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次元を超えし魔人 第62話『最前線』(STS編)
作者:193   2009/09/25(金) 10:17公開   ID:4mAiqFYt0e.



 ティアナたちのいる場所から、ほんの一キロほど離れた場所にある瓦礫の散開する廃棄区画。
 そこは、土砂が空を舞い、爆音が反響する、血と硝煙の臭いが漂う最前線の戦場と化していた。
 二人の少女は懸命に戦う。親友のため、仲間のため、生き残って夢を掴む、そのためにと――

 ガジェットの猛攻は止まらない。
 すでに二十を超えるあたりから、二人は数を数えることすらやめていた。
 最初は百余りと予想をつけていたガジェットの数も、時間をかけるにつれ、その数を増していく。
 終わりの見えない戦闘と、いつ切れるともしれない気力と体力。
 骨は軋み、身体は動かす度に激痛を訴える。すでに流れでるはずの汗すらも、渇きを見せていた。

「スバル……まだ、いける?」
「うん……ギン姉こそ、へばってない?」
「――冗談っ!」

 二人の身体は、とっくに体力の限界を超えていた。
 すでにスバルなどは右肩口の裂傷、それに左太股に傷害を追い、身体の中に埋め込まれた機械の部分が剥き出しになっているような現状だ。
 ギンガは見た目にはそれほど悪くはないが、それでも基礎フレームや身体制御を行っている電子部品の多くはバラバラになる寸前。
 外傷以上に内部が負っているダメージは深刻で、スバルと比べても、それほど変わりはない。
 二人とも、こんな身体で動けていること事態が、ありえないと言っても過言ではない。そんな状態だった。

「「リボルバ――」」
「ナックルッ!!」
「キャノンッ!!」

 それでも止まらない二人。すでに半数以上は削ったか?

 だが、全滅させるまで倒れる訳にはいかなかった。
 ここで自分たちが倒れてしまえば、後ろにいる動けないティアナやティーダが間違いなく犠牲になる。
 そして、その先は管理局地上本部があり、今も多くの仲間たちが命を賭して戦っているはずだった。

「うああぁぁ――っ!!」

 ――戦闘機人を象徴する金色の瞳。
 そして、身体の内側から膨大な力を噴き出しながら、スバルは自らを奮い立たせるために咆哮を上げる。
 腰を落としながらスッと右手を引き、深くその拳を構え、迫るガジェットの群れに標的を定めるスバル。
 右腕のリボルバーナックルがキュルキュルと音を立て回転し、その力の圧力が振動となって周囲へと伝わる。

「振動――拳っ!」

 スバルが拳を振りぬいた瞬間――十数体はいたガジェットが、その強力な衝撃波に飲み込まれていく。
 フレームを軋ませ、音を立てて爆散していくガジェット。だが、それがスバルの限界だった。
 前方数十メールに渡って視界に映る敵影のほとんどを破壊したスバルだったが、無理を承知で使用した自らのIS『振動破砕』の衝撃はスバルの身体をも内部から破壊した。

「があぁ――っ!」

 声にならないスバルの絶叫。余りの痛みに脳が耐え切れず、意識が暗闇へと持っていかれる。
 リボルバーナックルを装備していた右腕が音を立て、振動破砕の衝撃の反動に耐え切れず引き千切られる。
 空を舞うスバルの右腕。クルクルと回転し、重力に吸い込まれるかのように地面へと零れ落ちた。
 スバルの右肩から噴き出す大量の血と、焼け焦げた電子部品の臭い。
 先程まで金色に輝いていた瞳も色を失くし、その場に膝をつくように倒れ、ピクリとも動かなくなる。

「スバル!?」

 そんなスバルに追い討ちをかけるように迫る数体のガジェット。

 ギンガは走った。

(死なせたくない。こんなところで、あの子の夢を終わらたくない!)

 目の前で妹が死ぬ――
 その現実を目にしたくがないがために、彼女は自分の身体も限界をとっくに超えていることを忘れ、全速力でスバルの元に走る。

「あ――」

 ガシャ――普通、人間の身体から出るような音ではない。
 骨が歪み、ネジが飛び散り、ボロボロと一つのカタチを保っていたフレームが、音を立てて崩れていく。
 気がつけば、ギンガは地面に倒れこみ、土に身体をつけていた。

「スバル――スバルッ!!」

 妹の名を、涙を流しながら懸命に叫ぶギンガ。
 動かない足を引き摺って、腕だけでズルズルとスバルの元へ這いずっていくギンガ。
 だが、そんな彼女の行動すらも嘲笑うかのように、意思を持たない冷酷な機械兵たちは、非常な現実を彼女へと見せようとする。

「あ……あ……ス……スバル――ッ!!」

 後、ほんの十数メートル。
 そんな目前に迫った距離に近づきながらも、身動き一つ取れない今の彼女にはどうすることも出来ない。
 スバルが、妹がガジェットに襲われる様をギンガは見ていることしか出来ず、ただ無意味に叫び続けるしかない。
 ガジェットの額が赤く、鈍い光を上げる。

「いやあぁぁ――っ!!」

 ギンガの絶望は、絶叫となって戦場の空を駆け抜けた。





次元を超えし魔人 第62話『最前線』(STS編)
作者 193





「嘘――ここにきて、また敵の増援なんて」

 シャーリーの絶望感漂う悲痛な報告に、同じように前線の戦いを見守っていたアースラの管制官たちは、表情に暗い影を落としていた。
 ラーズや副官のシェラすらも前線に出張って、ガジェットの駆除に乗り出している。
 この広大なクラナガンを防衛出来るだけの戦力は、出払っている魔導師を除き、すでに彼らには残されていない。
 余剰戦力など期待出来ない中で、敵の新たなる増援。
 彼らが絶望的な気持ちを抱くのも無理はなかった。

「アルトたちは?」
「ヴァイスくんと、応援の魔導師二人をヘリに乗せて前線の救援に――」
「打つ手なし……と言う訳か」

 シャーリーの報告を聞いて、アースラの臨時指揮官として任命されたグリフィス・ロウラン准陸尉は、苦虫を噛み締めるかのような表情で事態の深刻さを呪った。
 彼はリンディの友人、レティ提督の息子で、先日の地上本部襲撃事件で大勢の戦力を失ったADAMの補充要員の一人として、本局より派遣されてきた。
 レティが息子の彼をADAMに送ってきたのも、今回の事件の深刻さを予見した上で、独自に彼らとの繋がりを持っておきたいと言う狙いがあったからだとも言える。
 と言うのも、レティはあの事件以降、リンディと昔のような良好な関係が築けないでいたことが今回のことに大きく関係していた。

 その原因はやはり管理局と地球との関係にある。

 リンディ・ハロオウンと言う女性は、非常に有能な人物だった。
 例え、それが仲の良かった友人や、実の息子であろうとも、地球側に所属する今となっては、管理局に所属する人物に何のメリットもなく協力する意味が彼女にはない。
 それは、あれから十年の年月が経つと言うのに、一向に改善を見せない管理局の地球に対する偏見や、姿勢、そして傲慢な態度。
 それらを考慮した上でも、自分の立場を危うくしてまで、レティや管理局に協力することの必要性を、リンディ自身が見出せなかったと言うことが理由にはあった。

 それは新鋭艦の艦長を任されるほどに成長したクロノ・ハラオウン提督――彼女の息子を持ってしてもそうだ。
 彼もリンディに何度か、地球との交渉を依頼したことがあったが、それも同じ理由ですべて断られ、苦い思いを強いられていた。

 だが、クロノは今回のADAM創設の際に、はやてたちのお陰で部隊創設の立役者として一枚噛むことが出来た。
 しかし、レティにはリンディとの繋がりが経たれた今となっては難しい。
 故に、今回のADAMからの補充人員の要請は、彼女にとっても渡りに船と言ったところだった。

 現在、管理局はこれまでにないほどの危機に晒されている。それは組織として存続の意義を唱えられるほどの大事件だ。
 地上本部の襲撃、クラナガンの半壊は、管理局の権威と信用に大きな傷を負わせる結果となった。
 そして、ここでミッドチルダが壊滅するようなことになれば、ことは地上本部の壊滅と言う話だけではなくなる。

 『地球』と言う、『管理世界』でも『管理外世界』でもない、事実上“管理することが出来ない”例外の世界を作ってしまったことにより、管理局の制度の絶対的優位性が失われたと言うことは、表沙汰には口にされていないが、誰もが心の奥底で感じていることだ。
 更には、聖王教会や、非公式ではあるが反管理局派の力を借りていると言う噂もあり、巨大な組織へと成長しつつあるバスタードの存在は、管理局の優位性をも徐々に脅かしつつあった。
 将来的には彼の組織が、管理局にとって、もっとも扱いの難しい難敵に成っていることは間違いない。
 それは組織としての骨組みや、方向性と言った物に、このままでは相容れることが出来ない絶対的な考え方の違いがあるからだ。

 魔導師ではないのに、魔導師すらも圧倒する戦士。
 更には、未知の異世界の魔法を使い、魔導師以上とも言える強大な戦闘力を持つ“魔法使い”たち。
 管理局の魔導師ランクと言う絶対的な力の位置付けすら、彼らの登場により管理世界でしか通用しない曖昧なものに成り下がってしまった。

 『科学』も『魔法』も、所詮は単なる力でしかないと言う考え方の元、質量兵器の使用に関しても厳密なる基準さえあれば、問題ないとする地球側と、質量兵器や行過ぎた科学技術は余計な争いを生む『悪』でしかなないとする管理局。
 絶対的な魔法社会であり、魔導師至上主義を掲げる管理局にとって、地球の考え方は相容れるものではない。

 しかし、ここ数年、管理局はこれまで以上に、人材の獲得が苦しい状況に悩まされていた。
 それは魔法を重視する余り、目を向けることすらなかった一部の優秀な人材に地球が目をつけ、自分たち側に引き入れることで管理世界の一部の国や組織と関係強化を図り始めたことが主な原因だった。
 最初の内は――

「魔法も使えない人材ばかりを引き抜いて、どうする気だ? あの馬鹿どもは」

 と、管理局の多くの職員は馬鹿にした様子で、地球の行動を嘲笑っていた。
 しかし、地球に引き抜かれたそのほとんどの人材が、バスタードの訓練で魔導師ランクにしてA以上とも言える戦力認定を受けるほどに成長していたとしるや、誰もが驚きを隠せないでいた。
 管理局でもAランク以上に認定される一流の魔導師は数少なく、そのほとんどが本局に席を置くエリートと呼ばれる魔導師ばかりだ。
 それが、バスタードの隊員の最低基準は、このAランク以上だと言うのだから、驚くのも無理はない。

 魔力とは違い、気や霊力と言った、魔法とは違う力も幅広く研究されているらしく、魔導師と言う枠に囚われず人材育成を行うことが出来る彼らならではの戦力強化とも言えた。
 しかし、それを知ったところで、魔法に傾向しすぎている管理局の体制では、そのような得たいの知れない力に頼っての戦力強化など行えるはずもない。
 故に管理局では、バスタードのような訓練法を採用するメリットを見出せず、彼らの行動を指を咥えてみていることしか出来ないでいた。

 しかも、事態はそれだけでは済まず――

『バスタードであれば、魔法に限らず、才能、能力のある者であれば、誰もが平等に報酬を得られる機会、出世できる機会に恵まれる』

 と言う噂が管理世界にも広まり、それは結果的に有能な人材の多くを地球側に持っていかれると言う事態を、引き起こす結果へと繋がっていた。

 そこにきて、今回の不祥事。
 管理世界で起こったこれらの事件は、より管理局にとって厳しい現実を予見させるものだった。

 今回の事件は、管理世界に住む民間人にも広く注目されている。
 事件の規模が大きすぎて情報統制が行き届いていなかったと言うのも理由にあるが、ここまで今回の事件が広く知れ渡った原因として、最近、管理世界で急激に勢力を伸ばしている地球の大企業『バニングス社』が、今回の情報の流布を裏で手を引いていたと言う話もある。

 そこまでして、今回のことを民間人にしらしめたいのは何故か?

 悪魔や天使などと言うものが関わっている以上、すでに管理局だけでは収拾が不可能な事態にことは発展している。
 それは管理局の力だけでは、解決出来ない事件であると言うこと――
 だからこそ、この後に待ち受けているでろう事態は容易に予測がつく。

 彼らが待っているもの、待ち望んでいるものは――管理局、管理制度に対する民衆の反発だ。

 これまで魔法の絶対性を唱え、圧倒的な組織力と文字通り“力”を持って無理矢理に反対の声を抑えてきた管理局のやり方。
 その管理世界の治世が正しいことを証明するためには、管理局の力を民衆に常に示し続ける必要がある。
 しかし、その力が絶対ではないと言うことは、今回の事件で明らかになった。

 そのことにより、バスタードの登場で、管理局が積み上げてきた信用と実績が、崩壊する危険性をレティは真っ先に考えた。
 今回の事件を解決した『英雄』が管理局の魔導師であればいい、だが、バスタードの魔導師がこれらの事件を解決してしまった場合、それは管理世界に大きな波紋を生むことになる。

 誰もが思うだろう。管理局が絶対であった時代は終わったと――

 それを予見する今回の事件。しかし、管理局の崩壊は文字通り管理世界の秩序の崩壊を意味する。
 ここまでを築き上げるのに新暦から七十年余り、旧暦からの歴史を積み重ねれば優に一世紀以上の年月が掛かっている。
 それだけの積み重ねの歴史があるからこそ、管理局の信用が失墜した時に訪れるであろう混乱と、これまでに力で抑えてきた民衆の反発は、暗に予想がつかないほど深刻なものだと想像がつく。

 だからこそ、そうさせないために必要となるのは、何よりも情報だった。
 そして、管理局を存続させ、事態をよりよい方に終息させるためにも、出来るだけ自分たちが優位に立つために必要な交渉材料が不可欠だった。
 そのための繋がりを持たないことには、取れる選択肢も更に少なくなる。
 ましてや、ことは流動的に動きを見せている。
 少しでも出遅れるわけには行かないと判断したレティは、今回の決断をすることになった。

「仕方ない。後方から奇襲を受ければ、その時点で戦線を維持できなくなる。
 前線の各部隊に連絡を、それとゆりかごで戦闘に当たっている空戦魔導師たちにも連絡を入れ、数名ずつでいい。
 可能な限り戦力を回して貰えるように要請してくれ」
「――はいっ!」

 それに、このグリフィスと言う人物。実戦経験は確かに乏しいが、指揮能力は確かに優れた人材だった。
 両親の優れた才能を見事に受け継ぎ、本局のキャリア試験でも優秀な成績を残し、鋭い戦術眼と高い作戦指揮能力を有していた。
 ラーズやシェラがこうして前線に出ることが出来ていられるのは、グリフィスがこうして艦で指揮を執ってくれているからでもある。
 地上本部の上空に停滞しているアースラの役目は、敵の情報収集と各部隊への命令伝達と指揮管制。
 そして、最後の砦となって、敵の侵入を防ぐと言う重要な役割がある。

「しかし、このままではジリ貧だ。何か、何か手は……」

 グリフィスは焦っていた。
 幾らADAMには個々が優秀な力を持つ魔導師が集まっているとは言っても、それは所詮一個人の力に過ぎず、圧倒的物量を前に現状を打破出来るほどの決定打にはなりえない。
 更に条件には、地上本部の防衛や、戦うことが出来ない非戦闘員の安全。
 そして、最も重用すべき点に『民間人の生命と生活を護る』と言う条件がつく以上、それは更に難しい物になる。

 その上、予想していた敵の数は、当初は多くとも数千と言ったところだった。
 しかし、実際に現れた敵の数は、数万を下らないところまで増え続けていた。
 どこに、これほどの敵が隠れていたのかすら分からないほどの大軍勢だ。
 更には、敵の能力であろうが、幻影と実体を混在させる厄介な力も、事態の深刻さに拍車をかけていた。
 逐一、書き換えられ、更新されていく情報に、幻影の特定も追いつかない。故に、魔導師たちは、その全てに対応するしかない。
 限界の見えない敵の猛攻に、じりじりと体力を削られながらも、耐えるしかない現状がずっと続いていた。

 さすがに、もう打つ手がない。

 グリフィスや、他のスタッフたちも諦めかけていた、その時だった。

『諦めるのは、まだまだ早いと思いますよ?』
「――!?」

 グリフィスと艦橋にいたスタッフの多くは、突然、通信に割り込んできた、白衣に身を包んだ女性の登場に驚く。
 月村すずか――アリサたちの友人であり、月村重工を代表する技術者の一人。
 現在、彼女はアースラの機関室にいた。

 アースラに予備動力として取り付けられたプレシアお手製の新型魔力駆動炉と、アインヘリアルの連結作業を行っており、その最終点検を終えた彼女は、油と埃ですす汚れた白衣のまま、グリフィスたちのいるアースラの艦橋に通信を繋げていた。

『お待たせしました。ギリギリの積み込みで調整に時間が掛かりましたけど、アインヘリアル……撃てます』

 すずかの自信に満ちた報告を聞いて、艦橋にワアッと言う歓喜の声が盛り上がる。

『ただ、この艦の動力と、プレシアの新型魔力駆動炉を合わせても、何発も撃てません。
 この艦の推進力を維持出来る範囲で考えれば、持って三、四発と言うところです』
「……アインヘリアルの着弾時の最大効果範囲は?」
『最大出力で半径十数キロと言ったところですね。もちろん、市街地では撃てませんよ?』

 すずかの説明を受けて、グリフィスは考える。
 確かにとんでもない破壊力の兵器ではあるが、アルカンシェルと違い、純粋魔力砲撃だと言う点では大気圏内で有効な兵器だと言えた。
 それだけの威力があれば、AMFを展開するガジェット相手にも確かに有効だろう。

 しかし、効果範囲が広すぎる。
 撃てる回数に制限がある以上、小さくポイントを絞っての支援砲撃のような使い方は出来ないだろう。
 ならば、出来るだけ多くの敵を、一箇所にまとめて殲滅する手が一番有効的な方法ではある。

「しかし、この混乱の中で、それが可能かどうか……」

 すでに戦域はクラナガンを中心に、四方に広く拡大している。
 幻影と実機が入り混じっているせいで、正確な敵の数や動きが掴めないでいるのも手痛い問題となっていた。
 そんななかで、敵を一箇所に誘導するなどと言う芸当が本当に可能なのだろうか?
 グリフィスは可能な限りの策を考えるが、決定的にこれだと思える良い案が浮かばず、思案に明け暮れることになる。
 そんな時だった。シャーリーから信じられない報告が告げられたのは――

「どこからか、敵の詳細な位置情報と戦力データが送られてきてます。しかも、これって――
 幻影と実機の解析パターンまで添付された詳細情報です。こんなのどうやって!?」
「まさか――」

 それは、今まで彼らが必死になっても解析し切れないでいた、幻影と実機を判別するための解析データだった。
 しかも、ミッドチルダ全域に散らばっている敵の位置情報や、残存戦力のデータまで添えられた、これ以上ないほど詳細な索敵情報も付けられている。

 シャーリーの報告に、誰もが眼を丸くして驚いていた。
 それが、どれほど難しいことかを、先程までことに当たっていた当事者である自分たちが、一番良く分かっているからでもあった。
 データの末尾には『アビちゃんの丸得情報』と意味不明なキーワードが添えられており、それが余計に彼らに不信感を与えていく。

 しかし、どう検証してみても、この情報がブラフではないことは明らかだった。
 間違いなく正しい情報であることは、これまでに必死になって集めた情報と照らし合わせて見ても、疑いようがない。
 一流の通信士であり、管制官でもある彼らには、その情報の正確さがどれほどのものであるか、嫌と言うほど分かっていた。

「誰かは分からないが……今は利用させてもらおう。
 各部隊に伝達を――ガジェットを追い立てる。ここからが、僕たちの反撃の開始だ」

 グリフィスの指示の下、再び忙しく動きはじめるアースラスタッフたち。
 そこには先程までのような絶望感はなく、ようやく見えてきた希望に対する期待感が溢れていた。






「アビちゃん……これってアリサちゃんがよく通信販売で購入してたアイテムの製作者の人よね?
 うん……このマーク見覚えがあるもの」

 機関室で艦橋に送られてきた情報と同じ物を見ながら、すずかはうんうんと唸っていた。
 通称『A(アビゲイル)アイテム』と呼ばれる怪しげな魔道具の製作者で、どうやって作られたか、誰が何の目的で作ったかも分からない、曰く付きの物ばかりを世に送り出している変人。
 しかも、真に欲している者、必要な者にしか、そのアイテムは買うことが出来ず、それらが販売されているホームページに辿り着くことすら出来ないと言う『某地●通信』顔負けの都市伝説が、それだった。
 すずかも、アリサから実物を見せてもらうまでは、その都市伝説の実在を信じることが出来なかったほどだ。

 しかし、アイテム自体は確かにとんでもない技術で作られた伝説級の一品ばかりだった。
 下手をすれば、管理局にロストロギア認定されても不思議ではないほどの“オーバーテクノロジー”で作られたアイテムばかり。
 何故かギャグ補正が掛かったネーミングばかりのアイテムなのだが、想像もつかないほど高い技術で作られているらしく、製造工程の糸口すら掴むことが出来ない。
 技術者の中には、この謎の製作者のことを“神”のように崇拝する者もいるほどだった。

「会ってみたいような、会いたくもないような。それにこの人、お姉ちゃんとも気が合いそうな気がするんだよね」

 今や、管理世界の技術者たちにも『天災』や『マッド』と恐れられるようになった偉大なる姉のことを、すずかは思い出す。
 種類的には、このイニシャルAの人物と、姉の忍は同類のような予感がすずかにはあった。
 技術者としては尊敬も出来るし、話を聞いてみたい気もする。
 でも、あの姉と同類と思われる人物に率先して関わりたいとは思わない。

 すずかの心の葛藤は、こうして続いていた。







 スバルに襲い掛かろうとしていたガジェットが、どこからともなく飛んできた魔力弾に動力部を撃ち抜かれ、その動きを止め、地面に崩れ落ちる。

「え――」

 ギンガは、妹が助かったことを安堵するとともに、何が起こったのか理解出来ず、地面に這いつくばった状態で、ただ呆然と自体の成り行きを見守っていた。
 次々に、目の前で倒されていくガジェット。その正確無比な精密射撃は、ティアナを彷彿とさせる精度を誇っていた。

(まさか、ティアナが?)

 そう考えたギンガだったが、その考えはすぐに撤回される。
 パラパラと耳に聞こえてくるヘリの駆動音。それは、よく聞き知った“あのヘリ”の音と同じものだった。
 JF704式――武装隊で採用されはじめたばかりの最新鋭の輸送ヘリ。
 それは当然ながら、ADAMにも同型のヘリが配備されていた。

「あれは……ヴァイス陸曹」

 ギンガは空を見上げ、そこにヘリの姿を見つける。
 ヘリの後方の開け放たれたハッチから、ライフル型のデバイス『ストームレイダー』を構えるヴァイスの姿が見えた。
 そこから放たれるヴァイスの魔力弾、多重弾殻射撃『ヴァリアブルバレット』は、一発、一発、的確にガジェットの動力部だけを捉え、スバルとギンガに近づこうとするガジェットの動きを奪っていく。
 これまでの経緯から、予想もしなかったヴァイスの射撃の腕に、ギンガは驚いていた。
 多重弾殻射撃を可能とする魔導師の腕もそうだが、その精密射撃の腕はティアナに勝るとも劣らないものだったからだ。
 下手をすれば、あの距離と、この射撃感覚で一度も外さないヴァイスの射撃の腕は、ティアナ以上かも知れないとギンガは思う。

「すごい……」

 そう、ギンガがヴァイスの腕に見惚れていると、空中に停滞するヘリから二つの影が飛び降りたのが見えた。
 着地と同時に凄い衝撃波と爆音を響かせ、無数のガジェットを吹き飛ばす二つの影。

 雷撃と炎を帯びた魔剣ギブソンソードを振るい、ガジェットを切り裂き、驚異的な殲滅力でただの鉄屑へと変えていく戦鬼、バスタード総司令官カイ・ハーン。
 両手に装着したグローブ型デバイス、それにスバルやギンガと同じローラーブーツ型の二種のデバイスを駆使し、圧倒的なスピードと突破力でガジェットを粉々に粉砕していくシューティングアーツの使い手、元管理局魔導師クイント・ナカジマ。

「クイント、腕が鈍ったんじゃないか? 昔に比べてスピードが落ちてるぞ」
「あら? あなたこそ、技にキレがないみたいだけど、実戦から遠のいて弱くなったんじゃないの?」

 カイとクイントは互いに軽口を言い合いながらも、圧倒的な戦闘力で、瞬く間に残りのガジェットを殲滅していく。
 眼下で繰り広げられている“蹂躙”とも言える二人の殲滅戦に、ヘリの中から援護射撃を行っていたヴァイスも、その手を止めて震え上がっていた。

「……あの二人に援護なんていんのか?」
「……必要ありませんよね」

 ヴァイスの怯えた様子の一言に、ヘリの操縦を任されていたアルトも、その光景を見て、ただ、そう肯定することしか出来ない。
 一言で例えるなら『非常識』。その言葉以外に、鬼神のように暴れ狂う二人を例える表現が見つからない。
 久し振りの戦闘で、フラストレーションを吐き出すかのように剣を振るカイと、娘が傷つけられ、その怒りをぶつけるかのように戦うクイントを止められるものなど、ここには誰一人いない。
 いや、今の二人を目の当たりにすれば、悪魔すらも裸足で逃げ出すに違いない。それほどの迫力があった。

「これで最後だな」
「ええ……まったく、数だけは多いから鬱陶しいことこの上ないわね」

 気がつけば、あれだけいたガジェットたちが、一体も残さず全て、原型も留めぬほど粉々に破壊されていた。
 まだ戦い足りなさそうにするカイと、未だ怒りが静まらないと言った様子のクイント。
 だが、娘二人の凄惨な姿を目にし、クイントは気持ちをどうにか静めると、ゆっくりとその足を二人の元へと向ける。

「まったく……こんなになるまで無茶をして」

 そう言いながら、ギンガに笑いかけるクイント。
 一人で立ち上がれないほどに傷ついたギンガを、優しく支えるように、その胸で抱きしめた。

「よく……頑張ったわね。二人とも、さすがは“わたしの娘”よ」
「……母さんっ!」

 母に抱きしめられ、溜まっていたものを全て吐き出すかのように涙を流すギンガ。
 それを後ろから見ていたカイも、優しい微笑みを溢していた。

 そんな、ようやく落ち着いた戦場にヘリが降下し、ヴァイスも二人をヘリへ運ぶため、地上に足をつける。

「こいつは……酷え……」

 地面に膝をついた状態で意識を失っているスバルを見て、ヴァイスは険しい表情を浮かべた。
 右腕は千切れてなくなり、身体の至るところに裂傷の痕があり、体の中に組み込まれた機械部品が、その傷口から外に姿を覗かせている。
 鼻につく血と、焼け焦げた電子部品の臭いが、スバルが行った戦闘の凄惨さをヴァイスに伝えていた。
 このままにはしておけないと、ヴァイスは腰を落とし、そっとスバルを抱きかかえる。

「……スバルはどう?」
「かなり、やばいっすね。普通の人間なら、とっくに死んでておかしくない」

 ヴァイスに抱えられた右腕のないスバルを見て、クイントは何ともやるせない表情を浮かべていた。
 背中に背負ったギンガの容態もそうだが、もう少し早く現場に着いていればと悔やまれることの方が大きかった。

「カイ司令は?」
「ティアナを回収に行ったわ。この子達、動けないティアナを護ろうと……ここまで無茶をしたみたいね」
「仲間のため……ですか。いつの間にか、立派な魔導師に成長しやがって」

 仲間のために、こんなになるまで戦った二人のことを、ヴァイスは心から誇らしく思う。
 失敗に怯え、戦うことから逃げ、こんなにギリギリになるまで決断することが出来なかった自分に比べれば――
 何が大切かを自分たちで決め、我武者羅でも、未熟であっても、逃げずに精一杯立ち向かった彼女たちの方が、立派に“魔導師”をやっているとヴァイスは考えていた。

 何故、アムラエルが彼女たちに、あれほどの拘りを見せていたのか?
 今になってヴァイスは、その本当の理由に気付くことが出来た気がする。

「ヴァイスくん、二人やティアナのこと、頼まれてくれるかしら?」
「クイントさんは、どうされるんで?」
「カイが戻ったらいくわ。彼女も暴れたりない様子だったし。
 それに――娘たちが必死になって護ろうとしたもの。それを手助けしてあげるのも、母親の役目でしょ?」

 ヴェイスに向けられた表向きの言葉とは裏腹に、クイントの腹の底は怒りで煮えたぎっていた。
 そして、その怒りは、今も進攻を続けるガジェットの大群へと向けられていた。
 今なら何百、何千という敵が立ち塞がろうと戦える――そんな高揚感にクイントは駆り立てられる。

「分かりやした。お二人とも、気をつけて」

 ヴァイスも今のクイントを止められるとは思っていなかった。
 それに、ヴァイスにも彼女の怒りは痛いほど良く分かる。彼自身、妹がこんな姿になれば、黙っていられるとはとても思えなかったからだ。
 負傷者の護送と、ヘリの護衛と言う仕事がなければ、クイントとカイに付いて行きたいと言う気持ちもあった。

 だからこそ、今は二人の無事を祈りながら見送ることしか出来ない。
 それに、スバルとギンガの想いを継いでやりたいと言う、クイントの願いも嘘ではないだろう。

 ガジェットをこのまま野放しに出来ないのは事実。
 すでに最終防衛ラインまで撤退を余儀なくされているが、スバルとギンガ、それにティアナが死守したこのエリアが、数少ない敵の進攻を食い止めることが出来ていた貴重な防衛ラインの一つとなっていたことも、また周知の事実だ。
 引き継ぐものがいなければ、ここから市街に向けて更なるガジェットの進攻がはじまることは間違いない。

 廃墟に一人佇み、拳を打ちならずクイント。

「娘を傷物にしてくれた“御礼”――たっぷりと返させてもらうわ」

 そこには娘を傷つけられ、鬼と化した――
 一人の母親の姿があった。






 ……TO BE CONTINUED





■作家さんに感想を送る
■作者からのメッセージ
 193です。
 今日は、これから会社に置いてる私物の片付けです。
 いよいよ、もう終わりなんだな――と実感が沸いております。
 今回の話はゆりかごとは別に、舞台裏で頑張ってる方々の話。あと数話でこの長かったラストバトルも終わりを迎えられそうです。
 次の更新も予定では来週の金曜前後。残りちょっとですので、最後まで頑張ってお付き合い下さい。



 >黒詩
 そっちの二人の戦いは、この話のフィナーレとも言える場面ですので結構引き摺ってますが、そろそろ決着が見られると思います。
 しかし、ここまで来るのに色々とありました。主に出張やらなんやらと、仕事に引き摺られてた感が否めませんがw
 仕事もようやくこれで終わりですし、終幕まで週一更新を維持できると思います。
 あと、異世界の伝道師の方も頑張りますので、応援よろしくお願いします^^



 >流しの読者Aさん
 はやてが驚くのも無理はないですがねw
 アビゲイルのせいで、物語に締りがなくなるのはバスタードのお約束でもありますし、そこは外しませんでした。
 いよいよ、仰るとおり物語も大詰めです。このまま一気にラストまで頑張りたいと思います。
 あっち(異世界の伝道師)と違い、こちらは週一更新ですが、どうぞラストまでお付き合い下さい。



 >彼岸さん
 アリサと三脳との戦いは裏舞台で密かに進行中です。
 原作での三脳の裁かれ方って、個人的には納得行くものではなかったので……死んで終わりなんて安直な物にはしませんw
 ゆりかごの決戦もいよいよ大詰めってとこですね。メガネ姉さんも、トラウマできなきゃいいですがw
 色々と描く場面が多くて大変ですが、端折ってダイジェストってのもアレなんでしっかりやるつもりです。
 ちょっと展開遅くてイライラするかも知れませんが、そこはご了承下さい。
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