大気が震え、地面が小刻みに揺れ続ける。まだ、夜でもないと言うのに空は暗く染まり、闇へと呑まれて行く。
今、まさに、この“舞台”に、最後の幕が下ろされようとしていた。
「闇……そうか、ククク! アハハハハ――ッ!」
「スカリエッティ……?」
スカリエッティ達、それにネイ達もまた、モニタを通じて、ゆりかごの戦いを見守っていた。
突然、奇声を上げて笑い出すスカリエッティの様子を訝しむネイとシャッハ。
「いや、何……私が欲しかったもの、目にしたかったものとは、こんなものかと、そう思うと可笑しくて仕方なくてね」
彼の願望とは、研究者として、尽きることのない知識の探求をすることにあった。
そして、それは彼自身の誕生のルーツを知ることに繋がる。
アルハザードの遺児、それに本当に意味や価値などあるのか?
何故、この世界はこれほどに歪み、人の心は醜く腐ってしまうのか?
滅びた世界と、この世界に、どれほどの違いがあると言うのか?
世界の“真理”を知る。
この世に生まれた意味。この世界が存在する理由。
真の意味で彼が望んだのは、世界を創り変えることでも、世界を支配することでもない。
それは単に、目的のために必要な過程に過ぎず、彼の求めたものは、その先にあった。
世界を司るもの 世界の意思――またの名を“世界の楔”。
D.S.に成り代われば、自分が望んでいる、すべての答えを知ることが出来る。
彼は、そう考え、この計画を考え、ベルゼバブの謀略にも力を貸すことを考えた。
すべては彼が、無限の欲望(アンリミテッドデザイア)と呼ばれるが故に、欲し、止まなかったもの。
研究者であるが故に、科学者であるが故に、彼は“真理”を欲したのだ。
「ここも危ないわね……」
ネイは天井を見て、そう呟く。
地響きは一向に鳴り止まない。天井もパラパラと崩れ始め、このままではこの地下空間が崩壊するのも時間の問題だろう。
この辺りが潮時だと、そこに居る誰もが感じていた。キュッと唇を噛み締め、シャッハはスカリエッティへと口を開く。
「広域次元犯罪者ジェイル・スカリエッティ、あなたを逮捕します!」
ここに長居は出来ないと判断したシャッハは、自分の任務を果たそうと、スカリエッティにヴィンデルシャフトを向ける。
しかし、スカリエッティは、そんなシャッハを前にしても、狡猾な笑みを浮かべ、尊大な態度を崩すことはなかった。
シャッハは、そんなスカリエッティの態度に反抗の意思ありと判断してか、デバイスの柄を握り締める手に、ギュッと力を籠めた。
「無駄だよ。ここで私を捕らえても何も終わらない。
戦闘機人、彼女達の体内には私のクローンが仕込んである。
どれか、一つでも生き残れば、私とまったく同じ記憶を持って甦る」
プロジェクトFの遺産。フェイトを生み出す切っ掛けとなった生命操作技術。
スカリエッティはその技術を用い、自身のクローンを戦闘機人達の体内に仕込んでいた。
自分に何かがあった時、再び計画を遂行できる者を生み出すために――
シャッハは苦虫を噛み締めるかのような表情を浮かべ、そんなスカリエッティの話を悔しそうに聞き入っていた。
「じゃあ、彼女達全員を破壊するか、捕らえれば問題ないってことね?」
「――何?」
その瞬間、ネイの指先が光った。
どこからともなく現れた金色の輪は、瞬時にスカリエッティとウーノの体を捉え、身動きを奪う。
「そんな!?」
ウーノも驚きを隠せない。何の予備動作もなしにネイが放ったものは、まさにバインドそのもの。
彼女が異世界の魔導師だと言うことは、ここにいる誰もが知る、周知の事実。
にも関わらず、このバインドは、抜け出すことも困難なほど、見事な魔法式で編みこまれていた。
「こっちの魔法も、結構、便利ね」
「ネ、ネイさん?」
シャッハも驚いていた。
ネイのことは地球の魔導師で、ミッドチルダでもベルカでもない、特殊な独自の魔法体系を使う魔導師だと話に聞いていたからだ。
しかし、今、ネイが使ったものは間違いなく、ミッドチルダ式の魔法だった。
桁違いの魔力で編まれているため、かなり強力で、独自の強化式も組み込まれているようだが、一般的に次元世界でよく使われている拘束魔法だ。
「ククク、私の作品達が敵わないはずだ。その力、研究させて欲しいくらいだよ」
「遠慮するわ。モルモットになる気は、更々ないもの。シャッハ、二人を地上に案内してあげて」
驚きはしていたが、スカリエッティは慌てた様子もなく、ネイのその力に素直に感心していた。
同じ舞台に立ったとしても、管理局の魔導師では足元にも及ばないと思われる“魔法の才気”と“強大な魔力”。
どれをとっても、戦闘機人、人造魔導師ですら到達不可能な領域に、彼女は足を踏み入れている。
D.S.の四天王。彼等の能力は、スカリエッティの研究心を擽(くすぐ)り、感歎させるほどに素晴らしく魅力に満ち溢れていた。
「あの……ネイさんは?」
「ダーシュからの頼まれごと、さっさと済ませてくるわ」
「はい?」
ネイは、意味が分からないと言った様子で呆けるシャッハを無視して、研究所の奥に一人で向かって行ってしまう。
そんな時だった。フェイトが三人の居るところに到着したのは。
「スカリエッティ!? って、え……ネイさんは?」
「そ、それが……」
何だか様子がおかしいことに気付いたフェイトは、シャッハにそのことを尋ねる。
歯切れの悪い様子で、ネイがバインドでスカリエッティとウーノの二人を拘束して、奥に行ったことを告げるシャッハ。
「シスターシャッハ、二人のことをよろしくお願いします」
「え!? ちょっとフェイト三尉!」
シャッハの制止も聞かぬまま、ネイの向かった方角に走り去っていくフェイト。
D.S.の娘、二代に渡る“雷帝”に振り回されるシャッハ。
その背中は、どこか哀愁に満ちていた。
次元を超えし魔人 第66話『終焉の光』(STS編)
作者 193
ゆりかごは今、闇に呑まれ、誰一人近付くことの出来ない、漆黒の嵐の中心にいた。
ギリギリのところで退避に成功したはやて達は、徐々に降下していくゆりかごの様子を、地上から見守っていた。
あそこで、“最後の戦い”が始まろうとしている。
誰も介入することが出来ない、近付くことも許されない、極限と極限の力の衝突。
「危ないところだった……あそこに居たら、戦闘の余波だけでも危険だ」
「ええ……リインフォースの言うように、我々だけ先に退避して正解でした」
カルとシグナムは今も爆発を続け、徐々に降下していくゆりかごの姿を見て、冷や汗を流しながら、そう感想を漏らす。
しかし、はやては腕を組み、ずっと何かを考え込んでいた。
何か忘れてるような、そんな気がしてならなかったからだ。
だが、先に突入した魔導師達は全員救出した。
ゆりかごの破片と一緒に、海上にプカプカと浮かんでいたズタボロの戦闘機人を一人。
それに通路で桜色のバインドに拘束され、身動きの取れなくなっていた戦闘機人を一人。
これで、ゆりかごには、D.S.とヴィヴィオ、霊子動力炉に繋がれている魔導師達を除いて、全員が避難したはずだ。
「主はやて、何か気になることでも?」
「いやな、何か忘れてる気がしてならんのよ。こう、凄く“ヤバイ”ものを忘れてるような」
シグナムと一緒にウウンと唸り、今一度、考えるはやて。
そこで、互いに顔を見合わせ、ふと気付く。自分達が、大変な“もの”を忘れていたことに――
「「あ!」」
その時だった。凄い轟音が響いたかと思えば、闇の中にカッと一瞬光る桜色の巨大な閃光。
その光はゆりかごを貫き、一直線に海上を直撃したかと思えば、高さ数百メートルはあろうかと言う巨大な波飛沫を打ち上げた。
何を忘れていたかなど、もう口に出す必要すらない。はやてとシグナムの二人は、両膝、両手をついて、ガックリと項垂れる。
ある意味で、最凶最悪の“悪魔”を放置してきてしまった。そのことに気付き、自分達の失態を悔いていた。
あそこに残してきた残りの魔導師達は、もう駄目かも知れない。
本気で、そう思いながら――
「ククク! どうした!?」
「くっ! エグ――」
「おせえっ!」
ヴィヴィオが攻撃に入る一瞬の隙を突き、D.S.は魔力を帯びた拳を叩きつけた。
その一撃一撃が、強大な魔力を帯びた極大魔法と化している。
意図も簡単に聖王の鎧を貫いてダメージを与えてくるD.S.の攻撃に、ヴィヴィオは焦りを隠しきれない。
先程までとは一転して、完全に形勢は逆転していた。
「はあはあ……」
「随分とへばってきた様子だな。無限に魔力が供給できるんじゃなかったか?」
気付いている癖に、こうして挑発してくるD.S.に、ヴィヴィオは苛立ちを募らせる。
確かにゆりかごで戦っている限り、ヴィヴィオに魔力切れはない。霊子動力炉が存在する限りと言う条件がつくが。
しかし、魔力は切れない、強力な再生能力があるとは言っても、体力まで完全に回復する訳ではない。
D.S.によって与えられたダメージは、ヴィヴィオの体力と精神を擦り減らし、徐々にその限界を誘っていく。
それに、ヴィヴィオの体内のレリックも、蓄積された戦闘の負荷により、崩壊の危機に瀕していた。
もし、レリックが壊れるようなことがあれば、ヴィヴィオは熾天使の力も、霊子動力炉からの魔力供給も、何もかもを失ってしまい、普通の少女に戻ってしまう。そうなれば、ヴィヴィオに勝ち目はない。
そのことにヴィヴィオも気付いているからこそ、焦りを隠せなかった。
「もう、何でこんなに酷いことするのよ! パパの馬鹿――っ!」
実はヴィヴィオ、すでにクアットロの施した精神操作からは、殆ど解放されていた。
精神操作が解けた理由は、なのはがクアットロを吹き飛ばしたからか、D.S.の闇に触れたからかは分からない。
しかし、意識は完全に覚醒していた。では、何故? こんな戦いをまだ繰り広げているかと言うと――
「ククク! 言ったじゃねえか! “お仕置き”だってな!」
「もう、馬鹿、鬼畜、変態、碌でなし――っ!」
D.S.の周囲に発生した無数の火球がヴィヴィオに迫る。
そう、これまで散々やられまくったD.S.の腹いせに、ヴィヴィオは付き合わされていたのだ。
それに、ヴィヴィオはヴィヴィオで、逃げたくても、体の自由まで完全に取り戻した訳ではない。未だ、肉体の方はD.S.と戦おうと、無駄な抵抗を続けているのが現状だった。
こうなっては、D.S.が止まらないことを知っているリインフォースとツヴァイは、殺すようなことはないだろうと、その行動を黙認し、半ば諦めていた。
精神操作を受けていたとは言え、ヴィヴィオがやったことは事実だ。
それに、彼女の意思が戻ったとは言っても、体の自由が利かず、攻撃を仕掛けてきていることは事実。
運がなかったと、ヴィヴィオには諦めてもらうしかないと二人は納得する。
二人は他人事のように、見て見ぬ振りを決め込んでいた。
「こいつで終わりだ!」
「私だって!」
嘗てない、最大級の魔力を高める二人。
このままではなぶり殺しにされる。そう思ったヴィヴィオは、全力でD.S.を打倒することを心に決める。
まったく同じ姿勢を取り、D.S.は、ヴィヴィオは、手の平を前にかざし、その呪文を口にする。
『ハーロ・イ――――ン!』
ヴィヴィオの全魔力を注ぎ込んだ一撃だった。
目映く光る銀色の魔力の放流が激しくぶつかり合い、凌ぎを削る。同型の呪文である以上、僅かにでも威力で劣る方が弾き飛ばされる。
これで決着が決まる。そのことは互いに理解していた。
「くっ! 嘘! そんな――」
ブスブスと皮膚を焼く音がヴィヴィオの耳に届く、全身全霊を籠めて放った魔法だったにも関わらず、ヴィヴィオの方が徐々に後に押され始めていた。
ヴィヴィオの足元が、ドン、ドンと音を立てて二度沈み、大きなクレーターが出来る。
額に汗が滲み、死への恐怖が脳裏を過ぎる。ヴィヴィオは、これまでにない絶望的な恐怖を、目の前の一撃に感じていた。
これこそ、まさに他者を一切寄せ付けない圧倒的な力。D.S.の真の力なのだと思い知らされる。
もう限界だと、ヴィヴィオが手の力を緩めた瞬間。目の前で押し合っていた魔法が、カッと目映い光を放って弾けとんだ。
「きゃっ!」
地面に叩きつけられ、体力の限界から、身動き一つ取れなくなるヴィヴィオ。
ヴィヴィオが弾き飛ばされる寸前、D.S.が二人分の魔法の威力を相殺したのだ。
その事実が、どう言うことか、さすがのヴィヴィオにも分かる。D.S.は熾天使を遥かに上回る潜在魔力を有していると言うこと。
熾天使の力を手にし、一万人の魔導師からなる霊子動力炉の力まで借りていると言うのに、D.S.には遠く及ばなかった。
初めて出会った時、D.S.に感じた、暖かな温もりと、とても広く、大きな背中。
その背中に追いついたかと思えば、反則のような技で、また圧倒的に引き離されていた。
もう、笑うしかないと、ヴィヴィオは思う。
「パパ……それ、反則だよ」
「ああ? テメエだって、反則技使ってるじゃねーか」
「そうだね……」
言われてみればそうだと、ヴィヴィオも自分の成長した体を見て気付く。
D.S.のダブルユニゾンやユダの痛み(ジューダスペイン)ほどではないが、確かに“これ”も反則技だろう。
でも、世界の楔だとか、神様だとか、そっちの方がズルイと、子供ながらにヴィヴィオは思っていた。
「それに、戦いに卑怯も糞もねえ! ようは、勝ちゃいいんだ!
そして、俺様は当然の如く、誰にも負けねえ!」
「うん、知ってる……最強の大魔導王だもんね」
「何だ、分かってんじゃねーか」
ただの誇張でもなく、本当に最強なのだから、それもズルイとヴィヴィオは思った。
「でも……パパが、私の……パパでよかった……」
ヴィヴィオも、本当の両親がこの世界に居ないことは、もう分かっていた。
でも、本当の親と変わらないくらい心配してくれる、叱ってくれる人がいる。
そんな人が、自分の父親なのだと、そしてここに来てくれたのも、自分を助けるためにだと思うと、それがヴィヴィオには嬉しくて堪らない。
「世界で……一番強く……て格好いい……私のパ……パ」
涙を浮かべ、ヴィヴィオはそう言い残し、フッと意識を手放した。
胸元に黒いレリックが浮かび上がり、音を立てて砕け散る。すでに、どちらも限界だったのだろう。
「たくっ! 手間取らせやがって」
子供の姿に戻ったヴィヴィオを、泣きつかれて眠った駄々っ子をあやすように、D.S.は優しく抱きかかえた。
ぶっきら棒ではあるが、決して嫌そうな素振りではない。元々、ヴィヴィオを殺すつもりなど、D.S.には端からなかった。
面倒で、馬鹿な子供を叱り付ける、その程度の、軽い気持ちだったに違いない。
最初から全力でやるつもりだったのなら、ヴィヴィオを殺すことくらい簡単なはずなのに、D.S.は敢えてそれをやらなかった。
ヴィヴィオの消耗を待ち、態々、自滅するのを待ってやるなど、普段なら絶対にやらない面倒なことをやっていたので、リインフォースとツヴァイもD.S.の意図を察していた。
『D.S.――その状態だとヴィヴィオを抱え辛くありませんか?
何でしたら、ユニゾンを解いて、私が背負いますが?』
そう申し出るリインフォースの進言を、D.S.は首を横に振って拒否する。
確かに、今のD.S.の体は十歳前後にまで縮んでいる。
帯びている魔力や戦闘力だけは比べ物にならないほど上がってはいるのだが、この力を使うと、どう言う訳か、ルーシェ・レンレンの体に戻ってしまうからだ。
おそらくは、“世界の楔”にされたことが原因なのだとは思うが、その理由はD.S.にも、よくは分かっていなかった。
「こいつの“後始末”してやらねーと駄目だしな。このままでいい」
『ああ! 皆を助けるですね!』
「別に管理局の奴らはどうでもいいが、俺様の下僕も混じってるようだしな」
時間は余りなさそうだと、D.S.は外の様子を見る。
高度が徐々に下がっている。この調子なら、後、数分で海上に落下するのは間違いない。
出来るだけ、ゆりかごにダメージを与えないようにと戦っているつもりではいたD.S.だが、やはり熾天使との戦闘の余波は大きい。
それが原因で、ゆりかごに深刻なダメージを与えてしまったかと、D.S.は考えていた。
「どちらにせよ、時間は余り残ってねえな。早く――!」
「ヴィヴィオを放して!」
突然、船内に響き渡る怒声。その声に驚き、D.S.はハッと驚いた様子で、声のした方へ振り返る。
そこにはレイジングハートを構え、砲撃準備万端と言った様子のなのはが、怒りを隠そうともせず立っていた。
「なっ! ちょっと待て! 何で、お前が!?」
「ルーシェくんはどこに……それにヴィヴィオまで……まさか!?」
何かを勘違いした様子のなのはが、ハッと驚いた表情を浮かべ、腕をガタガタと振るわせる。
今のD.S.は、漆黒の翼を十二枚背に、姿はルーシェ・レンレンそのものと言ったところ。
なのはの位置からでは土埃が酷く、顔まではハッキリと視認できない。
そのため、巨大な翼を生やした謎の人物が、意識のないヴィヴィオらしき少女を、連れて行こうとしているようにしか見えなかった。
「ゆ……許さない! ルーシェくんとヴィヴィオの仇!」
「はあ!?」
『D.S.……完全に誤解されてますね……』
『お父様、やってることは“悪人”と変わりませんですし。
この姿を見たら、悪魔と勘違いされても不思議ではないですよ』
「ちょっと待て! お前ら、何を暢気に!?」
完全に勘違いしているなのは。そして、至って冷静に状況を説明するリインフォースとツヴァイ。
ありえないほど強大な魔力が、レイジングハートの前方に集束されていた。
さすがのD.S.も焦る。ゆりかごを吹き飛ばすのに十分な威力が、そこには籠められていたからだ。
しかし、なのはだけで、こんなにも強大な魔力を練り出せるはずもない。
一体どこから? とD.S.は思うが――
『D.S.とヴィヴィオの戦闘で飛散した大気中の魔力を、すべて集束しているみたいですね』
『お父様、大丈夫です! 私達との痛覚のリンクは切ってあるですから、痛いのはお父様だけですよ!』
「全然、大丈夫じゃねーだろ!」
そう、それは以前になのはがやったことと同じことだった。
現在、ゆりかご内部には、D.S.とヴィヴィオの戦闘の影響により、地獄よりも高い濃度の魔力素が散布している。
なのはは、その魔力を集め、一点に集束していたのだ。
至って冷静に解説するリインフォースと、マスターを盾にすると言っているツヴァイに、D.S.は文句を言おうとするが、そんな猶予は残されていなかった。
「スターライト」
「ま、待て――」
慌てて、なのはを止めようと声を掛けるD.S.だったが、すでに時は遅い。
なのははレイジングハートを構え、狙いを定め、発射態勢に入っていた。
「ブレイカ――ッ!」
桜色の光が、D.S.達諸共、ゆりかごを包み込む。
ゆりかごを中心に立ち昇る強大な光の柱。
塵一つ残さず、消滅していくゆりかごの姿が、そこにはあった。
「そちらの被害は?」
『ゆりかごは消滅したよ。その、まあ、色々と思うところはあるけど……とりあえずは事件も、これで終息に向かうと思う』
はやてからの何だか歯切れの悪い報告を受け、クロノは訝しい表情を浮かべる。
艦隊が到着した時には、すべて終わっていた。
ゆりかごは消滅し、ガジェットも全機能を停止。ミッドチルダを襲った未曾有の危機は、街に甚大な被害を出したものの防がれたのだ。
ただ、ゆりかごを消滅させたと言う光の影響で、巨大な津波が発生し、津波に襲われた沿岸の村や街が水没すると言った災害が発生していた。
幸いにもガジェットの襲撃に備え、住民は皆、避難していたこともあり、人的被害は殆どなかった。
あの光は何だったのか? そのことを知る者は誰一人いない。
地獄の“悪魔王(サタン)”が降臨したとか、滅びを呼ぶ“終焉の光”だとか、眉唾物の憶測ばかりが飛び交っているのが現状だ。
D.S.が何かをしたのではないかと、最初はクロノも思っていたのだが、どうにも、あの桜色の光には見覚えがある気がしてならない。
歯切れの悪いはやての反応といい、嫌な憶測がクロノの脳裏を掠めていた。
「はやて……もしかしてとは思うが、あの光は……」
「言ったらあかん! それ以上、言ったらあかんで! クロノくん!」
「…………」
やはりかと、クロノは冷や汗を滲ませ、右手で額を押さえる。
そう、忘れられるはずもなかった。
クロノはあの光の一撃を受け、そして、闇の書事件の際、もう一度、あの悪魔の如き一撃を、その目にしている。
はやてが口にしたくはない理由が、クロノには、よく分かった。それにクロノも、このことを報告書に書く訳にはいかない。
出来るだけ、彼女とD.S.には深く関わってはならないと言うことは、嫌と言うほど、これまでのことで経験しているのだから。
「このことは胸の内に留めておくことにするよ……」
「私もや……こんなこと怖くて、よう報告でけん」
幸いにも、ゆりかごに囚われていた魔導師達は、皆、不思議な結界にその身を守られて、無事だったと言う報告を受けている。
ゆりかごの消滅は、駆動炉の暴走による自滅と言うことで処理しておこうと、クロノは考えた。
とてもじゃないが、こんなことを報告できるはずもない。
信じてもらえるとは思えないし、信じてもらえたところで、彼等と戦争をして勝てる気はしない。
はやてとクロノは、折角、事件が解決したと言うのに、晴れ晴れとしない、憂鬱な気持ちを抱えたままだった。
唐突だが、あれから一週間が過ぎた。
ミッドチルダを震撼させた大規模騒乱事件は、メディアを通じて、様々な形で次元世界全土に広く知られる形となった。
管理局も情報の流出を防ごうと努力したが、さすがにあれだけの被害を出した事件を隠しきれるはずもない。
その上、バニングス、月村重工の計略により、更に過熱化した報道を止められるだけの力は、今の管理局にはなかった。
ミッドチルダの復興、そして地上本部の再建、被害にあった局員や、民間人への補償。
挙句には、今回の事件を引き起こした首謀者とされる人物達が、管理局の上位組織、最高評議会の人間だったと言うことで、彼等は肩身の狭い思いを強いられていた。
市民団体による抗議活動や、連日のように寄せられる住民からの苦情の嵐。この一週間で、管理局からの脱退を表明する管理世界まで現れ始めている。
もう、管理局は終わりだと言う声さえ囁かれ始め、他のことに労力を割ける一切の余裕が、彼等には残されていなかった。
「ティアナ、お見舞いに来てあげたわよ」
「アムラエル一尉!?」
「相変わらず固いわね……。こう、『アムちゃん』って、もっとフレンドリーに呼んでくれてもいいのに」
「そ……それはちょっと」
相変わらずと言った調子のアムラエルの軽い反応に、ティアナもたじたじと言った様子。
お土産に持って来たはずの翠屋のプリンを、早速、“自分の分”とティアナの分、二つ取り出し、ベッドの横の席に腰掛けるアムラエル。
こう言うところも、やはり“相も変わらず”と言ったところだった。
「やっぱり、翠屋のプリンは美味しいわね。ティアナも遠慮しないで食べていいわよ。
これ、ティアナへのお土産だし、たくさん桃子さんに持たせてもらったから」
「は、はい……」
六個入りのプリンの箱が三箱。合計十八個ものプリンが、ティアナのベッド脇の机を占拠していた。
これを全部、ここで食べるつもりで持って来たのだろうか? と、ティアナは疑問を感じながら、プリンへと視線を落とす。
「何だか暗いわね。スバルとお兄さんのこと?」
「……はい。ギンガさんは、それほどでもなかったらしいんですけど、スバルは……」
無茶をし過ぎたスバルの体は、通常の人間であれば、死んでいても不思議ではないほどの重症を負っていた。
内部フレームはもちろんのこと、運動神経を司る神経ケーブルや、機能を維持するために必要な電子部品も尽く、総取替えを必要とするほど損傷していた。
幸いにも、自動遮蔽機能が働いたことにより、脳へのダメージは軽微で済んだとのことだったが、破損した体の修復は困難を極めた。
どうにか手術は成功したものの、意識が戻らないまま、すでに一週間が過ぎていた。
例え、目を覚ましたとしても、運動能力が低下することは確実、以前のように動き回ることは不可能だと診断され、事実上、スバルの夢はここに潰えたことになる。
ティアナは、そのことを深く思い悩んでいたのだ。それに、もう一つ――
「兄さんも、意識が戻るかどうかは分からないそうです。
もしかすると、このままずっと目が覚めないかもって……」
ティーダも、黒いレリックを失ったとは言え、悪魔に体を長期間乗っ取られていたことに変わりはない。
肉体的には生きているが、脳が覚醒してない。生きているのかも、死んでいるのかも分からない状態。
文字通り、植物状態に陥ったまま、ティーダは深い眠りについていた。
ミッドチルダの医療技術では、これ以上の処置の施しようがなく、とりあえずベッドに寝かされていると言った状況だった。
医師からは、『彼が目覚める可能性は極めて低い』と言い渡されているだけに、ティアナの表情は晴れない。
親友の夢と、最愛の兄、そのどちらもを同時に失ってしまったのだ。
彼女が落ち込むのも無理はなかった。
「それじゃ、諦めるの? 前みたいに、またウジウジと悩み続ける?」
「――アムラエル一尉!?」
デリカシーのないアムラエルの発言に激昂するティアナ。
他にも怪我人がいる大部屋にも関わらず、騒ぎ立ててしまったせいで、周囲も何事かと二人の様子を窺っている。
しかし、アムラエルは、そんなティアナの怒声にも全然堪えた様子はなく、涼しい顔をしてプリンを口に運び続けていた。
「頑張ったようだから、少しは元気付けてあげようかと顔を出したんだけど、必要なかったみたいね」
そう言うと、席を立ち上がるアムラエル。
いつの間にか二箱分のプリンを平らげていたらしく、空になったプリンのカップが存在を主張するように、ベッド脇のゴミ箱を占領していた。
「プリン、食べないなら冷蔵庫に入れておいた方がいいわよ」
そう言い残し、手の平をヒラヒラと振ると、ティアナに背中を向けて立ち去っていくアムラエル。
ティアナは、その背中を見送りつつ、むかむかと込み上げて来る苛立ちを抑えきれないでいた。
手元の食べかけのプリンを見て、「何も、あんな言い方をしなくても」と、愚痴を零す。
視界に入ったプリンの箱を見て、とりあえず言われた通りに冷蔵庫にしまっておくかと、箱に手を伸ばした時だった。
プリンの箱に、何かカードのような物が挟まっていることに気がついたのは――
「……これは?」
カードの裏には見覚えのない住所が書かれている。
どうも地球の住所のようだが、ティアナは行ったことがないので、はっきりとは分からない。
そこには小さく『海鳴大学病院』と書かれていた。
表には『石田幸恵』と言う名前も、どうやら名前の人物の名刺のようだ。
「これって……」
アムラエルが地球の病院の名刺を置いていった理由。そのことに気付き、ティアナはハッと顔を上げ、すべてを察した。
彼女が何故、あんなことを言ったのか?
そして、地球にある翠屋のプリンを土産に病室に現れたのか?
地球の技術が、実は管理世界の技術よりも水準が高いと言う噂は、ティアナも耳にしていた。
そして、それが事実だと言うことは、ADAMに在籍していればよく分かる。
独自の体系を確立し、その力で管理世界の魔導師の常識を打ち破るバスタードの魔導師達。
それに、途方もない技術で作られた魔力駆動炉や、デバイスの数々。
ティアナのクロスミラージュも、そうした技術で作られた最高級のデバイスの一つだ。
なら、地球に行けば、もしかしてと――ティアナの瞳に希望が宿る。
「アムラエル一尉――アムラエルさん!」
慌てて、病室の窓に走り、帰ろうと病院の外に出たアムラエルを、大声で呼び止めるティアナ。
「ありがとうございました!」
ビシッと敬礼をして礼を言うティアナを見て、面倒臭そうな顔を浮かべ、ハアッと肩で息をするアムラエル。
気に留めた様子もなく、返事も返さないまま、ヒラヒラと手を振って立ち去っていった。
余談、その後、騒ぎを嗅ぎつけてやってきた看護婦に、ガミガミと小一時間、ティアナが説教されたのは語るまでもない。
……TO BE CONTINUED