作者:193
2009/06/25(木) 16:49公開
ID:4Sv5khNiT3.
――スカリエッティのアジト。人里離れたミッドチルダのどこかにある山間。そこに彼らのアジトの一つはあった。
今までなら、姉妹が揃い仲良く一緒に食事を取っていた広い食堂。しかし、今はディエチひとりが、暗い影を落としたまま黙々と食事を取っていた。
ヴィヴィオの捕獲には成功し、管理局地上本部、並びにADAMの施設に対し、多大なダメージを与えることには成功した。
だが、その代償に彼女たちが支払ったものは、トーレ、チンク、セッテ、ノーヴェ、ウェンディ、ディードの姉妹の半数に上る犠牲だ。
特にディエチは遠くから、トーレにセッテ、二人の姉がD.S.にやられる様を見ていながら、何も出来なかった自分を酷く責めていた。
あの場にいた自分なら援護くらいは出来たはずなのに、D.S.のあの絶対的な力に怯え、引鉄を弾くことすら出来なかった自分が情けなく、ディエチはアジトに戻ってからも、ずっと暗い表情を浮かべていた。
「なんだ? 辛気臭そうな顔をして、今日は一人で食事か?」
「…………」
ラーメンの入った大きなドンブリを片手に現れ、目の前の席に陣取るガラを見て、怪訝な表情を浮かべるディエチ。
あのD.S.の仲間だったと言う彼は、何故か二番目の姉妹ドゥーエと共に現れ、それからずっとこのアジトで生活をしている。
スカリエッティが招いたと言うことだが、ディエチはガラのことを余り信用していなかった。
いや、警戒していたと言ってもいい。いくらスカリエッティが招いたとは言え、あのD.S.の仲間だった男だ。
ドゥーエを助けてくれたことには感謝しているディエチだったが、ガラに心から気を許す気にはなれなかった。
「……オットーは部屋で食事を取ってる。他のみんなのことは良く知らない」
ガラの質問に淡々と答えるディエチ。
ヴィヴィオ捕獲の任務から、たった一人で帰ってきたオットー。元々無口な性格で、同じ遺伝子から作られた双子の妹、ディード以外とは余り口を利くことがなかった彼女だったが、任務でディードを失ってからと言うもの、必要以上に部屋から出てこなくなった。
他の姉妹もそうだ。セインも表面上はいつものように明るく振舞っているが、本部に一緒に進入したノーヴェとウェンディ、それにチンクを見捨てて逃げてくることしか出来なかったことを悔やんでいた。
ドゥーエも、そんな妹たちを気にしているのか? 余り元気がない。
普段と変わりないように見えるのはウーノ、それにクアットロの二人くらいなものだ。
だからと言って、この状況下でいつものように振舞えと言われても、そんなことはディエチには不可能な話だった。
「気にしてんのか? 姉や妹たちが捕まったことを――」
「……あたしは見ていることしか出来なかった。あの男が怖くて、姉さんたちを見殺しにしたんだ」
今更、そんなことを言わせないでほしい。そんな思いを込めて、ディエチは胸の内をガラに語って聞かせる。
ガラもディエチの話から、あの男と言うのがD.S.のことを示していることはすぐに分かった。
そう考えれば、確かにディエチが怯えるのも無理はない。そこで手を出さなかったのも、ある意味で正解とも言える。
しかし、そんなことを今のディエチに言ったところで、逆効果だと言うことはさすがのガラでも分かる。
とは言っても、ディエチがしおらしく落ち込んでいる様子を見て、ガラも可哀想になったのか?
ポリポリと頬を掻きながら、そんなディエチを励ますようなことを口にする。
「まあ、あれだ。姉ちゃんたちは、アイツにやられたんなら死んでねーと思うぞ。
お嬢ちゃんたちは、なかなかに別嬪揃いだしな」
「……どういうこと?」
「あー、まあなんだ。アイツはそう言うヤツなんだよ。だから、心配すんな。
生きてりゃ、いつか会えるって――」
そう言いながら、ディエチの頭をクシャクシャと撫でるガラ。
ガラの言葉の意味がよく分からないディエチだったが、それでもガラが励まそうとしてくれていることは伝わっていた。
――大きく温かい手。ウェンディやノーヴェが、彼によく懐いていたことをディエチは思い出す。
ガラに頭を撫でられ、照れくさそうにする二人。ほんの少しだが、その時の彼女たちの気持ちが分かる気がした。
「……ありがとう」
だからだろうか? 食事も終わり席を離れようとするガラに、自然とお礼が言えたのは――
まだ、彼のことを完全に信用することは出来ない。それでも、自分のことを励まそうとしてくれた彼の気遣いに――
姉妹たちに向けてくれた、ほんの少しの優しさに――感謝してもいい。
そう、ディエチは思うことにした。
「随分と優しいのね。でも、わたしからも礼を言うわ。妹を気遣ってくれて、ありがとう」
食堂を出たところで、ドゥーエに声を掛けられ、照れくさそうに頭をボリボリと掻き毟るガラ。
そうして、ドゥーエの頭をポンポンと叩くと――
「まあ、テメエも気負いすぎんな」
「…………」
そう言って、ドゥーエに背を向けてその場を後にするガラ。
そんなガラの背中が見えなくなるまで、ドゥーエは静かに見続けていた。
「ほんと……不思議な男ね」
次元を超えし魔人 第53話『折れた翼』(STS編)
作者 193
「シャマル、ザフィーラ、それにヴィータ。元気にしてる?」
ノックもなしに病室に入ってきてかと思えば、大怪我を負って入院している相手に掛ける言葉としては不適切な表現をするアリサ。
さすがの三人もそんなアリサの突拍子もない行動に、呆然と言葉を失っていた。
元気を失くしているであろう三人を元気付けてやろうと、こんな行動にでたアリサだったが、微妙に外してしまったことに気付き、乾いた笑みを浮かべ誤魔化そうとする。
「あはは……これ、お見舞いの品ね。どうせ、碌なもの食べてないでしょうから、適当に美味しそうなの見繕ってきたわ。
ああ、ヴィータの大好きな翠屋のシュークリームもあるわよ」
「――ほんとか!?」
病院に謝れと言いたくなるアリサの台詞だが、『翠屋のシュークリーム』と言う単語に強く反応したヴィータが、我先にと見舞いの品に手を出す。
そんなヴィータを見て呆れつつも、思ったよりも元気な姿が見れて、アリサは安堵していた。
あれから三日。公開意見陳述会当日を狙った、スカリエッティ一味による首都進攻作戦。
首都クラナガン、地上本部、並びにADAMの受けた被害は深刻なものだった。
特に酷かったのは市街地の被害だ。
民間人の避難は魔導師たちの頑張りでほとんど済んでいたこともあり、民間人に限って言えば人的被害はほとんどない。
ただ、混沌嘯(ケイオスタイド)に呑み込まれた魔導師たちは以前行方知れず。
その影響で出来た、まるで空間ごと抉り取ったかのような半径数キロにも及ぶ傷跡には、管理局の調査が入り、今も立ち入り禁止の状況が続いていた。
それでも、逸早く異変に気付いたアンガスの指示で、退却した魔導師たちがいただけでも、被害は最小限に留められたと見るべきだろう。
だが、だからと言って、前線にいた三千人と言う魔導師が一瞬で姿を消したことに変わりはない。
ADAMの隊員たちも、そのほとんどが前線に配備されていたこともあり、被害を免れることはなかった。
もっとも最前線で戦っていたマカパインたち魔戦将軍を含む、ADAMの地上魔導師部隊は、他の部隊の魔導師同様、その安否は一切分からず仕舞いとなっている。
一度に大勢の隊員を失うことになったADAMは、事実上、壊滅的なダメージを受け、これからの活動にも暗い影を落とし始めていた。
そんな状態の中、命懸けでADAMの隊舎を守った三人。
ヴィヴィオが攫われたことに関してはショックも大きかったが、それでも残された隊員たち、非戦闘員のバックヤード陣。
彼らが無事だったのは、この三人が体を張って時間を稼いでくれたからに他ならない。
だから、事件のことを気にしているようなら元気付けてやろうと、明るく振舞って見せたアリサだったが、思っていたよりもずっと元気な三人の姿を見て、少し安堵していた。
「そう言えば、はやては? あの子のことだから、真っ先に素っ飛んできたんじゃない?」
「あの、はやてちゃんは……」
バンッ――大きな音を立て、凄い剣幕で病室を後にするアリサ。
三人の見舞いに訪れたシグナムがそんなアリサに挨拶するも、アリサの方は廊下ですれ違ったシグナムに一切気付くことなく、早足でその場を立ち去った。
アリサのただならぬ雰囲気に、シグナムは怪訝な表情を浮かべる。アリサの出てきた病室。それを見れば、原因がどこにあるかは明白だった。
三人の病室に入るや、先程のアリサの様子についてシグナムは三人を問いただす。
「どうしたんだ? ヴィータ、お前……また何かやったのか?」
「あたしじゃねーよ!!」
「ごめんなさい……わたしが余計なこと言っちゃって……」
申し訳なさそうにシグナムに頭を下げ、事情を説明するシャマル。
はやてが一度も見舞いにきていないこと――だがそれは、はやても立場があって今は大変な時期だと言うことが分かっているから、自分たちも特に気にしてはいないと、そうアリサに伝えたかっただけだった。
だが、シャマルからその話を聞いたアリサは険しい表情を浮かべ、その次の瞬間「ごめん。“急用”が出来たから失礼するね」と言い残し、病室を後にした。
――その話を聞いたシグナムは、大きく溜め息を吐き、近くの椅子に腰を落とす。
「シャマル、軽率だったな。彼女なら、そんな話を聞けば黙っていられないだろう」
「……ごめんなさい。どうしよう? このままじゃ、二人が――」
あれほど仲の良かった親友同士。それなのに、自分たちのことで喧嘩などしてほしくはなかった。
だからシャマルはうろたえる。今更、後悔しても遅いのだが、怪我をして動けない自分が恨めしかった。
本当なら這ってでも二人のところに行って、自分が謝って済むのなら頭を下げたい。そんな罪悪感で、シャマルの胸は一杯になる。
「いや、放っておこう」
「――でも、シグナム!?」
「あの二人だって、もう子供じゃない。それに彼女は心の底から、主はやてのことを気に掛けてくれている。
そうでなければ、あれほど真剣に怒ったりしないさ」
最近、ギスギスしていたアリサとはやて。二人の関係を、それとなくシグナムも傍にいて察していた。
だからこそ、良い機会だと思う。お互いに胸の内に溜め込んでいるもの。それを吐き出してしまえば、自然といつもの二人に戻れるのではないかと――シグナムは、そう考えていた。
良くも悪くも、二人とも頑固者だ。周囲が言ったところで、素直に話を聞くとも思えない。
ここは当事者同士に任せるのが一番だと、シグナムはシャマルを宥(なだ)める。
「大丈夫だ。信じよう。わたしたちの主を――そして、その友である彼女のことを」
本気で心配してくれる友達。本気で叱ってくれる友達。
他人のために涙し、同じ痛みを伴ってくれる。そんな無二の親友に恵まれたはやてのことを、シグナムは羨ましく思った。
両親もなく、親類と呼べるものは誰一人なく、家族と呼べるものは守護騎士である自分たちだけ――
闇の書と言う負債を背負わされ、それでも文句一つ、弱音一つ口にすることなく、自分たちのことを「家族」だと言ってくれた、はやての言葉を今も四人は忘れられない。
これまで、多くのものを犠牲にし、はやては十分過ぎるほと頑張ってきたと思う。
本当なら、そんな“罪”や“負債”など、彼女が抱えるべき問題ではなかった。
だが、守護騎士たちを“家族”として受け入れると決めた時から、はやての覚悟は決まっていたのだろう。
家族だから――たったそれだけの理由で、闇の書や、抱えこまなくていい罪まで背負ってしまった少女。
ただの被害者であったはずなのに、その罪悪感に囚われ、必要以上に色々なことを背負い込んでしまう彼女のことを、守護騎士たちも心配していた。
しかし、彼女にそうさせている当事者でもある自分たちが、その彼女の闇を晴らすことは難しい。
だからこその焦りと苛立ちが、なかったかと言えば嘘になる。
もっと自分だけの幸せを望んでもいい少女。たくさんの人に愛され、幸せを掴んでいいはずの少女。
だからと言って、それは本人が望まない限り、周囲が何を言おうと、どう思うと上手くいくはずもない。
これが、一つの切っ掛けになればいいが――
数奇な星の下に生まれた主と、その親友である少女たちの幸福を、守護騎士たちは祈らずにはいられなかった。
キャロは距離を置き、じーっとD.S.のことを観察していた。
「ダーシュ、本当に寂しかったんだからね。必死に捜したんだから――」
「……ダーシュ。その、わたしも頑張ったんだよ? いつもみたいに頭を撫でて欲しい」
「さっきから何? ダーシュのことをダーシュって呼んでいいのは、わたしだけなんだから――」
「そんなことないです。ダーシュの“娘”になった時から――そう呼んでいいって、ダーシュにも言ってもらいました」
「ちょっと、ダーシュどういうこと!?」
「だああぁぁ!! うっせえ!!!」
D.S.の両腕を掴み合い、言い争うネイとフェイト。
周囲は二次被害を避けて三人から距離を取っていた。
D.S.の四天王にして、『雷帝』の二つ名を持つ魔法剣士アーシェス・ネイ。
D.S.の直弟子にして、『閃光』の二つ名を持つ魔導師フェイト・テスタロッサ。
D.S.の“娘”であり、“恋人”でもあると言う共通点を持つ二人だったが、これが初の顔合わせだった。
「モテモテだね」
「モテモテですね」
なのはの感想に、同じように相槌を打つキャロ。
しばらくD.S.を観察していたが、やはり思っていた通り“おもしろい人”だなとキャロは思った。
ある程度、D.S.がどう言う人物かも確認したし、まだ話しの決着はつきそうにないので他のことでもしようと、キャロはキョロキョロと周囲を見渡す。
すると、同じようにD.S.たちのことを観察していたなのはと目が合い、自然と頭を下げ自己紹介をはじめていた。
「はじめまして。キャロ・ル・ルシエといいます」
「こちらこそ、はじめまして。高町なのは――わたしのことは、なのはでいいよ。
キャロのことはキャロでいいのかな?」
「はい。よろしくお願いします。なのはさん」
優しそうな人だな――それが、キャロのなのはに対する第一印象だった。
優しいけど、不思議な温かさと力強さを感じる人。この辺りは、ネイともよく似ているようにキャロは思う。
「あの、カルさんだっけ? 彼は?」
「ああ、カルさんは時々フラッとどこかにいなくなっちゃうことがあって――
でも、放っておいてもネイさんと違って自然と帰ってきますから、心配いらないですよ」
ヴイータたちを守ってくれたことなど、一言カルにも礼を言いたかったなのはが、キャロにカルの居場所を質問する。
さすがにカルとネイ、二人の扱いに慣れたキャロだ。その性格や行動パターンも熟知しているとあって、答えも的確だった。
そんなキャロを見て「それと」と、なのはは言葉を付け加え――
「キャロもありがとね。みんなを守ってくれて」
「いえ、わたしは何も――むしろ、ネイさんとカルさんが被害を大きくしてしまったみたいで、二人に代わってお詫びします」
逆に申し訳なさそうに頭を下げるキャロの姿勢を見て、なのはは「よく出来た子だな」と、そんな感想を抱いた。
確かに、キャロの言うとおり、なのはも隊舎に駆けつけた時には驚いた。
ADAMの隊舎が攻撃を受けたと言う知らせを受け、慌てて救援に向かってみれば、火はすでに消し止められていたものの、隊舎前に出来た底の見えない巨大な穴。
あれを見たときは、「みんなは無事なのだろうか?」と安否を気にし、肝を冷やしたほどだった。
そして、その穴を開けたと言う張本人の一人が、親友とD.S.の取り合いをしている彼女――
噂には聞いていたが、彼女があの“雷帝”なのだと知り、なのははまたびっくりする思いをした。
「悪い人じゃないんですよ。ただ二人とも、ちょっとやり過ぎちゃうだけで……」
「うん。そうだよね。ルーシェくんのお仲間さんなんだもんね」
なんだか、それだけで納得できてしまうから不思議なものだ。
なのはもD.S.との付き合いはそれなりに長いため、キャロの抱えているであろう気苦労が少しは分かった気がした。
しかし、これは苦境の中、ある意味で心強い味方が出来たとも言える。
ラーズとシェラ、それにはやてやアンガスなどの隊長陣が事後処理のため、各部署を駆けずり回っているように、ADAMは先日の戦闘で大幅な戦力ダウンを余儀なくされていた。そこに、あの“ガラ”と同格の力を持つ四天王の二人が加わってくれるのであれば、これほど心強いことはない。
少なくともこれで、質の面ではどうにか目処が立ったかのように思える。
それに、なのはには他にも気掛かりなことがあった。
消えてしまった魔導師たちや、ティアナたちのことも気に掛かる。だが、ヴィヴィオの問題。これが一番、なのはに取ってショックな出来事だったのは言うまでもない。
望んでなった訳ではないが、「ママ」と慕ってくれるヴィヴィオのことは、なのはも嫌いではなかった。
本当のママになることは出来ないかも知れないが、彼女が望むのであれば、寂しくないよう出来るだけ傍にいてあげたい。
ヴィヴィオの拉致の知らせを聞いたのは、そう決断した矢先のことだった。
廃棄区画での戦闘事件から、ヴィヴィオが狙われているであろうことは分かっていたはずなのに、守ってあげることが出来なかった。
ヴィヴィオが助けを求めている時に、傍にいてあげることが出来なかったことを、なのはは悔やんでいた。
「なのはさん? 何か辛いことでもあったんですか?」
そのことが顔に出ていたのか?
いつの間にか幼いキャロを見て、ヴィヴィオの面影を重ねていたのかも知れないと、なのはは反省する。
「大切な人と少し離れ離れになっちゃって……それで少し寂しかっただけ。
ごめんね。こんなことキャロに言っても、困らせるだけなのにね」
なのはがそう言いながらも、無理に心配させまいと笑顔を作っていることは一目瞭然だった。
そのことがキャロにも分かるのだろう。そっと、なのはの腰に手を回すと、キャロは優しくその体を抱きしめた。
「キャロ?」
「大丈夫。きっと、その人に会えますよ。ネイさんも、カルさんも、会えたんです。
ずっと想い続けていれば、なのはさんの願いはきっと叶います」
なのはも突然のキャロの行動に驚く。
だが、自分を心配してくれていることが心から分かる。そんな温かなキャロの言葉に、なのはも自然とその小さな体を抱きしめ返していた。
なのははその言葉に胸を打たれ、これからのことを考える。
キャロの言うとおりなのかも知れない。ここで落ち込んでいても、思い悩んでいても、ヴィヴィオは帰ってこない。
なら、今の自分に出来る精一杯のことをしよう――そして、必ずヴィヴィオを迎えに行く。
それが、なのはが心に決めた新たな誓いだった。
「たく――お前さんは、まだやってたのな。そうやって、前になのはさんに叱られたこと忘れたのか?
焦る気持ちは分かるけどよ。ちっとは休むことも大事だぜ」
「……お気遣い感謝します。でも、体を動かしてないと落ち着かないんです」
訓練場で一人、黙々と射撃訓練を行うティアナを心配して、整備倉庫からチラチラとスコープで様子を窺っていたヴァイスは、遂に見かねて、そんなティアナに近寄って声をかけた。
スバルとギンガの二人が怪我を負い、本局のラボで治療を受けていることはヴァイスも知っている。
スバルとギンガの二人や、ティアナをヘリで病院に搬送したのは、他ならないヴァイスだったからだ。
あの日、中央だけの輸送ヘリでは足りないと言うことで、ヴァイスも地上本部で待機任務についていた。
その待機任務中に起こった地上本部襲撃事件。そのせいでヴァイスは難を逃れることが出来たが、その後で聞かされたADAMのこと、首都の有様はヴァイスの胸にも堪える内容だった。
彼女たちが戦闘機人を一人拿捕したこと、そしてその後、乱入してきた悪魔に敗れたと言うこと――
なのはとフェイトに発見された時のティアナは、大きな怪我こそ負っていないものの、心に深い傷を負った状態だった。
そんな、三人を見ていたからかも知れない。
ティアナたちのことを、アムラエルにそれとなく頼まれたと言うのも理由にあるが、ヴァイスはこの危なっかしい少女たちのことを、お節介にも放って置けなくなっていた。
ずっと陰ながら、彼女たちのことを見続けてきたヴァイスだからこそ分かる。最初とは比べ物にならないくらい、本当に強くなったと――
バスタードにいたことがあるヴァイスから見ても、ティアナたちの成長速度は異常と言っていいほど早い。
なのはたちと比べる余り、どうしても目標を高く持ちすぎている様子だが、ヴァイスから見れば十分にティアナたちも凄い魔導師だった。
悪魔に敗北したとはいえ、戦闘機人を一体拿捕しただけでも、十分な功績だったはず。
本当ならその功績を称え、生きて帰ってきたことを喜ぶところなのだろうが、悪魔に負けたことや、仲間がやられたことが余程ショックだったのか? ティアナには、それも出来ないらしい。
我武者羅に訓練に打ち込むティアナを見て、「本当に不器用なヤツだ」とヴァイスは苦笑を漏らした。
「お前には話したっけな? これでもオレは武装隊の出でな。バスタードにいたこともあるんだぜ」
「いえ……初耳です。アムラエル一尉とはその時に知り合われたですか?」
「いんや、あの人は変わりもんだから、いっつもウチ(整備倉庫)に来てサボってばかりいたからな。そんで意気投合したって訳だ」
「……いつも?」
ヴァイスの言葉が気になったのか? 聞き返すティアナ。
いつもヴァイスが自分たちのことを気にかけて、あそこの倉庫から様子を見てくれていたことは知っていた。
だけど、アムラエルもいたなんて話は、一度も耳にしたことがティアナはない。
ヴァイスも「あ……」とうっかり話してしまったことに気付くと、「姐さんには内緒な」と言葉を付け加えた。
「まあ、あの人なりに、お前さんたちのことを精一杯気に掛けてるってことだ」
「…………」
ヴァイスの話の意図が、ティアナには良く見えない。
アムラエルが見ていたことは初耳だが、今更そんな話をされなくても、彼女が自分たちのことを気にかけてくれていることは、よく知っている。
そしてその理由も――
だけど、その期待にティアナは応えることが出来なかったと、ずっと思い悩んでいた。
兄を救うどころか、引鉄を弾くことも出来ず、そんな中途半端さが仲間を危険に晒し、チーム壊滅なんて言う悲惨な結果を招いた。
ティアナは、そのことを深く後悔していた。
こうして我武者羅に体を動かしていたのも、そんな迷いを晴らしたい。そんな悪足掻きがあったからだ。
そのことを自覚していながら心がついていかず、どうすることも出来ない自分がもどかしく更に嫌になる。
そんなティアナの心を知ってか知らずか、ヴァイスは続けて自分の昔話をはじめた。
「オレには一人、妹がいてな。でも、ある事件でその妹が立て込み犯に人質に捕らわれちまって――
その時、狙撃任務についていたオレは手元を狂わせ誤射。妹の片目を見えなくさせちまった。
それ以来、銃も握れなくなり、妹にも面と向かって会えなくなった。どうしようもなくダメな男なんだよ、オレは……」
「ヴァイス陸曹……」
突然、そんな話をされても、どう答えていいか分からないティアナは困惑する。
ただ、ヴァイスが単に自分の不幸話をしているだけには、ティアナにはどうしても思えなかった。
だから黙って耳を傾けた。ヴァイスの意図が知りたくて。少なくともティアナの知るヴァイス・グランセニックと言う人物は、意味もなく自分の過去をむやみに話す男ではない。
「だけどな。そんなオレのとこに昨日、妹が突然やってきたんだ。
こないだの戦闘の時、ガジェットに襲われそうになっていたところを、ロスさんに助けてもらったらしい。
もう、あの人はいないって言うのによ……本当に嬉しそうに言いやがるんだ」
「…………」
「本当にイイ男ってのは、どんな苦境でもここ一番では必ず決める。そんな出を心得てるズルイ男のことなんだ――ってよ」
「それを……妹さんが?」
「いや、ロスさんの言葉らしい。だけど、オレにも『そんな男になれ』ってよ。無茶言いやがるぜ」
ロスとは直接話をしたことはないが、バスタードからの精鋭が応援にきたと言うことで、一時話題に上がっていたのでティアナも覚えていた。
その実力はバスタードの精鋭と言うことで、どれほどのものか想像はつく。
そんな人が言った言葉――確かに、「そんな男になれ」と言われても「そんな無茶な」と言いたくなるヴァイスの気持ちも分からなくはない。
だが、ヴァイスはそう言いながらも笑っていた。
避けているのは何もヴァイスだけではなかった。妹の方も、兄のことを気遣い、会い辛いと言う思いがあったのだろう。
だけどガジェットに襲われ、命の危険を感じたとき、咄嗟にでたのはやはり兄の名前だった。
だから、妹も兄に会いに来る決心がついたのだ。そして、そんな大好きな兄に、もう一度立ち直って欲しい。
あのロスのように、強く逞しく姿を見せて欲しい。昔のように、もう一度――
その妹の願いは、ヴァイスの胸を強く打った。
ずっとウジウジと悩んでいた自分。元々、機械弄りが好きでヘリのパイロットなどになったが、それも逃避に過ぎないことは分かっていた。
潔く管理局を辞められればよかったが、それも出来ず中途半端なところでずっといた自分に、まだ声を掛け期待してくれる人がいる。
それが自分が傷つけ、遠ざけていた妹だと言うのだから、ヴァイスは情けなくてしょうがなかった。
ティアナにその話をしながら、その時のことを思い出し、涙を浮かべるヴァイス。
「すまねえな……情けないところを見せちまった。本当はオレも、誰かに話を聞いて欲しかったのかもしれねぇな」
「いえ……ヴァイス陸曹は情けなくなんてないです。わたしなんかより、ずっと強い。
わたしは未だに何も決められません。本当にどうしていいか、何が正しいのかすら見えなくなってきているんです……」
涙を拭いながら笑顔を作るヴァイスに、そう言うティアナ。ヴェイスのことを情けないと、ティアナは責める気になどなれなかった。
彼の話を聞いて、ティアナは自分はもっと情けないと思いしらされる。
頼れる相棒がいて、信頼できる仲間がいて――
もう迷わない。そう決めて、銃を握ったと言うのに、いざその場に立つと、未だに悩み続けている自分がいる。
ヴァイスの妹の勇気と、そしてそんな妹の言葉から逃げず、前向きに一歩ずつでも進もうとしているヴァイス。
この差は大きいと、ティアナは思っていた。だが――
「別に迷ったっていいんじゃねえか?」
「え……」
決断しなくてはいけないと思っていたティアナにとって、そのヴァイスの一言は余りに予想外の一言だった。
自分が迷ったから仲間を危険に晒し、アムラエルの期待にも、なのはの想いにも応えることが出来なかったと思い込んでいただけに、その一言は重い。
なら自分はどうすればよかったと言うのか? このまま何も決められないまま、また戦場に出れば、同じような理由で仲間を傷つけてしまう。
そんなことになるのだけは、ティアナはイヤだった。
「迷うだけ迷って、悩むだけ悩んだらいいんだよ。実際、オレだってまだ迷ってる。
こうして妹の期待に応えたいって気持ちと、銃を握ろうとするだけでブルっちまうオレの弱い心。
何をどうしていいかなんて、その時にならなきゃ決められねーよ」
「でも、それじゃ……」
「迷うだけ迷って、悩むだけ悩んで、頼るときに頼れ。
オレと違ってお前には、頼もしい仲間がいるんだろ?」
「あ……」
「いいか、ヒヨッ子。お前たちは所詮、一人じゃ半人前。三人でやっと一人前なんだ。
それを一人で思い悩んで、自分が迷ったから部隊が全滅しただなんて、驕りもいいとこだ。
――って、姐さんがいたら怒鳴り散らかしてるとこだぞ?」
ヴァイスの言葉は、ティアナの胸に深く突き刺さった。
それは忘れかけていた思い。相棒のスバルの言葉で涙したあの時に、忘れないようにと胸に誓ったはずのことだった。
いつしか、段々と強くなっている自分に酔いしれ、上手く行過ぎていた任務内容に満足していた自分がいたことを思い出す。
兄のことも、悪魔のことも、自分がなんとかしなくては――そんな思いばかりが先行していた。
それじゃ、あの時、なんのために誓ったのか分からない。
結局、変わったつもりでいて、何一つ自分が変わることが出来ていなかった自分に気付かされ、ティアナはこれまでのことが恥ずかしく、スバルやギンガに対しても申し訳ない気持ちで一杯になっていた。
「あの――」
「おう、行ってやれ。ちゃんと、なのはさんには言っていけよ」
「はい!! ヴァイス陸曹――ありがとうございました!!!」
そう言って、足早に隊舎に向かって駆けていくティアナ。どこに向かおうとしているかは、聞くまでもない。
そんなティアナの後ろ姿を見送り、ヴァイスは「ハア……」と大きく溜め息を吐きながら空を見上げた。
「オレも逃げ場、なくしちまったな」
ティアナの背中を押すことで、自分の退路も断たれたことに気付き、ヴァイスはそんな情けない心境を口にする。
しかし、これでよかったのだろう。ヴァイスは、そう思うことにした。
……TO BE CONTINUED