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次元を超えし魔人 第68話『更正への道』(STS編)
作者:193   2009/11/08(日) 18:19公開   ID:3wAZFd2vRxM



「ほら、手を休めない! そこが終わったら大食堂の掃除に書庫の整理もあるのよ」

 リニスの叱責が飛び交う。ここはプレシアの本拠地、時の庭園。
 嘗てリーゼ姉妹も通ったその道を、トーレとセッテの二人も後から追い掛けていた。
 所謂、メイド修行と言う名の奉仕活動だ。

「何故、私がこんな……」
「文句を言わない!」
「ぐはっ!」

 リニスにモップの柄で頭を叩かれ、頭を抱えて蹲るトーレ。
 戦闘機人の中でも特に犯行的な態度を示していた彼女達二人は、更正の必要性があるということでプレシアの元に預けられたのだ。
 教育係は勿論リニス。その話を人伝に耳にしたリーゼ姉妹は修行時代のことを思い出して、同情的な視線を二人に送っていたのはここだけの話だ。

 他の戦闘機人の面々も、それぞれの道を歩み始めていた。

 オットーとディードは月村重工に就職し、すずかの助手として研究者の道を志し、チンク、ウェンディ、ノーヴェの三人は翠屋で住み込みのウェイトレス。ディエチは地上本部に新設される予定となっているバスタードの出張部署に出向することが決まっていた。
 ドゥーエとセインはガラと共に行方を眩ましたままだが、保護者付きなら問題はないだろうと言うことで捜索も打ち切られた。
 残る二人、そのうちの一人であるクアットロは、なのはの仕置きを受けた所為か精神に大きな障害を負ったらしく病院で今も療養中。
 ウーノはスカリエッティと共に厳罰を強く望んだため、今も収監施設に隔離されていた。

「セッテは、ちゃんと出来ているわね。トーレも彼女を見習いなさい」
「…………」

 メイド服を無理矢理着せられた挙句、この強制労働だ。トーレが不満に思うのも無理はない。
 とは言え、完全武装で戦っても勝てるか分からないリニスを相手に、武装もなしで挑んで敵うはずがない。
 実際、二人は時の庭園にきて直ぐにリニスと模擬戦をやり、完膚なきまでに叩き伏せられていた。
 あのフェイトの師匠、プレシアの使い魔、D.S.の“恋人の一人”というのは伊達や酔狂ではない。
 逆らうことも出来ず、かと言って時の庭園は一種の要塞のようなもの。逃げ出すことも出来ず、捕まれば更に酷い仕打ちにあう。
 まさにここは、二人にとって地獄の強制労働所そのものだった。
 二人は渋々ではあっても、リニスの言うように奉仕活動をする以外に他に道はない。

『悪の矜持』

 などと言って話し合いを一切拒否し、収監施設で駄々を捏ねていた二人だったが、リニスはそんな二人に呆れた様子で――
 迷惑を掛けた分はしっかりと働いて償う。自分のやったことに責任を持てない奴が“矜持”などと軽々しく口にするな、と言うのがリニスの言い分だった。
 やっていることは無茶苦茶だが、言っていることは筋が通っている分、リニスの場合は容赦がない。
 二人が嫌がるメイド服を無理矢理着せ、しかも連日のように庭園内の掃除を繰り返させ、擦れ違う人には笑顔で挨拶を交わす、それが出来なければ更に仕事が追加される、と言った厳しい奉仕活動を二人に強いていた。

「セッテ……お前はよく平気だな」
「抵抗しても無駄だと判断しました。それよりもトーレ、自分の分はしっかりと仕事を熟してください。
 でなければ、私まで連帯責任を取らされて、仕事が増えてしまいます」
「す、すまない……」

 二人のメイド修行は始まったばかりだ。






次元を超えし魔人 第68話『更正への道』(STS編)
作者 193





「で? 何で俺様がこんな目に遭ってるんだ?」
「うぅ……ごめん、今は黙って付き合ってルーシェくん」

 翠屋のオープンテラスの一角。そのテーブル席に向かい合わせに腰掛けている二人のカップル。
 敢えて語るまでもないが、そうD.S.となのはの二人だ。
 ジーッとそんな二人を物陰から見守る小さな影。腰まで届く長い金髪に左右色の違うオッドアイの瞳、その影の正体はヴィヴィオだった。
 実はなのは、アムラエルに引き摺られて実家に帰ったはいいが、そこで桃子に一晩説教を食らった挙句、ヴィヴィオに、

『パパと喧嘩するママは嫌い!』

 などと、きつい叱りを受けていた。
 白い悪魔などと恐れられているバスタードきってのエースも、母親と子供の前では形無しと言ったところだ。
 結局、そのパパことD.S.と仲直りすることを約束し、ヴィヴィオに許して請うたなのはは、こうして周囲の助力もあってD.S.を呼び出すことに成功し、どうにか仲睦まじい状態をヴィヴィオにアピールしようと、この席を設けたと言う訳だった。

「お待たせしましたー! ご注文の特製チョコレートケーキです」

 可愛いエプロンを身に纏ったウェンディが持って来たのは、翠屋でカップル向けのメニューとして出されている定番商品、三人前ほどある小さなホールケーキだった。
 テーブルの上に置かれたケーキを挟み、D.S.の顔をチラリと覗き見ると、恥ずかしそうに「ううっ」と唸るなのは。
 とは言え、ここで逃げ出せばヴィヴィオは許してくれないだろうし、また桃子の説教を受けるかもしれない。
 まさに前門の虎、後門の狼。なのはに逃げ場などなかった。

「ル、ルーシェくん!」
「ん?」
「あ、あ〜ん!」

 思い切ってフォークにケーキを一口分乗せると、それをD.S.の口元に差し出すなのは。
 D.S.は呆れた様子で嘆息するが、それでも黙ってそのケーキに口を付ける。
 ヴィヴィオが物陰で、固唾と様子を見守っていることを、D.S.も気付いていたからだ。
 ここで下手にゴネれば、火種は間違いなく自分にも飛び火してくる。彼の直感が、そう知らせていた。

「あの二人を見てると本当に初々しいわね。私も士郎さんと知り合ったばかりの頃を思い出すわ」
「あの二人ってデキてたんスね! ノーヴェもこっち来て見るッスよ!」
「あたしはいい……」
「ウェンディ……サボってないでちゃんと働け」

 桃子は過去の思い出に花を咲かせ。ウェンディは二人の様子を密かに観察しつつ、興味ありありと言った様子で状況を見守っていた。
 ノーヴェはというと、そんなウェンディを呆れた様子でサラリと流し、黙々とアイスピックを片手に氷を割っていた。
 結局、厨房から我慢できずに出て来たチンクに引き摺られていくウェンディ。
 これも最近では珍しくもない、極当たり前の日常風景と成りつつあった。

 あの事件からすでに三ヶ月、ここ地球でも暦は十二月に入り、街はクリスマス一色に染まっている。
 翠屋を訪れる客も必然とカップルの姿が目立つ。
 その中でも、見た目には美人と言っても差し支えない優れた容姿を持つなのはと、モデル並に高い身長に目立つ銀色の髪、整った顔立ちをしているD.S.のカップリングは、美男美女の理想のカップルと言った具合に周囲の注目を集め、よく目立っていた。

「ルーシェくん、もう一口」
「ん? ああ……」
「あーん」

 ――パクッ!
 D.S.が口を付けるよりも早く二人の間に割って入る人影。
 なのはが差し出していたケーキをパクリと口にすると、ギロリと二人を交互に見る女性の姿。そう、フェイトだ。

「なのは……前は否定してたけど、やっぱりそうだったんだ」
「いや、違うよ! フェイトちゃん、これには色々と事情があって!」
「なのはママ――」
「ヴィヴィオ!?」

 何だか様子のおかしいフェイトにどうにか弁明しようと、必死になって事情を説明しようとするなのはだったが、タイミングが悪かった。
 二人が仲直りしたことが嬉しかったのか、小走りで駆け寄ってきたと思えば、なのはのことを『ママ』と呼びガッシリとその腰に抱きつくヴィヴィオ。

「パパとママ仲良し〜」

 ――ピキッ!
 何か空気に亀裂入ったような、そんな音が聞こえたような気がする。
 パンッと大きな音を立て、周辺の街灯が弾け飛ぶ。フェイトを中心に目に見えるほどの電気の塊が、バチバチと音を立てて周囲に飛散していた。
 さすがに不味いと思ったD.S.はヴィヴィオを脇に抱え、緊急避難を試みる。
 遠巻きに様子を窺っていた客達も、我先にと散り散りに逃げ出していた。

「あの……フェイトちゃん? さすがに、ここでそれは不味いような……」

 時、既に遅し。なのはの制止も空しく、暴走するフェイトの力。
 こうしてクリスマス商戦を前に、翠屋は半壊することになった。






「で? なのはとフェイトが責任を取らされて、あんな格好をさせられてると?」
「なのはちゃん、フェイトちゃん凄く良く似合ってるよ!」

 アリサはD.S.からその説明を受けてハアッと嘆息し、すずかはパシャパシャとなのはとフェイトの“猫耳メイド”姿を写メに撮っていた。
 とは言え、さすがは桃子。商売根性逞しいというか、ただでは転ばないその性格は称賛に値する。
 屋根が吹き飛び店は半壊したものの、厨房は無事だったことを逆手に取り、幾つもの暖房器具を持ち込んで夜空を見上げられる喫茶店として、カップル向けに期間限定を煽って売り出していた。

 その発想が功を際してか、当初の予定よりも更に大勢の来客があり、クリスマスケーキの売れ行きも好調だった。
 そして、なのはとフェイトの二人は翠屋半壊の責任を取らされ、忍の用意した猫耳メイドの衣装に身を包み、看板娘としてウェイトレスの仕事に従事していた。
 少し屈めば見えてしまいそうなほど短いスカートに、とっても可愛らしい白と黒のゴシック調のフリフリのメイド服。発育のいいフェイトなどは零れ落ちそうなほど豊満な胸を半分覗かせ、その恥らう姿が男性客の獲得に一躍買って出ていた。
 極めつけは、やはり動く猫耳と尻尾だろう。忍が拘って拘って拘り抜いた一品というだけあって、感情に連動して器用に動くその尻尾と耳は男性だけでなく可愛い物好きな女性の心も鷲掴みにしていた。
 更にはもう一つ、行列が出来るほどの人気となっている原因が別にある。

「いらっしゃいませー」
「あら、ヴィヴィオもお手伝い? 偉いわね」
「はい! ごゆっくりしていってください」

 アリサに褒められ気をよくしたヴィヴィオはぺこりとお辞儀をし、カウンターに戻り、また水とおしぼりを持って別のテーブルに向かう。
 小さな体でちょこちょこと専用の小さなトレーを両手に、客席に水とおしぼりを運ぶ姿は小動物的で実に可愛らしい。
 男性客も女性客も皆ほんわかした穏やかな表情で、そんなヴィヴィオのお手伝いの姿を見守っていた。
 ヴィヴィオの格好は、なのはやフェイトと同じ猫耳メイド姿だ。
 ママと一緒がいいと言い出したヴィヴィオのために、特別に忍が用意したヴィヴィオ用の衣装だった。
 その何とも言えない可愛さに、客達が魅了されるのも無理はないことだ。

「そう言えば、すずか。あの子達の様子はどう?」
「オットーとディード? うん、よく働いてくれて助かってるよ。今日は二人も誘ったんだけどね。
 仕事が残ってるからって丁寧に断られちゃった。生真面目で融通が利かないのは相変わらずかな」

 生真面目で頑固なところはすずかも大差ない気がしたが、アリサは敢えて何も言わなかった。
 とは言え、オットーとディードも上手くやれているようでアリサも安心する。
 今日、アリサが翠屋を訪れたのも、チンク、ウェンディ、ノーヴェの様子を確認して置きたかったからだった。
 他の戦闘機人達に関しても近況報告は聞いているが、アリサも忙しい身なので余り会う機会も少ない。
 だからこうして暇を見つけては、色々と探りを入れていたのだ。やはり、アリサも彼女達のことが気にはなっていたのだろう。

「そう言えば、他の戦闘機人さん達は?」
「トーレとセッテは相変わらずリニスに絞られてるらしいわ。
 クアットロはずっと病室に引き篭もってるみたいだけど……自業自得とはいえ悲惨よね」

 クアットロの心の傷は深く回復には相応の時間が掛かるだろう、と言う医師の見立てを聞いたアリサは、親友ながらなのはのしたことの恐ろしさを感じずにはいられなかった。
 ゆりかごを消し飛ばした、と言う信じ難い話もそうだが、そのなのはの砲撃魔法を諸に受けたクアットロの心の傷は深い。
 幾ら非殺傷設定だったとは言っても、ゆりかごの外壁をぶち抜き、海を蒸発させるほどの一撃をその全身で受けたのだ。
 体の傷よりも、心が負った傷の方が遥かに深く。『桜色怖い、白い悪魔怖い』などと膝を抱えて今もブツブツと繰り返し呟いているらしい。
 ヴィータが昔の話をすると、ガタガタと震え出すのと同じことだ。
 ここにも一人、なのはが原因で大きなトラウマを負った被害者がいるかと思うと、親友のアリサとしてはどこか複雑な心境だった。
 正直、クアットロに関しては、今更きつい罰則を与えずとも十分な罰を受けているだろう、というのがアリサの見解だ。
 回復したとしても以前のような行動には出れないだろう、と考えての判断でもあった。

「なのは、もうちょっと自重した方がいいと思うわよ……嫁の貰い手どころか、男も寄り付かなくなるから」
「アリサちゃん、さすがにそれは酷いよ!?」
「大丈夫だよ、アリサちゃん。駄目でも、ルーシェくんが皆まとめてもらってくれるから」
「すずか……アンタ本当に順応しちゃってるわね」

 注文した飲み物を持ってきたなのはに、親友のことを思って注意するアリサ。
 そんなアリサに抗議するなのはだったが、当然アリサは耳を貸さない。
 誰もなのはを弁護しないところを見ると、D.S.を含め全員が少なからずそう思ってるに違いないからだ。

 すずかはすずかで、本当にこの環境に順応していた。
 普通であればD.S.の節操のなさを咎めるところだが、すずかの場合はそれでもいいと本気で思っていた。
 D.S.のことは好きだし、なのはやアリサ達のことも大切な友人だと思っているすずかにとって、皆一緒にD.S.のお嫁さんになると言うのは決して悪い話ではなかったからだ。
 それにD.S.なら月村家の秘密を知っても、とやかく言うようなことはない。
 寧ろ、すずかや忍に半分人間じゃない血が入っているということも、話すまでもなくD.S.には知られていた。
 だからこそと言うのもあった。D.S.なら、どんなことがあっても全てを受け入れてくれる。すずかは本気でそう信じていた。

 ある意味でこの環境に一番順応し、強かに上手くやれているのは、すずかだと言えるだろう。
 メタ=リカーナは先の天使や悪魔との戦いにより、激減した人口をどうにか回復させようと一夫多妻制度を導入している。
 男女比率が極端に悪く、女性が十に対して男性が一と言う劣悪な状況に追い込まれていたからだ。
 そのため、子孫を育むことは国家政策の重要課題として大きく取り上げられていた。
 その話は当然、アリサ達は勿論、すずかも知っている。
 だから、いざとなればメタ=リカーナで全員仲良く籍を入れればいいと考えていた。

 アリサはすずかのようには簡単に納得できない。と言うのも、国家の重要課題というのは嘘ではないだろうが、他にも理由があると考えていたからだ。
 シーラがD.S.の逃げ道を塞ぐために、半分は自分達の目的のために作った法律だと読んでいた。
 その考えは満更間違っていないのだが、すでにD.S.の周りの女性達はそれでいい、と納得している節がある。
 シーラ、シーン、リンディ、プレシア、幸恵などの熟女同盟は勿論、すずかやリニスなどもそうだ。
 リインフォースやツヴァイは『私達はD.S.のものですから』と、すでに宣言しているしD.S.の体の問題もある。それ故に、あの二人を切り離して考えることは出来ない。
 アムラエルなどは何を考えているかよく分からないが、D.S.に好意を抱いているのは確かだ。
 あの二人の場合、恋人や使い魔という以上に互いをよく知り、心から深く繋がっている分、そうした焦りが他の女性達に比べて少ないのだろう。
 唯一、要領が悪く、割を食っている感じのカイだが、彼女がD.S.を好きなことは周知の事実だ。

 他にも何人かD.S.に好意を抱いている人物に心当たりがあるアリサは、いい加減、自分もハッキリとした態度に出るべきなのだろうか? と思案していた。
 なのはとフェイト、それにすずか、はやてもその中に入るのだろう。
 幼馴染が揃いも揃って、全員で同じ男性を好きになるというのも奇妙な話だが、ある意味でそれも仕方ないか、とアリサは嘆息する。
 性格には多々問題があるが、確かにD.S.以上の男がそうはいないと言うことは事実だ。
 幼い頃からD.S.を傍で見続けてきた自分達が、今更他の男性を好きになったり、興味を持つことは到底難しいと言うこともアリサは理解している。
 だからと言う訳ではないが、自分も少しは素直になるべきなのかも知れない、とアリサは考え始めていた。

「でも、何と言うか今更なのよね」
「……ん? アリサ、何か言ったか?」
「何でもないわよ。ほら、もっと綺麗に食べなさいよ」

 ガツガツと注文した品々を食い散らかし、口元にベッタリとソースをつけているD.S.の口元を丁寧にハンカチで拭うアリサ。
 恋人と言う寄りは、保護者と手の掛かる子供と言った感じの雰囲気の二人だ。ただ、これはこれでこの二人は上手くいっていた。

 最初にこの世界に姿を現したD.S.を発見して、保護したのはアリサだった。
 それからの付き合いで、ずっと家族のように一緒に育ってきたアリサにとって、D.S.は恋人である前に手の掛かる子供、弟のような存在でもあった。
 D.S.の方がアリサよりもずっと年上なのだが、普段の駄目なところばかりを見ていると、元来、面倒見がよく真面目なアリサはD.S.のことを放って置けなかった。

 結局、そんな感じで十年以上もの付き合いになってしまった。
 アリサが『今更』と口漏らしたのも、ある意味で無理はないことなのだろう。
 どっちが告白するしない以前に、アムラエルとD.S.の関係のように、アリサとD.S.もまた他人には踏み込めない、そんな強い絆ですでに結ばれていたのだから――

「そう言えば、ルーシェくん。ティアナちゃんが、そっちに行ったんだよね?」
「ん? ああ、二ヶ月近く前に唐突に尋ねてきたな」

 すずかの言うとおり、時の庭園に尋ねてきたティアナの頼みを聞いたD.S.は、幸恵が予想したとおりの行動に出た。
 しかし、予め連絡を受けていたプレシア率いる熟女同盟に捕縛され、その悪しき企みは未然に防がれてしまっていたのだ。
 当然、そのことを思い出し、ブスッとした不機嫌そうな顔を浮かべるD.S.を見て、アリサはやれやれと言った様子で溜め息を漏らす。

「じゃあ、ティーダさんは治ったの?」
「概ねな。魔力駆動炉からの魔力を媒介にして、意識を回復させるのには成功した」

 概ねというD.S.の歯切れの悪い説明に、すずかは訝しい表情を浮かべる。

「魂が劣化してたのよ。それで意識は戻ったけど、魔力を失い以前のように大空を飛び回ることも出来なくなった。
 魔導師としてのティーダ・ランスターは確実に死んだってことになるわね」

 D.S.の説明を補足するアリサ。
 魂の劣化が原因でティーダは様々な障害を体に残しながらも、命を繋ぎ止めることには成功した。
 魔導師としてはすでに再起不能となってしまったが、本来ならとっくに失っていたはずの人生を、もう一度やり直す機会を得ることが出来たのだ。
 魔導師にとって魔力を失うということは、手足をもがれるのと同じことだ。
 その精神的苦痛は他人には推し量れないものがある。
 だが、ティアナは勿論泣いて喜んでいたし、結果としてはこれでよかったのだろう、とアリサは思っていた。

「今はクラナガンの郊外にある小さな家で、ティアナと幸せに暮らしてるはずよ」

 ティーダのことは、事件の被害者ということで処理された。
 当然、内外から強い反発の声もあったが、ティーダの事件の真相を持ち出し、文句を言う連中を尽くアリサは捻じ伏せたのだ。
 マスコミも当時のことには深く関わっていたため、そのことを持ち出されては強く出ることは出来ない
 バニングスに喧嘩を売ってまでティーダの罪を追求しようというものは、さすがにいなかった。

 その後、D.S.やアリサ達に礼を言って、ティアナは悩んだ末に管理局に残ることを選んだが、アリサはそれでよかったと考えていた。
 これから管理局は大きく変わっていくことになる。次の管理局を担っていく人物、それは彼女達のような人物であって欲しい。
 それを一つの願いとしていたからだ。

「そっか……少し気になってたから、本当によかった」
「スバルも順調に回復に向かってて、今じゃクイントさんに“リハビリ”と称してギンガと一緒に鍛え直されてるはずよ。
 と言うのも『二度とあんな無様な倒れ方をしないように、心身ともに徹底的に鍛え直すわ』ってクイントさん張り切ってたからね」
「あはは……」

 その様子が手に取るように分かるようで、すずかもアリサの話を聞いて冷や汗を流す。
 皆、新しい生活をはじめ、それぞれの道を歩み始めていた。






「キミ達は本当に変り者揃いだね。あれだけの事件を引き起こした犯罪者を扱き使おうなどと」
「ウーノに感謝しなさいよ? 『ドクターが処刑されるのなら私も一緒に』何て懇願してついてきてくれたのだから。
 はあ……私も一度でいいからD.S.にそんな風に言ってもらえれば……」

 スカリエッティにそう言って、自分で言っておきながら落ち込むシーン。
 さすがのスカリッティもそのテンションには付いていけず、タジタジといった様相だった。
 現在スカリエッティはその知識と科学者としての腕を買われ、ミッドチルダの復興工事などに役立たせるための戦闘用ではない作業用ガジェットの製造をシーンに命じられていた。
 シーンが提示した条件は簡単だ。研究したければ好きにやっていいから、自分のしたことには責任を持って協力しろ。
 人の迷惑にならない範囲なら別に何をやっても構わない、といったアバウトなものだった。
 処刑されてもおかしくないと言うのに、破格とも言える条件にスカエリエッティもさすがに驚きを隠せなかった。

 そもそも黒幕である最高評議会は処刑されたので、殆どの罪は最高評議会と本局に覆い被せたこともあり、実行犯であるはずのスカリエッティと戦闘機人達は酷く罪を追求されなかったのだ。
 理由は簡単。全部は最高評議会の指示であって、彼等もまたその忌まわしい研究によって生み出された被害者だということを、一切包み隠さず公表したことにある。
 理由が理由な上に、思想統制されマインドコントロールを施されていたと言う話になれば、司法でも大きな罪に問われることはない。
 ましてや黒幕となっている最高評議会の面々が処刑された後では、実際にどうだったかなど全ては闇の中だ。
 彼等を罰すれば、同じように最高評議会の言いなりになっていた管理局員すべてを、何らかのカタチで罰しなければならない可能性も出てくる。
 そんなことを言われれば、本局も首を縦に振らざる得なかった。

 結局、スカリエッティ達の預かりは地上本部となり、スカリエッティとウーノの二人には無期限の社会奉仕活動が命じられ、十年間の保護観察処分ということで決着がついた。
 建て前上の預かりは地上本部だとは言っても、彼等に直接何かを指示しているのはシーンである以上、実際にはバスタードに都合よく事が進んだと言っても間違いではない。

「私がまた犯行を企てるとは思わないのかね?」
「アリサは『やれるのならご自由にどうぞ』って言ってたけど?」
「…………」

 これは舐められているのではなく、本当に不可能だということが分かっているのだ、とスカリエッティは考えた。
 以前の管理局はその怠慢さから、組織としての体制にも大きな穴があったからこそ、今回のような大規模な犯行も可能だった。
 しかし、新しく組織される管理局は以前のように甘い組織ではない。
 不正が発覚した時点で、スカリエッティは間違いなく自分が粛清される立場にあると言うことが分かっていた。
 しかも魔導師至上主義に変に偏っていない分、以前よりもずっと厄介で、本物の実力を兼ね備えた人材が多く在籍する、強力な組織になることは間違いない。

 以前のような大規模な犯行を内部で企てようとしても、未然に防がれるのがオチ。
 気付かれないように密かに実行しようと思えば、何十年という歳月を要することになる。
 今のスカリエッティにそこまでの野心や熱意がないことを、アリサは分かっているからこそ、そんなことを言ったのだろう。
 最高評議会が失敗したのもD.S.に注視する余り、そのことを軽視し過ぎ、見落としていたからだ。
 アリサ・バニングス、そして目の前の女性シーンも、ある意味でD.S.以上に厄介で危険な相手だということを、スカリエッティは再確認させられていた。

「ドクター、発注しておいた資材が届きました。こちらにリストを――」
「そう言う訳で諦めなさい。ほら“奥様”が呼んでるわよ」
「お、奥様って――わ、私とドクターはそんな仲では!」

 シーンの『奥様』発言に顔を真っ赤にし、慌てた様子で手を左右に振って否定するウーノ。しかし、満更でもない様子だった。
 そう言う反応をするからシーンに遊ばれるのだということを、彼女は分かっていない。
 これから徐々に慣れていくのだろうが、当分はシーンの玩具にされることは明白だった。

「ククッ……本当に退屈しないよ」

 それがどんな意味の篭もった言葉だったのかは、スカリエッティの心を覗いて見ないことには分からない。
 しかし、憑き物が落ちたかのように晴れ晴れとした表情を浮かべるスカリエッティ。
 その思いがけない彼の様相は、シーンの目にも強く印象として残っていた。






「ドゥーエ姉、本当にこっちであってんの?」
「間違いないわ。全く、あの“筋肉バカ”は何を考えてるのかしら?」

 中央メタリオン大陸の外れ、危険な肉食獣や竜種と言った幻想種も多く生息する樹海の中を、セインとドゥーエの二人は彷徨っていた。
 理由は簡単だ。この樹海の外れにある村の村長から、最近村を襲って家畜や農作物などを荒らしていく竜を退治して欲しい、と依頼されたからだった。
 厄介な問題事に自分から首を突っ込み、軽く引き受けてしまったガラの後を追い掛け、二人はこんな樹海の奥に足を踏み入れていた。
 一食一飯の恩かは知らないが、一晩泊めてもらってご馳走になったくらいで竜退治など、割が合わないにもほどがある。
 しかし、その割が合わないことを平然と引き受けてしまうのが“ガラ”だった。

「おっ、遅かったな二人とも」
「うわ! これ、ガラ兄がやったのか?」

 セインは驚いた様子で、地面に血塗れで横たわっている巨大な翼竜に近付く。
 既に絶命している様子だが、やはり巨大な竜とあってかなりの凄みがある。
 周囲の倒れた木々や所々穴ぼこになった地面を見れば、その戦闘の凄まじさも想像がつく。
 管理世界でも珍しい竜や、下手をすれば古代種と呼ばれるほどの大きさをもった生物も、このメタリオンでは当たり前のように生息している。
 ガラに付き合い、旅を始めて三ヶ月。何度か目にした光景だとは言っても、こんなものを間近に目にしては驚かずにはいられない。
 やはり、ここは色々と常識外れの世界だ、とセインは再認識していた。

「ガラ、何度も何度も口を酸っぱくして言ってるように、もう少し自重して欲しいのだけど?」
「いや……でもな、ほっとけねーだろ? それに俺も無事だったんだし、万事よしってことで」
「いえ、今日という今日はちゃんと話を聞いてもらうわ。大体、ガラはいつも――」

 いつもの夫婦喧嘩が始まったと呆れた様子で、セインはそんな二人のやり取りを窺っていた。
 ガラが厄介な問題に首を突っ込み、それを心配したドゥーエがガラの後を追って、最後は説教をするといったパターンが確立されつつある今日この頃だ。セインからしてみれば、今更珍しくもない極当たり前の日常の一コマに過ぎない。
 ガラもドゥーエが自分のことを心配して言ってくれているのは分かっているので、余り強く出ることが出来ず、いつもドゥーエの小言を散々聞かされた挙句、最後はガラが謝って元の鞘に納まる、といった感じの付き合いが続いていた。

 あの事件から三ヶ月が経つが、管理局からもバスタードからも追っ手がない。
 そのことを不思議に思わないことはなかったセインだったが、今の生活が楽しく手放すつもりにはなれなかったことと、それにドゥーエが本当に幸せそうなので敢えて触れないようにしていたと言うのもあった。
 それに指名手配もされていない、追っ手もないということは、ガラと一緒にいるのがバレていると見た方が正しい。
 寧ろ、そのことを知っていて敢えて見逃されているのだろう、と言うこともセインも大体の状況から類推していた。

「夫婦喧嘩はその辺にしてさ、それよりも腹減ったよ。こいつ食えないかな?」
「誰が“夫婦”ですって! ちょっとセイン、そんなの食べられる訳がないでしょ!」
「いや、意外と美味いかも知れないぜ? 俺もさすがに食ったことはねーが」

 翼竜を見て、舌なめずりをするセインを慌てて止めに入るドゥーエ。
 ガラはガラで、刀を片手に「ちょっと焼いて試してみるか」と竜の肉を早々と切り分けていた。
 そんな二人の恐れ知らずの行動力の良さに呆れ果て、頭を抱えて蹲るドゥーエ。
 セインが『ガラ兄』と慕うように、ガラもドゥーエと違ってノリのいいセインのことを気に入っていた。
 そして、いつもそんな二人に振り回されるのが、ドゥーエのポジションと成りつつあった。

「ドゥーエ様、ガラ様も悪気があってのことではありませんので、どうか穏便に」

 どこからともなく姿を現し、ドゥーエのことを『様』付けで呼ぶ忍達。ガラの配下の忍達だ。
 いつから彼等にこんなに慕われるようになったのかは分からないが、ガラの大切な人物としてドゥーエとセインも配下の忍達に認知されていた。中には『姉御』とドゥーエのことを呼ぶ者もいるくらいだ。
 理由は自ずと推し量れるというものだが、ドゥーエも敢えてその理由に関しては聞く気はなかった。
 その理由を聞くと色々と面倒なことになりそうで、考えるだけでも嫌だったからだ。

 それに、ドゥーエ自身もこの生活を気に入っていた、と言うのも大きな理由にあったのだろう。
 出来ればこのまま変わらず、この楽しい時間をずっと過ごせれば、そういう思いもあったに違いない。
 戦闘機人として生まれ、初めてドゥーエが自から望んだ生活。心の底から共にありたいと思った人物。その全てが、ここにはあった。

「まあ、自分で選んだ選択だしね……」

 ドゥーエは大きく嘆息し、諦め気味にそんなことを口漏らす。
 こうして馬鹿をやっていられるのは、いつまでか分からない。
 でも、ガラと一緒に行動していれば何かが見つけられる。
 自分の中で何かが変わっていくような、そんな予感がドゥーエにはあった。





 ……TO BE CONTINUED






■作家さんに感想を送る
■作者からのメッセージ
 193です。少し遅くなって申し訳ありません。色々と悩んでいたら、こんなことになって……中編です(エ
 最終話にしようと頑張ったのですが、どうやってもいつものテキスト範囲に収まりませんでした。
 箇条書きみたいにして短絡的にまとめれば収まったのかも知れませんが、それをするとあっさりし過ぎていたので;
 もう一本やります。その上で、+1(後書きのような。その後SS)を入れるかも知れません。
 それでピッタリ70話になりますしね。

 ガブリエルがどうなったか、ルーテシア達のその後や、アギト等など、残っている謎は次回。
 残り1話にまとめきれなかったのは、登場人物が多すぎるのが敗因ぽいですね……。


 >吹風さん
 お久し振りですー。
 三脳に関しては、鮮烈に終わらせたいとずっと考えていたので、ああいう形になりました。
 なあなあぽいのは、何だかスッキリしませんしね。
 正直、D.S.のこともそうですが、書ききれてないことが、まだまだ一杯あります。
 そこらもそのうち、特別編でもなんでもいいので、少しでも出せればいいのですけどね。


 >彼岸さん
 三脳に関しては、ずっとやりたかったことでもありますしね。私もすっきりしましたw
 まあ、弱点がある方が可愛げがあると言いますし、なのははあれでいいと思います。
 D.S.も弱点は当然ありますしね。
 最終話が諸事情で伸びてしまいましたが、もうちょっとお付き合いください;


 >シルフィードさん
 管理局に関しては補足も後でいれると思いますが、概ねはこんな感じですね。
 桃子さんはある意味で最強キャラかと。まあ、なのは様のお母様ですし……(エ
 レジアスとゼストに関しては、取り敢えずはこれで終了。話の陰で少しチラリと姿が窺える程度になると思います。
 スバルやティーダの話は次回に。さすがに一話にまとめきれませんでしたので;
 D.S.の関係者ですか? 今回の話に出て来た以外では、ネイやバニングス邸宅の侍女達もそうですし、ちょこちょこと摘み食いもしてそうですしね……本気で何人いるのか?
 原作でD.S.が思い描いていたハーレム王国って案外実現不可能ではないのかも知れませんw


 >ロキさん
 本局などの話も可能なら次回にまとめるつもりですが、まあ70話(エピローグ+1)に持ち越しかもしれません。
 描く部分が多すぎて、サイズ内にどうやっても収まらないんですよね……。
 レジアスは、あれで私もいいのではないか、と思っています。ゼストと二人なら、きっといい意味でやり直せるでしょうし。
 アギトは次回ちゃんと登場しますので、そこで。
 アルフはある意味で番犬がお似合いかと思いましてw(オイ
 熟女同盟に関しては、幸恵さんも当初は加える予定はなかったのですが、A'sを書いてる時に結構お気に入りになってしまったのでw
 ガブリエルは最後に少しどうなったか分かります。ヒントは彼女の行く末に、ヴィヴィオが深く関わっていると言うことですね。
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