ミッドチルダを襲った大規模騒乱事件から十日。
アリサはリンディと共に、管理局地上本部の再建に努めるべく、連日、各方面の意見調整や根回しに日々を費やしていた。
最高評議会と言う大きな後ろ盾を失い、多くの犠牲者と被害を出した今回の事件の真相がメディアを通じて暴露されたことで、様々な方面から責任を追及され、事態の収拾に思わぬ労力を削ぐことになった管理局本局。
本局が混乱している隙をつき、アリサとリンディは地上本部の実権をほぼ掌握し尽くしていた。
「こうなってしまうと、脆いものね……」
「あら? やっぱり古巣のことが気になるの? それとも同情しちゃった?」
リンディの嘆息を見て、アリサは微笑を浮かべ試すような素振りで、そんな意地の悪い質問をする。
彼女が、どう答えるかなどアリサにはお見通しの筈なのに、敢えて、そんな聞き方をして彼女の反応を楽しんでいるのだ。
そのことが分かっているだけに、リンディも苦笑を漏らす。
意地の悪い質問の仕方だが、それがアリサなりの気遣いだと言うことを彼女は察していた。
「何も思わないかと言えば嘘になるけど、自業自得、因果応報と言うものね。
それに、管理局にとっても今回のことは良い薬になった。
これで変われないようなら、私達がやらなくても、いつかは自滅していたと思うわ」
これはリンディの本心だった。管理局のやって来たことを全否定するつもりはない。
しかし、管理局がどこかおかしくなっていたことも、また事実。そして、それが分かっていながら、目を背け、何一つ変えようとしてこなかったのも、また自分達だと言うことをリンディは自覚していた。
今回のことは、そのツケが回ってきただけの話。
幾ら、最高評議会が強い力を誇示していたとは言っても、全員がもっと早くにそのことに気付き、行動を起こすことは可能だったはず。
結局のところ、質量兵器根絶や、魔法文化の促進、魔導師至上主義などと言った理想の言葉に踊らされ、盲目と化していたのは最高評議会だけではない、管理局の職員達も同じだった。
管理局にあのまま居たのであれば、リンディもそのことに気付くことはなかっただろう。
管理局、いや管理世界の腐敗がここまで酷いと言うことを本当に自覚できたのは、地球に来て、色々な情報を得、様々な視点で物事を見ることにより、客観的な判断が出来たからに過ぎない。
理想に夢を見すぎて、現実を見失っていたのは他でもない、自分達の方だと彼女は気付かされた。
だからこそ、今回の計画に彼女は意欲的に協力していたのだ。
今回の事件が、管理局に所属する嘗ての同僚達の目を覚まさせることに繋がればと、リンディは考えていた。
彼等のやり方はまずかったし、やったことは許されることではない。
ただ、平和を願う気持ち、大切な誰かを思う気持ちは、地球に住む人々と何一つ変わりはなかった。
そうした思いで、約一世紀もの間、管理局が多くの命を救い、世界の平和を守り続けてきたのも、また事実なのだから。
「でも、これで地上本部は表向きは今まで通りだけど、内情は大きく変わることになるわ。
管理局本局とは、完全に独立した組織へと生まれ変わる。そして世論もそのことを望んでいる」
「その手腕には驚かされたわ……。一体、どこまで計算に入っていたのかと考えると恐ろしくなるわね」
リンディは冷や汗を額に滲ませる。アリサの計画に手を貸していたリンディだったが、全てを聞かされていた訳ではない。
彼女がやったことと言えば、管理局への繋ぎを付け、内部の調整や根回しなどを、ほんの少し手伝った程度のこと。
実質的な計画部分の殆どはアリサ、そして後で手を引くデビットとシーン、それにシーラ女王が全てを担っていた。
ADAMや地上本部の魔導師達が必死になって、ミッドチルダや其処に住む人々を守ろうとしたことは、実際に守られた人々が誰よりもよく理解している。
その事実を利用し、アリサは管理世界の民衆に対し訴えたのだ。
真に悪いのは“管理局”ではなく“最高評議会”。
それに加担し、甘い汁を吸っていた本局の“幹部達”だと――
地上本部は最高評議会のやり方に付いていけなくなり反発したところ、民間人を巻き込んだ今回の襲撃事件に繋がった。
そうした噂が人々の間で囁かれ、広く吹聴される。
それは、最高評議会や本局への批判、そして事件を知りながら見過ごしていた本局の幹部達への怒りへと変わっていく。
逆に、地上本部は人々の同情を買い、その身を呈して民間人を守りきった、その功績を高く評価される。
人々にとって、“悪の象徴”とも言うべき最高評議会に、民衆の盾になって真っ向から立ち向かったのだ。
地上本部のイメージは本局と違い、民衆からは友好的なものとして支持されていた。
その上、民間人への被害が少なかったこと、バニングスと月村重工が協力し、地上本部を通じて多額の支援金や支援物資を投入し、被害にあった人々のために懸命に動いたことも、民衆から強く支持される要因の一つとして大きく影響していた。
二社共に、今回のことで莫大な資金を支援費として捻出していたが、今後のことを考えれば十分に取り戻せる金額に過ぎない。
その上、地上本部の実権に、民衆からの支持を強く得られるということは、次元世界での活動もよりやり易くなると言うこと。
決して、彼女達にメリットのない話ではないのだ。
これから、管理世界の秩序を担ってもらう立場にある“地上本部”に悪評など、出来るだけ付いていない方が何かとやり易い。
管理局そのものが無くなってしまえば、ただ混乱をきたし無秩序を招くだけ。
そうなれば、一から組織を立ち上げ、体制を作り上げるまでに、また途方も無い資金と労力が費やされることになる。
アリサ達も、そんなことを望んでいた訳ではない。管理局の尻拭いを、そこまでしてやる義理は、彼女達にはないのだから。
だからこそ、管理局の組織力を、そのまま再利用することを彼女達は考えた。
何も潰してしまうことはない。どんな組織でも、時間と共に必ず腐敗はする。問題は、その時に浄化機能が働くかどうかだ。
アリサ達が担おうとしていたのは、その浄化機能の役目。管理局の膿をだし、腐敗を取り除く。その上で組織を内部から再構築する。
地球のためにも、管理局にはまだまだ活躍してもらった方が、何かと都合がよいと彼女達は結論を出した。
そして、そうなるように全てを仕組んだアリサ達の天才的な策謀。
どこからどこまでが、計画の内だったのかと考えるだけで、リンディは恐ろしいものを感じていた。
「本当に恐ろしいのは、最高評議会でもスカリエッティでもない。
私は、あなた達の方が余程、怖いと思ったわ。アリサちゃん、いえ、アリサ・バニングス」
「あら? 忘れたの? 私達はとっくに“悪の魔法使い”の仲間なのよ」
アリサの返事を聞いて、目をキョトンとして呆けるリンディ。
誰のことを指しているのかは、直ぐに分かったのだろう。
リンディも、そんなアリサの返答に「違いないわね」と苦笑を漏らしていた。
次元を超えし魔人 第67話『幕引き』(STS編)
作者 193
「なのは、どうしたんだい? こっちに戻ってきたから、ずっとあの調子だけど」
アルフは地球に戻ってから、ずっと暗い影を落としたままの“なのは”を見て、そんな疑問を口にする。
今、なのは達がいるのは、嘗てのバニングスの邸宅、メタ=リカーナの在外公館、所謂、大使館になった屋敷だ。
アリサが管理世界に行ったきりになり、デビット達も忙しそうに世界中を飛び回っているため、屋敷の主は殆ど留守にしがちだ。
しかし、シーラが滞在する時や、メタ=リカーナからの大使が滞在する時などに今も使われているため、使用人達の手により、いつでも使えるようにと屋敷の手入れは行き届いていた。
そして、大使館の警備役兼、管理人としてここで生活を送っているのが彼女、アルフと言うわけだ。
尤も、彼女がここに居るのは週に五日のこと、週末には時の庭園でフェイトやアリシアとお茶をしたり、街に買い物に出掛けたりと、戦いに明け暮れていた使い魔の人生から一転、平穏で自由な毎日を満喫していた。
リニスやリーゼ姉妹のように、フルチューンされて作られた使い魔でもないので、精々、アルフの能力は魔導師ランクにしてAAと言ったところ。
その程度の力では、今のフェイトの傍にいても、返って足手まといになるだけだと、アルフは自ら前線を退く決意をしたのだ。
それ以降、余程のことがない限りは、アムラエルのように子供形態の姿を取り、主人からの魔力供給を最低限のものへと抑えていた。
どこまでもフェイトのことを考え、想っていたアルフなりの答えが、これだったのだろう。
ただ一つ違う点は、アルフはフェイトのことを思って、敢えて消耗の少ない子供形態を取っているのに対し――
アムラエルの場合は、子供の姿の方が何かとお得で便利だからと言う理由が、余分についてきていることだ。
そしてアルフも、そんなアムラエルに影響され、少しずつ感化されつつある。
「ああ、あれね……。何でも早合点して、D.S.とヴィヴィオに砲撃魔法をぶっ放しちゃったらしいわよ」
「それって、あの“スターライトブレイカー”って奴かい?」
「そう、その上、今回のは熾天使クラスの魔力が上乗せされた超特大の砲撃魔法。
表沙汰にはなってないけど、ゆりかごが消滅したのも“この子”の魔法が“原因”なのよ」
食事の手を止め、丁寧親切にアルフに事件のあらましを説明するアムラエル。
その説明を聞いて、顔を青褪めるアルフ。
アルフに何とも言えない表情を向けられ――
アムラエルにコイツが悪いとばかりに、ビシッとフォークを向けられ――
なのはは部屋の隅で、膝を抱えて更に塞ぎ込んでしまっていた。
「ってことは何かい? ここに居るのって」
「ヴィヴィオが翠屋に居るからね。顔を合わせ辛いんでしょ?」
ヴィヴィオは一連のゴタゴタが片付くまではと、翠屋に預けられていた。
なのはも、あんなことがあった後なので、ほとぼりが冷めるまで地球に帰っていた方がいいとアリサに促され、地球に帰ってきたはいいものの、ヴィヴィオが翠屋に滞在しているために実家にも帰れず、ここにずっと身を隠していたのだ。
当然、アムラエルはそのことに直ぐに気付き、忙しい皆に代わって、こうして様子を見に来たと言う訳だ。
「落ち込むのは勝手だけど、そのまま、ずっとヴィヴィオに会わないつもり?」
「でも……きっと、ヴィヴィオに嫌われちゃったよ」
ヴィヴィオに嫌われているのではないか?
と、言う不安が大きいなのはは、幾らアムラエルが説得しても翠屋に帰ろうとしない。
「幸い、D.S.が全部ダメージを受け止めてくれたお陰で、ヴィヴィオも、皆も無事だったんだし。
被害は“ゼロ”だったんだから、不幸中の幸い、よかったじゃない」
「いや、被害ゼロって……」
アムラエルの『被害ゼロ』発言に、被害を被った人物が“若干一名”いることはどうでもいいのかと、思わずツッコミを入れてしまうアルフ。
その件の人物は、従者二人に裏切られた挙句、ヴィヴィオを庇って全身でスターライトブレイカー受け、その体で霊子動力炉に繋がれていた一万人近い魔導師達を結界で守る、などと言った離れ業をやった為、時の庭園で消耗しきった体力と魔力を回復するべく療養生活を送っていた。
さすがのD.S.でも、熾天使との戦闘の後に、なのはの砲撃魔法をその身に受け、あれだけの大仕事を行ったとなれば、消耗が激しいのは当たり前、肉体的にも精神的にも限界に達して当然と言える。
「大丈夫よ。D.S.だもん」
とは言え、アムラエルは特に気にしていなかった。
そのくらいで死ぬような軟弱な人物でないことは百も承知だし、別名『不死身の魔法使い』と言うのは誇張でも何でもない。
食って寝てれば、その内、前以上に元気になって復活してくるだろうと考えていた。
そして、そのアムラエルの予想は間違っていなかったりする。
すでに目覚めたD.S.は、ピンピンした様子で三十人前の食事をペロリと平らげ、リインフォースとツヴァイのお仕置きに闘志を燃やしていた。
なのはが仕返しされるかどうかは定かではないが、そうなったら別に彼女の責任なので、アムラエルが知った話ではない。
「桃子さんからも、連れて帰って欲しいって頼まれてるのよね」
買収されたとも言うが、すでにプリンをご馳走になっている以上、アムラエルはなのはを翠屋に連れて帰る義務がある。
最悪、気絶させてでも、なのはを連れて行くつもりではいたが、万が一ここで戦闘などになれば、屋敷が全壊する恐れもある。
それだけはアムラエルとしても避けたかったので、こうして態々、話し合いと言う手段を取っていたのだ。
アルフもそんなことになったら、屋敷の警備と管理を任されている以上、アリサやデビットに申し訳が立たない。
とは言え、この二人が本気で戦闘を始めてしまったら、アルフには止める術などあるはずもない。
正直、何とか話し合いで場を収め、立ち去って欲しいと言うのが、アルフの本音だった。
「帰らないなら、桃子さんとヴィヴィオをここに連れてきてもいいのよ?
桃子さんから『なのはが帰って来ないようなら、ご迷惑でしょうから“引き取り”に向かわせて頂きます』って伝言をもらってるから」
「え、ええ!」
これは最後の手段だった。この伝言を預かった時、桃子から感じた言い知れぬ威圧感を、今もアムラエルは忘れられない。
天使のアムラエルが、魔力も持たない只の人間に恐怖を感じたのだ。
有無を言わせない迫力が、そこにはあった。
士郎や高町兄妹のような人間離れした剣の達人や、なのはのような規格外の魔導師でも、誰一人、桃子には逆らえない。
高町家の最高権力者は、間違いなく桃子だ。それは間違いないと、アムラエルは確信してた。
そして、アムラエルも、桃子には何故か逆らえない。本能が、桃子には逆らってはいけないと、悲痛な叫びを訴えているからだ。
色々と餌付けされていると言うのも理由にあるのだろうが、アムラエルにとって桃子は掛け替えのない友人であり、母親のように温かな存在であり、そしてこの世界で唯一、逆らうことの出来ない恐ろしい相手だった。
桃子に言われると、D.S.すら裏切ってしまいそうで、正直、どっちが自分の主人か分からず、アムラエルも困惑していたりする。
「うう……分かった」
なのはも、桃子が怖かったのだろう。自首すれば、まだ罪も軽くなると考えたに違いない。
アルフもほっと胸を撫で下ろしていた。そして、白い悪魔と恐れられる少女と、天使を恐れさせる桃子に言い知れぬ恐怖を感じる。
この光景を見て、本当の“最強”はD.S.ではないかも知れない――
そう、アルフは真剣に考えさせられていた。
「評議員達の処分が決定した」
「随分と早かったわね」
ここは地上本部、重厚な作りの執務椅子に腰掛けるレジアスの報告を受け、何の感慨もないと言った様子で受け答えするアリサ。
事件から二十日。最高評議会の面々の処分が裁決されたとの報告を受け、少し早いかとも思うが、現状を顧みればこんなものだろうとアリサは思っていた。
大罪人を、ずっとそのままと言う訳にはいかない。
こうしている間にも、民衆の怒りは収まりが付かず、連日のように抗議活動が横行している現状があるからだ。
アリサ達の協力を得て、地上本部がどうにか暴動にまで発展しないよう抑えてはいるが、時間が経てば経つほど、それも段々と厳しくなってくる。
本局も、そのことが分かっているはずだ。
そして、一度暴発してしまえば、自分達では止めることが出来ないと言うことも――
だからこそ、地上本部の裁決を素直に受け入れ、下手な抗議を行って来なかったのだろう。
このまま最高評議会を庇い続ければ、本局も今以上に危うい状況に追い込まれる。
彼等と共倒れをしたくないために、本局は最高評議会を切るしかなかった。
こうなることも、アリサの予定通りだった。
「守るべき民衆の怒りを買い、罵詈雑言を浴びせられ、最後には自分達が築き上げてきたものに裏切られる。
あの老人達にとって、死に勝る、これ以上の苦痛はないだろう……」
「そう言うのを“因果応報”って言うのよ。あいつ等の“理想”と言う言葉で、どれだけの人が“犠牲”になってきたか。
それを考えれば、この程度でも、まだ生温いと思うわ」
レジアスは沈痛な面持ちで、アリサの言葉に聞き入る。
「次は儂の番か……覚悟は出来ている。
罪滅ぼしの機会を、こうして与えてもらえただけでも十分だ」
レジアスは覚悟していた。最高評議会の件が片付けば、素直に罰を受けるつもりでいたのだ。
アリサ達がいなければ、とっくに失っていた命。ここで処刑されるのであれば、それでいいとさえ考えていた。
理由はどうあれ、レジアスも最高評議会に加担し、多くの犠牲を由としてきた事実が消えることはない。
その現実がある限り、自身も犯罪者の一人であることに変わりはないと、そう、レジアスは考えていた。
「罪滅ぼし? 笑わせないでよね。この程度のことで、自分の罪が償えると思っているの?」
「しかし、儂の命で償えるのであれば……責任は取らねばならん!」
「それこそ傲慢よ。あなた一人の命が、何千、何万と言う命と、吊り合うとでも?」
「そ、それは……」
アリサの迫力に圧され、言葉を詰まらせるレジアス。
「本気で責任を果たしたいと思うのなら、安易に死なんて考えないで。
あなたの“親友”のように、その手で、残りの人生を懸けて、奪った以上の命を救って見せなさい」
百人殺したのであれば千人を、千人殺したのであれば一万人を、より多くの命を救うことが罪滅ぼしだと語るアリサの言葉に、レジアスは何も言い返すことが出来なかった。
レジアスとゼストが守りたかった世界。二人で誓い合った約束。
それこそが、アリサの言っている言葉に他ならなかったのだから。
「それが、あなたに出来る、犠牲者への唯一の償いよ」
ただ、救いたかっただけだ。ただ、守りたかっただけだ。
この青空の下、平穏に暮らす人々の日常を、少しでも大切にしたかった。
何が出来るのかは分からない。この血塗れた手で、一体どれだけの命が救えると言うのかすら何も――
「儂は……」
あの時、誓い合った、友との約束。
まだ、その約束が果たせる機会があると言う事実に、レジアスは後悔と悲しみ、嬉しさの交じった複雑な思いを胸に、涙を零していた。
彼の友、ゼスト・グランガイツは、地上本部の再建と、今一度、友との約束を違えないことをアリサに誓っていた。
この一ヶ月後、レジアス・ゲイズは、クラナガン壊滅の責任を取り、管理局地上本部防衛長官の任を辞職する。
しかし、彼が管理局を辞めることはなかった。
もう一度最初から、自分なりのやり方で、友との約束をやり直してみたい。それがレジアスの導き出した答えだった。
後に、レジアス・ゲイズ、ゼスト・グランガイツの名は歴史に刻まれ、後世に語り継がれることになる。
彼等が何を成し、何を思ったのかは分からない。その約束が果たされたのかどうかは、後の人々が判断すること。
十年――それだけの間、擦れ違いを続けた二人の親友。
ただ、一つ分かることは、最高評議会のような妄信とは違い、二人の想いは“本物”だったと言うことだけだった。
結局、最高評議会の面々は、管理局でも異例とも言える“公開処刑”が実施されることになった。
新暦七十五年十月二十五日。あの痛ましい事件から約一ヶ月余り。
多くの人々が見守る中で、三人の評議員達は粛清の炎の中に、その身を焦がすことになる。
脳に植えつけられた再生蟲の細胞が、焼けた部分から徐々に回復を促し、完全に燃え尽きるその時まで、繰り返し苦痛を彼等に与え続ける。
脳へと伝達された信号が、人々の怒りの声と、焼け爛れる彼等のイメージを送り込み、肉体を失った彼等に再度、大きな苦痛と恐怖を植えつけていく。
理想を粉々に砕かれ、信じていた者達に裏切られ、すでに彼等は絶望に心を支配されていた。
精神は完全に壊れ、肉片一つ残さずに全てを失い、この世から姿を消していく三人の評議員。
この先、ずっと歴史に“汚名”を刻まれ続けることになるとは知らず、その命の灯火を消していく。
『大罪人』
その不名誉な烙印を刻まれた彼等に残された未来は、世界の管理者でも、ましてや神でもなければ、英雄でもない。
残された人々にとって、彼等は――只の、犯罪者でしかなかった。
「あの、スバルと兄さんの容態はどうですか?」
――海鳴市。メタ=リカーナとの交流が最も盛んで、管理世界へ通じるゲートがある巨大な臨海都市。
現在では日本政府の認める特例区として、様々な権限が与えられている世界の中心とも言うべき都市である。
そこにある一際大きな病院、それが、この『海鳴大学病院』だ。
メタ=リカーナ以外で唯一、再生蟲を使った再生医療や、魔法治療が行われている病院がここだった。
言わば、地球最高峰の医療技術が集まる病院と言っても間違いではない。
ティアナは、アムラエルから受け取った名刺を元に、この病院の医師『石田幸恵』とコンタクトを取り、目が覚めないスバルとティーダを連れて地球へと訪れていた。
「二人とも大丈夫よ。ただ――」
現在、スバルとティーダの二人は、十時間以上にも及ぶ長い手術を終え、集中治療室で死んだように眠っている。
手術は無事に成功した。スバルの方も、幸恵が予めアムラエルから受け取っていた戦闘機人の資料を基に、施術プランの試行錯誤を繰り返し、メタ=リカーナの再生医療を、機械ではない生身の部分に用いることで、劣化した体組織の再生に成功していた。
この方法であれば、徐々に植えつけた体組織を馴染ませ、体内の機械を除去していくことで、普通の人間に近い状態に戻すことも可能となる。勿論、本人がそれを望めばと言う条件が付くが。
一方、ティーダの方も、肉体の治療は済んでいた。問題は一つ、やはり意識が戻らない点だ。
「スバルさんは、数日で意識が戻る可能性が高いとは思うけど、お兄さんの意識が戻る可能性は、やはり低いとしか言いようがないわ」
「そう……ですか」
これはティアナも覚悟していたことだった。それでも、僅かな可能性に賭けて見たかったのだ。
とは言え、スバルが助かっただけでも、由とするべきかも知れないと、ティアナはグッと堪える。
ティーダのことは残念だが、少なくとも、肉体的には何の問題もないことが分かっただけでも一歩前進だとティアナは前向きに考えることにする。
可能性は低いとは言え、いつかは目覚める可能性があるのであれば、それに賭けてみてもいいとティアナは思っていたからだ。
もう、六年も待ったのだ。後、何年待つことになろうと、兄が目覚めるのをゆっくりと待つつもり彼女はいた。
生きて帰ってきてくれた。その事実だけでも、ティアナにとっては、大きな意味を持っていたのだから――
「でも、一つだけ思い当たる“可能性”がない訳でもないのよね……」
「え……ほ、本当ですか!?」
駄目だと思い、諦めかけていたところに、幸恵の口から飛び出してきた思わぬ情報。
ティアナは、ここが病院だと言うことも忘れ、幸恵の肩をガバッと掴み、大声で張り叫んでしまう。
幸恵はそんなティアナを軽く諌めると、フウッと嘆息を漏らし、重い口を開いた。
「アムちゃんの教え子ってことは、ルーシェくんとも知り合いなのよね?」
「あ、はい……D.S.さんのことですよね?」
「昔、アムちゃんに聞いた話なのだけど――」
そうして幸恵がティアナに語って聞かせたのは、メタリオンに伝わる“輸魂の秘法”と呼ばれる死者蘇生の秘術のことだった。
D.S.が嘗て、ある少女にその秘術を用い、魂を吹き込み目覚めさせたと言う話を、幸恵はアムラエルから聞かされたことがあった。
しかし、メタ=リカーナの技術を知ってはいても、死者を生き返らせるなどと言った眉唾物の話を、心から信じることが出来なかったのだ。
とは言え、アムラエルが単なる与太話を自分に聞かせたとは思えず、半信半疑と言った様子で、これまで頭の片隅に留めていた。
ティーダの症状は文字通り、魂が抜け切っているような状態だ。いや、存在が気薄になっていると言うべきか?
医学的には、ティーダの症状は意識がないだけで、体は健康そのもの。
だとすれば、アムラエルの話が真実であれば、その秘術を使うことで、ティーダを目覚めさせることが可能ではないかと幸恵は考えた。
医者として、こんな曖昧なものに頼るのはどうかと思うが、ティアナの気持ちを考えれば黙ってなどいられない。
少しでも可能性があるのなら、何でも試しておきたいと思うのは、肉親であれば当然のことだからだ。
それに、彼女はアムラエルの教え子だと言う。それなら、話してみてもいいかと幸恵は考えた。
話を聞いて、どうするかは彼女次第だ。
「ありがとうございます! D.S.さんに頼んでみます」
僅かとはいえ希望を見出し、やる気に満ちた様子で、幸恵に丁寧に頭を下げるティアナ。
幸恵はそんなティアナを見て、一つだけ不安なことがあった。
実は幸恵、ティアナには話していないが、D.S.とも“それなりの仲”だったりする。
アムラエルやアリサに連れられて来られた“子供姿のD.S.”に出会ったことが、知り合った切っ掛けだった。
病院に訪れる度に、幸恵は彼に成すがままセクハラをされ、その度にアリサに折檻を受ける彼の姿を目にしていた。
そして、D.S.の子供の姿が仮の姿で、本当は逞しい成人男性だと知ると、胸を何度も揉まれたことから妙に意識してしまうようになり、後は気が付けば彼の後ろ姿ばかりを追いかけるようになっていた。
男気のない幸恵にとって、初めての本気の恋だったと言ってもいい。
そこからは、彼が海鳴市に訪れる度に、アムラエル達にも内緒で密会を繰り返していたのだ。
実は、同じようなことをシーンとシーラもやっている。
リンディも密かにD.S.と会っていたりするのだが、それは少女達の知らないことだ。
唯一、要領の悪いカイだけが、損をしているような状況になっていた。
(……何だか猛獣の檻に、何も知らない少女を送り出したような心境ね)
D.S.のことだ。ティーダを治す代わりにと、ティアナの体を要求しないとも限らない。
これだけ、お兄さん想いの彼女のことだから、思い悩んだ末に、D.S.に体を預けることも厭わないだろうと幸恵は考えた。
そうなると、ただでさえ何角関係かも分からない、ややこしい関係なのに、更に面倒なことに成りかねないと幸恵は頭を悩ませる。
「あ、シーンさんですか」
ティアナを見送ると、直ぐ様、電話でシーンに連絡を取る幸恵。
密やかに、淑女同盟もとい、熟女同盟の包囲網が敷かれようとしていることに、D.S.はまだ気付いていなかった。
……TO BE CONTINUED