「エグ――」
「「ゾーダス!!」」
二つの業火が激しく競り合い、凌ぎを削る。驚くべきことに、ヴィヴィオはD.S.の呪文を完璧に模倣して見せた。
ガブリエルの特性――水を生み出し、自在に操る力だけでも厄介だと言うのに、熾天使の魔力を帯びたD.S.の炎熱呪文までヴィヴィオは使用してくる。いや、それこそがヴィヴィオの能力だった。
ガブリエルの能力を使えることも、D.S.の呪文を意図も容易く行使出来ることも、すべてはヴィヴィオが持つ能力。
彼女の能力は三つ。
ゆりかごと一つになることで霊子動力炉をエネルギー源とし、“熾天使の力”を自在に使用出来ること。
虹色の魔力光『カイゼル・ファルベ』、王の血統のみが持つとされるその魔力の特性、“聖王の鎧”と呼ばれる絶対障壁を展開出来ること。
最後に、対象とした相手の戦闘技術、魔法などを学び取り、それを無効化、自分の能力として取り込む“高速データ収集”を可能とする。
この厄介な三つの能力こそが、ヴィヴィオをベルカ史上“最強の王”として、この時代に君臨させていた。
――ドガアァァン!!
強大な爆音と共に、互いに弾き飛ばされるD.S.とヴィヴィオ。
全くの互角だった。
「ちっ! なんだ、あの反則技は!?」
『下手にこちらの手の内を見せると、それを無効化され、再現される。
さすがに手がないですよー! どうするですか!?』
自身の魔法を真似られた。
完璧と言ってもいいヴィヴィオの魔法構築に、焦りと苛立ちを感じ、瓦礫の中から這い出しながらD.S.は悪態を吐く。
D.S.には時間がない。ツヴァイの魔力も限界に刻一刻と近付いていた。
このままでは、魔力の供給もままならないまま、ユダの痛み(ジューダス・ペイン)は励起を停止し、魔神人モードも解けてしまうだろう。
そうなれば、D.S.に勝ち目はない。
それが分かっているだけに、ツヴァイもD.S.と同様に焦りを感じていた。
今まで敵うものなど居ない、“最強”と思われていたD.S.の力が、ことごとく通用しないと言う現実。
彼の力を知る者たちからすれば、悪夢のような現実だろう。
「ん――」
『どうしたですか?』
突然、戦闘中だと言うのに意識を逸らし、ヴィヴィオとは別の方向を見始めるD.S.の行動を、ツヴァイは不思議に思う。
そうしている間にも、エグ・ゾーダスで受けたダメージを回復し、瓦礫の中から這い出してくるヴィヴィオの姿があった。
『やばいですよ! お父さま、構えないと――』
「ククク……そうか、そういや、その手があったな」
何かを思いついたのか?
悪悦な笑みを浮かべ、悪巧みをするD.S.を見て、ツヴァイは背筋に言い知れぬ悪寒を感じる。
「逃げるぞ」
『ほえ?』
「――戦略的撤退だ!!」
『ええええぇぇっ!!』
このマスターは行き成り何を言い出すのか? と言った表情で、大声を張り上げるツヴァイ。
しかし、そんなツヴァイを無視して、すぐさまD.S.は目晦ましにと、炎をまとわせた拳を大きく振り上げる。
「ガンズン=ロウ!!」
ヴィヴィオとD.S.の間に現れる巨大な炎の壁。
魔神人となったD.S.の炎は大広間を覆いつくすほどの勢いで燃え盛り、ヴィヴィオを完全に孤立させた。
「あばよっ! 偽乳女!」
D.S.は入り口の扉を破壊し、一目散に飛んで逃げ出す。
その行動に驚いたのはツヴァイばかりではない。ヴィヴィオもだ。
まさか、D.S.がそんな行動に出るなどと、夢にも思ってなかったのだろう。
呆然としたまま言葉を失い、炎の向こう側で段々と遠ざかっていくD.S.の気配に、戸惑いを覚えていた。
「ちょ――」
今まで、氷のように冷たく意思を表に現さなかったヴィヴィオとは、似ても似つかない慌てよう。
口から漏れ出た言葉は、彼女の心の動揺を顕著に表していた。
「ま、待ちなさ――いっ!!」
ヴィヴォオの怒声に、まるで嵐のように放出された魔力風が、ガンズン=ロウの炎の壁を吹き飛ばす。
案の定、すでにそこにはD.S.の姿はない。
そのことを再確認したヴィヴィオは、顔を真っ赤にして、後を追いかける。
(逃がさない。逃がさない。逃がさない)
感情を剥き出しにして、D.S.を追いかけるヴィヴィオ。
「こんな最後、絶対に認めないっ! 認めないんだからっ!!」
そのペースは先程までとは一転して、完全にD.S.のものだった。
次元を超えし魔人 第63話『白い悪魔』(STS編)
作者 193
ゆりかごの内部に侵入した、はやてとリインフォースは、一先ず、カルとシグナムが向かった動力部へと足を向けていた。
しかし、動力部に近付くにつれ、段々と肌寒くなっていく周囲の変化に、はやては戸惑いを感じる。
「これって……魔法の余波か?」
『はい――おそらくはカルの魔法でしょう』
はやては確認するかのように自分で質問しておきながらも、そのリインフォースの返答に、恐ろしい物を感じていた。
途中で目にした無残にも氷付けにされ、動けなくなった無数のガジェット。
AMFの支配下にある、このゆりかご内部にここまで影響を与えるほどの魔法の力に、はやてはその魔法を使った魔導師の力の凄さを肌で強く感じていた。
『この先のようですね』
「これは……」
ようやく辿り着いた動力部へと続く最後の扉。
BJ越しにも伝わってくる、冷気の放つ、身も凍るような肌寒さ。
廊下は氷りつき、そして、目の前の重く大きな扉は完全に氷りついていた。
そのままでは開きそうにないので、はやては騎士杖シュベルトクロイツに軽く魔力を籠め、扉へ向けて放つ。
「どうや?」
『はやて、お見事です』
効果はあったようで、ジュワっと音を立て、扉の氷は解けていた。
どちらかと言うと闇や氷の魔法を得意とするはやてだが、他の魔法が全く使えないと言うわけでもない。
むしろ、魔法の多彩さと言う点では、蒐集行使などの稀少技能を持つはやてに敵うものなど、ほとんどいないだろう。
それに先程、彼女がやったことは、魔力の運動エネルギーを熱に変換し、氷を溶かした程度のことだ。
元来、強大な魔力を持つはやては、それをリインフォースがいなくても制御出来るようにと、血の滲むような訓練をこなして来た。
その力は、ただ才能があると言うだけで片付けられられないほどの、努力の末に身に付けられたものでもある。
先程、氷を溶かすのに使った魔法は、そこそこの実力を持つ魔導師であれば、誰にでも出来る簡単なものに過ぎなかったが、無駄ない見事な魔法構築だった。
しばらく見ない間に立派に成長していたはやての実力を、リインフォースも嬉しく思う。
「これは……」
部屋の中に入ったはやてがまず目にしたものは、巨大な存在感を放つ霊子動力炉だった。
しかし、一番に驚かされたのは、この部屋全体が何か強力な魔法で氷付けにされていたと言うことだった。
こんな真似が出来る人物は、この場には一人しかいない。
「――主はやて!?」
「シグナム! 無事やったんやな」
「ええ、まあ……」
すぐにシグナムは連絡が取れない自分たちを心配して、はやてが来てくれたのだと気付いた。
心配を掛けてしまったことで、少し申し訳ない気持ちになるが、しかしシグナムたちとて遊んでいた訳ではない。
「助かった。丁度、外に救援を呼びに行くかどうか、相談していたところだったんだ」
「カルさん……でも、これって何なんですか? 確か、駆動炉を壊す予定やったはずや……」
「……それは、これを見てくれ」
カルに案内され、霊子動力炉の周囲に設置された無数のポッドの一つを覗き込むはやて。
そこには青白い顔をした、生気の感じられない人間の姿があった。
それを見て、はやては思わず口元を手で押さえる。
「数年前から行方不明になっていた魔導師たちだ。先日の地上本部襲撃の際、行方不明になった魔導師たちもここにいる」
「な、なんで!?」
「この動力炉は“霊子動力炉”と言って、彼らの魔力や生命エネルギーを糧に動いている。
だから、下手に破壊も出来なければ、彼らを動かすことも出来ない」
カルは、どうにか霊子動力炉の動作だけでも停止させられないかと、破壊ではなく氷系魔法による凍結を試みた。
しかし、絶対零度を誇るテスタメントでさえ大した効果は得られず、現状、この有様と言う状況だった。
それに、また一つ、大きな問題が浮上していた。霊子動力炉に常に魔力を吸い上げられている、彼らに残された時間の問題だ。
それは、このままで行けば、その命は後僅かと言ってよいほど、彼らは衰弱を余儀なくされていたことにある。
「な、なんでそんなことに!? ゆりかごを動かすにはそんなに魔力が必要なんか?」
「いや、恐らくは別の目的で、彼らの魔力を強引に吸い上げているのだろう。
だが、彼らに時間が残されていないのは確かだ」
「そんな……」
カルの話を聞いて、表情を曇らせるはやて。単に動力を破壊するだけなら、今のはやての力なら簡単だろう。
しかし、それが出来るならカルとシグナムも、すでにやっている。
出来ない理由が、一万人余りの魔導師たちの命と引き換えだと言われれば、はやてには彼らを見捨てることなど出来ない。
このまま、ゆりかごの上昇を許してしまえば、更に多くの人が死ぬことになると分かってはいても、目の前の命を見捨てるような真似は、彼女には出来なかった。
『はやて、少しいいですか?』
「リイン?」
そう言って、はやてとのユニゾンを解き、霊子動力炉に近付き、何かを調べ始めるリインフォース。
リインフォースの不可解な行動に首を傾げつつも、はやてたちは彼女の行動を見守るしかない。
少しでも、何か良い案があるのであれば、その手掛かりだけでも欲しいと言うのが、彼女たちの率直な気持ちだった。
「やはり……」
「何か、分かったんか!?」
「この霊子動力炉とゆりかごは、私やツヴァイのようなものだと言うことです」
「――は?」
リインフォースの話が良く分からず、素っ頓狂な声を上げるはやて。
彼女の説明はこうだ。
かつて、“闇の書”の管制人格であったリインフォース、そして防御プログラムであったツヴァイ。
二つは互いに存在して主張しあうことで、はじめて“闇の書”に集められた強大な魔力を制御することが出来た。
媒介となる主と、管制人格と言う唯一無二の半身を失うことにより、防御プログラムは暴走する結果になったが、そもそも、どれ一つとして闇の書を形作る上で、システムから切り離せるものでは本来なかったからだ。
現在の闇の書は元の姿を取り戻し、“夜天の魔導書”へと姿を変えてはいるが、はやて自身が強大な魔力を持つ魔導師であるが故に、その魔力を媒介として最低限の力を発揮出来ているに過ぎず、リインフォースとツヴァイを失っている現状では、本来の力を完全に取り戻しているとは言い難い。
言ってみれば、霊子動力炉がリインフォース、ゆりかごがツヴァイ。
ただ一人の主を助け、護るために作られし物。それが、この聖王のゆりかごの正体だった。
「なら、その主を見つけ出して倒すか、止めるように命令させれば――」
「はい。ゆりかごも、霊子動力炉も止められると思います」
その答えを聞いて、希望を見出せたことで、はやては嬉々とした表情を浮かべる。
しかし、カルは浮かない表情をしたまま、リインフォースの話に聞き入り、思考に耽っていた。
「その主、聖王ヴィヴィオだな」
「おそらくは……そして、先程から感じられるこの強大な魔力の衝突も――」
「ああ、D.S.とヴィヴィオが戦っているのだろう」
カルとリインフォースは自分たちの推測を確かめ合い、そのことでカルは更に表情を曇らせる。
カルは、すでに自分たちが介入出来るレベルの話ではなくなっていることに、気がついていたからだ。
魔神人と化したD.S.と少なくとも互角に渡り合えるヴィヴィオに、自分たちが立ち向かったところで敵うはずもない。
だからこそ、D.S.にすべてを委ねるしかない訳なのだが、それでも――
「D.S.は勝てると思うか?」
カルは真剣な表情で、リインフォースに質問する。
それは、誰よりもリインフォースが、今のD.S.を良く知っていると考えての質問だった。
「おそらく、今のままでは勝てません……あなたの知る昔の“彼”と、今の“彼”では大きく違います」
「やはりな……」
「しかし、一つだけ方法があります。そして、D.S.もそのことに気がついている」
予想通りと言った様子で表情に影を落とすカルを横目に、何かを確信した様子で玉座の方を振り向き、微笑むリインフォース。
「――!? 強大な魔力が近付いてる。戦いの舞台を移したのか?」
徐々に、こちらに向かって近付いてくる二つの強大な魔力の存在に気付き、カルは驚きに駆られ、表情を歪ませる。
D.S.が、まさか玉座の間から、戦いの舞台を移すなどと思ってはいなかったからだ。
そんなことをすれば、下手をすれば戦いの余波で、ゆりかごを落とす結果にも繋がりかねない。
こちらには、霊子動力炉もあるのだから――
「行きます」
「行くってリイン!?」
「はやては、カルとシグナムと一緒に、先に突入した魔導師たちや怪我人を連れて脱出して下さい」
「でも、この人たちは――」
「無理です。仮に可能だとして、こんな人数をどうやって運び出すんですか?」
「う――っ!」
人間が材料にされると言う、この凄惨な状況を目の当たりにして、何とかしたいと言う気持ちばかりが先行して焦っていたはやてだったが、リインフォースの言葉でどうにか正気を取り戻す。
そして、はやてもバカではない。それが可能か、不可能かと問われれば、自分が本当はどうするべきかと言うことは分かっていた。
しかし、頭では理解出来ていても、感情はそうはいかない。彼らを助けたいと思うのは、“魔導師”であれば当たり前のこと――
それに、はやては闇の書事件以降、こうした不幸な人たちを少しでも多く減らせるようにと、聖王教会に入り、努力してきた経緯がある。
彼女からしてみれば、目の前で死に掛けている命があると言うのに、それを見過ごす何て真似はしたくはなかった。
「はやての気持ちは分かります。ですが、現実を見て下さい。
そうして、助けられる命も見捨てるつもりですか?」
リインフォースの問い掛けに、はやては何も答えられず、ただ俯くことしか出来ない。
彼女の言っていることが、正しいと言うことは理解していたからだ。
しかし、理解はしていても、やはり苦悶に満ちた表情を浮かべていた。
「私も彼女の案に賛成だ。それに何も彼女は見捨てろと言っている訳じゃない」
カルの言葉に、俯いたまま僅かに反応を見せるはやて。
「主はやて。あなたの尊敬するあの人は、好きなあの人は、そんなに頼りない方でしたか?」
シグナムの言葉に、ハッと意識を揺り動かされ、はやてはリインフォースの方を振り返る。
彼女は「行く」と言った。それはどこに? 誰のところに? そんな答えは聞くまでもなく分かりきっている。
「信じて下さい。私と、そして“D.S.”を」
凛とした表情で、リインフォースは確かにそう言った。
この絶望的な状況の中で、先程はカイに「今のD.S.では勝てない」と断言した彼女に、本当に何か出来ることがあるのだろうか?
いや、そもそも、そう言うマイナス思考こそが、この場では無駄なことなのだろう。
はやては思考を切り替え、考える。
彼女だけではない、D.S.もいる。そして、ツヴァイもいる。
世界最強の魔導師と、その従者(娘)たち――
「本当に……可能なんやね」
「私とD.S.――それにツヴァイの三人なら必ず」
闇の書事件で見せられた奇跡。その奇跡によって救われた、はやてだからこそ分かる。
リインフォースの言っている言葉の意味が、そして、必ず“不言実行”してしまう男がいることを知っていた。
今まで、あらゆる不可能を可能とし、それをすべて実現してきた彼ならば――
「なら、信じる。無茶でも何でもいい。絶対無敵の“ハッピーエンド”を私たちに見せてくれるって」
はやての心は決まった。
そして今、自分たちに出来ることを精一杯しようと心に固く誓う。
――彼のようになりたかった。
それは、はやての願いであり、そして目標でもあった。
――はやては思う。
この世界は理不尽なことで一杯だ。救われる者も居れば、当然、救われない人たちも、たくさんいる。
誰よりも純心に、強く、潔癖に、そんな理不尽を嫌い、立ち向かった人たちがいた。
しかし、その想いがすべて報われることはない。力足りず、現実に絶望し、道を踏み外す者もいれば、復讐に身を焦がす者もいる。
そんな人たちを目の当たりにし、そんな世界に絶望を抱いたこともあった。
だが、彼は違った。無限とも言える魔力を内包する最強の魔導師。
どんな絶望的な運命でも決して諦めず、彼は当たり前のように抵抗し、そして掴み取れるすべての命を救い上げてしまう。
この世界に“絶対”などと言うことはない――と言うことを教えてくれた、ただ一人の魔導師。
不可能とされる運命を捻じ曲げ、可能な限りのすべてを手にしてしまう。
その誰よりも強く、自由な彼の生き方に私は、八神はやては憧れた。
そして気がつけば、私も彼に魅了される一人の女になっていた。
そう、彼ならば、きっと今回も当たり前のように、何とかしてしまうのだろう。
根拠などない。だが、彼のことを想うだけで信じられた。
彼の名はD.S.(ダーク・シュナイダー)――世界最強の魔導師。
「な、何故……クッ! 陛下、それは誘いですっ!」
命令を受け付けない。制御が利かない。ヴィヴィオの予期せぬ行動にクアットロは焦っていた。
ゆりかごの最深部。D.S.たちの居る場所から、更に深く、深く、潜ったところにあるその場所に身をひっそりと身を隠し、クアットロはD.S.とヴィヴィオ、二人の戦いを観察していた。
当初の予定通り、ゆりかごと霊子動力炉の力で、完全に熾天使の力を自分の物としたヴィヴィオは、D.S.を追い詰めていた。
しかし、D.S.の思わぬ行動により、状況は一変する。
逃げの一手に出たD.S.の行動に動揺し、感情を顕にして後を追いかけるヴィヴィオ。
それ以降、何故かクアットロの支配下を逃れ、ヴィヴィオは暴走を続けている。
全く予期せぬ理解不能な状況に、クアットロは焦りを隠しきれない。
「私の支配から逃れるなんて――」
すべてはD.S.のせいだとクアットロは考え、唇を噛み締める。
現在も、ヴィヴィオに向かって悪態を吐き、怒らせながら、D.S.はどこかに彼女を誘導しようとしていた。
「これでは当初の計画が――」
あの二人を衝突させ、地獄との境界を開くことで、新世界の創造を果たすと言うスカリエッティの計画が、これでは果たせなくなるかも知れないとクアットロは焦る。
悪魔との密約により、計画された『反創世計画(ネガ・ジェネシス)』だが、それを利用することで、彼女たちもまた、自分たちに都合の良い法則(ルール)をこの世界に敷こうと考えていた。
そのために必要な介入プログラムは、すでにゆりかごに組み込まれている。
クアットロはその瞬間が来るのを刻一刻と、この場で待ち続けるだけで良いはずだった。
「こうなったら……多少、危険でもあの手段しか」
最後の手として用意してあった方法が、クアットロの脳裏を掠める。
材料となっている魔導師たちすべてを犠牲とし、霊子動力炉を暴走させることで境界を破壊する。
しかし、可能性としては決して高いとは言えず、どちらにせよ、D.S.と言う依り代が必要なために次点として見送られた方法だった。
だが、すでに計画は狂い始めている。
ここで、ヴィヴィオが万が一にも敗れるようなことがあればと、クアットロは視線を落とす。
目の前のプログラムを動かせば、すぐにでも実行は可能だ。今更、魔導師が多少多く死ぬことになろうとも、クアットロは躊躇わないだろう。
反創世計画(ネガ・ジェネシス)が成功すれば、その瞬間にこの世界は終わりを迎える。
新たな世界の誕生と共に、この世界は死を迎えるのだ。
その前に一万人の犠牲があろうと、世界創造と言う大成の前には、大した問題ではないと彼女は考えていた。
「……そう言えば、もう一人は一体何処に?」
D.S.と別行動をしているはずの、なのはの姿が見えないことにクアットロは気付く。
ずっとモニタしていたはずだが、どこの監視映像にも、なのはの姿は映っていなかった。
忽然と姿を消したなのはを捜して、クアットロは遠隔操作による捜索の手を広げる。
これらの映像はすべて、ゆりかごの中に設置されたカメラと、ガジェットの目を通して、クアットロに情報として伝達されている。
彼女は戦闘能力は他の姉妹に比べれば随分と低いが、こと情報処理能力や、指揮能力だけは姉妹の中でも随一と言っても過言ではないほど優秀な能力を持っていた。
それに加え、実体に近い精密な幻影を操ることで、対象の知覚情報を誤認させる“シルバーカーテン”などの先天固有技能も有しているため、後方支援役としてはもっとも適した人材だった。
その彼女が、たった一人とは言え、魔導師の存在を見失っていたのだ。
「いない。ここにも、ここにも……」
嫌な汗が、クアットロの背筋を伝う。予想されるエリアは、すべて捜しつくした。
外に逃げた? いや、なのはの性格で、それはありえないと言うことは、彼女が一番良く理解している。
ゆりかごの内部で、まだ捜していない場所――それは、ほんの僅かな思考だった。
その考えに行き着いた時、クアットロの耳に死刑宣告にも等しい声が届く。
『見つけた』
「――――(エリアサーチャー!?)」
自分の周囲を漂う小さな光球の存在に気付き、慌ててクアットロは天井を見上げる。
その壁一枚、天井を挟んだ真上――クアットロの頭上に、なのはは居た。
「そんな――何時の間にここまで!?」
「レイジングハート、隠密(ステルス)解除」
周囲に溶け込むように姿を消していたなのはが、その言葉と共に姿を現す。
そのBJは、いつもの白い色ではなく、対照的な黒一色で統一された物へと変貌していた。
フェイトのような機動力重視の戦闘スタイルと違い、重装甲、大火力に重点を置くなのはが導き出した答えの一つがこれ。
隠密性に特化したセカンドモード『ナイトホーク』。広域探査魔法『ワイドエリアサーチ』と組み合わせることで、見事、クアットロの目を彼女は欺いて見せた。
「――リミットブレイク! モード・フルバースト!!」
そしてこれが、なのはとレイジングハートの奥の手。なのはの言葉と共に、彼女の周囲に展開される七つのビット。
外部から魔力を補填すると言う意味では、D.S.やティアナの使ったものと同じなのだが、なのはの場合は少し違う。
一切、魔力駆動炉などと言ったバックアップに頼らず、それらの魔力はすべて自身が生成したものだからだ。
レイジングハートの内部には、プレシアとリニスの手により、カートリッジシステムを改良して作られた超小型の魔力タンクが内蔵されており、それは普段、彼女が必要としない余剰魔力を、徐々に蓄積し、貯える貯蔵庫のような役割を果たしていた。
自身の魔力であれば、魔力の変換効率も格段に良くなり、大魔力の供給による衝突(コンフリクト)も少なく済む。
そうなれば一撃に使用出来る魔力負荷も大きく軽減され、より一度に強大な力を行使出来ると、なのはは考えたのだ。
現在、なのはのレイジングハートに貯えられている魔力は、最後にこのシステムを組み込み、使用した時から、凡そ三年分の魔力が蓄積されていた。
「あ……ああ……」
ガタガタと音を立てて振動する天井を見て、クアットロは絶望をその胸に抱く。
どれだけ強大な魔力を保有していようと、一撃で使用出来る魔力量には、それぞれ限界がある。
ようは蛇口の大きさの問題だ。その蛇口から出る水の量、そして勢いが魔法の一撃の威力を左右する。
なのはのそれは、限界までその効率性を追求し、最大の威力を出せるように練りだされた文字通り必殺の一撃だった。
なのはの周囲に展開された七つのビット。それぞれが寸分変わらぬ魔力を集束させ、一点にその力を集めていく。
おそらくは威力だけなら、魔神人状態のD.S.の一撃にも匹敵するほどの力が、そこには集められていた。
「いや……いや――」
余りの恐怖に恐慌状態に陥り、慌ててその場から逃げ出そうとするクアットロ。
しかし、なのはがそんな彼女を逃がす訳がない。
彼女は怒っていた。ヴィヴィオを利用し、自分たちの欲望のために“道具”として“娘”を使ったことが許せない。
あまつさえ、あれほどD.S.のことを慕っていたヴィヴィオに、彼と戦わせるような真似をしたこと――
そして、そんなヴィヴィオのことを可愛がっていたD.S.に辛い選択をさせたこと――
クアットロのその行いを、なのはは許すことが出来なかった。
「絶対に……許さない。あなただけは、絶対にっ!」
それは、まさに死刑宣告。
なのはの瞳がゆらりと揺れ、瞬間――レイジングハートの先端に集束された魔力が、かつてないほどの巨大な魔力の塊となって、クアットロへと向けられる。
「ディバイン――バスターッ!!」
なのはの手を放れ、レイジングハートより放たれる強大な魔力砲撃。
改良に改良を重ねた、なのはが最も信頼を置く“砲撃魔法”。
その無情なる一撃が、分厚いゆりかごの壁を意図も簡単に撃ち抜き、最深部諸共、クアットロを呑み込んだ。
――ドゴオオォォン!!
今まで感じた中で、一番の衝撃がゆりかごを襲う。
物に掴まっていなくては立っていられないほどの揺れに、リインフォースと別れ、救助活動を行っていたはやてたちは驚きの声を上げる。
「な、なんや!?」
ゆりかごが落ちるのではないか? と思えるほどの衝撃だった。
そして、どこかその強大な魔力の余波と衝撃に覚えのあるはやては、嫌な予感が頭を過ぎる。
あれは忘れもしない。闇の書事件――防御プログラムが暴走した時に見た、海をも蒸発させた悪魔の一撃。
「ま、まさか……」
「主はやて――先程の衝撃で、ゆりかごの高度が下がりはじめてます!」
「な――っ!」
シグナムの声で、慌てて外の様子を見るはやて、確かに高度が下がりはじめていた。
霊子動力炉が動きを停止した訳ではない。
一体どうして? と考えていると、はやての視線の遙か先、ゆりかごの機体の一部がボロリと崩れ、海に落下していく姿が見える。
「今の一撃が、ゆりかごの修復能力の限界を超えたようだ」
その落ちていく残骸を見て、冷や汗を流しながら、そう説明するカルの一言に、はやてはその場に頭を抱えて屈みこんでしまう。
それは、ずっとはやてが危惧していたことの一つ。当たって欲しくない方向に嫌な予感が当たってしまった。
D.S.の魔法が外壁を突き破って飛んで来た時から、はやてはずっと嫌な予感がしていた。
D.S.だけでも危険なのに、なのはが一緒にいると言う時点で、これは予想して然るべき事態だったとも言える。
「なのはちゃんや……白い悪魔の再臨や……」
ガタガタと小刻みに震えながら、何度もそう呟くはやてを見て、さすがのカルも心配そうにする。
シグナムだけは、はやての心労が痛いほど分かっていた。
あれは、実際に目にしたことがある当事者でないと分からない恐怖だ。
内心、ここにヴィータがいなくてよかったと考えてるくらいだった。
「とにかく、早く負傷者を運び出そう。このままでは、いつ落ちても不思議ではない」
「そ、そやな! 早く逃げよ! 出来るだけ遠くに――」
先程まで、霊子動力炉に繋がれた彼らを置いていくことに、あれほど躊躇を見せていた少女とは思えない変貌振りに、カルは違和感を感じる。
しかし、自分の一声で、早く逃げ準備をしようとテキパキと動き出す、はやてとシグナムの様子を見て、そのことに触れてはいけない何かがあるのだとカルは察した。
(一体、彼女たちの過去に何が……)
それは、触れられたくはない過去。いや、禁忌と言ってもいい。
白い悪魔の伝説が、また一つ。
彼女たちの“トラウマ”と言うカタチで歴史に刻まれた。
……TO BE CONTINUED