作者:193
2009/06/13(土) 21:59公開
ID:4Sv5khNiT3.
陸士108部隊――スバル、ギンガの父親、ゲンヤ・ナカジマが部隊長を務める部隊だ。
主な任務はミッドチルダ西部の治安維持だが、ミッドチルダの窓口として設けられている臨海空港に程近い場所に隊舎を構えていることからも、密輸品のルート捜査なども高い評価を得ていた。
事実、レリックやロストロギア絡みの事件に対し、ADAMや聖王教会から彼らの部隊に捜査依頼が行くことも珍しくはない。
特にADAMの場合、その主要人物となる少女たちは、この部隊――と言うよりも、ナカジマ家の人間と縁が深いことも関係していた。
姉妹の母親であるクイントは、バスタードに出向していたこともあり、ゲンヤに至っても四年前の空港火災時に、娘を二人、彼女たちに助けてもらった経緯がある。それに管理局としても、四年前のあれは、本来なら彼女たちに貸しがあると言ってもおかしくないほどの功績だった。
そう言う縁もあり、特にこの部隊とADAMの関係は密接なものとなっていた。
それと、忘れてはいけないことがもう一つ。先日のガジェット、戦闘機人との廃棄区画での戦闘。
人手の足りないADAMに対し、避難誘導などの協力を真っ先に申し出てくれたのも、彼ら陸士108部隊だ。
「こいつは……うちのカミさんが心配してたことが、まさか現実にこうしてやってくるとはな」
「はい。ADAMから頂いた情報と照らし合わせて見ましたが、この子たち全員――
最新の技術で作られた“戦闘機人”と見て、間違いありません」
ゲンヤは正面に映し出された先日の廃棄区画での戦闘記録を見ながら、マリエルの説明を受けていた。
このマリエルと言う女性――本名はマリエル・アテンザと言う。
デバイスマスターとして、そしてメカニックとしても優秀な本局の技術官――なのだが、あのシャーリーの師匠と言うことで、『変わり者』だと言うことは語るまでもないだろう。事実、シャーリーと同じく「機械と会話出来る」と周囲に公言するほどの変わり者だった。
そんな本局の技術官であるはずの彼女だが、ある縁から、ここ108部隊に顔を出すことが多かった。
その理由の一つが、スバル、ギンガの体のことだ。
彼女たち二人は、正確に言うと普通の人間ではない。
戦闘機人――先日の事件で、ヘリを打ち落とそうとした二人組の少女。あの二人と同じ機械の体をスバルとギンガの二人も持っている。
体に機械を埋め込むことで、常人離れした身体能力や『インヒューレントスキル(通称IS)』と呼ばれる先天固有技能を有す――
まさに、戦うために生み出された人型戦闘兵器――
この例えは、満更間違っているものではなく、圧倒的に不足している魔導師の代わりにと、新世代の戦力として期待され研究されていたのもまた事実。
――人に作られた、人ではない者。
機械の体を受け入れられるよう、遺伝子レベルで調整され、生まれてくる彼女たちは、普通の人から見れば異質な存在に映る。
成功例の少なさやコストが釣り合わないこと、人道的な観点など、様々な問題点から研究は中止されたものの、残されたスバルとギンガの二人が数少ない戦闘機人の成功例であることに変わりはなかった。
そして研究が中止された今も、まだ人々の記憶には新しく、その認識は管理局内部でも、当然のものとしてとして根強く残っていた。
二人はクイントの遺伝子を素に生み出された戦闘機人。だからと言う訳ではないが、ポッドに入れられた二人を捜査途中で発見したクイントは、彼女たちを自分の娘として育てることを心に決めた。
そのため、ゲンヤとクイントは二人を引き取る際の条件として、管理局とある取引きをする。
それが、『定期健診』と言う名を語った、戦闘機人のデータ採取だった。
完成体となる戦闘機人のデータは、管理局でも少なく、余り多くは持ち合わせていない。そのこともあって、貴重なサンプルであるスバルとギンガの扱いは、一部の人間から見ればモルモットのようなものだった。
それでも、ゲンヤとクイントの嘆願や、マリエルの協力もあって、二人は月に一度の定期健診を受けることで、ナカジマ家の娘として自由が約束されることになった。
その“定期健診”をマリエルが担当しており、その縁もあって、彼女はナカジマ家の人間と深い親交を持っていた。
そしてもう一つ、ある事件に関係することで「ゲンヤに協力してやって欲しい」とクイントから頼まれていたことも、マリエルが108部隊に顔を出す理由に含まれていた。
それが先に述べた、戦闘機人に関する事件だ。
「このこと、ADAMには?」
「報告書にデータを添えて送っておきました。今後の対策と捜査協力に関して、直接お話したいと言うことでしたが――」
「確かに文書だけで済む話じゃねえな。マリエル技官、一緒してもらって構わねーか?」
ゲンヤの申し出に、「はい」と頷くマリエル。彼女としても、戦闘機人に関わる事件は見過ごせる話ではない。
あのクイントが管理局を辞めた本当の理由。そして、捜査中に死んだとされるクイントの親友メガーヌと、行方不明になっているその娘。
メガーヌの死後、突然姿を消した彼女たちの隊長。
すべてが偶然とはとても思えない。そして、クイントの予測通り、彼女(戦闘機人)たちは表舞台に現れた。
「ようやく、尻尾を掴んだんだ。逃さねーようにしないとな」
「――はい」
スバル、そしてギンガに本当の意味での自由を与えてやりたい。
そして、二度と二人のような子供たちを生み出さないためにも、自分たちに取れる最善の行動を――
親として、大人としてやれるべきことを、子供たちのためにしよう。希望のある未来を、次の世代に残すために。
それが、子を想う夫婦と、そんな家族を見続けてきた一人の技術者の願いだった。
次元を超えし魔人 第49話『理想と現実』(STS編)
作者 193
「アイナさん、できた」
「あら、よく出来ました」
そう微笑みながら、一人で洋服に着替えることが出来たヴィヴィオの頭を優しく撫でる女性。
アイナ・トライトン――ADAMの隊員寮を預かる寮母さんだ。普段は主に寮の掃除や管理を担当しており、隊員たちにも「アイナさん」と慕われている皆の母親のような存在でもある。
毎日の訓練で忙しいなのはや、一人でフラフラと出掛け、いない時の方が多いD.S.に代わって、皆が仕事で忙しい日中のほとんどは彼女がヴィヴィオの面倒を見ていた。
D.S.とプレシアに預けられたとは言っても、プレシアはあの事件以降、リニスを連れ、アムラエルと共に時の庭園に篭ったまま姿を見せないし、リインフォースもツヴァイと共にプレシアの研究を手伝うために、時の庭園とミッドチルダを行き来しているため、屋敷にもここADAMの隊舎にも余り顔を見せない。
結果、プレシアの屋敷に一人、ヴィヴィオを残しておくことも出来ず、ここADAMの寮がヴィヴィオが日中のほとんどを過ごす場所となっていた。
「ママのお出迎え、可愛くして行かないとね」
「うん!」
それもあって、ヴィヴィオもよくアイナに懐いていた。
ママとその名を呼ぶのは相変わらず、なのはただ一人のようだが、それでも「お姉ちゃん」と慕うリインフォースと同じくらい、アイナを慕っていると言っていいだろう。
アイナに、見え難くなっていた前髪を左右で束ね、可愛らしい青色のリボンで結んでもらうヴィヴィオ。
なのはとお揃いのリボンが嬉しいのか、仕切りに鏡を気にしてポーズを取るヴィヴィオを、アイナは優しい眼差しで見守っていた。
「ヴィヴィオのこと、放っておいてもいいの? リインも気にしてたわよ」
「それ、本気で言ってんのか?」
「わたしもリインも、最初から真面目に面倒を見るなんて思ってないけど――
それでも、一番あの子が懐いてるのはD.S.なんだから、少しは目をかけてあげて」
ヴィヴィオのことを心配して、D.S.にそう進言するアリシア。フェイトのことや、自分の母親が犯した過ちを彼女は忘れていない。
そうした意味で言えば、ヴィヴィオもまた、あの研究から生まれた実験体に違いない。だからなのだろうが、ヴィヴィオのことを人一倍、アリシアは気に掛けていた。
ヴィヴィオのことは聖王教会の調べで、古代ベルカ時代、約三百年前の人物がモデルだと言うことが判明している。
そのことからも、ヴィヴィオの求める“本当の母親”がこの世にいないことは明らか。
どう、ヴィヴィオに接していいか? そのことでアリシアは悩んでいた。ただ――
「たく――っ、わーったよ。出来る限りな」
幸か不幸か、この無愛想な男にヴィヴィオが惹かれているのは間違いない。
子供と言えど、いや、子供だからか? 本当に自分を守ってくれる者。大切にしてくれる者が誰かを察しているのかも知れない。
そう、アリシアは納得することにした。
「でも、わたしもヴィヴィオのママの件。諦めたわけじゃないんだけどね」
「ん? なんつった?」
「こっちの話――それにしてもあの子達、本当に強くなったわね」
アリシアとD.S.が見詰める先――そこでは、なのは、それにフェイトとヴィータを交えた、ティアナたちの特別訓練が行われていた。
ほんの数ヶ月前には、ヴィータ一人に一撃を入れることすら不可能に思えていた三人が、なのは、フェイト、ヴィータの三人を相手に、互角とまでは行かないまでも、良い勝負を繰り広げていた。
なのはたちが全力を出していないことを考慮しても、Sランククラスの魔導師三人を相手にここまで善戦出来れば上出来と言えるだろう。
入隊当時、スバルとティアナは共にBランク。ギンガですらAランクと、なのはたちとは比較にならいないほどランク差が歴然としていた。
各々が得意とする固有スキルではAAランクと高い数値を出すこともあったが、それも一部だけを見ればの話。
魔力値、操作技術、戦闘技術、あらゆる面で劣っている彼女たちが、才気溢れる歴戦の魔導師であるなのはたちに敵う道理もない。
当時のままならば、どんな作戦を練ろうと手段を考えようと、小手先だけの手段では手も足もでるはずもない。
事実、この訓練がはじまった当初、最初のうちは散々たるものだった。
「ギンガさん!!」
「任せて!! スバル――」
「うん!!!」
ティアナの援護攻撃に呼応し、陣形が乱れ、一人孤立したヴィータ目掛けて距離を詰めるギンガとスバル。
周囲の状況を瞬時に判断し、二人に的確な指示を出すティアナの判断力の高さ。
そのたった一言ですべてを察し、即座に行動に移すことが出来るスバル、ギンガの連携力。
そして――
「「――ナックル!!!」」
「うあぁぁ――っ!!」
ヴィータの強固な障壁をぶち破り、その破壊力で力任せにヴィータを吹き飛ばすスバル、ギンガの連携攻撃。
さすがのヴィータでも、二人分のリボルバーナックルを食らえば、防ぎきれるものではない。
それでなくても、今の二人の攻撃力は、入隊当時とは比較にならないほど上がっていた。
なのはやフェイト、それにヴィータや、時にはアムラエルを相手に行われている模擬戦。それとは別に、永遠と繰り返される基礎の反復練習。出動のない日は、それこそ朝から晩まで訓練で過ごすような毎日を送っていた。
その結果、三人の基礎能力は入隊当時と比べ、大幅に上昇している。
あれから三人とも昇格試験を受けていないので、はっきりとは言えないが、魔導師ランクで換算すれば最低でもAAランク以上。
得意とするスキルや能力だけならば、Sランクにも届くか? と言うほど、三人の実力は上がっていた。
このことに関しては、彼女たちの訓練を受け持っているなのはですら、予想外の嬉しい誤算だった。
元から潜在能力は群を抜いて高いと思っていた彼女たちだったが、ここにきてまた一皮剥けて来たようにも見える。
ティアナの成長に感化されるように、同じく素晴らしい伸びを見せるスバルとギンガの二人。
誰よりも強くなった――と、までは行かないが、少なくとも少々の困難は自分たちの力で乗り越えていける。そんな“負けないため”の強さは身についたと、なのはたちも三人のことを高く評価していた。
しかしこれで、ようやく舞台に上がるための資格を手にしたに過ぎない。
相手はあの戦闘機人たちに、どれだけいるとも知れないガジェットドローン。
そして、アムラエルでさえ、苦戦を強いられた最凶最悪の敵――悪魔。
高位魔導師ですら、これらの敵を相手にした時、確実に勝てる。生き残れると言う保障はどこにもない。
それほどに危険な相手と、これから彼女たちは対峙していかなくてはいけなくなる。
どれだけいるとも分からない敵の戦力を考えれば、数で劣るADAMに余分な力は残されていない。
緊急時、彼女たちを含む他の部隊員たちにも頑張ってもらう以外に方法はない――と言うのが現状だ。
しかし、そうは言っても、ティアナたち以外の隊員たちでは、ガジェットの相手が精々だろうと言うことは、なのはも察していた。
相手の戦力がどのくらいいるのかは分からないが、こと悪魔に関してはバスタードの戦力をあてにする以外に方法はない。
だとすれば、それ以外の敵戦力。少なくとも、戦闘機人、そしてガジェットは最低でも聖王教会と管理局で請け負う必要があるのだが、アンガス、はやてと守護騎士たち、バスタード以外の高位魔導師の数を考えても、すべてが想定される範囲でギリギリの状況。
最悪の状況も考えれば、余り考えたくはない結果もありえる。
「お疲れ様――なかなか、よかったよ。朝の訓練はこれで終了ね」
「「「はい――お疲れ様でした!!」」」
三人の成長速度は他に類を見ないくらい素晴らしいものだとは思う。それはなのはも認めているが、それでも楽観視することは出来なかった。
それも先日、アムラエルの戦闘をその目で見たことも大きく関係している。
圧倒的と言ってもいいアムラエルの真の実力。そして、そのアムラエルですら倒しきることが出来なかった悪魔の力。
ティアナの“事情”を知っているなのはからして見れば、安心出来る話ではない。
自分からアリシアに言った言葉。そしてアムラエルが彼女たちに望むこと――その何れもが、現実的ではないと否定的な答えを返す。
「浮かない顔してるわね? もう、あの時の言葉、諦めちゃった? なんなら、なかったことにしてあげても良いわよ」
「正直に言ったら、まだ良く分からない。あの戦いを見た後じゃ、現実的じゃないってことも良く分かってる。
でも――諦めたくないって気持ちの方が大きいかな?」
訓練場に姿を見せたかと思うと、皮肉めいた言葉でなのはを挑発するアリシア。しかし、なのはも負けてはいなかった。
あの時――アリシアに言った言葉を思い出す。
――わたしはやっぱり生きていて欲しいと思うから、だからティアナには殺すためじゃない。救うための力を身につけて欲しい。
あの強大な力を持つ悪魔を相手に、ただ倒すだけでも難しいのに救うなど――夢物語のような話だ。
アムラエルにも、そしてD.S.ですら成し遂げることが出来なかったこと。
それを、なのはは平然と口にして見せた。そして、今も諦めていないことを宣言する。
それが可笑しかったのか、アリシアはなのはの返答を聞いて苦笑を漏らしていた。
なんとなく答えは分かっていたが、やはりこの親友は他とは違う――と、アリシアはなのはのことを改めて評価し直す。
バカなのか、凄いのか分からないところは、D.S.に通じるものがあると思い、少し後ろで欠伸をしているD.S.を見て可笑しくなった。
そして、その変な親友の教え子たちもきっと――
「あなたたち、あとでラボに顔をだしなさい」
「……はい?」
「スバル……何、素っ頓狂な声を上げてるのよ。デバイスのリミッター。
もう一段解除して調整しなおすから、メンテも兼ねて顔を出しなさいってことよ」
先日のリミッター解除から僅か二週間。そんなに早く次の段階が訪れると思っていなかったのはスバルだけではない。
ギンガも、それにティアナも予想外のアリシアの一言に驚き、確認を取る意味でなのはの方を見た。
「うん。わたしたち三人を相手にして、ヴィータちゃんに一撃入れられるくらいにまでなれば上出来。
アリシアちゃんがそう判断したのなら、わたしも問題ないと思うよ」
「あ――」
なのはのお墨付きも貰って、嬉しさから声を上げるティアナ。それにギンガとスバルの二人。
これで残るリミッターは残り一つ。訓練も大詰めに迫ったと言うことになる。
厳しい訓練ではあるが、最近では三人とも、強くなっていることを肌で実感していた。
先日のエリオ、ルーテシアとの実戦も良かったのだろう。逃げられはしたが、レリックは無事に守りきり、確実な成果に繋げることが出来た。
成功は自信へと繋がる。ヴィータに一撃を入れたことからも、その成長は疑うべくもない。
だからこそ、ここにきてリミッター解除の話は、そんな彼女たちにとって嬉しい知らせだったと言える。
「残るリミッターは一つ……か」
「違うわ。これで終わりよ」
「え――?」
それはおかしいと思い、アリシアに疑問の声を投げかけるティアナ。
そう、アリシアがデバイスに設けたリミッターは全部で五段階。そしてティアナたちは現在で、すでに三段階のリミッター解除を終えている。
となれば、次が四段階目のはず。最後と言うのはおかしな話だった。以前にアリシアからデバイスの機能説明を受けていた時と異なる内容なので、ティアナが首を傾げるのも無理はない。
「まあ、詳しくは後で話すけど、正確には最後のリミッターを外す外さないは、あなたたちの判断に任せるってことよ」
「あの……それっておかしくないですか? 出力リミッターって、わたしたちの成長に合わせて段階的に設けているんですよね?」
ギンガが口にした疑問は、ティアナとスバルも思っていたことだった。
当然、そのように説明を受けていた三人は、その判断は教官であるなのはか、アリシアがするものだと思っている。
それを最後のリミッターは自分たちで判断して解除しろなど、理解できるはずもない。
「四段階目までで、通常のデバイスとしてのリミッターは完全に解除されるわ。制限はそれで一切なくなる。
五段階目のリミッターは言ってみれば、裏技みたいなものでね。出来れば、使わない方がいい」
「……使わない方がいい?」
何やら爆弾でも仕込んでそうなアリシアの物言いに、眉をしかめるティアナ。
「共通する部分は三機とも同じだけど、能力は違うからね。それは追々説明するわ。ただ、ひとつだけ――
その時が来るまで、おいそれと使わないこと。まだ成長過程にいるあなたたちの体には負担が大き過ぎる危険なものだと言うことだけ、覚えておいて」
「危険って……」
ティアナが顔を引きつるのも分かる。
アリシアの不穏な一言に、「自分たちのデバイスに何が?」と三人は微妙な表情で愛機を見ていた。
「あ、訓練終わったみたいですね。みなさん、揃ってるみたいですし、ちょうどよかった」
「シャーリー? 後ろの方は?」
なんとも妙な雰囲気になっているところに、顔を出すシャーリー。
シャーリーのすぐ後ろに控えているマリエルに気がつくと、なのはたちと少し離れた場所で休憩を取っていたフェイトが、不思議そうに尋ねた。
「こちら、本局で技術官をされているマリエル・アテンザさん。勤務暦十三年の大ベテランさんです。
優秀な技術者であると同時に、わたしのメカニックの師匠でもあるんですよ」
「もう、シャーリーは大袈裟なんだから……。はじめまして、マリエル・アテンザです。
本日よりこちらでお世話になることになりまして、それでご挨拶にと――」
「これはご丁寧にどうも――フェイト・テスタロッサ三尉です」
シャーリーからマリエルのことを紹介され、同じように礼を取るフェイト。
「ラボにアリシアさんいなかったから、こちらだと思って連れてきちゃいました」
「ああ、それで――姉さんなら、なのはやフォワードのみんなと話し込んで――」
シャーリーからアリシアを探していると聞き、なのはたちの居る方を指差すフェイトだったが――
「こんにちは――」
トコトコと訓練場まで歩いてきたと思うと、そう言って礼儀正しく挨拶をするヴィヴィオに注目を奪われてしまう。
訓練場と言う場に不釣合いな、余りに可愛らしい来客の登場に呆気に取られる一同。
状況に流されるまま、丁寧に挨拶を交わされ、同じように頭を下げるマリエル。
マリエルたちに挨拶をすると、ヴィヴィオはトコトコと、なのはやD.S.たちのいる訓練場へと向かっていく。
「あの子は……?」
「ああ、あの子は――」
「ママ――パパ――」
マリエルが疑問に思い、シャーリーに尋ねた矢先。
なのはのことをママと、D.S.のことをパパと呼びながら駆け寄っていくヴィヴィオを見て、マリエルは目を丸くして驚いていた。
なのはやD.S.のことは、ADAMに所属していないマリエルですら名前を知っているほどの有名人だ。
D.S.の噂と言えば、好色家で傍若無人――碌でもない噂は尽きないが、強力な魔導師だと話は聞いている。
片やなのはも、バスタードを代表する魔導師の一人。自身もSSランクと言う魔導師資格を持ち、僅か数ヶ月で地上部隊の低ランク魔導師たちを一線級の魔導師に育て上げたと噂される敏腕。ミッドチルダで最近勢力を伸ばしている企業、バニングス社の令嬢アリサ・バニングスの友人にして、管理局のクロノ提督や、更には聖王教会の騎士カリムとも親しい間柄だと言うことで、その人脈の広さも彼女の評価を高めていた。
どちらも知らぬは本人たちばかりで、少し事情通の物であれば、誰もが一度は耳にする名前だった。
「ああ、お二人のお子さんなんですね」
D.S.の噂は聞いているし、そう言うこともあるか――と、一人納得したマリエルが言葉を漏らした瞬間だった。
ピシ――と空気が凍りついたような気配がしたかと思うと、何もないところから雷が迸り、マリエルの背後の木を切り裂いた。
「え……?」
汗をタラリと流しながら、後ろのパチパチと燃える木に視線を移すマリエル。
シャーリーが「あちゃー」と言った声を上げながら、何も知らず禁句を口にしてしまったマリエルに耳打ちをする。
あのヴィヴィオがなのはのことを「ママ」と呼んだ騒動以来、フェイトの前でその話は禁句とされていた。
本人にその気はないようだが、動揺すると漏れ出した魔力が電撃となり、周囲に被害をもたらすらしい。
実際、それで被害にあった部隊員も何人かいるとか――
その話を聞かされたマリエルは顔を真っ青にして慌てて後ろずさり、フェイトから距離を取っていた。
嫉妬は身を焦がすと言うが――実際に焼き殺されたのでは、たまったものではない。
こうした些細な誤解が積み重なり、バスタードの魔導師の“とんでもない噂”を作っていっているとは、本人たちは知る由もなかった。
管理局地上本部――首都クラナガンの中央にそびえ立つ、そのビルの最上階に、彼――レジアスの執務室があった。
「く――忌々しい奴らめ、海の連中はいつもそうだ!! この地上の秩序を守ってきたのは、我々だと言うのにっ!!」
「中将、落ち着いて下さい」
本局からの要求は相も変わらず、保守的で消極的なものだと言わざるを得ない。
アインヘリアル導入を推し進める地上に対し、本局は否定的な立場を崩すことはなく、更にはバスタードひいてはバニングス社に接触を試みたことに対し、探りを入れられるような真似をされ、レジアスは腹を据えかねていた。
挙句には先日の廃棄区画での戦闘――あのことに関しても、地上の対応の遅さや不備を指摘され、その原因の一端には昨今の魔導師不足などの問題、更には互いの面子もあり有能な人材を裂かざる得なくなったADAMへの戦力投入など、本局も絡んでいる案件が原因だと言うのに、上から一方的に叩かれた格好となり、レジアスもさぞ面白くなかったのだろう。
机を力任せに殴りつける彼の表情は、その憤りから歪んでいた。
「……意見陳述改まで間もない。出来るだけ有利な交渉材料を見つけなくては――」
「その件に関しまして、本局の方でも査察部がこちらに探りを入れようと動きを見せています」
「いつものことだ。いつものようにこなせ」
「ですが、本局の査察官に一人、厄介な稀少技能保有者がいます。
本腰を入れられたら、かなり深いところまで探られる可能性もあるかと」
「チッ――」
秘書官のオーリスから、本局の動向の説明を受けたレジアスは、『稀少技能者』と言う名称のところで不快感を顕にする。
モニタに映し出された一人の男。本局査察官ヴェロッサ・アコース。
筋金入りの稀少技能嫌いのレジアスの目には、彼の存在は厄介かつ鬱陶しいものに映っていることだろう。
何故、本局は地上に目を向けようとしないのか?
文句を言うばかりで具体的なことは何もしない。そう言った意味では、レジアスが憤る気持ちも分からなくはない。
オーリスもレジアスのそんな気持ちは少なからず理解出来る。
管理局に勤めはじめ四十年。そんな苦痛に苛まれながらも、地上の平和のために、人々のため、己が正義のためにと――管理局のために働いてきた父親の後ろ姿を見てきた。
その強引な手法から、周囲から疎まれはしているが、彼が地上の秩序を守ってきたのも事実。
オーリスの脳裏に、幼い頃に笑いながら夢を語ってくれた父親の姿が思い出される。
「誰もが怯えて暮らさなくていい。そんな平和な世界を自分は守り、築いて行きたい」
――その言葉の裏に隠された、魔導師に頼らずとも、魔導師に怯えなくてもいい世界。
魔法に頼りすぎた管理世界の体制は、いつしか魔導師至上主義へと走っていった。その風潮は管理局内部でも見て取れる。
エリートと呼ばれる士官たち。彼らの多くは魔法資質のあるなしで選別され、出発地点からして進む道も大きく変わって来る。
家柄も良く、ましてや大きなコネでもない限り、管理局で魔法資質を持たない一般人が上へと伸し上がるのは容易なことではない。
それをレジアスは成し遂げた。魔法資質を持たない。特別、優れた家に生まれた訳でもない。
そんな彼が上に行くためには、時には法に触れるようなこともしたかも知れない。血を吐き、泥をすすり、敢えて恨みを買いながらも、己が理想のためにと彼は今の地位を手に入れた。
だが、何時からだろう? その強い正義感、純粋なまでの想いが、少しずつ歪んでいったのは?
オーリスはふと、母のことを思い出す。優しく、愛情に満ちていた母の姿――いつも、父を陰ながら支えてきた母の存在。
あの頃はまだ、家に灯りが点り、食卓が賑わっていた。そう、母が亡くなるあの時までは――
「どうした? オーリス?」
「いえ、なんでも――」
父が追い求める理想の難しさ。そして、そんな父を支え続けてきた母の存在。
そんな両親を見て、育ってきたオーリスにとって、レジアスの存在はとても大きなものだった。
例え、道を誤っていたとしても、すでに引き返すことは出来ない。それほどの犠牲と覚悟を持って、今、レジアスがあの椅子に座っていると言うことは、他でもない、娘のオーリスが誰よりも強く理解している。
「アインヘリアルの方はどうだ?」
「概ね順調のようです。意見陳述会までには全機とも最高の仕上がりになるとのことです。
やはりバニングス社、それに月村重工の技術協力を受けることが出来たのが大きいかと――」
「あの娘には多大な対価を払っているのだ。それに見合う働きをしてもらわねば困る」
アリサの口添えで、アインヘリアルの完成度をより高めるためにと言う名目で、月村重工の技術者が現地に送られていた。
高い魔法技術を持つ管理世界ではあるが、彼らの科学技術のほとんどは魔法を前提とした魔法科学が主体であり、アインヘリアルのような大掛かりな質量兵器と見紛う機械を作ることには向いていない。
月村重工は日本を代表する。いや、今ではバニングスと同じく、次元世界にまで手を広げている大企業。
その母体となるのは、兵器開発や技術開発などの技術産業だ。メタリオンとの邂逅の際、真っ先に魔法アイテムの研究、開発に取り組み始めたのも彼らだった。
その蓄積された経験と知識は侮れるものではなく、ことこの分野に置いてはバニングス以上と言っても過言ではない。
彼らの協力で、事実、アインヘリアルの完成度は以前とは比べ物にならないほど高いものとなっていた。
その結果にはレジアスも満足している――と言って問題ない。
「では、失礼します」
レジアスに礼を取り、部屋を後にするオーリス。
しかし、レジアスにはあのように報告したものの、オーリスには気掛かりなことがあった。
バニングス社、それに月村重工。そのトップは何れも、あのバスタードと縁のある人物ばかり――
「考えすぎ……で、あればいいのだけど」
首を振って、その考えを否定するオーリス。
すでに計画は最終段階にまで進行している。今更、誰がどうにか出来ると言う問題でもない。
だが、その不安はオーリスの心の中に靄(もや)となって、消えることはなかった。
「うん、概ね上出来。アリサちゃんの要望通りのものに仕上がってるよ」
電話越しにそれは楽しそうに話す女性。ウェーブが掛かった紫色の髪の毛に、おっとりとした上品な面持ち。
百人男性がいれば、百人が必ず振り向くだろうと思われる白衣を着た綺麗な女性。あの月村重工代表、月村忍の妹にしてアリサたちの親友――月村すずかその人だ。
男臭く、オイルの臭いが充満する作業場に不釣合いと言ってもいい彼女だが、アリシアと同じくやはり彼女も技術者と言ったところか?
周囲が思っているよりもずっと、この作業場、仕事を気に入り、人一倍楽しんでいた。
その辺りの血は月村所以のものか? 昔から変なアイテムを作っていた姉と大差ない。
だが、発明オタクの姉に、リニス、それにプレシアと言う超一流の技術者を師匠に持った彼女は、素晴らしい技術者へと成長していた。
その辺りはアリサも認めているからこそ、今回の話も安心してすずかに任せたのだ。
「大丈夫だよ。お姉ちゃんやアリシアちゃんと違って、ドリルなんてつけてないから――」
『ドリルって……本当でしょうね?』
念を押すアリサの気持ちは分からなくはない。すずかのことは信用しているが、たまに周囲が驚くことを平然とやってしまうのがすずかだ。
しかし、アリシアを引き合いにだされると、ティアナたちのことが心配になってくる、
万が一にも彼女たちのデバイスに、ドリルなど仕組まれていないだろうか?
と、アリサが想像を膨らまし、不安に思うのも無理はなかった。
「月村博士――準備が整いました」
「あ、少し待っててもらえます? ごめん、アリサちゃん。まだ作業が残ってるから――
今度、そっちにも顔を出すね」
『あ――ちょっと、すずか!?』
まだ何か言いたそうなアリサを後に、一方的に電話を切るすずか。
一つのことに没頭し始めると周囲の声など耳には届かないところは、やはり月村の血なのだろう。
特にこと発明、研究に関して言えば、彼女の集中力は並ではない。普段はポケポケとしている癖に――と言うアリサの皮肉は、ある意味で的を得ている。
「さあ、最高の仕上がりにしてあげるからね」
そう微笑みながら、すずかが見上げる先。そこには赤色の巨大な砲台が鎮座していた。
アインヘリアル――レジアスが推し進める地上防衛用の巨大魔力攻撃兵器。重厚に輝くその砲身が、より強い存在感を放っていた。
公開意見陳述会まで、あと一ヶ月。
レジアスにとって、そして管理局にとっても、運命の分かれ道となるその日が、刻一刻と迫ろうとしていた。
……TO BE CONTINUED
おまけ
妄想自重……