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MY BOUND ──エンゼルランプ── プロローグ2/こたえは真理だ
作者:MAO   2009/08/01(土) 11:18公開   ID:zFK0kQTp5DU
 荒野。
 日の恵を跳ね返す黄色い砂が溢れる荒野。
 秩序が無いということではない。
 人の手が長らく加わっていないという意味だ。
 自然のままであるとも言える。

 その、自由気ままな荒野を横切る、ずっと以前に造られたのであろう一本の広い道路。アスファルトはひび割れ、その隙間を名前も知れない逞しい雑草に覆われ、白く風化し、微妙なコントラストを生み出している。 
 
 人工物は自然には勝てないという教訓のようだ。

 その白い道路の上を、人工物であるオートバイクが走っていた。
 というよりも、爆走している。 それも一台ではない。十数台はある。

 残りのオートバイが先頭の一台から放射線状に、ボーリングのピンのごとく末に広がっている。
 しかし、先頭の一本と後続との間には500メートルほどの差が開いている。 ボールは途中で力尽きるだろう。
 
 また、離れている先頭の一台だけがサイドカーである。

 ただ、バランスがあっておらず、時折側車が付いている右側に折れながら、危なげに走行している。

 そもそも、明らかに後付けと判る側車である。

 本車もサイドカーを付けるような設計はしておらず、細身である。そしてなぜか、虎を模した意匠となっている。

 側車もまた珍妙なデザインをしている。 
 一般のサイドカーと違い、ゆりかごのような座椅子の形をしておらず、車輪のついた球といった風体である。 色は白。

 安眠にはほど遠いその側車から、正確には通信に割いている情報力場から、電気信号に変換された女性の声が再変換されて、不満というかたちで入力される。

「いたっ。いだだっ! あいっ!? ・・・・・・ラレンチさ〜ん。もう少し安全運転してください。舌かんじゃいますよ〜」
「やかましい! そんなヌルいこと言ってたら追いつかれちまうだろうが! このマシンの限界まで出すぞ! そしてっ、今日の俺はラレンチじゃない!」

 怒鳴りながら応える、本車に乗っている男も、奇妙な格好をしている。
 
 まず一番に目に付くのは、頭部を完全に覆っている青い鉄仮面である。
 若干薄汚れているとはいえ、全体的に鈍い光沢を放っており、素材の知れない代物で造られた仮面。

 ヘルメットではない。

 なぜなら、そこには顔としか呼びようのないものが存在しているからだ。

 目に当たる部分には、孔の空いていない勾玉の一端を膨らませたようなものが、赤く光っている。
 そのそれぞれの目の中央には、傷のような溝が縦走しており、後頭部までまっすぐ続いている。頭頂部にはその溝を埋めるように、角のようなものが生えている。

 その溝は口とも顎とも見える場所の両端付近から伸びている。そこには他にも、長く伸びた二本に挟まれるように、同じような溝が三本。ただしこれらは短く、見ようによっては口を縫われているようにも映る。 ならば長い二本は牙だろうか?
 
 鼻の部分には、額から黒い逆三角形が目の間を通っており、それが鼻らしく見えるだけで、一見して判るものは無い。

 首から下は仮面と同じ青の、鎧のようなうろこ状のスーツで被われている。
 腰には、二本の白いベルトがクロスを描くように止められており、その中央の合わさった部分にバックルがついている。

 バックルには牙のような、縦に細長い逆三角形が赤く光っている。

 そしてわき腹の、二本のベルトがちょうど避けてひし形を描いているところにホルスターが吊っており、黒光りする拳銃がそれぞれ収められている。
 
 異形の男である。

 いや、男かどうかも判断がつきにくい格好である。
 声と口調から判断すれば男というだけだ。

 間違いなく男だろうが。

 顔の見えない異形の男と、姿の見えない、卵のような側車から聞こえてくる少女の声との会話。

 とってもシュールだ。

「最高で何キロまで出るんです、っかあ? あとそれなら今日は何と呼べばいいんですかあ?」

 振動に揺れながら恐る恐る、それでもどこか間が、もしくはネジが抜けた声で女性が聞き返してくる。

 いや、声の軟らかさからして、まだ少女だろうか?

 ともかく、子供が聞いたら泣き出しそうな声音と口調で男が怒鳴る。

 なぜか怒鳴る。

 確かに、暴れ狂うエンジン音がかなりの騒音となっているが、通信を介しているのでその心配は無いはずなのに、それでもやっぱり男は怒鳴る。

「650キロだっ! それとっ、今日の俺の名前はポステルだ!」
「ううぅぅ〜・・・・・・。標識が無いと思って。・・・・・・ポステルって、女の子の名前じゃないんですかあ?」
「しょうがねえだろっ! 今日は7月の16日なんだからよ。そして、殺すなの標識もねえんだからっ、こっちもやっぱしょーがねえだろ!」

 怒鳴り声がうるさすぎて、姿の見えない少女は密かに音量を下げているのだが、それでもやっぱり男は怒鳴る。

 雰囲気作りだ!

 男は吐き捨てる。

「16日? 日付が関係あるんですかあ〜? ううぅ。わかりませんん〜」
「ネットで調べろ!」
「こんなところで回線が繋がるわけないじゃないですかあ〜! 衛星介すわけにもいかないですしぃ」
「もう発見されてんだからいいんだよっ!」

 ついには横にある側車の方を向いて後ろを、後ろから迫るバイクの集団を指差しながら怒鳴る。

 サイドカーということが災いしているのか、徐々に差が縮まってきている。

「あああっ! このままじゃあ追いつかれちゃいますよ〜」

 外が見えないはずなのに、何らかの方法で情報を得ているのか、少女が焦ったような声を出す。
 しかし、そう思っているのは少女本人だけで、他人にはちっとも緊迫感は伝わってはこない。

「・・・・・・・・・・・・」
「あれぇ〜? どうしたんですかぁ。だまっちゃって?」

 てっきり、またまた怒鳴り声が返ってくると思っていた少女は、気を抜かれたような声を出す。

 怒鳴らないことによって心配されるのはいかがなものかと思うのだが、この場にはそんな常識的なことを気にするような一般人はいないようだった。

「・・・・・・そうか。そうだな」

 ぽつりと、聡すぎて感動を失ってしまった子供のように、当たり前のことを当たり前に当たり前だと再認識したように、ただ無感動に呟く。

「え、えーと。あのあの。どうしたんですか、あ?」

 その静かな言葉のどこかに感じるものがあったのか、少女がこわごわと男に話しかける。

「・・・・・・・・・・・・」

 男は応えずに、黙って後ろを振り返る。

 6、7秒は見ていただろうか。やがて前に向き直ると、

「おい、あいつらの武器と特徴はなンだ?」

 閑言に、ただしドスの利いた声で問いかける。
 ついでに、振り返っている間にズームで撮った、バイクで追いかけてくるストーカーな敵の画像データを送信する。

 敵は全員、肘膝といった関節部分や胸にプロテクターがついた、妙に光沢のある黒い鎧のようなスーツをぴったりと着込んでいる。
 足にはブーツのようなものを履いているが、スーツとの境目が無く、一体化している。
 手のグローブも同様に、スーツと同化している。
 ここまでは、色を無視すれば鉄仮面の男とだいたい同じである。
 ベルトも、飾りや文様こそないが、バックルが大きいことといい、そっくりである。
 ただ、頭が違う。
 頭があるべき場所には、フルフェイスヘルメットのようにのっぺりとした凹凸の無い、目鼻も口も耳も無い黒いマスク。
 仮面ではない。
 顔は無いのだから。
 ただそのマスクの前半分だけが不透明で、ガラスのようにつるりとした黒というふうに色別れしている。
 その部分には時折、何らかの信号なのか赤い線が幾本も複雑に走る。

 どれもこれも同じような黒一色の格好で、見分けはつかない。


「え? わわわっ。こんな解像度の高い画像いつ撮ったんですかぁ〜?」

 とまどいながらも役割をこなしているであろう少女に「今撮ったンだよ」と、そっけなく言ってやりながら、なにかを確かめるように、ハンドルを握りなおす。
 そして、右側のハンドルに、まるで自転車のベルのように、これまた明らかに後付けされたボタンを確認する。
 いつでも押せるように、指をかけておく。

「はいは〜い。検索終了しましたよ〜。データーを送りますね〜。あー、あとー、対応したVIRUSも送っときますね〜」

 少女が言い終える前に、男の視界にウインドウが展開する。
 添付ファイルのVIRUSのデータは、腰に吊ってあるホルスターに送信する。
 これで対応した弾丸がセットされる。

 視界のウインドウをスクロールさせ、内かたちを流し読みする。

「ちっ。F−26が四体。F−25が五体。R−28とR−29が三体づつ、か。はんっ! 一個小隊の半数とはな。舐められたもンだよなァ!」

「でもでもー、遠距離専用のR型の最新機がいるんですよね? どうして撃ってこないんでしょうかねー?」
 
 道は一本道。もちろん、なにも決められた道路の上を走らなければならないことはない。
 それでも、白い道路を外れれば、脇に広がるは黄色い砂流。走れないことはないが、イエローカードである。 
 当たる当たらないはともかく、避けなれば確実に当たる軌道で撃たれて、こちらが脇に逸れて、スピードとバランスを崩したところを、確実にドカン。
 それで仕留めきれなくても、とりあえずバイクから叩き落せば、近寄って接近戦専用のF型でやっぱりドカン。

 もちろん、その程度でヤラれる自分ではないが、マニュアルどおりに攻めるならそうなるだろう。

 少女が言ってるのは、それをどうして早く実行しないのかということだろう。

 言われて、いや、言われるまでもなく考えて、

「追いつけるのはスイカハンターか、スイカキラーだな。増援を待ってんだな。ははッ! 妥当な判断だ」
「スイカじゃなくて、スカイですよ〜。スイカ捕まえてどうするんですかぁ〜?」
「ああ。わりいわりい。翻訳ミスだな」
「機械通してるのにミスるわけないじゃないですかあー」
「機械なんて信用できるか!」
「あなたがそれ言っちゃうと終わりですよぅ〜」
「・・・・・・・・・・・・」

 あまりのオブラートの無さに、思わず言葉に詰まってしまう。

(ほんっとに変な奴だな、コイツ。ふつー、こういうのは無意識にでもストップかかると思うんだが)

 少女が自分のことを馬鹿にしているわけでないのは判る。
 ただありのままに捉えているだけなのだ。
 遠回りせず。
 迂回せず。

(おもしれーヤローだ)

 もちろん、そんなこと言葉にも、おくびにも出さないが。 

「でー、どうするんですかぁー?」

 そんな自分の長とも短言えない点に気付きもせずに、ぽやぽやと少女が尋ねてくる。

「そうだなァー」

 男も、指摘はせずに、いつもどおりだるそうに応え、

「本命が来るまで遊んでやるか」

 ポチッと、右ハンドルに後付けされたスイッチを押す。

 ガゴンッ

 固定されていたなにかが外れる音がする。

「へぇっ────────」

 思考の停止は一瞬。

「っきゃああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ────」

 思考の混乱は長く、尾を引きながら後ろへと転がり、少女が収まっている側車が本車から切り離されて、凄い勢いですっ飛んでいく。

「くはははは! ほんっとにおもしろいなあ!」

 男は少女の悲鳴を聞きながら、表情の変わらない仮面の下でケタケタと笑う。
 笑いながら、急な重心移動によって乱れたバランスを立て直す。ついでに、わざとスピードを落とす。
 そしてやっぱり、

 笑う。
 
 笑う。
 
 嗤う。
 
 しかし、飽きてきたのか、

「うるせエなあ。強度については確認済みだろうがよ」

 情報力場を操作し、あっさりと通信を切ってしまう。

 聞こえない悲鳴を四方八方に撒き散らしながら、完全な球形ではないために無茶苦茶な軌道で転がり飛んでいく側車は、やがて追跡部隊のところまで到達し、

「────────────────────」

 人間技ではない巧みなバイク捌きに避けられ、一本も倒すことなく砂煙の中に消えていった。
 それをミラー越しに見て、予想通りすぎる結果に舌打ちする。

(ちっ。やっぱ予測演算されてかすりもしねえか)

 敵はチェスマシーンのように、こちらが次に打つであろう手を、心理学やらなにやらの応用で予測しているのだろう。

(裏を掻く程度じゃダメだな。底が知れる。 必要なのは斜め四五度からの強襲)

 言葉遊びにも聞こえる作戦。
 しかし、経験に基づく真理である。
 ミラーを覗き、敵との距離を確かめる。

 気付けば、追っ手との距離は10メートルもなかった。 

 しかし、

(この距離は、知っている!)

 ただの勘。
 それでも、今日まで自分を生かしてきた勘である。
 そしてこれからも。

「さてっ、と!」

 気合を一つ吐き、お荷物が無くなって軽くなった車体のハンドルを、下から握りなおす。

「よっ、せえぇっ!」

 気合を一発入れ、そのまま勢いよく車体を持上げる。
 同時に、ブーツで守られた硬い足で地面を蹴り飛ばす。

 グウゥゥオォォ

 細身とはいえ、重い車体が浮き上がり、海老の背をなぞるように空を後方へと滑る。

 世界が回転する。

 目は回らない。

 地面が空に。
 空が地面に。

 半回転して、視界に敵の姿が映る。

「ハッ!」

 その時には既に、腰にある2丁の拳銃は手中にあった。
 バレルとボルトが大きく、全体的に無骨なオートマチック形式の銃。

 銃口を向ける。
 敵の姿はすっぽりと、暗い穴に飲み込まれてしまった。

(防音はなし。威力は軽視。連射を重視)

 引き金を引く。

「バースト!」

 ドッドゴッドンッ ゴンッグオッゴドッ ゴンッゴドンッゴウッ

 同じ銃で撃っているのに音が毎回変わるのは、状況に合わせて銃が勝手に微調整されるためである。
 とはいえ、当てるのは二の次なので、今はあまり意味が無い。
 牽制になりさえすればいいのだ。

 体がさらに回転し、さすがに撃つのが難しくなる。
 潔く、リロードも兼ねてホルスターに収めなおす。
 空いた手を再びハンドルに。

 分類するならば、これはバク転となるだろう。

 しかしそれは、人の身で行う技ではなく、人間技ではないそれは、たやすく人を殺す。

 そして、人でないものまでも。

「ツブれろ クズども」

 グギイィィシャァアアッ

 狙い違わず、空中で一回転した車体は、若干スピードを緩めてしまったせいで詰まってしまった追跡部隊の丁度中央の敵の真上に着地し、避ける間も与えず一気に押し潰した。

 ギッ─ザザザアッ

 いっせいにブレーキをかけて、完璧にタイミングを合わせて車体を滑らし、同時に車体をこちらに対して横に向けて、軍隊のように戦闘態勢に移行するのが接近戦専用F型。
 バイクを蹴って、それを盾とし、有効射程距離まで逃れようとする遠距離砲撃戦専用R型。
 360度全部敵だ。 的だ。

「遅えんだよおぉ!」

 ガアァンッドンッガアァンドンッガガアアンドンッドフッ

 右手の速銃は、前左後右のF型が跳びかかるための足場にしているオートバイのエンジンを、左手の轟銃は逃げるR型の胸を、それぞれ撃ち貫く。
 
 ドッオオオォオオォオン

 爆発音はそれほど大きくはなかった。

 胴体部分の大きな破損によって行動不能に陥った二体のR型は爆発していない。
 自分で飛び退いた分と、銃弾によって押し込まれた力の分だけ地面を滑り、立ち上がることなく沈黙するのみだ。
 
 爆発したのはオートバイ。
 三台同時爆破でこの程度の爆発。
 引火するような燃料を使っていないのだから当然だが。

 爆発は撃ちこんだ榴弾によるものだ。
 液体燃料の主流となっている水が爆発するわけがない。

 世界はよりクリーンに。

 爆発によって、オートバイの破片が凶器として周囲に四散する。

 しかし、その程度で傷を負うものがいないこの場においては、まったく意味無く地面に落ちて、決して自然に溶け込まないゴミとなる。

「ゴミ掃除といこうか!」

 部屋を掃除していると、なぜか最初よりも散らかっているということはよくあることだ。
 
 最終的にキレイになっていれば問題なし!

 吐き捨てる。

 単純すぎる思考回路ゆえに、影響は無いはずの攻撃に足を止めてしまった前方のF型二体に、走り込みながら銃口を向け、火を噴かせる。

 ゴンッゴンッゴンッゴンッ

 F型はR型と違い、敵からの反撃も予想される接近戦専用の造りなため、装甲が厚い。
 R型のように普通の弾丸の一発や二発で風穴を開けることはできない。

 かといって、頭を狙うわけではない。
 これは強度の問題ではない。

 無駄だからだ。
 脳など入っていないのだから。

 よって貫くのは足の付け根。
 関節部分。
 弾丸の種類は徹甲弾。
 貫通力を重視した被帽付きの砲弾。

 ベギィギジイィ

 徹甲弾は吸い込まれるように足の付け根、股関節のあたりに命中する。
 その衝撃でF型の足があさっての方向を向き、バランスを崩す。

 上体を傾け、倒れつつあるその二体にそのまま突っ込み、

「VIRUS!」

 銃に指令を送り、VIRUSの弾丸をセットさせ、

「狂い死ね!」

 傷口、つまりは先ほど徹甲弾を撃ちこんだ場所に、VIRUSの弾丸を打ち込む。
 金属同士がぶつかり合う甲高い音の一拍後、立ち上がろうとあわれで無様にもがいていたF型の動きが止まる。
 その二体を蹴り上げ、後方からようやく電磁ナイフを抜刀して襲い掛かろうとしていた敵にぶつける。

 巻き添えで四体ほどがバランスを崩し、たたらを踏む。
 
 その一瞬で十分だった。

 ドッグウゥッオオォォオッンンン

 VIRUSの弾丸を撃ち込まれた二体がほぼ同時に爆発する。

 その紅蓮を見ることもなく地面を蹴って、背中に受ける爆発の衝撃を利用し、一気に12メートルほどの距離を跳ぶ。

 その先には、

「はっはあ! 逃がすかよお!」

 遠距離から、バスターに形状を変化させた腕でこちらを狙い撃とうとしていた一体のR型。
 バスターが火を噴く前に、敵の胸にサイトを合わせる。
 左の銃口から徹甲弾を滑らせ、その六徳後に右の銃口からVIRUSを回転させる。
 
 傍目には判らない極僅差で、先に徹甲弾がえぐり、その傷口にVIRUSが命中し、侵す。

 動きを止めたR型の脇をすり抜け、左足を右斜め前に踏み出し、体を捻る。
 その捻れに逆らわず、ネジを締めるように体を右に回転させ、右足で後ろ回し蹴りを放つ。

 ガンッ

 蹴り出された即席の爆弾は、案の定追撃してきていた二体のF型にぶつかり、爆発する。

 ドッオオォォオオォン

「ごックろーさァん!」

 壮絶な、見えない笑みが顔を歪ませる。

 レーダーの障害となる炎がF型を呑み込む前に、徹甲弾とVIRUSを撃ち込み、同じく爆発させる。

 グォッドオオオオン

 炎が上がる。
 天に向かって伸ばされ、何も掴むことなく力尽きる。
 倒れ、横に広がり、視界を隔てるカーテンとなる。

「あ? なんだァ。もう終わりかよ」

 崩れた敵を嘲笑いながら、それでも油断せずに銃を向けるが、炎の向こう側からの追撃はなかった。

 と、コールが入る。

「ポステルさ〜ん。遠距離から射撃きまーす。エネルギー弾なので撃ち落とせませんよー。予測弾道だしときますねー」

 専用の回線は切断したはずなのに、器用にも別の手段で接続してきたのか、いつもの緊張感の抜ける声が聞こえてくる。
 同時、視界に赤い線が表示される。

 ギュウゥウゥゥゥン

 空間を捻れさせるような、独特の音をさせて、視界の赤い線をなぞるように、青い光弾が炎の壁を突き破り、飛んでくる。
 その数、およそ六発。

「残ってるR型は三対だったから、二発づつの計算か。・・・・・・実弾より性能落ちてねエか?」
「チャージショットとか撃てるんじゃないんですかー?」
「スライディングをするかどうかでビジュアルがズイブンと変わってきそーだな」

 緊迫感の無いことを言い合いながらも、次々と更新される赤い線の軌道をたどる光弾を避け、敵に向かってできるだけ頭身を低くして走る。
 
 一発一発にたいした威力は無い。
 ただそれでも、衝撃に足を止めてしまうには十分な砲撃だ。

 一発当たれば、次の一発が。そして三発目が。

 気が付けばハチの巣に。

「上等じゃねエかよ!」

 かすりもさせるか!

 吐き捨て、ばんもんのようにはだかる炎を迂回するように、左足を大きく踏み出す。
 赤い線、光弾の軌道からして、R型が横一列の隊列を組んでいるのは明らかだった。

 正面から行くのは正直すぎる。
 横からドミノ倒しのように殴りつけるのが正しい戦術。

 左足を前に出したまま、右足を後ろに強く振る。
 地面がくぼむほどに踏みつけた右足をそのまま軸足とし、体を回転させ、さらにえぐる。

 青い光が刹那の差で脇をすり抜ける。

 赤い線が軌道修正され、また胸へと伸びてくる。

(ちっ。 あんま時間かけてらンねえってのによぉ)

 歯噛みし、舌打ちもする。

 回り込みに時間をかければかけるほど、陣形を変えられ、奇襲じみた攻撃の成功率は低くなる。

 ただでさえ、迂回しているのだ。

「ふんっ」

 鼻で笑い飛ばす。
 
 負けるはずが無い。

 確信ではない。

 真理だ。

 身を低くしたまま地面を強く蹴る。

 地を這うようなジャンプ。

 一気に距離を詰める。

 着地は足ではなく、両の手で行う。

 跳び箱の要領で地面を押し飛ばす。

 さらに距離を。

 炎の壁を越し、敵の姿を目に入れる。

「きははははっ! やっぱバカだな」

 予想通り、横一直線に並んだ三体のR型。
 その砲撃部隊を守るように一歩前に出て構えている五体のF型。

 ありきたりの陣形。

 ただ使うときを間違えている。

 これでは『待ち』の構えだ。
 それでは、性能で優っている自分に蹂躙されるのを待つブタでしかない。

 数では優っているのだから、包囲して殲滅の陣形を捕れば良かったのに。

(そうすりゃ一発カスらせることぐらいはできたかもしんねえのになァ)

「ポステルさーん。残ってるのはR−29三体とF−26が二体、F−25が三体でーす。早く終わらせてわたしを回収してくださ〜い」

 力が抜けて、なにもかも放り出して五体投地したくなるような少女の声には応えずに、一息にたたみかけようとして気付く。

「おい! R−29のVIRUSがねえぞ!」
「そりゃそうですよー。最新型なんですからー。まだ作れませんよー。ですからー、できるだけ傷つけずに倒してくださーい。あっ、でもでも、もしかしたらVIRUS対策とられてるかもかもです」
「あ〜あ。めんどくせえなあ」

 VIRUSとは、名前どおりウイルスである。
 相手の情報力場に直接干渉、つまりは傷口にVIRUSの情報を付加した銃弾を撃ちこむことによって、相手の回路に誤情報を流すことができる。

 どのような干渉かというと、全ての改造体には、機能停止してから数分後に爆発するように情報ソースがセットされており、その情報ソースを侵して、即刻敵の体を爆発させるというものだ。

 当然、このようなチートは、チートであるがゆえに単純な回路を持つ敵にしか通じない。
 その単純な敵が、今戦っている、通称『ショッカーコマンドロイド』である。

 与えられた命令以外のことには咄嗟には行動できず、またその行動も間違っている場合が多々ある。

 ようするにザコだ。
 刈られるだけの葦。

 しかし、敵は日々夜々進歩している。
 そろそろ、VIRUSへの対策がとられていてもおかしくないはずだ。

 VIRUSを受けた敵は例外なく爆破しているため情報が残りづらいだろうが、倒してきた数が数である。

 VIRUSが効かなくなると、ザコとはいえザコゆえの大量生産品の底なし戦力。
 
 正直、鬱陶しい。

 負けるとはちらりとも思わないが。

 これは真理だ。

「はっ! おい、どの部位を残して欲しい!?」
「うーんと。頭ですねー。ほとんど空っぽなんですけど、情報力場的に結構入詰まってるんですー」
「アラの部位だな!」

 突撃する自分に対し、F型がR型の援護を受けながら攻撃を仕掛けてくる。

 だが、遠い。

 電磁ナイフによる攻撃がとどく前に徹甲弾を撃ち込み、VIRUSを干渉させる。
 
 一瞬で電子回路と情報力場を書き換えられ、その抵抗でR−25の動きが止まる。

 脇を通り抜けようと走るスピードを上げる。

 ドンッ

 打撃音とともに、爆発まで数刻も無いF−25がこちらに飛ばされてきた。

「──っ」

 予想外の出来事に息を呑む。

 が、影響は無いと思い直し、横に薙ぐチョップで宙に浮くF−25の軌道を変え、光弾からの盾とする。
 F−25で陰になっていたところから、黒い仮面が見えた。

 二体同時に襲いかかってきていたようだ。
 おそらく、陰にいたこのもう一体はF−26だろう。

 バシュッバシュッバシュッバシュッ

 即席の盾にいくつもの青が命中し、小刻みに揺らす。
 
 それがきっかけというわけではないだろうが、爆発し、赤を撒き散らす。

 ドッオオオオォオォォォオォオン

 広がる炎の幕を切り裂いて、ナイフが込んでくる。

 分厚いそれの腹を、左手のVIRUSが装填された銃の背ですくい上げるように払いのける。
 右手を伸ばし、徹甲弾を数発叩き込む。

 ナイフが引かれる。

 後ろにのけ反ったのだろう。

 左の銃を向ける。
 敵の姿は炎で見えないが、問題ない。

 ろくに狙いをつけないまま引き金を入れる。

 ドンッ

 銃声は一発のみ。

 それでも、当たったという確信があった。

 結果は真理として顕れる。

 抱きつかれたりしないように、その場を離れる。

 後ろにではなく、前に。

 爆音と炎を捨てて行く。

 赤い線が追ってくる。

 だが、狙いが甘い。

 まだ陣形を整えられてはいないのだろう。

(その前に制圧する!)

 一度落ちてしまったスピードを、さらにそれ以上に上げる。

「ポステルさーん!」
「なんだっ!?」

 少女の、これまでとは違う焦ったような声。
 とはいえ、紙を薄く割いたような厚さ程の差だが。
 具体的に言うなら語尾のマーク。

 ともかく、少女が続ける。

「来ましたよー。増援でーす!」
「空からか!?」
「はーい。スカイキラーですぅ!」
「ははっ。やっぱりか!」 

 話しながらも脚を止めることなく、光弾を避けながらF型の相手をする。

 新たに一体仕留める。

「うん? あれー? おかしいですねー」
「なんだァ? どうした」
「スカイキラーなんですけどー、武器積んでないっぽいんですよねー」
「はあァ? ナメてんのか!?」

 あまりの怒りに思わず、悪役っぽいことはしないようにしていたのに、素手でF型の頭を握り、潰しまう。

(いや、目に見える武装をしていないってことは、それ以上の武器を内部に持っているってことか?)

 さっきから目障りなR型をVIRUSがないため仕方なく、頭部を失ったF型を投げつけ、もろとも踏みつけて胸に大穴を空ける。
 
 機能停止に陥る二体を尻目に、思考を纏める。

(空からでも強襲できて、俺に見合うような相手。増援でこんなショッカーども百体ぐらい持ってきても意味無いのはむこうも分かってるだろーし)

 数ではなく、質のある敵。

 この局面で登場する敵の想像がつき、男はたまらないというように笑い出す。

「きははっははははは。ようやくおでましかよ。こんな半端モンじゃなくてまともな改造人間のよお!」
「わわわわ。改造人間ですかー。最新型だとさすがに分が悪いんじゃないですかー?」

 少女の心配するような、しかし杞憂でしかない言葉。
 男は少し苛立ったように、それでいて心底楽しそうに大声で笑いながら言う。

「バッカ。フザけてんのか? 俺が負けるわけねえだろが。俺を誰だと思ってやがる」
「わたし、ポステルさんの本名知りませんよー?」
「うっ。そ、それはそれとしてだっ!」

 少女の思わぬ反撃に、珍しく言葉に詰まる。
 が、やっぱりすぐまた怒鳴るように応える。

「とにかくっ! 機体の性能差では戦力は履がえらねえンだよ!」
「はあー。そうなんですかー」
「・・・・・・ちっ」

 いちいち気の抜ける奴だ。
 
 毒づきながら通信を切り、直撃コースだった光弾を気楽に避ける。

「あ?」

 声が洩れる。
 気が付けば敵はわずか三体しかいなかった。
 R型二体とF型一体。

 どうやら、通信に夢中になっていたせいで手加減をし忘れたらしい。

「まあいいか。もうすぐでマシな相手も来るだろうし」

 このさい一気に片つける!

 その言葉を合図に、男の勾玉のような眼と、バックルがひときわ輝きを発する。

 地面を踏みしめ、弓を引くように体を絞り、銃に既存の弾でもなく、VIRUSでもない、自分専用の弾を篭める。

 ドンッ

 地面が深く陥没するとともに、男が発射された。

 空中で身をわずかに捻り、迫る光弾を横にやり、立ちはだかるF型には左右二発づつ、計四発の名称未確定弾を撃ち込み四肢をバラ撒かせる。
 音もなく崩れる、その軽くなったであろう胴体を足場に、さらに加速しながら跳ぶ。
 その際、体を回転させ、軸をずらすことによって、さらに目前の光弾を避ける。
 自分を捉えきれていない左右のR型に真正面から突っ込み、本来なら口がある場所に、マスクを割りながら銃口をそれぞれに突っ込み、
 
「はいサイナら」

 下に向かって打ち貫く。

「あー弱かった。手加減すんのメンドいなー」

 無残に倒れる敵に見向きもせず、だるそうに吐き捨てながら銃をホルスターに収める。
 
 できれば、煙が昇る銃口に口を近づけ、フッと息を吹きかける。ということをしてみたかったのだが、いかんせんこの特別製の銃から煙は昇らないのでやめておいた。
 やっても虚しいだけだ。
 というよりもダサイ。

「ああーっ! 頭部壊しましたねー!」
「やかましいっ!」

 気を抜いた瞬間に少女のキンキン声が襲い掛かり、頭の中でホシが舞う。
 が、意地なのか、男も負けてない声量で怒鳴り返す。

「んなことは後でもいいだろ! とりあえず、スカイキラーは今どこだ!?」
「ちょうどそっちに着いたところじゃないんですかー?」

 少女が言うと同時、地面に影が差す。
 巨大な、影踏みをするのは不可能なほどの範囲が黒く染まる。

 空を見上げる。

「ははっ」

 笑いが溢れる。

 遥かな上空、レーダーには映らない隠密性を持った黒い雲が、青空を覆っていた。

 遠すぎて小さく見えるのに、他者を屈服する威圧感。 

 恐怖の象徴。

 今ここに各地で憐れに歯を立てる解放軍の戦士が居れば、恐怖で逃げ惑っていただろう。

 ブタのエサ。 

 あるいは、果敢にも挑むかもしれない。

 無謀な勇者。

 そのどちらでもない男はただ心底楽しそうに、仮面で見えない笑顔を浮かべながら、敵の登場を待つ。

 やがて、スカイキラーから爆弾が投下された。


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■作者からのメッセージ
 最近初めて買ったケータイにリコールが出てとまどっているMAOです。メールの仕方もまだよく分かってないのに。

 お久しぶりとなりました。前回から随分と時間が開いてしまい申し訳ありません。予想外に戦闘描写にてこずりました。
 しかも戦闘描写だけなのにかなり長い。それもまだ途中。おまけに主人公がまだ出てないし、味方の固有名詞が武器名と偽名しか出ていないという事態に・・・・・・。

 とりあえず、こんなに戦闘描写が続くのは今回だけだと思います。
 次回はひとまず日常パートです。 主人公の登場です。
 本当は、今回その日常パートにしようと思ったのですけれども、どうしてもプロローグ的な感じになってしまったので、二回連続ですけど戦闘描写になってしまったということです。

 あとそれと、本来なら前回のこのスペースに書かなければならなかったのでしょうが、書き忘れたので補足です。
 文章中のいくつかの単語を見れば、知っている方はピンとくるでしょうが、一部、φシリーズの設定をもじってお借りしています。
 クロスオーバーといほどもなく、設定というよりは概念をお借りしているという状態です。こんな考え方があるんだなーと。
 知っているでしょうか? φシリーズ。 結構好きだったのですが続きが出ません。同作者さんの七不思議シリーズも続きが出ません。
 気長に待つことにします。

 最期に質問なのですが、皆さんは登場キャラクターの名前をどのようにお決めになっているのでしょうか? よければ教えてください。

 それではあとがきまで長くなってしまったので終わろうと思います。
 誤字・脱字、感想など、自分は叩かれて伸びるタイプですのでどんと待ってます。
 長文・乱筆失礼しました。

 PS.第一話も微修正しましたのでよければお願いします。
 
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