作者:193
2009/09/17(木) 23:08公開
ID:4mAiqFYt0e.
「どう言うことだ! 何故、こんなことになっている!?」
『分かりませんっ! 反乱を起こした魔導師の中にはSランクの高位魔導師も混ざっている模様。
職員に偽装して忍び込んでいたとしか――兎に角、お逃げ下さい! 時期にここも突破され――ガッ!』
ここは首都クラナガン、地上本部ビルの最上階にあるレジアスの執務室。
通信の途絶えたモニタを前に、レジアスは焦りを隠しきれないでいた。突然、局内で発生したクーデター騒ぎ。
発起した職員は本部内に待機していた魔導師の約半数以上に上る。しかも、それを手引きしたと思われる数名の仮面を身に付けた黒装束の男たちは、全員がオーバーSランクの高位魔導師であることが判明していた。
「やはり動き出したようね。彼らも相当焦ってるってことかしら?
まあ、行動を起こすなら、このタイミング以外にありえないとは思っていたけど」
すべて予定調和とばかりに椅子に腰掛け、アリアに用意させた紅茶を口にするアリサ。
この部屋には今、アリサとレジアス、それにアリアの他に、ゼスト、アギト、それにリニスの合計六人が控えていた。
この中で実際に戦えるのはアリサとレジアスを除く四人。内、三人がオーバーSランクの魔導師ではあるが、相手にも複数名のSランク魔導師がいることが確認されている。
それに反乱した他の魔導師たちも質では劣ると言っても、待機していた職員の半数以上に上り、その戦力差は絶望的だった。
レジアスが焦るのも無理はないが、アリサには何か勝算があるのか? 余裕の態度を一切崩そうとしない。
アリサのこの余裕の態度は、ゼストやアギトから見ても不可思議でならない。
二人はレジアスから過去の事件の詳細を聞かされ、その上で納得した訳ではないが、彼の苦悩、そして今に至る決意を聞いた上で、元凶であるスカリエッティの野望と、最高評議会の計画を阻止するためにアリサに今は協力することを約束した。
レジアスのしたことを許すことは出来ないが、彼がそうするまでに至った苦悩は少なからず、同じ正義を志し、夢見た仲間としてゼストも痛いほど理解出来たからだ。
そうなるまで気付くことも出来ず、彼を追い詰めてしまったのは自分の責任でもあるとゼストは悔いていたが、互いにそのことを責め合っても、すでに過ぎ去った過去が戻ってくる訳でも、これまでの罪が消える訳でもない。
それに彼の答え次第では、レジアスを殺し、自分もその後を追うつもりだったゼストだったが――
「本当に悔いているのなら、目を背けないで最後までしっかりと見届けなさい。
自分たちだけ死んで楽が出来るなんて思わないで。本当に大変なのはこれからなんだから」
とアリサに咎められたのも、彼女に協力しようとゼストが決心した理由の一つだった。
ゼストにしても、どうせ捨てるつもりだった命だ。レジアスと引き合わせてくれたこの少女に、命を預けることに依存はなかった。
だが、レジアスが焦るように、確かに戦力比はこちらの方が不利。それにここに立て篭もって、この狭い執務室で戦闘ともなれば、魔導師の自分たちはよくてもアリサとレジアスに逃げ場はない。
下手をすれば戦闘の余波に巻き込まれ命を落としかねないと言うのに、アリサが至って冷静なのがゼストは引っかかる。
打って出るわけでもなく、かと言って戦況が分からないほど愚かな少女ではない。
だとすれば――
「……何を待っている?」
「あら、分かったの? 意外と頭が回るのね」
アリサはゼストの話に満足そうに笑って答える。
そう、アリサはゼストの言うとおり、こんなところで犬死ぬする気はない。
ただ、機が熟するのを待っていただけ。
あの慎重且つ狡猾な老人たちの油断を誘うため、彼らの尻尾を掴むために、巧妙に罠を仕掛けながら彼女は獲物がかかるその時をじっと待ち続けていた。
次元を超えし魔人 第61話『暗躍』(STS編)
作者 193
「くっ――ゆりかごの中で何が起こってるんや!?」
先程からゆりかごを中心に台風のような魔力風が吹き荒れ、はやてたち外でガジェットの駆除に当たっていた魔導師たちはゆりかごに近寄れないでいた。
こうして離れたところから見ているだけでも、嫌な汗が滲み出てくるのを彼女たちは感じる。
それほどに圧倒的且つ、強大な魔力がゆりかごを覆っていたのだ。
動力部に向かったシグナムとカル、それにヴィヴィオの救出に向かったD.S.となのは。
そして四人の支援に向かった第二陣のAAランク以上の空戦魔導師で編成された突入部隊。
以上十数名の魔導師たちが、あのゆりかごの中に取り残されていた。
これ以上は外から、はやてたちに何か出来ることはない。ただ外側から、見ていることしか出来ない歯痒さを彼女たちは噛み締めていた。
「かと言って、ここからじゃ出来ることは何もあらへんし……せめて、中の様子が分かればいいんやけど」
なんとか彼らを救出する糸口を見つけられないものかと、はやてはゆりかごの周囲を観察しながら考える。
自分ひとりなら全力を出せば、あの台風を超えていくことは可能かも知れない。
だが、突入に使った外壁の穴や、D.S.のハーロインで撃ち抜かれた壁も、ゆりかごの自動修復機能で今や完全に塞がってしまっている。
この魔力風の中、外壁を撃ち抜き、内部に侵入した後、他の魔導師たちを連れて外に脱出することは、自分一人の力では不可能だと言うことは、はやても分かっていた。
D.S.となのは、それにカルとシグナムに限って万が一のこともないと信じたいが、それにしてはアクションが遅すぎる。
なんらかのトラブルがあったと考える方が自然だった。
はやては考える。どうすればいい? 指揮官としてここに残るべきだと分かってはいても、感情は親友を仲間を助けに行きたいと訴える。
「むう……これはいけませんね」
「――なっ!?」
突然した後ろの声に驚き、慌てて振り返るはやて。
そこには険しい表情で、ゆりかごを見て唸るアンガスの姿があった。
まったくと言ってよいほど、アンガスが言葉発しているところを見た記憶がないはやては、二重の意味で驚きを隠せない。
この人って、話せたんやな――と、失礼なことを考えていた。
「アンガス隊長……どうしてここに?」
アンガスはラーズたちと共に地上の防衛に当たっているはず、彼がここにいる理由は本来ならない。
あちらとて戦力に余裕があるわけではない。先程まで空を覆い尽くす勢いで溢れていたガジェットたち、当然空で捌ききれなかった数も含め、多くのガジェットが地上にも向かっていた。
今、はやてがこうしている間にも、ゆりかごから少し離れた空域ではガジェットと魔導師たちの小競り合いが続いている。
それは地上とて同じことだ。海の守護者とまで呼ばれる彼が、そんな状態で持ち場を離れるとは考え難い。
だからこそ、はやてはアンガスの行動を訝しんだのだが――
「――!?」
はやては言葉を失っていた。突然目の前で、アンガスの顔が、上半身が真っ二つに割れたのだ。
「な、なななな……っ!?」
「ふう、久し振りの外の空気は新鮮ですね。あ、わたくしのことは“アビちゃん”とお呼び下さい」
「な――っ」
アンガスの中から出てきた怪しいローブ姿のオッサンの馴れ馴れしい態度に、はやては言葉を失い絶句する。
理解の範疇を超えた彼女の思考回路は、この時点でオーバーヒート寸前だった。
今すぐにでも現実逃避し、この場から逃げ出したほどに混乱していたのだが、指揮官としての責任感がそんな彼女の逃げ場を奪う。
次々に起こる理解不能な状況に、はやては軽くパニックに陥っていた。
「アビゲイル……はやてで遊ぶのはやめてください。こんな時に不謹慎ですよ?」
「ええ! リイン!?」
また突然姿を見せたリインフォースに、はやてはまたも大声を張り上げ驚いていた。
一体、何が起こっているのか? もう、理解が追いついていかない事態に、はやては益々混乱して行く。
本当ならこの後、アンガススーツパートUの性能自慢とアンガスに成りすましていた経緯を、たっぷりとはやてに説明するつもりだったアビゲイルは、リインフォースの登場とその一言に残念そうな表情を浮かべる。
「むう……仕方ありませんね。お嬢さん、ここの指揮はわたしに任せて、彼女とゆりかごの中へ」
「……え?」
アビゲイルの周囲に無数の空間モニタが現れ、各戦域の詳細な戦力情報が映し出される。
そこからガジェットの予測進路と分布戦力を割り出し、各部隊に素早く正確な指示を伝達していくアビゲイルの索敵能力に、はやては驚きを隠せない。
しかも、アビゲイルが予測情報として各部隊員に送っている情報は、この空域だけのものではない。
ミッドチルダ全域に散らばっているガジェットの動きを的確に捉えた、これ以上ないほど正確なものだった。
そこで、はやては思い出す。『アビゲイル』と言う名、それは聞き違いでもなんでもないことを――
「D.S.四天王の一人――冥界の預言者アビゲイル」
「ご存知でしたか。ならばお解かりでしょう? ここにあなたは必要ありません」
「でも――」
「仲間を助けたいのではなかったのですか? そして、あなたにはその力がある」
アビゲイルの言葉に同意するように頷き、はやての前に歩み出るリインフォース。
「はやて、手を――」
リインフォースの右手がスッと差し出される。そこに籠められた想い。
はやてにはリインフォースが何をしたいのか、そして何を伝えたいのかが、それだけで感じ取れた。
仲間を助けたいと願うはやてと同じように、リインフォースもまた、D.S.を大切な人の力になりたいと願っている。
「そっか、リインも“あの人”のことが心配なんやね」
「わたしだけでは、きっと“彼”を救えません。この状況を打破することは難しい。ですが――」
「そや、わたしとリインが力を合わせたらきっと出来る。いや、不可能なことなんてない」
はやてとリインフォースの手が結ばれる。その手に籠められた想いと願い。
それを結果へと繋げる為に、夜天の主と、その守護者は再び手を取り合った。
瞬間――二人を目映い白銀の光が包み込んだ。
――ユニゾン。互いに魔導師としての限界を極めたオーバーSランクの高位魔導師。
そして、最強クラスの資質を秘めた魔導師と、最強のユニゾンデバイス。
ただの主従の関係ではなく、『家族』――と言う名の強い絆で結ばれた二人。
その二人の融合(ユニゾン)。
光の中から現れたはやての内包する魔力量は、人の限界を超越していた。
ランクで換算すれば軽くSSSは超えているであろう強大な魔力を、彼女はその身に宿す。
それはこの二人だからこそ、人の身で到達できた領域。
真の夜天の主――八神はやてが誕生した瞬間でもあった。
「外のみんなをお願いします」
「――ご武運を」
アビゲイルにすべてを託し、はやてとリインフォースはゆりかごへと向かう。
大切な人を、大切な仲間を救い出すために――
スバルとギンガは、どうにか動ける程度に回復した体を引き摺ってティーダとティアナを安全な場所まで運んだ。
空中で激しい戦闘を繰り広げているアムラエルとベルゼバブの戦い。
とてもじゃないが、体力を消耗している彼女たちが介入できるレベルの戦いではない。
いや、例え万全の状態であっても、あの戦いに自分たちはついていけないだろうと言う自覚が彼女たちにはあった。
本物の天使や悪魔と、人間には、それほどに絶望的な差があると言うことも――
彼女たちには見ていることしか出来ない。ただ、アムラエルの勝利を信じて。
「――!?」
アムラエルが戦っている方向と正反対の場所に別の複数の敵影を補足し、スバルとギンガは消耗した体を奮い起こし身構える。
この反応はガジェットのものだった。数は百余り、厄介なことに大型の反応もある。
万全な状態であれば、このくらいの数、彼女たちであれば物の数ではない。
しかし実のところ、こうして立っているだけでも辛く、ましてや戦闘を行えるような体力も魔力も彼女たちには残されていない。
だが、真っ直ぐにこちらに向かってきている以上、戦闘は避けられないであろうと言うことは三人とも理解していた。
それだけに絶望的な状況と言えるのだが――
「ティア、お兄さんと一緒にいてあげて」
「ちょっと、スバル! あんた何を……」
「先手必勝っ! こっちから出向いて、いつものように叩く。ね、ギン姉」
「そうね。今、動けるのはわたしたちだけ、なら、やることは決まってるわ」
互いの拳を打ち合わせ、覚悟を悟られないように軽口を叩くスバルとギンガ。
当然だが、そんな二人を黙って送り出せるティアナではない。
二人だけを行かせられないと立ち上がろうとするが、限界を超えた魔力行使とこれまで蓄積してきた疲労が彼女の体を襲い、その自由を奪っていた。
「なんで、なんで……動けっ! 動いてよ!!」
スバルとギンガも辛いはずなのに、自分は一歩も動くことが出来ない悔しさからティアナは涙を流す。
それは同じように疲労を蓄積しているように見えても、ただの人間のティアナと戦闘機人であるスバルとギンガの体力の差でもあった。
身体の構造が通常の人間と異なる以上、両者の間には身体的な基礎スペックに確かな開きが存在する。
二人は戦闘機人であるが故に、ティアナと違い、無理をすればどうにか体を動かせるほどの微かな余裕があった。
もっとも、それは戦闘を行えると言うほどの余裕ではなかったのだが。
だが、それを理由に二人は戦わないで逃げるなどと言うことは決してしないだろう。
それは、ここにティアナがいるからだ。大切な親友が、仲間が動けないでいる。
だからと言って、ティーダとティアナを背負ってでは、逃げ切れないであろうと言うことも二人は理解していた。
だからこそ、二人に取れる選択肢は一つしかない。
――ガジェットの殲滅。
目の前のガジェットをすべて打ち倒し、一機たりとも後ろに通さないこと。
それが今の自分たちに取って、どれだけ無茶なことか二人は分かっていても、最後まで決して諦めきれない。
「大丈夫、確かに魔力は限界だけど、わたしとギン姉にはこの“戦闘機人”としての力がある」
スバルの言葉どおり、確かに戦闘機人としての力を振るえば、まだスバルとギンガは辛うじて戦える。
ただそれは動くたびに、攻撃を繰り出すたびに、体に致命的なダメージを負っていくことになる。
普段の万全な状態ならともかく、今の傷ついたスバルとギンガでは攻撃の反動に耐えられるかも怪しい。
「――スバル、ギンガさん!!」
ティアナの制止も今の二人の耳には届かない。
飛び出していく二人の背中をただ見送ることしか出来ず、ティアナは言葉にならない悲鳴を声が枯れるまで叫び続けていた。
本局の艦隊は、レオーネ・フィルス、ラルゴ・キール、そしてミゼット・クローベルの三提督の指揮の下、艦隊編成を終え、最新鋭のXV級艦船を含める二十四隻と言う大戦力でミッドチルダへ急ぎ向かっていた。
地上本部からの連絡を受け、すでに三時間以上が経過しているが、どれだけ急いでも、まだ艦隊到着まで三十分以上の時間が掛かる。
ゆりかごが衛星軌道上に到着するまで残り十五分余り、このままでは間に合わないと言うことは誰もが分かっていた。
だが、最悪の場合、この艦隊の総力を持ってしても、ゆりかごは確実に沈めなくてはならない。
それが出来なければミッドチルダだけでなく、次元世界すべてが、あのゆりかごの脅威に晒される可能性があったからだ。
それほどの危険があの“ゆりかご”にはあると、ユーノ・スクライアから提出された情報から、本局の指導者たちも危機感を募らせていた。
「まずいな……」
クロノは艦長席に腰掛けたまま苦虫を噛み締めるかのような険しい表情で、ミッドチルダから送られてきた情報に目を通していた。
ミッドチルダの魔導師たちも頑張ってはいるが、余りに敵のガジェットの数が多すぎることと、予想以上のゆりかごの性能に苦戦を強いられ、戦況は芳しくない。
ユーノから提出されたゆりかごの情報と比較しても、あのゆりかごの性能は余りに彼らの予測を上回り過ぎていた。
霊子動力炉(アストラル・エンジン)、更には熾天使と化した聖王ヴィヴィオの力。
その影響を多分に受けているゆりかごは、従来の数倍の自己修復能力と高い防御性能を持っていたからだ。
事実、外部からの攻撃では生半可な威力の魔法では撃ち抜くことは愚か、傷一つつけることも叶わない。
今のゆりかごの外壁を突破するつもりなら、最低でもSランクの威力が必要となる上、傷つけられた外壁は大した時間を要せず元通りに自動修復してしまう。
更に例え侵入できても、内部は強力なAMF下に置かれており、並の魔術師であれば魔力の結合も出来ないような環境下にあった。
――まさに鉄壁。
しかも、今のゆりかごの性能を考えれば、その力を攻撃に転じた時、一体どれほどの攻撃力を持っているか予測もつかない。
下手をすれば、一撃でミッドチルダの地上都市を壊滅させるほどの攻撃力を持っている可能性もあった。
最悪の事態を想定すればするほど、クロノの表情は重く暗いものへと変わっていく。
「今、ぼくたちに出来ることは何もない……」
クロノはミッドチルダで戦っている魔導師たちの無事と作戦の成功を祈る。
今は、どれだけ歯痒くても見ていることしか出来ないのだから――
それはクロノだけでなく、この大艦隊に参加している職員全員の思いだった。
最後の希望は“ゆりかご”に突入した魔導師たち。彼らにすべてを託すしかない。
ゆりかごの内部、玉座の間。そこは、すでに人の身で立ち入れる戦場ではなくなっていた。
部屋の周囲を覆う厚さ数十メートルを誇る耐魔法障壁が施されている外壁が、D.S.とヴィヴィオ、二人の戦闘の余波で軋み、音を立てて崩れていく。
ゆりかごの自動修復機能も追いつかないほどの速さで破壊されていく玉座の間は、すでに元の煌びやかさも色あせ、見る影もなくしていた。
D.S.の放つ紅蓮の魔力は、それ自体が数千、数万度と言う熱量を帯び、あらゆるものを破壊し、燃やし、融解させていく。
ヴィヴィオの放つ虹色の魔力は、あらゆる攻撃を跳ね除け、水の熾天使ガブリエルの力がD.S.の炎に拮抗する。
『お父さま、上――来ますっ!!』
「ちっ――」
ツヴァイの声が頭に響き、D.S.はギリギリのところで濁流のように押し寄せる水の波を回避した。
まるで意思を持った生き物のように部屋の中を縦横無尽に飛び交うそれは、D.S.に標的を定めると巨大な龍の姿を取り襲い掛かった。
「キリがねえっ!」
逃げても逃げても追って来る水龍にD.S.は痺れを切らす。
最悪の選択ではあったが、これしかないとD.S.は動きを止め、そのヴィヴィオ渾身の攻撃を受け止めようと、迫る水龍目掛けて両手を前に突き出した。
『――無茶です!?』
「うっせぇ! 黙ってみてやがれ!!」
ツヴァイの制止も聞かず前方に障壁を展開したD.S.を、巨大な水の濁流が呑み込んで行く。
巨大な質量を持った超水圧に潰され、D.S.は分厚い外壁に叩きつけられる。
それでも尚、勢いの衰えない水の勢いにD.S.の姿は遂に見えなくなっていた。
「――なっ!?」
だが、次の瞬間、ヴィヴィオの表情が驚愕に染まる。
D.S.に命中したはずの水龍がブクブクと泡を立て、大きな音を立て爆発したからだ。
あれだけの質量を持った水の塊を一瞬で蒸発させた恐るべき熱量。そんな非常識なことを誰が成したかなと、考えるまでもない。
霧の中、D.S.は両腕を前に交錯させた状態で、全身を炎に包まれながら無事な姿を現す。
「エグ・ゾーダス!!」
それはD.S.が得意とする灼熱呪文。
かつて、コキュートスの永久凍土ですら融解させた地獄の業火がヴィヴィオを襲った。
D.S.の身にまとう炎の温度は、すでに数千万度に達していた。
絶対防壁とも言える聖王の稀少技能『聖王の鎧』でも防ぎきれない、強大な熱量を帯びた炎の体当たり。
ヴィヴィオの表情から余裕が消える。
彼女の身体を覆うBJが耐熱限界を超え、ブスブスと焼ける音を立て始めていた。
「くっ――うああぁぁ――っ!!!」
ヴィヴィオの悲鳴に呼応するかのように引き出される強大な魔力。
その虹色の魔力は竜巻のように荒れ狂い、エグ・ゾーダスの炎を呑み込んでいく。
「げっ! そんなのありかっ!?」
さすがのD.S.も、これには驚きを隠せない。
掻き消したり弾くのならばともかく、まさか逆に強大な魔力を更に大きな魔力で呑み込んでしまうなど――
ユダの痛み(ジューダス・ペイン)を励起させているD.S.の魔力をも押し返すほどの力を、ヴィヴィオは一時的にせよ捻り出したと言うことになる。
熾天使の力を宿しているとは言っても、それは通常では有り得ないことだった。
今のD.S.の力は熾天使はおろか、地獄の七大悪魔すらも凌駕している。
ユダの痛み(ジューダス・ペイン)の無限とも言える魔力を励起させているD.S.の力を上回るなど、熾天使の力だけでは物理的に不可能だと言っていい。
だが、一つだけ可能性はある。
憎悪などの激しい感情により、その高位存在がアストラル体を維持できなくなるほどに膨張させ、暴走し、破壊神と化してしまった場合だ。
そう、アムラエルの兄、かつてのウリエルのように――
しかし、ヴィヴィオにそんな様子はない。
ヴィヴィオとしての自我はないようだが、熾天使の力を彼女は完全に制御下に置いている。
普通は、それだけでも異常なことだった。
いくら彼女が“聖王の器”だと言っても、熾天使ほど膨大な力を持つ天使を一人の少女が卸し、制御することは本当に可能なのだろうか?
いや、普通ならば無理だ。並の悪魔や天使ならいざ知らず、人間が最高位の熾天使を宿すなど――
「――どこかから別の力が流れてきてやがる」
今、D.S.はツヴァイからの魔力供給を受け、それを起爆剤にしてジューダス・ペインを励起させている。
ルシファーを使用しようにも、このゆりかごに充満しているAMFが邪魔をして、上手く外部からの魔力供給が出来ないためだ。
にも関わらず、ヴィヴィオには膨大な魔力が絶えず流れ込んできていることにD.S.は気付いていた。
消耗したはずの魔力が外部から供給され、ヴィヴィオの力を完全に回復する。
とてもじゃないが魔力駆動炉だけで捻出できる魔力の質と量ではない。
その何かが制御弁のような役割を果たし、ヴィヴィオに熾天使の力を暴走させずに制御させているのだとD.S.は推測した。
先程の強大な魔力の放出は、その制御弁がヴィヴィオの感情によって一時的に解放された結果だろう。
彼のその仮説は間違ってはいなかったが、今それをどうにか出来る話ではなかった。
霊子動力炉(アストラル・エンジン)。その正体に気付き、仮にそれを破壊すれば、今のヴィヴィオをどうにか出来る可能性もある。
しかしそれは、数千、数万と言う魔導師たちを見捨てることにも繋がる。
どちらにせよ、彼の今取れる選択肢は限られていた。
『お父さま、わたしの魔力も限界に近いです。もって後数分……』
ツヴァイの魔力が切れると言うことは、ユダの痛み(ジューダス・ペイン)が使用不可能になると言うこと。
今のD.S.では、自分だけの魔力で魔神人(マジン)に成ることは不可能。
だとすれば残り数分でヴィヴィオを倒し、ゆりかごを止めるしかない。
状況は最悪だった。
管理局地上本部、クラナガンを襲った未曾有の危機。
絶え間なく押し寄せるガジェットの波に、ティアナたちがどうにか抑えていた戦線ラインも切り崩され、ガジェット戦は市街地での戦闘へと舞台を移していた。
ADAMの総部隊長ラーズ・ウル・メタ=リカーナは自ら先陣を切り、他の魔導師たちを率いて無数のガジェットを退けていく。
その巨大な剣の一振りで、瞬く間に破壊されていく無数のガジェットを目にし、一時はこの危機的状況に絶望を抱いていた管理局員の多くも僅かな希望を見出し始めていた。
「――地上本部で反乱!?」
シェラから管理局地上本部でクーデターがあったと言う報告を受け、ラーズは険しい表情を浮かべる。
突然の管理局内部からの魔導師の離反と反乱。その人数は、本部で防衛に当たっていた魔導師の半数以上に上っていると言う話からも、これはあらかじめ計画的に練られた犯行だと予測出来た。
「今、管理局には?」
「アリサ・バニングスと、リーゼアリア、それにリニスが――
ゼスト・グランガイツの説得に成功したようで、レジアス中将と共に最上階の執務室に立て篭もっているようです」
シェラの説明を受けて、ラーズは冷静に状況を分析し、これからのことを考える。
本来なら救援に向かうべきなのだろうが、ここにそんな余裕は残念ながらない。
ラーズがいくら最強クラスの力を持つ英雄であっても、一人でこの広い防衛ラインすべてを守ることは物理的に不可能だからだ。
当然、各地に部隊を展開し、防衛に当たっている管理局、聖王教会、それにADAMの魔導師、騎士たちにも余裕はない。
今、地上本部に送れる戦力は皆無だった。
「応援を送りますか?」
「……いや、いい。色々と解せないが、恐らくこれは“彼女”が仕組んだことだ」
「彼女? まさか、アリサ・バニングスですか?」
ずっと管理局を相手にアリサが何か裏工作を行っていたことをラーズは知っていた。
計画の詳しい内容までは聞かされていなかったが、このタイミングでのクーデターに彼女らしからぬお粗末な対応。
アリサなら事前にこのクーデターの情報を掴んでいるか、何か対策を施しているはずだとラーズは考える。
しかも、アリア、リニス、それにゼストと三人ものオーバーSランク魔導師が揃っていながら、逃げることも仕掛けることもせず、ただ執務室に立て篭もるなどと言う愚考をアリサがするはずもない。
必ずこの件には裏があると、ラーズは考えていた。
「……このタイミングでのクーデター。狙いはアリサか」
「この混乱に紛れ、彼女の抹殺ですか? シナリオを書いたのは“老人たち”でしょうか?」
「それで間違いないだろう。すでにクラナガンは先日の戦闘、そして今回の襲撃を合わせ、首都機能に致命的な欠陥を負っている。
事実、敵の物量に押され、ここまでわたしたちは後退を余儀なくされた」
「危機的状況に錯乱した職員たちが暴動を起こし、それに巻き込まれ彼女は死亡……ですか」
「本当なら、ガジェットが地上本部にまで押し寄せ、そのタイミングを見計らって行動を起こしたかったのだろうが、予想以上に前線の魔導師たちが奮闘したからな」
「このタイミングを逃せば、彼女に手を出し辛くなると」
「そう言うことだ。彼女には強い“友人”や“仲間”がたくさんいるからな。
それに、レジアスも口封じに消すつもりなのだろう」
だが、アリサはそれすらも予測し、次の手を打っているとラーズは確信していた。
恐らくこれが、アリサが打った管理局を切り崩すための最後の手。これを機に、彼女は管理局の膿を出すつもりでいるのだろう。
そこには、今後の交渉で地球側がより優位な立場に立てるよう打算的なものも含まれているはず。
だとすれば、デビットやシーン、妹のシーラまで関わっている可能性が高いとラーズは思考する。
最高評議会はアリサを危険視して暗殺を考えたのだろうが、それは愚かな考えだと言わざる得ない。
地球に直接交渉に出向いたミゼット・クローベルや、管理局の上級職員。
そして、聖王教会のカリム・グラシアなどは、それが如何に愚かに行動かを理解している。
彼らが対話を持って地球と交渉しようとした一番の理由。
それを考えれば、アリサに手を出すなどと言う愚考は思いもつかないはずだった。
「……愚かな老人たちですね」
「傲慢で、恐れを知らないだけさ。そしてそれは、無知よりも浅ましい」
この戦いが終わったその時、世界は大きな変革を迎えるだろう。
これからはじまるであろう新しい時代の息吹が、すぐそこまで迫っている。
「その前に――まずは、こいつらを片付ける」
「――お手伝いします。“掃除”は得意ですから」
伝説の英雄――竜王子ラーズ・ウル・メタ=リカーナ。
元魔戦将軍――自然魔法(ドルイド・マジック)の使い手シェラ・イー・リー。
光り輝く大剣の目映い剣閃と、鋼をも切り裂く蒼穹の爪が奏でる輪舞曲(ロンド)が、戦場に甲高い音を響かせていた。
……TO BE CONTINUED