脳と脊髄の入った三つの巨大なシリンダーが、薄暗く大きな部屋に青白い不気味な光を点す。
管理局の最高機関、最高評議会を束ねる三人の頭脳。肉体を失い、寿命を永らえてまで彼等が求めたものは、管理局による次元世界の統一。
嘗ては世界の平和を願う、崇高な意志によるものだった。
カタチは違えど、平和を想う心、未来を憂う心、それは地球の人々の願いと何も変わらない。
はじまりは、もっと純粋なものだったのかも知れない。
しかし、魔法を至上とし、質量兵器を排他とするその動きは段々と歪んだものへと変わって行き、その“願い”すらも行過ぎた“思想”へと変えてしまった。
「アリサ・バニングスの死亡が確認された」
評議員の一人が呟く。彼等が目にするモニタには、跡形もなく吹き飛ばされ、焼け焦げたレジアスの執務室の姿が映し出されていた。
報告に上がった“影”の報告で、アリサ達の死体も確認されたと知り、安堵の声を漏らす三人。
彼等にとってアリサ・バニングスの存在は、今や厄介な障害でしかなかった。
管理世界に巨大な根を張りはじめたバニングス社。地上本部や聖王教会とも親交を深くし、ADAM設立の立役者にもなったその影響力は、本局ですら軽視できないほど大きなものに成りつつあった。
そして、それらの功績を築き上げたバニングスの誇る才媛、アリサ・バニングス。
レジアスとの闇取引により、アインヘリアルばかりか、戦闘機人も地球に持って行かれる原因を作った少女。
最高評議会の理想を阻む最大の障害として、彼女は彼等に敵視されるようになった。
そして、今回の“暗殺劇”に至る。
ミッドチルダ、首都クラナガンを襲った戦闘機人、ガジェット襲撃事件。
敵の圧倒的な物量に追い込まれた地上の魔導師が暴徒と化し、アリサは暴徒との戦闘に巻き込まれ死亡――そう言う筋書きが描かれていた。
「レジアスも死んだか」
「奴はやり過ぎた。“駒”は“駒”らしく、大人しくしていれば良いものを」
「どの道、潮時だったよ。ゼストが奴に辿り着けば、すべては終わり、また新しい“駒”を用意すればいい」
この機会に、彼等は地上本部諸共、レジアスを切り捨てるつもりでもいた。
多くの秘密を知りすぎているレジアスの存在もまた、彼等にとっては邪魔者でしかなかったからだ。
それに、地球と繋がっている地上本部も同じだ。必要なのは従順で有能な駒のみ。
そう言う意味では地球と手を組み、彼等の預かり知らないところで勝手に動き回る地上本部も、今や“害悪”でしかない。
「これで我らが憂いは晴れた」
「いや、待て。アリサ・バニングスの死亡を確認した“影”を召喚する」
「……ふむ。万全を期したいと言うことだな。我も異論はない」
地球人には“もしも”と思わせる何かがある。
今まで、誰もが予想をしなかった結果を積み重ねてきたアリサ達のことを、彼等は決して侮ってなどいない。
この臆病とも言える慎重な姿勢こそが、彼等に百年以上もの時、世界の管理者として君臨を許してきた一番の理由でもあった。
アリサ・バニングスの死を自分達の目と耳で、確認しなければ真に安心とは言えない。
情報では生き残った影は一人。残りの影はゼスト、リニス、アリア、アギトの四名と交戦し、相打ちで命を落としたと明記されている。
その生き残りの一人に事情を直接聞き、必要であればアリサの死体も検分させようと三人は考えていた。
『――召喚に応じ、参上しました』
黒いマントで全身を覆ったフード姿の人物が、評議員三人の姿を模した漆黒のモニュメントの前に姿を見せる。
彼等、最高評議会の三人は、その姿を決して誰にも明かすことはない。
いつも連絡を取る時は文書を使うか、こうやって配下の前に姿を現していた。
「ご苦労。お前が、アリサ・バニングスの死体を確認したそうだが、確かなのか?」
『はい。確かに本人に間違いありません』
「ふむ……やはり間違いではなかったか。念のため、こちらでも検分をしたい。
アリサ・バニングスの遺体を、こちらの司法解剖に回すように手配しておけ」
『いえ、その必要はありません』
「何?」
クスッと微笑み、議長の要求を真っ向から拒否するフードの人物。
声と仕草から、その人物が“彼”ではなく、“彼女”だと言うことを察することが出来た。
そっとフードに手を掛け、その姿を明らかにする女性。
艶やかな金色の髪に、透き通るような白い肌と青い瞳。それは、最高評議会の三人もよく知る人物の姿だった。
『ここに“本人”が居るのだからね!』
「「「なっ!?」」」
――アリサ・バニングス。
バニングスの“才媛”と謳われた少女の、最後の一手がここに指し放たれる。
次元を超えし魔人 第65話『愚者の末路』(STS編)
作者 193
「……僕をどこに連れて行く気だ」
「黙って付いて来い」
ヴィータに連行され、警戒した様子でその後を付いて行くオットー。
キャロの精霊の追跡を逃れることが出来なかったオットーは、結局、駆けつけたADAMの魔導師に包囲され、捕縛されてしまった。
すぐさま、後方に待機しているアースラへと身柄を移送され、手枷を填められたままヴィータの案内で機関室へと向かっていた。
「すずか、連れてきてやったぞ」
「え、ヴィータちゃん? 寝てなくて大丈夫なの?」
「はやて達が頑張ってるのに、あたし達だけ寝てられねーよ」
ヴィータもそうだが、シャマルとザフィーラも怪我負っている身にも関わらず、自分達だけ寝ている訳にはいかないと病院を抜け出し、前線の支援に駆けずり回っていた。
オットーを捕らえたADAMの魔導師、その中にヴィータ達の姿もあった。
ヴィータが彼女をここまで連行してきた理由はそう言うことだ。
「オットーさん、あなたにお願いがあるの」
すずかがオットーをここに呼び寄せたのには理由があった。彼女の持つガジェットの指揮コードを譲渡してもらうためだ。
それがあれば、残存するすべてのガジェットの動きを抑制することが可能ではないかと考えたからだ。
アインヘリアルの働きで殆どのガジェットを撃破することが出来たが、こちらが受けた被害も少なくはない。
残り数千とは言っても、散らばったガジェットの後始末すべてを、疲弊した状態の魔導師達に背負わせるのは酷ではある。
「そんなことに、僕が協力すると思う?」
「こいつ――っ!」
「やめて! ヴィータちゃん」
前線で頑張っている魔導師達の行動を“そんなこと”と比喩され、激昂し、オットーに掴みかかろうとするヴィータを、すずかは強く制止する。
オットーの言うことにも一理ある。彼女はスカリエッティの生み出した戦闘機人。すずか達の敵だ。
その彼女が、だからと言って、すずか達に協力する理由はない。
「僕達は敵同士だ」
オットーはスカリエッティに対し、忠誠心などと言ったものは深く持ち合わせていなかったが、彼等に捕らえられた姉妹達、それに双子の妹のディードを傷つけた仲間に協力する気などなかった。
どうせ話す話さないに限らず、管理局に捕らえられた自分は妹達同様、極刑を免れないと覚悟していたからでもある。
「あなた達の身柄は“バスタード”が預かることになってます。だから、管理局に引き渡すことはない。
それは安心してくれていいわ。当然、他の戦闘機人の子達も同じよ」
「……その話を信じられると?」
「これは管理局と取り交わした契約書の写しです」
そう言うとすずかは、オットーの前に管理局と取り交わした契約書を提示する。
そこには『バスタードでの社会奉仕活動を命じる』と書かれた管理局の押印もある契約書が確かにあった。
訝しむような表情で、その契約書へと目を通すオットー。
確かに偽物ではないようだが、だからと言って管理局から身柄がバスタードへと移されただけ、オットーはどちらも信用している訳じゃない。
人間ですらない、兵器の自分達の扱いなど、どちらに居ても同じことだと考えていた。
そんなオットーの心情を察してか、すずかは肩を竦め、小さく嘆息を吐くと、手の平を二度打ち鳴らした。
「あなたに会いたがっていた“人”がいます」
「――!」
オットーの目が見開かれる。
すずかの合図で姿を見せた人物に、驚きを隠せなかったからだ。
「ディード!?」
「……オットー」
ヴィータを跳ね除け、手枷を填めたままの状態でディードへと駆け寄るオットー。
姿を見せたディードは以前と変わる様子なく、すずかと同じ白衣を身に付けた状態でオットーの前に立っていた。
「ごめんなさい……心配を掛けてしまって」
「ううぅ……よかった……無事でよかった」
ディードは、その場に膝をつき、涙を流すオットーに話し始める。
ウインディとチンクも、現在は地球で治療を受け回復に向かっていると言うこと、トーレとセッテは反抗的な態度を示したため勾留されてはいるが酷い扱いは受けていないこと、ノーヴェも監視付ではあるが施設内での自由な暮らしを認められているということ、そして――
「月村博士の助手をすることで、私もこうして自由を約束されている。
オットー、あなたに会いたくて、博士に無理を言って連れてきてもらったの……」
「それじゃ……」
「私は信じても良いと思う。博士達は管理局とは違う」
ディードは管理局とバスタードの気質の違いに驚いた。
戦闘機人である自分達の利用価値と言えば、まず思いつくのは使いやすい兵器としての運用だ。
当然、管理局もそのことを考え、スカリエッティに人造魔導師や戦闘機人の製作を依頼をしてきた経緯がある。
しかし、バスタードは“奉仕活動をしろ”とは言ってきたが、その方法は自分達で考え、罪を償えと言って来た。
彼女達にそのことを伝え、驚かせたのは、バスタードの後見人であり、バニングス社総帥のデビット・バニングスだ。
初めて、戦闘機人である彼女達に、戦う以外の選択肢を提示した男。
彼の提示した内容は、ディードにとって理解不能なものだった。
「なら、私の助手をしませんか?」
そんな時、ディードの才能を買って、助手をしないかと声を掛けてきたのが月村すずかだった。
有能な助手を探していたらしく、アインヘリアルの調整や、アースラの改修にも人手が要るからと誘われたのだ。
ディードは考えた、本当に戦闘機人の自分で良いのかと? しかし、すずかは――
「そんなことは関係ないわ。あなたが有能だと思うから誘ったのよ。ディードさん」
すずかに、戦闘機人の能力は別に兵器としてではなくても、別のことにも活かせられると教えられ、ディードの彼女への見方は変わった。
そして、オットーに会わせて貰えることを条件に、すずかの助手をすることを了承し、アインヘリアルの設置作業まで手伝っていたのだ。
明確なスカリエッティへの裏切り行為とも言える行動だが、ディードにとって重要なのはスカリエッティへの忠誠心ではない。
オットーがディードを大切にするように、また彼女もオットーのことを心配していたからこそ、助手になることを了承し、すずかに約束をさせたのだ。
そして、すずかは約束を守った。
だからこそ、ディードは彼女達のことを信じて見ても構わないと考え始めていた。
「分かった……ディードが言うなら僕も信じる」
オットーは、すずかの手にしている端末に腕を伸ばし、知っている限りのガジェットに関するすべてのデータを転送する。
そこにはガジェットの指揮コードだけでなく、ガジェットの個体数の情報から設計図に至るまで、ありとあらゆるデータが含まれていた。
「ディードを助けてくれた御礼」
「助けた? 私は彼女に助手をお願いしただけですよ?」
「違う……ディードを見ていれば分かる」
自分と同じく感情の乏しかったディードが、こうも素直に自分の気持ちを口に出していることにオットーは驚いた。
今までのディードなら、きっとこんな反応はしない。その原因は、聞くまでもなく月村すずかにあると言うことをオットーは察していた。
オットーが彼女のことを信じると決めたのも、そんなディードを見たからこそだ。
少なくともディードの言うように、管理局とは違う何かが彼女にあるのだと、オットーはそのことで信じることが出来た。
「そう、それじゃあ遠慮なく使わせてもらいます。それと――」
チラっと一瞬、ディードの方を見て、すずかはオットーに微笑む。
ディードにオットーの話を聞いた時から、ずっと決めていたことがあったからだ。
「“月村重工(うち)”で働きません? ディードさんと一緒に」
すずかの誘いに、目を点にして驚くオットー。同じく、その話を耳にしたヴィータも呆けてしまう。
先程まで敵対していた相手に言うような台詞ではない。
しかも、手枷を填めて、ここまで連れてくるようにと命じた人物がだ。
オットーはそんなすずかを見て、本当に可笑しな女だと笑みを零していた。
最高評議会の三人は言葉を失い、予想だにしなかった事態に混乱していた。
アリサ・バニングスが生きている。しかも、自分達の放った“影”と同じローブをまとって、自分達の前に姿を現したのだ。
だとしたら、彼等が放った“影”はどこに?
ここにアリサがいて、あのローブがここにある時点で、その答えは明白だった。
アリサ達の手によって消された。
その事実は、選りすぐりの人選で選び抜いたオーバーSランクの魔導師達が、彼女達に返り討ちにあったと言う事実を示していた。
過小評価したつもりはない。なのに、『何故?』と言う疑問ばかりが評議員たちの脳裏を過ぎる。
たった二人の一般人と、四人の魔導師を消すために投入する戦力としては、過多と言っても過言ではない戦力だった。
最高評議会でも最高の戦力を、アリサの暗殺に差し向けたのだ。
(失敗する可能性など計算上有り得ないはず)
だとすれば、その計算が狂ったのかと評議員の三人は考えるが、ゼストとアギトの力も、リニスやアリアの力も、あの場に居た全員の能力を計算に入れた上での今回の作戦だった。
その計算が狂うことなど有り得ない。
彼等が納得行かないのも無理はなかった。
『本当に馬鹿ね』
「貴様、口を慎め!」
『馬鹿だから、馬鹿だと言ったのよ。あなた達の知っているリニスやアリアの力って何時のものよ?』
「なっ!」
彼等が知らないだけで、地球の技術力は、すでに管理局を凌駕している。
そしてバスタードで、ずっとその分野の最前線で腕を磨き続けてきたリニスとアリアは、管理局で言うところの魔導師ランクで表現できる能力を大きく超えていた。
バスタードの戦力の殆どは、管理局基準の魔導師ランクで換算した場合、精々BからAAと言った所。
だが、彼等は魔法にのみ頼らず、“気”や“霊力”と言った肉体や魂に関わる魔力以外の力を巧みに使い、メタリオンに伝わる秘技や、魔法を使いこなす独自の技術体系を確立し、数ランク上の魔導師を相手にも互角以上に戦う実力を身に付けていた。
ADAMの魔導師の質が高く、強力な理由もそれだ。
元々、彼女達は高い魔導師としての資質を持つ使い魔だ。
二人の能力はバスタードでの訓練、そして未知の技術との遭遇により、以前とは比べ物にならないほど大きく向上していた。
D.S.の四天王ほどとまでは言わないが、それに近いほどの実力が彼女達にはある。
バスタード最強クラスの実力を持つ、なのはとフェイトですら、アリアと真っ向から戦えば勝率は七分と言ったところだろう。
アリアとロッテの二人が同時に相手となれば、今のなのはとフェイトでは勝ち目はない。
アリサ・バニングスのメイドと言えば、地球では“最強のメイド姉妹”として有名な名前になっていた。
それに、リニスにも二人には話していない奥の手があった。
技術者としても有名な彼女だが、魔導師としての実力も未だフェイトに劣らず、技術面では彼女の上を行くほどの使い手だ。
Sランク程度の魔導師が何人いようと、この二人の全力に敵う道理はない。
それに――
「こんな姿になってまで生きながらえようとするんですもの。馬鹿なのは“最初から”じゃないかしら?」
「アリサお嬢様、この脳味噌処分しちゃっていいの?」
「なっ! 貴様達は――どうやって、ここに入った!?」
何時の間にか、評議員三人の脳が浮かぶシリンダーの前に、当たり前のように居座っている二人。
評議員達が驚くのも無理はない。プレシア・テスタロッサ、そしてずっと姿が見えなかったリーゼロッテの二人がそこに居たからだ。
ロッテは三人の評議員の反応を楽しむかのように、シリンダーを叩いたり、生命維持装置の操作パネルを弄って遊んでいる。
その行動に焦らずにはいられないのは彼等だ。自分達の命は、この生命維持装置によって支えられている。
もし、ロッテにそれを破壊されれば、待っているのは確実な死だけだ。
『ロッテ、殺すのは駄目よ。そいつらには、ちゃんと法廷で裁きを受けてもらわないと』
「な、何だと!? 我らを貴様が裁くと言う気か! 世界の管理者たる我らを!」
アリサの発言に、激昂する評議員達。この世界を支えてきたのは自分達だと言う自負が彼等にはある。
管理局を設立後も、その影で密かに見守りつつ、より良い方向にと導き続けてきたのは自分達だと言う自尊心があった。
しかし、アリサはこの三人を指差して、犯罪者呼ばわりしたのだ。
『犯罪者じゃない。私を殺そうと暗殺者を差し向けて、地上本部のテロも扇動したわね』
「なっ! そんな証拠がどこに!?」
『証拠ならあるわよ。地上本部で起こったテロの映像も、ここでの会話も、すべて映像に残ってる。
その上、あなた達が差し向けた魔導師達、全員が最高評議会の関与を認めたわ』
「な――そんな、馬鹿なことがあってたまるか! そんなのはすべて出鱈目だ!」
評議員達は証拠が残らないようにと、地上本部のシステムのすべてを掌握した上で今回の事件を起こした。
潜入させていた内部犯に反乱(クーデター)を起こさせた一番の理由はこのためだ。
しかも、どんな拷問にも口を割るような“影”は使ってなどいない。最低限の情報しか与えず、その上で彼等にはそうした訓練を施してあるのだ。だからこそ、アリサが嘘を吐いていると彼等は考えていた。
『何で“嘘”って分かるの? まあ、でも何を言っても無駄なんだけどね。
証拠はすべて揃ってる。ここでの証言も法廷では当然、証拠として取り上げられる。
脳味噌が証言台に立てるのかは、甚だ疑問だけどね』
「くっ――! だが、そんなことは無駄だ!」
管理局は自分達が作った物、その司法局もまたそうだ。
彼等の息の掛かった人間は管理局内に山程いる。
例え、裁判を起こそうとしても、そんなものが通る筈がないと彼等は高を括っていた。
『往生際が悪いわね。言っておくけど、本局で裁かれる訳じゃないから、あなた達の容疑は地上本部のテロ幇助と、私の暗殺未遂よ。
当然、管轄は、事件の起こった管理局地上本部になる』
「――なっ!」
『今回の件で、地上本部の“最後の大掃除”も済んで大助かりだったわ』
アリサの一言で、すべて仕組まれていたのだと、自分達が誘い込まれ、嵌められたのだと言うことに彼等は気付く。
地上本部での反乱(クーデター)は、予めアリサも予見していた。そして、自分とレジアスが狙いだと言うこともだ。
その上で、最高評議会の息が掛かった連中を焙り出し、地上本部の最後の膿をすべて出し切ってしまおうと彼女は考えた。
現在、反乱(クーデター)の鎮圧された地上本部に残っている職員の中に、最高評議会の息の掛かったものは誰一人いない。
長い時間を掛けて工作を行ってきたアリサと、そしてレジアスの陣営のものだけが残り、事実上、管理局地上本部はバニングスの手に落ちたも同然となっていた。
そう、この状況を作り上げるためだけに、アリサは最高評議会を利用したのだ。
「貴様、端からそのつもりで!」
『何のことかしら? あなた達の大好きな“正義”と“法”の名の下に、裁いてあげると言うのだから感謝して欲しいくらいよ』
クスクスっと嘲笑うアリサを見て、評議員達は怒り狂う。
彼等の考えは間違ってなどいなかった。アリサ・バニングスは彼等にとって、もっとも危険な存在だったことに間違いはない。
しかし、彼等は彼女達の能力を大きく見誤ったのだ。
決して、彼女達に手を出すべきではなかった。
そのことに気付いてからでは、すべてが遅い。
アリサを敵視した段階で、彼等はすでに彼女の術中に嵌っていたのだから――
「それに、どちらにせよ。管理局が最優である時代は終わりを迎えるわね。
地球、特にメタリオンの技術力は、すでに管理局を大きく凌駕しているんですもの」
「なっ! そんな馬鹿な話がある訳がない!」
「あるのよ。あなた達のようにそんな姿にならなくても、何百年と寿命を延ばせる方法も確立されている。
その上、あなた達が求めた人造魔導師なんてものは、彼等にとって脅威にすら成り得ないわ」
プレシアの説明を聞いて、その衝撃の内容に言葉を失う評議員達。
再生蟲を使った再生医療技術や延命処置などの魔法技術は、メタ=リカーナでは今や普通のものとなっていた。
まだ一般には普及していないとは言え、一定の階級以上にいる貴族や皇族であれば、皆がこの技術の恩恵を受けているような状況だ。
最高評議会の三人が脳と脊髄だけの状態になり、生きながらえて百五十年余り、管理世界の医療技術の限界は所詮はその程度の話。
しかし地球では、この技術の確立により、長命なエルフとまでは行かないまでも、通常の人間の二倍、三倍もの時を年老いることなく寿命を引き伸ばすことが出来るようになっていた。
そして、再生蟲のもたらした再生医療は、大勢の人々の命を救い、希望を与える最先端の医療技術として世界中に注目されている。
人造魔導師に関しても、魔法以外の技術体系が多く確立されているメタリオンでは、特に意味があるものではない。
プレシア・テスタロッサ、そしてD.S.――管理世界最高峰の技術者と、世界最強の魔導王のタッグが生み出した研究成果の数々は、地球に大きな技術革新を与えるほどの凄い成果をもたらした。
そして次世代の芽も、少しずつ花開こうとしている。技術者、研究者と言えば、今や“アリシア・テスタロッサ”と“月村すずか”の名を知らぬ者は地球にはいない。そしてその名は、熱心な技術者、研究者を中心に管理世界でも広まりつつあった。
管理局、そして最高評議会、彼等が地球を管理外世界だと馬鹿にし、蔑んできた代償がこれだ。
自分達の力を過信しすぎた余り、もっとも早く、確実な可能性に目を向けることが出来なかった。
目の前に、自分達が追い求めた技術と力があったと言うのに、彼等は自らそれを掴み取る芽を摘み取ってしまっていたのだ。。
もっと早くから、友好的に地球と接していれば、何かが変わっていたかも知れない。
しかし、それを彼等は怠った。その代償が、ここまでの事態を生み出し、彼等を追い込んだ。
「では……我らのしていたことは……」
「無駄ね。ああ、それと仲間に助けを求めて逃げようとしても無駄よ」
プレシアが手を宙に掲げると、無数のモニタが周囲に開き出す。
そこには、建物内の職員すべてが忍者姿の男達に捕縛され、拘束されている様子が映し出されていた。
「ガラの忍者軍団二千人――以前にガラが侵入した時に気付かなかったの?
アンタ等は、ずっと監視されていたのさ。彼等とお嬢様に――」
「「「…………」」」
ロッテの言葉は、彼等の最後の希望を完全に奪い去った。
こうして、世界の影で踊り続けた愚者の舞台は幕を閉じる。
彼等が百五十年掛けて追い求めた理想が、潰えた瞬間でもあった。
「お嬢様、如何でしたか?」
最高評議会の面々との会談を終え、アリサは隣接した部屋で待っていたアリアに紅茶の匂いで出迎えてもらう。
アリサが出てくるであろう絶妙なタイミングを計り、アリアは紅茶の用意をしていた。
こう言う状況の機微に対する心遣いは、同じ姉妹でもロッテには出来ないものだ。
一口、その紅茶に口を付け、フウッと一息入れるアリサ。思い出されるのは、先程の評議員三人との会話のやり取りだ。
「すべて予定通りよ。私も、ああは成りたくはないものね」
あれは完璧を求め、理想を追い求める余り、嘗ての主義や思想すら見失ってしまった権力者の最低の末路だ。
彼等は確かにやり方を間違えた。しかし、そこに至るまでの思いまでも否定することは出来ない。
あんな姿になってまで、追い求めた理想が彼等にはあったのだ。
すでにそれは狂気と成り果ててしまったが、その想いと願いの強さまでを蔑むことはアリサには出来なかった。
あれは、可能性の一つだ。
自分は、ああは成りたくないとアリサは思う。
そして、誰もがああなる可能性を孕んでいることもまた、彼女は理解していた。
「大丈夫ですよ。お嬢様と彼等では大きく違う点があります」
「……アリア?」
「お嬢様は“完璧”な物など、この世界にはないと言うことを、誰よりもよく理解しておられるでしょ?」
この世界はいつも矛盾を孕んでいる。完璧な人間もいなければ、完全な秩序も有り得ない。
そして、何よりも、誰よりも不確かで、いい加減な自称“世界最強の魔導王”がいることも、アリサは知っている。
最初に、完全や完璧など、この世界にはないと言うことを教えてくれたのは、他ならない“彼”なのだから――
「そうね。型破り、非常識、矛盾の塊みたいな男だもんね。アイツは――」
そう言って窓の外に視線を移すアリサ。
今も、あの空の向こうで戦っている仲間と、そして“彼”のことを考えていた。
「私は私のやり方で結果を出したわ。さあ、次はあなたの番よ、ルーシェ。
普段、散々偉そうなことを言ってるんだから、しっかりやりなさいよ」
それは彼のことを信じているからこそ、口に出来る言葉。
歴史を変える最後の戦いが、あの空の向こうで始まろうとしていた。
……TO BE CONTINUED