした。ナデシコの関係者、火星の人たち。死んだり行方不明になったのはアキトさんや艦長、イネスさんだけではありませんでした」
「ルリルリ?」
カラスが、飛んでいる。飛行機雲が空に流れ、青いキャンバスの中に白のアクセントをいれる。
「皆、火星の後継者に誘拐されていたんですね。そう、貴方も」
「正確には草壁派だ」
「そう、ですか」
「あのとき、まだ火星の後継者はなかった。しかしそれの基はできていた。草壁は用意周到な男だったから。
ボソン・ジャンプの人体実験は、木連ではできない。人口自体が少ないからな。優人部隊も、安全性の証明が必要だった。一部のナノマシン親和性の者しか受けられないのはそのためだ。
木連は、頑丈でナノマシン親和性を持つものを、地球から集めた」
「そして、A級ジャンパーの生産が不可能だと知った、ですか?だから草壁は人間翻訳機なんてものを使う気になったのでしょう」
「そうだ」
ミナトはわけの分からない会話をする二人に不審の目を送った。ルリは、この男が誰であるのか気付いているらしい。
しかし自分には分からない。この怪しい男は、一体?
「あの、ルリルリ?この人と知り合いみたいだけど、この人、誰?」
「ヤマダ・ジロウさんです。元ナデシコパイロットの」
え”?
ミナトはヤマダを見た。そうれはもうまじまじと。特徴的な癖毛。濃い輪郭。確かにそういわれればそうかもしれないが・・・・・・
「君の知っている、ダイゴウジ・ガイは死んだ・・・」
「だから、ヤマ『ダイゴウジ・ガイ』」
「・・・・・・・」
シリアスに呟くヤマダの言葉を否定しようとするルリの発言にさらに自己主張をかぶせるヤマダを見て、ミナトはこれがヤマダ・ジロウであると確信した。
青い空をカラスがあほーあほーと鳴いていた。
「どうして、生きてるの?」
「やつらは俺の頑強な肉体を欲した。ナデシコ医療班の中にクリムゾンに通じているやつがいたんだ。俺は宇宙ポッドで地球に送られ、そこで人体実験を受けた」
「あの回復速度、ギャグ補正じゃなかったんですね」
「・・・・・・・・・そうだ」
風が、吹いた。ヤマダは黒いマントの中からスラスターを取り出し、構えた。笑っていいのかどうなのか、悩むミナトを超えて、ルリ達がやってきた通路に向ける。
そこには編み笠を被った爬虫類がいた。
錫杖の音。まるで風鈴のような―――
「迂闊なりヤマダ・ジロウ。我々と一緒に来てもらおう」
トカゲが人語を喋った。ミナトは驚愕した。さらにトカゲの後ろから、どこに隠れていたのか六人の編み笠隊が現れる。それに向けてヤマダはスラスターを発射した。腹に響く轟音と共に発射された弾丸は、トカゲを射抜かんとしたが、目前まで迫ってから個人用ディストーションフィールドに阻まれて明後日の方向に飛んでゆく。
「重ねて言う・・・・・一緒に来い」
「断る」
「・・・・・手足の一本はかまわん。斬。」
六連が懐から小刀を取り出す。時代錯誤な服装と相まって悪い冗談のようだ。
「女は?」
「殺せ」
「小娘は?」
「あやつは捕らえよ。ラピスと同じ金色の瞳、人の業にて生み出されし白き妖精。地球の連中はほとほと遺伝子細工が好きと見える」
「汝は我が結社のラボにて、栄光ある研究の礎となるがよい」
ヤマダは歯をむいた。露出している顔面に、ナノマシン・パターンが浮き出る。青白い、ナノマシンの輝き。前みたときはなんだった?どうしてナノマシンが浮き出たの?それは、
「怒ったとき・・・・・・・」
六連がいざ、襲い掛からんとしたとき、軽快な笑い声が響いた。
「はっはっはっはっは、新たなる秩序、笑止なり・・・・・確かに破壊と混沌の果てにこそ、新たなる秩序は生まれる。それゆえ産みの苦しみ味あうは必然。しかし!
草壁に徳無し」
「久しぶりだな月臣元一郎、木星を売った裏切り者よ」
白い優人部隊の制服、豊かな黒髪。しなやかな体躯は野生の猫科動物を思わせる。元木連軍少佐、月臣元一郎は、髪を靡かせながらそこにいた。
「そうだ、友を裏切り、木星を裏切り、そして今はネルガルの犬・・・・・・」
自嘲と共に吐き出される。そしてその言葉が合図であったかのように、墓地の端々からネルガルSSが現れ、北辰達を包囲する。月臣の後ろには日本刀を構えたSSが、墓石を盾に見立て、後方には小銃を構えたSSが。イネスの墓の中からゴートが現れる。
そしてヤマダは再び銃を構えた。
「ガイとホシノ・ルリが会うところ、必ず貴様が現れると思ったぞ・・・北辰、投降しろ!」
「しない場合は?」
月臣の勧告に、北辰が尋ねる。その言葉に応えたのはヤマダだった。
「地獄に、堕ちろ」
「そうか」
北辰は楽しそうに笑った。
「烈風!」
北辰の命に、烈風と呼ばれた男が応える。うなり声を上げながら、烈風は月臣に突進、右手に持った長刀で月臣を貫かんと踏み込む。
月臣は横にずれそれをかわすと、右の掌でもって烈風の顔面を捉える。ごきり、と烈風の首が音を立てた。
瞬間、両腕は力を失い両手に持った刀も地に落ちる。
「木連式抜刀術は暗殺剣にあらず・・・・邪になりし剣、我が柔には勝てぬ」
月臣は烈風を投げ飛ばし、今にも攻め入らんとしていた六連の内二人を止める。北辰はそれをみて、やはり楽しそうに笑った。その顔に張り付いていたのは見まごうはずのない狂気だった。
跳躍。
そういった瞬間だった。北辰は胸部に設置されたディストーションフィールド発生装置を起動、投げ飛ばされてきた烈風を含めディストーションフィールドで覆った。
生体ボソン・ジャンプ。
驚愕するネルガルSSを尻目に、北辰は高笑いを続けた。そして左の赤い義眼で月臣と、そしてヤマダを捉えた。
「ヤマダ・ジロウ、また会おう・・・・・」
その場に北辰たちは誰一人として残ってはいなかった。
ゴートはネルガルSSたちに指示を与えている。先ほどの喧騒が嘘だったかのように、墓所は静かだった。移動するSSたちは北辰の行方を求めて調査を開始するのだろう。もうすぐ、終わりが始まる。
「やつらは、アキトを堕とした」
「え?」
突然話しかけられて、ルリは混乱した。堕とした、とはどういうことなのか。
「草壁の大攻勢も、近い。だから君に渡しておきたいものがある」
そういうヤマダの顔には決意が秘められていた。
「これ、は」
ヤマダがルリに渡したものは、石のないペンダントだった。見覚えがある。これは、アキトの両親の形見、そして火星からボソン・ジャンプしたときに唯一もっていたもの。
ラーメン屋の屋台を出しているとき、このペンダントには青いチューリップ・クリスタルがついていたはずだ。
「あのシャトルには、俺も乗っていた。アキトはすぐに俺だと気付いたよ。北辰たちにシャトルが占拠されたとき、アイツは俺を飛ばした。俺の体はB級ジャンパー体質だったから。
俺がここにいることができるのは、あいつのおかげだ。
あいつは俺を飛ばす瞬間、今度は間に合ったと言ったんだ。あいつは俺を助けた。だから俺も、今度こそあいつを助ける」
「そういうこと、でしたか。貴方が戦う理由。アキトさんは貴方を助けられなかったことを悔やんでいました。ずっとずっと、きっと貴方を助けるまで。
でも、何故これをわたしに?」
「その質問に答える前に聞いておきたい。君が求めるのは以前のテンカワ・アキトなのか?」
「どういう意味ですか?」
「今のあいつは俺の夢を見ている。俺の行動を、自己に転移させられている。もはや、君の知っているテンカワ・アキトは死んだ」
淡々として語るヤマダ。ルリは、息を呑んだ。なんとなく、気付いていた。以前のテンカワ・アキトはもう居ない。いるのは痛みを知って、大人になったテンカワ・アキト・・・・・・あの苦悶の表情を、憤怒を、絶望をみたときに、気付いていた。あぁ、だから
怖かったんだ。
わたしを受け入れてくれないかもしれない。それが怖い。
自分を否定して別の誰かとして生きていくと、いわれるのが怖い。
君の思い出にサヨナラ、なんてどこかに行ってしまわれるのがどうしようもなく怖い。
そして何より怖いのは、わたしがあの人を受け入れられないこと・・・・・・気が狂うほど、それが怖い。
「あいつは今、全てを奪われ、全てを穢され、ただただ怨讐の彼方、天蓋の向こうにいるはずの白雪姫を求め、屍の山を築く夢を見ている。醒めない夢は現実だ。the price of darkness、闇の皇子。暗黒の最中で狂気のダンスを踊るもの。やつらがアキトを堕としたというのは、そういうことだ」
「・・・・・・・」
「人は何時までも、子供ではいられない。俺がそうであったように、あいつがそうであるように。人は誰かとの関係において成長していく。だが、あいつは全てを奪われることで成長せざるを得なくなった。
一人で生き、一人で死ぬ。
君は、誰を求める?」
「わたし、は、あの人に―――」
「そのペンダントを、君に託す。俺たちはアキトを遺跡から切り離す。
君が以前のテンカワ・アキトを求めるなら、そのペンダントをアキトに渡して去るがいい。もし君が―――俺の親友を支えてくれるというのなら、そのペンダントは君が持っていてくれ、アキトがいつでも帰ってこられるように。帰る場所になるように」
ヤマダはマントを翻した。後ろにはペンダントを見つめて動かないルリの姿。空は青く澄み渡り、白い飛行機雲が青を彩る。
「煌めきは、ここにある。なぁ、アキト・・・・・・」
その独白は、誰にも聞かれることなく空へと消えていった。