ここは全年齢対応の小説投稿掲示板です。小説以外の書き込みはご遠慮ください。

次元を超えし魔人 第55話『最高評議会』(STS編)
作者:193   2009/06/29(月) 14:49公開   ID:4Sv5khNiT3.



『こんな話は聞いてないぞ!? アリサ・バニングス――貴様、何を企んでいる!!』
『そうだ!! 犯罪者を擁護するなど――ましてやアインヘリアルの運用は見送られたはずだ!!』

 アースラの出港を前にして、今更とも言える管理局のお偉い方の抗議に、アリサはほとほと嫌気がさしていた。
 まあ、こうなることはあらかじめ予想されていたこととは言え、お決まりとも言える予想通りの反応に、芸がないと思うのも無理はない。
 彼らが怒っているのは、バニングスが買い取ったアースラのことだけではない。そのアースラに積み込まれたと言うアインヘリアルと、地上本部からバスタードに身柄が引き渡されることになった戦闘機人たちについてだ。
 ちゃんとした契約書が用意されているのだから、黙っていても良さそうなものだが、面子に拘る彼らからしてみれば、だからと言って黙って見過ごせる話ではなかった。

 アリサはレジアスとの取引で、いくつかの約束を彼から引き出していた。

 地上本部襲撃事件の影響で運用が見送られ、事実上の凍結が決まっていたアインヘリアルを、バニングスが地上本部から買い取ること――
 これは、実際の開発や研究には一切本局は関与してなく、レジアスと地上本部が資金を調達し、推し進めていた計画であったこともあり、スムーズに引渡しまでのプロセスが完了した。
 そもそも莫大な資金を注ぎ込んで推し進めていた計画だ。今更、本局側から一方的に計画の凍結を言い渡されたところで、そこまでに掛かった費用のことを考えると、素直に頷けないのはレジアスだけではない。被害を受けた首都の復興など、金のかかる問題が目の前に山積となっている今、地上本部としても出来るだけ資金を回収しておきたいと言う思惑もある。
 バニングスの出した条件は、そんな彼らから見て、渡りに船と言った好条件だった。

 もう一つ、まさか地上本部が戦闘機人たちの身柄をバスタードへ引渡すことに同意するとは、本局側も思ってもいない事態だった。
 これには彼らも声を荒げずにはいられない。とは言っても、彼女たちの逮捕権、捜査権は被害を受けた地上本部にある。
 “海”と“陸”を隔て、縄張り意識の強い彼らの組織間では、出来るだけ内部の軋轢を強くしないためにも、そうした互いのことには不干渉を貫くと言う暗黙の了解が存在した。
 そのため、先日の地上本部襲撃事件に関する捜査介入や、戦闘機人の身柄確保に関して、本局は地上本部の許可なく行うことは出来ない。
 それにアリサは、『心神喪失、洗脳操作』などと言う文面の書かれた精神鑑定書まで、ご丁寧に書面に添えていた。
 それらのことを考慮し、彼女たちを捕らえたのがADAMであったことなどもあり、彼女たちを二年間の保護観察処分とし『バスタードでの社会奉仕活動を命じる』と言った行政処分がレジアスの名の下、異例のスピード判決がなされた。

 本局の幹部たちはそれらの情報を元に、「レジアスにいくら積んだ!?」などと下衆な物言いでアリサに突っかかる。
 確かに首都の復興支援やアインヘリアルの買収に際して、地上本部に多額の資金が流れてはいるが、レジアス本人がそれで得をしたわけではない。
 どちらかと言うと、そのことで助かったのは地上本部であり、管理局だ。感謝されこそすれ、文句を言われる筋合いはアリサにはない。
 それに戦闘機人たちの身柄引き渡しに関しては、本局にそもそもの原因があると言ってもいい。

「そんなこと言って、どうせレジアスを引き摺り下ろした後、戦闘機人たちも本局で回収する腹積もりだったんでしょ?
 自分たちの思惑が上手くいかなかったからって、わたしに当たるのは筋違いじゃない?」
『ぐ――そんな根も葉もない話で、我々を愚弄する気か!?』

 どのみち、レジアスは責任のすべてを負わされ背任。
 更にはアインヘリアルと言う“鉄屑”と“借金”だけが地上本部に残され、戦闘機人六体と言う喉から手が出るほど欲しいであろう貴重なサンプルを、本局は彼らからアレコレと大義名分を掲げて取り上げたに違いない。
 地上本部襲撃事件の責任問題や、ミッドチルダの復興問題、行方不明になっている魔導師の問題など交渉材料に事欠かない今、レジアスと言う強力な指導者を失った地上本部を突き崩すことなど造作もないだろう。

 本局の浅ましい考えなど、当然レジアスも予想していた。だからこそ、アリサの思惑に乗ったのだ。
 バスタードに一時的にせよ、戦闘機人たちの身柄を引き渡すと言う格好を取れば、本局も迂闊な介入は出来なくなる。
 その後、地上本部に出向を促すなり、事例がある以上、ADAMのような混合部隊を地上にまた作るのも悪くはない。
 アインヘリアルに関しても、そのまま本局の思惑通り鉄屑にするつもりなどレジアスにはなかった。
 管理局でアインヘリアルの採用が難しかった一番の理由は、“陸”と“海”の確執の問題が大きい。
 限りなくグレーゾーンではあるが、アインヘリアルは魔力駆動炉を動力源としているため、厳密には質量兵器ではない。
 これらの問題さえクリア出来るのであれば、バスタードがアインヘリアルを導入したところで、彼らになんら文句を言われる筋合いはないと言うわけだ。
 それにアインヘリアルの地上での使用許可は従来通り、管理局地上本部の管轄である以上、そちらに了承が取れれば問題は片付く。
 互いに不可侵を宣言している以上、本局が介入してくるのは「内政干渉に当たる」と言ってしまえばそれで終わりだ。

「何が気に食わないのか知らないけど、そっちがその気なら、こっちだって考えがあるわよ?
 このままアースラも、バスタードの魔導師も全員、地球に退(ひ)きかえらせてもらうわ」
『な――っ!?』
「だって、そうでしょ? こちらはそちらのルールを何も侵していない。
 これらのことも、すべて互いに納得の上で契約された正式なものよ?」
『だが、こんな話は我々は納得して――』
「もう一度言うわ。あなたたちは、自分たちの都合のいいようにルールを捻じ曲げようとしてるだけ――
 これは正式な契約よ。それをなかったことにすると言うのなら、その時は覚悟を決めなさい」

 ――気に食わないなら、悪魔や戦闘機人、そしてスカリエッティも全部、自分たちでなんとかしろ。
 アリサはモニタ越しに文句を言う彼らに、そう警告する。実際、これでダメなようなら、アリサは本気で管理局を見捨てるつもりだった。
 ADAMのことにしろ、バニングスの援助にしろ、何も慈善事業でやっているわけではない。
 ころころと態度を変え、あまつさえ気に食わないからと一方的に約束を反故にするような信用の出来ない相手と、今後取引など出来るはずもない。
 アリサの言葉が堪えたのか? 最初の勢いはそこになく、何も言い返すことが出来なくなった幹部たちの姿がそこにあった。

「――お疲れ様」
「まだ、この後が大変よ。地上本部への根回しの方は?」
「そちらも順調――数日後には本局の方でも大騒ぎになっているはずよ」

 通信を終え労うリンディに、やれやれと言った様子で苦笑いで応えるアリサ。毎度のこととは言え、こう言った輩の相手は疲れるとアリサは文句を漏らす。
 リンディもアリサの気持ちは痛いほどよく分かるが、先程の幹部たちの恥辱に満ちた表情を思い浮かべるとおもしろくて仕方なかった。
 あの幹部連中には、管理局時代に何度も苦い思いをさせられたことがある分、その仕返しと言っては酷いかもしれないが、今のアリサと彼らのやりとりは本当に楽しかったとリンディは思う。
 親友のレティにこんなことを言ったら、なんて返事が返って来るだろう? と、思わず苦笑を漏らしながらも、これはこれで管理局にとってもよい機会だとリンディは考えていた。

 リンディは当時のことを思い出しながら、あることを考えていた。
 管理局の腐敗は、ずっと以前から感じていた。だが、一仕官に過ぎなかったその頃の自分では、分かってながらも、どうすることも出来ない現実があった。
 結局、息子やかつてのクルーを守るためにも、自ら身を退くことを決意したが、所詮出来たのはその程度のことだ。
 しかしここに来て、風向きは一気に変わってきている。アリサのやろうとしていること、シーンの思惑。
 それを知り、その先にある新しい時代を想像するだけでも、リンディは強い胸の高鳴りを感じていた。





次元を超えし魔人 第55話『最高評議会』(STS編)
作者 193





 ミッドチルダ上空に現れた巨大戦艦『聖王のゆりかご』は、衛星軌道上を目指しゆっくりと浮上を続けていた。
 アースラの会議室に集められたADAM主要メンバーの面々は、その映像を見ながらラーズ、それにシェラの説明に耳を傾ける。
 別モニタに映し出される通称“ゆりかご”の詳細データに息を呑むなのはたち。
 そこには、無限書庫司書長ユーノ・スクライアが文献を元に調べたと言う、“ゆりかご”の性能を元に算出した被害予測がデータとして添えられていた。

「これって……それじゃ、あれを宇宙に上げてしまったら本局の艦隊とでも――」
「互角以上に渡り合えるのは間違いない。それにミッドチルダは、この間の被害どころではなくなる」

 ラーズの言葉に、なのははその瞬間を想像し冷や汗を流す。ゆりかごの性能は、彼らの予測を遥かに上回る強力なものだった。
 軌道上、二つの月の魔力を受けられる位置に上がった時、ゆりかごはその真価を発揮する。

 歪空間(ディストーション)で包護された、どんな攻撃も寄せ付けない強固な防御性能。
 地上への魔力爆撃はもちろん、次元跳躍攻撃や、対艦攻撃も有する極めて強力な攻撃力。
 大気圏内、宇宙空間、更には次元空間内でも航行、戦闘が可能な汎用性の高い機動性能。

 質量だけでも、並の艦の数倍はあろうかと言う巨大戦艦を前に、どれだけ魔導師が群がろうと話しになるはずもない。
 古代ベルカ時代ですら、すでにロストロギア扱い。アルハザードからの流出物とも言われ、かつて聖王の元、世界を席巻し、破壊しつくした悪魔の兵器。
 旧暦462年の大規模次元震の際は、この“ゆりかご”が引き金となり、古代ベルカを含むたくさんの世界を滅ぼしたと言う説もある。
 管理局にしても、決して軽視することが出来ない“極めて危険度の高い”ロストロギア。
 それがこの――『聖王のゆりかご』の正体だった。

 しかも、ゆりかごの周囲には、空を銀色に染め上げるほどの大量のガジェットが確認されている。
 ゆりかごにガジェット、更には戦闘機人に、未だ姿を見せない悪魔。
 これらを相手に地上を守りながら、ゆりかごが衛星軌道上に到達する前に破壊、もしくは停止させなくてはならない。
 本局の艦隊がミッドチルダに到着するまで四時間余り――ゆりかごが軌道上に到着する予測時間は三時間と少し。
 この限られた時間の中で、今、ここにいるメンバー。そして地上に残された戦力だけで、どうにかする以外に彼らに残された道はなかった。

「あれだけの質量となると……わたしらだけの力じゃ、落とすことも難しいな」
「でも、ダーシュなら――」

 はやての言葉に、D.S.ならと声を上げるフェイト。
 確かにD.S.なら――あのジューダスペインを平行励起させた状態の彼ならば、それも可能かも知れない。
 魔王や熾天使クラスの怪物をも凌ぐ圧倒的な力。その力を使えば、いくら巨大であろうと戦艦の一隻や二隻、撃墜することなど問題にならないはず。
 かつて、闇の書と戦った時のD.S.の凄まじい力を、そこにいる彼女たちはその目に焼き付けている。
 だが、これには大きな問題が一つあった。

「……ダメだよ、フェイトちゃん。そんなことしたら、ヴィヴィオまで一緒に巻き込まれてしまう」

 なのはの言うように、あそこにはヴィヴィオがいる可能性が極めて高かった。
 聖王のゆりかごはその名の通り、聖王なくして起動が不可能なロストロギア。ヴィヴィオと言う鍵をなくして、ゆりかごは動かない。
 ゆりかごと言う名は――聖王がその中で生まれ、一生をその中で過ごしたことから、そのような名が付けられた。
 聖王の“力”と“権威”を誇示するための象徴であると同時に、彼らの身を守るまさに方舟のような存在――それが、『聖王のゆりかご』だ。

 スカリエッティが、ヴィヴィオに固執する理由。そのひとつに、ゆりかごが関係しているのは間違いない。

「そう、それにこれは確定情報じゃないけど、あそこには行方不明になっている魔導師たちが閉じ込められている可能性が出てきているわ」
「それって……」
「微弱だけど、ゆりかごの中から“うち”の隊員のものと思われる救難信号がでてるの。
 だとしたら、考えられることはただひとつ――」
「――マカパインさんたち、みんなは生きてる!!」

 シェラの話を聞いて、声を上げて喜ぶフェイトたち。
 彼らがあのくらいで死ぬはずがない――そう信じてはいたが、その可能性が目の前に残されていることに気付く。
 こんなこともあろうかと、地球から持ってきた“発信機”などの機械をバスタードの隊員たちに持たせていたシェラの機転は、確かだったと言える。
 とは言っても、喜んでばかりもいられないのが、彼らの今置かれている現状だった。

「部隊を二つに分ける。地上をガジェットや戦闘機人たちの襲撃から守る隊と、ゆりかごを停止させ、中にいる人質を救出する隊。
 空を飛べない陸戦魔導師は地上に、そちらはわたしが前線で指揮を取る。空の方は、はやて――キミに頼めるか?」
「わたしが……ですか? でも、それならアンガス隊長の方が――」

 ラーズの思わぬ指示に驚くはやて。聖王教会所属の自分が、階級が上ならまだしも管理局の人間を差し置いて陣頭指揮を執るなど、聖王教会で騎士としての教育を受けてきたはやてには信じられない指示だった。
 だが、ラーズも考えもなしに、はやてにこのような重要な任務を振ったわけではない。
 空に上がるのは、バスタードからはなのはとフェイトの二人を主力とする僅かばかりの空戦魔導師たち。バスタードは空戦適性のない隊員が多いため、こればかりはどうしようもない。
 アムラエルがまだ到着していない今、空に上がるバスタードの魔導師の中で一番階級が高いのは、なのはとフェイトの二人と言うことになる。
 しかし、二人の階級は三尉。他の隊の空戦魔導師も多数いる中、尉官クラスの彼女たちではいざと言う場面で心許ない。
 その点、はやては三佐と言うADAMの中でもラーズの次に高い階級を持つ。それに、なのはたちやバスタードの魔導師たちとも面識があり、気心が知れていることも大きい。

「でも……わたしは……」

 今までのはやてなら、進んで引き受けていたかも知れない。しかしアリサとの喧嘩を切っ掛けに、はやてはそんな自分に迷い始めていた。
 魔導師だとか、民間人だとか、そんなのは関係ない。魔法も何もなしに、ただひとりの人間として、友達として向き合ったアリサとの時間。
 泣いて、怒って、喚き散らして、溜まっていたものを吐き出すかのように、互いに思っていることをぶつけ合った。
 その時に、アリサが言った言葉が忘れられない。

「あんたがやってることは、家族のためでもなんでもない! ただの自己満足じゃない!!
 グレアム伯父さん? バカにしないで、あれはあいつの自業自得!!
 闇の書のことだってそう、何一つあんたひとりで背負いこむことじゃない」
「でも、わたしは夜天の書の主として――」
「そんなこと誰が頼んだ!? 望んだのよ!? あの子たちがそんなこと一言でもはやてに言った!?
 自分が臆病だからって、それを他人のせいにして――逃げるな!!」

 はやてにとって、親友のその言葉は痛かった。いや、それを口にしたアリサの方が痛かったのかも知れないと、はやては思う。
 涙で頬を濡らし、握り締める手を真っ赤にして、きっと心が張り裂けるほど痛かったに違いない。
 だからこそ、考えさせられた。分からなくなっていた。
 自分は、一体なんのために戦っているのか? 本当は何をしたいのか? それが今のはやてには見えない。

「仲間のため――大切な誰かを守りたい――」
「……え?」
「わたしが部隊長挨拶で言った言葉、覚えてるかい?」

 ――苦しいとき、悲しいとき、辛いとき、周りを見渡せば、すぐ傍に苦楽を共にした仲間がいます。
 ――あなた方と同じ思いを抱き、大切な誰かを守りたい。そんな、志を持った仲間が。
 ――だから頼ってください。力を貸してあげてください。みんなで――共に頑張っていきましょう。

 それは、ラーズがADAM設立の際、部隊長挨拶で皆に贈った言葉。
 もちろん、はやても忘れていない。主義も思想も違う三組織がこうして一箇所に集い、そしてこれまでやってこれたのも、そんなラーズの言葉に込められた思いを皆が抱き、そして力の限り頑張ってきたからだ。

「何を悩んでいるのかは、わたしには分からない。ただ、それは友達にも話せないことかい? 頼れないことかい?
 キミを想ってくれる友達は、キミのことを信じてくれる友達は、そんなに頼りないのかい?」

 ラーズの言葉にハッとし、なのはとフェイトを見るはやて。そんなはやてを見て、二人はいつものように笑顔を向けていた。
 闇の書のことを知りながら、それでも「友達だ」と手を差し伸べてくれた大切な人たち。

「主はやて、聖王教会に行くと決めたあの時――我々が誓った言葉。ここにいない三人の分まで今一度、言わせて頂きたい」
「……シグナム?」
「我々の夢は主との平穏な日常を送ること――
 あなたが望む未来にその平穏があるのなら、我々は主の剣となり盾となって、ともに歩みます」

 ずっと話を聞きながらも一言も発することがなかったシグナムが、ラーズの言葉に思うところがあったのか?
 はやての前に膝を折り、あの時のように夜天の書の主“八神はやて”に誓いを取る。
 それは守護騎士たち四人がそれぞれ自分の意思で考え、決めたこと――

 そんな友人や、家族の想いを受け取り、はやては少しだけ分かった気がする。
 アリサがなぜ、あんなにも真剣に怒っていたのか? 罪滅ぼしだとか、贖罪だとか、そういうことではなく。
 心の底から望んだ、本当の願い。

「……ラーズ部隊長。八神はやて――この任、謹んで承ります」

 答えは、まだはっきりとでない。今も迷っている。本当に自分がしたいこと、それはなんなのか?
 でも、今はそれでも――信じてくれる仲間がいる。想ってくれる家族がいる。その信頼と想いに、少しでも応えたい。
 それが、はやての導き出した答えだった。






「そう、はやてが――」

 アースラからの通信を受け、ADAMがいよいよ出動することを聞かされたアリサは、少し浮かない表情を浮かべていた。
 彼女たちならやってくれる。そう信じてはいても、やはり心配なことに変わりはない。
 それに、はやてとは一悶着あったこともあり、そのことがアリサは気掛かりでならなかった。また、いつものように悪い方向に思い悩んでいないだろうか? と心配していたからだ。
 しかし、はやてが“空”の陣頭指揮を執ると聞き、少し安心していた。
 おそらく、なのはやフェイト、それにシグナムたちが上手くやってくれたのだろうとアリサは思う。

「なら、わたしはわたしの舞台に立つだけね」

 親友の少女たちはあの空の上で、平和のため、大切な人のために命を懸けて戦っている。
 だが、そこは自分の立つべき場所ではないと言うことは、誰に言われずともアリサは分かっていた。

「アリア、ロッテ――行くわよ」

 かつて、大人たちがそうしてくれたように、彼女たちが何の憂いもなく戦える。そんな環境を作ることこそ、自分の仕事だとアリサは考える。
 アリシアとすずかが技術者の道を歩んだのも――
 なのはとフェイト、それにはやてが魔導師になる道を選んだことも――
 進む道が違っているだけで、想いは皆、同じものだとアリサは信じていた。

 友達や家族のことを愛していて、そんな大切な人たちがいるこの世界のことが大好きで――
 理不尽な痛み、悲しみ、苦しみ。そんなどうしようもない想いを我慢するのが嫌で、ただ守られていること見ていることが出来なくて――
 D.S.(ダーク・シュナイダー)――
 彼のように、そんな理不尽に立ち向かえる人になりたい。そう思い、選び取った道。

 アリアとロッテが、アリサの命でその後ろに付き従う。
 目指すは管理局地上本部。そこが、アリサの立ち向かうべき舞台だった。






 アースラは今、ミッドチルダ中央の作戦分岐ポイントに向かって進行を続けていた。
 首都に向けて大量のガジェットが向かっていると言う報告も上がっており、事態は予断を許さない状況となっている。
 途中でゆりかごに向かう隊と分かれることになるが、アースラはそのまま首都の防衛につく手はずとなっていた。

「今度の任務は、これまでで一番大変な任務になると思う」

 そう最初に切り出したなのはの言葉に、じっと黙って耳を傾けるティアナ、スバル、ギンガの三人。
 なのはにも、これがADAMの最後の任務になると言う予感があったのだろう。
 三人をこうして集めたのも、これから待ち受ける過酷な任務のことを考えてのことだった。

 特にティアナ――彼女にとって、この最初で最後になるであろう戦いは、きっと辛く厳しいものになる。
 本当なら一緒にいて傍で見守ってあげたかった。だが、ヴィヴィオのこともある。
 それに陸戦魔導師の彼女たちは地上。そして空戦魔導師であるなのはは空に――この決定は覆せない。
 最初から分かっていたこととは言え、生きて帰れるかも分からない命懸けの任務に大切な教え子たちを送り出すのは、なのはも辛かった。

「だけど、ちょっと目を瞑って今までの訓練のことを思い出して」

 三人はなのはの言うとおり、目を瞑りこれまで受けた数々の訓練のことを思い出す。
 朝から晩まで、ずっと繰り返してきた基礎の反復練習。肉体と精神の限界まで、磨くに磨き上げた個別スキル。そして、なのはたちと行ってきた実戦さながらの模擬戦闘。
 すべて、思い出すだけでも体が痛くなってくるような、そんな辛く、大変な訓練だったと三人は思う。
 苦しげな表情を浮かべる三人を見て、なのはも「わたしが言うのもなんだけど辛かったよね」と苦笑を漏らしていた。
 この三人と同じような経験を、なのはもバスタードで体験してきた。ほんの少し思い出すだけでも、体がその時の痛みと辛さを覚えていることが分かる。
 だけど、だからこそ、自信を持って言えることがあると、なのはは確信していた。

「でも、夢見て憧れて、必死に積み重ねてきた時間――どんなに辛くても諦めなかった努力の時間は、決して自分を裏切らない」

 ティアナの精密射撃と幻術。そして状況を瞬時に見極め、行動に移すことが出来る戦術眼。
 スバルの一撃必倒の爆発力と、頑丈な防御性能。どんな状況でも決して諦めない不屈の精神。
 ギンガの経験に裏付けられた卓越した近接戦闘力と、スバルとの姉妹ならではの息のあった連携力(コンビネーション)。

 すべて彼女たちが、これまでの努力で身に付けてきた“本物の力”だ。

「わたしが教えられるのはここまで――三人とも本当に強くなった」

 入隊したての頃とは、三人とも比べ物にならないほど本当に強くなった。
 誰よりも強く――とまではいかないが、それでも守るべきものを守れる力、救うべきものを救える力、どんな絶望的な状況でも立ち向かっていける力。
 今の彼女たちには、それだけの力が十分に身についている――そう、なのはも胸を張って言える。
 これから三人は、辛い現実を目の当たりにするかもしれない。絶望的な苦しい状況に追い込まれるかもしれない。
 それでも、今の三人ならきっと乗り越えることが出来る。なのははそう信じて、その言葉を三人に託した。

「あの――なのはさん」
「ティアナ?」
「アムラエル一尉は、その……」

 あの襲撃事件以来、ずっと隊に顔を出さなかったアムラエルのことをティアナは気にしていた。それもあって、最後の作戦を前にして、思い切ってなのはにそのことを質問する。
 ADAMにとって、彼女が特別な存在だと言うことはティアナにも分かる。
 それでも、重要な作戦を控えた今になっても、未だに姿を見せないアムラエルのことをティアナは気に掛けていた。
 最強に思えていたアムラエルの強さ。それでも、倒しきれなかった強力な悪魔の存在。悔しそうに唇を切らす、酷く弱ったアムラエルの姿がティアナの脳裏をかすめる。
 あの程度で諦める彼女じゃないと分かってはいても、やはりその姿を見るまでは心配だった。

「――大丈夫。アムちゃんは必ずくるよ」
「なのはさん……」

 アムラエルのことは、小さい頃からずっと見てきた。だから、なのはは微塵も心配などしていなかった。
 彼女なら必ず現れる――そう、なのははハッキリと断言できる。
 D.S.と一緒になって、いつも陰ながら見守ってくれていた少女。
 どんな苦境に立たされていても、どんな困難に立たされていても、彼女とならなんとか出来る――そんな希望を抱かせてくれる天使。
 いつも、陰ながら彼女が力を貸してくれていたことを、なのはは知っている。だからこその信頼。
 今回もきっと、アムラエルが姿を見せない理由。そこには必ず理由があると考えていた。

「わたしも自分の戦いを精一杯する。ゆりかごを止めて、そしてヴィヴィオも必ず助け出してみせる
 だから、ティアナも自分の戦いに集中して――アムちゃんに怒鳴られないよう、精一杯今の力を出し切って。
 お兄さんのことも、きっと大丈夫。わたしはティアナを信じてるから」

 ティアナなら出来る。いや、この三人ならきっとやってくれる。それは予感でもなんでもなく、なのははそう確信していた。
 伝えられるだけのこと、教えられるだけのことはすべて教えた。
 なのはにとって、はじめての教え子となった彼女たちは、今日、はじめての“卒業”を迎える。
 ADAMの隊員として、管理局の魔導師として、そしてバスタードの“志”と“強さ”を受け継ぐ魔導師として――

「バッチリ、しっかり決めるよ!!」
「「「はいっ!!」」」

 ――決戦は近い。
 それぞれの想いと思惑。決意と願い。これまで培ってきた努力の結果が、もうすぐ試される。






 管理局最高評議会――彼らは、時代の移り変わりを常に目にしてきた。
 次元世界を平定し、時空管理局と言うシステムを作った後も、評議会を設立し陰ながら世界を見守ってきた存在。
 平和のため、人々のためと、盲目なまでにその一生を“次元世界のため”に捧げてきた三人の功労者。
 生命維持装置に繋げられ、今では肉体を捨て、辛うじて脳だけで生き永(なが)らえている老人たち。これを生きていると言えるかどうかは分からない。だが、彼らには純然たる意志があった。
 それは今も昔も、何一つ変わってなどいない強い意志。望むものは世界の平和と安定。次元世界の未来を思えばこそ、彼らはこのような体になってまで、その命を永らえてきた。

「ジェイルは少々やり過ぎたな」
「レジアスとて、我らにとっては重要な駒の一つであると言うのに」
「我らが求めた聖王のゆりかごも、ヤツは自分の玩具にしようとしている」

 議長、書記、評議員の立場にある三人が、各々に語ること――それは暴走を続けるスカリエッティのことだった。
 彼を生み出し、裏で操っていたはずの彼らも、今のスカリエッティの行過ぎた行動には困り果てていた。
 利用価値の高い男ではあるが、自身の欲望に忠実すぎる彼の行動は、最高評議会にとっても目に余るものがある。
 議長が他の二人の話を聞き、「止めねばならんな」と言葉を漏らす。

「だが、ジェイルは貴重な固体だ。消去するのはまだ惜しい」
「しかし、人造魔導師計画は思わしい成果を上げるに至らなかったが、聖王の器は完全なる成功と見ていいだろう。
 悪魔と人、天使と人の融合。その力は確かに素晴らしいものと言える。我らが求め、そして必要とした理想を現実とするための力。
 ――そろそろ、よいのではないか?」

 ジェイル・スカリエッティ――その身に無限の欲望を抱えし、稀代の天才科学者。
 最高評議会が見つけ出し、創り、育てたアルハザードの遺児。開発コードネーム――アンリミテッド・デザイア。
 彼の研究は、この次元世界のため、最高評議会の理想のためにも不可欠なもの。
 だからこそ、彼の多少無茶な行動にも、最高評議会はあえて目を瞑ってきた。しかし、それももうすぐ終わる。
 人造魔導師でも、戦闘機人でも成し遂げることが叶わなかった究極の生体兵器。魂の根源(ルーツ)を解き明かす禁断の科学。
 それが完成を見た今、スカリエッティの利用価値もほぼ失われ、そして最高評議会の理想とする世界が現実味を帯びてきたと彼らは考える。

「我らが求める優れた指導者によって統べられる世界。その指導者を我らが選び、陰ながら導かねばならん。
 そのための生命操作技術、そのためのゆりかご」
「旧暦の時代より、世界を見守るために我が身を捨てて永らえたが、もう然程永くはもたぬ」
「だが以前、世界は我らが見守っていかねばならぬ」

 誰が誰とは言わぬ、それぞれの考え。それは結局のところ、一つの結論に至るものでしかない。
 彼らの望む世界。彼らが理想とする世界。そのために、創られた世界(ルール)――それが管理局であり、管理制度。
 まるで自分たちが神にでもなったかのような尊大な発言だが、彼らにとってはそれこそが当たり前の考えだった。
 この世界をここまで導いてきたのは自分たちだと言う誇りと、自信が彼らにはある。
 そしてこれからも、そのことだけは決して変わることのない純然たる世界の意思。
 それが最高評議会であり、旧暦の時代より世界を見守り続けてきた自分たちの責務だと彼らは信じていた。

「もう一つ――アリサ・バニングス。彼女は危険な存在だ。
 地球など、あの“男”以外は特に気に掛けるほどのこともない他愛のない存在と思っていたが」
「たしかに、彼女は少々やり過ぎた。利用価値のなくなった男に目をつけ、アインヘリアルばかりか戦闘機人をも手に入れようなど」
「更に、地上に疑わしい動きがある。これも、我々のシナリオにはないことだ」

 アリサの姿を投影した映像を囲み、三者三様に彼女の行動のすべてを否定する最高評議会の面々。
 彼らにとってアリサ・バニングスと言う少女の行動は、看過することなど出来ない非常に厄介なものと成りつつあった。
 このままではせっかく築き上げてきた管理局と言う制度も、バニングスと言う毒にやられ、取り返しのつかないことになる恐れがある。
 そうした危惧を三人に抱かせるほど、アリサは管理世界に深くその手を広げていた。

「これ以上、我らの世界を好きにさせないためにも――どうにかせねばなるまい」

 議長のその一言に、低い声で頷く二人。
 アリサに標的をつけた三人の黒い思惑が、舞台の裏側で動き始めようとしていた。






 ……TO BE CONTINUED





■作家さんに感想を送る
■作者からのメッセージ
 193です。
 遂に幕を開けた最後の戦い。様々な想いと思惑が絡み合う中、ゆりかごは空を目指し浮上を続ける。
 とシリアスな幕開けです。てか、ここからほとんどギャグないですw(多分
 それと、この暑さどうにかしてください!!


 >ロキさん
 最後といっても、まだまだ話数はありますけどねw
 こっからはシリアス50%増しでおおくります。戦闘機人たちのこともそうですが、それすら手駒と考える今の彼には、とてつもない奥の手も隠されていそうです。それが何かは本編で――
 アースラを得て、ADAMの反撃がいよいよはじまり、そして――次回から本格化する全面対決にご期待ください。



 >黒詩さん
 そう「当たらなければ……」装備ですw
 もっとも、覚えているか分かりませんが、アリシアが仕込んだ最終リミッターと言う奥の手も彼女たちにはあります。
 それがどんなものか? そして、ティアナは今度こそ、ティーダとの決着をつけることが出来るのか? それは本編で。
 天界や地獄ですが、魔王や熾天使クラスのが出てきたら、どんな力も通用しなくなりますしね。
 個人的にミカエルには同意しますがw



 >彼岸さん
 この交渉。実は続きがあります。アリサの本当の狙いは、一体どこにあるのか? それは本編をお楽しみください。
 ヴィヴィオもといガブリエル対D.S.とは限りませんが、実際問題として相手が熾天使じゃ、D.S.しかどうにも出来そうにないですよねw
 かなり白熱した展開を用意していますので、その時がくるまで想像を膨らませてお待ちください。
テキストサイズ:24k

■作品一覧に戻る ■感想を見る ■削除・編集
Anthologys v2.5e Script by YASUU!!− −Ver.Mini Arrange by ZERO− −Designed by SILUFENIA
Copyright(c)2012 SILUFENIA別館 All rights reserved.