「ちくしょうっ! なんだってんだっ!?」
たっ たっ たっ たっ たっ たっ たっ たっ たっ────
規則正しい、だが慌ただしい足音が森に反響する。
「超能力者の次は不死身かよっ!」
理不尽に対し泣き寝入りすることなく非難を浴びせているのは、二足歩行で動くクロネコだった。
「ま、まってよ〜」
クロネコに半ば引きずられるような形で連れられているのは、先ほどまで戦っていた、例の三つ目の男の子だった。
無論、第三の目は長いマフラーでふさがれているが。
あの後、
マフラーをちゃんと縛り直すときについうっかり三つ目が覗きそうになったりもしたが、この写楽という男の子は特に抵抗することもなく、言われるがままについてきている。
外そうと思えばいつでも外せるマフラーをそうせず、
あまつさえ、ずれそうになったら自分で位置を直すなどしてる辺り、この写楽にとっても第三の目はあまり使いたいものではないらしい。
「速く走れっ! 追いつかれるぞ!」
だが、それではただの足手まといだ。
戦力にならない。
第一、味方になってくれるとも限らないので数えるべきではない。
しかし今は少なくとも、敵ではない。
たっ たっ たっ たっ たっ たっ たっ たっ たっ────
二人分の足音に、二人分の荒い呼吸音が追随する。
ハアッ ハアッ ハアッ ハアッ ハアッ ハアッ ハアッ────
そして、背後から変わらずピッタリ張り付いてくる、明確な殺意。
あまりまじめに追いかける気はないのか、距離は引き離せている。
それでも、背筋を撫でる悪寒は一向に消えない。
「おいコラッ! もっと速くだ!」
「む、むりだよ〜」
構わずにスピードを上げる。
潮の香りが鼻をかすめた。
密集していた木々に終わりが見える。
「!」
そして見つけた、木々の侵入を塞ぐように居座った、巨大な岩場。
山のようになっているそこに、写楽を連れたまま駆ける。
天然の要塞となっている、外からはわかりづらい岩陰に写楽を押し込める。
「いいか、ゼッテーに出てくるんじゃねーぞ」
「え、でも」
「いいから、そこで待ってろ」
生意気にもこちらを心配しているのか、渋る写楽をさらに押し込み、言い聞かせる。
こうしている間にも、敵は近づいてきているだろう。
余裕たっぷりに歩きながら、決して走ることもなく。
「そこで見てな。あんなヤロー、ソッコーでぶっつぶしてやる」
不安げな瞳に、
サムズアップで、にやりと笑いかけながら迎撃に向かった。
「とはいったものの、手数はあんま残ってねーな」
流れ弾が飛ばないように、岩山から少し離れた場所で待ち構える。
敵が来るまではもう少しある。
その間に武器のチェックをする。
(ガトリングは弾切れ。ミサイルも弾切れ。ナパームも弾切れ。おまけに相手は吸血鬼ときた)
普段使う通常の飛び道具は軒並み SOLD OUTだ。
もちろん、
通常ではない飛び道具は残っているが。
「チッ。迷ってるヒマはねーか」
姿が見えてきた敵に対して舌打ちし、
奥の手を晒すために、腹の中に手を入れてまさぐる。
「フンッ。なんだ、追いかけっこはもういいのか?」
イヤミったらしい、癇に障る物言い。
「ケッ。言うだけ言ってろ」
濃い金髪。
それに合わせたのか、着る者を厳選しすぎる黄色い服。
先が尖りすぎているブーツ。
「どうした? 得意のうるさいだけの銃は使わないのか」
尊大な口調。
相手を挑発するような、崩した姿勢。
「なんだ、そんなにくらいたかったのかよ? それだったら遠慮なんかしねえで、全部貰っときゃよかったんだよ」
背中に隠していた、とっておきの銃口で標的の姿を飲み込ませる。
「ふん。やってみろ……
このDIOに対して!!!」
ちらりと首筋から覗く、星型の痣。
ディオ・ブランドーがそこにいた。
余裕げに、仕掛けることなく腕を組んで笑みを浮かべた目つきで見下ろしてくるディオに、クロはすぐさま引き金を曳いた。
ドドドドドド
ドドドドドドドドドドドド
ドドドドドドドドドドドドドド
ドドドドドドドドドドドドドドドド!!! デフォルメされたアサルトガンのような形状をしたクロのとっておき、レールバスターは、異常なほどの連射性能で弾幕を張る。
自身に迫り来る無数の弾丸を前に、ディオはただ スッ と腕を上げて、一番前にある弾丸を角度をつけながら指で弾いた。
それだけだ。
それだけで、弾幕は無効化された。
弾かれた一弾が、後続の弾丸にぶつかり、さらにまたその弾丸が別の弾丸にあたり、また、それによって軌道を変えた弾丸がまた別の────
そして、全ての弾丸がディオの体を避けるように抜けていく。
幕の隙間から覗く、見下すような冷笑。
だがもちろん、クロもこの程度でディオを倒せるとは思っていない。
ガトリングもこの手法で無効化されたのだ。
ガトリングよりも威力のあるレールバスターの弾丸も、当たらなくては意味がない。
わけではなかった。
当たらない弾丸に価値はないが、少なくとも無意味ではない。
弾丸がディオを避けるように過ぎているのならば、それはディオが弾丸の膜に包まれているのと同じだ。
動きを止めることができる。
「くらいやがれええぇぇ!!」
クロが雄叫びを上げながら、レールバスターの上部にセットされたマガジンを左右に展開する。
現れたのは八基のミサイル。
威力も火力も攻撃範囲も申し分ない。
ガードをしようが、身動きの取れない今ならばもろとも焼き払うことができる。
いくら不死身といえど、消し炭にしてしまえば再生はできないだろう。
死ななかったとしても、動けなくなったところを太陽の下に晒しだせばいい。
ドシュシュシュシュシュ!!! 撃ち出されたミサイルは、一発も外れることなくディオに命中した。
「おっしゃああ!!」
ぐっとガッツポーズを決めて、さらにレールバスターで爆炎の中を掃射する。
「ほう、なかなかの威力だな」
声は、後ろから聞こえてきた。
「なっ!?」
振り向き、銃口を向けるが、そこに姿はない。
「キサマには」
声はまた後ろ、
つまりは先ほど自分が向いていた方向から。
「ちいっ」
今度は振り向きざまに乱射する。
「このDIOを捉える
『時間』をも」
「ミガアアアアアアアアア!!!」
デパートを倒壊させたときのように、体全体を回転させながら、360度の範囲に激射する。
「──与えん」 気付いたときには、もうすでに『遅すぎた』。
「ハッ!」
頭上から、巨大な黒い塊が落ちてきた。
ドグシャア!!
ところどころピンク色が覗いているそれは、レールバスターを構える時間をクロに与えることもなく、一気に押しつぶした。
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄駄無駄駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄駄無駄無駄無駄アア!!!」 さらにその黒いロボットの上に乗ったディオが、墓標を打ちつけるように、強力なラッシュを連打する。
「ふん」
やがて、微かにあった抵抗もその生命の終わりを示すかのように途絶えてしまった。
「ただの畜生に、このDIOが負けるはずなどがないだろうが、ああ!!?」
もはや振り返ることもなく、残骸の墓場から去っていくディオ。
だが、その墓場に影が差した。
「………………」
しゅるりと、衣擦れの音がした。
「それで、キサマはいつまで隠れているつもりだ?」
クロネコを潰した場所から少し離れた場所で、
ディオは目の前の何もないところを睨みながら、どこへともなく呟いた。
風が吹き、木の葉が巻く。
次の瞬間には、視線の先に黒装束に身を包んだ少年が立っていた。
「ふん。上手く隠れたつもりだろうが、先ほどから匂いが漏れているぞ」
ゆらりと、ディオがその体を揺らす。
「だんまりか、いいのか? もう二度としゃべれんぞお!!
『世界』!!!」
ディオの体から、まるで抜けるように
像が飛び出した。
人型の、いかつい男の姿をしている。
だが人ではない。
三角形の形をしたマスクに、背中にはタンクのような物体、手の甲には時計の紋章が、
そして肘と膝にはハート型のパッドが。
それらを身につけているのではなく、最初からそういう姿で、そういう
像なのだ。
傍に立つ者の意から、通称「スタンド」と呼ばれている。
一人のスタンドにはそれぞれ固有の能力があり、
しかもスタンドは同じくスタンドを持つものにしか見ることができない。
ゆえに相対する黒装束の少年、影丸にはディオのスタンドを認識することができない。
「むっ!」
だがそれでも、今まで培ってきた経験のおかげか、ディオに接近される前に手裏剣を懐から抜き放つ。
「ふんっ、間抜けめえ!!」
だが当然、手裏剣はディオのスタンド、
世界に簡単に防がれる。
スタンドの見えない影丸には、手裏剣が何もないところでひとりでに跳ねて、目標から逸れていったようにしか見えない。
「なにっ!?」
しかしそこは常人離れした能力を持つ忍びたちと戦った影丸。
またも木の葉を零れさせ、迫り来るディオの攻撃から全身を隠す。
「ぬう!?」
まったくの手応えのなさにディオが声を漏らすが、その顔は依然と愉悦に歪んでいる。
逃げる獲物を追いかけて嬲るのが楽しくて仕方がないというように。
だが、
「忍者か何だか知らんが、キサマのように何の能力もないタダの人間が一番
殺しやすいぞ!!!」
わざわざ手加減してまで、相手を生かすようなことはしない。
適当に遊んだ後は、全力で殺し尽くすだけだ。
手加減と、全力を出さないというのは、意味は似ていても実態は違う。
富める者が貧しい者を自身の会社に引き入れるのと、富める者が貧しい者に金銭を投げつけるのとの、同じような違いだ。
100年前に油断を忘れたディオは、故に叫ぶ。
「『世界』!!!」 それは自分の
分身の名を呼んだのではない。
タロットの21番目のカード「世界」がその由来となっているディオの
世界、その能力を解放するためだ。
その能力は。
「時よ止まれぇええ!!!」 言葉通り、世界が停止した。
止まった時の中、この『世界』で動けるのは、ディオだけだ。
ディオが影丸の姿を探す。
さすが忍者というべきか、少し離れた、ディオからは死角となるところから手裏剣を投げようと構えている。
「ほう。だがそんなものはまったくの無駄なのだよ。無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァア!!」
懐からナイフを抜き、振りかぶって、影丸の喉元へと投げつけ────ようとしたところで、手の中にナイフがないことに気がつく。
「なにっ!?」
見れば、ナイフは足元に落ちていた。
「ど、どうしたというのだ?」
足からも力が抜け、立っていられなくなる。
「このDIOが、このDIOが地面に膝をつくだと!!!?」
己が創りあげた、己だけが動ける世界で、ディオは一歩も動けずにいた。
やがて、時が動き始める。
「はっ!?」
だがそれでも、ディオは動けないままだ。
「な、なぜだ、なぜこの俺が!!?」
「先ほどの戦いを見させてもらった」
近くから声をかけられて、ディオがはっと顔を上げる。
だがどこにも影丸の姿はない。
「お前が瞬間移動のような能力を持っていることも、不死身ということも知っている」
今度は後ろのすぐ近くから。
体が動かないため視線だけを動かして気配を探るが、やはりそこにはいない。
「だが不死身と戦うのは初めてじゃないんでな」
四方八方から同時に声が聞こえてくる。
ざわりと、ディオの周囲で先ほど影丸が溢れ出させた木の葉が渦巻き始めた。
「燃やし続けて灰にしてしまえば、生き返ることもあるまい」
木の葉は明らかにその量を増やしながら渦巻き、ついにディオを中心としたドーム状になった。
「ぬ、ぬうう……」
冷汗か脂汗か、ともかく顔面から汁を流しながらディオが脱出しようと体を動かすが、
痺れた体は小刻みに震えるだけだ。
「忍法 木の葉火輪!!」 影丸の叫びが轟くと共に、ディオを囲む木の葉に火がついた。
火は回転するごとにその勢いを増していき、その熱気が触れずともディオの体を焼いていく。
「ヌ、オオオオオオオオオオオ!!!」
ディオが
世界を出し、最後の力を使って脱出しようとする。
火輪は円筒状になっているので、確かに上に跳べば逃げられる。
己と同様に痺れ震えているスタンドといえど、元々が人間離れしたスタンドだ。
吸血鬼であるディオとその力を合わせれば、脱出は可能だろう。
ドンッ! だが、上から飛んできた日本刀によってそれは叶わなかった。
「グオオオッ!!」
飛来した日本刀はその速度と重量をもってして、ディオをその地面に縫いとめてしまった。
「くらえ!!」
そして、口から血を流すディオに、高炎の壁が襲いかかる。
「────────────────────」 断末魔は、炎の猛る音にかき消され、届くことはなかった。
火輪は数十分燃えつづけた。
もはやただの炭となってしまったディオの傍に、音もなく影丸が現れる。
忍者は音を立てない。
故に音を立てたのは影丸ではなかった。
「………………な…………なぜだ………………なぜ、この俺が」
「────! 驚いた。まだ喋れたのか」
咽の奥まで焼き尽くされてしまったはずのディオは、それでも声を発して問うた。
「最初に、匂いがすると言っただろう。だがあれは、薬の匂いだったんだ。お前と戦う前に薬が一切通用しない奴がいてな、村雨兄弟に貰った薬をすり潰して混ぜて撒いておいたんだが……それにしてもよく動いていたな」
「さ、………………最初…………から」
「そうだ」
いまだに生きも絶え絶えながらも口を動かすことのできるディオを前に、刀の回収は諦め、影丸は背中を向ける。
「死ぬことはなくてもその傷だ。丸一日以上は動けまい。この騒動が終わるまで、大人しくしているんだな」
後には、炭と化した吸血鬼だけが残された。
「こ、の…………DIOが、敗北するわけには、…………
いかんのだああああああ!!!」
十数分後。
ぼろぼろと、炭化した皮膚を剥がれ落としながらも、ディオが咆哮とともに、刀から体を引き抜きながら起き上がる。
薬は時間とともに体から抜けていったようだが、それでもそのダメージが自由を許さない。
だが、悪の帝王ゆえの苦難はまだ終わらない。
「なんだあ? ちょっと見ねえあいだにずいぶんとイメチェンしたなあ?」
ガシャリ、と。
かなり重そうな音とともに、何かが突きつけられる。
抜ける力をかき集めて、何とか顔を上げてみる。
黒く太い機械の足と、黒いガクラン。
先ほど自分が虫ケラ潰すのに使った黒いロボットの形に似ていなくもない。
だがすっかり変わってしまっているようにも思える。
より趣味が悪くなったようだ。
さらに目線を上げると、巨大な銃口が見えた。
比喩無しに、自分を飲み込んでしまいそうな大きさである。
「さあ、第二ラウンドといこうか」
三つ目と、クロネコ。
二人の悪魔が、そこにいた。