「はあああああああああぁぁぁぁ」
どことも知れぬ森の中。
太陽に香りがあるなら、まさしくこの周囲に揺蕩うものだろう。
しかしそんな伸び伸びとした空気を、暗鬱なため息で吹き飛ばす者がいた。
「なあ、いいかげんにしろよな」
ヒーローがいた。
燃えるような、目にきつい原色の赤。
戦隊物の主人公格で、なにかと優遇されるレッド的なのがそこにいた。
全身タイツで、筋肉質の体にぴっちりと張り付いている。
顔も赤いマスクで覆われていて、額には簡略化された太陽のマークが光る。
目の部分には、秘密戦隊のイエローのような緑色の横一文字のバイザー(?)が当てられている。
首から胃の辺りまでは青い逆三角形が浮いており、その青を、襟のように白いラインが縁取っている。
そして胸元に、黄金に輝く太陽の紋章が輝いている。
どうやら太陽の戦士のようだ。
そして右腰のホルスターには、いかにもヒーローな銃が収められている。
スーツはまさしく皮膚そのものに見えた。一部の隙もない。
そんなヒーローが、倒れて苔むした大木に腰をどっかりと預け、指先に紫煙をくゆらせながら、地団駄をするように足を小刻みに揺らしている。
その前に、まさしく奉行と被告人の立ち位置で、正座をしている男がいた。
赤いヒーローとは別の方向で、よく目立つ長身の男だった。
脱色した、煙るような長髪。
彫りの深い顔の上半分はミラー仕様のサングラスに覆われている。
上半身は裸の上に直接黒のロングコート。
下半身には黒の革パン。
下着はさすがに履いていると思う。
傍らには布に包まれた、細長い棒のようなもの。
そんな怪しい男が、しゅんとうなだれている様はなんともなさけないものだが、
その口元から消えない笑みを見れば、反省など欠片もしていないのは瞭然だった。
「なんだっていきなり殴りかかってくんだよ。大して強くもねえクセに」
ふうぅぅーと白い煙を吐き出して、ヒーローが明らかに怒りを抑えた声で言う。
常人ならば、ビビってあたふたしながら単語にならない音を漏らすところだが、
「いやだってさ。格好いいじゃないですか、そんなあからさまにヒーローなキャラで。それでなんというか、嫉妬したというか。それで思わず」
「やかましいわっ! なにが思わずだっ!?」
魔が差しただけだという口調の男に、ヒーローがタバコを握り潰しながら叫ぶ。
しかしそれでも男はなおも弁解、というか開き直りの反論をする。
「そんなに怒んなくてもいいじゃないですか。別に被害があったわけでもないんだしさー」
「あったらいくら人間相手でも殴ってるぞ! っていうかてめえっ、さりげなく足くずして胡座かいてんじゃねえ!」
「えー。だって足しびれたんだもん」
「それぐらい我慢しろや! 状況考えろよ!」
「そんな我慢ができるなら、最初から殴りかかってなんてないよー」
「もっともらしく言ってんじゃねえ!」
「それにしてもいいなー。そのヒーロー服。ちょうだいよー」
「いきなりムチャ振りしてんじゃねーよ! てめえなんぞに誰がやるか! 引っ張るな!」
「それじゃー半分こでもいいからさー。くれよー。ていうかもらってやるよー」
「どう半分にすんだよ! 一枚続きだっつーの! だいたい話を逸らすなっ!」
すっとぼけた言動ばかりを取る男に、もはや苛立ちを隠すことも無く、自らが座る大木を殴って陥没させるヒーロー。
まさにその時、
「きゃああああぁぁぁああああぁぁぁあああぁぁぁああああぁぁああああああぁぁぁっぁぁあああっっああああああっっっ!」 肺活量を疑う女の悲鳴が響きわたった。
聞こえてきた方向、すなわち上空を見上げる。
どこかのローカルヒーローみたいな格好をしたむさそうな男と、それに引っ張られるような感じで追随する、バイクに乗った、やたら寒そうな格好の少女が飛んでいた。
けっこうなスピードで、木々の舞台裾に消えていった。
悲鳴だけが尾を引いてその場に残り、ドップラーしている。
「なんだ?」
そこまでに至る過程に想像がつかず、新たなタバコを取り出しながら疑問符を浮かべる。
「・・・・・・あ?」
そこで気付いた。
先ほどまで正座──足は崩していたが──をしていた男がいない。
耳に意識を集中して、広範囲の音を拾う。
探り当てた足音はかなりのスピードで遠ざかっていく。
「この速さ、ただの人間じゃなかったってことかよ」
一発ぐらい殴っとくんだった。
そうぼやいて、タバコに火をつけて吸う。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
しばらくそのままで。
雑草をひき抜いて手遊びをする。
輪っかにして、独り草相撲などしてみる。
少し手を伸ばして、頭上にかかっている枝から葉っぱをむしり、葉軸だけになるように少しずつちぎってみる。
ばらばらと、小規模な環境破壊をばら撒いていく。
やがてタバコが灰だけとなる。
また新しい一本をと箱を取り出すも、中には一本しかもう入っていない。
なんとなくもったいなくて、代わりに下草を茎からちぎり、ミスター悪球打ちのように口にくわえる。
「・・・・・・・・・・・・ヒマだな」
分かっていたことをわざわざ呟く。
ふりふりと口の緑を上下させる。
「よっと」
おっさんくさい声を出しながら重い腰を上げて、後ろ頭をがしがし掻きながら、
先ほどローカルヒーローと露出女が飛んでいった方へと足を向けた。