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次元を超えし魔人 第59話『約束』(STS編)
作者:193   2009/07/10(金) 15:00公開   ID:4Sv5khNiT3.



 ティーダの放つ魔力弾を紙一重のところで回避しながら、距離を詰めるスバルとギンガ。
 直撃はしていないと言うのに、ティーダの魔力弾は二人の肌を掠めただけで皮膚を切り裂き、肉を焦がしていく。
 最後の切り札“AMFドライブ”を使った影響で、二人のBJを含む、身を護るすべての障壁は限界まで削られていた。
 この状況下で、ティーダの一撃を食らえばどうなるかなど想像に難くない。
 更には、高度なマルチタスクも、準備に時間のかかる強大な魔法も使用できない中で、二人は決死の特攻をティーダに仕掛ける。
 母から譲り受けたその“鋼の拳”に、持てる力のすべてを込め、その瞳に一歩も引かないと言う強い意志を宿して――

「――うおおぉぉっ!!」
「――はああぁぁっ!!」

 後一歩と言う距離まで迫った瞬間――二人のリボルバーナックルが、装填されたすべての薬莢を吐き出した。
 後先など考えていない渾身の一撃。二人の攻撃が、はじめてティーダの体を捉えた。

「ぐはっ!!!」

 呪圏を無効化され、肉体に直接、大きな魔力を打ち込まれたティーダは苦悶の表情を浮かべる。
 肉が歪み、骨が軋み、体の内側を通り脊髄にまで届くほどの衝撃。
 いくら強靭な肉体を持つ悪魔とは言え、その痛みに耐え切れるものではない。

「く――っ!!」

 距離を取らないと――そう、ティーダは考え、慌てて空に逃げようとする。
 その背中に現れる黒い悪魔の翼。すでに力の出し惜しみをしていられるほど彼に余裕はなかった。
 だが、ティーダは飛び上がったところで、スバルとギンガが慌てて逃げ出すように散開していく姿を目にし、背筋に悪寒を感じる。
 彼は失念していた。戦っている相手がギンガとスバル、この二人だけではないと言うことに――
 冷や汗を滲ませながら目を見開いて、スバルとギンガ、そして自分の軸線上にいるティアナの姿を見つけ、睨み付けるティーダ。
 そこには巨大な魔力を集束し、今かと攻撃の機会を待ち構えていたティアナが、その銃口をティーダへと向けていた。

「ティアナ――ッ!!」

 距離をとったつもりが追い込まれていた――
 そのことに気付いたティーダの怒りの咆哮が、ティアナへと向けられる。

「兄さん……」

 仲間が作ってくれた時間と機会(チャンス)。それを逃すわけには行かない――

 ティアナは狙いをただ一点、無防備になったティーダの胸元にあるコアだけに絞り、目を細める。
 ずっと磨き続けてきた精密射撃。兄から譲り受けた唯一の魔法。しかし、これがティアナの中に生きているランスターの魔法だ。
 こんな時だと言うのに、不思議と落ち着いていることにティアナは驚いていた。
 まるで時間が静止したかのような感覚。ティアナとティーダ、二人の間に無限とも思える時間が流れていく。

 ――わたしに出来るのはここまで。どうするかは、あなたが自分で決めなさい。
 ――お兄さんのことも、きっと大丈夫。わたしはティアナを信じてるから。

 アムラエルとなのは、二人の言葉がティアナの胸に強く残っていた。
 二人の恩師が教えてくれたことは、たった一つ。
 自分で決めた、自分だけの答え。未来を選ぶと言うことは、その結果にも責任を持つと言うこと。
 ランスターの未来でも、ティーダの望んだ未来でもない。ティアナの選び取った未来――
 それがどんな結果であったとしても、自分で決め、望んだ未来なら、きっと受け入れられるはず。

「スターライト……」

 ティア、ティアナ――

 たくさんの人たちが、自分の名を呼ぶ声がティアナの耳に届く。
 大切な相棒、仲間、友達――そして兄の姿。多くの人に支えられ、愛され、想われてここまで来た。
 きっと、それは幸せなことなんだと、ティアナは思う。
 兄から離れ、自分の足で歩みだしたこの四年間。この四年と言う年月は、兄も知らないティアナだけの大切な時間だった。
 だから、兄には知って欲しいと思う。

 この四年で……どれだけ、わたし(ティアナ)が成長したかと言うことを――

 それが、ティアナの願いであり、そして、長い時間をかけて導き出した答え。
 ランスターの魔法の証明。ティアナの想いと力。それは星の光となって、一条の輝きを生み出す。

「ブレイカ――ッ!!!」

 巨大な魔力の奔流――ルシファーUによって集束された魔力が、ティアナの力で強大な大威力砲撃へと姿を変える。
 なのはより授かった『星の光』の名を冠す極大砲撃魔法。その無慈悲なる一撃が、ティーダの体を包み込んだ。





次元を超えし魔人 第59話『約束』(STS編)
作者 193





 閃光と忍者、両者の戦いは、まさに人の限界を超えた力の応酬ではじまった。
 目にも留まらぬ速度で打ち合う二人の太刀筋は、一合する度に甲高い金属音を響かせ、その衝撃は周囲にまで被害を及ぼす。
 最初は近くで観戦していたドゥーエも、今は離れた場所に退避せざる得ない状況になっていた。
 さながら台風のような力でせめぎ合う二人の戦いに介入できる者など、この場には誰もいない。
 爆風のような力で繰り出された攻撃は鋭い衝撃派を生み、壁や天井、果てはガジェットの残骸もろとも地面を抉り取り、弾き飛ばしていく。
 ここが洞窟の中だと言うことを忘れてはいないか? と思えるほど、二人は目の前の戦いに没頭し、周囲の状況など見えていない。
 パラパラと崩れ落ちる天井を見て、ドゥーエは嫌な汗を流した。

「……非常識にも程があるわ」

 ドゥーエが冷や汗を滲ませながら言葉を濁すのも分かる。
 ガラの方は、まだ理解できなくもない。魔導師とは違う、異質な強さを持つ『忍者』と言う存在。
 その中でも最も優れた力を持つ者のみに与えられる称号『忍者マスター』――その称号を持ち、D.S.の四天王とまで畏怖された男だ。
 しかし、フェイトは普通にこの世界の魔導師。ガラのように“気”などと、管理世界の住人にとって理解不能な力を使っている訳ではない。
 だと言うのに、このAMF環境下で、ガラと正面から打ち合えていると言うだけでも驚きに値する。

「やるじゃねーか。まさか、オレの動きについてこれるとは思っても見なかったぜ」
「はあはあ……ガラさんも、さすがです」

 しかし、ガラの方はフェイトと違い、まだ余裕があった。
 フェイトはと言うと、すでにオーバードライブも使用し、ガラのスピードについていくためにBJに注いでいる魔力までブーストに使い、“真・ソニックフォーム”と言う切り札まで切ってしまっていた。
 これでようやく五分。いや、速度では負けていなくても、技、力、経験――
 すべてに置いてガラに劣っていると言うことは、フェイトも分かっている。

 防御を限界まで削っての無茶なスピードアップも、フェイトの体に酷い負担を強いていた。
 BJに掛ける魔力を最小限にしたことにより防御が薄くなっている上に、常人を遥かに超越した速度で動いている反動はダメージにも返ってくる。ほんの少し攻撃が掠っただけでも、その攻撃は皮膚を裂き、肉を削り取る。息を切らすフェイトの肌には、所々、擦り傷のような傷痕が痛ましく刻まれていた。
 一方、多少の傷は負ってはいても、ガラの方はほとんど無傷と言っていい。息も切らしておらず、未だ余力を隠していることが窺える。
 男と女、それにこの体格差もある。単純な体力差だけでも、両者の間には大きな開きがあると思って間違いはないだろう。

「大分、スピードも落ちてきたな。そろそろ体力も限界じゃねーのか?」
「……まだ、やれます」

 強がって見せてはいても、後がないことはフェイト自身が誰よりもよく分かっていた。
 四天王――その実力はD.S.やアムラエルを見ていることからも知っていたつもりでも、実際に戦ってみるのとでは随分と違う。
 カイやシグナムの剣技も達人の域にある凄い物だが、ガラの剣はそんな二人の強さをも遥かに超えていた。
 いや、そもそも比べることすら間違っていると思える圧倒的な力。一見隙だらけに見えて、全く無駄のない精練された動き。あの巨体でよくこれだけ動き回れるものだと思えるほど、小回りの利いた鋭い動きをガラは当たり前のようなこなす。
 どこに打ち込んでも当てられる気がしない――そう思えるほどに、ガラの動きはフェイトの想像を超えていた。

「その歳でその動き――随分とカイに剣の方も鍛えられたようだな。だが、まだ甘えな。
 もっと経験を積めばよくなるんだろうが、動きが素直すぎる」

 十年――それだけの年月を切磋琢磨し、磨き続けてきたフェイトの剣技も、ガラの前には通用しない。
 潜り抜けた修羅場の数、技を磨き続けた時間、どれもガラの足元にも及ばないのだから、それも無理はない。
 ネイですら、魔法抜きで正面からガラと力比べをすれば勝ち目はほとんどない。それほどの実力を有した世界でも数本の指に入る豪傑。
 そんな男を相手に、ここまで打ち合えたと言うだけでも十分に誇れることだ。
 しかし、フェイトは納得していないのか? そんなガラの忠告にも戦意を失うことなく、スッと静かに息を吸い込み、再び剣を構える。
 どう考えても、フェイトに勝ち目などあるはずもない。それは誰の目にも明らかだ。
 だが、フェイトは諦めていなかった。何か策があるのかは分からないが、彼女の眼はまだ死んでいない。

「勝ち目がないと分かっていて向かってくるか。単に負けず嫌いなだけか、それとも……」

 ガラの戦士としての勘が何かあると告げていた。
 これまで数多くの強敵と戦ってきたガラだが、フェイトはその中でも“上玉”に入る部類と言っていい。
 単純な強さだけなら、魔戦将軍や鬼道三人衆をも上回り、自分たち四天王にも迫ろうと言う勢いなのはガラも認めていた。
 あと数年も経験を積めば、もっと良い勝負ができたかも知れない――そう、ガラに思わせるほどにフェイトは善戦していたと言える。
 相手の力量も読めず、無謀な特攻を掛けるような相手ではない。その程度にはガラもフェイトのことを買っていた。
 そんなフェイトが、この状況でも諦めないと言うことは、そこには何かあるとガラも考える。

「おもしれえ――なら、オレもちょっとばかし、マジになってみるか」

 腰を落とし、低く構えを取るガラ。先程までとは打って変わり、真剣な表情で目を細めるガラを見て、フェイトも息を呑む。
 ガラから発せられる覇気、それはこれまでに感じたことがないほど大きく鋭いものへと変化していた。
 離れた場所でこの戦いを見守っていたドゥーエでさえ、その余りの迫力に言葉が出ず、代わりに嫌な汗が滲み出てくる。

「ガラさん、わたしが勝ったら教えてもらえますか?」
「――ん?」
「あなたが、そちら側にいる理由です。あなたの“戦う理由”を」

 この状況で勝った後の話をするフェイトを見て、ガラは目をキョトンとする。
 ガラはフェイトを殺すくらいの覚悟で、本気の力で挑む姿勢を見せた。
 その覇気に当てられ、すでに後がないと言うところまで追い詰められているにも関わらず、怖気づくならまだしも“賭け”を持ち出すなど――そんな相手は、ガラも“あのバカ(D.S.)”以外に知らない。
 D.S.が自分の娘にし、「ダーシュ」と言う愛称で呼ぶことまで許した少女。そんなことを思い出し、ガラは“おもしろい”と思った。
 力の差は明らか。どう考えても、フェイトに勝ち目はない。だが、もしもそんなことが可能なら――

「いいぜ。なんでも答えてやる。次にオレさまが出す一撃を受けて、立っていられたらな」
「……いいえ。勝ちます」
「――上等だっ!」

 魔人の娘を名乗る少女。その自信がどこから来るものなのかは分からない。単にバカなのか、無謀なだけか、それとも策があるのか?
 だが、下手な小細工や中途半端な力など、ガラの本気の前には無意味に等しい。
 ガラもそんな陳腐な自信など、へし折ってやるつもりで柄を握り締める手にギュッと力を込めた。
 フェイトもガラと同じようにスッと息を強く吸い込み、柄を握る手に強く力を込める。
 その意思に呼応するかのように、装填されたすべての薬莢を吐き出すバルディッシュ。その眩い金色の刃を更に強く、光り輝くものへと変えていく。

 勝負は一瞬――

「雷神王――」
「真――」

 はじめに動いたのはフェイトだった。その動きに合わせるように、ガラも刀を天高く振り上げる。
 カイより教わった正統剣法の源流“破裏拳流剣法”――その流れを組む雷帝が編み出した最大最強の剣技。
 対するは音速を超える秘剣――その破壊力は伝説の剣をも断ち、その衝撃波はあらゆるものを粉砕する魔性の秘技。
 互いに放つ、最大最強の技がぶつかり合う。

「彗星斬っ!!!」
「魔神人(マジン)剣っ!!!」

 かつては雷神剣とネイの力が合わさって、はじめて可能とした山をも断つと言われる究極奥義。
 フェイトはそれを、カイから伝え聞いた話だけで会得し、バルディッシュのオーバードライブを用いることにより再現して見せた。
 元は“破裏拳流剣法”の流れを組む必殺剣とは言っても、再現して見せられた時は、カイも顔を引き攣らざる得なかったほどだ。
 装填できるすべてのカートリッジ、そして最大級の魔力を乗せて放たれる一撃は、オリジナルには及ばないまでも限りなく近い破壊力を発揮する。
 ネイの技と言うより、半ばフェイトのオリジナル技と言ってもいい必殺技だが、それでもその技に込められた破壊力はカイの折り紙つきだ。山まで断つとまでは行かなくても、このアジトくらいなら吹き飛ばせるほどの破壊力がそこには秘められていた。

 だが、フェイトの体にも、技の大きな反動が返って来ることは明白な事実だった。
 迸る雷と衝撃の反動がフェイトの白い肌を切り裂き、至る所から血を噴き出させる。同じようにバルディッシュの本体にも、その強大な力に耐え切れず、ピシリと皹(ひび)が入った。
 それだけのダメージを覚悟の上で放った奥の手。これが通用しなければ、フェイトには完全に後がない。
 小手先だけの策や、中途半端な技がガラに通用するはずもない。そのことを承知の上で繰り出した捨て身の技。
 フェイトの十年間――蓄えるだけ蓄えてきた経験と技術のすべて。持てる力のすべてを込めた渾身の一撃。雷系極大魔法“テスラ”に匹敵するほどの雷撃がガラへと迫る。

 一方、ガラも負けてはいない。“真・魔神人剣”は、かつてネイの雷神剣をも叩き折ったガラの秘剣。
 その豪腕から放たれる衝撃波は音速を超え、避けることも見切ることも不可能とされる神速の一撃を放つ。
 かつてアリアも、この攻撃の前に成すすべもなく敗北を帰したことがある。
 片手で放った本気でない一撃であっても、Sランク魔導師ですら一撃で葬ったことがある剣技。しかも、今のガラは両腕で、全力全開でこの技を放っていた。
 それはアリアに向けた時とは比べものにすらならない。並の魔導師なら、その一撃を食らうだけで跡形もなく粉微塵になるほどの一撃。
 例え直撃はしなくても、今のフェイトなら掠めただけでも致命傷を受けかねないほどの威力だ。

 衝突する極限の力。その衝撃は離れた場所にいたドゥーエをも襲った。
 吹き飛ばされそうになるのを、必死に壁に手をつき耐えるドゥーエ。迸る雷と、嵐のように吹き荒れる風に、ここが建物の中だと言うことも忘れてしまう。すでに二人の周囲では、その衝撃に耐え切れなくなった壁や天井が悲鳴を上げ、大きな振動と共に崩れ始めていた。
 常識外れだと知ってはいたが、さながら天変地異を室内で再現する二人の力に、ドゥーエは脅威を感じると共に呆れ返ってしまう。
 こんなのを相手に戦いを仕掛けようなんて考えを起こしていた自分たちが、あまりに滑稽に思えてくるほど次元が違いすぎた。

「――ちょ、ちょっと!! 生き埋めなんてイヤよっ!!」

 もうプライドも何もあったものではない。二人に対して、ドゥーエは叫ばずにはいられなかった。
 ここが洞窟の中だと言うのも、戦っている二人は完全に忘れているだろう。崩れる洞窟の中、力と力、せめぎ合う二人は、全く周囲を気にしている様子がない。
 ドゥーエの言葉も耳に入っていないのだろう。額に汗を滲ませながらも、二人は戦いの高揚感から口元に笑みを浮かべていた。
 それを見た瞬間、ドゥーエは激しく後悔した。来るんじゃなかったと――
 観戦するにしても、もっと場所を選ぶべきだったと後悔するが、それもすでに遅い。

「――はああぁぁっ!!」
「――だああぁぁっ!!」

 力の限り、その剣を振りぬく二人。その瞬間、世界が白く染まった。
 光に呑まれ、ドゥーエの脳裏にも走馬灯のように姉妹たちのことや、これまでの人生が浮かび上がってくる。
 巻き込まれて“事故死”なんて情けないことこの上ないが、もう彼女にはどうすることも出来なかった。

 ただ、姉妹たちの無事を祈り、目を瞑るドゥーエ。
 まだ救いがあるのだとすれば、ガラの言葉に嘘がなかったことが分かったことだろうか?
 あの男のことだ。それも、ただの気まぐれかも知れない。
 それでも、本気でその約束を守ろうとしてくれたガラに、少なからずドゥーエは感謝していた。
 自分や妹たちの想いを、裏切らずにいてくれたことに――






「お、おさまったようですね……」

 シャッハは天井を見上げ、冷や汗を掻きながら不安そうに言葉を漏らす。
 まるで洞窟全体が揺れているかのような大きな地震。天井もパラパラと崩れ、生き埋めになるのではないかと心配するくらいの揺れだったのだから、シャッハの不安も無理はない。
 一方、ネイはと言うと、そんな大きな揺れだったにも関わらず、何でもないかのような平然とした顔をしていた。

「まあ、あの二人が戦って“この程度”で済んだなら、運が良かったと思うしかないわね」
「……それを分かってて、あの二人を残してきたんですか?」
「わたしとガラが戦ってたら、洞窟どころか、山ごと吹き飛んでたわよ?」

 もう、どうにでもしてくれと言わんばかりの呆れた表情で、壁に手をつくシャッハ。
 いくらカリムの頼みでも「二度と彼女たちの案内だけは嫌だ」と心に誓わざる得ないほど、シャッハはここに来たことを後悔していた。
 非常識だとは知っていたつもりでも、限度があるとシャッハは思う。
 カリムが「彼らを絶対に敵に回してはダメ」と危惧していた理由が、ようやくシャッハにも分かった気がした。

「いやはや……さすがにキミたちは凄いね。その力、脅威的と言ってもいい」
「あなたは――っ!?」

 暗がりから姿を見せる影。その正体に気付いたシャッハが、すかさず前にでてデバイスを構える。
 狡猾な笑みを浮かべ、トレードマークとなっている白衣に身を包みながら、さも当然のように堂々とした佇まいで姿を見せる男。
 スカリエッティ――自分から“のこのこ”と姿を現すとは思っていなかっただけに、シャッハはそんな彼の行動を酷く警戒していた。

「まあ、警戒する気持ちは分からなくないがね。
 残念ながら、キミたちがここに到達した時点で、わたしに抵抗する力は残されていない。
 下手な小細工など、そこにいる彼女には逆効果だろうしね」

 その割には余裕があるスカリエッティの行動の裏が読めないシャッハは嫌な汗を滲ませる。
 確かにここにネイがいる以上、スカリエッティに逃げ場などないのは明らかだ。例え、戦闘機人が出てきたところで、今更どうにもならないだろう。そう言う意味では、彼の言葉は間違っていないようにも聞こえる。
 しかし、世界を震撼させた広域次元犯罪者が、このくらいで素直に諦め、投降するものだろうか?
 シャッハが疑問に思うのも無理はない。それに、追い詰められていると言うのに、この余裕、何かないと思う方が無理がある。

「……あんたがスカリエッティ?」
「そうだ。はじめまして、アーシェス・ネイ、シャッハ・ヌエラ。
 ああ、せっかく来てくれたんだ。お茶くらいは出さないと失礼だね。ウーノ」
「はい、ドクター」

 突然、ウーノを呼びつけ、お茶の準備をはじめるスカリエッティの行動に呆然とするシャッハ。
 どこから取り出したのか? 姿を見せたかと思えば、白いテーブルに人数分の椅子、お茶に菓子の準備まで進めるウーノ。
 しかも、ネイはネイで、ウーノにあてがわれた席にこれまた平然とした顔で腰掛けていた。

「あら、結構良い茶葉使ってるわね」
「ネイさん!? 敵、敵なんですよ!?」
「心に多少余裕がないと、そんなんじゃこれから先やっていけないわよ?
 あなたも、こっち来て飲みなさい。あ、このお菓子も美味しい」
「…………」

 渋々、ネイの言うとおりに隣の席に着くシャッハ。納得はいっていなかったが、ここでネイに逆らったところで彼女に得はない。
 何か考えがあるのだろうと――もう、ただそう願うしかシャッハに残された道はなかった。
 どんよりとした雰囲気を発しながら席に腰掛けるシャッハを見て、ネイは「やれやれ」と苦笑を漏らす。
 ネイも、こんなことはD.S.と一緒なら日常茶飯事なことではあるので、今のうちに慣れておけと忠告したつもりだったのだが、生真面目なシャッハにはそれも難しそうだった。

「それで? なんか話があったんじゃないの? 美味しい“お茶菓子”を食べ終わるまでの間なら、待つくらいの器量はあるわよ」
「……ウーノ、あるだけ菓子を持ってきてくれるかい?」
「は、はい……」

 食べ終わってすぐに斬りかかっては来ないだろうが、遠回しに催促され、ネイの言葉に素直に従うスカリエッティ。
 管理局よりは話の通じる相手ではあると思ってはいるが、ガラにしても懐柔できるような相手ではないことは、スカリエッティ本人が一番よく理解していた。
 言うなれば、D.S.とその仲間たち、特に四天王はジョーカーのような存在だと思っていい。
 状況によっては、味方にも敵にもなり得る存在。平和ボケした管理局は余りそうした危惧を抱いていないのかも知れないが、彼らがその気になれば、相手が誰であろうと関係なくその牙を向けるだろう。
 D.S.――彼の気まぐれに世界の命運が握られているかと思えば、これほど面白い話はないとスカリエッティは苦笑を漏らす。

「何も命乞いをしようと言うわけじゃない。すでに、わたしの望みは“ほとんど叶えられている”と言ってもいいしね。
 そう、キミたちの介入があると分かっていた、その時から――」
「……どう言うこと?」
「キミも知りたいのではないかね? この世界の真実を――」

 両腕を組み、口元に狡猾な笑みを浮かべるスカリエッティ。
 その口から語られる世界の真実。
 それが、どんなものなのか? この時のネイとシャッハには想像もつかなかった。






「生きてる……」

 仰向けになったまま、天井を見上げるドゥーエ。
 瓦礫の下敷きになって死んだと思っていたドゥーエは、無事だったことに正直驚いていた。
 崩れ落ちたはずの天井からは、外の光が差し込んでいる。先程の一撃はやはり、アジトごと洞窟を吹き飛ばしたと思っていいのだろう。
 少なくとも、ドゥーエたちのいたフロアは軒並み瓦礫の下敷きになっていることは、周囲の様子を見れば明らかだった。

「ドゥーエ姉、よかった……生きてて」
「……セイン?」

 よく見れば、埃まみれの体で心配そうに、仰向けに倒れたままのドゥーエを見下ろすセインの姿がそこにあった。
 目を真っ赤に腫らせているところを見ると、先程までドゥーエの体を心配して泣いていたのだろう。
 そんなセインを見て、ふと彼女の能力を思い出したドゥーエは「セインが助けてくれたのだろうか?」と考えた。

「セイン、あなたが助けてくれたの?」
「いや、あたしは……ごめん。助けようと飛び出したんだけど、実際には逆に助けられちゃって」
「……???」

 そう言うセインの言葉で上半身を起こし、もう一度周囲を振り返るドゥーエ。
 よく周りを見渡せば、自分たちの周りだけ瓦礫が一切ないことに気付き驚く。半径五メートルほどの範囲だけ、まるで何かの力で守られていたかのように見事に何もない。
 どこも彼処も崩れた瓦礫だらけだと言うのに、これは不可解でならなかった。
 ドゥーエが難しい顔をしてそのことを考えていると、彼女たち二人の頭上に大きな人影が差し掛かった。

「お、目が覚めたみてーだな」
「……ガラ?」

 何故か上半身裸の状態で立っているガラを見て、ドゥーエは訝しむような目をする。
 よく見れば全体的に服もボロボロで、先程の戦闘の凄まじさを物語っているようでもあった。
 だが、ガラがここにいると言うことは、やはり「ガラが勝ったのだろうか?」とドゥーエは思いそのことをガラに訪ねた。

「あー、わりぃ、負けちまったわ」

 と、嬉しそうに自分の負けだと言うガラに、ドゥーエはどう答えていいか分からなくなる。
 しかし、何故かセインがそんなガラの代わりに顔を赤くして、「違う! あたいたちが邪魔しなければ、ガラが絶対に勝ってた!!」と言うものだからドゥーエもどう言うことか、ようやく察することが出来た。
 死んだと思っていたのに無事な理由。ここだけ瓦礫がない訳。
 聞くまでもなく、目の前のこの男がやったことなのだろうとドゥーエは納得する。

「ありがとう。また、助けられてしまったわね。しかも、今度は妹まで」
「まあ、約束だしな。言ったろ? 守ってやるって」

 約束は約束だが、あの戦いの最中で律儀にそんなことを守ろうとしたガラの行動力に、正直ドゥーエは呆れ返っていた。
 いくらガラが強いとは言っても、そこまで余裕があった訳ではないだろう。
 事実、ガラの言葉通りだとすれば、約束を守ったばかりに勝負に負けたと言うことに他ならない。
 管理局の提唱する“非殺傷設定”なんて一切考慮されていない、文字通り“命懸けの戦い”だったはず。
 下手したら死んでいたと言うのに、楽しそうに笑うガラの気が知れない。
 だからだろうか? そんなガラを見ていて、自然と笑みを溢していたのは――

「ほんと……変な男ね」

 バカだとは思っていたが、ここまで筋金入りのバカだとはドゥーエも思ってはいなかった。
 しかし、そのバカに惹かれている自分がいることにも気付く。
 自然とそんな男が何を考え、自分たちのことをどう思っているのか? そんなことがドゥーエは聞いてみたくなっていた。
 スカリエッティに近づいたのも、何か目的があってのことだとばかり思っていたが、そんな理屈を抜きにしてもこの男のことだから、しょうもない理由が別にあるような気がする。そう感じ取ったからかも知れない。
 そんなドゥーエの質問に、ガラはあごに手を当て、ちょっと考え込むような態度を示すと――

「弱いもんイジメは趣味じゃねーしな」
「へ……?」
「だってそーだろ。どう考えても、あの“バカ”とお前たちじゃ勝負にならねぇ。
 気に食わないヤツならともかく、そうじゃねーのに強い方についても面白くねーだろ」
「「…………」」

 ドゥーエとセインは目を点にして呆れていた。「弱いからこっちについた」と言うガラに、もうどう反応していいか分からない。
 しかし、だからこそガラらしいとも思った。本当に理屈じゃないのだ。
 D.S.とその仲間たちに「常識」なんて言葉は全く意味がないと言うことが、ガラを見ているとよく分かる。
 正直、その答えを聞いて、ドゥーエはこれまでのことが、どうでも良くなってしまっていた。
 スカエリエッティの計画も、そしてこの男に振り回されて思い悩んでいた自分のことも、すべてバカらしくなってしまうほどに――

「――ぷっ、くくっ、あははははっ!!」
「ドゥ、ドゥーエ姉!?」

 腹を抱えて大声で笑い出すドゥーエを見て、セインは鳩が豆鉄砲を食らったような不思議な顔を浮かべる。
 そんな姉の姿なんて、今までに一度も見たことがなかったセインは困惑していた。

 ずっと妹たちのことを気に掛けてくれていた姉ドゥーエ。
 冷酷に見えるのも、どんな相手にでも非情に徹することが出来るのも、すべては妹たちのため――
 ドゥーエが率先して汚い仕事についていたのも、妹たちのことを思えばこそだ。
 そのことはセインも言葉には出さないが感謝していたし、少しではあるが彼女の想いも察していた。
 だからこそ、他の妹たちのためにも気付かないフリをして、何も言わなかったと言う部分もある。
 そんな、決して自分から本音を見せようとしなかったドゥーエが、心から楽しそうに笑っている。
 それが、どう言うことか? ドゥーエのことをずっと後ろから見てきた妹のセインだから分かった。

 気付けば一緒になって笑っていた。
 本当に楽しそうに心から笑うドゥーエを見て、何故かセインまで嬉しくなっていた。
 氷のように冷たく閉ざされていたドゥーエの心を開いた男。
 そのよく分からない男に感謝しながら、セインも涙を浮かべてただ笑う。

「ほんと、バカよね」
「……あん?」

 行き成りドゥーエに「バカ」呼ばわりされて不審な目を向けるガラ。
 でも、それが彼女の本心だった。そんなバカに惹かれている自分に驚きながらも、感謝してもしきれないほどのものを、無自覚に与えられていたことに対する恩を決して忘れられそうにない。
 まさか戦闘機人である自分にも、こんな感情が残っているとは思わなかった。でも、自覚してしまったのだから、今更どうしようもない。
 そう、ガラのことを心から「好き」と言えるほどに、ドゥーエはそのバカに惹かれていたのだから――

「そう言えば、あの金髪は?」
「ああ、嬢ちゃんなら、ネイのヤツ追っかけてったぜ」
「ええっ!? ……ウーノ姉、大丈夫かな?」

 身を乗り出して、スカリエッティの心配よりも、まずウーノの心配をするセッテに、思わずドゥーエも「ぷっ」と噴き出してしまう。
 まあ、余り姉妹たちに懐かれていないスカリエッティだったが、冷静に思い返してみるとそれも仕方ないかとドゥーエも思っていた。
 スカリエッティの場合、悪い意味で変人過ぎるのも問題なのだろう。

「大丈夫よ。少なくともウーノは――ね、ガラ」
「……まあな」

 面倒臭そうに頭をポリポリと掻きながらそう答えるガラを見て、ドゥーエはクスッと微笑みを溢す。
 最初はガラのことを“理解できない変なヤツ”と思っていたドゥーエだったが、ようやく彼のことが少し理解できた気がしていた。





 ……TO BE CONTINUED





■作家さんに感想を送る
■作者からのメッセージ
 193です。
 更新、もうちょい早くするつもりが急な仕事も入ったため断念……;
 全60話を予定に書き始めた本作ですが、中途半端にならないように出来るだけ細かく盛り込んでいることもあり、数話オーバーしそうです。
 やはり改めて見ると、アニメのラストってかなり駆け足だったんですよね。
 しかも、本作はバスタード分がプラスされてるから、かなり大変なことに;



 >ロキさん
 D.S.の餌食に最終的に何人がなるかってのはこの際置いておくとして、ドゥーエが一番女の子してる気がしますw
 なのははそう言うキャラですしね。かなり今更って気もしなくはないですが……;
 ちなみに、なのはの恐ろしさはこの後、本編でしっかりとご覧になれると思います。魔王化はいい表現ですね(ゴホ
 ルーテシアの決着はかなり前から考えてた案なので、ようやく完遂できてわたしも感涙物でした。STSは道のりが長すぎましたしね。
 スカリエッティの口から語られるこの世界の真実。そして老人たちの狙い。
 すべては、あと数話で明らかになると思いますので、もうしばらくお付き合いください。



 >彼岸さん
 このなのはがブラスターシステムだけに留まっているかどうかは分かりませんがねw
 メガ姉も無事か? まあ、無事になりそうにないですが、そこは本編で。
 この話のキャロは実際、かなり強いと思います。ティアナたちも随分と強くはなってますが、個人戦では勝てないでしょうね;
 脳ミソズは一応生きてます。まあ、すでに登場してるので分かると思いますが。
 問題はその脳ミソズですら駒と考えて、裏で暗躍してる十賢者の影ですね。そこも徐々に明らかになるかと。



 >黒詩さん
 速さってのは凄くリアルの事情に左右されますがw
 これは趣味で活動してるSS作家や同人作家、皆さんの永遠の課題です。
 なのはの強化……いや成長もこの話の醍醐味ですしね。こっちでは本当に『冥王』って呼べるほどの存在になりつつあるのが怖いです。
 まあ、キャロって召喚に対する素養が異常に高いんでしょうが、原作でも鎖召喚したり、他の術もかなり幅広く使用してましたしね。
 一応、位置付けはアビちゃんだったのでw
 広義的な意味で言えば、かなり万能型なのかも知れません。盲死荊棘獄は確かに召喚と言うより呪術なんですけどね。
 あれは本文にもありますけど、魔力で編み出された荊棘を対象に絡みつかせ、その痛みで悶え苦しめるとんでもない魔法ですから。
 十賢者の影が最初にでたのは無印のラスト。実はあの頃から、STSでの関与を含ませてましたw
 元がこのSTSの話を前提に、無印から組み始めましたからね。徐々に明らかになっていくだろう真実や彼らの計画も含め、まったりお楽しみください。
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