作者:193
2009/07/01(水) 10:23公開
ID:4Sv5khNiT3.
ここADAMの隊舎でも、ガジェットが首都に向かっているとの報告を受け、隊舎の放棄と避難が決定していた。
すでにアースラに主力となる魔導師たちは全員移り、全力でミッドチルダの防衛、ゆりかごの破壊もしくは停止の任務に当たっている。
今、隊舎に残っているのは、そのほとんどが非戦闘員のバックヤードスタッフ。ヴァイスとアルトの二人は隊舎に残り、そんな人たちの避難誘導に当たっていた。
「アルト時間ねーぞ!! 非戦闘員の避難確認、急げよ」
「はい――あのヴァイス先輩、その……アイナさんが」
「はあ?」
概ねヘリを使っての隊員たちの避難は完了し、逃げ遅れているものがいないか最終確認を行っていた矢先――
見回っていたアルトからの報告を受け、ヴァイスはアルトの案内で隊舎脇に隣接する隊員寮へと駆け込んでいく。
そこは、寮の管理人室。アイナが隊の皆の相談を受けたり、ヴィヴィオの世話をしていた場所。
いつものようにその部屋の中央に、変わることなく立ち尽くすアイナの姿を見つけ、ヴァイスは慌てて声を張り上げた。
「アイナさん、こんなところで何を!? んなことより早く避難しねーと」
「すみません。どうしても、持って行きたい物があって――これだけは、忘れるわけにはいかなかったんです」
「そいつは……」
アイナが胸に抱えた物。それは一冊のアルバムだった。
まだ、前半の僅かなページしか埋まっていない小さなアルバム。しかし、そこにはアイナにとって、とても大切な思い出が詰まっていた。
「ほんの少しでしたけど、ヴィヴィオが……あの子がここにいたと言う証。
なのはさんに、D.S.さん、それに皆さんとの思い出が詰まっているアルバム」
「アイナさん……」
アイナの寂しげな表情を見て、アルトはチクリと胸に痛みを覚える。
アイナが後悔しているように、ヴィヴィオのことは留守を任せられていた隊員たち、全員が深い悲しみを背負っていた。
何も出来なかったことの無力さ。守ってあげることの出来なかった悔しさ。
きっと苦しんでいる、泣いているであろうヴィヴィオのことを思うと、胸が張り裂けそうな思いになる。
「きっと、ヴィヴィオは帰ってきます。あの子と約束したんです。このアルバムも、そして次のアルバムも――
思い出で一杯にすれば、きっと寂しくない。もっと笑えるよって」
だから――まだまだ、アルバムを彩るたくさんの写真や思い出を、あの子は作っていかないといけない。
大切な、大好きな人たちと一緒に――
アイナはそんなことを思い、目に涙を浮かべながらギュッとそのアルバムを握り締める手に力を込めた。
そんなアイナを見て、同じように寂しげな表情を浮かべるアルト。
ヴァイスはそんな二人を見て、ポリポリと頭をかくと二人に向かってこう言った。
「大丈夫。とてもおっかなくて強い、パパとママが迎えにいってるんですぜ? それに姐さんもいる。
ヴィヴィオも、みんなも――全員、無事に帰ってきますって。今はただ、信じましょうや」
二人にそう断言するヴァイスの表情は晴れ晴れとしていた。――そう、きっと大丈夫。ヴァイスは確信している。
バスタードの魔導師が強いのは、何も魔力がズバ抜けて高いから、戦闘技術が卓越しているからと言うだけではない。
どんな困難な状況でも、苦しい状況でも、彼らならなんとかしてくれる――そんな希望を抱かせてくれる存在。
――ストライカー。そう呼ばれる“強さ”と“資質”を持った魔導師たち。
そんな彼らに教わり、鍛え上げられた魔導師たち。
本当の強さとは何か? 戦うこと、生きることの意味と大切さを誰よりも知る隊員たち。
管理局、聖王教会、そしてバスタード。組織は違えど、胸に抱く強い意志、救いたい守りたいと言う純粋な想い。
そこに違いはないと言うことをADAMに所属する隊員たちは皆、知っている。
この空の下、命懸けで戦っているであろう仲間たちのことを想い、ヴァイスはその握り締める拳にギュッと力を込めた。
そう、彼らならやってくれると信じて――
次元を超えし魔人 第56話『それぞれの戦い』(STS編)
作者 193
作戦分岐ポイントでなのはたち空戦魔導師と別れを告げたティアナたちは、首都防衛のため第二防衛ラインとなる市外の廃棄区画に足を運んでいた。
アースラは地上本部上空――首都中央に陣取り、ラーズとアンガスもそこで最終防衛ラインを死守すべく、地上の魔導師たちを指揮している。
ティアナたちのいる第二防衛ラインを抜けられれば、あとは市街地に設けられた最終防衛ラインを残すだけとなり、そうなればせっかく復興のために動き始めた首都を再び戦火に焼くこととなる。
ティアナたちはそのことを考え、手にしたデバイスに力を込め、静かに息を吸った。
特に彼女たちに託された任務は、敵の中に混じっていると思われる主力部隊。戦闘機人や、悪魔を抑えることも含まれている。
ガジェットたちは他の部隊の陸戦魔導師たちでもなんとか対処できるかも知れないが、相手が戦闘機人や悪魔となれば話は別だ。
出来るだけそうした危険要素は、防衛ラインから引き離しておく必要があった。
「でも、キャロ。ほんとによかったの? ネイさんたちと一緒じゃなくて」
「はい。スバルさんも、ギンガさんも――それにティアさんのことも心配ですから」
応援を申し出てくれた目の前の少女、キャロ・ル・ルシエのことを見て、スバルは心配そうにそんなことを口にする。
あの“四天王”のネイやカルが太鼓判を押すほどの少女なのだから余計な心配とは思うが、それでもキャロのような少女がこんな前線にでて戦うことにスバルは少し抵抗を感じていた。
本人の希望とはいえ、本当によかったのだろうか? と思わなくはない。
そんなキャロに、スバルほどではないが不安を抱いていたのがティアナだった。
正直に言ってしまえば、自分たちも他人のことを気遣えるほど余裕がないのが現実だ。キャロの気持ちはありがたいが、それでも背中を預ける以上、その力に期待せずにはいられない。
本当に、こんな小さな少女に頼っても大丈夫なのか? その確信が今のティアナには持てなかった。
「キャロ。期待して……いいのよね?」
「そんな風に聞かれると自信たっぷりには言えませんけど……でも、目前に迫ってる六百機程度のガジェットならなんとか。
あ、あとその中に魔導師の女の子とその騎士と思われる男の子。戦闘機人の姿は今のところありません」
「え……?」
だから、確信が欲しくて口にした言葉。だが、思わぬキャロの言葉に、逆にティアナの方が驚かされる。
まだ、敵との第一次接触まで距離がある。海上の第一次防衛ラインからの情報伝達も行き届いていない中、どの魔導師も接近している敵の数や、その構成まで正確に把握できているはずもない。
しかし、的確に敵の位置や数をキャロだけは把握していた。
「ああ、この子たちが教えてくれるんです。だから、半径十数キロ程度のことなら、ある程度のことは分かります」
「……そ、そうなんだ」
キャロの周囲を飛び交う無数の雷精を見て、その話を聞いていたティアナだけでなく、スバルとギンガの二人も驚く。
召喚術がどれだけ難しい高度な魔法かは理解しているつもりでも、魔導師と召喚士ではその力の性質も大きく異なる分、話を聞くだけでその実力のすべてを把握することは難しい。しかし、これだけの数の精霊を遠隔操作する技術と魔力を見せられては、キャロの実力を認めないわけにはいかなかった。
以前に戦ったことがあるルーテシアも凄い召喚士だと思ってはいたが、キャロはそんな彼女と比べても遜色のない、卓越した一流の召喚士だと言うことが分かる。出動の前に「キャロのことを心配? そんなの実際にあの子の力を目にしたら言えなくなるわよ」と楽しげに笑っていたネイの言葉が三人の脳裏を過ぎった。
「あの、ティアさん?」
「ああ、うん……なんでもない。それじゃ、キャロ。サポートよろしくね」
「――はい!」
これでまだ十歳だと言うのだから末恐ろしい。ティアナが言葉をなくし、呆然とする気持ちも分からなくはない。
D.S.の身内は常識で推し量ることが出来ない“化け物”揃いだと聞いてはいたが、「こんな少女まで……」とティアナが思うのも無理はない。
だが、それでも――今のこの状況で、キャロの力は確かにありがたい。
敵に回すと恐ろしい相手ではあるが、付き合い方さえ間違わなければ、これほど心強い味方はない。
そんなことを確か、ビクビク震えながらヴィータも言っていたな――とティアナは思い出していた。
考えて見れば、ヴィータがあれほど震えながら言っていた相手って、誰のことなんだろう? と、今更ながらにティアナはそのことを考えていた。
「なら、作戦変更――ここで待ち受けるよりも、先行して叩く。出来るだけ敵の戦力を分断。
市街地には一体も通さないわよっ!!」
ここの防衛ラインは他の陸戦魔導師たちに任せておけば、ガジェット程度ならなんとか応戦できるはず。
問題はキャロの言う“魔導師”と“騎士”の方だとティアナは考えた。
おそらく、以前戦った“召喚士の少女”と“騎士の少年”のことに違いない。まだ確認はされていないが、そこに残りの戦闘機人や悪魔が加われば、ここだけの戦力で抑えることは難しい。なら、先行して各個撃破。叩けるうちに叩いておいたほうがいい。
そう、ティアナは考え、スバルとギンガ、それにキャロに作戦内容を指示する。
ティーダのことも気になるが、焦っても仕方ない。今は目の前のことに集中しよう――
ティアナは、そう気を引き締めなおしていた。
その頃、未だ浮上を続けるゆりかごの周囲では、たくさんの空戦魔導師たちが群れをなし、ガジェットに応戦しながらの外周警戒に当たっていた。
どれだけの魔導師が集まろうと、あれだけの質量を保持するゆりかごの動きを止めることは難しい。
作戦としては、ゆりかご内部に侵入したADAMの魔導師が駆動炉を破壊。もしくは鍵となっているヴィヴィオを助け出し、ゆりかごの停止を促すと言ったものだった。
空を警戒に当たる魔導師たちに指示を送りながら、はやてもそのことだけを考え、ゆりかご内部に潜行したなのはたちのことを思う。
「頼むよ。みんな……」
今、はやてたちに出来ることは、出来るだけ多くのガジェットを落とし、ゆりかごの目を外に向けさせることだけ。
後のことは、内部に進入した魔導師たちに委ねる以外にない。
――きっと彼女たちならやってくれる。
しかし、そうは信じていても、はやての胸のざわめきが治まることはなかった。
「みんな落ち着いて! 拡散されたら手が回れへん。叩ける小型機は空で叩く、潰せる砲門は今のうちに潰す!!」
なのはたちのことは心配ではあるが、それよりもまずは与えられた目の前の任務を確実にこなさなくては、後ろに控えている地上部隊にも迷惑をかけることになる。
絶え間なく、ゆりかごより出現するガジェットの群れ。それを放置すれば、地上に及ぼす被害も増すばかり――
はやては首を振り、気持ちを切り替える。
――大丈夫、きっとやれる。皆の力を合わせれば、きっと乗り越えられる。
騎士杖シュベルトクロイツを握り締める力を強くし、はやてはその意志を確かめる。
必ず守ってみせる。必ず救ってみせる。
その想いを、その手に込めて――
「内部空間全部にAMF……ルーシェくん、本当に大丈夫?」
「誰の心配してやがる。オレ様の心配なんて百年はえーよ。テメエの心配だけしとけ」
「あ、うん」
ゆりかごの内部は魔力結合を遮断する強力なAMF空間になっていた。
これでは並の魔導師では、ゆりかご内部での魔法の使用は難しいだろう。やはり、他の隊の空戦魔導師を戦力として考えることは出来ない。
それに、なのはが心配だったのはD.S.の体のことだ。彼のデバイス『ルシファー』は、待機状態でも常に彼に大量の魔力を供給し続けている。
それは彼が元の姿と力を維持し続けるためには、それだけの大量の魔力を必要とするためだ。
時の庭園に置かれていると言う魔力駆動炉。そこからの魔力供給なくして、D.S.は全力を発揮することは出来ない。
しかも、AMF空間はそうした外部からの魔力供給や魔力結合を阻害する力がある。
なのはがD.S.の体を心配するのには、そうした理由があったからだった。
『大丈夫ですよ。お父さまにはわたしがついてるです』
D.S.とユニゾン状態で、そんな浮かない表情を浮かべるなのはに念話を送るツヴァイ。
ルシファーからの魔力供給ほどではないが、ツヴァイとのユニゾンでもD.S.はある程度、不足している魔力を補うことができる。
先日のトーレとセッテとの戦闘でもルシファーは使用せず、ツヴァイとのユニゾンだけで済ませたことからも分かるだろうが、ジューダスペインを使用しない状況、通常の戦闘程度ならツヴァイとのユニゾンだけでも十分すぎるほどのお釣りが来る。
なのはもそれは理解しているつもりだが、D.S.が素直に「辛い」などと口にするはずもないことも知っているので、心配せずにはいられなかった。
しかし、だからと言って「心強くないか?」と言われれば嘘になる。
素直に自分からついて来てくれたことは驚きもしたが、やはりD.S.がいるのといないのとでは安心の度合いが全然違う。
それほどに信頼しているし、やはり彼に頼っている部分が自分の中にもどこかあるのだろうと、なのはは胸に手を当てて考えていた。
『なのはさんは、もっと喜んでいいと思います。
フェイトさんやネイさんも、お父さまと一緒だって知ったら羨ましがってたじゃないですか』
「あはは……あれは……」
出撃を前に『雷帝』と『閃光』の二つ名を持つ二人から、嫉妬と殺意の篭った目で睨まれたことを思い出し、なのはは乾いた笑い声と冷や汗を流す。
ただでさえ、フェイトとはヴィヴィオの件で気まずい関係になっているのに、そこにネイまで加わってはさすがのなのはも笑うしかない。
帰ってから今日のことを根掘り葉掘り聞かれるであろうことを想像して、なのはは悪魔よりもそちらの方が怖くて仕方なかった。
その噂の二人はと言うと、ゆりかごの進路から予測されたスカリエッティのアジトと思われる場所に、ヴェロッサとシャマルの案内で向かい別行動となっている。
ネイはD.S.から何か頼まれたらしく、本当ならフェイトひとりで向かうはずだったその場所に、渋々文句を言いながら同行していた。
二人ともD.S.と同じ作戦がよかったらしく、かなり不満一杯な様子だったことは語るまでもないだろう。
D.S.の同行は彼から言い出したことで不可抗力だったとは言え、そんな二人のことを思い出すと、なのはは素直に喜べないでいた。
そうは言っても、フェイトも無茶しすぎるところがあるので、ネイが一緒だと確かに安心できる。
それに、戦力バランス的にも決して悪いものではないと、なのはは思う。
ラーズとアンガス、それにティアナたち陸戦魔導師たちが地上の警戒に当たってくれているし、はやてと地上本部、聖王教会の空戦魔導師、騎士たちが空を抑えてくれる。
スカリエッティの方も、フェイトとネイの二人が向かったのであれば、それほど心配はいらないだろう。
シグナムとカルは同じようにゆりかごに進入し、今はなのはたちと逆方向――駆動炉の方へと向かっている。
これだけの布陣、なんとか出来ない方が嘘だと思えるほどの戦力。
ちょっとした世界の危機くらいなら、軽く救ってしまえそうに思えるほどのメンバーだ。
『それに、プレシア母さんやリニスさん、お姉さまにアムちゃんもいるですよ』
そんな、なのはの考えを裏付けるように「これでダメなら、もうどうにもならないですよ」と断言するツヴァイの言葉は間違っていない。
余程の不確定要素でもない限り、例え相手が悪魔だとしても負ける気がなのははしなかった。
「だああぁぁ!! うざってぇー!!!」
次から次へと押し寄せるガジェットの群れを前に、D.S.が文句を垂れる。
実際、ここに来るだけでも、かなりの数のガジェットと遭遇していた。それでも、まだ距離にして半分もきていない。
外にいるガジェットの群れといい、一体どれだけいると言うのか? 一体一体はたいしたことがないとは言っても、数が多いだけに厄介だ。
ほとんどD.S.が倒してくれている分、なのはは魔力を温存出来て助かっているが、そのこともD.S.の体を心配する要因となっていた。
「ルーシェくん、後はわたしが――」
「――カイザード・アルザード・キ・スク・ハンセ・グロス・シルク!!」
D.S.の身を案じて、「残りの敵は自分が引き受ける」そう言おうと、なのはが声を掛けた時だった。
D.S.を中心に吹き荒れる魔力の嵐。先程まで、襲い来るガジェットたちをチマチマとやっつけていたような魔法とは違う。
その呪文は、なのはもよく知るD.S.の極大魔法だった。
まさか、こんな狭い通路でそんな呪文を唱えると思っていなかったなのはは、「ちょ、ちょっとルーシェくん!?」と大声を張り上げる。
だが、すでに遅かった。呪文により練り上げられた強大な魔力が、D.S.の右手に集まり、その牙は目の前のガジェットたちを捉える。
「ハーロ・イ――――ン!!」
ハーロ・イーン――七つの魔界の門とのチャンネルを開き、そこから溢れ出た“無尽蔵”とも言える強大な魔力を打ち出す極大砲撃魔法。
D.S.の手のひらから放出された魔力は巨大な砲撃と化し、直線上にいるすべてのガジェットを粉砕する。
まるで、ゆりかご全体が揺れているかのような衝撃に、なのはも壁に手をついて必死に体を支えた。
「ふう、これでちょっとはスッキリしたろ」
「あはは……」
パラパラパラ……爆煙と崩れ落ちる外壁の埃で、視界がおぼつかない。
それでも、ようやく晴れてきた目の前の惨状を見て、さすがのなのはもまともに言葉が出なかった。
物凄い衝撃で抉り取られたかのような地面や壁の傷跡。それは遥か奥の通路まで続いていた。
微かに風の流れも変化したことに気付いたなのはは、先程のD.S.の魔法が外壁をも突き破ったことに気付かされる。
――外で警戒に当たっていた人たちは大丈夫だろうか?
なのははそんなことを考えながら、ヴィヴィオや皆を救い出す前にゆりかごが落ちないか? 心配でならなかった。
「な、なんやったんや……さっきのは……」
外では寸前のところで危機を免れたはやてが、心臓をバクバクと言わせながら冷や汗を流していた。
――後、ちょっと逃げるのが遅かったら危なかった。
そう思うと、ゆりかごが先程よりも恐ろしいものに思えて仕方ない。
しかしそのことで、なのはとD.S.が一緒にいることの“危険性”をはやては思い出す。
「あかん!!」
闇の書事件、あの時のことは忘れたくても忘れられるものではない。
そこで目にしたD.S.となのはの規格外のバカ魔力と、周囲の被害をまったく考えない常識外れな力。
ヴィータが心に深い傷を負って大きなトラウマを抱えたのも、忘れもしない――なのはのあの無慈悲な一撃“スターライトブレイカー”を目にしてからだ。
そんな二人がコンビを組んで、一緒にゆりかごの中にいる。はやてはそのことを考え、顔を真っ青にした。
「距離を今の倍、いや三倍は置いて警戒態勢を維持――
ちょっとでも異変見つけたら、まずは“逃げること”それだけを考えて!!」
はやてはそのことを考え、慌てて周囲に注意を促す。
一番の危険が身内に潜んでいたことを思い出したはやては、もう冷や汗と苦笑いしか出てこなかった。
ヴィヴィオや、中にいる魔導師たちを助け出す前に、ゆりかごが落ちたりしなければいいが――
なのはと同じようなことを考えながら、はやては不安そうにゆりかごを見る。
「人選ミスやったんやないやろか……」
今更そんなことを言ってもどうにもならないのだが、こればかりは外からではどうすることも出来ない。
今はただ、皆の無事を祈ることしか出来なかった。
「おかしい……」
戦闘区域から少し離れた場所に身を隠し、ガジェットたちに指示を送りながら、オットーは違和感を覚える。
余りに的確すぎる魔導師たちの動き。まるでそこにガジェットが潜んでいることが分かっているかのように統率の取れた行動。
未だ抜くことが出来ない魔導師たちの強固な防衛ラインに、オットーは焦りを抱き始めていた。
地上本部に移送され、捕らえられているであろう姉妹たち。特に双子の妹であるディードを助けたい。オットーはそんな想いを抱き、この戦いに望んでいた。
――だからこその焦りもあった。
作戦が思うように上手くいかないことへの焦り、それにティアナたちの動きも妙なことが、オットーには気掛かりでならない。
あの位置からティアナたちがこちらの動きを予測できているはずはないのに、まるで現在地が筒抜けになっているかのような正確な動き。
「彼らにそんな能力を持った仲間はいなかったはずだ。一体、何が?」
そんなオットーの後ろにそーっと近づき、静かに物陰から彼女の動きを観察する雷精の影。
彼女は知らなかった。キャロ・ル・ルシエと言う少女の本当の怖さを――
――スカリエッティのアジト。灯台下暗しと言ったところだろうか?
あれほど探し回っていたにも関わらず発見できなかったそれは、管理局のお膝元、ミッドチルダ山間にある洞窟の奥にあった。
表の入り口となっている洞窟からは、想像もつかない広大な研究所が中には広がっていた。
その中を、シャッハ、それにヴェロッサの猟犬の案内で、奥へ、奥へと進んでいくフェイトとネイの二人。
ヴェロッサの稀少技能の一つ『無限の猟犬(ウンエントリヒ・ヤークト)』は、魔力で生み出した猟犬を放つことで、その場にいながら離れた場所の探索、捜索を可能とする便利な能力だ。
この能力でヴェロッサはこのアジトを見つけ出し、内部の探索を行っていた。
もっともこのアジトの内部もゆりかごと同様AMF制御下に置かれており、魔力で生み出されたヴェロッサの猟犬も長時間の維持は難しいらしく、まるで迷路のように入り組んだアジト内部の捜索は難航していた。
「「――ライオット!!」」
フェイト、ネイ、二人の放った雷撃がAMFなど物ともせず、立ち塞がるガジェットをことごとく粉砕する。
まるで競い合うようにガジェットたちを破壊して、どんどん奥へと進んでいく二人。
案内に同行していたシャッハも、この二人の人間離れした強さには言葉もでない。
せっかく意気揚々と、完全武装までして気合を入れてきたと言うのに、目の前の二人の頑張りのせいでシャッハは特にやることがない。
手にした愛機、双剣型デバイス『ヴィンデルシャフト』も活躍の場がなく、主人と共に哀愁を漂わせていた。
「……物足りないわね。まあ、こんなガラクタにわたしが出張る必要もないんだろうけど」
「そう思うなら、ここじゃなくキャロと一緒にいてあげた方がよかったんじゃないですか?」
未だに関係が改善しない二人。詰まらなそうにそう言うネイに、少し棘のある言い方で突っかかるフェイト。
一緒に突入してからと言うもの、二人はずっとこの調子だった。
同行しているシャッハはと言うと、その腹いせに潰されていくガジェットたちを後ろで見ながら、胃がキリキリと痛む辛い思いを強いられていた。
二人のようにストレス解消したくても、電光石火の勢いでガジェットを潰していく目の前の二人のせいでそれも出来ない。
そのことが、シャッハの胃の痛みをより酷くしていたとも言える。
「ダーシュに頼まれてなかったら、こんなとこにいないわよ」
「そう言えばそれ――ネイさん、一体何をダーシュと話してたんですか!?」
出撃前、見せ付けるように目の前で内緒話をされていたフェイトは、ずっとそのことを気にしていた。
ネイに対抗意識を燃やしている分、それがリインフォースやリニスが相手だった時よりも嫉妬の炎は大きかった。
そんな顔を真っ赤にして動揺するフェイトを見て、ネイはおもしろそうにニヤニヤと口元を緩める。
「内緒――“ダーシュ”と“わたし”だけの秘密なんだから♪」
「う〜〜〜〜」
不満ありげなフェイトを尻目に、優越感に浸りながらそんなことを言って、またフェイトをからかうネイ。
一見、険悪な仲のように思える二人だが、そんな二人を見て、これはこれで波長が合っているのかも知れないとシャッハは思った。
「それにキャロのこと心配してくれるのは嬉しいけど、それ、あの三人にも言ったけど無意味な心配よ」
「え……でも、キャロはあんなに小さいし……」
「見た目で判断するなんて、まだまだね。
わたしもカルも、なんでキャロの言うことを素直……とまでは行かなくても聞いてると思う?」
「……え? それは、キャロのことを大切に想ってるからじゃないんですか?」
まあ、そう思うのが普通だろう。
しかし、そのフェイトの的外れな答えに、ネイは呆れた様子で「ハズレ」と首を振って答えた。
「あの子を本気で怒らせたくないから――」
キャロのことを思い浮かべながら、「本気でキャロを怒らせると、わたしやカルでも止められるかどうか……」と冷や汗混じりに不穏なことを口にするネイ。
そんなネイの反応を見て、フェイトとシャッハの二人は「そんな、まさか……」と声を揃えて同じことを口にする。
雷帝や、氷の至高王すら恐れさせる少女、キャロ・ル・ルシエ。
冗談であって欲しい――そう思わずにはいられない、フェイトとシャッハだった。
「――見つけました。ここから南西八キロの地点に指揮官と思われる戦闘機人がいます」
すぐに発見したオットーの位置を近隣にいる魔導師に伝達するキャロ。
そんなキャロの前には、ガリューとエリオにその身を守られたルーテシアが立ち塞がっていた。
『ごめん――キャロ。すぐに応援に行きたいけど、こっちもヤバそう』
「ティアナさんたちは自分の戦いに集中してください。こちらは、わたし一人でなんとかしてみます」
確かに一見、優勢に思える戦いに持ち込めているが、前線はそれほど余裕がある状態でもなかった。
四人の前に突然姿を見せた悪魔。キャロとティアナたちは分断され、キャロの前にはルーテシアとその召喚虫、そしてエリオが――
ティアナとスバル、ギンガの前には悪魔となった“ティーダ・ランスター”が立ち塞がっていた。
それぞれギリギリの状況。目の前の戦いをこなすだけで精一杯の状況と言える。
普通であれば、一人分断されたキャロが一番危険に晒されているように思える。
相手は召喚士と騎士の二人。それに強力な召喚虫もいる。
だが、キャロには余裕があった。その余裕がどこからくるのかは分からない。
しかし、念話越しにも伝わってくるキャロの絶対の自信。ティアナはその言葉を信じて見ることにする。
『絶対、勝ちなさいよ』
「ティアナさんも――」
ティアナとの念話を終え、目の前の敵に集中するキャロ。
その視線の先には、先程からキャロの気配に気圧され、動けずにいた三人の姿があった。
「エリオ、ガリュー気をつけて……この子、普通じゃない」
普段、余り口数が多くないはずのルーテシアが汗を流し、小刻みに体を震わせながらそんなことを口にする。
同じ召喚士だから分かるのか? キャロの秘めた力を、ルーテシアは本能で感じ取っていた。
そんなルーテシアの様子に、気を引き締めなおすエリオとガリュー。
見た目にはルーテシアとそれほど変わりない年齢の普通の少女。とてもルーテシアが怯えるような相手とは思えない。
しかし、騎士ゆえの勘か? エリオもキャロに対し、嫌な予感を感じていた。
自分たちとそれほど変わりない歳の少女。なのに、まるで歴戦の魔導師を相手にしているかのような違和感。
見た目よりもずっと大きなキャロの気配に気圧され、エリオも思うように身動きが取れずにいた。
「フリード――」
キャロがその名を呼んだ瞬間――傍にいた小さな白銀の竜が、翼長十メートルはあろうかと言う巨大な飛竜へと姿を変える。
そして同じく、キャロの身を守るように顕現する無数の雷精たち――いや、よく見れば火精や、相反するはずの水精の姿も見受けられる。
巨大な翼竜と、色とりどりの属性の精霊たちを従え、威風堂々と立ち尽くすキャロを見て、エリオは静かに息を呑んだ。
「本当は戦いたくない。それでも――」
「ガリュー!!」
キャロの魔力が膨れ上がり、その手を振り上げた瞬間――エリオは嫌な気配を感じ取り、ガリューの名前を叫ぶ。
それだけですべてを察し、ルーテシアを抱えて飛び上がるガリュー。
エリオもその後を追って、すぐさまその場を離れる。
「その必死な眼。きっと、あなたたちの想いも本物だと思うから――」
キャロの意思に呼応し、ルーテシアたちに牙を向く精霊たち。その小さな体より放たれる色とりどりの魔力弾が、三人に襲い掛かる。
雷撃、炎撃、水撃――体験したことがない複数の属性の波状攻撃に、対応するだけで精一杯のエリオとガリュー。
そんな二人に守られながら、ルーテシアは後方に退く。
キャロの見せた召喚術。それは同じ召喚士のルーテシアから見ても、驚異的なものだった。
召喚士の戦い方としては、召喚した召喚獣や精霊にその身を守らせ、敵を近づけさせないように戦うことは確かに正しい。
しかし、実際にそれを実践するとなると口にするほど容易いことではない。
ルーテシアもそれでティアナたちに遅れをとったことがあるからこそ、その難しさをよく理解していた。
召喚士にとって力とは、召喚できる召喚獣の強さや、数がすべてだ。
キャロの召喚している銀竜フリードリヒは若いとは言え、人語も理解する知能の高い強力な竜族。
しかも、彼女が同時に召喚している精霊たちも決して低級なものではない。
そんなものを一種だけならまだしも、火、水、雷と多種に渡って召喚するなど、常識では考えられない。
その数だけでも、ざっと百以上――それだけの精霊を維持するだけの高い魔力。そして完全に制御しきっている驚異的な操作技術。
同じ召喚士として、彼女と同じことが出来るか? と問われれば、ルーテシアは「無理」とはっきり答えられる。
それほどに、キャロの力は同じ召喚士の目から見ても、異常なレベルのものだった。
「だから、わたしはわたしの我がままを通させてもらうね」
「――転移魔法!?」
精霊たちの姿に気をとられていた一瞬の隙を突かれ、転移魔法で姿を現したキャロに後ろをとられるルーテシア。
確かに優れた召喚士は、転送魔法、転移魔法のエキスパートでもあるが、それにしたってこれだけの召喚術を行使しながら、こんな僅かな時間で行えるものではない。
明らかにキャロの力は、ルーテシアの想像を超えていた。
「ル――ッ!!」
「――!!」
間に合わない――そう思ったエリオの悲痛な叫びが、ただ虚しく空へと吸い込まれる。
ルーテシアの瞳に映るキャロの愁(うれ)いを帯びた悲しげな瞳、交錯する二色の魔力光。
エリオや、召喚獣たちが見守る中、廃ビルの屋上に巨大な爆発音が轟いた。
……TO BE CONTINUED