作者:193
2009/06/27(土) 09:54公開
ID:4Sv5khNiT3.
ミッドチルダ首都郊外にあるアリサの屋敷。仕事で外に出ていることの方が多いアリサは、この屋敷を頻繁に利用することはない。
それでも、ミッドチルダで仕事をしていく以上、やはり家は必要だろうと言うことで購入した小さな洋館だった。
小さいとは言っても、それはバニングスの本邸と比べればと言う話だ。アリサとアリアにロッテ、三人で暮らすには大きすぎる家。
本邸の方から使用人を何人か寄越そうか? と言う話もあったが、すべてアリサは断って、三人だけでこの屋敷での生活を送っていた。
頻繁に使わない部屋はそう小まめに掃除する必要もないし、三人だけなら部屋を汚すようなこともない。
特に外での仕事が多くなる以上、食事も外で済ませてくることが多くなるわけだから、専属のコックなども必要ない。
更に付け加えるなら、下手なメイドを数人雇うより、アリア一人の方が遥かに仕事が早い。
特別困る理由もないので、出来るだけ家ではリラックスしたいと、アリサは余計な者を家に招き入れていなかった。
「これが例の頼まれてたヤツね。まったく、シーンも面倒なことさせるんだから……」
「因果応報じゃない? 管理局から移ってくる時点で、こき使われることは分かってたんでしょ?
まあ、歳も歳だしね。わたしから無理させないようにって、シーンに言っておいてあげるわ」
「そう、よろしくね――って、アリサちゃんも言うようになったわね。なんか機嫌悪い?」
「……そうでもないわよ」
そんな屋敷に珍しく訪れた客人。淡いクリーム色のスーツに首に白いスカーフを巻いたリンディが、手荷物を持ってアリサを訪ねて来ていた。
アリサはリンディから受け取ったカバンの中身を探り、出てきた何枚かの書類に目を通す。
アリアに入れてもらった緑茶に砂糖とミルクを注ぎ、口に運びながらチラチラとそんなアリサの様子を観察するリンディ。
見た目にはいつものアリサだが、そこはかとなく刺々しいオーラが漂っているような気がしてならない。
本人は「そうでもない」などと言ってはいるが、何かあったであろうことは疑いようがなかった。
「その飲み方、いい加減やめた方がいいわよ」
「アリサちゃんも試してみない? 結構、美味しいわよ?」
「遠慮しとく」
やはり、何か棘のある物言いのアリサを、リンディは訝しむように見る。
よく観察して見れば、化粧で誤魔化しているようだが、所々擦り傷を作っているアリサ。
そこに何か原因があるのだろうと、リンディは部屋の隅に控えていたアリアを手招きして呼びつけた。
「なんですか? リンディ」
「アリサちゃん、誰かと喧嘩でもした?」
「……さすがに鋭いですね。でも、それをお嬢様に訊ねない方がいいですよ。禁句ですから」
「聞こえてるわよ。アリア」
「ビク――ッ!」
アリサの耳に届かないようにコソコソッと内緒話をしていたつもりだが、さすがはアリサの地獄耳。
アリアは乾いた笑い顔を浮かべ、「お茶のお代わり入れてきますね」と逃げ出すようにそそくさと部屋を退出した。
リンディも、さすがにそれ以上は詮索しようとしない。アリアが「禁句」と言った言葉の意味を察していたからだ。
何があったか詳しくは分からないが、しばらくはそっとしておこう。そう思うリンディだった。
次元を超えし魔人 第54話『ゆりかご』(STS編)
作者 193
「はやてちゃん、何かあったのかな?」
ADAMの隊舎内にある食堂。
アリサと同じように擦り傷だらけのはやてが、カチャカチャと周囲を寄せ付けない雰囲気で、ひとりで黙々と食事を取っていた。
大切な友達のことだ。なのはも気になってはいるのだが、何故だか凄く話し掛け辛い。
いつもなら一緒に食事を取っているはずのシャマル、ヴィータ、ザフィーラの三人はまだ病院で療養中。それは分かるが、何故かシグナムも、はやてと距離を置いて食事を取っている。
ここで迂闊なことを言ってしまえば、とんでもない地雷を踏んでしまいそうで、なのはは踏み込みたくても踏み込めないもどかしさを感じていた。
「八神三佐も今、お食事ですか? わたしも報告書まとめるのに時間掛かっちゃって、今からなんですよ。
こちらの席、ご一緒してもよろしいですか?」
「……かまへんよ」
そんな周囲が見守る中、通信士のルキノが空気を読めずに、いつものように明るい笑顔ではやての前に席を取る。
好物の魚介類がふんだんに入ったCランチを美味しそうに頬張るルキノ。
そこで、はやてを見てあることに気付いたのか? 不思議そうな顔をして、「あっ!」と声を上げた。
「その怪我、訓練でされたんですか? やはり、Sランクの方の戦闘訓練って物凄いんでしょうね。
でも、こないだの事件のことで気合入ってるのも分かりますけど、ちゃんと治療された方がいいですよ」
その瞬間、部屋の空気が凍りつく。
周囲で様子を窺っていた隊員たちも、ルキノの不用心な一言に「バカ! それは――」と思わず声を上げずにいられなかった。
「……ルキノ。後で執務室に来よか? まだまだ、たくさんやることあるよってな」
「……へ? あの、でもわたし今日はこれから半休で」
「仕事――“大好き”やろ?」
「……はい。大好きです」
よかれと思って口にしたルキノだったが、それは地雷だった。
はやてはルキノを威圧すると、ガタッと席を立ち、そのまま食事を終えたトレーを片手にその場を後にする。
取り残されたルキノだけが涙目で、その場に呆然と取り残されていた。
「あの……わたし、何かやりました?」
周囲に答えを求めるルキノ。そんなルキノに、ただ「うんうん」と隊員たちは首を振るしかなかった。
なのはがそんなルキノに同情しつつも、「自分でなくて良かった」と心の内でほっと胸を撫で下ろしていたことは言うまでもない。
テレビや新聞では連日、地上本部襲撃事件並びに、首都の被害を伝える報道が一面を飾っていた。
今回の件はことがことだけに、管理局の報道規制も思うように働いていない。それが問題を更に大きくしている要因とも言える。
被害が首都圏全域に及んでいることや、混沌嘯(ケイオスタイド)の影響により出来た傷跡も隠し切れるものではない。
ましてや、避難の遅れから民間人の中にもガジェットなど襲撃者を目撃したものが複数おり、その時の映像や写真まで週刊誌やネットを通じて衆目の目に晒されていた。
「何故だ!? どうして、こんなことになっている!?」
レジアスの怒鳴り声が執務室に強く響き渡る。管理局上層部はこの事態を受け、レジアスの責任を追求してきていた。
失った魔導師の数はおよそ三千人余り。市街地の復興の目処は未だ立たず、報道機関や市民への発表も先延ばしになっている現状、管理局側もなんの説明責任も果たさないまま言い逃れをすることは出来ない。
その結果、ここミッドチルダ地上本部の最高責任者であるレジアスに対し、風当たりが強くなることも致し方なかった。
元々、敵も多いレジアスだ。ここぞとばかりにその椅子からレジアスを引き摺り下ろそうと画策する者もおり、レジアスにとってはおもしろくない、非常に危機的な状況が続いていたと言っていい。
「今まで十分に重用してきたはずだ。なのに、何故……」
レジアスが頭を抱えるのも無理はない話だ。
彼が「地上本部が襲われることなどない」と高をくくっていた背景には、彼と襲撃者であるスカリエッティの関係があった。
レジアスは兼ねてより、魔法や魔導師に変わる力がないかと試行錯誤を繰り返していた。その結果、見つけたのがアインヘリアルであり、そして戦闘機人、並びに人造魔導師計画だった。
だが当時、世論の動向は倫理的観点から、これら生命操作に関わる研究に対し、風当たりの強いものだった。
結果、生産性、コスト面などで採算の合わないこれらの技術は、完成を見るまでもなく世間から忘れられるものとなった。
しかし、管理法でこれらの技術の研究が禁止された後も、レジアスは完全に諦めてはいなかった。
密かに生命操作技術の第一人者であるスカリエッティと接触を図り、虎視眈々と次の機会を窺っていたのだ。
スカリエッティは確かに犯罪者だが、世が世なら歴史に名を残すほどの天才的な科学者だ。彼に資金や場所を提供し、戦闘機人事件に関する捜査情報などをリークする代わりに、レジアスは量産可能な戦闘機人の製造と開発を彼に命じた。
量産体制が整った暁には、地上本部が彼の研究所を発見、摘発すると言う状況を作り出し――
その結果、摘発した戦闘機人を試験的に運用し、戦力として取り組むことも出来る。それらの運用結果次第では、再び戦闘機人の量産化計画が日の目を見ることも可能になる。
その過程で捜査官の手が彼に及んだとしても、捜査上の事故死と言うカタチにすれば、良質な人造魔導師の素体も得やすい。
年々不足する魔導師問題。そして拡大し続ける管理世界と、それに比例するように増加傾向にある犯罪件数。
その結果、危険に晒され続けている地上の秩序と安全。
それらを天秤に載せたとき、レジアスの腹は決まっていた。
――スカリエッティとの司法取引。
例え悪魔に魂を売ることになろうとも、地上の平和を守るためには仕方ない――
そう考えていたレジアスにとって、これ以外に選択肢は残されていなかった。
十分な対価をスカリエッティには支払ってきた、少なくともレジアスはそのつもりだった。
スカリエッティは自身の欲求を満たし、管理局にも怯える必要はない。代わりにレジアスは望んで止まない“力”を得ることが出来る。
だが結果は、レジアスにとって悲惨なものだった。犯罪者を利用しているつもりで、利用されていたと言うことに他ならない。
しかし、こんなことをしてスカリエッティに何の得があると言うのか? レジアスには彼の考えが想像もつかない。
すでにレジアスの知るスカリエッティのアジトは引き払われており、今まで使われていた通信も使用不能になっていた。
これでは、スカリエッティを追うことも難しい。だからと言って、このまま彼を野放しにしておけば、自身の更なる破滅をも招きかねない。
レジアスは目の前に抱えている問題に頭を悩ませつつ、スカリエッティの影にも怯える生活を強いられることになっていた。
「随分とお困りのようね」
他には誰もいないはずの執務室。
声のした方にハッとレジアスは振り返り、暗がりの中、姿を見せる三人の女性の姿に驚き、声を張り上げる。
「貴様は――アリサ・バニングス!! どうやって入った!?」
「お困りだろうと思ってね。それに、誰かいると“あなた”が困る話になると思うわよ?
だから、失礼だと思ったけどコッソリ入らせてもらったわ」
「バカな――どうやって!?」
「人手も足りてないんでしょうけど、早くシステムの方も復旧した方がいいわよ?
ネズミも入り放題になってるみたいだから――まあ、うちにはそこそこ優秀な猫が二匹いるから、その心配はないんだけどね」
「「――♪」」
好き放題言いながら、両脇にメイド姿のアリアとロッテの二人を引き連れ、レジアスに近づくアリサ。
アリサに「優秀」と褒められたことが嬉しいのか? 横の二人は機嫌が良さそうにニコニコと笑顔を浮かべている。
レジアスの前に三人は並び立つと、アリサが横の二人に合図を送り、あるものを取り出させた。
「これは……」
アリアとロッテの二人が机の上に取り出した、使用済みと思われる壊された数々の盗聴器やカメラ。
それらを目にして、レジアスの表情が驚きに変わる。言葉もでないと言った様子で、アリアとロッテの方を見るレジアス。
そんなレジアスの様子を見て、アリサは可笑しそうに笑い、次のように言った。
「来る途中で適当に掃除しておいてあげたわ。随分と敵も多いようね」
「……何が望みだ」
いくら地上本部の機能が万全な状態ではないとは言え、ここまで誰にも気付かれることなく進入して見せたアリサの言葉を信じない訳にはいかない。レジアスは値踏みするような目で、アリサの次の言葉を待つ。
彼女は「あなたが困る話」とも言った。アリサにどんな思惑があるかは分からないが、ここまで足を運んで来た以上、なんらかの交渉をしにきたものだとレジアスは考えた。
「さすがに場数を踏んでるだけあって、動じないわね。それに頭の切り替えも早い。話が早くて助かるわ」
「…………」
レジアスからしてみれば、アリサの方が厄介な相手に思えてならない。
この歳でこれほどの交渉術をもった相手を、レジアスは他に見たことがない。
聖王教会のカリム・グラシアもなかなかのものだが、彼女は倫理や正義感に囚われすぎているところがあり、融通がきかない短慮な一面がある分、まだ組みやすい相手ではある。
だが、アリサは違う。多少強引な手、違法なことでも平然とした顔でやってのける強かさを持っている。
何よりも結果と実を追求してきたレジアスだから分かる。
通常、何十年とこの仕事についてきた者でさえ、ここまで目的のために割り切って物事を考えられるものは多くない。
ましてや、アリサの年齢を考えれば異常なことだった。
余程、見本となった師がよかったのか? それとも子供の頃から、そうした環境の中で教育を受けてきたのか?
何れにしても、アリサ・バニングスを見た目どおりの“ただの少女”と思ってはいけない。
手強い交渉相手として、レジアスは気を引き締め直し、アリサの話に耳を傾ける。
アリサにしても、レジアスのやり方はいくつか気に食わないところがあるが、こういう彼の仕事や自らの立場に対する実直な姿勢は認めていた。
そうでなくては、ただコネがあった。運が良かったと言うだけで、ここまでの地位を築けるはずもない。
レジアスには、それだけの力がある。アリサはそう考えていた。
カリムたちはレジアスのことを嫌って避けているようだが、それは違うとアリサは考える。
どんな相手にでも、能力のある者、力のある者には敬意を払え。それが同じテーブルに立つ者の最低限の礼儀だと、アリサはそうデビットやシーラに教わった。
「アリア、ロッテ」
「「はい――お嬢様」」
アリサの一声で姿を消し、その場を離れるアリアとロッテ。
二人が姿を消したのは、この交渉が誰にも邪魔されないために周囲を警戒すると言う意味もあるが、それ以上にアリサに恥をかかせないためでもある。
レジアスはただひとり。相手が護衛をつけていないのであれば、魔導師を二人も傍に控えさせているアリサは、ただの臆病者と思われても仕方ない。
相手が交渉のテーブルにつくまでは、あくまで対等に――
だが、交渉がはじまれば狡猾に強かに、そして遠慮なく――
「フ……いいだろう」
アリサがどんな無茶を言ってくるのか? それを想像するだけでもレジアスの胸は高鳴っていた。
ここまでされて、彼女の提案に耳を傾けないわけにはいかない。
我武者羅に走り続けてきた四十年間。その間で、これほど心躍る席は幾度あっただろうか?
もっと早くに彼女たちと出会っていれば――そんなありもしない。仮定すらレジアスの頭を過ぎる。
「では、はじめましょう。こちらからの提案は――」
そこには、ただの少女ではない。“交渉人”としてのアリサ・バニングスの顔があった。
ADAMの食堂に、リンディを囲み、おなじみの面子が集まっていた。
なのはにフェイトにアリシアの三人。D.S.とその仲間たち(ネイ、カル、キャロ、ツヴァイの四人)。それに通信士のアルトやシャーリーの姿も見受けられる。
ルキノだけが、ここにいないのは先述の理由の通りだ。ただひとり、はやての言いつけで大量の仕事をやらされていたのだが、ルキノと仲の良いアルトでさえ、今回ばかりは二次被害を避けて避難してきていた。
「アースラにですか!?」
「そう、アースラ。懐かしいでしょ?」
フェイトが驚くのも無理はない。何の前触れもなくADAMの隊舎に訪れたリンディ。
その口から語られた思っても見なかった話。残った部隊員は全員、アースラに乗船すると言う話を聞き、皆、驚いていた。
廃艦寸前だったところをバニングス社が買取り、バスタードに寄贈することでADAMの移動本部とする話が持ち上がっていた。
そのためにリンディはシーンの指示で動き回っていたのだが、ようやくその手続きが終わり、残すは月村重工の手によるアースラの改修作業を残すのみとなっていた。
それも数日中には完了するとのことで、リンディはアリサのところに報告に行った後、ADAMの方へ顔をだしたのだ。
「聞いてなかったの?」
「……初耳です」
フェイトの言葉に頷く一同。ラーズやシェラ、隊長陣には話が通っていたはずだが、あの事件以降忙しかったこともあり、情報の伝達が上手くいってなかったことも原因にあった。
この話は、ADAMが襲撃を受ける以前からある程度考えられていたことだ。
どこにでも現れるガジェットに戦闘機人、それに悪魔の件。それらのことを考えれば、移動出来る本部があった方が何かと便利なことは間違いない。それにアリサとすずかには別の考えもあるようで、アースラの配備は前々から計画されていたことの一つだった。
「なら、こっちの方は黙っておきましょう。どうせ、すぐに分かることだしね」
「え――なんですか? 気になりますよ」
身を乗り出して、リンディの話に食いつくアルト。アースラの名前が出たときから、アルトの目は人一倍輝いていた。
艦船マニアのルキノほどではないが、アルトもヴァイス同様、機械弄りが大好きな一面がある。
四人兄弟の二番目に生まれ、周りが全部男兄弟だったこともあり、メカやロボットと言ったものに一種の憧れを抱いていた。
通信士としては珍しく、整備資格や、ヘリの操縦資格まで持つマルチさを発揮しているアルトだが、やはり本人としてはメカのパイロットと言ったものに憧れるらしく、ヘリの操縦資格もそれもあって取得したものだった。
通信士の仕事がない時は整備倉庫に入り浸って、ヴァイスにヘリの操縦テクニックや、整備について勉強させてもらっていたりする、生粋のメカオタクでもある。
まあ、ある意味で変人の多いADAMにおいて、メカオタク筆頭のシャーリーと気がよくあったり、アムラエルの話(地球のアニメや漫画)を目を輝かせて黙って聞けたりと、貴重な人材ではあった。
「“秘密兵器”を搭載するって話よ。そっちはアリサちゃんとすずかちゃんが話を進めてて――
詳しくは、わたしもよく知らないんだけど……」
「“秘密兵器”ですかっ!?」
アルトの勢いに押され、リンディも黙っていられず口を滑らしてしまう。
何を想像したのか? ほわわんと目を輝かせながら妄想にふけるアルト。それはシャーリーも一緒だった。
二人して、「楽しみですね」と言いながら、すぐにでもアースラに飛んで行きたそうな表情を浮かべている。
逆に、リンディの話を聞いていたアリシアは怪訝な表情を浮かべていた。
そのアリシアの気持ちが理解出来るのか? なのはとフェイトも不安そうな表情を浮かべている。
「アリサと……あの“すずか”が話を進めている秘密兵器?」
「だ、大丈夫だよね? さすがに忍さんみたいなことを、すずかちゃんはしないと思うけど……」
「……姉さん、一度ちゃんと確認してきた方がいいんじゃ?」
アリシアの予感。なのはの不安。フェイトの心配。
どれも当たってほしくない。そう思う三人の気持ちは同じだった。
「まあ、ダーシュはある意味、リーサルウェポンだけどね。でも、そこがまた格好いいんだけど♪」
「……D.S.が本気になれば、草木一本、何も残りそうにないがな」
「お父さまは最強です! 『管理局消してくれないかしら?』ってプレシア母さんも本音をボソっと言ってたですよ」
「それ……冗談になってませんよ?」
ネイやカル、それにツヴァイの言うように、D.S.と四天王が揃えば、管理局も確かに滅ぼせるかも知れないとキャロは思った。
そう考えると、このADAMの存在といい、管理局の地球との付き合い方といい。
話に聞いている限りでも、管理局が如何に危険な橋を渡っているか想像できる。
悪魔のことなんてなくても、もう管理世界はダメかもしれない。そう思えて仕方ないキャロだった。
「どう? スバル、ギンガ、体の調子は?」
――“海”と呼ばれる次元航行部隊の本拠地がある管理局本局。
次元の海に漂うその場所に、マリエル・アテンザ、彼女の所属する本局技術部のラボがある。
スバルとギンガはこの場所で、体の治療と精密検査を受けていた。
普段使っている管理局地上本部から借り受けている中央にあるラボは、先日の戦闘で使用不能となっており、戦闘機人である二人は一般の病院で治療するわけにも行かず、設備の整っているここ本局のラボに移送されてきたと言う訳だ。
体の調子を確かめるべく、軽く組み手をする二人。
一般人では目で追うのも難しい、素早くキレのある動き。空を切る拳の音が、二人の快調さを肌で伝えてくる。
「うん、バッチリです!」
「ええ、前よりも調子いいくらい。ありがとうございます」
マリエルの完璧なメンテナンスに満足したのか? 二人は互いに拳を握り締め、表情を引き締める。
相手が悪すぎたとは言え、先日の戦闘は二人にとっても反省を促すものだった。
戦闘機人を一人倒したくらいで満足していた自分たちが恥ずかしい。
あの後、見舞いに顔を出したティアナに頭を下げ謝られはしたが、そもそもあれは前衛の自分たちが不甲斐なかったからだとスバルとギンガは思っていた。逆にそのことでティアナに辛い思いをさせてしまったと、後悔していたくらいだ。
もっと上手くやれるように、強くならないといけない。また悪魔と対峙するまで、どれだけの時間が残されているのかは分からないが、今の自分たちの力で満足していられる場合ではないと、二人は気を引き締めなおしていた。
「あとは二人のデバイスの方だね。そっちの方は、ギンガもよく知ってる“人”が見てくれてるから」
「「???」」
マリエルの言葉だけで、誰のことか分からないスバルとギンガの二人は顔を示し合わせ、疑問符を頭に浮かべる。
いつものようにマイペースな感じで「こっちだよ」と案内するマリエルの後に、管理局の制服に着替えた二人が慌ててついていく。
案内された小さなラボ。たくさんの試作型と思われるデバイスが立ち並ぶ部屋の中央に、その人はいた。
「リニスさん!?」
「あら、おひさしぶり。ギンガ」
思わぬ人物との再会に喜ぶギンガ。リニスはアースラの改修の件で、すずかに呼ばれて本局に顔を出していたのだが、スバルとギンガの話を聞いて、二人のデバイスの修理をマリエルから請け負っていた。
元々、ギンガのローラーブーツ型のデバイス『ブリッツキャリバー』はリニスがプレゼントしたもので、スバルの『マッハキャリバー』はリニスの設計を元にアリシアがスバル用に調整して作り出したものだったりする。
だから、二機の生みの親はリニスだと言っても間違いではない。マッハキャリバーの方は大分アリシアのアレンジが加わっているが、それでもそのアリシアにデバイスの組み方を教えたのは他でもないリニスだ。
マリエルも自分がやるよりはと、リニスに二人のデバイスの調整を頼んだのはそうした理由からだった。
「修理の方は大方終わってるんだけど、二人にちょっとこれ見てもらいたいの」
「改修案ですか? わたしたちのデバイスの?」
「そう、先日の襲撃騒動の際、D.S.の仲間がちょっとおもしろいデバイスで、悪魔を退けたって話を聞いてね。
それが、わたしとプレシアが必死になって研究してた内容の一部とよく似ていたんで驚いたわ」
「あの、それって?」
リニスから提示されたデバイスの改修案を見てもよく分からない二人。
だが、出力や耐久値が以前より増している分、重量が重くなっていることくらいは理解できた。
このくらいの変化ならなんとかやれる自信はある二人だったが、リニスの言う新機能の方が今ひとつ理解できない。
「まあ、簡単に言うと、どんなに強固な障壁でも、例えそれが天使や悪魔の持つ呪圏であったとしても、無効化できる機能――と言えば分かりやすいかしら?」
「そ、そんなことが可能なんですか!?」
「可能よ。もっとも、この機能は誰にでも使えるわけじゃない。
二つのデバイスを同時に使いこなせるあなたたちだからこそ、可能なプランだとも言えるわ。
もちろん欠点もあるわよ? この機能を使っているとき、デバイスのサポートは受けられない。
ウイングロードも自分たちで制御しないといけなくなるし、BJなんかも一時的に使えなくなるから、防御も薄くなる」
「それって……」
「生身で攻撃食らうわけだから、当たれば死ぬわね」
最初はリニスの言うその機能に驚き、喜んだギンガだったが、BJも使えなくなると聞いて顔を青くする。
相手の防御を無効化できると言うことは確かに魅力的な能力だが、BJが使えなくなったりデバイスのサポートが受けられなくなるのはリスクが高すぎる問題だ。
そんな状態で攻撃を食らえば、悪魔の攻撃は愚か、ガジェットの一撃ですら致命傷になりかねない。
ギンガがリスクを考え、この話を受けるか否か悩んでいる後ろで、スバルは目を輝かせて興奮していた。
「それ、是非お願いします!!」
「ちょっと――スバル!? あなた、これがどういうものか分かってるの!?」
「うん。ようは攻撃を食らわなければいいんだよね?」
「食らわなければって……あなた……」
スバルの前向きと言うか、楽観的過ぎる思考についていけなくなるギンガ。
攻撃を食らわなければいい――なんて、そんな保障どこにもない。
一番、この件で身を案じたのはスバルのことなのに、そのスバルがこの調子では、ギンガは自分がなんで悩んでいたのか分からなくなる。
そんなスバルの話を聞いて、マリエルもリニスも我慢できず、二人して思わず笑い出していた。
「スバルは母親似ね。バスタードに出向してきてた頃のクイントそっくりよ」
「クイントさんも相当無茶してましたからね。まあ、今もあまり変わりませんけど」
何やら本人たちにしか分からない話をし始めるリニスとマリエルを見て、ますます困惑するギンガ。
だが、スバルの意志は固いようで、そんな二人に頭を下げ、「よろしくお願いします」とデバイスの件を頼み込んでいた。
「ギンガはどうするの? やめておく?」
「わ、わかりました!! わたしもお願いします!!」
答えなど分かりきっているのに、ニヤニヤと口元を緩め、皮肉を込めてそう言うリニスを見て、ギンガは顔を真っ赤にして答える。
ギンガは迂闊だったと後悔していた。スバルなら、どう答えるかなんて分かりきっていたことなのに――
そして自分も、そんなスバルを放っておけないってことくらいは――
一番性質が悪いのは目の前にいるリニスだとギンガは思う。こうなることは、あらかじめ分かっていたのだろう。
そうでなければ、あんなプランを“ここで”見せるはずもない。
「今度は、負けない。ティアと約束したんだ。二人で必ず夢を叶えようって――」
「……そうね。ところで“二人”って、わたしのこと忘れてないでしょうね!?」
「わ、忘れてないって! うわっ――ギン姉、そこはダメ!!」
スバルとティアナの絆の深さ。それは姉のギンガですら嫉妬するほどに、深いものだと気付かされる。
今の二人を見ていると、クイントが自分の娘を自慢したくなる気持ちも、分からなくはないリニスだった。
熾天使――天使の最高位に位置するその天使は、地、風、水、そして火の四元素を司る神の代行者。
その力は限りなく無限に近く、その魔力は宇宙を覆いつくすほどとされ、その背に広がる神々しい六枚の翼は、彼らの“力”と“知恵”、そして熾(烈火)の名が指し示すように『行動力』を象徴する。
最大最強にして、もっとも恐るべき神の尖兵。数十億の天使たちの頂点に立つ存在。
それが彼女――水の熾天使、ガブリエル。
「目が覚めたかい?」
「……あなたは?」
「わたしはスカリエッティ――キミを目覚めさせた科学者だよ」
スカリエッティの前に立つ、六枚の翼を背に持つ少女。
無垢な、そのあどけない表情だけを見れば、彼女がそれほどの力を持った熾天使だとは誰も夢にも思うまい。
しかし、スカリエッティの傍に控えているウーノですら、額に汗を滲ませ、ピクリともその場を動けないでいた。
ただ立っているだけだと言うのに、その圧倒的な力は対峙するすべての者に恐怖と絶望を与える。
それだけで、彼女が人間とは異なる存在だと言うことが肌で感じ取れる。
「わたしのパパと……ママはどこ?」
「なーに、時期に会えるさ。最高の舞台で、キミに相応しい感動的な再会の瞬間を用意してある」
「パパとママに会える?」
「もちろん会えるとも――だから、その時が来るまで――今は、まだおやすみ」
「うん……パパ……ママ……」
スカリエッティの言葉に安心し、瞳を閉じ、眠りに入る熾天使の少女。
人間の年齢から見れば、十六、七歳くらいの容姿をしており、金色の髪、左右色の違うオッドアイ。
それはまるで、“あの少女”と見紛うばかりによく似ていた。
「そう、その時が来るまでおやすみ。熾天使ガブリエル、いや――聖王ヴィヴィオ」
眠りについた少女を見て、スカリエッティの表情が愉悦に歪む。
遂に達せられる。培養槽の中で生まれた時から、変わらずに抱いていた彼の願い。
それが本当に自身の願いなのか? それともアルハザードの意思なのか? 老人たちの思惑に乗せられているだけか?
それはスカリエッティ自身にも分からない。だが、今の彼にとって、そんなことは些細な問題にしか過ぎなかった。
「さあ、叶えようじゃないか。我々の手、我々の力で――
我々が望む、自由な世界を――」
スカリエッティの想いは純粋に、ただひとつの願いに向かって暴走を続ける。
止め処なく溢れてくる“無限の欲望”は、すでに抑えることは出来ない。
それが世界の意思だと言うなら受け入れ、それが滅びへの道しるべだと言うのなら享受しよう。
正義と法と言う名の下に圧迫された世界。それを壊し、奪い、望むものはただひとつ――
そう、彼の“理想”は“現実”となり、大地を飛び立つ。
公開意見陳述会より十日。ミッドチルダ南西部の空に、巨大な戦艦の姿が見受けられる。
その名を『聖王のゆりかご』――先史時代、アルハザードの遺物とも呼ばれる巨大戦艦。
――無限の欲望の果てに蘇えりし彼の翼。万の躯を乗せ、死後の門を開く。
――目覚めしは地の底よりいずる審判者。対するは光を冠する者。
――天は轟き、地は裂け、神名の下に世界は混沌に還る。
すべては予言を経て、現実に姿を現す。
……TO BE CONTINUED