作者:193
2009/06/18(木) 00:39公開
ID:4Sv5khNiT3.
地球、その中にある日本と言う国。海と山に囲まれた自然豊かな臨海都市『海鳴市』――
なのはたちの生まれ育った故郷であるこの街は、今では別世界との交流の窓口として賑わいを見せていた。
郊外の海上に作られたゲート。空港と呼ぶには語弊があるかも知れないが、そこは現在、別世界と地球を結ぶ唯一の窓口として機能している。
近々、日本にもう一つ、そして先進各国にも順次、これらの港が開港する予定となっているが、未だ軌道に乗っているとは言い難い対魔導師犯罪対策機関バスタードの人材不足の問題もあり、思うように計画が進んでいないのも事実だった。
十分な準備も整っていないところで無理に計画を推し進めれば、今以上に治安が悪化する可能性は十分に考えられる。
急激な変化は人々の生活に混乱を招くだけで、それは各国としても望むところではない。そのことは、管理世界を例にとっても明らかなことだった。
そのため、こと別世界との交流に関しては慎重な意見も多く、現在は限定的な物に限られていた。
そのモデルケースとして、ジュエルシード事件、そして闇の書事件の中心となった人物たちの住む、ここ海鳴市が選ばれたのも当然の帰結と言えるのかも知れない。
「お話は分かりますが、これ以上の人員の補充は難しいとしか言いようがありません。
ADAMに割いている魔導師は、バスタードの精鋭と呼べる方々ばかりですし……」
「それは承知しています。しかし、先日のミッドチルダ郊外での戦闘データを見て頂いてお分かりかと思いますが、あの悪魔に対抗するためには、圧倒的に戦力が足りな過ぎる。いえ、今の聖王教会、管理局の魔導師では“対抗出来るほどの力がない”と言ってもいいかも知れません……」
カリムはシャッハを連れ、海鳴市に居を構えるバスタードの本部を訪(たず)ねていた。
ADAMに出向している“バスタードの魔導師”の補充を要請にきたカリムだったが、そうすんなりとそんな要求が通るはずもない。
応対したシーンも、カリムが直接交渉に来たと言うことで大筋の話の内容は察していたが、人手不足なのはお互い様で、ここで素直に彼女の要求に応じるわけにはいかなかった。
カリムがこんな無茶なお願いをしに来たのも、先日の戦闘の件から今のADAMの戦力では、心許ないことを察したからだ。
たしかにADAMには他に類を見ないくらい、優秀な人材が揃っていることは間違いない。
しかも、バスタードから派遣されている魔導師は特に質が高く、最低でもAAランク以上の猛者ばかりだ。
隊長格に至っては、いずれもオーバーSクラスの実力者ばかり、聖王教会、それに管理局が出向させている魔導師の質と量を考えても、バスタード側に相当の負担を強いているのは分かっていた。
しかし、聖王教会は管理局と違い、治安維持や犯罪を取り締まる立場にある組織ではない。
ベルカに縁のある遺失物や、その保守管理が主な役割で、次元世界全土にその網を張り、その組織力を持って目を光らせている管理局と比べれば、どうしても実質的な戦力では勝負ならない。
ただでさえ、ベルカ式を扱う魔導師の数は、ミッド式の魔導師に比べて数少ないの現状だ。
聖王教会の騎士で補充しようにも、それほどの数を確保することは難しい――と言うのがカリムの本音だった。
「聖王教会も、こちらと同じく戦力不足には悩んでいるでしょうしね。でも、それなら何故、管理局は動かないのかしら?」
「あなたは――ハラオウン提督!?」
「その呼び方は適切じゃないわね。もう、わたしは管理局の人間じゃないのよ?
話は戻すけど、カリムさん。何故管理局は動かないのかしら?
ことはミッドチルダで起こったこと、それならば管理局が魔導師を補充すれば話が済む問題じゃないかしら?」
「それは……」
突然姿を見せ、話に割って入ったリンディには驚いたが、彼女の口から発せられた質問の方がカリムには痛かった。
管理局の事情はまた特殊だ。部隊の魔導師保有制限がある管理局では、まず一箇所にADAMのような戦力が揃うことはありえない。
そのことに関し、設立当初はADAMに対する反発やその存在意義に対し、疑問の声を上げる者が当然だがいた。
しかし、あの一件以来、悪魔の脅威を目の前にして、そのことに関して文句を言える者はいなくなった。だが同時に、管理局は戦力の出し惜しみをするようになった。
いざと言う時に自分たちを守る戦力が目減りすることを上が危惧したのも一つの要因だろうが、本局と地上の確執もADAMに介入し辛くなっている大きな原因となっていた。
地上は公開意見陳述会を間近に控え、内も外もピリピリと張り詰めた空気が漂っている。そんななか、本局がミッドチルダに居を構えるADAMに対し、魔導師の追加投入を行えば、大きな反発を買うことは火を見るより明らか。
結局のところ、悪魔という圧倒的な脅威を目の前にしても、何一つまとまりを取れてない管理局の体制の甘さが問題なのだが、こればかりは他所の組織のこと――当然ながら管理局にも事情を話し、協力を打診したカリムだったがそれも徒労に終わり、手の打ちようがないと言うのが本音だった。
ADAM設立の際、非公式ではあるが後ろ盾となっている三提督も、この件に関して心を痛めている様子だったが、今の管理局の事情を察すると強い姿勢に出れないと言うのが現実だった。
それは、クロノも同じだ。管理局と言う巨大な組織の中にいる以上、自分だけの判断でおいそれと軽はずみな行動は取れない。
しかし、上を説得するにも時間がかかるし、ましてや地上と本局の確執は今にはじまったことではない。
世界が滅びるかも知れないと言う時に、縄張りだ、権力闘争だと――他から見れば呆れられる話ではあるが、それが今の管理局の実態でもある。
「それで、こちらに話を持ってくるのは筋違いだと思うわよ? しかも、先にその話をシーンにしなかったのは不誠実だと思うわ」
「ですが――カリムは!?」
「やめなさい、シャッハ!! 仰る通りです……そのことに関しては弁解の余地もありません」
リンディの言っていることは、この場では正しい。結局のところ、これは管理世界の問題。自分たちの問題を棚に上げて、協力だけしてほしいなどと、虫のいい話だと言うことはカリムも分かっていた。
どんな理由があれ、最初に事情をきちんと説明しなかったカリムの非は明らかだった。
「ですが、今一度、再考をお願いします。今はこのようなお願いしか出来ません。
しかし必ず、聖王教会、いえカリム・グラシアとして出来るだけのことはさせて頂きます」
二人に頭を下げ、シャッハと共にその場を後にするカリム。
カリムたちが部屋を去ったあと、シーンはリンディの方を見て、呆れた様子で溜め息をついた。
「意地悪ね。あなたも――」
「お互い様じゃないかしら? わたしが問い詰めなくても、さっきの話、知っていたのでしょう?
まったく驚いた様子も、動揺ひとつ見受けられなかったもの」
「知っていたと言うより、予想はついていたと言う方が正しいわね。こう見えて、管理局との付き合いが長いの知ってるでしょ?」
「……そうよね。わたしも、それで随分と苦労させられたわ」
今となっては過去のことだが、目の前の女性に昔は随分と苦汁を舐めさせられたことをリンディは思い出し、おもしろくない顔を浮かべる。
しかしそれを考えると、カリムに親近感を覚えなくはないリンディだった。
彼女の場合、管理局のことなど放っておけばいいものを、無理に関わっているように見える。だが、それもやはり聖王教会の立場を表しているのだろう。表向きは対等な協力関係を取っているように見える組織同士でも、内実が違うことはよくあることだ。
そう言う意味で言えば、誰の目にも聖王教会と管理局の力関係は明らか、カリムの苦労も窺い知れる。
「まあ、悪魔の件はこちらとしても放置できない問題だし、ここは彼女の顔を立ててあげましょう。
聖王教会にも、これで貸しを作れるしね」
「最初からそのつもりだったのでしょう? シーン、あなたって本当に性格悪いわね……」
「問題は管理局の方ね。そっちはリンディ、“彼”と一緒に頼まれてくれる?」
「彼? ……あなた、まさか」
悪巧みをするシーンの笑みを見て、リンディは大きく溜め息を吐くしかなかった。
次元を超えし魔人 第50話『前夜』(STS編)
作者 193
それから時は流れ――首都クラナガン、管理局地上本部で執り行われる公開意見陳述会まで、残すところあと一週間と言うところまで迫ろうとしていた。
今、首都では、ミッドチルダ各地から集められた地上部隊の魔導師たちの手によって、特別厳重な警戒態勢が敷かれ、物々しい雰囲気を漂わせている。
ここミッドチルダに居を構えるADAMにも、当然ながら首都クラナガンの警備及び、地上本部の警戒任務が義務付けられていた。
管理局の幹部、政界、経済界の重鎮、そして報道機関の人間や、野次馬を含め、当日の首都中央は人で溢れ返ることは間違いない。
これだけの厳戒態勢の中、有り得ないことではあるが、もしこの状況で以前の廃棄区画での戦闘のように、外部からの襲撃を受けたら――
一人、執務室でシェラから警備の配備状況などの報告を受けながら、ラーズはそのことを危惧していた。
「浮かない表情をしていますね? やはり、意見陳述会が狙われるとお考えですか?」
「ああ……彼女ともそのことについては話したが、可能性としては十分にありえると思う」
心配するシェラの質問に、重い表情で答えるラーズ。彼が言う“彼女”とは、聖王教会の騎士カリムに他ならない。
ラーズは公開意見陳述会が襲撃されると予想していた。その理由の一つにカリムの予言がある。
――無限の欲望の果てに蘇えりし彼の翼。万の躯を乗せ、死後の門を開く。
――目覚めしは地の底よりいずる審判者。対するは光を冠する者。
――天は轟き、地は裂け、神名の下に世界は混沌に還る。
このカリムの予言にある『無限の欲望』と『万の躯』の記述。
これをラーズは、より多くの人が集まる公開意見陳述会がもっとも怪しいのではないかと考えていた。
地上本部公開意見陳述会――この席では、予算配分に関する質疑の他に、次元犯罪者の取り締まりに関する今後の方針や、これから配備される予定の兵器、設備についての審議が行われる。
管理局の幹部の他に、政界の重鎮や、スポンサーとなっている企業、団体からの参列者も多数集まり、一年のうちでもっとも脚光を浴びるミッドチルダ最大のイベントと言っても過言ではない。
当日、おそらく報道機関や野次馬も含めれば数万を下らない人々が、首都中央に集まることになる。
もしそんな場所に、以前の戦闘のような大規模な襲撃があったとしたら――
AMF戦になれていない地上の魔導師では、ガジェット相手にも苦戦を強いられることは明らか。
そこに加え、戦闘機人、更には悪魔と言う最悪の敵も存在する。
それにラーズが悪魔の襲撃を危惧する背景には、予言の時期の問題もあった。
カリムの稀少技能『預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)』は、それほど遠い未来を予見するものではない。
短くて半年、長くても一年、二年以内は起こるであろう、近しい未来を映し出す。
その予言の時期と照らし合わせても、今回の意見陳述会が襲撃されるであろう可能性は、極めて高いとしか言いようがなかった。
そのことに関しては、予言を行ったカリムも同様の考えだったと言っていい。
僅かながら聖王教会からの増員、そしてバスタードからの補充もあったが、それでも悪魔と言う最大の脅威が取り除かれていない今、楽観視出来る状況でないのは誰の目にも明らかだった。
ラーズが苦悩するのも無理はない。彼も、あの“地獄の世界”を見てきた一人だからこそ、天使や悪魔の脅威を忘れてはいない。
もし、それだけの人々が集まる場所で、激しい戦闘が起こったらと考えると、頭を抱えたくなる理由にも頷ける。
だからと言って、今更、意見陳述会の中止を呼びかけたところで、それを管理局が了承するはずもない。
彼らに取れる対策はあまりに少なかった。
もしもの時に備え、陸士108部隊を含む協力的な部隊には、人々の安全の確保や避難誘導を含む後方支援をお願いしているが、それでも安心とは言い難い。
出来るだけ被害を最小限に留めるためにも、ADAMの隊員はその時がきたら、その身を張ってでも前線で時間を稼ぐ必要がある。
管理局の思慮の浅さ、無謀に付き合わされ、危険に晒されるで魔導師たち。それを止めることが出来ない不甲斐ない自分。
ラーズはそのことを思うと、いくらそれが任務とは言え、複雑な気持ちで一杯だった。
「大丈夫ですよ。彼らは強いですから――」
「……そうだな」
自分の隊の部下たちを信じろ――と言わんばかりに激励するシェラを見て、ラーズは無理に笑顔を作る。
――不安はある。だが、絶望はしていなかった。
「お願いですから、ここではあまり派手なことしないで下さいね?
いつものように騒ぎを起こしたら、管理局の魔導師がすぐに飛んできますから」
「そうなったら、いつものようにぶっ飛ばすだけよ?」
「それを一番心配してるんですっ!!」
ミッドチルダ西部の市街エリア――そこに一際目立つ二人組の姿があった。
片方は異世界の民族衣装に、白いフード付のマント。肩まで伸びるしっとりとした桃色の髪に、ほのかに赤く染まった白い肌の少女――キャロ・ル・ルシエ。
傍に寄り添うように飛んでいる小さな銀竜フリードリヒは、彼女が卵から孵し、育ててきた大切な家族――そして同時に、召喚士である彼女にとって、とても頼れる強力な仲間でもある。
一方、もう一人――かの雷帝と恐れられた女性、アーシェス・ネイ。
褐色の肌に腰まで届く長い黒髪。肌を隠す布地は決して十分だとは言えず、その引き締まった体を周囲の目に晒す。
気持ち、衣服に身に付けられた軽鎧も、逆に彼女の特異さを浮き彫りにするだけで、文明レベルの高いここミッドチルダでは浮いたものとして人々の目に映っていた。
一目にも異世界からの来訪者だと分かる二人。周囲の注目を集めるのも無理はない。
実は、二人がこうしてミッドチルダを訪れたのにはある理由があった。
「もう、ダーシュはどこにいるのよ!?」
「だから、カルさんが調べて戻ってくるまで、ホテルで待ってようって言ったんじゃないですか!?
こんな大都会で、当てもなく人を探すなんて無理ですよ……」
キャロが怒るのも無理はない。この広い世界を当てもなく歩き回るよりは、大人しくカルの帰りを待っている方がマシだった。
だがキャロも、彼女が必死になる気持ちが分からなくはない。ずっと口にしていた、大切な人の名前。
いつも子守唄代わりに聞かされていたネイたちの世界の話。キャロは、その話がとても好きだった。
まるで御伽の世界。亜人や妖精、竜や巨人などの異種族が当たり前のように共存する不思議な世界。
たくさんの争いがあって、たくさんの人が死んで、たくさんの出会いと別れがあった。そんな世界で、頑張って生きてきた人たちの話。
その物語の証明は、目の前にいる彼女が、その存在を持ってしてくれる。
デバイスもなしに数多なる強力な魔法を行使し、どんな犯罪者も、魔導師も寄せ付けない魔導師に似て非なる者。雷帝――アーシェス・ネイ。
そしてそんな彼女の話に必ず登場する最強の魔導王――D.S.(ダーク・シュナイダー)。
ずっと捜し求め、待ち焦がれていたその人が、ここミッドチルダにいると言う情報まで掴んだのだ。ネイが焦るのも無理はない。
「D.S.さんか……」
ずっとネイから話を聞かされていたキャロもまた、D.S.に会ってみたいと言う気持ちがあった。
ネイやカル、こんな凄い人たちにずっと思われ続けている人。話を聞いているだけでも伝わってくるD.S.の人柄。
正直言って、不思議な人だと思った。
世界征服をしようとしたとか、王国を滅ぼしたとか、魔神をも支配下に置いたとか、女癖が凄く悪いとか――
普通に話だけを聞いたら、とんでもない悪人のようにも思える。でも、きっと――そうじゃないと、キャロには確信があった。
「早く、会ってみたいな」
「何してんの? 置いてくわよ。キャロ?」
「あ、待って下さい」
慌てて先を行くネイの背中を追いかけるキャロ。
一見、犯罪者だけでなく管理局の魔導師にも怪我を負わせたり、時には重要な遺跡や街を破壊したりと、無茶苦茶に見える彼女の行動にもちゃんとした理由がある。降りかかる火の粉を払っているだけと言うのには問題があるかも知れないが――
犯罪者だろうと管理局員だろうと、管理世界だろうが管理外世界だろうが、そんなことは問題にならないだけで――
間違っていることは間違っている。正しくないことは正しくない。
そんな当たり前のことを、当たり前のように口に出来る人たちなのだと、キャロはこれまでのネイを見てきて思う。
だから、そんな彼女が大切にする人もきっと――
「――ふぇっくしょん!!」
「風邪? らしくないわね」
「アリサか……なんの用だ?」
ADAM隊舎の屋上にあるヘリポート。そこの主である最新型輸送ヘリも中央の警備に回され、いつもは整備員の怒号が行き交い、騒がしいほど活気に満ちたその場所も、夜虫の鈴の音が聞こえるほど静まり返っていた。
そんな寂しい場所に、月明かりに照らされた人影が見える。夜も更けたと言うのに、消えることのない街の灯りを肴に一杯やっているD.S.を見て、アリサは苦笑を漏らしながらその横に座った。
なんだかんだ言っても、やはり気にしているのだろう。
中央――首都クラナガンの警備の物々しさは、ここにいても伝わってくるほどだ。
弱まることのないその街の灯りが、状況の深刻さを物語っているようでもあった。
「わたしもいるですよぅ――!!」
アリサの胸元からヒョコッと顔を出して、D.S.に飛びつくツヴァイ。
ここ最近、時の庭園に篭っていたせいで、D.S.に会っていなかったのが余程寂しかったのか? いつもよりもハイテンションだった。
そんなツヴァイの突撃を、D.S.は寸前のところで回避し、追い回すツヴァイから逃げる。
「なんで逃げるですか!?」
「うぜえ!! 近づくなチビ!!」
いつもの調子の二人を見て、アリサも思わず可笑くなって笑みを溢す。
ここには明日の意見陳述会を控え、シェラに現在の警備の配備状況や、緊急時の対策についての説明を受けにきていた。
彼女の話からも、ここで戦闘が起こった場合、想定される被害を考え、アリサも複雑な心境だった。
ある程度は予想されていた事態だが、それでも希望的観測で言わせてもらえば、そんなことになってほしくない――と言う思いの方が強い。
それは、準備を進めているシェラたちも同じ思いだろう。
最初は中央の方を観察するD.S.を見て、彼でも緊張することがあるのか?
と心配したアリサだったが、それも今の二人の様子を見ると“余計な気遣いだった”と首を横に振った。
「ツヴァイ、その辺にしておいてあげなさい」
「う〜〜〜〜」
「ルーシェ、みんなからの伝言を伝えにきたのよ」
「伝言だ?」
ここに来たもう一つの理由を思い出し、アリサはD.S.の方を見てそう言った。
時の庭園に引き篭もって二ヶ月。結局アムラエルたちの準備は意見陳述会に間に合うことはなかった。
アムラエルのグングニルの修復もあるのだろうが、他にも対悪魔用の何かを開発していると言う話は、D.S.も聞いている。
間に合わなかったものは仕方がないが、その手を中断して駆けつけてこないのも、彼女たちなりにD.S.のことを信頼してのことだ。
「ええっと、とりあえず起動するわね」
みんなから渡された伝言の入った端末を呼び出し、その映像を見てアリサは眉を引きつった。
『隊舎にまだクリアしてないゲームが置きっぱなしなの。帰って隊舎がなくなってたら暴れるかも』
『デートの約束、忘れてませんからね? 帰ったら、街でデートのやり直しがしたいです』
『管理局のことなんてどうでもいいけど、せっかく買った屋敷がなくなるのだけは困るわね』
『えっと……みんな好き勝手言ってますけど、頑張ってください』
アムラエル、リインフォース、それにプレシアにリニスの順に、何を伝えたいのか正直よく分からないメッセージを受け取って、D.S.は呆然としていた。伝言を頼まれたアリサでさえ、どう反応していいか分からない。
ツヴァイだけが、なんだかよく分からないが、みんなの姿を見てはしゃいでいた。
「……愛されてるわね」
「ああん!? “これ”のどこが!?」
要約すれば、「家がなくなるのは困るから、しっかり守ってくれ」と言うことに他ならない。
プレシアに至っては、本当に管理局のことなど、どうでもいいのだろうが……。
唯一、まともそうに見えるのはリニスだけか? それも、周囲のフォローに回っているからに過ぎないのだが――
捻くれ者のD.S.に当たり前のお願いをしたところで、協力的になるとは思えない。
とは言っても、これでは逆効果ではないだろうか? と思わなくはないアリサだった。
「なんにしても、明日はあそこにわたしもいるんだから、よろしくね」
「わたしも頑張るですよぅ」
「はいはい。ツヴァイもよろしくね」
「…………」
そんな二人のやり取りを見て、D.S.は物凄く嫌そうな顔をする。
ツヴァイをこうして寄越したのだって、D.S.のお目付け役としてはある意味、適任だと考えたからに違いない。
どうせプレシアの企みだろうが、こうしてアリサに伝言を頼んだのも、D.S.がアリサを苦手としているのを知ってのことだと考えられる。
そんなことを考えると、アリサはなかなかにD.S.のことを良く知っている人物が考えた、練られた計画だと感心した。
「お父さま!! 一緒に頑張るですよ!!」
「知るか!! テメエ一人でやれっ!!!」
アリサは二人のやり取りを見て、ふと昔のことを思い出していた。
こんなことを言ってはいても、きっとD.S.はすべてを守ってしまう。そんな確信めいた予感がアリサの中にはあった。
もう、あれから十年余り――D.S.と出会って間もない頃、同じような光景を目にしたことがある。
そう、あれも同じ屋上でのことで――
「――ルーシェ。前に、こうして二人で病院の屋上で話をした時のこと、覚えてる?」
「あん? んな昔のこと、覚えてるかよ」
こう言う時のD.S.の顔は、しっかりと覚えている時の顔だ。アリサは、そんなことが分かるようになっている自分が、少しおかしくもあった。
そう、忘れもしない。きっと、あの時からだとアリサは思う。
彼のように強くなりたい、早く大人になりたいと、願ったのは――
ジュエルシード事件、その事件のなかで起こった不幸な事故。
ジュエルシードの暴走により、植物が巨大化し、海鳴市の三分の一に当たる面積が被害を受けた。
その事件に大切な親友が関わっていたこと――そして何も出来ず、ただ見ていることしか出来なかった無力さをアリサは忘れていない。
子供だったのだから仕方ない。そう言われてしまえば、その通りなのかも知れない。でも、悔しかった。
いつも陰から支えてくれていた大人たち。
それに、困っているとき、助けを求めているとき、必ず傍にいてくれた“彼”。
いつか、アムラエルに言われた言葉が頭を過ぎる。
――D.S.はね。本当はとても寂しがり屋さんなの。
一人の寂しさを、一人でいることの辛さを、孤独の闇を知っているから――
彼は、一人でいる子供や、泣いている子供を放って置けないのだと、アリサは思う。
D.S.のことを恐れ、悪く言う人たちは多くいる。だけど本当の彼は、誰よりも優しく、そして寂しい人なのだと――
その時、アリサは感じた。
だから、子供でいることが嫌だったのかも知れない。子供の自分ではきっと、本当の意味で彼の支えになれないから――
そう自覚した時には、D.S.への気持ちに気付いて恥ずかしい思いで一杯だった。だけど、不思議な充実感があった。
いつか、彼の横に並び立ちたい。そう思い、踏み込んだこの世界――
しかし、同じ世界に立ってみて、はじめて分かることがある。
D.S.や、両親の大きさ。自分がどれほど彼らに助けられていたか、愛されていたかがここ数年でよく分かった。
こんな自分でも、少しは成長しているのだろうか? D.S.の瞳に映る自分を見て、アリサはそんな不安を心に抱く。
だからなのかも知れない。こんなことを聞いてしまったのは――
「少しは、大人になれたのかな?」
「んなことを聞いてるうちは、まだまだお子様だな」
予想通りの捻くれた回答。でも、それでいいとアリサは思った。
まだ、認められるとは思っていない。両親にも、そして“彼”にも――
「ルーシェなら、そう言うと思った」
「う――!?」
てっきり、いつもみたいにアリサの反撃が来ると思っていたD.S.だったが、返って来たのは予想外の笑顔。
D.S.は思わず胸が高鳴るのを感じる。「もしかして、これはチャンスなのか?」と考えつつも、アリサのお仕置きを恐れて身悶えていた。
そんなD.S.が可笑しくて、少しからかってやろうとアリサはD.S.に近寄り――
「今日は一緒に寝よっか?」
「――!?」
「わーい! みんな一緒に寝るですぅ!!」
思わぬアリサの大胆発言に、完全にD.S.は舞い上がっていた。
しかし、ここに邪魔者が一人――
よく意味が分かっていないツヴァイが、みんな仲良く一緒のベッドで寝るものだと喜び、はしゃいでいた。
さすがのD.S.も、目の前のツヴァイが邪魔だと思ったのか?
「テメエはここで寝ろ!!」
と、ツヴァイを除け者にしようと、鬼畜な言葉を投げかける。
「なんで、わたしを除け者にするですか!?」
「うっせえ!! 大人しく言うことを聞け!!」
「お父さまの言うことでも、これだけはイヤですぅ!!」
前代未聞の親子(?)喧嘩に発展する二人。
二人の睨み合いが続く中、ことの原因であるアリサは幸せを噛み締め、そんな二人のことを見守っていた。
そんななか、月の光が彼女たちを照らし出す。ふと、空を見上げるアリサ。
そこには故郷の星と変わらない。満天の美しい星空が広がっていた。
「“ここ”も、地球も大して変わらない――か」
その言葉に込められたアリサの想い。それを彼女の口から聞くことは、ないのかも知れない。
様々な想いと思惑。希望と不安を胸に抱きつつ、舞台は公開意見陳述会、当日を迎える。
……TO BE CONTINUED