元木連軍中佐月臣元一郎は頭を垂れた。その相手は親友の想い人だった女性。
月臣は草壁に踊らされ、白鳥九十九を撃った。親友を自らの手で殺した。
その罪を裁くのは、この人だ。
ネルガルのSSとして働きながら、月臣はそう思っていた。この人になら、殺されてもいい。既に軍籍は捨てたとはいえ戦場以外で死ぬことは木連男児の恥、しかしこの人に殺されるのならば、恥でもいい。
今は、北辰を捕える作戦中ではあるが、月臣はミナトに銃を渡した。そして頭を垂れた。
無防備。いくつもの急所を晒して、月臣は処罰を待った。
後悔はしている。自分の愚かさゆえに、友は死んだ。だが、ミナトに謝罪するのは間違いのような気がした。
騙されたとはいえ、自分の信念により九十九を殺したのだ。ここで過ちを認め彼女に謝るのは、九十九に対する侮辱になる、そう思った。
月臣は待った。だが、待っても待っても、彼の望んだ死はやってこない。そっと顔を上げれば、ハルカ・ミナトは彼を睨めつけていた。
「ナイフ、ある?」
ミナトは月臣にそう聞いた。実に不機嫌そうな声音だ。
そうだな。ここには憎い男がいるのだ。鉛玉などではなく直接討つ方が確かによかろう。
月臣は小さく頷くと、懐から一振りの小刀を取り出した。実家に伝わる家宝である。
月臣はミナトにそれを手渡すと、再び頭を垂れた。脳髄を簡単に抉れるように長い髪をわけ、女性の細腕でも動脈を切れるように、僧帽筋から力を抜いた。
ぶちり、と音がした。ああ、終わったのか。
月臣は己の死を、平穏と共に受け入れた。思えば無為な人生であった。友を殺し、それでいてあの時信じたことを成し遂げることはできずに。平和な世界を築くために生きようと誓ったのに、それも為さずに今ここで殺されている。
愚かな男だ。九十九よ、お前の所にはいけないだろうが、天から俺をみて笑ってくれ。
寒空の下、乾いた音が響き渡った。
突然、頬を張られたのだ。痛い。
俺は死んだはずではなかったか、月臣は首筋に手を当てた。傷がない。
慌てて、正面に向き直る。ミナトは涙を溜めた瞳で月臣を凝視していた。その右手には月臣の手渡した小刀が、その左手には長く艶やかな黒髪が。
「彼の分まで、生きなさい」
ミナトはそう次げて、左手に持った髪を月臣に投げつけ、立ち去った。
「・・・・・・・」
彼女は、赦してはくれなかった。当然だ、誰か赦すものか。だが、それでも・・・
彼女は、俺を殺した。愚かな俺は、これで終わりだ。
月臣は三度頭を垂れた。今度は、死ぬためではない。生きるためだ。そして、必ずや世界を平和にしてみせると誓った。
深く、深く、頭を下げた。白鳥九十九がどこかで笑った気がした。
「わたしを、わすれないで」
ホシノ・ルリは一人呟く。部屋に盗聴器でも仕掛けられていなければ、聞く人はいない。その言葉には、意味がある。少なくともわたしにとっては大切な意味がある。
ある日、あのひとが言ったのだ。その手に小さな瑠璃色の花を持って。
―――ルリちゃん、この花の名前はね、勿忘草って言うんだ。
―――そうなんですか。かわいいですね。
―――花言葉は、真実の愛。私を忘れないで、だよ
―――わすれ「な」ぐさっていうくらいですからね。
―――そうだね。で、この花の和名が瑠璃草っていうんだ。
そういってあの人は微かに笑った。その微笑をわたしは今でも覚えている。
そう、瑠璃草。わたしをわすれないで。
あの日、アマテラスで遺跡が暴走したのは、わたしがアマテラスに行ったからではなかったか。あの暗号は、わたしに対するメッセージ。彼の夢。
そして、黒騎士が来た。わたしだけだったのなら、暴走しなかったのかもしれない。それでもあの人は、わたしを覚えている。私をずっと、忘れない。
黒騎士は言った。あの人は、夢を見ている、と。アキトをコントロールするために、心を殺す復讐の夢を見ている、と。どれほどの絶望を与えられているのだろう。ルリにはわからない。だが・・・・・・
「わたしも貴方を忘れません。1000年たっても、きっと。それに、勿忘草の花言葉は、真実の、愛ですから」
ルリは石のないペンダントをぐっと握り締めた。
火星の後継者が蜂起して二週間あまり、身内から多くの離反者を出した統合軍はその圧倒的な物量をもって火星の後継者の殲滅を行っていた。
破竹の勢いで統合軍は連戦連勝。しかし、火星の後継者がテンカワ・アキトを堕とした意味は、そのとき現れた。
闇の皇子の顔が苦悶と憎悪に歪み――積尸気の連隊が次々とボソン・アウトし、砲身が焼け付くほどの一斉砲火を統合軍にお見舞いしたのだ。この奇襲により統合軍は大ダメージを受け、火星の後継者は賛同者を増やし、統合軍から物資を強奪、来るべき決戦に備え火星極冠遺跡にて兵站線を形成した。
「おいおい、地球でゲキガンガー続編の作成が発表されたってよ!」
「おおおおおお、まじかよ?これも草壁閣下のご威光か!?」
「キャッチコピーかっこいい!・・・て、この真っ黒なやつどっかでみたことあるような・・・」
「どれだよ?あ、この主人公達に立ちはだかる謎の男ってやつ?確かにどっかでみたような・・・・?」
地球でのゲキガンガー続編作成決定に沸く火星の後継者達の中、主人公に立ちはだかる黒騎士は陰のある笑みを浮かべながら『お前の正義は俺の正義ではない』などと吹き出しの中呟いていた。
翌日、ルリたちは集まったナデシコA時代のメンバーと共に、民間シャトルに偽装して飛び立った。アララギ艦隊が護衛につく。
アララギ艦長がルリにきもい講釈を垂れ悦に浸っていると、オペレータにより敵襲が告げられた。ボソン・粒子反応がでたのだ。積尸気である。
そのとき、危険を察知したルリは黒騎士がいった「アキトを堕とした」という言葉を思い出していた。
そして思い出したらむかっ腹が立ってきた。
「ミナトさん、最大船速、敵の中心被弾しないように突っ切っちゃってください」
「了解♪」
ミナトは実に嬉しそうに返事をすると、指の関節をぽきぽき鳴らし始めた。シャトルのブースターが点火され、ナデシコクルーを乗せたシャトルは星の海を行く。
慌てたのは護衛艦隊である。被保護船であるシャトルを先行させるなどもってのほか、護衛艦隊も後に続く。
そしてもっと慌てたのは火星の後継者積尸気部隊である。なぜか護衛対象であるはずのシャトルが先行、積尸気部隊を突っ切っていったのだ。積尸気のボソン・ジャンプは一度きり、いわば制圧を前提とした片道切符である。ボソン・ジャンプで追いかけることは出来ない。そんなこんなでシャトル相手に普通の追撃戦となり、積尸気はシャトルに砲火しつつ追いかけるのであるが、そこで最悪の事態に出くわした。
「やっほールリちゃん、元気だったぁ?」
底抜けに明るい声がした。次の瞬間には、積尸気はグラビティブラストの洗礼を受けていた。
「え・・・・・・・ユリカ、さん?」
ルリは呆然と、呟いた。
「ユリカさん何で生きてるんですか?」
無事積尸気の襲撃を逃れ、クルーを乗せたシャトルはナデシコCに接舷し、乗換えを行った。はっきり言って殆ど護衛の役割を果たせなかった割りに被害の大きかったアララギ艦隊は袖を涙で濡らしつつ積尸気残党処理やら救助やらを行っている。
そんな微妙に弛緩した空気の中、ルリの第一声は聞きようによっては大分失礼な物言いだった。
案の定ユリカはうっと息を詰まらせた後、こほんと小さくわざとらしい咳払いをし、周囲を見回した。皆不審気である。能天気を地でいくユリカもさすがに冷や汗をかいた。
「あ、あのね、あたしも皆に心配かけるから生存の報告だけはしておいたほうがいいと思ったんだけどね、ネルガルが危険だからやめとけーって。
ネルガルもクリムゾンが何かやってるっぽいことは気付いてたんだけど、ちょっと後手に回っちゃって・・・
アキトも護衛さんついてたんだけど誘拐されちゃって・・・草壁派の遺恨か、A級ジャンパーのせいか、どっちか分からなかったけど、あたしはほら、どっちでも危ないからって、ネルガルの方で保護してもらって死んだことになっていたの。
それでね、火星の後継者の侵攻に間に合うようにナデシコCを火星に届けなきゃいけないから、ナビゲートをあたしが担当することになったの!」
「そういうことでしたか。ユリカさんの訃報を聞いた時のミスマル提督は20歳も老けたようで見ていられませんでしたが・・・アカツキさんも人が悪いですね。
あーあ、わたしは知りませんよ、提督怒るだろうなぁ。ネルガルどうなるんでしょうねぇ、あーあしーらなーい」
「うっ」
ユリカは、大分頭にキているらしいルリが感情の篭らない平坦な声で嘯くのを冷や汗垂らしながら聞いているしかなかった。
終わりが始まる。いや、これは始まりが終わるのか。テンカワ・アキトは誰かが夢見たモラトリアム。ナデシコという始まりが、今終わるのかもしれない。
子供はいつまでも子供ではいられない。
今、彼は一人で大人になってゆく。想いは誰も救わない。力なき決意は何も変ええない。
しかし、決意なき力もまた、何も変ええないのではなかったか。
信じることに、意味がないなんて誰が決めた?それを決めたのは、大人じゃない。
本当に必要なのは、自分の正義をもって刃に代え、運命を切り裂くことではなかったか。
今、一つの想いの果てに、終わりがある。
彼は正義を信じない。でも、彼の正義を信じる。
「ラピス」
「うん」
ヤマダ・ジロウは相棒に声をかけた。ナデシコC先行試作艦ユーチャリスのワンマンオペレートシステムにラピスが適合してからもう2年になる。
二人でテンカワ・アキトを救い出そうと戦ってきた。
「最後の戦いだ」
「うん」
ラピスがネルガルSSにより火星の後継者のラボから救い出されたとき、彼女は感情という感情を失っていた。唯一つ残ったのは、恐怖。生物の根源的な感情だけだった。
その当時、テンカワ・アキトはたびたびネルガル月面基地にて新型エステバリスのテスト・パイロットをしていた。
テンカワ・アキトはイネス・フレサンジュをたずねた折、ラピス・ラズリと出会った。
「必ず、救い出す」
「うん」
アキトはラピスにルリを重ねた。彼がかつてナデシコでしたように、アキトはラピスを構った。無視されても、邪険にされても、時間が許す限り彼はラピスと共に居た。やがてラピスはアキトに心を開いた。アキトの料理を食べ、イネスのコーヒーを飲み、時には微笑むことさえできるようになった。
「夜天光は、俺がやる」
「うん」
しかし、そんな日々も失われた。テンカワ・アキトは拉致された。ラピス・ラズリは再び感情を喪った。ただただ悲しかった。しかし、彼の生存の可能性を聞かされ、ラピスは戦場に身を投じる決意をする。
「ラピスは本部を頼む」
「うん」
最初は反対された。しかし諦めなかった。自分は変異型マシンチャイルドだ、この能力を活かし、アキトを救えるのなら、使いこなしてみせる。やがて、アカツキが折れた。
「征くぞ」
「うん。行こう」
そして今、最後の戦いに身を投じる。
ユーチャリスの艦橋にイネス・フレサンジュとヤマダは居た。
「マキビ・ハリは無事ナデシコCに到着、ルリちゃんと合流したわ。わたしはボソン・ジャンプで火星極冠遺跡にユーチャリスをジャンプさせた後、彼女の援護をしつつ遺跡を確保、医療班と共にアキト君を保護するわ。
ダークネス、貴方はどうするの?」
「夜天光・・・北辰と決着をつける」
「そう、仕方ないわね」
「ありがとう、ドクター。アキトの分も含めて礼を言う」
イネスはいいのよ、とばかりに手を振った。
「艦長は大丈夫だったか?」
「ええ、あたしがアキトを助けるんだ〜って張り切っていたわ。彼女、木連の主戦派の怨恨とA級ジャンパーで狙われる危険性大きいのにね。
ダークネス、勝ちなさいよ」
「当然だ。俺のために、アキトの悪夢を終わらせるために、ラピスのために、そして彼女―――大きくなった妖精のためにも、必ず勝つ」
イネスは微笑んだ。この男はきっと勝つ。
「ディストーションフィールド出力最大」
「ジャンプ・フィールド形成」
「イメージ伝達率良好」
種種のウィンドウが表示される。いつでも、いける。ラピスが頷くのが見える。
ならば、行こう、戦場へ。灼熱の鉄火場へ。
「ジャンプ」
火星極冠遺跡上方、ホシノ・ルリのナデシコCはただの一隻にて火星の後継者、ひいては火星全域を圧倒していた。
ウィンドウ・ボールの中のルリはIFSフィードバックレベル最大、ナノマシンの活性化のために表皮や髪が虹色の光に包まれている。その姿はまるで妖精。
「皆さん、こんにちは。わたしは地球連合宇宙軍所属ナデシコC艦長ホシノ・ルリです。元木連中将草壁ハルキ、貴方を逮捕します」
凛としたルリの声が、火星の後継者司令室に響き渡る。あたり一面はルリのシステム掌握により『おやすみ』の文字が飛び交っている。
戦わずして、敗北。火星の後継者はほとんどが木連の軍人、このような敗北を認めるわけにはいかない。ルリの声に、ほとんど反射的に罵声が投げかけられる。
その中でただ一人、草壁は両腕を組み、目を瞑り、黙考していた。やがて目を開き、厳かとも言える声で、言った。
「部下の安全は、保障してもらいたい」
「ボソン反応、7つ!」
「ルリルリ!」
「かまいません。アキトさんが、来ます。黒い悪魔に乗って、復讐を果たすために。今のあの人は、そのために戦っています」
「えっアキトどこ〜?」
「ユリカさん、空気読んで。いやまじで」
北辰は六連を引きつれ、極寒の地を疾駆する。もはや、いうべきことは残っていない。全ての決着を、つけるときが来たのだ。
火星の後継者としての決着、外道としての決着。そして、戦闘者としての決着。
前方にボソン反応、戦艦クラス。
弾ける淡い光の向こう、白亜の戦艦が見える。やがてそれは姿をとって厳然たる事実として再臨する。その艦首には、漆黒の機体。
「来たか、ヤマダ・ジロウ、ダークネスガンガー!」
待っていたぞ。この時を、この瞬間を。
「決着を、つけよう」
北辰はにやりと笑った。刹那、世界は割れた。
ダークネスガンガーは両腕に接合されたハンドカノンを乱射する。その弾悉くを夜天光の率いる六連は傀儡舞いを以って避け続ける。
六連は手にもった錫杖をダークネスガンガーに投げつけ、ヤマダを串刺しにせんと漆黒の装甲を剥がしに掛かる。
ぱきぱきと、ガラスを踏むような音を出して、ダークネスガンガーの装甲には7本の錫杖が突き刺さり、夜天光はその機動性でもってダークネスガンガーに肉薄した。
避けきること能わず。
ダークネスガンガーは元々機動性と剛性を追求した機体、その体躯は格闘戦にむいていない。ヤマダはぐっと唇を噛むと、脚部スラスターと背部スラスターを最大出力、頑強なディストーションフィールドでもって夜天光へのディストーションアタックを敢行した。
凄まじいGが掛かる。体が軋みを上げる。神経が焼ききれる、筋肉が断裂する、精神が断末魔の叫びを上げる。だが、それでも減速はしない!
「怖かろう、悔しかろう!たとえ黒衣を纏おうとも、ダイゴウジ・ガイとは呼ばれないのだ!」
仇敵の言霊が心を抉る。だが、それがどうした。失った心は怒りで満たせ。熱血で補填しろ!思い出せ。数日であったが、親友のあった日々を。自身をガイと呼んだ漢を!いいやつだった。それが今では無機物に張りつけ、動くこともできない。やつの無念を思い出せ!
――――ガイ。
これは、俺とアキトの復讐だ!
頭部の装甲が圧迫され崩れ落ちる。が、ダークネスガンガーの力に耐え切れなくなった赤い夜天光は、蹴りをいれて、ダークネスガンガーを引き離す。
「隊長!」
ヤマダは衝撃を耐え切ると、後ろを見遣った。IFSを通して脳に直接状況を転送、錫杖を喪った六連が、ダークネスガンガーに組み付こうと隊伍をなして突進してきている。
「邪魔を、するな」
それは誰の声だったか。次の瞬間にグラビティブラストが吹き荒れ、火星の一角を灰燼に帰した。黒い光が地をなぎ払い、前面にしかディストーションフィールドを張ることができない六連を濁流に押し流す。
ラピス、感謝する。
黒い嵐から逃れた六連も、ナデシコCから出てきた4体の機動兵器により殲滅されてゆく。
北辰。北辰。北辰!
アキトを誘拐した実行犯。アキトの左目を奪った者。
夢を見る前に、こいつはアキトを苦しめた。夢を見ながらも、アキトはこいつに苦しめられる。
俺の夢は、こいつとの戦いの夢。
ヤマダは背後に影を感じた。見なくても分かる。そこにはアキトがいる。
いつものようにぼさぼさ頭で、顔半分を覆う黒いバイザーをかけて、似合いやしない黒衣を纏った暗黒の皇子がいる。そうとも、今俺はアキトと共に戦っている。
花嫁を奪われた男。夢を見失い、希望を穢された男。痛みに泣き、絶望に咽た。再び立ち上がったのはなぜだったのか。
空ろな世界で銃把を握り、壁にもたれかかりながらも撃鉄を上げ、見えない目で照準をあわせた。そのトリガーをひいたのはなぜだったのか。
戦うため。部屋の隅で泣いていることなんて、できない。
取り戻すため。自分は無理でも、大切なダレカに祝福を。
一人で戦ってきた。誰かに頼ることもしなかった。誰かに頼れば、腐臭漂う復讐の世界を見せてしまうことを恐れた。躊躇った。
連綿と続く、怨嗟の鎖。やがて全てを終えて、消えるつもりだった。それでも、ああ、それでも。
本当は、誰かに救ってもらいたかったんだ。
ああ、もう大丈夫。悪夢は晴れた。今は、起きるのを今か今かと待っている。
すぐに起こしに行くよ、おはようは言えないけれど。
そして今、手を伸ばす。
「よくぞ、ここまで。人の執念、見せてもらった・・・・・・」
雪の平原で対峙する。敵は夜天光ただ一機。搭乗するは北辰、俺とアキトの敵。
アキトを起こしに行く。二年も眠っていたのだ、寝すぎだろう。
アキトの夢を、垣間見た。ヤマサキが遺跡から発掘したナノマシンによって、俺とアキトは繋がることになった。それはごくごく微弱で、俺たちが眠っているときくらいにしか、互いの夢をみることは、ない。
アキトが覚醒したのなら、もうみることはないだろう。
闇の夢、闇の皇子の神話。本当はなかったのに、あった夢の現実。
俺たちの夢を、もう見る人がいないように。
「勝負だ・・・・・・!」
ヤマダはヘルメットを脱ぎ捨てた。露出した表皮にはナノマシンの光が青白く煌めく。
ダークネスガンガーと夜天光は同時に動き出した。まるで雪の上を滑るように、今までの銃撃が嘘のように。
音のない世界で、静かすぎる立ち上がり。
二機の機動兵器は丁度お互いの行程の真ん中でぶつかりあった。
夜天光はディストーションフィールドを纏ったその拳をダークネスガンガーに叩きつける。漆黒の装甲を破壊しながら、夜天光の真紅の拳はコクピットを目指し進む。
ダークネスガンガーが後方に揺れた。
そして、スラスターを一気に開放した。
反転、ダークネスガンガーの右ドリルが、夜天光を貫く。
装甲が、崩れ落ちる。黒衣が、剥がれ落ちる。
胸部に大穴を開けた夜天光は、くずおれた。
「見事、だ。ダイゴウジ・ガイ・・・・・・」
ダイゴウジ・ガイの瞳には、涙が光っていた。
テンカワ・アキトは二年ぶりに目を開けた。長い、長い夢をみていた。全てを奪われ、復讐に生きる男の夢を見ていた。復讐のための、誰かの夢を。
本当は、違う。あの夢は俺の夢だ。ダイゴウジ・ガイは救うために戦った。誰かの想いのために戦ったのだ。それは、復讐ではない。
彼の夢を、復讐にしたてあげたのは、世界を憎んでいたテンカワ・アキトだ。
「ガ・・・・・・・・イ」
謝らなければならない。俺は彼の想いを穢した。
手を伸ばす。太陽の光の向こうに、黒衣の男を願う。
アキトの動く様をみて、周囲の人々は安堵の息を漏らした。まだまだ油断はできないが、遺跡との切り離しには成功したのだ。
「アキト・・・・・・さん」
ルリは右手のペンダントをぎゅっと握った。
ユリカが雄叫びを上げながらアキトに抱きつこうと走り出す。
アキトはそれを認めると、ひょいと避けた。ユリカはそのまま遺跡に激突、ぶぎゅ、という音を立てて動かなくなった。
アキトは衰弱した体で立ち上がった。全裸である。付近にいたナデシコの女性クルーが黄色い声を上げて、手で目を覆う。ただし、指の隙間からしっかり見ていたが。
男性クルーはおおっと感嘆の声を上げ、ルリは赤くなって卒倒した。
「がイ、なんダ・・・・・・ろ?」
二年間使っていなかった声帯を震わせる。その声も震えている。
五年前に別れ、二年前に再会した親友。軍の保身のために殺された親友。逆光の中に、アキトは黒衣の男を見た。
歩く、倒れる。それでもまた立ち上がる。また、倒れる。這ってでも、進む。
男は口元に寂しそうな笑みを浮かべていた。
お別れだ、そういっているような気がした。
アキトは立ち上がった。ふらつく足で、親友のもとへと向かう。右手を振り上げる。細くなってしまった腕を最大限振りかぶり、倒れ込むように一撃を繰り出した。
痩せてしまった体でも、全体重をかければそれなりの威力になった。拳は友の頬を捉え、黒いバイザーを飛ばした。
がしゃん、と黒いバイザーが雪の大地に落ちて砕けた。
「まダ俺ヲ友だと言ってくれルなら・・・俺を殴ってくレ」
ヤマダ・ジロウは手を振りかぶり、打擲した。細くなったアキトは吹っ飛び、ごろごろ転がってからようやく止まった。色を失った口元からは鮮血が流れ出ていた。
クルーたちはその凶行をとめることはできなかった。ただ、受け止めていた。これは儀式なのだ。二人の悲しき漢達の儀式。
「全部、俺のせいだ。俺の憎しみが、やつらに・・・・・・」
アキトは涙した。嗚咽した。
ヤマダ・ジロウは彼に漆黒のマントを捧げた。その目には暖かな光が宿っていた。
ふと、振り向くと光の中には薄桃色の髪の妖精が涙を流しながら立ち尽くしていた。
4/5 end