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次元を超えし魔人 第52話『混沌嘯』(STS編)
作者:193   2009/06/24(水) 23:34公開   ID:4Sv5khNiT3.



「ああ――スバル、ギンガ」
「……??」
「はい、なんでしょう?」

 訓練が終わり、いつもならここで解散――と言うところで、なのはに呼び止められ困惑するスバルとギンガの二人。
 ティアナを交えた反省会も終わり、なのはに呼び止められる理由が見当たらない二人は、不思議そうな表情を浮かべていた。
 何か訓練中に大きなミスでもしたのだろうか? と、記憶を探るが何もでてこない。
 少し緊張する二人に、なのははクスッと笑いかけると「大丈夫。何かミスをしたとか、そういう話じゃないから」と補足をつけた。

「それで話なんだけど――二人とも、なんで“力”を出し惜しみするの?」
「え――?」
「そんな、わたしたちは全力で――」

 訓練でも手を抜いたことなど一度もない。なのに、なのはの言っている言葉の意味が二人にはよく分からなかった。
 まるで全力を出していないかのような発言に、さすがのスバルとギンガも黙ってはいられず、なのはの言葉に反論する。
 そんな二人の反応を見て、自分の言い方が少し拙かったかと思い直したなのはは言葉を改めた。

「ああ、違う違う。二人が手を抜いてるとかじゃなくて、なんで“その力”を使わないの? ――ってこと」
「その力……って、まさか!?」
「なのはさん、それは……」

 スバルが大声を上げるのも分からなくはない。
 なのはの言葉のニュアンスから、ギンガもすぐに、なのはがなんのことを言っているのかを察した。
 戦闘機人としての力――クイントから、母から習ったシューティングアーツでもなく、魔法の力でもない。
 自分たちの生まれの理由(ルーツ)。人間としてではなく、『兵器としての自分たちの力を何故使わないのか?』と指摘され、スバルとギンガは戸惑っていた。特にスバルは、なのはに憧れて魔導師を目指した経緯があるだけに、ショックを隠しきれない。
 それを察してか、ギンガがなのはに抗議しようと強く前にでる。

 ゲンヤとクイントが、スバルとギンガを自分の娘として育てると決めた時、どれほどの苦労を背負い込んだかを二人も良く知っている。
 だから二人は、普通の人とは違う、この機械の体があまり好きには慣れなかった。
 こんな体で生まれて来たばかりに、両親に余計な負担をかけている――そう思うことが辛かったからだ。

 だから、ギンガは管理局に自分から志願した。
 戦闘機人である自分たちが、管理局に取って貴重なサンプルであることに、これまでもこれからも変わることはない。
 どうせ逃れられないのであれば、自分は母から授かったこのデバイスとシューティングアーツで両親と妹を守ってみせる。
 そう心に誓って、ただの兵器じゃない“人間”として強くなるために努力を積んできた。経緯は違えど、スバルも同じだ。
 なのはに憧れ、魔法の力を手にしたときから、彼女は戦闘機人としてではなく、人として強くなる道を選んだ。

「二人がどんな思いで、今の道を選び取ったのか、それは分かる。でも、魔法も機械も、所詮は力でしかない。
 それを持つ人、使う人の心一つで、その力は守るものにも危険なものにも、どちらにでも変わるんだよ」
「それは……」

 二人の事情はなのはも察していた。二人が戦闘機人としての自分にコンプレックスを抱えていることも、普段の訓練を見ていれば分かる。
 どんなに苦しい局面でも、決してその力を二人は使おうとしない。戦闘機人としての力を振るえば有利に動く局面でもだ。
 それが良いことなのか? 悪いことなのか? と問われればなのはも、これが正しいと言う答えはだせない。
 クイントの娘として、人間として強くなろうとする二人の想いも分かるからだ。でも――

「二人とも、これだけは覚えておいて――大切な誰かを守れる力。
 そんな力を持っているのに、それを出し惜しみして後悔するのは誰でもない、自分だってこと」

 なのはの言葉の意味を考え、二人は重い表情を浮かべ考え込む。
 出来ることなら使いたくない。でも、そうも言っていられない場面が必ずくることを二人は、この間の戦闘からも察していた。
 もし、大切な誰かが傷つけられて――それでも、自分たちはこの力を使わないでいられるだろうか?
 その自信は、はっきり言ってない。それはスバルも、ギンガも同じだった。
 後悔してからでは遅い――そう言うなのはの言葉は、そんな思い悩んでいた二人の言葉に深く突き刺さっていた。

「それにね。二人の力は危険なものじゃない。わたしは、そう断言できるよ。
 大切な人を守りたい――そう想っている二人の力が、危険なものであるはずがない」
「なのはさん……」

 スバルが見上げる視線の先、そこにはあの日憧れた白い魔導師の姿がった。



「何か忘れてるみたいだけど、わたしたちも戦闘機人なのよ?」

 そう、チンクに投げつけた言葉。ギンガは思う。
 わたしも、スバルも忘れていない。なのはさんに言われた言葉の意味を――
 そして、その言葉に込められた優しさを――

 自分たちが生まれてきた理由。力の意味なんて考えたことなんてなかった。
 この体と力は呪われたもので、人間じゃない“ただの兵器”なんだって、そう思っていた。
 でも、あの人は言ってくれた。「その力は危険なものじゃない。大切な人を守るためにあるもの」だと――

 このままではいけないと足踏みしていたわたしたちの背中を、優しく後押ししてくれた人。
 どんな時でも、誰よりも皆のことを考え、いつも暖かな眼差しで見守ってくれている人。
 そして、大切な“家族”の命を救ってくれた人。

「スバル!!」
「ギン姉!!」

 重なる拳と拳。わたしたちのこの手には、両親と“あの人”から託された強い想いが宿っている。
 ――そう、“わたしたち”はあの人たちの想いに答えるためにも、精一杯“自分の戦い”をしてみせる。



 それが、公開意見陳述会が起こる一週間前。スバルとギンガ、二人が心に決めた、二人だけの約束。





次元を超えし魔人 第52話『混沌嘯』(STS編)
作者 193





「旦那――アイツは!?」
「まさか、『海の守護者』とこんなところで出くわすとはな……」
「…………」

 首都クラナガン上空。本部ビルに向かっていたゼストの目の前に立ち塞がったのはアンガスだった。
 同じく『地上の守護者』とまで称えられ、一時は首都航空隊のエースとまで持てはやされたゼストも、アンガスの名に聞き覚えがある。
 何の前触れもなく、管理局に入局したかと思えば、僅か数ヶ月でSSと言うランクを取得し、本局武装隊のエースにまで上り詰めた謎の男――アンガス・ヤーン。
 素性の知れぬ怪しい男かも知れないが、その実力は疑う余地もない。
 ただ、こうして睨み合っているだけだと言うのに、滲み出てくる嫌な汗をゼストは抑えきれない。
 同じオーバーSランク同士。ましてや、当時よりも更に力をつけたと自負しているゼストから見ても、アンガスの放つ覇気は尋常なものではなかった。

「アギト――お前はルーテシアとエリオのところに行ってやれ。ここはオレ一人でなんとかする」
「イヤだよ!! ルーにはエリオやガリューたちがついてるけど、旦那は一人じゃないか!?
 あたいは旦那のことも心配なんだよっ!!」

 そう言い、強引にゼストにユニゾンするアギト。ゼストの魔力が高まり、その髪色が茶から金色へと変貌を遂げる。
 ゼストとのユニゾン相性がそれほどよくないことは、アギトも承知していた。まだエリオとの方が相性の面で言えば良いほどだ。
 それでも、アギトはゼストのことも放っておくことは出来なかった。

 アギトにとってゼストとは、研究所でモルモットにされていたところを助けだしてくれた命の恩人で、ルーテシアやエリオとの出会いをくれ、大切な誰かと分かち合う喜びや、外の世界を教えてくれた唯一の人。
 生きていることが楽しいと感じることが出来たのは、ゼストがいてくれたからだと――アギトはそう感謝している。
 だからこそ、今度はゼストの願いを叶える手助けをしたい――アギトはそう心に決めていた。
 ゼストが地上本部に会いたい人物がいると言うのなら、どれだけ危険であろうと自分はその願いを叶えてやりたい。
 そう思ったからこそ、アギトはルーテシアやエリオと一緒ではなく、ゼストについてくることを決めたのだ。

 だからこそ、帰れと言われても帰れない。
 例え、ゼストの盾になってでも、ゼストを地上本部に送り届けて見せる。それが、アギトの想い。

『あたいと旦那の邪魔をするな――っ!!』

 アギトの怒りに呼応し、ゼストの槍に炎が宿る。その紅い炎は、アギトの心を映し出しているかのようでもあった。
 ゼストに対し、同じく構えを取るアンガス。彼の持っているデバイスは、その巨体に相応しい無骨で大きな錫杖(しゃくじょう)型のストレージデバイスだ。
 陸と海――その双方で守護者とまで称された、エース同士の戦い。
 その激しくも壮絶な戦いが、燃え上がる炎で紅く色づく首都の空で、幕を開けた。






 多くの優秀な魔導師を有し、最強の夢の部隊とまで言われ続けてきたADAMの隊舎が、紅い炎に包まれる。
 首都進攻と同時に行われたADAM攻略作戦。戦闘機人八番目の姉妹、オットー。それに十二番目最後の姉妹ディード。
 そして千を越す、無数の戦闘機人。隊舎で待機任務についていたシャマル、ザフィーラ、それにヴィータの三人だけでは、彼らの進行を止めることは出来なかった。
 いや、戦闘機人や、機械兵器だけではない。そこにはもっと厄介な相手。あの“悪魔”がいたのだから――

「ムフフ……人間にしてはなかなか良く耐えましたが、所詮は紳士の敵ではない。
 時間も押してることですし、ここらにしておきましょうか」
「化け物が……」

 魔神コンロンを前にボロボロになったデバイスを構え、決して退くことなく悪態を吐くヴィータ。
 その後ろでは力尽きたシャマルとザフィーラの二人が横たわっていた。
 まだ後ろには逃げ遅れた多くの仲間が取り残されている。だからこそ、ヴィータは立ち上がることを止めない。
 勝てないことは明らかだったが、それでも一分一秒でもいい。より多くの時間を稼げれば、逃げられる隊員も多くなる。
 ヴィータはそのことだけを考え、必死にもがいていた。

 ――例え殺されようとも絶対に退くことはない。
 そんな強い意志を込め、目の前の強敵を睨みつける。

「志は結構――ですが、これでジ・エンドです!!」
「――――!!!」

 コンロンの豪腕から放たれる強力な一撃。直撃を食らえば、ヴィータの小さな体など一瞬で粉微塵なることは間違いない。
 すでに愛機も、自身も満身創痍の状態。防ぐことも、避けることも叶わない。そう、ヴィータが諦めた瞬間だった。

「な――!?」

 コンロンの攻撃は空振りに終わり、その腕は何かの攻撃を受け凍り付いていた。
 よく見れば、燃え広がっていたはずの後ろの隊舎の火も消え、周囲の温度も急激に下がっていることが分かる。
 一瞬であれだけの炎を消し去り、魔神の腕をも凍らせる魔法。そんな強大な魔力を持つ魔導師が、まだADAMに残っているなど思ってもいなかっただけに、コンロンも、そして戦闘機人たちも予想外の事態に大きく動揺していた。
 そんな、戦闘機人たちの背後を取る人影が一つ――

「な――!!」
「何者か知らないけど、唯一のダーシュへの手掛かりを――よくもっ!!!」

 ディードの顔を鷲掴みにし、そのまま雷撃を手のひらから放ち、ディードを地面目掛けて弾き飛ばす女性。
 そう、あの雷帝アーシェス・ネイだ。

「変わってないな。つくづく面倒ごとに巻き込まれる性分のようだ。D.S.も――」

 D.S.の消息を辿ってADAMの隊舎を訪れてみれば、戦闘機人に大量のガジェット。それに悪魔と――
 D.S.の四天王、かつては氷の至高王と呼ばれた男――カル=スは、本当に可笑しそうに苦笑を漏らす。

「違うわよ、カル。ダーシュは巻き込まれるんじゃなくて、自分から首を突っ込むの」
「あの……そっちの方が性質が悪いように聞こえるんですけど……」

 ネイにツッコミを入れつつも、キャロは召還した無数の雷精を使い、周囲の探索を行っていた。
 逃げ遅れている者、負傷している者、瓦礫の下敷きになっている者、閉じ込められている者――
 火は消し止められたと言っても、早くなんとかしないと救助を要する者は数多くいる。
 だが、少なくとも死んでいる者はいないことを確認すると、キャロはほっと胸を撫で下ろす。
 カルに抱えられたヴィータを見て、彼女が命懸けで守ったであろう人たちの無事を喜んでいた。

「エルフと人間、それに小娘が一人。多少人数が増えたところで、この紳士に勝てると思っているのデスか?」

 挑発めいた口調で、カルとネイを煽るコンロン。確かにD.S.の四天王とは言え、彼らも人間。
 人間の力で悪魔に、それも爵位を持つ魔神クラスの悪魔に勝てる見込みはほとんどない。
 だからこそ、コンロンには絶対的な自信と余裕があった。しかし、カルとネイはそんなコンロンを見て、嘲笑う。

「いつの話よ。それ――」
「天使に蹂躙され、悪魔が大地に巣食い、故郷を追われ二十年余り――
 わたしたちが何の対策も考えなかったと思っていたのか?」

 その二人の声に呼応し、姿を見せる雷と冷気を帯びた二つの剣。
 ネイとカルの手に握られたその剣こそ――その問いに対する二人の答えだった。

 ネイの愛剣にして、山をも断つと言われる伝説の剣『雷神剣(ライトニング・ソード)』――
 カルの愛剣にして、あらゆる物を瞬時に凍らせると言われる幻の小剣『氷の小剣(アイス・ファルシオン)』――

 その二本の剣は、当時の雄々しさそのままに、機械が埋め込まれ二人のデバイスとして生まれ変わっていた。
 これが、カルとネイが導き出した結論。D.S.を捜しながらも、再びあの悪夢に立ち向かえるようにと、天使や悪魔と対等に戦うための手段として導き出した答え。

「そんなものが、この紳士に通用するはずが――」
「ならば――何故、貴様の体は凍りついているのだ?」
「な――!?」

 コンロンは驚愕した。カルの言葉通り、腕ばかりではなく足までいつの間にか凍りつかされていたことに――
 悪魔や天使の体の周囲には、あらゆる魔法、物理攻撃から身を守るために、幾重にも張り巡らされた『呪圏』と呼ばれる強固な障壁が張り巡らされている。
 それは人間の魔法では破ることが不可能なほどの絶対的な防壁。
 本来、天使や悪魔と言った高位存在にダメージを与えようとした場合、この障壁を抜かない限りそれは不可能なはずだった。
 人間の身でそれが可能だとすれば、それは己の肉体を持って直接魔力を対象に対して打ち出す以外に方法はない。
 だが、そんなことは脆弱な人間の肉体でまず不可能。
 だからこそ、悪魔に人間が勝つことなど不可能だと――それがコンロンの絶対的な自信に繋がっていた。

「何を――何をした!?」
「簡単なことよ。わたしたちの攻撃があなたたちに通用しないのは、その“呪圏”があるから――
 ならば、その呪圏を無効化する処理を、すべてデバイスに肩代わりさせればいい」
「呪圏破壊(ディスペル・バウンド)……まさか、そんなことのためにデバイスを……」

 デバイスの持つ高速処理能力。そのほとんどを、無数に張り巡らされた呪圏を解除するためだけに二人は割いていた。
 だが、これには欠点もある。呪圏ほどの強力な障壁を、攻撃を通す一瞬とは言え、解除するためにかかる処理は膨大なものだ。
 それはデバイスに多大な負荷をかける行為に他ならない。当然ではあるが、呪圏の解除に行う処理や負担を考えれば、デバイスを用いた魔法の行使は愚か、BJの生成すら不可能となる。
 普通の魔導師であれば、それだけでも致命的と思われるリスクを背負い込むことになるのだが、この二人にはその程度のこと問題にすらならなかった。
 魔法が、攻撃が通じるのであれば、幾らでも手段はある。
 人間と悪魔。肉体の持つ身体能力の差を埋めることは難しくても、これまで培ってきた経験と知識。
 力を補うために培ってきた技術こそが、人間の本当の力とも言える。
 そのすべてを極限まで極めた存在。それこそが彼らが、D.S.の四天王と恐れられる所以――

「まさか――こんなことが――」
「我、精霊に命ず――」
「新たなる契りによる氷雪の力、束ねん――」

 雷帝と、氷の至高王。二人が放つ究極奥義。それがコンロンへと牙を向く。

「――テスラ!!」
「テスタメント!!」
「ぐああぁぁ――っ!!!」

 雷撃系最強呪文テスラ。氷結系最強呪文テスタメント。
 天空より降り注ぐ無数の雷撃と、絶対零度に等しい氷結の嵐がコンロンを襲う。
 呪圏を無効化され、肉体に直接、強大な魔力を撃ち込まれたコンロンの体は悲鳴を上げる。
 まるで天変地異でも起こったかのような光景。
 その後に残されたのは、全長百メートルを越そうかと言う、巨大な底の見えないクレーターの痕だけだった。

「……やったんですか?」
「いや、逃げられたわ。まったく往生際の悪い悪魔ね」

 相手が悪魔とは言え、余りの惨状にキャロは言葉を失う。
 人間であれば、確実に跡形もないであろう一撃。それを放ちながら、なんでもないかのように振舞うネイとカルを見て、あらためてキャロは凄い人たちなのだと思うと同時に、この後のことを考えると大きな溜め息しか出てこなかった。
 実際、あの悪魔や、戦闘機人たちが出したであろう被害より、二人が出した被害の方が大きい。
 悪魔が相手なのだから不可抗力だと言えばそれまでかも知れないが、これでは隊舎に被害がないとは言え、復旧も可能かどうか?
 二人が空けた底の見えない巨大な穴を見ながら、キャロはそんなことを考えていた。

「もう、キャロは心配性ね。あれこれ、抱え込みすぎなのよ」
「そう思うなら、もうちょっと考えて行動してくださいっ!! カルさんも!!」
「…………」

 キャロの心労が絶えないのは、ネイだけの責任ではないのかも知れない。実際、カルもやり過ぎなところはあった。
 いつもこうして三人は一緒にいた訳だが、よくここまでパーティーを維持して来れたと思う変則的な三人。
 そんな仲間内で漫才のような会話を行う三人の目を盗み、オットーは一人、建物の物陰に姿を潜ませていた。

「話には聞いてたけど……“あの男”の身内は化け物ばかりだ」

 普段は無口なオットーが息を切らせ、弱音を吐くのは珍しい。
 だが、それほどにネイとカルの存在はオットーにとって、理不尽で厄介な存在だった。
 末娘のディードはネイの一撃で破れ、護衛にと連れてきたコンロンはネイとカルの魔法で敗退した。
 実質的な戦力としては乏しいオットーでは、あの三人を相手にこの状況を覆すことは不可能と言っていい。

「だけど、目的は達した。今日のところは、ここで退くとしよう……」

 そのまま闇に姿を隠し、ひっそりと姿を消すオットー。

「…………」
「カル? どうしたの?」
「いや……なんでもない」

 僅かな気配を察し目を向けるも、離れていく敵に興味が失せたのか? カルは視線を戻す。
 ようやく掴んだD.S.の足取り――再会の時は近かった。






「本部の守りも回復した……中の魔導師たちも動き出したか。ここまでのようだな」
『畜生――ここで、こんなヤツがでてこなければ!!!』
「もういい、アギト。ここで倒れる訳にはいかない。一端退くぞ」
「…………」

 ゼストに戦う意志がないことを確認すると、そっと錫杖を下げ、デバイスを待機状態に戻すアンガス。
 その行動にはゼストも驚く。深追いを避け、追撃をかけないまでは分かる。だが、まるで逃げろと言わんばかりのアンガスの行動が、不可解でならなかった。
 それはアギトも同様だった。てっきり、まだ捕らえようと追撃を仕掛けてくるものとばかり、思っていたからだ。

「何故だ? 貴様は管理局の魔導師だろう? オレたちを捕らえる意志はないのか?」
「…………」

 何も答えないアンガス。しかし、ゼストもまた手にした槍を下げ、アギトとのユニゾンを解き、アンガスに背を向ける。
 ここで背を向けたところで、不意打ちをしてくるような低俗な輩とは違うと、一度剣を交え、分かっていたからだ。
 互いに名前に恥じない一流の騎士、魔導師だった。

「――礼は言っておく」
「次はぜってぇ、まけねーからな!!」

 立ち去っていく二人の背中を見送り、アンガスは激しい戦闘により傷ついた首都の姿と、そこに群がる魔導師たちを見下ろす。
 そして、アンガスの口から、ようやく発せられた言葉。

「むう……これはいけませんね」

 それは、これから起こるであろう“最悪の事態”を告げる一言だった。






「ギンガさん――スバル――!!!」

 地面に力なく横たわる二人の姿を目にし、ティアナは悲痛な叫びを上げる。
 チンクをも退けた三人だったが、突然現れた悪魔の力の前に成す術もなく倒れた。
 分かっていたことだが、圧倒的と言ってもいい悪魔の力。戦闘機人や、そもそも人間とは別格と思えるその力を前にし、ティアナは勝算を見出せないでいた。
 いや、彼女の思考は完全に混乱し、いつものように冷静な判断をすることが出来なくなっていたと言っていい。
 それは悪魔に対する恐怖からだけではない。その悪魔こそ、ずっと想いつづけて来た最愛の兄、ティーダ本人だったからだ。

「そこの人形を倒した時とは、まるで別人だ。些細なことで動揺し、判断を鈍らせる。
 人間とは本当に脆弱な生き物だと――そう、思わないかい? ティアナ」
「兄さん……」

 仲間も倒され、残されたのは自分一人――
 どうすることも出来ない、絶対的な敗北を前にして、ティアナはだらしなく腕を下ろし膝をつく。
 あれほど待ち望んでいた兄との再会。それなのに、ティアナは嬉しいどころか、目の前の兄の存在が怖かった。
 そっと耳元で囁く兄の言葉、その一つ一つが、ティアナの心に絶望を植えつける。

「ぼくはね。気付いたんだよ。人間が以下に愚かで、弱い存在かと言うことを――
 彼らは弱い。だから力のある者を疎ましく思う。弱いが故に過度な力を欲しようとする。
 それは尽きることない欲望となり、自らをも滅ぼす力と気付きながらも、それを欲せずにはいられない」

 ティーダの言葉に耳を傾けながらも、それは違うとティアナは言葉を発することが出来ない。
 それは恐怖からか? それとも、兄の言葉だからか?
 正常な思考がついていかない中、ティーダの悪魔の囁きはティアナの心を刺激する。

「この世界を、管理局を見ていれば分かるだろう?
 絶対的な正義、恒久的な平和。そんなありもしない理想にすがり、彼らが歩んできた道の愚かさを見れば――
 結果、“彼ら”にとって理想的な世界になった。魔法と言う強い力を持つ者が支配し、何も持たない弱者が虐げられる世界。
 それがこの世界のルール。それがこの世界の秩序。管理局が築き上げてきたものの正体だよ」
「それは違……」
「何故、違うと言い切れる? ティアナも見てきたはずだ。スラムで過酷な生活を強いられる人々。
 少し問題が起こればすぐに手のひらを返す、浅ましい連中の姿を――」

 ティアナは「違う」とティーダの言葉を否定することが出来なかった。
 誰よりもその歪みを自分の目で見てきたティアナにとって、ティーダの言葉はある意味で正しいことが分かっていたからだ。
 この世界は歪んでいる。それはアムラエル自身も言った言葉だ。

「だから、ぼくは決めたんだ。一度この世界を壊し、新しい本当に自由な世界を創ろうと――
 悪魔と契約し、博士の技術で完全な同化を果たすことが出来、どんなものにも負けない――人智を超えた力を得た。
 だからティアナ、キミも行こう。ぼくたち兄妹を虐げた愚かな連中に、罰を与えてやるんだ」

 そっとティアナに仲間になれと、手を差し伸べるティーダ。
 だが、ティアナはその手を取らない。いや、取れなかった。

「違う……あなたは兄さんじゃない……」

 人間が弱いことは分かっている。この世界がどれほど理不尽で出来ているかと言うことも――
 それでも、負けたくなかった。弱音を吐く自分が嫌だった。自分の力でも出来ることが必ずあるはず、そう信じ続けてきた。
 いつも傍にいてくれた相棒のため。助けてくれる仲間のため。こんな自分でも「好き」と言ってくれる人たちのために力を使いたい。
 そうすることがランスターの、兄の生きた証明になると信じていた。それが、“ティアナ・ランスター”の魔法なのだと信じていた。

「あなたは、わたしの知ってる兄さんじゃない――っ!!」

 涙を浮かべ、激しい怒りを込めて、ティーダに銃口を向けるティアナ。
 優しかった兄。困っている人を放っておけない人で、どうしようもないお人好しで、いつも損な役割ばかり背負い込んでいた兄。
 だが、そんな兄が、ティアナにとっては理想だった。掛け替えのない大切な存在だった。

「わたしの知っている兄さんは、どんな時でも困っている人、助けを求めている人を放っておくことが出来ない、そんな人だった!!
 あなたのように恨み言を言うような人じゃない。もっと前向きで、自分の目が届く範囲、手が届く範囲だけでも、そんな困っている人がいたら一人でも多くの人を助けようとする――そんなバカで、どうしようもないほどお人好しな人だった!!」
「……何を言ってるんだい? ティアナ」
「あなたは兄さんじゃない。兄さんの生きた証。ランスターの魔法は、わたしの中で生きている!!」

 ティアナの完全な拒絶の意思。
 それは、ティーダにとって予想外のことだったのか? ティアナの言葉に呆然と耳を傾ける。

「どうやら、時間の無駄だったようだ。もしやと思い、声をかけてみたんだが……」
「…………」
「それに、どうやら時間切れのようだ。外の戦闘も決着がついたか。
 二人、かなりの速度で、強力な魔導師がこちらにも向かってきているな」
「あ――待っ――」

 闇に溶け、姿を消していく兄に、追いすがるように手を伸ばすティアナ。

「今日はキミの意思を確認できただけでもよかった。また会える日を楽しみにしてるよ――ティアナ」

 そう言い残し、姿を消すティーダ。
 ティーダの姿が消えたことを確認すると、一気に緊張が崩れたのか? ティアナはその場にへたれこむように膝をついた。
 倒れたスバルとギンガに目をやり、そして手に持ったクロスミラージュを見て、ティアナは悔しそうに呟く。

「何も……何も出来なかった」

 それから、なのはとフェイトが駆けつけるまで、身動き一つ取れない体で、ティアナは独り、涙を流し続けていた。
 相手が兄と言うだけで、満足に戦うことが出来なかった自分。そして、大切な仲間がやられる様を見ていることしか出来なかった無力さ。
 それはティアナにとって、とても悔しく、情けない、そんな苦い体験だった。






『お父さま――あらかた敵戦力は潰したです。
 中の魔導師さんたちも動き出してるようですし、もう大丈夫ですよ……って聞いてるですか?』
「…………」

 ユニゾンしている状態のツヴァイが状況をD.S.に報告するが、D.S.は他のことに気を取られているのか? ツヴァイの話をまともに聞いていなかった。
 そんなD.S.の足元には意識を失ったトーレ、それにセッテの二人が転がっている。そして建物の周辺には、大量のガジェットの残骸と思われる鉄屑が散らばっていた。
 市街地での戦闘も、今では僅かばかり残されたガジェットと魔導師たちの小競り合いがあるくらいで、それも時期に終息を迎えるのは間違いない。だが、D.S.はまだ何か気掛かりなことがあるのか? ジッと何もない空を見上げたまま微動だに動こうとしない。

『……お父さま?』
「チッ――やられた!!」
『え――!?』

 市街地で、もっとも戦闘が激しかった前線ライン。そこを中心に広がっていく黒い影。その禍々しい黒い球状の影を、D.S.は何かすぐに察した。
 広がっていく影に、成す術もなく呑み込まれていくガジェットと魔導師たち。

「……混沌嘯(ケイオスタイド)」

 まるで生け贄を食らうかのようにすべてを呑み込んでいく黒い影を、ただ見ていることしか出来ず、D.S.は苛立ちから歯軋りをする。
 ずっと姿を見せず息を潜ませていた悪魔。その時点でおかしいと気付くべきだった。
 すべての狙いはここにあったのだとしたら? ――地上本部公開意見陳述会、そこに集まるであろう大勢の魔導師。
 最高の贄を前に、彼らの一方的な“捕食”がはじまっていた。






「お嬢さま、それにエリオさま、ありがとうございました。この子を管理局の魔の手から救っていただき、感謝します」
「……大丈夫。オットーたちが注意を惹き付けてくれていたから」
「…………」

 ウーノに感謝の言葉を述べられても余り嬉しくないのか? エリオは何も言葉を交わさない。
 ルーテシアほど、彼らのことをエリオは信用していなかった。
 専用のデバイスを与えてくれたばかりか、大きな後ろ盾のないお尋ね者のゼストやエリオに取って、彼らの支援は確かに助かっている。
 だが、好意的な態度で接してくれているが、彼らが心の奥底に隠しているであろう本心がエリオには見えず、そのことが疑心へと繋がっていた。

 彼らのことを全面的に信用している訳ではない。しかし、ルーテシアのこともある。
 何者であろうと、敵でないのであれば今はそれでいい。
 ゼストとアギト、それに目の前の少女、ルーテシアだけは必ず守ってみせる。
 それが、エリオが心に打ち立てた誓いだった。

 ウーノがその両腕に抱える少女を見て、エリオは目を細める。
 自分と同じく創られた存在。人造魔導師計画――その実験体。Fの遺産などと、様々な呼び名で呼ばれるが、この少女もまたそんな実験の被害者なのだとエリオは考えると、やるせない思いだった。
 ルーテシアと出会ったのも、そう言う意味では運命だったのかも知れないと思う。

「……なに?」
「いや、なんでもない。行こうか、ルー」
「……うん」

 自分が正しいことをしているとは、エリオも思ってはいない。
 それでも、救ってくれた恩人と、そしてはじめて出来た大切な友達。
 彼の願いが叶い、彼女が本当に笑顔を取り戻せる日がくるのなら――

 それが、エリオの願いでもあった。





 ……TO BE CONTINUED





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■作者からのメッセージ
※指摘のあった誤字修正(09/06/25)

 193です。
 一日経たないうちの、ほぼ連続投稿になりますが、まあ前後編ってことで。
 公開意見陳述会編はこれで終わりです。次回は事後と、そのまとめ。

 ――って、キャロ活躍してないなw


 >彼岸さん
 最終的にはスカ側もかなりの犠牲をだした訳ですが、それでも彼の目的は果たすことが出来た訳で。
 彼の本命と、その目的がどこにあるかによるでしょうが、戦闘機人も彼にとっては所詮手段であって目的ではないと言うことでしょうね。
 ノーヴェとウェンディは、こっちに矛先向かないうちに犠牲者になってもらいました(え
 今回、ティアナが苦しい思いをしましたが、それも今後の戦いには重要な要素とも言えます。
 出来ていると思っていた覚悟。でも、現実はままならないもので――
 ヴィヴィオは、この作品の最後の要でもあるので回収はさせました。果たして聖王として登場するのか、それとも……。
 そこは本編でお楽しみを。



 >アンティノラ
 まあ、原作バスタードでも箱舟で死んだはずの人物が何人か生き返って、目撃されているんですけどね。
 こちらの方ではラストの方で、この世界のこと、メタリオンが現れた理由。死んだはずの悪魔が現れた原因なども明らかになります。
 そこにブラドなど、死んだはず、いなくなったはずの人物もいる理由が隠されていると思って下さい。
 残すところ、それほど話数も多くありません。残り、多くても十話弱。
 核心に触れる部分なので、あまり多くをお話することは出来ませんが、本編の方でお楽しみください。
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