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次元を超えし魔人 第60話『ミッシング・ピース』(STS編)
作者:193   2009/09/11(金) 21:10公開   ID:4mAiqFYt0e.



「はあ……はあ……」

 ティアナは肩で息をしながら、スターライトブレイカーの直撃を受け、仰向けに倒れているティーダにゆっくりと近づく。
 出来るだけのことはやった。正確にコアだけを撃ち抜き、確かにティーダの胸から浮かび上がったコア――黒いレリックが消滅したことはティアナも確認した。
 だが、ティーダの生死は分からない。あの奥の手の欠点は、非殺傷設定など考慮することが出来ないと言うことだ。
 個人で扱うには強大過ぎる魔法力。すでに一個人が扱える力を大きく超えたその力は、たかが魔力ダメージと言っても生半可なものではない。
 リンカーコアにまで影響を与えかねないほどの一撃を受ければ、いくら優秀な魔導師でも命を落としかねない。

「兄さん……」

 ティーダの体を覆っていたBJは消滅し、あの悪魔のような羽も跡形もなく飛散している。
 静かに眠るように身動き一つしないティーダを見て、ティアナは悲しげな表情を浮かべていた。
 覚悟はしていたつもりでも、ティーダを止めるにはこれしかなかったとは分かってはいても、自分の手で兄を討つことになった悲しみは消えない。

「ランスターの魔法、ちゃんと証明出来たかな……」

 そう言って腰を落とし、兄へと手を伸ばすティアナ。
 だが、その兄妹の再会はスバルの声によって遮られた。

「ティア、後ろ――ッ!!」

 ――!?
 鬼気迫るスバルの声を耳にし、慌てて後ろを振り向くティアナ。
 ゾク――っと背筋を襲う強大な気配を感じ取り、ティアナは言葉を発することも出来ない。

「人工悪魔と言っても所詮は人間。やはり、この程度ですか」

 醜悪なその姿から発せられる、すべてを見下すかのような発言。ティアナにも一目で、目の前の存在の強大さが分かった。
 魔神コンロン。アムラエル、そしてネイとカルによって二度に渡って退けられた悪魔。
 その強さは、実際に対峙して見てはじめて分かる。ティーダやルーテシアは、所詮は人工的に悪魔の力を生み出そうとした贋作。
 どれだけ優れた魔導師であろうと、人間の器で高位の存在である悪魔の力をすべて使いこなせるはずもない。
 強大な魔力と、呪圏と言う強力な特性を持っていても、それは人間と比べればと言うこと。
 だが、コンロンは違う。受肉した悪魔、高位の存在。その肉体は人間と言う脆弱な器とは比べ物にならない。
 文字通り、地上に降臨した破壊者。人間であるティアナたちに勝ち目などあるはずもなかった。
 ましてや、ティアナは先程の戦闘でほとんどの魔力を使い切っていた。実際には、こうして立っているのも辛いほど。
 それは、スバルやギンガも同じだ。ティアナを助けたくても思うように体が言うことを利かず、スバルはただ声を張り上げることしか出来ない。

「逃げて、ティア! ティア――」

 スバルの声に耳を傾けながら、ティアナは自分の後ろにいる兄や、満足に動けないスバル、それにギンガの姿を見渡す。
 正直、スバルの言うとおりに逃げ出したい。しかし、体力も魔力も底を付き、走って逃げることも叶わない。
 ましてや、最愛の兄や仲間を置いて逃げるなど、ティアナには出来なかった。
 きっと、どれだけ足掻いても、この悪魔には勝てない。こうして対峙しているだけでも指先が震え、まともに銃を握ることすら出来ないでいる。誰よりも、絶望的なことはティアナも分かっていた。

「あたしは――逃げないっ!! 兄さんを、大切な親友を置いて逃げるなんて、出来るわけないじゃないっ!!」
「ティア……」
「……ティアナ」

 銃口をコンロンへと向け、決して退かないティアナに、スバルとギンガも言葉を呑み込む。
 勝ち目などないと分かってはいても、殺されると分かってはいても、ティアナは決して逃げないだろう。
 だからこそ、スバルとギンガは悔しかった。一か八かの奥の手を使ったばかりに二人とも体力、魔力ともに限界を超えている。
 ティアナの援護をしたくても動かない体に、悔しさから涙すら浮かんでくる。
 目の前で親友が仲間が殺されようとしていると言うのに、ただこうして見ていることしか出来ない自分たちの無力さ。
 それが何より、スバルとギンガは辛かった。

「フフフ……この心優しい紳士たる私に感謝しなさい。兄妹仲良く、そしてそちらのお仲間も後ほど一緒に送ってあげますよ」
「――クッ!!」

 銃を構えたはいいが、コンロンの呪圏を撃ち抜くほどの魔法はティアナにはない。
 しかも、今の魔力では普通の魔力弾すら行使することは難しいと言うことは分かっていた。
 コンロンの死刑宣告とも言える言葉を胸に、ティアナは唇を噛み締め、覚悟を決める。
 コンロンのその豪腕が禍々しい圧倒的な魔力を帯びて、ティアナの方へと向けられる。
 直撃すれば肉片すら残さず消滅するだろう。圧倒的な熱量を帯びた真紅の光。地獄の業火と呼ぶに相応しい灼熱の魔力がコンロンの拳に宿り、ティアナを襲った。

(ごめん、みんな――)

 兄との決着をつけ、これからだと思っていた時に、こんな最後を迎えることになるなんて――ティアナはそのことを悔やむ。
 死ぬのが自分だけなら、ティアナもここまで後悔をしなかっただろう。悪魔と戦う、兄と戦うと決めた時から、その覚悟は出来ていた。
 でも、自分たち兄妹のことに親友であるスバルやギンガを巻き込み、結局、こんな結果に終わってしまったことを悔やんでも悔やみきれない。
 迫る光の中、ティアナは涙を流していた。
 それは死への恐怖からか? これから殺される親友のことを思ってか?
 または、力足りず、理不尽な力に抗うことの出来ない無力さからか?
 コンロンの振りぬいた拳は巨大な炎を巻き上げ、何の抵抗も出来ないまま立ち尽くすティアナと、その後ろにいるティーダを呑み込んだ。





次元を超えし魔人 第60話『ミッシング・ピース』(STS編)
作者 193





「ようこそ、玉座の間へ――」
「「――!?」」

 玉座の間に辿り着いたD.S.となのは。二人を待っていたのは戦闘機人四番目の姉妹クアットロと――

「――ヴィヴィオはどこ!?」
「あら、薄情ですね。あなたの前にいるじゃないですか?
 それとも少し会わないだけで、娘の顔も忘れましたか?」

 玉座の前に立つ、もう一人の女性。年の頃は十六、七と言ったところ。
 その少女をなのはは知らない。いや、クアットロに言われるまで気がつかなかっただけで、確かに“知って”いた。
 腰にも届く綺麗な金髪、特徴的なオッドアイの瞳。それを、なのはは知らないはずがない。忘れられるはずがない。
 自分のことを「ママ」と呼び、無垢な笑顔を向けてくれた一人の少女のことを――

「ヴィ、ヴィヴィオなの?」
「…………」

 変わり果てた姿で、何も答えない少女を見て、なのはは険しい表情を浮かべる。
 その怒りの矛先は、ヴィヴィオの傍らでほくそ笑むクアットロへと向けられていた。

「ヴィヴィオに、あの子に何をしたの!?」
「あら、怖い。わたしはただ、聖王陛下の力を引き出して差し上げただけ――」
「力を引き出しただけだ? 嘘つきやがれテメエ! 一体、“何”を組み込みやがった?」
「――!?」

 なのはの激昂を逆なでるように受け答えするクアットロだったが、すかさず一目見ただけでその正体を見破ったD.S.がクアットロを睨み付ける。
 D.S.――スカリエッティが最も恐れていた存在。その理由がその力だけでなく、四百年に渡り蓄えられてきた知識と経験、そこからくる驚異的な洞察力にあることを、クアットロは実際にこうして対峙することで肌で感じ取っていた。
 相手がなのはだけなら対話だけで軽くあしらい、自分に有利になるように状況を作り出すことも可能だったかも知れない。
 しかし、相手にD.S.がいる以上、それはもう不可能だと言うことを彼女は悟っていた。

「さすがは伝説の魔人……しかし、幾ら強いと言っても所詮はあなたも人間。今の陛下――いえ、熾天使ガブリエルに勝てるかしら!?」

 クアットロがそう言って指を鳴らした瞬間、ヴィヴィオの背より六枚の白い翼が姿を現す。
 膨れ上がる圧倒的な魔力。世界をも覆い尽くすほどの強大な気配が、その一人の少女より発せられていた。
 なのはは背筋に伝わる冷たい汗をを感じ取り、構えることも忘れ、ただ呆然とその場に立ち尽くす。
 相手と自分の力の差を明確に感じ、その上で敵わないと言うことを本能が認めていたからだ。

「あ……ああ……」

 なのはは、これほど絶望的な恐怖を感じたのは、生まれてはじめてのことだった。
 師であるアムラエルやD.S.をも遥かに上回る力。信じたくはなくても、それが今、自分の目の前に存在する。
 この強大な力の前には、どんな戦術を持っても、人間の力で及ぶはずもない。
 レイジングハートを握り締める手がカタカタと震える。ただ相手の魔力に圧倒されるだけで、身動き一つ取れず、言葉を発することも出来ない。

「さあ、親子で仲良く、殺し合いを」

 クアットロはその言葉と共に、霧のように姿を消しさった。
 その瞬間、ヴィヴィオの体から膨れ上がり放出される虹色の魔力。そこから発生した百を越す高圧縮された魔力弾が、なのはへと牙を向く。
 とてもじゃないが、防御障壁で防ぎきれるものではない。それほどの威力があの魔力弾にあることは、なのはにも瞬時に感じ取れた。
 しかし、相手の気配に気圧されて、思うように体が動かない。

「何、ボケッと突っ立ってやがる!!」
「ルーシェくん!?」

 魔力弾が直撃するかと思われた寸前でD.S.はなのはを突き飛ばし、代わりにその無数の魔力弾を体に受ける。
 身を呈し庇ってくれたD.S.の行動に、思わずなのははその身を心配して声を張り上げるが、その心配は杞憂に終わった。
 モクモクと立ち上がる煙の中から姿を現したD.S.は、血を流し多少の傷を負ってはいるものの、大きなダメージを負っている様子はない。
 むしろ、口元に広がる狡猾な笑みは、なのはにヴィヴィオに感じた時よりも鋭く冷たい恐怖を感じさせた。

「おい、ここはオレ様に任せて、さっきのヤツを追え」
「でも、いくらルーシェくんでも!?」
「ああん!? このオレ様がたかが小娘一人に後れを取るわけねーだろ。
 いつからテメエはオレ様の心配が出来るほど偉くなったてんだ!?」
「あう……あうう。ダメ、そんなにグリグリやめてー!!」

 D.S.にこめかみを拳で挟まれ、力任せにグリグリとされ、涙声を浮かべるなのは。
 これでは先程までの感動的なやり取りも、すべて台無しだった。

「うぅ……酷いよ」
「早くいけ。今のテメエじゃ、足手まといだ」

 ――っ!
 なのははそんなD.S.の態度に呆けながらも、自分の体の変化に気付く。
 ヴィヴィオの気にあてられ、金縛りにかかったように思うように動かなかった体も、いつの間にか緊張がほぐれたかのように自由が利くようになっていた。
 不思議だった。ヴィヴィオの力が衰えた訳じゃない。あの圧倒的な力に敵うとは今でも思えない。しかし、恐怖は和らいでいた。
 力の差は絶望的と言ってよいほどなのに、何故かD.S.ならなんとかしてくれる。そんな気持ちになるから不思議だ。
 一度目を閉じ、スッと深呼吸をするなのは。

「……うん。ルーシェくん、ヴィヴィオをお願い」

 もう、迷いはなかった。今の自分とヴィヴィオの間には覆せないほどの力の差が確かにある。
 だが、それはD.S.と自分を比較しても同じことだ。
 勇気と無謀は違う。ならば気持ちを切り替え、より可能性の高い方、今の自分に出来ることをするべきだ。

 決断してからのなのはの行動は早かった。
 すぐに探査魔法を周囲に放ち、自身もクアットロを追ってその場を離れる。
 ここにいればD.S.の邪魔になると言うことも察していたからだ。
 そんな、なのはに追撃をかけようと、無表情で右手で狙いを定め、容赦なく背後から砲撃魔法を放つヴィヴィオ。

「――!?」

 だが、その砲撃魔法がなのはに届くことはなかった。
 かなりの魔力を籠めたその一撃を、D.S.が腕の一振りで弾き飛ばしたことで、先程まで感情を表に出すことがなかったヴィヴィオの顔に焦りが見え始める。
 自身の力の強大さはヴィヴィオも自覚していた。例え、相手がSSSクラスを上回る魔導師であったとしても、それが人である限り覆しようがない次元に今の自分がいると言うことも。

 だが、目の前のこの男はなんだ?

 人間でありながら悠然とした態度で、いや横柄とも言える佇まいで最高位の力を持つ熾天使と対等に渡り合う存在。
 ――理解不能。その困惑が、ヴィヴィオに僅かながら感情を呼び起こす。
 すでにヴィヴィオの意思は、熾天使と言う大きな存在の前に思考の海に埋没していた。
 今、与えられているのはクアットロによって植えつけられた“母を奪った。大切な人を傷つけた目の前の敵を倒せ”と言う破壊衝動のみ。
 本来なら、D.S.の存在に疑問を持ち、考えると言うことですらありえない。
 与えられた情報との齟齬。人間が天使に敵うはずがないと言う前提が、ここに覆されている事実。

「あなたは……ダレなの?」

 分からない。目の前の男のことも、その力も、その存在も――すべて、何もかも分からない。
 ただ、懐かしい感じがした。

 誰よりも強く、大きく、温かい。その瞳の奥に宿る深い悲しみと優しさを、自分は“知”っている。
 それが何故かは分からない。だが、心が大きく揺れ動くのをヴィヴィオは確かに感じていた。

「反抗期の“ガキ”には――」

 ゾク――感じたことのない恐怖が、ヴィヴィオの背筋を襲う。
 爆発的に膨れ上がるD.S.の魔力。それは人の限界を遥かに超えたものだった。
 周囲の魔力すら取り込み、徐々に異形の姿へと変貌していく“それ”は、もはや人間のものではない。
 D.S.の力の源『夢幻の心臓』が脈打ち、悪魔王から奪った六つの力『ユダの痛み(ジューダス・ペイン)』が呼び起こされる。
 悪魔――いや、そう呼ぶのすら生温い。体を覆う黒色の鱗に、竜のような歪で禍々しい尻尾に羽。
 そう、それは人でありながら、魔と神をも凌ぐ最強の存在――魔神人(マジン)の降臨を意味した。

「きっちり、躾しねーとな」

 ゆりかごがD.S.とヴィヴィオの放つ魔力の圧力に耐え切れず、ガタガタと悲鳴を上げ始める。
 史上最強最悪の親子喧嘩が、ここに幕を開けようとしていた。






「気になったことはないかね? 何故、中央メタリオン大陸だけがこの世界と繋がり、こうも容易く“魔法”などと馴染みがない地球の人々に受け入れられたのか?」

 スカリエッティの話に黙って耳を傾けるネイとシャッハ。
 確かにその点は不思議ではあったが、前者に関しては理由を解明する術すらない。その時点で、考えるだけ無駄と言うものだ。
 それに後者は、その当時、交渉に当たったシーラ姫たちの対応が優秀だったと言うことも、理由には含まれるだろう。
 確かに違和感としては残るが、彼の言うことはそれだけでは単なる推測の域に過ぎない。

「そして、“真実”を知ったとき私は確信した。キミたちは、いや、この次元世界の人間すべてがこの違和感に気付けていない」
「真実? 一々言い方が回りくどいわね。はっきりと言ったらどう?」

 スカリエッティの話に苛立ちを覚えながらも、ネイは嫌な予感が頭から離れなかった。
 きっとこの話は、誰それと聞いてよい類の話ではない。
 そして、それは多分、ネイにとって最愛の人であるD.S.にも深く関わる重大な話だと言うことは、これまでのこと、そしてスカリエッティの性格や態度から十分にネイは察していた。
 この苛立ちも真実を知りたいと言う欲望と、どこかで知りたくない聞きたくないと言う思いが葛藤しているからに違いない。

「――ミッシングピース。あの日、世界は出会ったんじゃない。生まれたのだよ。
 たった一人の魔導師の存在が、世界を変えたのだ」

 ――!?
 嫌な予感が当たったとばかりにネイは冷や汗を流す。
 シャッハもその話の重大性にようやく気付いてか、言葉を失ってしまう。
 そんな話、信じられるはずもない。自分たちの知らないところで、たった一人の魔導師によって世界がいつの間にか造り替えられていたなどと。
 嘘であって欲しい。そんな願いから、シャッハはネイの方を見る。
 だが、ネイはそんなシャッハの期待を裏切るかのように、重い表情で首を横に振った。
 これまでのスカリエッティの話から、その話がおおよそ真実であると言うことを理解していたからだ。
 ほとんどのものが気付くことがなかった世界の歪みに対して、ネイやカルたち四天王はただ純然としてそこにある“違和感”を認知していた。

「本当なら一人の魔導師の力でそんなことは不可能だと言っていい。
 だが、キミたちの世界から漏れ出た因果情報はこの世界を侵食した。世界の意思を脅かすほどに」

 世界のはじまりとは、世界の終焉の日でもある。世界の意思とも呼ぶべき存在は、その日決断を迫られた。
 その結果、一人の魔導師を楔に出来る限りの違和感をなくし、この世界を再構築する道を選んだ。

 それが“ミッシングピース”の真実。

 世界はより安定したカタチを求めようとする。
 世界の意思ですら排除できない高次元の存在。元からあるこの世界の情報。そして、D.S.の記憶。そこから導き出され、再構築された世界。
 死んだはずの魔戦将軍や、D.S.と因果の深かった者たちは現世に蘇えり、大陸を覆う結界に“彼ら”がD.S.の力を感じたのも無理はない。
 中央メタリオン大陸もまた、D.S.の記憶によりこの世界に繋ぎ止められていたのだから。

 誰一人、この違和感に気付くものはいない。
 世界は自然に溶け込み、その真実に気付けるものは誰一人いない――はずだった。

 だが、世界の楔とされた人間。
 この世界で唯一、世界の意思が自由に出来なかった者。
 魔と神をも超える無限の魔力、存在を内包するために、この世にいながらこの世界の“法則(ルール)”から外れた存在。
 ――D.S.と言う例外が存在した。

「このことに気付いているのは、わたしたちを覗けば、たったの三人だ。
 いや、この三人だけ最初から“知っていた”と言っても間違いではないだろう」
「……三人?」

 D.S.に取り込まれ、彼の一部となっていた者たちもまた、この例外に数えられる存在となっていた。
 ネイの脳裏にD.S.と、そしてその使い魔となっている天使の少女、アムラエルの姿が浮かぶ。
 だが、もう一人と言うのがネイには分からない。

「そう、キミの考えている通り、D.S.とアムラエル――
 そして、もうひとり。D.S.に取り込まれた悪魔がいたはずだ」
「まさか……あのマッチョのこと?」

 先日、退けた悪魔のことをネイは思い出す。
 正直、思い出したくもない存在だったが、かつての自分の部下の一人が頭を過ぎり、忘れたくても忘れられなかった。
 そう言えば、あの真祖の変態筋肉は今頃どうしているのか?
 微妙な顔をするネイを見て、スカリエッティはおもしろそうな物を見たといった様子で「ククッ」と笑いを込み上げる。

「もっと正確には、彼に寄生していた悪魔と言うべきかも知れない。
 その“人物”からキミたちの世界のことを聞かされ、私は協力を求められた。
 そしてキミのよく知るあの“老人”たちと接触をし、取引を持ちかけることで方舟の再現を試みたのだよ」

 スカリエッティの言っている老人と言うのが十賢者だと言うことはネイもすぐに気がついた。
 しかし、彼の言う真実を知っていたと言う三人目の悪魔のことが分からない。
 言葉を濁している様子もなし、特に隠そうと言う感じもない。
 だから――

「誰なの? それは――」
「魔皇ベルゼバブ――世界の終焉と新生を望む者」






 スバルとギンガは目の前の光景が信じられなかった。
 ティアナに直撃したかのように思われた攻撃を、いつの間にか割って入ったよく見知った一人の少女、アムラエルが片手で受け止めていた。
 とてもじゃないが人間に止められる攻撃じゃなかった。文字通り魔神の一撃は、核のそれにも匹敵する。
 それを一歩も退くことなく、片手で受け止めることなど普通の人間に出来るはずもない。これが天使と人間の差。
 スバルとギンガは、ただ目の前の天使と悪魔のやり取りを見守ることしか出来ない。

「――ぬうっ!!」
「わたしの教え子に随分と好き勝手やってくれたわね」

 膨れ上がったアムラエルの魔力を警戒し、飛んで距離を取るコンロン。
 明らかに以前とは違う。コンロンに恐怖を与えるほどに、アムラエルの存在感は以前の戦闘よりずっと強く、濃いものへと変貌していた。
 元の姿を取り戻し、完全体となったアムラエルの背に光る六枚の翼。その有り得ない光景にコンロンの表情が険しいものへと変わっていく。

「まさか、第五位の力しか持たない天使が――何故、熾天使と同じ翼を持っている!?」
「さあ? 何故かしら……ね」

 コンロンを挑発するかのように言葉を受け流すアムラエル。
 その視線は、ティアナとその後ろで倒れているティーダへと向けられる。
 ティアナも死を覚悟したところに、突然現れたアムラエルに驚きを隠せなかった。

「あの――」
「うん、よく頑張ったね。ティアナ」
「あ……」

 アムラエルに頭を撫でられていることに気付き、礼を言おうとした言葉を呑み込み、頬を染めるティアナ。
 そこには先程まであったコンロンへの恐怖ではなく、温かな安心感があった。

「後は任せて。コンロン――いえ、ベルゼバブ!! 今度こそ、この因縁に決着をつけましょう」
「――!?」

 コンロンの表情が驚愕に満ち、そして静かに冷ややかなものへと変わっていく。

「……いつから気付いていた?」
「最初からよ。あなたも知っているのでしょう? ミッシングピースの真実を――
 ずっとあなたたちの狙いが分からなかった。でも、あのことを知っているのなら、その狙いもこの行動の裏も読み取れる。
 そして、そのことを知っている人物は、この世界でたった三人しかいないのだから」

 コンロンはあの時、D.S.に取り込まれ完全に消滅した。
 だが、彼に植えつけられていたベルゼバブの肉の芽はコンロンが消滅した後も、D.S.の魔力を糧に密かに活動を続けていた。
 その結果、ベルゼバブには大きく得るものがあった。それが、世界の楔としてのD.S.の存在だ。
 管理局を震撼させた闇の書事件。あのタイミングを利用してベルゼバブは分体をD.S.から切り離し、計画を開始することを決めた。

 この世界はD.S.――いや、正確には“ユダの痛み”を核として新生された。
 ならば、今一度世界の楔を解き放ち、世界創造を成すことも可能ではないのか?
 D.S.の魔力の源となっている『夢幻の心臓』。彼に奪われた七大悪魔の六つの『ユダの痛み(ジューダス・ペイン)』。そして自身が持つ最後の一つ。
 すべてが揃えば、再び、神の獄を破り地獄の門は解き放たれる。
 その瞬間、世界の楔となっているユダの痛み(ジューダス・ペイン)はあるべき姿を取り戻し、悪魔による世界の新生が成り立つ。
 拒むことも、排除することも叶わない宇宙創造を促す高次元の力。地獄の門が開き、楔が取り除かれた瞬間、世界はそれを許容するしかなくなり、より完全な安定を求めるようになる。
 第二のミッシングピースがその瞬間に成り立てば、文字通り悪魔が許容される世界が創造される。
 それこそがベルゼバブが考えた新たなる『反創世計画(ネガ・ジェネシス)』の全容だった。

「この世界を本当の地獄に変える。そのための計画。
 でも、そのためにはD.S.を地獄に呼び寄せるか、自身がこの世界に干渉する以外に方法はない。
 そうしない限り、永遠に“ユダの痛み”は完成しないのだから――」
「そう、だから考えたのだよ。世界に拒絶され、神の封印により自らが現世に赴くことが不可能ならば、あの時と同じ状況を作り出せばいい」

 アムラエルの推測を肯定するようにベルゼバブは語り出す。
 方舟も、触媒として用意した魔導師たちも、すべてはガブリエルとD.S.の戦いを引き起こさせるため。
 永久凍土から発見されたガブリエルを、そのままD.S.に差し向けたところで彼女の性格から考えて戦いになるはずもない。
 かと言って行方不明となっている他の熾天使を探しだすことは難しく、他の悪魔王たちも神の獄に逆らうことは出来ず、現世に自ら干渉することは不可能。
 ただの混沌嘯(ケイオスタイド)では足りない。極限と極限の力の衝突の果てに生まれるエネルギー。
 宇宙開闢にも匹敵するほどのその絶大な力が衝突すれば、地獄の門を開かずとも現世と地獄を繋ぐことが出来る。

「よく気付いたと言いたいところだけど、もう何もかも遅いよ。
 アストラルエンジンを搭載した方舟のバックアップを受けることで、熾天使の力を完全に自分のものとした彼女と彼が戦えば、目的は達成される」
「フフ……本当、バカね。D.S.が予定通りに動いてくれることなんて、今まであったと思う?」
「……なに?」

 ベルゼバブの一番の誤算は、D.S.を計画に組み込まざる得なかったことだとアムラエルは考えていた。
 それは彼の今置かれている状況を考えれば当然ではあるが、故にこの計画は成功するはずもないとアムラエルは考える。
 彼の自由奔放、傍若無人な行動の前には、神の謀でさえ、計算の内には入らない。
 世界が彼を楔とし、この世界を再構成したのは何も“ユダの痛み”を排除出来なかったからではないと、アムラエルは自信を持って言えた。
 世界の意思と言うものが本当に存在するのなら、それが最も恐れ、優先したのは他でもないD.S.であると。
 そしてD.S.と敵対することを望まなかった世界は、D.S.の記憶と意思が強く反映された世界を創造した。
 だとすれば、ガブリエルの存在にも証明がつく。そう、恐らくこの世界はすでに――

「この世界に、わたしたちの知る“神”なんてものはすでにいない――その上で、わたしたちは力を失っていない。
 いや、この世界の法則に則った存在へと変貌しているのかも知れない」
「……まさか。そんなことが人間に出来るはずがないっ!?」

 アムラエルの考えが読めたベルゼバブは、そんなことがあるはずがない。認められないとばかりに声を張り上げる。
 非常識なまでに強力だった天使と悪魔の力も、この世界では一定の法則(ルール)の元に抑えられている。
 そしていくらD.S.と繋がっていると言っても、この受肉したのと寸分変わらない肉体を見てアムラエルはずっと疑問を抱いていた。
 極めつけはガブリエルの存在だ。何故、彼女が受肉しているのか? 地獄にしかないはずの永久凍土がこの世界に召喚されている理由。
 答えはすべて、目の前に用意されていた。

「彼を誰だと思ってるの? そう、D.S.は宇宙一“強欲(よくばり)”なのよ」

 文字通り、彼はあの日、すべてを救ったのだろう。
 人も、亜人も、そして敵だったはずの天使や悪魔でさえ――
 神の駒としての天使や、宿命に翻弄される悪魔たちを、神の束縛から解き放ち、ただのこの世界で生きる命とするために。

 自分たちの手で道を選び、未来を掴み取れる存在へと――

 それは過程は違っても、ベルゼバブが、悪魔たちが求めた世界。
 真の“解放”と同じ意味を持っていた。






 ……TO BE CONTINUED





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■作者からのメッセージ
 193です。
 ご無沙汰してます。お盆に再開する予定だったのですが、出張が入り出遅れました;
 実は今月一杯で仕事を辞め、晴れてネオニートになります(え
 SSの更新速度は、そのため来月になれば比較的上がるかも知れません。
 一年ほどは通院などもあるので、療養に専念したいと思います。その分、趣味の執筆活動が早まる可能性があるわけですw
 とりあえず、出張中やらなんやで三話ほどストック貯めてるので、しばらくは小まめに更新します。
 もう、クライマックスですしね。最後まで止まらないことを祈っててくださいw

 なお、感想の返信は申し訳ありませんが、今回はお休みさせて頂きます。
 次回の分にまとめてやらせて頂きますのでご了承ください。
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