作者:193
2009/06/24(水) 10:11公開
ID:4Sv5khNiT3.
管理局地上本部――首都クラナガン中央に位置する巨大なその建造物周辺では、かつてないほどの数の魔導師たちによる警戒態勢が布かれていた。
そんな物々しい警備の中、開催された地上本部公開意見陳述会。
主会場となっている大広間では、高級なスーツやドレスを身にまとった政治家、経済界の大物のほかに、青い管理局の制服を身にまとった将校たちの姿も見受けられる。テーブルに盛られた手付かずとなっている豪華な食事をアムラエル辺りが見れば、大喜びで食い散らかしているに違いないと思われる、そんな光景。
内部警備に当たっている局員も含めれば、その数はこの大広間だけで千人余り。建物の中全体で計算すれば一万人前後の人間が、今この地上本部に集まっていることになる。
「やっぱり、あなたも来てたのね。カリム」
「アリサ――いえ、バニングス様こそ、ご出席なされているとは思いませんでした」
「わたしは管理局の出資者の一人として、自分たちのお金がどんな風に使われているのか?
見届ける義務があると思うんだけど――間違ってる?」
「いえ……“貴社”と“あなた”の“噂”は伺っていますから、承知しております。
それに、今回は随分と“地上”の方に入れ込んでるご様子ですし」
いつもの聖王教会の制服ではなく、管理局の青い制服に身を包んだカリムも、お供のシャッハを連れ、地上本部を訪れていた。
聖王教会の代表として会に出席すると言う名目もあるが、やはり予言のことが気になっていたからだ。
そんなカリムに、まるで外で友達にでも会うように親しげに話し掛ける女性。聞き覚えのあるその声に反応してカリムは振り向き、その人物を見て驚きから表情を歪ませた。
アリサ・バニングス――はやてたちの友人にして、現在もっとも警戒しなくてはいけない人物の一人。それが、カリムのアリサに対する認識だった。
それにカリムは、正直に言ってしまえば、アリサとはそりが合わないことを自覚していた。それはアリサもだ。
はやてが聖王教会に行くと決めたのは、はやて自身の意思によるものだが、そう仕向けたのもまたカリムであるとも言える。
だからと言って、そのこと自体に文句を言うつもりはアリサにはない。
大切な友達が自分で決め、選び取った道だ。応援してやりたいと言う気持ちはある。
しかし、今のはやての状態を思うと、アリサはそうすることが正解だったと胸を張って言い切ることが出来ないでいた。
彼女(カリム)が悪いのではない。それが分かってはいても、管理局、いや管理世界の歪みを知ってしまった今となっては、安心することも出来ない。カリム自身がどうこう言うより、この世界、この環境が問題だとアリサは考えている。
地球と大きく違う常識や文化。そして倫理の問題。
はやてを取り巻くそれらの環境が、彼女をより一層“罪の意識”に縛りつけ、逃がれられなくしているのではないか?
――と、アリサはそのことを危惧していた。
カリムもまた、アリサに自分たちが酷く警戒されていることを察していた。
管理局が地球にしてきたことを考えれば、アリサの警戒はもっともなのかも知れないと思う。
その上、自分から望んだ結果とは言え、結果的に彼女の親友を彼女たちから引き離してしまったことは事実だ。
カリムにも、多少なりとも思うところはあった。だが彼女には聖王教会の騎士としての立場もある。はやてたちの引き抜きに関しても聖王教会のカリム・グラシアとして見れば、間違った行動だったとは彼女も思っていない。
しかしそれでも、はやての親友として、彼女たちの友人として、カリム個人としては、アリサ同様にはやての問題はなんとかしたいと言う気持ちはあった。
「あなたも『陸だ。海だ』って管理局のように下らないことを言うのね。本局だろうと、地上だろうと、同じ管理局じゃない。
本局に援助するのはよくて、地上には肩入れするなって――それとも、“ここ”は管理局じゃないのかしら?」
「それは――ですが、地上には良くない噂もありますし……」
アリサの言っていることは正しい。だから、カリムも強くは反論できなかった。
しかし、地上本部、そしてレジアスの黒い噂をよく耳にしているカリムにとって、アリサの行動は納得の行くものではなかった。
確かに会社のことを考えれば、レジアスと交流を持っておくことは悪いことではない。
特にここミッドチルダに置ける彼の影響力は、本局ですら軽視出来ないほど大きなものだ。
だが、噂ではバニングスは資金援助ばかりか、レジアスが推し進めている計画の兵器開発の手助けまでしていると、カリムは聞いている。
アリサの襟元に付けられた管理局の階級章――将官待遇で手厚い歓迎を受けたとのことだったが、彼女の持つ地位と立場の重さを考えれば、それが単なる噂ではないことは一目瞭然だった。
不可解なアリサの行動。それを地球全体の意思と見るべきか、それともバニングスの――アリサ個人の思惑と取るべきか?
カリムはそのことも計りかねていた。
「そんなの、本局だって――聖王教会だって、探られたくないものの一つや二つ。腹に抱えてるでしょう?」
「そ、そんなことは……」
アリサに言われると、何かまた良からぬものでも掴んでいるのはないかと、カリムが疑心暗鬼になる気持ちも分からなくはない。
それで過去に幾度となく、管理局が彼らに苦汁を舐めさせられたことがあることを、カリムは知っている。
自分も先日、その一端を経験してきたところなだけに、アリサの余裕の態度はカリムの心を騒がせていた。
「そんな水掛け論を今更あなたとするつもりはこちらにもないし、そんなに気構えなくてもいいわよ。
それに前も言ったでしょ? アリサでいいって」
「ここは公式の場ですから……」
「相変わらず硬いわね。そんなんだから、周りに先越されて行き遅れてくのよ?」
「余計なお世話です!! そう言うあなただって――」
「いや、わたしはまだ十代だし」
「――――!?」
そうは言ってもカリムもまだ二十代。気にするほどの年齢でもないのだが、結婚適齢期が早い管理世界の常識に照らし合わせて見れば、カリムの歳でも十分に遅いと言えるのかも知れない。
アリサの挑発に乗って、おもしろいように取り乱すカリムを見ていて、シャッハは嬉しいやら悲しいやら複雑な気分だった。
そして、アリサの言葉を自分に照らし合わせ、シャッハの脳裏にふとした疑問が残る。
「カリムで遅いなら……わたしは……」
シャッハ・ヌエラ。彼氏いない暦――いや、本人の尊厳のために伏せておくことにしよう。
会場の片隅で重い空気を背負って、どんより落ち込む二人の女性。
緊張しているようだから、少し緊張をほぐしてやろうかと思って言ったアリサの一言だったが、思いのほか二人には効果が高かったようで、アリサもなんだか言い知れぬ罪悪感が込み上げて来ていた。
でも、意外と余裕があるのかも知れない――そう思える一場面ではあった。
次元を超えし魔人 第51話『戦闘機人』(STS編)
作者 193
結果だけを述べれば――予言は的中した。
ラーズやカリムの危惧した通り、管理局地上本部が居を構える首都クラナガンは、ガジェット、戦闘機人からの襲撃を受けていた。
「キリがないな」
マカパインは空と大地を埋め尽くすほどのガジェットを前に、弱音にも似たそんな言葉を漏らす。
実際、彼の言うとおり数の差は圧倒的だった。どうにかADAMの魔導師が中心となり、配備されている魔導師たち全員で応戦しているが、善戦していると言うには難しい。
一体一体は大したことがないと言っても数が数だ。しかも、対AMF戦用の訓練を受けているADAMの魔導師たちや、魔法とは別の“気”や“武力”などと言ったもので戦うバスタードの魔導師たちとは違い、大半の魔導師たちはAMFで魔力を無効化されれば対抗する手段を持ちあわせていない。
分かっていたことだが、地上の魔導師の質の低さは深刻と言えた。数だけいても、これでは逆に守るものが増えるだけで、戦える者の負担が増えるばかり――
縄張りだどうのと争う前に、もっとやるべきことがあるだろうと思わなくはない。
しかし、それも今更な話だ。そんなことを愚痴っても状況が好転するはずもなく、ただひたすらに迫り来る敵を撃破する以外に彼らに取れる行動はない。
「ネチネチ過ぎたことを男が言ってんじゃないわよ。愚痴ってる暇があったら手を動かしなさいっ!!」
言葉通り、軽い口調で話しながらも、巧みに魔法と独特の剣術を駆使してガジェットを破壊していくオカマ――もといロス・ザボス・フリードリッヒ。オカマと言えど、元魔戦将軍の名は伊達ではない。
右手に装着した彼の武器、重力剣(グラビティ・ザンバー)は敵を取り囲むように蛇行し、そのこと如くを鉄屑へと変える。
バスタード本部から応援で寄越された戦力は、彼を含めて三人。その何れもが、かつてはカル=スに付き従い、『真の平和のために、争いのない世界を作るために』と理想を追い求め、集った歴戦の戦士――魔戦将軍。
十二人いた戦友は散り散りとなり、今では糸使いマカパイン、影使いボル、蟲使いバ・ソリー、鎧将軍ブラド、それにここにいるロスと、ラーズの傍に付き従うシェラの六人だけとなっていた。
半数にまで減ってしまった魔戦将軍。他の者の居場所や生死も分からない中、新しい世界で国のため、生き残った人々のために懸命に生きようと頑張るシーラの姿に見せられ、それぞれの想いや思惑は違えど、彼らは再び手を取り合う道を選んだ。
そんな歴戦の猛者と呼べる彼らが、こうして再び集い、同じ戦場に立っている。
それだけでも、こんな機械兵器如きに、彼らが遅れを取る理由にはならなかった。
「そう言うが、この数では……実際、随分と取りこぼしている。やはり、あちらも捌ききれてないか」
ブラドやボル、それにバ・ソリーの戦っているであろう方角を見て、不満を漏らすマカパイン。
カバーする範囲がそれでなくても広すぎると言うのが問題だった。全方位から地上本部を目指し、向かってくるガジェットたち。
それをAMF戦に不慣れな管理局魔導師たちと、ADAMや聖王教会の魔導師、騎士だけで対応しきれるはずもない。
彼らも奮闘はしているが、現状、戦えない者や、避難する民間人を守るだけで精一杯と言う状況が続いていた。
「言ったでしょ。愚痴を言うくらいなら手を動かしなさい――って!!」
「――分かっている!!」
ロスの言うことは分かるが、マカパインはどうにも十年前のこともあり、管理局のことが好きになれない。
そこに加えて、あれほど再三に渡り注意してきたと言うのに、結果はこの有様。それもあってか、愚痴を遂、零してしまう。
そのことは、ロスもマカパインの気持ちが分からなくはなかった。
鬱陶しいほどにしつこく迫ってくる相手(ガジェット)に、正直うんざりしていると言っていい。
しかし、ロスの方が余裕があるように見えるのは、やはり武芸一本の堅物な他の魔戦将軍と違い、艶から色まで豊富な人生経験を持つであろうロスとの経験値の差だろうか?
彼には周囲から見れば理解不能な、それでいて絶対に「大丈夫」と確信できる、彼なりの確信があった。
「大丈夫よ!! あそこにはアタシが認めた“彼”がいるんだから――
言ったでしょ? 本当にイイ男ってのはね。顔がいいのは当たり前。そして何より――」
「しま――」
マカパインが他に気を取られ、油断したほんの一瞬の隙を突き、防衛ラインを突破するガジェット。
そのまま、避難誘導する管理局の魔導師を弾き飛ばし、暴走したガジェットの矛先は民間人へと向けられる。
すぐさま助けに入ろうとマカパインは動くが、それよりも先に飛び出したのはロスだった。
「――お兄ちゃん!!」
民間人の少女の、肉親に助けを呼ぶ悲痛な声が上がる。絶対絶命に思われたその一瞬――
ガジェットの攻撃が届く前に、少女の前にロスの重力剣が突き刺さった。
「え――」
もうダメだと思った次の瞬間。
少女の目に映ったのは、蹂躙され粉々に破壊されていくガジェットの残骸と、強く逞しい武人の背中。
圧倒的な光景だった。素人目にも、ロスの取った行動の凄さが、そして彼の強さが伝わってくる。
そんな、ぼーっとする少女の方を見ると、ロスはニヤリと笑い、こう言い締めくくった。
「そう、本当にイイ男ってのはね。例えどんな苦境にあっても、ここ一番ってとこには必ず決める。
自分の“出”を心得てるズルイ男のことなのよ!!」
そう言い、地上本部のビルを見上げるロス。
するとそこには、先程まで本部のビルに列挙して大量に押し寄せていたガジェットたちが、何かの攻撃を受け、瞬く間に爆散していく光景が広がっていた。
「――ナパーム・デス!!」
D.S.がその呪文を唱えた瞬間――本部ビル周辺を飛び交っていたガジェットU型が、瞬く間に爆散していく。
無数の火球を作り出し、一瞬にして対象を破壊する攻撃呪文。術者の錬度にもよるが、D.S.のような高位の魔導師ともなれば、その効力は広範囲に及ぶ。AMFで魔力結合が弱められていると言うのに、それを物ともしないD.S.の非常識な力に、さすがの戦闘機人たちも息を呑むしかなかった。
『クアットロ、他の姉妹たちは?』
「セイン、ノーヴェ、ウェンディは予定通り。チンクちゃんも本部への進入には成功してますわ。
あとは、こちらも予定通り。残りはお姫様のお迎えに向かってます」
『そうか、ならここはわたしとセッテでなんとか抑えて見る』
「よろしいのですか? 彼とは極力交戦するなとドクターの注意を無視して」
『緊急事態だ。ヤツを野放しにすれば、作戦の成功そのものが危ぶまれる』
「了解です。お気をつけください。トーレお姉さま――」
確かにD.S.は一人ですべてを引っくり返してしまうほどの非常識な力を持つ、言わばジョーカーのような存在だ。
どんな計算や作戦も、彼の前には役に立たないと言うことを、クアットロもこれまでのことから熟知していた。
だからこそ、スカリエッティもD.S.との交戦を避けるようになどと、消極的な命令を姉妹たちに出さざる得なかったのだろう。
それを知っていながら向かっていくトーレにセッテ。そんな二人の行動を見て、クアットロはモニタ越しに二人のことを冷ややかな目で見ていた。
確かに二人は姉妹の中でも特に優れた近接戦闘能力を持つ戦闘機人だ。
一人一人が最低でもSSクラス。もしくはそれ以上の敵とだって戦えるよう調整された、文字通り『最強の戦闘機人』。
それでも、二人掛りであることを考慮しても、あのD.S.が相手では分が悪いだろうと、クアットロは考える。
管理局の魔導師ランクなど当てにならないことは、バスタードの戦力を見ても明らか。
更に言えば、D.S.はそうした人間と言う枠から、完全に離れた別の生き物と思った方がいい。
「まあ、少しでも時間を稼げればいいでしょう。やはり、肉体派のオツムの弱い子はダメね。問題は――」
そんなことも分からず無謀にも向かっていく二人を見て、クアットロは本当にどうでもよくなったのか? 興味を無くし、他の方を観察し始めた。クアットロの視線が指し示す先、そのモニタには、紅蓮の炎に包まれ炎上するADAM隊舎の姿が映し出されていた。
「絶対的な力。圧倒的な恐怖。戦闘機人、レリックウェポン、そんな陳腐なお人形なんかとは違う。
本物の命の輝き。人を超えた究極の生命のカタチが、ドクターが目指した研究の終着点がここにある」
胸を躍らせ、表情を愉悦に歪め、クアットロは心からこのイベントを楽しんでいた。
法と権力の象徴とされ、ミッドチルダで管理局の力を誇示し続けてきた地上本部ビル。
そして、歴戦と言われる精鋭だけを集め、対悪魔などと言う名目の下、作られた夢の部隊ADAM。
その何れもが、自分の手のひらの上で踊り、焼け落ちていく様を彼女は楽しんでいた。
何人死のうが、どれだけ壊れようが、彼女にとって“価値のない”命のことなど、問題にはならない。
彼女が興味を惹かれるのはスカリエッティの研究の成否と、愚かな人間たちの末路。混沌としたこの世界の行く末だけ――
そのためであれば、例え同じ姉妹であろうと、切り捨てることを彼女は平然とやってのけるだろう。
現に今回の任務で姉妹の何人かが脱落するであろうことは、すでに彼女の計算の内に入っていた。
数では勝っているとは言っても、ADAMの戦力はスカリエッティが危惧するように、まともに立ち向かって楽に勝てるほど甘くはない。
これだけのガジェットの投入や、戦闘機人たちの本部進行も、地上本部を制圧することが本来の目的であるかのように見せかけるための大掛かりな偽装(ブラフ)。もちろん、このことはスカリエッティとその側近ウーノ、それに現場指揮を任されているクアットロを除き、他には誰にも知らされていない。
スカリエッティの本来の目的は“ADAMの主戦力をADAM隊舎から引き離す”ことにあった。
何故、ここまで回りくどい手を使ってまで、ADAMを攻め落としたかったのか? それには、ある少女の存在が関係する。
「もうすぐですよ。もうすぐ……お姫様はもっとも強く、気高く、美しい。ドクターの最高傑作に生まれ変わるのですから」
その時を思い浮かべ、クアットロは頬を赤く染め、身を震わす。
高揚するクアットロの視線の先には、ADAM隊舎に取り残された、ヴィヴィオの姿が映し出されていた。
本部ビルの中も外部からの襲撃を受け、混沌としていた。
クアットロのシステムクラッキングを受け、本部のメインシステムはダウン。動力部も何者かの襲撃を受け全損。
ビルの中の様子は、非常用に点けられた僅かばかりの明かりと、動かなくなったエレベーターや自動ドアの前に人だかりが出来、混乱した人々の群れで騒然としていた。
民間人を避難誘導しようにも、この状況下では難しく、実質、建物の中に閉じ込められたと言ってもいい状況だった。
内部警備に当たっていた者たちの多くはデバイスや武器などの持込は厳しく制限されていたために、民間人の避難誘導や退避なども、このAMF濃度の高い状況では難しい。徹底した警備体制がこんなところで裏目に出るとは皮肉なものだ。
むしろ、こうなることを予測した上で作戦を立てたであろう襲撃者の方を感心すべきか?
どちらにしても状況はよくない。そのことは建物の中に取り残された状態になっているADAMの隊員たちも自覚していた。
「ラーズさんたちは?」
「はやてとシグナムと一緒に上の人たちに事情を説明してる。でも、まさか本当に本部の襲撃があるなんて」
「まあ、外にはみんなもいるんだし、それにルーシェくんもいるんだから大丈夫だよ」
「うん――問題は」
なのはとフェイトは、デバイスもなしにこの状況下で魔法を行使し、床をぶち抜いて会場から脱出していた。
もちろん床を抜いたのはなのはの魔法なのだが、公共施設を多少破壊したところで、フェイトも今更そんなことで親友を責める気にはならない。
緊急事態だと言ってしまえばそれまでではあるし――それに、連絡が途絶えているティアナたちの様子も気になっていた。
もしもの時のためにと、彼女たちには皆のデバイスを預け、建物の周辺警備に当たらせていた。
いざ何かあった時、速やかになのはたちと合流し、デバイスを引き渡すためだ。
しかし、AMF濃度が高いことと、通信妨害でもされているか? 外との連絡は一切つかない。
この建物の状態や、なんの前触れもなく本部のシステムがダウンしたことといい、すでに敵の進入を許してしまっていることは明らか。
切迫した状況の中、ただ待っていられる状況ではないと判断したなのはとフェイトは、二人で先にティアナたちと合流するため先行していた。
「あらー? これはとんだお客さんっスね。ちょっち、ヤバめかも」
「ふん、関係ないね。誰であろうと、ブチのめすだけだ」
「いや、あたしらの任務はあくまでタイプゼロの捕獲ですから、まあついでに――」
「――!?」
通路で偶然、戦闘機人の二名と出くわしたなのはとフェイト。
巨大な盾のような砲身を片手に、桃色の髪を後ろで束ねた少女、戦闘機人十一番目の姉妹ウェンディ。
両足にスバルやギンガのようなローラーブーツ型のデバイスを身に付け、鋭い目でなのはとフェイトの二人を睨み付ける赤い短髪の少女、戦闘機人九番目の姉妹ノーヴェ。
二人とも今回の本部潜入にあたり、ある任務をウーノから受けていた。それは――
「ちょうどデバイスも持ってないようだし、これはチャンスッスね!! Fの遺産も回収していきまスか!!」
「フェイトちゃん――!?」
「どこ見てる――テメエの相手はこっちだ!!!」
フェイトに向けて放たれるウェンディの砲撃。そして、なのはに迫るノーヴェの回し蹴り。
デバイスを装備していない魔導師など恐れるに足らない。その彼女たちの認識は、通常であれば間違っていない。
デバイスがなければ魔法が使えないと言う訳ではないが、それでもやはりデバイスを装備している時と、そうでない時では戦闘力に大きな開きが出る。管理世界の魔導師の大半は、マルチタスクなどの高度な術式や、詠唱などをデバイスに肩代わりさせることで処理を高速化し、魔法発動までの時間を大幅に短縮することに成功している。その他にも障壁を複合発生させ、術者の身を守るBJ(バリアジャケット)や、瞬間的に魔力を増幅するカートリッジシステムなど、デバイスを使うことで得られる恩恵は大きい。
逆を言えば、D.S.やアムラエルのように、単なる外部からの魔力供給システムとしてだけ使用するようなデバイスの使い方は、異例中の異例だと言えるだろう。
例えSランクオーバーの高位魔導師であったとしても、これは例外ではない。
強力な魔法を行使することや、いくつもの魔法を同時に処理し、発動するような高速戦闘もデバイス抜きでは難しくなる。
そんな鈍足な、魔力が大きいだけの“ただの人間”に負けるはずがないと――そんな驕りが彼女たちの中にはあった。
「な――」
「――があああぁぁ!!」
なのはに繰り出したはずの蹴りが、まさか意図も簡単に素手で受け止められると思っていなかったのか? ノーヴェは驚きの声を上げる。
一方、ウェンディの方はもっと悲惨な状況になっていた。フェイトに放ったはずの砲撃は腕の一振りでかき消され、代わりに煙の中から飛び出してきたのは強力な雷撃魔法。
体の中の電子部品が悲鳴を上げ、ショートを起こし、ウェンディの体から黒ずんだ煙がプスプスと噴出す。
「デバイスを持っていないから――って油断したみたいだね」
「ヒ――ッ!!」
動かなくなったウェンディを見て、なのはの放つ圧倒的な威圧感に気圧され、ノーヴェは先程までの威勢の良さはどこかに消し飛んでいた。
ただあるのは、はじめて感じる絶対的な恐怖。猛獣に睨まれた捕食動物のように、顔を引き攣り脅えていた。
爆煙が晴れ、その中から姿を見せたフェイトが、服についた埃を手で払い除け、そんな震えるノーヴェの方を見る。
「大丈夫だよ。手加減はしたから、彼女は死んでない……と思う」
「十分やり過ぎだと思うけどね……」
完全に焼死体と言ってもいいウェンディの姿を見て、なのははフェイトの手加減と言う言葉に胡散臭そうな表情を向けた。
とは言っても、フェイトの放った魔法『ライ・オット』は、バルヴォルドの数倍の威力を持つ雷撃魔法だ。その気になれば、対象を消し炭にしてしまうほどの威力を発揮する凶悪な魔法でもある。
普段のフェイトなら、相手が気絶する程度で、もっと上手く手加減出来たのかも知れない。しかし、デバイスを持っていなかったことや、ここ最近ヴィヴィオの母親騒動で溜まるにたまっていたフラストレーションが、彼女の感覚を鈍らせていた。
「で、あなたはどうする? 大人しく投降する? それとも――」
なのはの最後通告。ノーヴェはそれで完全に戦意を失い、その場に膝をついた。
断っておくが、ウェンディ、それにノーヴェとも、ニアSランク程度の実力は有している。
その二人だが、今回ばかりは噛み付いた相手が悪かったとしか言いようがない。
今のなのは、それにフェイトにとって、デバイスは確かに強力な武器だが、それ以上に彼女たちにとってデバイスとは“やり過ぎてしまわないように能力を制御する”リミッターのような役割も担っていた。
彼女たちは一般人どころか、同じ魔導師から見ても大量破壊兵器にも等しい非常識な存在だ。
本人たちにその気がなくとも、彼女たちの力は簡単に人の命を奪ってしまう。
その抑止力として、デバイスは出力リミッターや、非殺傷設定などと言った彼女たちの力の抑えの役目を担っていた。
もちろん、デバイスがあれば戦略の幅は広がり、それだけで彼女たちの戦闘力は数倍に跳ね上がる。
だが、こと命の奪い合い、死ぬか生きるかと言う局面に置いて、デバイスのあるなしだけで彼女たちの実力を推し量れるものではない。
そう言う意味では、管理局が交付している彼女たちのSSと言うランクも、正確な数値とは言えない。
D.S.やアムラエルに魔法を教わり、カイに戦闘訓練を受け、バスタードの魔導師となった時点で、二人の力は魔導師としての枠からも大きく外れ、D.S.やアムラエル、ラーズたちのいる“バスタードの領域”にまで踏み込んでいた。
自分たちではまだまだだと思っているようだが、アムラエルも認めているように二人の実力は、すでにバスタードの中でもトップレベルの位置にいると言っても過言ではない。
逆を言えば、そんな制限の取れた二人に向かって行って命があっただけでも、ウェンディとノーヴェの二人は運がよかったと言えるのかも知れない。
もっとも、一生トラウマとして心に残る傷を負ったかも知れないが――
その頃、なのはたちのいる場所から更に下の階層――
機関室の近くを通る非常用通路では、別の戦闘機人とADAMの魔導師による激しい戦闘が行われていた。
「――ウェンディ、ノーヴェ!! くっ!! 連絡がつかない……二人ともやられたか」
長い銀色の髪に、小柄な体に不釣合いな眼帯を右目にした少女。戦闘機人五番目の姉妹――チンク。
数多くいる姉妹の中でも、特に殺傷能力の高い先天固有技能『ランブルデトネイター』を有する一線級の戦闘能力を持った戦闘機人だ。
こと中距離戦に置いて言えば、姉妹の中でも彼女の右に出るものはいない。外で戦っているトーレが近接戦闘のスペシャリストであれば、彼女は中距離戦闘のスペシャリスト。彼女の持つ能力ランブルデトネイターは一定時間、直接手で触れた金属にエネルギーを付与し、対象を爆発物へと変化させる凶悪な能力だ。そのため、彼女が主力武器として常に携帯しているスローイングナイフは、単なる刃物ではなく殺傷能力の高い爆弾と化す。
これまでにこの能力で、彼女は多くの魔導師をその手にかけてきた。
任務のため、スカリエッティの研究のため、時には姉妹を守るために――
「あきらめて、大人しく投降しなさい」
「…………」
ティアナの通告を無視して、ナイフを構えるチンク。だが、そんな彼女も、ここに来て追い詰められていた。
一人一人であれば、決して勝てない相手ではない。だが、相手は三人。ティアナ、スバル、それにギンガの三人。
この三人の連携力の高さは、チンクもデータを参照して知っている。先日のルーテシア、エリオとの戦闘を見てもそれは明らかだった。
三人揃えば、単純な比較対照としては、オーバーSランクを相手にしても見劣りするものではない。
正直、滲み出てくる嫌な汗を、チンクは止めることが出来なかった。
チンクは考える。ずっと嫌な予感がしていた今回の任務。
D.S.――あの男の戦闘データを見たときから感じていた、成否の見えない危険な作戦。
結果、ウェンディとノーヴェは捕まり、自身も追い込まれている。この状況にさすがのチンクも動揺を隠し切れない。
だからと言って、自分がここで大人しく捕まると言う選択肢は彼女にはなかった。
ここで自分が捕まれば、他の姉妹を助けにいける者が誰もいなくなる。戦闘能力など無いに等しいセインを当てにするのは酷と言うもの。
彼女の先天固有技能『ディープダイバー』は本来、潜入工作向きの能力で、戦闘向きとはあまり言えない。
物体をすり抜け、無機物に潜行し、自由に動ける能力。一見便利で強力に思える能力だが、潜行中は使用者本人も視界が閉ざされることや、能力の使用中に攻撃を受ければ無防備になると言う欠点もある。
本人の戦闘力も余り高くないことからも、過度の期待は不可能だと言わざる得ない。
今、チンクに出来ることは少しでも時間を稼ぎ、ティアナたちの注意を自分に惹き付けること――
そうすれば少なくともセインだけでも逃げ出せるはず、ウェンディとノーヴェのことは残念だが、今のチンクにはそれ以上の余裕はなかった。
「うおおおぉぉ――!!」
「くっ!! IS発動――オーバーデトネイション!!」
スローイングナイフの爆撃の嵐を潜り抜け、接近したスバル目掛けてチンクの奥の手が牙をむく。
攻撃態勢に入ったスバルの周囲に突然現れる無数のナイフ。チンクが指先を鳴らした瞬間、そのすべてのナイフがスバル目掛けて降り注ぐ。
肉を裂き、骨を断つ。そんな生易しい威力ではなく、ただ聞こえるは巨大な爆撃音。
一本一本がチンクの能力により、小さな爆弾と化してスバルの体を引き裂いた――かのように見えた。
「残念――」
「な――っ!?」
ティアナが二人から離れた場所で、額に汗を滲ませながら笑みを浮かべていた。
彼女の愛機、クロスミラージュが出す魔力の輝き。それは、ティアナがもっとも得意とする幻術魔法『フェイク・シルエット』の証だった。
避けられるはずも無い、確実に命中したはずの場所。そこにスバルの姿がないことを確認し、チンクの表情が驚きに変わる。
その僅かなチンクの隙を突き、スバルとギンガの二人が何もない場所から、突然チンクの正面に姿を現す。
オプティックハイド――本来なら接触した対象にだけしか作用しない遮蔽魔法。ティアナはその魔法を遠隔操作したばかりか、フェイク・シルエットとの併用操作を行って見せた。
戦闘機人の目をも欺く幻術魔法。それがどう言うことか? 戦闘機人であるチンクにはすぐに分かった。
いつもは後方で余り目立たった活躍を見せないティアナ。しかし、彼女こそがこの三人の連携の要なのだと、分からせられる。
状況を即座にを分析し、相手に合わせた作戦を瞬時に立てる指揮能力の高さ。それに幻術魔法で見せた努力の上に成り立つ、高い技術力と応用力。
時間を稼ぐこと、中距離戦闘を意識する余り、近接戦闘力の高いスバルやギンガのことばかり警戒していたチンクだったが、ここにきてそれが間違いだったことに気付く。
「うおおおぉぉぉ!!!」
「はあああぁぁぁ!!!」」
「しま――」
ティアナの張った罠に、チンクが気付いた時にはすでに遅かった。
スバル、ギンガ、左右から交互に繰り出されるデバイス攻撃。その直撃を受け、全身に装備した彼女の固有武装シェルコートですら、その攻撃を受けきれず破砕する。
床と壁に叩きつけられ、そのショックから思うように体を動かせないチンク。これは本人も予想外のダメージだった。
彼女の戦闘力が高い理由は、何も先天固有技能の破壊力や、スローイングナイフの扱いが上手いと言うだけの話ではない。
例え懐に入られても、彼女の固有武装であるシェルコートが攻撃のほとんどを無効化、軽減してくれると言う反則気味な超高硬度の防御性能を持つが故でもある。
BJに見られる障壁展開の他に、AMFを常に発生させているこのコートは、魔法で威力を高められているすべての攻撃ダメージを無効化、軽減することが可能なはずだからだ。
しかし、ダメージは通った。それもAMFが上手く働いていないことからも、先程の攻撃は魔力を使ったものではないことは明らか――
「何か忘れてるみたいだけど、わたしたちも戦闘機人なのよ?」
ギンガが、チンクが予想していた通りの答えを口にする。
失念していた訳ではないが、これまでの戦闘からこの二人は魔力に頼った戦闘ばかりをすることの方が多かった。
そのことからも二人は自分たちが戦闘機人であることに対し、何かコンプレックスを持っているのではないかと考えていたのだ。
だがそんな曖昧な判断に頼り、戦闘機人モードでの戦闘はほとんどないと、甘い予測を立てていた自分をチンクは叱責する。
少なくともスバルから受けた右腕のダメージは深刻だった。
スバルの先天固有技能『振動破砕』は、目標の対象物に振動派を送り共振現象を発生させ、外装、内部共に深刻なダメージを与える一撃必殺の接触兵器。特に機械兵器に対して圧倒的な破壊力を示す。
それは戦闘機人も例外ではなく、体の中に組み込まれた電子部品やフレームが直接的なダメージを受け、致命傷となることは明らかだった。
どんな能力を隠し持っているかと思っていたが、まさか自身の能力よりも凶悪とも言える奥の手を持っていようとは、さすがのチンクも予想出来ずにいた。対機械兵器とは言ったが、対人、対物に使っても十分な威力があるはず――
今までこの能力を隠し続けてきたのは作戦のうちか――いや、非殺傷設定などと甘いことを言っている管理局の体制ゆえの問題かとチンクは考える。
しかし、今更そのことに気付いたところで「遅い」としか言いようがない。すでにチンクは戦える状態ではなかった。
それどころか、満足に立ち上がることも出来ない。これではナイフを投げることは愚か、ランブルデトネイターすら使用出来ないだろうと言うことは誰よりもチンクが一番よく分かっていた。
はじめての完全なる敗北――三対一とは言え、まさか自分がSランクにも満たない、ほんの数ヶ月前まで低ランクをウロウロとしていたような魔導師に負けるなど、思いもしなかったに違いない。
だが、チンクはこれでいいとも思えた。
ようやく終わる。楽になれるのだと――
残された妹たちのことは気掛かりではあるが、今のスカリエッティの“目的のためには犠牲を犠牲とすら思わない行動”には、チンクもついていけなくなってきていた。まだ作品に対する関心、偽りであったとしても姉妹たちに向けていた愛情があった頃の彼の方が好ましかった。
すべては“あの男”とスカリエッティが出会ってから、そこからすべての歯車は狂いだしたかのようにも思える。
今回の任務も、相手の戦力を考えれば無謀に近い作戦だった。そう考えれば、自分たちは捨て駒にされたのかも知れない。
そんなことを考え、チンクは自分の戦いにもようやく終止符が打たれたのだと、ナイフを手放した――その時だった。
「やれやれ、やはりお人形は、所詮はお人形と言うことですか。
こんなクズの始末も満足に出来ないとは、博士もお嘆きだと思いますよ」
「お前は……」
すでに視界がおぼつかないチンクの目に映る人影。その人影と、その声を彼女は“よく”知っていた。
チンクとティアナたちの間に割って入った声。全員が息を呑み、その方角に視線を向ける。
無機質な鉄製の床に、カツンカツンと甲高く木霊すブーツの靴音。近づいてくるその影が明らかになるに連れ、ティアナの表情が硬く強張っていくのが分かる。
「まさか……」
それはティアナが良く知る人物だった。忘れるはずがない。いや、忘れることなど出来るはずもない。
この四年間――ずっと想い続けてきた、たった一人の兄妹。
この魔法も、この力も、すべてそんな兄のために身に付けた力だったのだから――
「ティーダ……兄さん」
その名前を呼ぶのはいつ以来だろう? ティアナの前に現れたのは、あの頃と変わることない兄の姿だった。
……TO BE CONTINUED