「いやー。びっくりしたなあ。まさかあんなまんまなヒーローが実在するなんて」
一方、
赤いヒーローの説教をばっくれた怪しげな兄ちゃん男は、森を抜けて、色とりどりの花が咲き乱れる草原に出ていた。
当てがあるはずも無くぶらぶらと、ただし無駄にしっかりとした足取りで、風の吹く方向に歩く。
「あー、うらやましいなあ。着てみたかったなあ。でも交渉は決裂してしまったので仕方ありません。こうなったらアリカ先生のとこに
夜中に押しかけて寝ているところを起こして自慢して、羨ましがってもらうことにしましょう!」
長柄の包みを子供のように引きずりながら、
チンピラのように花弁をつま先で蹴散らしながら、
適当に進む。
「うん?」
そこで、
視界の先に、赤いものが映った。
「うう〜ん?」
ふらふらと、街灯に群がる蛾のように不確かな足取りで近づいていく。
「ヒト? 子供かな?」
距離が縮まるにつれ、その赤いものが、赤い服を着た子供だと言うことが分かる。
いや、
赤い服というよりは、赤い頭巾のほうが正確だろうか。
白いエプロンに、バスケット。赤い靴。
ともかく、童話にある『赤ずきん』そのままの姿である。
その赤ずきんが、ひときわ花が集中し、花畑となっているその只中でうずくまっている。
その周囲には甘い香りにつられてか、蝶が飛びかっている。
その横に、薄茶色の毛並みを持つヨークシャテリアのような犬がかしこくおすわりをしている。
赤い首輪がチャームポイント。
黒い鼻に蝶がとまっているのはなんとも愛嬌だ。
タッパな黒男の位置からではそこまでしか見えない。
咲き乱れる色を避けるようにひょいひょいと、
しかしその実ちっとも避け切れていないため、靴底で花を踏みつけて、
あげくに引きずった長柄で地面をガリガリと掻き起こしながら、
傍から見ていて無用心なまでに接近し、その背後に立つ。
彼我の距離はおよそ3メートルほど。
「ちょっと聞いてよさあなあねえ。さっきそこですんごいの見ちゃったわけなんだよ。え? 何を見たって? それはおいそれと教えら
れませんっ! だって減ったら困るもん。あ、そうそう君、色紙持ってない? いやあほら、アリカ先生、けっこう現実主義者というか
修羅場くぐってるっぽいからさあ。話だけだと信じてくれそうにないんだよね。あ、カメラがあったらなおなおヤッホウッって感じなん
だけど」
予備動作なくいきなりハイテンションに、しかも前後を知らない者からしたら何一つ理解できないことを赤ずきんの背中にまくし立てる。
しかもばっくれたというのに、どの面下げてサインを貰いに行くのだろうか。
「んーとね。色紙もカメラもないけど──────」
その外見にそぐわしい、舌足らずで、とても愛らしい声。
もしかすると周囲の蝶は、この声の甘さに惹き寄せられているのかもしれない。
そう思ってしまう声音だった。
声帯にアルモニカでも組み込まれているのかもしれない。
少女が立ち上がる動作と同時に、体ごとすばやく男に振り返る。
そのあまりの速さに、靴で刈り取られた花と草が舞い散り上がる。
正面に向かい合うことで初めてわかった、金髪碧眼が緑と彩に飾られる。
そこだけを切り取れば、絵画にできそうな幻想的な光景。
しかし、
「お花はどぅお?」
赤ずきんが摘み取った即席の花束を、背の高い男の顔に放る。
男の視界が、ただでさえ鏡面仕様のサングラスで見えにくい視界が、花で埋めつくされる。
「────おっと」
男が軽い驚きの声とともに、手刀で目前の花を払う。
その先に赤ずきんの姿は既にない。
「どっかあーんっ!」
間の抜けた感がしないでもない擬音語は、背後からだった。
身を捻じって視界を回転させると共に、反射的に後ろに飛び退きかけていた体を前へ傾ける。
目に飛び込んできたのは、自身の身長より高くに、バスケットを頭上に構えて滞空する赤ずきん。
そしてバスケットの頭に空いた穴から発射された小型ミサイルの弾頭。
チュッドッオオオォォン!! 漫画チックな爆発音を上げるミサイルそのものはかわしたものの、
間近の地面に着弾したその衝撃で、男の体が吹き飛ばされる。
ごろごろと転がり、挙句に仰向けになって止まる。
受身は取ったようだが、男が起き上がろうとするよりも前に、赤ずきんが人外のスピードで間合いを詰める。
「だいじょうぶ〜?」
案ずるような内容と口調の裏腹に、いまだ倒れたままの男にとびかかり、懐から抜いたマシンガンを乱射しながら飛び掛る。
「おうりゃ!」
足で踏みつけて自由を奪い、さらにマシンガンの洗礼を浴びせる赤ずきん。
もうその赤は返り血の赤だろうとしか思えない。
ズダダダダダダダダダダダダダダダ 軽快なリズムで、重篤な弾丸を男の体に刻んでいく。
銃口から漏れる火花に照り返される顔には凶悪な笑みが、
犬歯が見えるほどの笑みが浮かび、目は性根悪くつり上がっている。
その様子を見ないように、犬は頭を抑えて、震えながら伏せをしている。
そしてやがてそのマガジンが空になると、
「────あばよ」
後方に一回転して距離を取りながら、バスケットから大きなリンゴをこぼれさせる。
その表面には不気味なドクロマーク。
ヘタの部分にはシュゥーと花火のような火種がある。
まあつまりは、リンゴ型の爆弾だった。
ズッドッオオオオオオオンッ!! 男の全身を舐め尽くすほどの爆発。
これにまきこまれれば、当然無事ではすまないだろう。
むしろ致命傷を負うほどだ。
それを言うなら先ほどのマシンガンの豪雨もそうなのだが。
ともかくこれでトドメだろう。
なんらかの方法で回避したのならともかく、男にはそのような特殊能力は無いし、
それが故に攻撃を喰らって、火炎に包まれている。
生きているはずはない。
少し離れたところで地面に伏せて、爆発の衝撃から逃れていた赤ずきんも、男が死んでいるという確信があるのか、確認もせずに、
「どっせえい! どっせえいっ! どおっせえいっ!……あれ?」
元気よく
勝鬨を上げていた。
腰を捻って拳を突き出すポーズ付きだ。
「よお〜し。この調子で他のみんなも蜂の巣にして巨万の富の願いをかなえるわよ〜!」
ぶりっ子ぶった調子で言いながら、いまだ毛を逆立たせている犬を引き連れて、
さらなるエモノを求め歩いていった。