作者:193
2009/06/09(火) 01:45公開
ID:4Sv5khNiT3.
『大丈夫。多少問題点はあるけど、例のプランで問題なく使用できると思うよ』
「そう、よろしくね。すずか」
ひさしぶりの親友の声。これが私用ならば、ちょっとした雑談や、いつものように笑い話の一つでも出たかも知れない。
だが、アリサの表情は――バニングスの令嬢としての顔付きを崩すことはなかった。
親友の口から漏らされた兵器の名前――
アインヘリアル――管理局地上本部、いや、レジアスが推し進めている地上部隊の切り札と称される魔科学兵器。
実際にはエネルギー源に魔力を使用していると言うだけで、その規模、能力は質量兵器となんら差異はないと言うのがアリサの見解だった。
当然、そうした指摘は管理局内部にもないわけではない。しかし、そこは止まることを知らない凶悪犯罪事件や、昨今、行方不明になって噂されている魔導師襲撃事件の件もあり、地上の秩序と安全を掲げるレジアスの下、防衛のための力、秩序を守るための力と、それを求める声も決して少なくない。
特に地上の戦力不足。管理局の主戦力となる高位魔導師の絶対的な人材不足は、毎回のように議会で問題とされる点でもあった。
困ったことに、これに関しては本局、地上――海と陸と呼ばれる両者の間で話の折り合いがついたことはない。
本局の言うように、広い次元世界の魔導師犯罪、ロストロギアを取り締まるためには、それなりの人材、戦力が必要なことも頷ける。
だが、そのために高い魔法資質を持った人材が、ほとんど本局に引き込まれているのもまた事実。
本局魔導師と言えば、武装隊でもAランク以上の魔法資質を持つ魔導師ばかり――
地上よりどうしても、魔導師の中でもエリート組、華やかな印象があるのは無理もない。当然、そうした憧れや理想を抱き、本局勤務を志願する魔導師も少なくはなかった。
結局のところ、この問題に関して、数少ない高位魔導師を巡ってのいざこざに、両者の間で決着がつくことはありえない。
レジアスも何十年と、この問題に頭を抱えてきた一人だ。そこで登場したのが、このアインヘリアルの製造計画だった。
足りないならば、他所から補ってくればいい。高位魔導師に代わり、犯罪者を抑止するための力として計画、製造されたのがこのアインヘリアルだ。
質量兵器根絶を唱える管理局に取って、このアインヘリアルの存在は扱いの難しい問題ではあったが、提唱しているのが政界、経済界、それに最高評議会からの覚えもいいレジアスであることや、高位魔導師を巡っての戦力不足の件、地上の治安維持などの問題点もあり、本局も余り地上に対して強く言うことが出来ない――と、言うのが本件の最大の問題点だった。
「意見陳述会まで、あと二ヶ月……」
――地上本部公開意見陳述会。
地上本部の予算編成や、問題とされている次元犯罪者に対する対抗策。新しく設備される施設や、配備される予定の新装備に関しての意見交換。そして――そこで、このアインヘリアルがお披露目され、その配備に関して議論が問われる。
アリサは机の上に置いてあった卓上カレンダーに目をやり、意見陳述会の日程にペンで丸を入れると、傍で控えていたリーゼ姉妹に声をかけた。
「お嬢様? どちらへ?」
「そんなの決まってるでしょ――可愛い愛娘に会いによ」
「まだ……諦めてなかったんだね」
アリアの質問に、当然とばかりに答えるアリサを見て、ロッテは呆れた様子でそんなことを口にする。
落ち着いたかと思われたヴィヴィオのママ争奪戦。まだ決着は着いていなかったらしい。
次元を超えし魔人 第48話『忍者マスター』(STS編)
作者 193
「…………」
「あの……」
「…………」
一言も話さず、無言で歩き続けるアンガス。その少し後ろを、控えるようにティアナが同行していた。
これから本局で、先日の事件に関しての報告会があるとのことで、同じ管理局からの出向魔導師であるティアナが、臨時補佐官としてアンガスに同行していた。
各方面に対して書面での報告は済んでいるが、ことがミッドチルダ、それも市街に程近い場所で起こった案件なだけに、管理局内部でその事情説明を直接求める声が少なくなかった。
ガジェットや戦闘機人、それに悪魔の件もあるが、D.S.の放った魔法の被害。アムラエルの使った計測不可能な力の説明など、ラーズ、それに事情を知るカリムなどが、釈明に頭を悩ませたのは言うまでもない。
今回はそのことに関する最終報告書を、本局で後ろ盾となってくれているクロノへと届けることが任務だったのだが――
「…………」
「…………」
クロノに持参した報告書を渡した後も、終始無言のアンガス。
寡黙な男だとは聞いていたが、ティアナもここまで無口だとは思いもよらなかったのか、なんとも言えない表情を浮かべる。
その数々の戦績から『海の守護者』とまで呼ばれる本局を代表する魔導師で、その実力はあのなのはやフェイト以上とまで噂されている管理局の主戦力。
ADAMに出向している管理局魔導師の中でもエリート中のエリートと言える男だが、その経歴や過去に置いてはすべてにおいて謎に包まれている。しかし、優秀な魔導師であることに代わりはない。ティアナも噂でしか聞いたことのない人物だったが、その功績や実力は高く評価していた。
互いに一言も発しようとしないアンガスとクロノ。黙ってその様子を間で見守っていたティアナは、余りの重い空気に耐えかねてこの場を逃げ出したくなるが、補佐官として同行した手前、そうもいかず暗い影を落としていた。
「ティアナだったかな? よかったら、キミもケーキ食べるかい?」
「い、いえ! わたしは結構ですからっ!!」
そんなティアナを気遣ってか、クロノの横で先程まで黙々と持参したケーキに舌鼓を打って静観していたヴェロッサが、ティアナに声をかける。
この空気に耐えかねているのはティアナだけではなかった。
ヴェロッサも気になっているのか、チラホラとクロノとアンガスの方に視線を向ける。
「それじゃ、二人ともごゆっくり。ちょっと僕は、彼女に艦内を案内してくるよ」
「え? わたしはべつに――」
「素直に頷いておくのが、キミのためだとも思うんだけどね」
「う――」
確かにこの部屋の中に居続けるのは精神衛生上よろしくない。
補佐官として同行している立場上、アンガスの傍を離れるのは余り好ましくないことだとは思いつつも、結局この空気に耐えかねて、ヴェロッサの誘惑にティアナは頷くことしか出来なかった。
「参ったね。あれは――クロノも生真面目で融通が利かないタイプだけど、キミの上司。彼も相当変わり者だよ」
「ですが、ア、アンガス三佐はああ見えて優秀な方ですし――」
「知ってるよ。海の守護者とまで言われる武装隊、最強の魔導師。
でも、天才と変人は紙一重ってね。まあ、僕も人のことは余り言えないんだけど」
そう言いながら自分のことを指差して、苦笑を漏らすヴェロッサ。
ティアナは彼のことが分からなくなり、訝しむような目でヴェロッサのことを見てしまう。
かのカリム・グラシアの義弟で、はやてと同じく聖王教会に立場を置きながらも、本局に勤務する査察官。
数少ない古代ベルカ式魔法の使い手で、稀少技能『無限の猟犬(ウンエントリヒ・ヤークト)』の使い手だと言う情報は、ティアナも知り得ていた。
なのはやフェイトとも顔見知りではあると言うことで、特別警戒していたわけではないが、ヴェロッサの軽い立ち居振る舞いは真面目なティアナの目には、不可思議なものに映っていたに違いない。
「ところでティアナ――キミから見て、はやてはどう?」
「はやて三佐ですか? 優秀な魔導師で、優れた指揮官だと――」
「うん。そうだね」
これがティアナを誘い出した本題だとばかりに語り始めるヴェロッサ。
カリムとはやて、この二人の間には上司部下と言う以上に、深い親交があることはティアナも聞き及んでいた。
カリムの義弟であるヴェロッサも、そう言う意味では、はやてと面識が会ってもなんら不思議はない。
部隊の後見人となっているクロノとも、なのはたちは全員小さい頃からの顔見知りだと言うし、ADAMに集まっている魔導師のほとんどは一部を除き、関係者繋がりであることが多い。
そのことを不思議に思ったり、疑問を抱いたことはティアナも何度かあった。だが、異例とも言える三組織の混合部隊。
それも悪魔などと言う、常識では測れないものを相手にしている以上、そこになんらかの繋がりや思惑があっても不思議ではない。
ここにいるヴェロッサも、そうした大きな渦の中で動く一人なのだと、ティアナはそう思っていた。
しかし、はやてのことを心配して話すヴェロッサの言葉には、打算も嘘も、何一つ見えない。
当初は、自分がこうして連れ出されたのも、ヴェロッサの査察官と言う立場上、ADAMの内部情報を聞き出したいがためだとも疑っていたが、話をするうちにそうした疑う気持ちも薄れていった。
例え、これがヴェロッサの手なのだとしても、今の自分から聞きだせる情報など、たかが知れている。
ティアナはそう考えを改め、ヴェロッサの話に真剣に耳を傾ける。
「アコース査察官は、はやて三佐のことを大切に思ってらっしゃるんですね」
「ぼくにとってはやては、妹のようなものだと思ってる。だからこそ、心配でね」
はやてのことを妹だと語るヴェロッサの表情は優しさに満ちていた。
それはティーダがティアナに向けていた笑顔によく似ている。だから――と、言うのもあったのだろう。
ティアナが、もう少し、彼の話に耳を傾けてみても良いかも知れないと思ったのは――
「高い魔法資質。強力なレアスキル。強い戦力――人を使える権限や力。
そうした力を持つってことは、同時に孤独になっていくってことでもある」
「……はい」
ヴェロッサの言葉の意味と重さを、ティアナはその言葉で噛み締める。
「もちろん必要とはされる。頼られもする。だけど、それは人間としてではなく、その人の持ってる力そのものが必要とされているだけ――」
「……それは、少し違うと思います」
黙ってヴェロッサの話を聞いていたティアナだったが、それだけは受け入れることが出来なかった。
まさかティアナが口を割ってはいるとは思っていなかっただけに、ヴェロッサも目を丸くして驚く。
「どれだけ強くたって、どれだけ貴重なレアスキルを持って至って、彼らもわたしたちと同じ人間です。
才能のあるなしだけで、個人の優劣は決められるものじゃない。
その力や才能に対する憧れや尊敬はあったとしても、そのことも含めて、その人の魅力なんだと――わたしは思います。
それでも孤独を感じているのであれば、それは持てる者の傲慢です」
確かになのはやフェイトの才能に嫉妬をしたことはある。アムラエルの圧倒的なまでの強さに恐怖や、絶望を感じたこともある。
それでも、自分はあの人たちをそんな風には見ていない――と、ティアナは、ヴェロッサの言葉を強く否定した。
なのはやフェイト、それに訓練に付き合ってくれるヴィータや部隊のみんなのことは――感謝しているし、尊敬もしている。
それは、同じ部隊にいる彼女たちのことを“仲間”だと信じているからだ。
――自分たちはどんな時も、決して一人じゃない。
この間の戦闘も、いくらなのはたちが強くても、一人では決して守ることは出来なかった。
広範囲から迫るガジェットを地上から足止めしてくれた魔導師たち。
避難誘導に協力してくれた近隣の地上部隊員。
前線メンバーを、陰ながら後ろから支えてくれているバックヤード陣。
みんなの力がなければ、あれだけの被害で済んだか分からない。
ヴェロッサが分かって言っていることは、ティアナも気付いていた。
これは自分の先走り、単なるお節介に過ぎないと言うことも――だけど、そんな彼らの行動を見ないで、自分から自分のことを孤独だと言う人のことを彼女は黙って見過ごすことが出来ない。
自分から殻に閉じこもり、ただ一人不幸を背負い込んでいるように、すべての責任を感じていた――あの頃の自分がまさにそうだった。
そんな自分に気付かせてくれたのが、大切な仲間、そしてかけがえのない相棒の存在だ。
だからこそ、ヴェロッサの言葉にティアナは同意出来ない。それが自分を試すような言葉だったとしても、素直に受け流すなんてことは、今の彼女には出来なかった。
ティアナの強い反抗は予想外だったが、その言葉が嬉しかったのか? ヴェロッサは自然とティアナに頭を下げ、笑顔を向けていた。
「はやては、良い仲間に恵まれているようだね」
「いえ、そんな――わたしこそ、出過ぎた真似を……申し訳ありませんでした」
「いや、はっきりと言ってくれてスッキリしたよ」
ヴェロッサが心配していたのは、はやての抱える闇の問題。だが、それも――
本気で仲間のことを思い怒るティアナを見て、彼女たちと一緒にいれば、はやては大丈夫だと、そんな安心をヴェロッサは感じていた。
「はやてのこと、そしてみんなのこと――人として、女の子同士として、接してあげて欲しい」
「――了解しました。現場一同、心掛けるよう努めます」
最後に敬礼を取りながら生真面目にそう答えるティアナを見て、ヴェロッサは苦笑を漏らしていた。
フェイトは少し不機嫌だった。と、言うのも問題は今朝まで遡る。
「ううん……ヴィヴィ……オ?」
窓から差し込む光。ぼーっとした頭でおぼろげながら見える視線の先に、ヴィヴィオの姿をなのはは見つける。
昨晩はヴィヴィオの歓迎会と称して、食堂で盛大な催しが執り行われたのを思い出しながら、なのはは上半身を起こした。
フェイトはアリサの付き添いで泊り込みの仕事があるとかで参加出来なく残念がっていたが、昨晩はアリシアにシャーリー、それに部隊のみんなも一緒になって、管理局、聖王教会、バスタードと組織の軋轢など気にせずに、ひさしぶりに目一杯騒いだと言っていいだろう。
先日の大規模なガジェットの襲撃事件。上の方のいざこざはともかくとしても、あれが切っ掛けとなりADAMの中の空気が変わってきていることに、なのはも気付いていた。
以前までのような、組織の違いによる部隊員のギスギスとした関係はほとんどなくなり、程よく打ち解ける関係になっている。
それもやはり、一丸となって任務に当たった結果がよかったことも影響しているのだろう。
そのこともあって、昨日は無礼講と言っても良いほどに、よく騒いだ。
ヴィヴィオの歓迎会と言うのは建前で、この機に隊員同士の親睦を深めようと言う狙いもあったのだろう。
あのラーズまでもが、率先して宴に参加していたのだから驚きだ。
ようやく、しっかりしてきた頭で、もう一度ヴィヴィオの方を見るなのは。
そこで、目に映った“もう一つ”の人影を見て、なのはは目を丸くして驚く。
「え――ル、ルーシェくん!? なんで、ルーシェくんが、わたしのベッドに!?」
混乱するなのは。それも無理はない。
大人モード、朝だから当然あそこも元気爆発! 筋肉ムキムキのD.S.が素っ裸で同じベッドの上で眠っていた。
なのはの部屋はフェイトとの相部屋で、そのベッドも二人で眠れるようにとキングサイズの大きなベッドが置かれている。
大人でも川の字のなって、三人がゆったり眠れるほど大きな物だ。昨晩は仕事でフェイトがいなかったこともあり、普通であればなのは一人で眠っているはずだった。
ヴィヴィオが一緒に眠っていることまでは納得が出来る。しかし、D.S.をどうやって部屋に連れ込んだのか?
――そこまでは記憶がない。
「大丈夫……うん、変なことをした様子はない」
下もちゃんと履いている。自分の衣服が乱れていないことを確認すると、今一度、スヤスヤと眠るヴィヴィオとD.S.に視線を向けるなのは。
D.S.のことは好きだが、愛してるかどうか? と問われれば、はっきりとは答えられない。
親友の手前と言うのもあるが、正直に言って、恋愛に関してはよく分からないと言うのが、なのはの本音だった。
なんにしても、こんなところを誰かに見られでもしたら――
そう思い、D.S.を揺すって起こそうとするなのはだったが――
「ううん……ヨーコさん……」
「きゃっ!! ちょ、ちょっとルーシェくん!? あ……ダメ、そこは……」
寝ぼけたD.S.に胸元へ引き寄せられ、胸を撫で回されるなのは。慣れない感覚に、思わず声を発してしまう。
そんな――時だった。
「なのは、ただいま――もう、朝だよ。早く準備しないと朝練が」
ピシリ――空気が凍りついたような音が聞こえた気がする。
衣服を身にまとっていないD.S.に対し、その鍛えられた胸元に引き寄せられ、体を預けるなのは。
さすがのこれには思考がついていかないのか、真っ白になって固まったまま動かないフェイトが、部屋の入り口で呆然と佇んでいた。
なのはの裏切り。
真っ白になったフェイトを見つけたシャーリーとアリシア。
その口から、噂は瞬く間に隊舎内に広まった。
――ヴィヴィオが選んだのは『白い悪魔』だったらしい。
――興味ないかのように第三者を装っての、まさかの出し抜き。
――朝から言葉も失うほどの激しいプレイだったらしい。
などなど、噂には真実を含む物から尾ひれの付いたものまで、様々なものが飛び交っていた。
「フェイトちゃん、本当に何もなかったんだよ? ふええぇぇん!! 信じてよー」
「なのはだけは……信じてたのに……」
必死に弁解するのも空しく、なのはの言葉はフェイトに届かない。
アリシアからも羨ましそうに祟られ、シャーリーや他の女性陣からは「おめでとう」と意味ありげな言葉を投げかけられ、なのはは実戦以上に疲れを感じていた。
「分かってるんだよ……ダーシュは魅力的だから、なのはがクラっと傾いちゃうのも頷けるし……」
「全然わかってくれてない……」
タイミングが悪かったとしか言いようがないだろう。
あの場面を目撃して、それで何もなかったと言うのには確かに説得力に欠けると言う物。
その中心人物であるD.S.はと言うと、「ちょっと待て! アリサ、たんま!! うぎゃああぁぁ!!!」と悲鳴が聞こえてくることからも分かる通り、ヴィヴィオ目的でADAMに訪れていたアリサの折檻もとい、再教育を受けていた。
フェイトは、必死に弁解するなのはを訝しむように見て、その視線をなのはの腰元に落とす。
「だったら……なんで、ヴィヴィオがそんなに懐いてるの!? ねえ、なのは!?」
「ふええ〜ん!! 知らないよー!!」
「なのはママを、いじめちゃダメ」
「ママって呼ばれてるし!!」
「そっち!? そっちなの!? 気にしてるのって!?」
D.S.の女癖の悪さはいつものこと――
これに関しては、リニスやリインフォース、それに母親との関係も知っているフェイトにとって、それほどの問題ではなかった。
そう、一番の問題となっていたのは、知らぬ間にヴィヴィオのママをかけた争奪戦になのはが参加していて、いつの間にかヴィヴィオに『ママ』と、なのはが呼ばれていたことについてだ。
なんでそうなったのか記憶にないなのはに取って、フェイトの怒りも、アリシアたちの嫉妬も、理解不能なものだった。
「ママたち忙しいみたいやから、こっちで遊んどこか」
そうして混乱に乗じ、密かに点数稼ぎをしていた者が居たとかいないとか。
「く……なんでバレたの?」
戦闘機人、二番目の姉妹――ドゥーエ。スカリエッティの作った戦闘機人はそれぞれに特殊な先天固有技能を有している。
ここにいるドゥーエも、その能力から潜入、諜報活動などをスカリエッティから託されていた。
彼女の能力は偽装。文字通り、他人にその姿を偽装することで内部への侵入を容易にする諜報活動向きのスキルだ。
その能力は対象となった者の記憶や、話し方、性格までを完全に再現することが可能だが、対象が魔導師だった場合、その能力や戦闘力まで全てをコピーとはいかない。あくまで再現出来るのは、その外観のみ。そう言う意味では扱いの難しい能力だと言えるだろう。
だが彼女は、自身が魔力を有さない戦闘機人であることを巧みに利用し、一般職員。それも、上層部に深く関わりのある秘書官などにその身を偽装し、潜伏していた。
ここまでは――
「とりあえず他の誰かに偽装して……」
別の職員に姿を変えて、警報音鳴り響く廊下をごく自然と歩くドゥーエ。
何故、正体がバレたのかは彼女にも分からない。しかし、ここ管理局の施設内部に、侵入者を告げる警報が鳴り響いているのも事実。
現に、追手の手は彼女に伸びようとしていた。
「おい、そこのお前――」
「く――」
振り向きざま、右手の指先から伸ばした武器、『ピアッシングネイル』を声の主へと向けるドゥーエ。
次の瞬間――職員の血飛沫が舞い散る。
「なんで……わたしの能力が通用しない」
こんなことは、彼女にとってはじめての経験だった。
過去に聖王教会に忍び込んだ時にすら、一切相手に気取られることなく任務を成功させた彼女。
平和ボケで緩みきっている管理局の施設など、彼女にとって潜入そのものは難しいことではない。
今回の任務もさして興味はなく、その成功は確実なものだと自身でも確信していた。
しかし、不可思議なことが起こる。潜入して一週間――目的の人物に近付くことは愚か、まさか正体が見破られるなど――
侮っていたことは確かだが、ここまで見事に偽装が見破られるとは思っていなかっただけに、ドゥーエにも動揺が走る。
「ここで捕まったら、博士に迷惑が……」
「いたぞ!! こっちだ!!」
「クッ――」
追い込まれるドゥーエ。もう、逃げ場所などない。このまま行けば、管理局員に捕まるのは時間の問題。
彼女に残された選択肢は、スカリエッティのことを洩らさないためにも自害するか、より多くの管理局員を道連れにする。
その程度しか残されていないかのようにも思えた。
実際、得意とする偽装能力が見破られた以上、戦闘能力はそれほど高くない彼女に残された手段は多くない。
先述のことと同じことを彼女も考えていたのだろう。その額に嫌な汗を落とす。
「ごめんなさい……みんなの元に、帰れそうにないわね」
「お困り見てーだな。嬢ちゃん」
「――なっ!?」
背後から何の気配も感じさせず、声を発した人物を警戒してドゥーエは慌てて距離を取る。
その瞳に映ったのは、二メートル以上は軽くあろうかと言う巨躯の男。ボサボサとした頭で、締りのないだらしない表情を浮かべている。
背中に背負った巨大な刀だけが不気味な存在感を放ち、ドゥーエの警戒を引き締めた。
こうして対峙しているだけでも感じられる圧倒的な存在感。今まで、その気配を察知することが出来なかったことが嘘のように思えてくる。
ドゥーエには一目で分かった。この男は強いと――
そして、その男は彼女もよく“知って”いる男だったのだから――
「忍者マスターガラ……何故、あなたがここに?」
「ほう……このオレのことを知ってるってことは――と、こんなことしてる場合じゃねーな」
後ろから迫ってくる複数の足音が聞こえる。管理局の追撃部隊が迫ってきているのだろう。
ドゥーエはいよいよか――と覚悟を決め始めていた。目の前には、あのD.S.の仲間であり要注意人物の一人、四天王のガラ。
そして後方には管理局の魔導師。どちらにしても、逃げ切れるとはとても思えない。
だが、そんなドゥーエの覚悟とは裏腹に、ガラはその大きな手を前に差し伸べると――
「逃げるぞ」
そう言って、ドゥーエの腕を強引に掴み、引き寄せた。
「な、何を――!?」
「しゃべんなよ。舌、噛むぜ――」
そうして右手に握られる長身の刀。次の瞬間――ガラが愛刀を一振り振るったかと思うと、その衝撃波で施設の壁や天井が粉々に吹き飛んだ。
ただ刀を振り下ろした、それだけの動作でこんな破壊力を起こせる人物をドゥーエは他に知らない。
さすがに驚いたのか、ガラに抱き寄せられながら、呆然とその状況を静観していた。
「これで少しは時間稼げんだろ。しっかり捕まってろよ」
ここは地上数百メートルの建物の中。空を飛べでもしない限り、生身で飛び出せば、ただで済むはずもない。
だが、ガラは脇目も振らず、ドゥーエを抱えたまま強化ガラスをぶち破り、窓の外へ飛び出していた。
「――――!?」
ガラの自殺行為とも言える行動に、思わず目を瞑り覚悟を決めるドゥーエ。
だが、おかしなことにいつまで経っても、来るはずの衝撃はやってこない。
代わりに動物の鳴き声のようなものが聞こえ、恐る恐る目を開けると、蒼色の飛竜の背に跨っていた。
「これは――」
「オレさまのワイバーンだ。ちょっと気が荒いが、速さは折り紙つきよ。もう心配いらねーよ」
そう言って二カッと笑うガラを見て、ドゥーエは分からなくなっていた。
何故自分を助けたのか? この男は一体どういう人物で、真意はどこにあるのか? 様々な考えが頭を過ぎる。
「わたしから情報を得たいなら無駄よ。博士の不利になるようなことは何も話さない……」
「博士? そいつがお嬢ちゃんの雇い主か?」
「く――っ!!」
思わずスカリエッティのことを口にしたのをしくじったと思ったのか? ガラの喉元に先程のネイルを向けるドゥーエ。
しかし、ガラの喉元に突き刺さるかと思われた寸前――ネイルはガラの拳に阻まれ、根元から粉々に砕けてしまう。
「な――っ!?」
「やめとけ。言っとくが、オレ様はガン●ムより強えーぞ」
「くそっ!」
「心配すんな。今は嬢ちゃんをどうにかしようなんて思ってねーよ。
しかし、嬢ちゃんがあそこにいたってことは、なるほどな。やはり、あの施設が怪しいと見て間違いないか」
「――!?」
見た目以上に鋭く、勘の回るガラの見立てに思わずドゥーエは息を呑む。
それがD.S.の指示か、ただの興味本位化は分からない。だが、少なくともあそこに居たガラの目的を、その一言でドゥーエは察した。
『ドゥーエ、無事だったようだね。よかった』
「――博士!?」
「ん?」
突然、通信を開いてきたスカリエッティに驚き、声を上げるドゥーエ。
まさか、この場面でスカリエッティの方から通信を取ってくるとは彼女も思わなかった。
その一方、動揺するドゥーエを尻目に、ガラは面白そうに画面の向こうにいるスカリエッティに対し、笑みを浮かべて返す。
『ドゥーエが世話になったようだね。お礼も兼ねて、キミをお茶に招待したいのだが――』
「博士――それは!?」
余りに突然な、突拍子もないスカリエッティのガラへの招待に、思わず声を上げて反対を促すドゥーエ。
それも無理はない。彼女にとって、ガラは恩人と言うよりは、もっとも警戒すべき相手の一人。
スカリエッティにとっても、もっとも危険な相手になりかねない男の仲間だ。
ガラのことを、スカリエッティが知らないはずもない。だからこそ、ドゥーエは動揺した。
「茶なんかより、メシを用意してくれると嬉しいぜ。もちろん、ラーメンチャーシュー大盛りで」
『用意させよう。ドゥーエ、彼の案内を頼むよ』
「博士――」
ドゥーエの嘆願も空しく、スカリエッティからの通信は一方的に切られてしまう。
完全に蚊帳の外に置いてけぼりで、どうしていいか分からないドゥーエは頭を抱えて「ウンウン」と唸り始めていた。
「案外、嬢ちゃんもおもしろいな」
「誰のせいだ!?」
ガラの何気ない一言に、ドゥーエは思わずそう叫んでしまう。
誰のせいで、頭を抱えていると思っているのか?
忍者マスターガラ。D.S.の悪友(ライバル)にして、彼らの世界では四天王と恐れられる最強の武人。
どの組織にも所属せず、ここ数年は管理局や、ドゥーエたちですら足取りをまったく追うことが出来なかった男。
ある意味で、D.S.以上に謎の多い厄介な人物である。
スカリエッティの真意は分からない。
しかし、連れて来いと命令された以上、それに逆らうすべをドゥーエは持っていなかった。
……TO BE CONTINUED