「こいつ……こないだの」
「やはり、簡単には通させてもらえないか」
首都クラナガン上空――混乱に乗じ、密かに空から地上本部に向かっていたゼストとアギトの前に、アンガスが立ち塞がる。
アギトは親の敵(かたき)でも見るかのような目で、アンガスのことを睨みつけていた。
ゼストの目的は親友のレジアスに会うこと――
会って何をするかなどは聞かされていないし、ゼストの過去についてもアギトは詳しくは知らない。
それでも、それがゼストの望むことなら、なんとしても叶えさせてやりたい。アギトはそう思っていた。
それが、ゼストの恩に報いることが出来る唯一の道だと――
「――旦那の邪魔はさせない!!」
アギトがその両手に烈火のごとき炎を生み出す。その動きに呼応するかのように構えを取るゼスト。
しかし、アンガスはそんな二人を見ても、ピクリとも動きを見せない。そんなアンガスの様子を見て、怪訝な表情を浮かべる二人。
そう、こんなことは前にもあった。一回目となるスカリエッティの地上本部襲撃作戦の際、追撃をかけることも出来たはずなのに、この男はわざと自分たちを見逃したことをゼストは思い出す。
管理局の魔導師――それも『海の守護者』と言う二つ名まで持つ法の守護者。
そんな男が何故? ゼストはそれだけが腑に落ちなくて仕方なかった。
「――そこまでです。剣を引きなさい。ゼスト・グランガイツ」
「な――」
突如、三人の間に割って入った声。ゼストとアギトは慌てて声のした方に振り返る。
いつの間に後ろを取られたのか? いつものローブ姿で、静かに佇(たたず)むリニスの姿がそこにあった。
挟み込まれた――罠に嵌ったと勘違いしたアギトが、その両手の炎をリニス目掛けて解き放つ。
「――くらいやがれっ!!」
バン――リニスに迫る無数の火の玉。アギトの放った高熱の炎が、リニスを完全に捉えたかのように見えた。
しかし、魔力で編まれたその炎は、リニスに直撃するかと思えた寸前――まるで、大気に拡散するかのように散り散りに消えてしまった。
リニスはただ、指先を炎に添えただけ――
たったそれだけの動作で、自慢とする炎撃がすべて掻き消されたことにアギトは動揺する。
「やめろ、アギト。彼女もオーバーSランクの魔導師だ」
「――!?」
アギト個人の戦闘力は、ユニゾンしていない状態では精々A+と言ったところ。
魔力を抑え、力を隠しているようだが、リニスの力は少なくともSランク以上はあるとゼストは読んでいた。
一対一で戦って、なんとか勝てるかどうかと言う強敵。しかもアギトの炎を容易く消し去った先程の力、まだ何かあると考えていいだろう。
その上、SSランクの魔導師アンガスを相手にしながらとなれば、いくらゼストが同じくオーバーSランクの優れた騎士であっても勝ち目はない。
アギトもゼストと同じことを考え、先程までの威勢の良さは消え、ただ静かにそんなリニスの様子を窺っていた。
この状況は二人にとって最悪のものと言える。いくらゼストとアギトがユニゾンしたところ、そもそものユニゾン相性がそれほどよくない二人では大幅な戦力増強は見込めない。
ゼストも、いよいよ覚悟を決め始めていた。
この二人が相手では逃げ切れるかどうか? せめてアギトだけでも逃がしてやらねば――
そんなことを考え、ゼストが槍を構えた――その時だった。
『もういい、ゼスト。武器を収めてくれ』
「――!?」
リニスとゼストの間に突如現れる空間モニタ。そこに映し出された声の主の姿を見て、ゼストの表情が驚愕に揺れる。
彼の親友にして、管理局地上本部の長、レジアス・ゲイズ中将。
まさかの思いも寄らぬ相手からの通信に驚くゼスト。これから会いに行こうとしていた当人の登場に、ゼストは困惑していた。
そんなゼストを心配して、不安そうな表情でゼストに寄り添うアギト。
「旦那……」
モニタ越しに見るレジアスの表情は真剣そのものだった。とても騙まし討ちをしようと考えている男の姿には見えない。
最初は「何かの罠か?」と考えたゼストだったが、取り囲んでいるだけで、いつまでも戦う意志を見せないアンガスとリニスのことを考える。
それに、ここでレジアスが姿を見せることで、彼が得をする理由が見当たらない。
レジアスは正義感に燃え、この地上のことを誰よりも憂いながら、常に合理的な考えと行動をする男だった。
例え、それが苦楽を共にしてきた友人であっても、信念のためになら非情に徹することが出来る男。それがゼストの知るレジアスと言う男だ。
しかし、ゼストの目に映っている今の男は、憑き物でも落ちたかのように覇気が失せ、弱々しく見えた。
何があったのかは分からない。だが、レジアスの身に何かあったと考える方が自然なのだろうと、ゼストは考える。
『すべてを話そう。本当なら、もっと早くにこうするべきだったのかも知れん。
だからゼスト――この通りだ。もう、やめてくれ』
「……レジアス」
こんなにも弱々しく頭を下げるレジアスの姿を、ゼストは今までに一度も見たことがない。
そんな親友の姿を見て、興が削がれたのか? ゼストは構えていた武器を自ら下ろしていた。
その様子に安堵するリニス。元々、争う気はなかったとは言え、ゼストとは出来るだけ戦いたくはないとリニスは考えていた。
単純な戦闘力だけで言えば、技術者よりの自分が、一流の騎士であるゼストに勝てるはずもないと言うことをリニスは良く知っている。
手段を選ばなければなんとかなるかも知れないが、彼の過去を知る今となっては本気で戦う気にはなれないでいた。
ゼストは何かを思い詰めるように静かに息を吸い込むと、モニタに映るレジアスのことを黙って見詰める。
――ずっと親友に問いただしたかったことがあった。臆病で、弱かったせいで、ここまで時間がかかってしまった。
そのことをゼストは悔やみながらも、ただ真実を知りたいとレジアスに向かいあう。
「オレが知りたいのは一つだけだ。八年前――あの時、本当は何があったのか?
共に語り合ったオレとお前の正義は、今はどうなっている?」
メガーヌを死に追いやった原因。そしてその娘、ルーテシアの体のこと――
ゼストが八年もの月日をかけ、ようやく辿り着いた結論。いや、もっと早くから答えは出ていたのかも知れない。
ただ親友が、共に夢を誓い合った仲間が、こんなことに加担しているとはゼストも信じたくはなかった。
しかし、その甘さがメガーヌを殺し、その娘であるルーテシアさえ巻き込み、クイントや部下たちに決して消すことの出来ない痛みを背負わせてしまったと、ゼストは考えていた。
悔やんでも悔やみきれない過去の過ち。そんな罪を背負いながら、辿り着いたこの場所。
ひさしぶりに再会した親友の姿はとても弱々しく、ゼストの知る“理想”と“才気”に溢れていたあの頃の男の姿はそこにはなかった。
次元を超えし魔人 第57話『受け継がれた力』(STS編)
作者 193
「逃げてばかりじゃ勝てないよ? それとも、あの時ぼくに言った言葉は、所詮は世迷言だったのかな?
見せてくれるんじゃなかったのかい? キミの中で生きていると言う――ランスターの魔法をっ!!」
「く――っ!!」
障害物に身を隠しながら、距離を置いて戦うティアナたち。
ティーダの放つ強力な魔力弾がティアナたちを炙り出すかのように放たれ、そんな障害物を意図も簡単に粉々に破壊していく。
まるで、じわじわと獲物を追い詰めることを楽しむかのように戦うティーダのことを、ティアナは悲しげな瞳で見ていた。
ティアナのよく知る優しい兄の姿は、もうそこにはない。それはティアナにも分かっていた。
それでも、やはり悲しかった。兄の顔、兄の体、兄の声――兄の姿をした悪魔。
ティーダ・ランスターはすでにそこにはいないと分かってはいても、兄の心はそこにはないと分かってはいても――やはり悲しい。
『ティア――』
「分かってるっ!!」
スバルの声で我に返るティアナ。ヴァイスは迷うだけ迷えと言った。しかし、それでもやはり情けないとティアナは思う。
こんなどうしようもない状況で、生きるか死ぬか、自分だけでなく仲間の命も掛かっていると言う状況で――
それでも、兄を助けたい。取り戻したいと言う想いが自分の中にあることに気付かされる。
――バカなことだと自分でも思う。
しかし、今の兄の姿を見続けることは、何よりもティアナには辛い現実だった。
「もらった――っ!!」
ティーダの背後を捉えたスバルが、リボルバーナックルを振り被り、ティーダの背中へとその拳を叩き込む。
だが、体に触れる寸前で停止するスバルの拳。目にもはっきりと見えるほどの、強固な障壁がその攻撃を遮断していた。
呪圏――上位の悪魔や天使が持つ、どんな魔法も物理攻撃も通さない絶対障壁。
人間の力でそれを破ることは不可能だと――そう言われ続けてきた、悪魔と天使の優位性を絶対のものとしているもの。
「無駄だと言ってるだろ?」
「うわ――っ!!」
そーっと振り返り、スバル目掛けて手のひらから無数の魔力弾を放つティーダ。
その攻撃を寸前のところで距離を取り、回避するスバル。動きだけなら、ティーダに負けない自信はスバルにもあった。
確かに悪魔は驚異的な魔力や身体能力を持ってはいるが、その力に頼りすぎているが故に動きが単調になりがちで変化に乏しい。
その隙をつき、なんとかティーダの動きについていくスバル。
三人の動きには、これまでの訓練で培ってきた“技”と“経験”が生きていた。
「動きだけはなかなかのものだ。でも、それだけじゃ決して勝てないよ?」
身を隠し移動しながらも、そんなティーダの言葉に耳を傾ける三人。
確かに今のままでは勝ち目がないのは間違いない。じわじわと削られていく体力と魔力。消耗戦になれば比べるまでもなく、悪魔の方が分があるに決まっている。単純な身体能力の差で、ティーダに勝てるとは三人も思ってはいなかった。
自分たちが勝てるとすれば、あの呪圏を突破し、ティーダの“コア”を的確に打ち砕くことだけ――
悪魔や天使を滅ぼす唯一の手段。それは、彼らの核となる“永久原子”を砕く以外に方法はないと、アムラエルに三人は教わっていた。
復元能力とも言っていい驚異的な再生能力を持つ高次元の存在は、心臓を打ち抜こうが頭を吹き飛ばそうが、それすらも一瞬で回復することが出来る。
そんな不死身とも言える彼らに勝つための唯一の手段。
生命を形作る三つの要素『肉体、精神、霊魂』、その三つの神秘の中枢となっている生命存在の心臓部であり、核と言えるもの――それが永久原子。
その活動を停止、もしくは破壊することこそが、上位の悪魔や天使を倒しうる唯一の手段だった。
しかし、そのコアを見つけ出し、的確に打ち砕くことは容易なことではない。
「はああぁぁ!!」
「何度やればわかるんだい? そんな攻撃は無駄だってことが――」
ギンガの攻撃もスバル同様、ティーダの体に傷一つつけることが出来ない。
まるで大砲のようなティーダの攻撃を紙一重でかわしながら、絶妙なコンビネーションでティーダに波状攻撃を続けるスバルとギンガの二人。
向こうはどれだけ攻撃されてもダメージはなく、こちらは食らえば致命傷になりかねないと言う中、スバルとギンガは死と隣り合わせのギリギリの攻防を繰り返していた。
そんな二人の活躍を、じっと離れた場所から見守るティアナ。
彼女の役目は、そんなスバルやギンガと一緒に、無謀な特攻をティーダにかけることではない。
あの二人が注意を惹きつけてくれている間に、ティアナは自分にしか出来ないことを考え、行動する。
ずっと繰り返してきた射撃訓練。朝から晩まで、血が滲むほど繰り返し会得してきた、ただ一つの魔法。
状況を観察し、的確に判断する戦術眼。相手の弱点を見抜き、それを確実に射抜く精密射撃。
ティアナはそっと目を閉じる。
視界が遮られたことではっきりと聞こえてくる、風のざわめき、デバイスの駆動音、激しく繰り返される攻防の衝撃。
世界の中に溶け込んでいく、自分の気配を感じる。
目を瞑っていても分かる猛々しい魔力の輝き。激しい力のぶつかり合いが、目の前で繰り返されている。
勇猛であたたかな光が二つ。そして、そんな光を呑み込もうとする邪悪で禍々しい気配が一つ。
そんな暗く冷たい気配の中にもう一つ、不思議と懐かしい、あたたかな気配をティアナは感じ取る。
――ティアナ。
ティアナの耳に聞こえる幻聴。そう、呼びかける兄の声が、彼女には聞こえた気がした。
ここだ――そう、本物の兄が教えてくれているかのようにも思える、ただ一箇所、ティーダの気配の中で色濃く輝く場所。
「――見つけた」
ティーダのコアを見つけたティアナが目を開き、ただその一点を見詰める。
二人が命懸けで稼いでくれた時間、それを無駄にしないためにも――
ティアナの銃を構える手が、まっすぐティーダへ向けられる。
「――オーバードライブ!!」
ティアナの一声でクロスミラージュがその姿を変え、今まで見たことがない一丁の銃が姿を現す。
成人男性の二の腕ほどはあろうかと言う大きな銃。今までティアナが使用していた銃よりも二回りほど大きなその銃は、周囲の魔力素やティアナ自身の魔力すら取り込み、魔力で編まれた大きな二枚の翼を左右に展開する。
いや、周囲の魔力やティアナの自身の魔力だけでは納得がいかないほどの、強大な魔力がそのデバイスには集められていた。
ティアナの限界を遥かに超えた魔力量。扱いきれるかどうかも分からないほどの魔力が、デバイスには供給され続けている。
「これは……ちょっときついかな。でも――」
脂汗を滲ませながらも、意識を集中させ、ティーダに向けて銃口を構えるティアナ。
アリシアが「出来るだけ使うな」とまで言った、クロスミラージュの最後の機能。
――大威力射撃形態ブラスター。その先を行く、魔力供給システム――ルシファーU(セカンド)。
D.S.のデバイス『ルシファー』と同じように、時の庭園にある魔力駆動炉より送られてきた魔力を集束する力があるが、普通の人間にそれだけの魔力を受けられる受け皿はない。
あれはD.S.やアムラエルだから可能なのであって、それをそのまま普通の人間が使用すれば、魔力酔いになるか、過剰な魔力を受けきれず暴発、再起不能に陥るのが関の山だ。
とても危険性が高く薦められるものではない、普通の魔導師から見れば欠陥だらけの機能。
だが、アリシアはその欠点をある方法で克服して見せた。
「いい、ティアナ。クロスミラージュ最後の機能。これは、普通なら“全然”役に立たない機能だから」
「アリシアさん……役に立たないって……」
「普通ならね。ただ、あなたが使いこなせれば、話は別よ」
ルシファーUに出来るのはデバイス本体への魔力供給と集束だけ――
自身の体にその魔力を取り込むなり、制御し魔法に転用するなり、それは本人の自由。
デバイスにすべてを任せるのではなく、その操作や運用を術者に委ねることで、命に関わる危険な魔力供給を制限した。
ただ、これには問題点もある。膨大な魔力を制御しきるほどの緻密で繊細な魔力運用と魔力操作を必要とする。
しかも、万が一制御しきれなかった場合、溢れ出た魔力は大気に拡散した上、デバイスに集約された巨大な魔力の流れは術者の魔力も吸収し、食らい尽くす。
デバイスに魔力を食われた魔導師は、闇の書に蒐集された後のようにリンカーコアも小さくなり、しばらく魔法を行使できなくなると言った後遺症も考えられる。
命の危険性は薄いと言うだけで、あまり実用的とは言い難い機能だった。
「とても危険で余り使い道のない機能。だけど、もし使いこなせれば、きっと“最強の切り札”になる」
それでも、もし使いこなすことが出来れば強力な切り札になる。
生まれもって強大な魔力を持たない者でも、オーバーSランクの魔導師すら凌駕する強大な魔力を扱うことが可能となるからだ。
元々ない魔力を外部から補ってくる以上、当然、肉体的にも精神的にも負担が大きくデメリットも大きい。
しかし、それを補って余りあるほどのメリットが、ティアナにはあった。
どれだけ努力しようと、スバルやギンガのような頑丈さや、破壊力は望めない。なのはたちのような強大な魔力も身に付けることは不可能。
ほんの少し人よりも魔法の才能があると言うだけで、化け物じみた身体能力や魔力をティアナは持ち合わせていない。
それが、ティアナが周囲と自分を比べ、「才能がない」と思い込んだ理由でもある。
しかし、アリシアはそんなティアナの隠された才能を見抜いていた。
少ない魔力を無駄なく適確に運用する魔力制御。どんな的も確実に射抜く“精密射撃”を可能とする緻密な魔力操作。
アリシア曰く「貧乏性、器用貧乏」とでも言う能力だが、それも立派な才能だと彼女は言った。
「よかったわね。”凡人”で」
からかうように笑いながらそう言うアリシアの顔が、今でもティアナは忘れられない。
正直、余りその話を聞いていた時は、褒められてる気がしなくて嬉しくなかった。
しかし、アリシアの言うとおり、何も持っていなかったから、資質に恵まれていた訳じゃなかったから得ることが出来た力。
足りない力を工夫することも、地道な努力を続けることも――すべて「才能」だとアリシアは言った。
ルシファーUを制御する力――それはティアナがこれまでの努力で培ってきた力だ。
母の“魔法”と言う才能を受け継がなかった自分。そして優秀すぎる妹と、その友人たち。
アリシアもティアナと似たような苦悩を体験したことがある。
出来すぎる人たちばかりに囲まれていると、そんな自分に劣等感を持つことはおかしくない。
だけど、アリシアは決してそのことで腐ることはなかった。ちゃんとした大きな目標があったし、何よりも支えてくれる友人、家族に恵まれていたこともある。
それに、そんなことで悩んでることがバカらしく思えるほど、規格外な男を知っていることも、アリシアにとってプラスに働いていた。
デバイスマスターと言う資格や、今の技術者としての地位と力も、誰かに頼ったわけでもない。自らの努力と、その結果で勝ち得たものだ。
そしてティアナの力も、『努力の才能』と呼ぶに相応しい、彼女だけの立派な力だとアリシアは言った。
魔力の流れが見える。暴れ狂い、氾濫しかかっている巨大な魔力の川。
それを抑え、集束し、一つの道筋を作る。光のする方角に、ただ一点にその力を集束し、制御下に置く。
「――バレル展開」
先が二股に分かれ、クロスミラージュの前方に現れる強大な魔力の塊。それこそが、ティアナが生み出した魔法の光だった。
ずっと磨き続けてきた精密射撃。
兄の名誉を回復するため、ランスターの魔法の正しさを証明するため、努力し、身に付けた“自分だけ”の魔法。
――ティアナ・ランスターの努力の結晶がそこにあった。
「ティア」
「ティアナ」
背にする太陽のようにあたたかな大きな魔力。
その光を見て、すべてを察したスバルとギンガの二人も、ティーダから距離を取り、腰を落とし構えを取った。
勝負は一瞬――二度目はない。文字通り最初で最後の攻防になるであろう、その一瞬に二人もすべてをかける。
二人の魔力が高まり、それぞれの足元に巨大な魔法陣が展開される。
「「AMFドライブ――イグニッション!!」」
リニスがデバイスに組み込んでくれた秘密兵器。呪圏をも無効化するアンチマギリンクフィールド――通称AMFドライブ。
その起動を確認した瞬間――二人のBJ(バリアジャケット)が弾け飛び、タンクトップ姿になったスバルとギンガの姿がそこにあった。
足元のローラーブーツからは今までにないほどの大きな駆動音が聞こえ、二人を中心に半径十メートルほどの魔法陣が展開されている。
こうしている今も、ティーダの障壁を解析し続けている二機のデバイスは、すでにBJを展開することも、防御シールドを展開することも叶わない。
今、攻撃を食らえば、確実に致命傷になるのは間違いないと言うなかで――二人は笑っていた。
恐怖でおかしくなったのかも知れない。そう思えるほど、気分が高揚し、気持ちが高ぶっていることが二人には分かる。
金色に変わるそれぞれの瞳。忌み嫌ってきたその力。両親を悩ませ、苦しめ続けてきた機械の体。
だけど、そんな力でも――『守れるものがある。救える命がある』と言うことを、大切な人に教えてもらった。
二人の金色の瞳がティーダを見据え、ただ一点を捉える。
戦闘機人モードなら、AMFの影響を受けることは一切ない。文字通り『全力全開、一撃必倒』の一撃を拳に宿す。
二人が手にするのは、母より譲り受けたデバイス――リボルバーナックル。
多くの人を守り、多くの命を救い、そして自分たちを救い出してくれた鋼の力――
今度はその力で、“わたしたち”の大切な人たちを守ってみせる。
それがスバルとギンガ、二人の意志。そんな二人の意志に呼応するかのように膨れ上がる魔力。
たくさんの人の想いと、守りたいと言う強い意志を持った二人の力は、訓練の時と比較にならないほど大きな、今まででもっとも強い力を引き出していた。
「これは……」
ティーダは先程までと違う二人の様子に驚き、動揺していた。
今までに見たことがない魔法陣。そして、自ら防御を捨てた二人の自殺行為とも思える行動。
だが、希望を捨てて諦めた目じゃない。嫌な予感がティーダの脳裏を過ぎる。
先程まで、真面目に戦おうとしなかったティーダが、はじめて二人の前で構えを取った。
悪魔になってから、はじめてのことかも知れない。
見下していたはずの人間――愚かしいとバカにしていた人間。そのたかが人間に怯えていると言う、ありえない現実。
滲み出てくる嫌な冷たい汗を、ティーダは肌で感じていた。
「「――――」」
ティーダ目掛けて、駆け出すスバルとギンガの二人。そして、そんなティーダに向けられるティアナの銃口。
ほんの僅かな希望と可能性に賭け、それでも絶対に負けられないと言う強い意志を胸に――
思い描いた未来。誓い合った願い。そんな夢を夢で終わらせないための、最後の攻防がはじまった。
フェイトとネイ、それにシャッハは思わぬ人物にその場所で遭遇していた。
――忍者マスターガラ。D.S.の四天王にして、好敵手。ひさしぶりにあったが、この男は何一つ変わっていないとネイは思った。
その脇に控えている戦闘機人のドゥーエの姿を見て、ネイは「はあ……」と小さい溜め息を吐く。
「ガラ……アンタね。ダーシュじゃないんだから、また猫拾ってくるみたいに増やして……」
ガラもそう言えば、そんなところがあったなとネイは呆れ果てていた。
どちらかと言うとD.S.と違って男ばかり引き寄せていた気がしなくはないが、この場合、引き寄せられたのはスカリエッティと見るべきか?
どちらにしても厄介なことになったとネイは頭を悩ます。
「まあ、成り行き上な。んじゃま、やるか」
「え……ええ!? ガラさん、なんでそっちに!?」
「……こう言うヤツなのよ」
何故かやる気満々なガラに、慌てふためくフェイト。シャッハも状況についていけなく、完全に放心状態に陥っていた。
ネイの言うように、ガラは別に正義のために動いてるわけじゃない。それはD.S.も一緒だが、特にこの二人は気まぐれが酷い。
気が向けば戦うし、気が向かなかったら戦わない。そんな気まぐれに付き合わされて、滅ぼされた組織や国がいくつあったことかと、一世紀にも上る付き合いをネイは思い出していた。
大方、なんか面倒なことに巻き込まれて、ここにいるのだろうとネイは解釈する。
そうは言っても、知り合いだからと言って、素直に通してくれる男でもないだろう。
本人がやる気な以上、戦いは避けられないとネイは覚悟を決めていた。
「そういやネイはともかく、お嬢ちゃんと戦うのは初めてだったな」
「……どうして、なんですか? ダーシュの仲間だったんじゃ――」
「あいつとは気の知れた仲間ではあるが、別に仲良しこよしってわけじゃねえ。
目的があって共闘することもあれば、敵対することもある。そいつはネイやカルも同じだと思うぜ」
「そんな……」
D.S.と四天王の話は聞いていたから、なんとなくガラの言っていることはフェイトにも分かった。
それでも、D.S.と同じテーブルを囲んで、本当に気心のしれた親友のように、仲良く食事を取っていた男の言葉とは思えなかった。
譲れないもの。退けない時というのは、必ずあると言うことはフェイトも知っている。
今は親しい友人で、頼もしい味方だが、守護騎士たちともそのことで命懸けの戦いをしたことがある。
それでも――
「フェイト、下がってなさい。ガラとはわたしが……」
「いえ、わたしがやります」
「え……ちょっと」
D.S.は口では色々と言いながらも、ガラのことを誰よりも信頼していると言うことをフェイトは知っていた。
でなければ子供だった自分たちを、幾度となくガラと一緒に行動させていた理由に説明がつかない。
守護騎士たちと争っていた時も、そしてその後も――D.S.はそこにいなくても見守ってくれていたとフェイトは察していた。
そして、そんなD.S.に信頼されている人――ガラ。
二人の絆の強さは、女の自分でさえ嫉妬するほどに強いものだとフェイトは思っていた。
ずっと苦楽を共にしてきた戦友だからこそ、互いのことを誰よりも理解し、その絆を深めているのだと――
「――ライオット」
バルディッシュ・アサルトのフルドライブモード――ライオットブレード。
先程までとは打って変わって、小柄な片刃の長剣がフェイトの右手に握られていた。
それは、威力は高いが動きが鈍くなりがちなザンバーフォームに、フェイトが改良を加えた新たな力。
限界ギリギリまで高密度に圧縮された魔力が刃を形成し、あらゆる物を切り裂く高い切断力を発揮する。
高速戦闘を得意とするフェイトが行き着いた、文字通り『切り札』と言ってもいい最終攻撃形態。
「二人は先に行ってください」
「ですが、フェイト三尉!?」
D.S.やその四天王が規格外な存在だと言うことは、シャッハも耳にたこが出来るほど聞かされていた。
目の前にいるネイもそうだが、ガラはあの守護騎士たちやリーゼ姉妹ですら、手も足も出なかった実力者。
フェイトの実力は知っているつもりでも、とてもじゃないが一人でガラに立ち向かうなど、シャッハには無謀に思えてならない。
しかし、ネイはそんなフェイトのやる気を見て、シャッハとは逆に感心していた。
普通、D.S.とずっと行動を共にしてきていたなら、彼やその四天王の名を聞けば尻込みするのが普通の反応だ。
D.S.のことで頭に来たのかも知れないが、それでもガラに立ち向かおうなど、あの男の実力を知る普通の神経の持ち主ならありえない。
そんな人間がいるとしたら、余程のバカか、それだけの実力者のどちらかだろう。
シャッハの反応の方が当たり前とも言える。
おもしろい――フェイトを見て、ネイはそう思った。
ガラもニヤニヤとしているところを見ると、ネイと同じようなことを考えているのだろう。
D.S.がフェイトと一緒に自分を行かせた理由。そのことを考え、ネイは少しフェイトに対し嫉妬を覚えながらも、フェイトに対する評価を改める。
D.S.の娘だと名乗るだけの資格と強さ。それを本当に持っているなら、少しは彼女のことを認めてもいい。
そう、思うほどに――
「やるからには勝ちなさい。あの筋肉ダルマの鼻っ柱、折ってやりなさい!!」
「え……あのネイさん!?」
止めてくれると思っていたネイまでやる気になって、オロオロとうろたえるシャッハ。
思わぬネイの励ましにポカンとするも、フェイトはその一言で次の瞬間には気持ちを切り替え、気を引き締めなおしていた。
「はい――必ず、勝ちます」
「ほう……」
そう晴れ晴れとした笑顔でネイに宣言するフェイトを見て、本当におもしろそうに笑みを浮かべるガラ。
正直、子供の頃に彼女たちの戦いを見てから、ガラはフェイトたちと戦ってみたい――そんな好奇心を胸に抱いていた。
まだ荒削りではあったが、十年前のあの時、すでに大人顔負けの力を持っていた少女。
その後もD.S.やアムラエルに師事し、バスタードでカイたちに鍛えられたその実力。
どれほど、本物に近づいているか――それを確かめたい衝動でガラの胸は一杯になる。
ドゥーエも黙って、そんなガラやフェイトのことを静観していた。
すぐ隣を走り抜けていく、ネイとシャッハにも目もくれない。
自分の実力で、ガラと同格以上とも言える“雷帝”を止められるとは思ってもいないし、元より彼女たちと戦うつもりは今のドゥーエにはなかった。
ここに来たのは、ただ見届けるため――作戦を前に、ガラが言った言葉を思い出す。
「一宿一飯の恩もあるしな。タダ飯食わせてもらってサヨナラって訳にもいくまいし、守ってやるよ。
どんな敵からでも――このガラさまがっ」
その時はドゥーエも冗談だと思っていた。本当にかつての仲間と戦えるはずがないと――
しかし、なんでもないかのように仲間に剣を向けるガラを見て、ドゥーエは本当に分からなくなる。
姉妹に向けてくれた優しさ。凄く大きく感じられたガラの背中。今まで体験したことがなかった、その大きな手の温もり。
そんな彼からは想像もできない、戦いで見せる鬼神の如き戦闘力。
どれも、ガラと言う人物が持っている不思議な魅力だった。
スカリエッティに言われたからじゃない。
ただ純粋に、ドゥーエ個人としてガラに興味を抱いていたのかも知れない。
「――行きます」
「来なっ!!」
互いに獲物を手に構える二人。『閃光』と『忍者マスター』――二人の常識を超えた、想像を絶する戦いが幕を開ける。
……TO BE CONTINUED