「キャロ、ここはどうするの?」
「えっと、それは精霊魔法だから……こっちの魔法式を使って」
クラナガンの郊外にあるプレシアの屋敷。
そこにある小さな図書館といっても間違いではない、大量の書物が収められている書庫に二人の少女の姿があった。
キャロとルーテシアの二人だ。二人が一生懸命に目を通しているのは、D.S.とプレシアが屋敷に持ち込んだメタリオンの魔導書の数々だった。
ネイが屋敷に居座ってしまったこともあり、キャロも生活の場をこちらに移し、ルーテシアもどうせ保護観察を受けるなら、と仲の良いキャロがいるこの屋敷に身柄を預けられていた。
「二人とも、こんなところに居たの? エリオが探してたわよ」
「あ……リインフォースさん」
そこまで言って、キャロは思い出したように気まずそうな声を上げた。
今日はエリオと一緒に、前から誘われていた学校見学に行く約束になっていたからだ。
勿論、ルーテシアも一緒にだ。聖王教会の系列の魔法学校なのだが、学校に通いたいのなら、とカリムが口を利いてくれると申し出てくれたので、取り敢えず見学をしてみてからと言う話になっていたのだ。
その約束となっているのが今日だったことをキャロは思い出す。
「ルーちゃん、大変! 急いで準備しないと!」
「もうちょっと待って……あと少し」
二人で夢中になって魔導書の解読をしていると、いつの間にかこんな時間になっていた。
そのことに気付かなかったキャロは、慌ててマイペースなルーテシアを急かす。
約束の時間まで、もう一時間もない。にも関わらずルーテシアは、まだ魔導書と睨めっこをしていた。
ルーテシアがここまでやる気をだしている理由には――母親のこともあった。
D.S.にネイが頼まれていたこと、それは戦闘機人や人造魔導師の素体として集められた人々の救出だった。
自分の過去に彼等を重ねたのか、それともヴィヴィオに同情したのか、それはD.S.の心を覗いてみないことには分からない。
しかし、ネイはそのD.S.の願いを受け入れ、後から駆けつけたフェイトと共に、戦闘機人の素体として捕らえられていた人々を無事に助け出したのだ。
とは言えその時に、崩落する洞窟から人々を救い出すためとはいえ、勢い余って山を半分吹き飛ばすといった珍事を、ネイとフェイトは二人で引き起こしてた。
その珍事に関しては、ここで語ることではないので割愛する。
結局、助け出されたはいいものの、長い間、実験素体として仮死状態で眠らされていた人達が直ぐに目を覚ますはずもない。
いつか目覚めることは確実なのだが、それが今日なのか明日なのか、また一年後なのかは誰にも分からず、ルーテシアの母親もずっと眠ったままの状態になっていた。
ルーテシアが必死になって魔導書を読み漁り、勉強している背景にはそうした理由があった。
不安や寂しさを紛らわせるといった意味もあるのかも知れないが、母親が目覚めた時、話に聞かされた“立派な魔導師”だったと言う母に『あなたの娘です』と胸を張って自慢できる自分になりたい。キャロのように“強い魔導師”になることが、今のルーテシアの目標にもなっていた。
そしてそれは、ルーテシアが自らの過ちに気付き始めている証拠でもあった。
母親のこと以外、何をするにも無気力で、感情に乏しかったルーテシアが率先して、自ら何かを成したいと思うこと。
ルーテシアにとってキャロと一緒に勉強をすると言うことは、
――そのためには自分に何が足りないのか?
――どうすればキャロのように強くなれるのか?
それを模索するための勉強でもあった。
「はい、没収」
「あ……」
「二人とも早く準備なさい。私も保護者ってことで同伴するように言われてるんだからね?
魔導書は逃げないから、ほら準備を早くする」
背後から音もなく近付いてきたネイに、読んでいた魔導書を奪われ、少し不満げな様子でネイを睨み付けるルーテシア。
しかし、ネイはそんなルーテシアを気にした様子もなく、二人に早く準備するようにと急かしつける。
実はネイ、この屋敷を自由に使っていい代わりに、ルーテシアとエリオの保護者をプレシアに頼まれていた。
ネイはネイで、キャロのこともあるし、今更一人増えるも二人増えるも同じだろう、と気楽な気持ちで引き受けたのはいいが、エリオを含めると一気に弟子が三人になり、実は想像以上に面倒な思いを強いられていた。
とは言え、文句を言いながらもこうしてしっかりと面倒を見ている辺り、ネイも人が良いと言うか、子供に優しい性格のようだ。
元々、ネイもD.S.に拾われ、こうして育てられた過去がある。
だからと言う訳ではないが、身寄りもなく、頼る相手もいない子供を放り出すような無責任な真似は、孤独の辛さをよく知るネイには到底できるはずもなかった。
「いい母親役してますね」
「冗談でもやめてよ……そう言えば、ダーシュは?」
「相変わらずです。今頃は地球で“彼女達”に振り回されてるんじゃないかと」
「うっ! やっぱり私も付いていくべきだったかしら」
D.S.が地球で相変わらず美味しい目にあっている、と言う風に受け取ったネイは、悔しそうにそう愚痴を溢す。
実際のところはネイが思っているほど、いい思いをしている訳じゃない。総じて何かと女性達の方が強く、美味しい目を見ようにも、色々と邪魔が入るのが現実だ。
D.S.のハーレムと言うよりは、女性達が互いに主張し合い、D.S.を分け合っていると言った方が正しかった。
そのため、ティアナの件の時も、熟女同盟の防衛線が敷かれていたくらいなのだから――
そうは言っても女癖の悪いD.S.だ。
これまでのこともある以上、そう簡単にネイに信用してもらえないのは無理もない話だった。
「年が明ければD.S.も帰ってきますし、少しくらいは彼女達に“貸して”あげてもいいのでは?
そうした“寛容さ”を見せておくのも、“パートナー”に必要なことだと思いますよ」
「そ、そうよね……狭量と思われるのも嫌だし……」
リインフォースはネイの扱いが非常に上手かった。と言うか彼女は総じて、女性陣のコントロールが上手い。
D.S.の傍にいて様々な女性を見てきているからこそかも知れないが、上手く場を治められているのもリインフォースの手腕があってこそだった。
そう言う点では、プレシアやシーラ、それにリインフォースなどは暴走しがちな“我の強い女性達”を、上手く制御していると言えるだろう。
実のところ、そうして一番得をしているのは“彼女達”だったりするのだが、それは本人達以外、誰も知らぬところだった。
次元を超えし魔人 第69話『約束、明日への希望』(STS編/終)
作者 193
「なのはちゃん……こっちは確かに嬉しいけど、ヴィヴィオの件、本当によかったん?」
「うん、ヴィヴィオを学校に通わせないといけないのは確かだしね」
なのはが、はやてにそう聞かれているのは、ヴィヴィオの魔法学校入学の件に関してだ。
学校に行くこと自体は悪いことじゃない。寧ろ、ヴィヴィオの年齢を考えれば当然の義務だとも言える。
だからこそ当初は、なのは達が通っていた“私立聖祥大学付属小学校”に通わせる案が出ていたのだが、カリムがその話に待ったをかけた。
その理由は、ヴィヴィオの血筋にあった。
ヴィヴィオは聖王教会から過去に盗み出された“聖王の遺物”を使い、人工的に作り出された生体魔導師。
最後のゆりかごの聖王“オリヴィエ聖王女”をオリジナルとした、ベルカの正統な王位継承者だった。
王の血統をなくして久しい聖王教会にとって、ヴィヴィオの存在はベルカの再建を予兆させる大きな希望と言ってもいい。
出来ればヴィヴィオに名実共に聖王の名を継いでもらい、聖王教会の御旗としてベルカ再建の立役者になって欲しい。
それが適わないまでも、聖王の血筋はベルカにとって重要な意味を持つものだ。
聖王教会の重鎮として教会を担う立場に立って欲しい、と彼等は考えていた。
しかし、事はそう上手くは行かない。
現在のヴィヴィオの保護者は高町なのは、そして後見人としてプレシア・テスタロッサが名を連ねていた。
管理局に所属している訳でもなく、地球の戸籍を持つ彼女達に保護されているヴィヴィオは、書類上は“地球人”と言うことになっている。
ADAM設立に際し、幾ら協力関係にあったとは言っても、所詮は別組織、別の世界のこと。
聖王教会の力も、管理外世界である地球にまでは及ばない。
しかも、地球にとってもVIPと呼べる人物の庇護下にあるヴィヴィオに迂闊に手を出せるはずもなかった。
彼等は頭を悩ませ、当然そのことを考えた。
「教会が無理を言うたんやないか、と思ってヒヤヒヤしたよ……」
「大丈夫だよ。ルーシェくんも、そのくらいで教会を灰に変えたりはしない……と思うし」
「……その間が気になるんやけど」
はやては、ヴィヴィオを巡って教会が強引な勧誘を行い、地球との関係が悪化するのではないか、とそのことばかりを恐れていた。
そんなことになれば、慎重に慎重を重ね、ここまで積み重ねてきた全ての努力が水泡に帰してしまう。
本局の今の状態を考えれば、はやてが地球との関係を一番に気にする理由にも納得が行く話だった。
地上本部と本局の力関係は、今では大きく逆転していた。
市民や政界からの後押しもあり、恵まれた人材と潤沢な資金が集まりつつある地上本部とは違い、これまで潤沢にあった本局の予算は大幅に縮小され、更には給料カットや市民から毎日のように寄せられる抗議や罵詈雑言に耐えかね、本局を去る局員も後を絶たない始末。
来年度から配備が検討されていた最新次元航行艦の建造計画も見送られ、今まで無償で配給されていたデバイスや、事務経費に掛かる必要予算にまで、大幅な制限が設けられるほどの自体に陥っていた。
そうなった理由は、管理世界からの脱退を表明した管理世界との意見交渉による上納金の大幅な減額、最高評議会が暗躍していた事件に対する被害者への賠償金などが、彼等の懐事情を圧迫する大きな原因となっていた為だ。
今、本局がどうにか崩壊せずに持ち直しているのは、バニングスや月村重工が理事を務める“次元世界経済団体連合会”からの資金援助を受けることが出来ているからに他ならない。
管理局の犯した過ちを認めつつも、その必要性を説いたアリサの一言がなければ、彼等は間違いなく今回の事件で自滅していたはずだった。
今回のことで、本局は“バニングス”と“月村”に大きな借りを作る結果となってしまった。
本局にとって、その二社の存在は生命線であり鬼門でもある。そんな厳しい状況下に、彼等は置かれていたのだ。
はやてが恐れていたのは、その事実を知っていたからに他ならない。
(クロノくんも大変そうやしな……)
はやては、クロノが提督と言う立場から厳しい責任を追及され、給与を三十パーセントカットされた挙句、ボーナスまで出なくなってひもじい思いをしている、と言う話をヴェロッサから聞かされていた。
実はクロノ、三年前にエイミィと添い遂げ、二児の父親になっていた。
エイミィはその後、子育てに集中するため家庭に入り、管理局を退職していた。
そのため、一家の大黒柱であるクロノが、家族の生活のためにエイミィの分まで必死に働くしかない。
だからこうして、家族のために、と単身赴任してまで仕事に精をだしていたと言うのに、ここにきて大幅な給料カットや、局員の減少に伴う仕事の大幅な増加は、彼だけでなく本局の局員全員の頭の痛い問題となっていた。
特にクロノのように立場がある者ほど、世間の波風は冷たく厳しい。
更には、自分達が率先して組織改善に取り組まなければ、下の局員にも示しがつかず、益々辞める者が後を絶たない事態になりかねない。
下の者で最低十パーセントの給与カット、ボーナスは全員なし。にも拘らず、仕事は以前よりも割り増し、しかも残業代は出ない。
余りに悪環境が揃い過ぎると、組織を立て直す前に働き手がいなくなる、と言った事態になりかねない。
そうならないようにするためにも、仕事で負う負担は当然上にいる者がより多く背負うことになり、その中でも中間管理職真っ只中のクロノは上も下も気にしなくてはいけない、と言った色々と厳しい状況に追い込まれていた。
今の状態では、家や車のローン、それに毎月の積立金や家族への仕送りを省くと、クロノの手元には殆ど金が残らない。
そのため、日々の食事からは、一品、二品とオカズが消えて行き、休日に買い物に出掛けたり、同僚と飲みに行くと言った事も出来ず、我慢に我慢を重ねる貧しい生活を強いられていた。
『ロッサ……その唐揚げを一つ分けてもらえないか?』
などと言っているクロノの話を思い出し、はやては涙が零れ落ちそうだった。
とは言え、薄月給な現状は、はやてもクロノとそれほど変わりない。
今の本局ほど厳しい状況でもないが、聖王教会もそれほど恵まれている、と言う訳でもないからだ。
同じく本局勤務のロッサがまだマシなのは、彼が査察部と言った表には余り顔が出ない特殊な部署にいることと、クロノと違って独り身だからと言った事も大きかった。
社会の荒波に揉まれる父親の厳しさを、今になって実感しているクロノ。
幾ら親友とは言っても、独身のロッサには共感できない問題だった。
「ヴィヴィオの道は、ヴィヴィオが決めることだからね。それに――」
アリサがあらかじめ、カリムに釘を刺していることは、なのはも聞き及んでいた。
ヴィヴィオが望めば、魔法学校入りも、今後の進路も彼女の自由にさせるつもりだ、と言う意見はアリサも同じだったが、教会側が意識誘導するようなことをしたり、もし強要などするようなことがあれば、
『教会も老朽化が進んでるようだし解体工事したいなら、うちには“専門家”が沢山いるから遠慮なく言ってくれていいわよ』
などと、アリサは遠回しにカリムに警告をしていた。
そう、ヴィヴィオに下手に干渉すれば『容赦なく潰す』と宣告してきたのだ。
さすがのカリムも、その話を聞いて隅の音も出なかったらしい。
物理的に壊すだけでなく、彼女が本気で潰す気になれば、聖王教会など瞬く間に干上がってしまうことが分かっていたからだ。
今までも管理局の援助をなくして、教会を維持して行くことが出来なかった“聖王教会”が、“聖王”と言う御旗を手に入れたからと言って、直ぐに独立できるとは到底思えない。
それに、経済的に厳しいのは本局だけではない。
経済界からの支援に頼らなければやっていけないと言う点で言えば、聖王教会も本局と同じ立場だと言うことだ。
結局のところスポンサーが管理局本局から、バニングスと月村率いる経団連に鞍替えされたに過ぎない。
最高評議会の影に怯え、管理局の言い成りとなっていた以前と比べれば、随分とマシにはなったのかも知れないが、依然として立場が弱いと言う点では、親元が変わっただけで何一つ状況に改善は見られなかった。
寧ろ、聖王教会はアリサ達に真っ向から意見して逆らうことが出来ず、より難しい立場に追い込まれていた。
今まで以上に、彼女達の機嫌を窺わなければ、組織としてすら、やっていけない状況と言うことだ。
「それより、はやてちゃん。地上本部に設立される三組織合同の“新部署”の件なんだけど――」
なのはが言っているのは、ADAMの解体式後に地上本部に設立される予定となっている“特殊対策室”のことだ。
悪魔などに代表される凶悪で、より危険度の高い犯罪者や事件に対処するべく、設立される予定となっている部署のことで、なのはとフェイトはバスタードからの出向扱いで、はやてと守護騎士達も聖王教会から出向することが決まっていた。
室長は現場に復帰したリンディ・ハラオウン。副室長には、はやてが就任する話となっている。
この人事には驚きを隠せなかった関係者達だったが、これはリンディのたっての希望でもあった。
今回の事件に深く関わり、その結果、色々と思い悩んだ上での決断だったのは間違いない。
「大人として、親として、失格だった私に何が出来るのかは分からない。でも、残したいの。子供達に“希望”ある未来を――」
そう言う、リンディの瞳には、強い決意が宿っていた。
ディエチもこの部署に配属されることが決まっていた。
他にもADAMに所属している隊員の半数近くは、そのまま特殊対策室への移動が決まっているため、事実上ADAMは継続される事と何ら変わりはない。
ヴァイスとアルトや、シャーリーやルキノなどのバックヤード陣も、新部署への転属を強く望み、配属されることが決まっていた。
主要メンバーで抜けるのは部隊長のラーズと、シェラ達魔戦将軍、本局からの呼び戻しが掛かっているアンガスとグリフィス、それに管理局に残ることを選んだティアナ、スバル、ギンガの三名くらいのものだ。
バスタードから出向してきていた主戦力が殆ど抜けることで、戦力的には半減するかのように思えるが、いざとなれば特務権限を使い、戦力を三組織から徴収することも可能なため、以前よりもずっと優遇されていると考えていい。
形式上は地上本部所属の一組織と言う扱いになっているが、特務権限を有する独立した組織体制を持っているため、かなりの自由が許されていた。
それもやはり、今回の事件による影響が大きい。
悪魔への対抗策として、臨機応変に動ける戦力を確保しておきたいと言うのも理由にあるが、管理局、聖王教会、そしてバスタード。三組織に対し、公平な立場でメスを入れられる組織を準備しておきたかった、と言うのが本音にはあった。
最高評議会のような大きな膿が出た時、それを法の下に白日に晒し、粛清する役目が彼等にはあると言うことだ。
謂わば、肥大化した組織に対する“浄化装置の役割”を、この部署が担っていると言うことだ。
そのための三組織合同の組織。一組織体制からの脱却。
互いに切磋琢磨し、牽制し合わせることで、巨大な一組織による独裁体制を回避しようと言う狙いが、そこにはあった。
「――ティア!」
「その様子だと元気そうね。ギンガさんもお久し振りです」
「ティアナも元気そうで安心したわ。お兄さんは元気?」
「はい。『妹のヒモ生活だけは嫌だ!』なんて言って、今は元気に就職活動してるくらいですから」
スバル、ギンガ、そしてティアナ。この三人がこうして顔を合わせるのは、随分と久し振りの事だった。
事件の事後処理や、その後の対策に終われ、事実上ADAMとしての活動は休止を余儀なくされていたからだ。
事件後、関係者は各々の組織に徴集され、その後の事情聴取や報告書の作成、事態の収拾活動にと、忙しく借り出されていた。
ADAMの隊員を遊ばせて置く余裕も、悪魔の襲撃を恐れている暇すら、彼等にはなかったからだ。
「一年なんて、あっと言う間でしたね」
ティアナがほっとしたような表情を浮かべ、そんな風に、これまでのことを振り返って口にした。
今回、彼女達がこうして集まったのは、ADAMの解体式が執り行われるからだ。
季節は春。こうしてADAMの隊舎を背に、桜の木を見上げるのは二回目のこと。
早いもので、あの入隊の日から一年が経過していた。
「ギンガさんはやっぱり陸士部隊に戻られるんですか?」
「ええ、本当は“特殊対策室”に誘われていたのだけど、父さんを一人にしておけないしね」
「あたしは――」
「知ってるわよ……もう散々聞かされたじゃない。“特救”でしょ?」
ギンガは父親が部隊長を務める陸士108部隊に戻ることを決め、そしてスバルは地上本部にある災害対策人命救助の最先鋒とも言われる特別救助隊、通称『特救』への配置移動が決まっていた。そしてそれは、スバルの夢の実現でもあった。
一ヶ月前の事だった。リハビリと称した母の厳しい指導に明け暮れるスバルの元に、ミッドチルダ襲撃事件の功績が認められ、現場復帰に際して“特別救助隊”からの召致状が届いたのは。
「でも、体の方は本当によかったの?」
「うん。ギン姉とも話し合ったけど、やっぱり無くしたくない物の方が大きいから」
地球ならば元の体に戻す治療も受けられたスバルとギンガだったが、二人は『それも自分達の一部だ』と拒否し、これからも戦闘機人として生きていく道を選んだ。
そうして生まれて来なければ、ナカジマ夫妻に出会うことも、家族になることも出来なかった。
そもそも、二人はこの世界に生まれて来ることさえなかったはずだ。
だからこそ、二人は戦闘機人としての“自分”を捨てることが出来なかったのだろう。
どんな生まれであったとしても、どんな力であったとしても、その力があったからこそ、大切な仲間を守ることが出来たのだから――
「ティアナは“執務官”、目指すんでしょ?」
「うん……本局は今も大変みたいだけど、それでもそれが私の出発点だから――」
ティアナは執務官になる道を諦めてはいなかった。
だからこそ、アンガスの誘いを受け、彼の補佐官をやりながら、執務官試験を受けることを彼女は決めていた。
そのため、ティアナは来月付けで本局に移動となる。
今まで苦楽を共にし、同じ道を歩んできた親友は、陸と海を隔て、それぞれの道を歩み始めることになる。
これまでのように一緒にいることは出来ない。苦しい時も、悲しい時も、今までのように二人ではなく、独りで頑張らないといけない。
新しい職場、新しい同僚と共に。
それでも――
「一歩先を行かれちゃったけど、直ぐに追いついて追い抜いてみせるわ。だからアンタも」
「うん。約束する。沢山の命、守りたかったものを全部守って、私は“私の夢”を叶えてみせる」
それは二人で交わした二度目の約束。
ランスターの魔法を証明するため、二度と悔しい思い、悲しい思いをしなくて済むように執務官に必ずなる、と誓ったティアナ。
あの日救われた命、同じように災害に見舞われた人々の命を救う仕事がしたい、と語ったスバル。
二人の道は分かれてしまったが、二人が相棒であったこと親友であることは、これからも変わることがない。
「二人だけなんてズルイわよ。私も仲間に入れなさい!」
「ギ、ギン姉!?」
「ギンガさん!」
長いようで短かった一年。あの予言から始まった対策部隊。その役目も終え、ADAMは今日解散となる。
本当に色々なことがあった一年だ、と三人はじゃれ合いながら、そんな過去の出来事を思い起こしていた。
訓練は勿論厳しかったが、それ以上に、ここで彼女達の得た物は大きかった。
「――本日をもって、ADAMは解散する」
ラーズの最後の言葉が告げられ、その“奇跡の部隊”は終わりを迎えた。
「お父様から離れるですよー!」
「うるせぇ! バッテンチビ!」
「チビチビ言うなです! このチビ!」
「お前だってチビだろ! やろうってのか!?」
「上等ですぅ! ここでしっかりと、お父様の従者がどっちか分からせてやるです!」
この子供のような喧嘩をしている二人。ツヴァイとアギトだ。
D.S.の二つ名の一つ『爆炎の魔術師』と言う名を耳にしたアギトは、『あたしのマスターはD.S.しかいない』と言って、時の庭園に乗り込んできたのが事の始まりだった。
しかし、D.S.にはすでにリインフォースとツヴァイと言う、二人の従者(ユニゾンデバイス)がいる。
そうして、『あたしのマスターになってくれ』と飛び込んできたアギトに対抗心を燃やし、明らかに不快感を示したのがツヴァイだった。
D.S.には自分達がいるから必要ない、と主張するツヴァイ。
しかし、アギトも引き下がる訳にはいかない。『烈火の剣精』の二つ名を持つ自分を使いこなしてくれる唯一無二の魔導師。
ずっと捜し求めていた最高のマスターを、だからと言って簡単に諦めきれるはずもない。
ゼストは親友のレジアスと和解し、再び夢に向かって自分の道を歩み始めた。
ルーテシアも友達を見つけ、温かな家族と出会い、幸せな日々を送っている。
エリオもそんなルーテシアを守る騎士になると、ネイに指導を受けながら、この春からルーテシア、キャロ、それにヴィヴィオの三人と一緒に聖王教会傘下の魔法学校に通うことが決まっていた。
そんな中、アギトだけが何も目標が定まらず、無碍な毎日を過ごしていた。
最初はゼストについていくことも考えたが、それを拒否したのは他でもないゼストだった。
恐らくはアギトのことを思っての拒絶だったのだろうが、ゼストに捨てられてはアギトに行くところなど他にない。
そして、ルーテシア達の新しい生活の邪魔をしたくない、と考えていたアギトは本当に行き場をなくしていた。
自分のマスターを探して旅に出ることも考えたが、当てもなく彷徨うには、この世界は広すぎる。
そんな時、書庫で本を読み漁っていたキャロに聞かせてもらったのが、中央メタリオン大陸に伝わる伝説の魔導師の話だった。
無限の魔力を持って傍若無人の限りを尽くし、世界を震撼させ、大陸の歴史に様々な名を残した伝説の魔導師。
『爆炎の魔術師』と言う名も、炎の魔法を得意とする、そんな彼の能力から付けられた二つ名だった。
炎の魔神すらも平伏させたと言うD.S.の話を聞いたアギトが、『あたしのマスターはD.S.しかいない』と思うのも無理はない話だ。
「止めなくていいのですか?」
「あー、ほっとけ。腹が減ったらやめるだろう」
D.S.は本当にどうでもいいと言った様子で、リインフォースの話を受け流す。
リインフォースは小さく嘆息しながらも、ここなら暴れても周囲に被害が出るようなことはないだろう、と疲れるまでやらせておく事にした。
ここ数日、毎日のように繰り返されていることなので、正直、喧嘩を仲裁するのが面倒臭かったのだ。
幸いにも、この時の庭園の外壁には、特殊な魔法防壁が使用されている。それは、ゆりかごで使われていたようなものと殆ど同じものだ。
故に、ユニゾンしなければ対した力を発揮できないアギトとツヴァイが暴れようが、建物が壊されるような心配はない。
調度品などが壊れた時は、二人仲良く片付けさせればいい、とリインフォースは話を締める。
「それがヴィヴィオのデバイスですか?」
「ん? ああ……爆弾を抱えたままの状態に変わりはねーしな」
D.S.がカチャカチャと組み立てているのは、ヴィヴィオの専用デバイスだった。
何故、D.S.がこんなことをしているかと言えば、この春からヴィヴィオが学校に通うことになっていたからだ。
その入学祝いと言う訳ではないが、万が一にも学校で、ヴィヴィオが力を暴走させないで済むように、と考えてのことだった。
「ガブリエルですか……」
リインフォースの言うように、ヴィヴィオの体内には未だガブリエルが定着している状態になっていた。
それは霊子レベルで融合しており、外部から手を加えて分離できるような状態にはなかったのだ。
ヴィヴィオがその力を完全に制御できれば、D.S.とアムラエルの関係のように、ガブリエルを現界させることも可能かも知れない。
しかしそれは、今のヴィヴィオの力では到底不可能な話だ。
レリックによって強引に引き上げられたヴィヴィオの魔力保有最大量(キャパシティ)は、D.S.に迫る程まで大きな物へと変貌を遂げていた。
とは言え、タンクばかりが大きく魔力生成量の方が追いついていない状態のため、現状のヴィヴィオは常に魔力がスカスカの状態だ。
こればかりは、ヴィヴィオの成長に合わせ、徐々に魔力生成量の方を増やして行く必要がある。それだけの物を吸収するだけの魔力器官は既に出来上がっているのだから、後はヴィヴィオの努力と成長次第だと言えた。
しかし、ヴィヴィオに幾ら魔導師としての才能があろうと、ガブリエルを現界させるのに必要な魔力値は一日二日で身に付くものではない。
結局のところ何年もの年月を費やし、力を身に付けさせて行くしかない。
D.S.とて最初から強かった訳ではない。その強さを得るために四百年以上渡る長い歳月費やしている。
ヴィヴィオが必要としているのは、そうした力だった。
だからと言って、四百年もの間、気長に様子を見守れるほど悠長な問題でもない。
このままだと、体内のガブリエルがどんなことで目覚め、力を暴走させるか分かったものではないからだ。
D.S.がデバイスを黙々と組み立てているのは、そうした事情があったからに他ならない。
これは天使のことを熟知し、アムラエルを使い魔に持つD.S.にしか出来ないことでもあった。
デバイスマスターと呼び声高いリニスでも、さすがに天使と契約を結んだ経験はない。
このデバイスに必要なのは天使の力を解析し、マスターとの間にアストラルラインを繋げる補助をするための機能だ。
謂わば、ガブリエルが腹を空かせて暴走を引き起こさないように、マスターとの間にラインを繋げることで、適度にヴィヴィオの魔力をガブリエルに食わせてやることが必要だった。
しかし、今のヴィヴィオには、それを意図して実行することが出来ない。
だから、それを補助するためのデバイスをD.S.が自作していたのだ。
「パパと呼ばれて情が移りましたか?」
「……そんなんじゃねーよ」
いつものように無愛想に返事をするD.S.だったが、リインフォースはそんな彼を見て、どこか嬉しそうだった。
結局、完成するまでの間、一睡もせず、手を動かし続けていたD.S.を、傍でリインフォースはずっと見続けていた。
それは――“最凶最悪”と恐れ続けられてきた“史上最強”の魔導師が見せた、
ほんの少しの“愛情(やさしさ)”だったのかも知れない。
カル=スは中央メタリオン大陸へと戻って来ていた。
管理世界を彷徨い続け二十年近く。久し振りの里帰りとも言える帰郷なのだが、その表情はどこか険しい。
彼が居るのは、今は亡き、ワイトス=ネイキ王国から更に北西にずっと行った所にある山脈地帯。
摂氏十度にも達する冷たい山風をその身に浴びながら、目的の場所に彼は向かっていた。
そう、そこは――
「ここも、すでに喪抜けの殻か……」
洞窟に偽装した研究施設。そこはスカリエッティの情報にあった、十賢者が隠れ住んでいたと言う研究施設の一つだ。
実はカルが訪れた施設は、これで三つ目だった。
情報にあった施設は全部で五つ。全てが中央メタリオン大陸に点在するものだったが、施設は既に喪抜けの殻。
この様子では、研究施設は全て破棄されていると思って間違いないだろう。
ここで彼等が何を研究していたのかは分からないが、あの老人達のことだ。
恐らくは常人には考えも及ばない。より最悪で、碌でもないことを考えているに違いない、とカルは考えていた。
天使や悪魔への復讐か、もしくは別の目的があるのか、どちらにせよ十賢者を捕まえてみないことには、彼等の企みを知る術はない。
「あの霊子動力炉……以前に見たものよりも、ずっと完成度の高いものになっていた」
恐らくはこちらの技術を取り入れ、更に高度な科学力を実現しようと探求しているのだろう。
あの事件も彼等にとっては、何らかのデータを取るための実験に過ぎなかったのかも知れない、とカルは考えていた。
その結果、何が起こるのかは分からないが、十賢者を放置しておく訳にはいかないことだけは確かだ。
カルには、ずっと嫌な予感があった。
それほど遠くない未来に、ミッドチルダ襲撃事件など比ではない、次元世界全ての命運を分けるような、そんな恐るべき事件が起こるのではないか、と言う最悪な予感だ。
未だカリムの予言にも、その前兆はない。
単なる思い過ごしであればいいが、それが事実だった時、取り返しのつかない事態にだけはしたくない。
そう考え、カルは僅かな手掛かりを求めて、十賢者の足取りを追い続けていた。
――ミッシング・ピース
その言葉の指し示す“真の意味”を、彼等は何一つ気付けていなかった。
……TO BE CONTINUED