背後で、
木が倒れる音がした。
「た〜す〜け〜て〜!」
本泣きである。
そこに、
「俺が呼ぶ。わしが呼ぶ。僕が呼ぶ。悪を死滅させろとわたしを呼ぶ。エスパー戦隊参上!」
「それって呼ばれもしないのに勝手に来てでしゃばってるだけじゃあきゃああああっ──」
ゴオッッ!!
聞こえてきた口上に、とっさにつっこみを入れるも、飛来してきた何かに、思い切り吹き飛ばされた。
マンガのように、土砂とともに宙を舞い、結構な距離を空中浮遊する。
何秒ほどその状態が続いたかわからないが、ともかく頭が真っ白になっているうちに、衝撃が背中にきた。
地面との感動の再会。
あのまま星にならずにすんだようだ。
仰向けから体を起こして、うつむきながら軽く咳き込む。
背中に、落ちてきた土砂がばらばらと当たるのを感じる。
背負っていた物は衝撃でどこかにいってしまったらしい。
「ケホッ。ゲホッゲホッ」
咳き込みはいつのまにか重くなっていた。
背中を打ったのが原因だろう。
「ふっふっふっふ。ついに見つけたぞ。エスパー戦隊の新たなる一員」
涙目になりながら、むさ苦しい声が聞こえてきた方向を見る。
そこには、むさ苦しい男が腰に手を当てて胸を反らしながら立っていた。
逆光に照らされながら、脂ぎった四角い顔を満足げにてからせている。
がっしりとした体格や濃い顔を見る限り、おっさんだった。
しかし学ランを着ている。
高校生だろうか。
それにしては頭髪が白い。
染めたような色ではないので、若白髪だろうか。
ますますおっさんくさい。
そんなおっさんが、濃い顔を逆光でさらに濃くしながら自分を見下ろしている。
「ち、痴漢!?」
体を両腕で抱きながら後ろに飛びのく。
そう叫んでしまったのは無理もないことだろう。
「ちがうちがーう! 断じてわたしはチーもしないしカンもしない。ちゃんと超能力で牌の絵柄を書き換えて和了するぞ」
「イカサマじゃないの」
とっさに思い切りよくつっこんでから、
「超能力?」
むさ苦しい男が言ったうさんくさい言葉をオウム返しに聞き返す。
男はこれまた大仰に頷いて、
「うむ。そう。なにを隠そうわたしこそが機密厳守をモットーとするエスパー戦隊の一番槍、喜びのエスパーマン、
金郷地小五郎だ。同士よ」
つっこみどころが多すぎる。
眉間を抑える。
しわになってもらってはまだ困る。
「名前までむさ苦しいんですね。・・・・・・同士ってなんですか?」
男の雰囲気に遠慮する気が失せ、思ったことをそのまま口にする。
幸い、男はたいして気にすることなく質問に答えてくれた。
「そうだ。わたしのエスパーレーダーによると君こそが我らエスパー戦隊の新戦力なのだ」
「エスパーレーダーって、なんですか、またそのうさんくさいの」
「主な成分はわたしの直感とその場のノリだな」
「当てになんないにもほどがありません!?」
「なにを言う! エスパーマンにとって第六感は重要なものだぞ!」
「・・・・・・・・・・・・そりゃあ、そうかもしれませんけど」
この男──金郷地といったか──が正論を言うと、果てしない違和感がある。
それと、その場のノリは第何感とか関係ないと思う。
「さっきからエスパー戦隊エスパー戦隊って言ってますけど、いったい何人いるんですか?」
こんなのと同じようなのが何人もいたらイヤだ。
暗にそう言いつつ、正確な人数を求める。
「うむ。君を入れて三人だ」
「たった!? それって隊じゃないですよね。っていうかわたし、そんな怪しげなものに入隊した覚えはありません!」
「少数精鋭なのだ! そして、君の入隊は君がエスパーマンである限りもう決まったことだ。三人目。色でいうと、黄土色」
「ヤです! なんですかそんな気味の悪い色。せめてピンクにしてください。──じゃなくて、ごっこ遊びは他所でして下さい」
「なにを言う! 遊びなどとは失礼な。現にわたしはさっきも一人の泣き叫ぶ少女を助けてきたばかりだぞ!」
「泣き叫ぶ少女?」
「そうだ。なんか知らんが猛スピードで走りながら助けを求めていたのでな、とりあえず何かに追われてるのだろうと思って周辺を爆発させておいた」
「あれ、あなたのせいだったんですか!? まだ背中イタイんですけど!」
いまだ痛む背中をさすりながら、元凶を責める。
聞く耳はないようだったが。
詰問はあきらめて背中を庇うように立ち上がり、視線だけを動かしてバイクを探す。
すぐに土砂の中から助けを求めるようにとび出しているハンドルを見つけた。
金郷地に背中を向けないようしながら、掘り起こしてあげる。
不幸中の幸いか、たいした損傷はないようだった。
エンジンもかかるだろう。
その近くで、背負っていた物も見つける。
巨大な黒い筒。
リボルバーを限界まででかくした物のようにも見えるが、弾丸を装填する箇所はない。
それをしっかりと背負いなおす。
「それにここに来る前は、人類に対して反乱を起こしてきた植物を沈静化させたりしていた」
「植物が、ですか?」
「うむ。なんかやたらにうねうね動く触手のような蔦を伸ばしてきたり、毒々しい粉をまき散らしたり、あからさまになんでも溶かしそうな溶解液をふっかけてきたりしてきた」
「ええっ! 世界中の植物全部がですか!?」
「いや、確認したわけではないが、とりあえず日本中で起こっていたからな。きっと世界中でも起こっていただろう」
「未曾有の大惨事じゃないですか! 植物なんて程度を問わなければいくらでもありますし。そんなのどうやって解決したんです!?」
いきなりの世界規模の問題カミングアウトに興味を惹かれて問う。
金郷地は無駄にタメを作ってから、
これまた無駄に変なポーズを決めながら言う。
「とりあえず、植物には日光が必要らしいからな。太陽光が地球に届かないようにしておいた」
「死にます! それ全人類が死滅します! 人間にも必要ですよ、日光!」
衝撃の解決方法に叫ぶ。
おそらく、数々のアニメなどの作品で取り上げられ、主人公が死力を尽くして防いできた人類滅亡へのタイマーのスイッチを、あっさりと押してしまった張本人は、大役をやり終えた的な顔で自分に酔っている。
「しかもそれ、日光を必要としない植物には効果ないでしょ!」
「大丈夫だ。そんな日の当たらないところで人が死のうとたいした事件にはならん」
「あっさり見捨てるなー!」
どちらにしろ、ブリザード吹き荒れる氷河期が再来してしまっては、人間などという矮小な生き物はすぐに自然淘汰されてしまうだろうが。
「さて。そういうわけで、君も栄えあるエスパー戦隊の一員になれたことを誇りに思うといい」
「栄えません! 衰退します! 絶対に!」
歯と顔を無意味に輝かせながらしつこく勧誘してくる金郷地に、ばっさりと言い返す。
「ううむ。どうにも強情だな。しかし、君が悪と戦うことは確定事項なのだ。わたしのエスパー予知にもそう出ている」
「占いじゃないんですから。それに、人類が滅亡しそうっていうときにどんな悪がでてくるんですか」
みんな生き残るのに必至でそれどころではないだろう。
金郷地と反比例するように冷静に、胸中で論理的な──この男には屁理屈さえも通用しそうにないが──反論をする。
「いや、異世界の門が唐突に開いて、異世界の戦士たちが流れ込んでくるのだ。きっと来る。大挙として来る。総選挙のように。武器は金属バット」
「滅びかけの惑星に何しにくるんですか!?」
「では、度重なる騒音に我慢できなくなり地中より現れた地底人ではどうだ」
「交渉して一緒に住ませてもらいましょうよ。地底に。生き延びれる気がします」
半眼になって聞きながらも、とりあえず論破しておく。
金郷地は渋い顔を見せると、うなるように言ってくる。
「いかんな新人。そんなことでは地球を救えんぞ」
「滅ぼしてるのはあなたです!」
「いいか。敵に情けは無用なのだ。やるなら徹底的に。それこそ大陸ごと沈没させる覚悟で。聖書にもそう書いてある」
「聖書に!? 初耳ですよ!?」
「なにを言う! 創世記の6章-9章にちゃんと記してある! それに歴史を見れば明らかだろう! 聖書を主食として育った者たちがどういったことをしてきたか」
「宗教問題は複雑なんで、あんまりつっこまないで下さい」
話が深いところに沈んでしまう前にストップをかける。
虹の橋を渡るような会話はしたくない。
叩こうにも叩けないし。
向こう岸に行きたいなら回り道をして欲しい。
げんなりしているこちらに構わず、金郷地は無駄な笑顔でを見せる。
「そういうわけで、君も頑張るんだ。新人」
「そういうわけでの意味が分かりません」
「無論! 努力次第では聖書に載ることができるという意味だ」
「ぜったい悪魔側ですよね、それ!? そんなのますますイヤです!」
「では新人には新人らしく新人っぽい新たな名前をわたし自らつけてやろう! とってもおニューだぞ」
「いりません! 間に合ってます」
「そうだな、君は今後“勇気のエスパーマン”と名乗るがいい。ああ、それと前の名前はちゃんと不透明のゴミ袋に入れて捨てておけ。どこから洩れるかわかったものではない。我々は人知れず戦うのが使命だからな。週末の朝にテレビで活躍ぶりを紹介されるとかはもっての他だ」
「あれはフィクションです! っていうかなんですか、勇気のって。キャッチコピーですか?」
「なに、自覚がないのか!? なら説明しよう!」
「いえ、結構です」
即座に断るが、聞こえた様子は無い。
金郷地は拳を握って力説してくる。
「例えば、わたしはわたしのことを喜びのエスパーマンと呼ぶ!」
「それじゃ自称ですよね」
「そうでなければならん。機密を知った者は口を無くしてもらうことになるからな」
「いまかなり危ない発言をしましたよね!?」
「ともかく、喜びのエスパーマンとはすなわち、喜びを原動力にして戦うのだ!」
「それってさりげなく弱点さらしてません?」
気になって指摘してみる。
それでいくと、喜べなくなったらまったくの無力ということになる。
敵にその点をつかれたらどうするのだろう。
金郷地は腕組みなどをしつつ、したり顔で続ける。
「大丈夫だ。日々のストレスを発散することはまことに喜ばしいことだからな」
「いままた問題発言しませんでした!?」
「それと同じで、君は勇気をエスパーパゥワーに変換できるということだ!」
「同じなんてイヤです!」
率直な感想を述べるが、やはり聞こえていないようだ。
壁にすらある耳が、この金郷地にはないようだった。
壁以下か・・・・・・。
自分の中で金郷地の地位を結論付ける。
「むう・・・・・・?」
と、金郷地がこちらに向けていた暑苦しい顔をついっと外して、どこか明後日の方向を睨む。
そしてぼそりと、
「・・・・・・・・・・・・悪のにおいがするな」
「なんです、やぶから棒に。犬は歩いてませんよ」
疲れきって、バイクにもたれかかりながら尋ねる。
我ながら付き合いがいいと思う。
「変身! エスパーマンスッタイール!」
金郷地がいきなりポーズをとってとんちんかんなことを叫んだかと思うと、その姿が、昔はやった浮かび上がる絵のようにブレる。
見てると酔ってきそうなブレ具合だ。
あまつさえ、みょみょ〜んなどという奇妙な音も聞こえてくる。
それが収まったころには、金郷地の姿が一変していた。
むさ苦しい顔はヘルメットとバイザーで隠されており、服もなんだかゲームに出てくる四天王の2番目の人とかが着ていそうなものに変わっている。
首に巻かれた長いマフラーが風も無いのにはためいているのが気になったが、理解しようとするだけ発狂しそうなので、見なかったことにする。
そんなイタイ姿をしながら、バイザー越しでも分かるほどに瞳を輝かせて、
「さあ、君も早く変身するんだ!」
「ムリです!」
「汗腺あたりに力を入れるとうまくいくぞ!」
「アドバイスもらっても、できないものはできません! そのアドバイスもわけ分かんないですし」
かなり無茶な要求をしてくる。
当然できないので断るが、すると金郷地は顎に手を当てて、どこか納得したように、
「そうか。まだムリなのか。まあ新人だからな」
「いえ、まだとかそういう問題じゃないですから」
「それならエスパー戦隊が新規精鋭、哀しみのエスパーマンの変身セットを貸してやろう」
「いりません。変身もいりません。変身してる間を狙われたらどうするんですか」
それにしても、哀しみのエスパーマンとは。
さっきの金郷地の説明でいくと、戦うにはいちいち哀しまなければならないのだろうか。
そうだとしたら哀れすぎる。
その人も、そんな自分の境遇を哀しみながら戦っているのかもしれないが。
ますます哀れだ。
「さあ、これだ」
渡された物をろくに見もしないで受け取る。
それが間違いだった。
受け取った物を見る。
奇抜な物ではなかった。
金郷地がかぶっているのと比べれば、普遍的な物とさえ言えるだろう。
“崩れゆく世界”では見なかったものなので、懐かしささえある。
ただ、これを頭にかぶるとなると、問題が生じる。
「コンビニのビニール袋ですよね、これ・・・・・・」
様々な用途に使える物だが、多くとも頭にかぶる物ではない。
取扱説明書にもそのような記載はないはずだ。
「窒息しますよ、こんなの」
試したことはないが、よくそう言われている。
自分を実験台にするつもりはない。
「その心配はない! 事実、哀しみのエスパーマンはいつもそれを頭にかぶって戦っているが、特に苦しんでいる様子はない!」
「いつもかぶってるんですか!? コンビニ袋を!?」
訂正しよう。前言撤回。
哀しみのエスパーマン。
ただの変態らしい。
別の意味で哀れだ。
いや、憐れだ。
「そうだな。確かにキャラがかぶってしまうのはよくない」
「いえ、だれもそんな心配はしてません」
「ではこれならどうだ」
人の意見は完璧に無視して勝手に話を進める金郷地。
なにやら今度は先ほどのビニール袋に手をかざして、あやしげに指をわきわきさせている。
「エスパー物質変っ換!」
とどめとばかりに奇声を発する。
すると、ビニール袋が七色に輝き始めた。
目がちかちかする。
別にムリしてまで見ようとは思わないので、あっさりと目を逸らす。
「さあ、これをかぶるといい」
自信満満に渡された物をいやいやながらも見る。
発光現象が収まったそれはビニール袋ではなかった。
なぜかヘルメットになっていた。
等価交換という言葉を知らないのだろうか。
元の質量と明らかにつりあっていないだろう。
「なんです、これ」
「構想時間約2秒! 製作時間約3秒! かかった費用が13万5千エスパー! 人的被害が約4人!」
「人的被害でてるんですか!?」
「必要な犠牲だった。致し方ない。目をつぶろう。なに、大丈夫だ。因果関係を結びつける方法はない」
「完全犯罪宣言ですか!?」
などと言い合いつつ、ヘルメットをじっくり見てみる。
全体的に赤いそのフォルムはほっそりとしていて、顔全体を包むようになっている。
そして顔面部分は不透明なバイザーが嵌められている。
耳の部分には長方形型のそれっぽいのが付いている。
なるほど。
たしかにコンビニ袋よりははるかにマシだろう。
「でも、だからって別にかぶる理由にはなりませんよね」
諭すように言ってみる。
どちらにしろ変質者の烙印を押されることは避けられないだろう。
が、金郷地はいいかげん我慢の限界がきたのか、
「ええい! いいからそれをかぶって早く出動するぞ勇気のエスパーマン! こうしている間にも原罪にまみれた罪もない一般市民どもが悪の毒牙にかかっていく!」
「あいかわらず矛盾だらけの発言ごくろうさまですけど、ここたしか無人とぎゃああああ! あにするんですか!?」
一瞬の隙を突いて、無理やり頭にかぶせてきた。
カチリと何かがはまる音がする。
「イタっ! ってこれ外れないしっ!」
「ふっふっふっふ。安全のため、ロックがかかるようになっている。感謝するといい」
「しませんよっ!」
いろいろと大事なものをあきらめて、とりあえずヘルメットからとび出るかたちとなった左右不揃いのツインテールを手櫛で整える。
今は絶対に鏡を覗きたくない。
「はああああああー」
深々とため息。
もしかしたら哀しみのエスパーマンなる人も、こうして無理やりかぶせられているのかもしれない。
一度じっくり話してみたい。
深いところで共感できそうな気がする。
「さあ! 悪はどこだ!?」
「なんかさっきそれっぽいのいましたよ。でかくて強いの。白い鎧着てました」
目(バイザー)の上に手を当てて悪とやらを探している金郷地に、もと来た道を推測で指差しながら教えてやる。
「むう。しかしここからだと見えんな。よし飛んでいくぞ! 勇気のエスパーマン!」
「飛べません!」
「そうか、まだムリか。ならばエスパ────」
「いりません。バイクありますんで」
またもなにやら科学や常識に喧嘩を売ろうといている金郷地を止めて、バイクを示す。
「よし! ならばそれに乗るといい」
言われた通りに乗る。
もちろん逃げるためだ。
金郷地に付き合いきれないというのもあるが、あの白いのにまた遭遇するのはご免こうむりたいからだ。
途中まで適当について行って、上空から見えないところで方向転換すればいいだろう。
しかしそんな思惑は、
「エスパーッセイリングジャンップゥゥ!」
「えっ!? きゃあああああああああああああああ!?」
金郷地がはた迷惑に叫んで飛び上がると同時、追随するようにバイクも浮かび上がり始めた時点で崩れ去ってしまった。
自分を乗せたまま。
状況が分からずにただ悲鳴をあげていると、金郷地がまたもや叫ぶ。
「エスパースパァークッ!」
「いやあああああああああああああああ!」
いきなり加速した。
思考を置いていくように。
「はっはっは。さあ初陣だぞ勇気のエスパーマン!」
「やめてえええええええええええええええええええ!」
大気圏でも突破しそうな急加速の後には、ただ悲鳴だけが尾を引くようにドップラーしていた。
きらーんと、底の抜けた青空で星が無責任に光り輝いた。
「まさか、またこんな妙な空間に跳ばされてしまうとはな・・・・・・」
森の中で男が、しぼるように呟く。
「ようやく虚空の牢獄から脱出できたと思ったのにな。クッ、こんなことをしている暇はないというのに」
いや、男かどうかは、その姿からは判らなかった。
ただ、声が男性のものなので、そうと知れるだけだ。
その男は全身を赤を基調とした体に張り付くようなスーツで被い、その上から所々に防護服のような白銀のパーツを当てている。
白いパーツは主に胴体部分に当てられているのだが、模様を描くように切れ込みが入っていたりして、左右非対称になっている。
二の腕までを被うグローブとはぎまであるブーツも、中央にクロスが刻まれたベルトも白銀色だ。
そして、最も特徴的なのがその顔だ。
鉄仮面をかぶっている。
仮面は上半分が赤色で、下は銀色のクラッシャーが光る。
昆虫の複眼のような目は首に巻かれたマフラーと同じく緑色で、その目を上下から支えるように、黒い溝が2本側頭部まで伸びている。
頭頂部にも同じような溝が2本あり、そこからは触覚のようなアンテナが立っている。
そして膝と肘にプロテクターのような、大きくクロスが描かれたものが付いている。
「JUDOやツクヨミの仕業ではないようだが・・・・・・。まさか本当に、あのネコの言っていたとおりなのか・・・・・・・・・・・・?」
ふざけた、自分には理解できないことばかりだった。
だからなのかもしれない。
有り得ないことでも、もしかしたらという考えが鎌首をもたげてくる。
「だとしたら、願いがかなうというのも、そうなのか・・・・・・?」
鉄仮面でその表情はわからないが、その声はなにかを渇望しているかのようだった。
胸の前で、拳を握りしめる。
正確に言うなら、その手に掴みたいのは願いの成就ではなく、希望そのものだ。
BADANによって蹂躙された世界。
死んだ者は数多く、いまだ確認できてていない者も多い。
生き残った者は絶望から、暴力に荒れるか、死を選ぶか、バダンシンドロームによって心をなくすか、あるいはその全部かだ。
敵勢力は甚大で、その勢いはとどまるどころか増すばかりだ。
仲間のライダーは傷つき、倒れ、ついには死者まででてしまった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
この戦いに勝利することで、傷つき泣く人たちを救うことができるなら────。
想いが胸を占める。
これは降って湧いた幸運なのか。
あるいは、
悪魔の契約書なのだろうか。
疑問はある。
「それでも────」
直前に見た、スーパー1、沖和也が戦う姿。
彼だけではない。
みんな戦っている。
日本中で。
血を流しながらも。
「それを終わらせることができるなら」
拳をよりいっそう強くしめる。
骨の軋む音がした。
そして、
ドッオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!
「なっ、なんだ!?」
突然の爆音に驚嘆の声を上げる。
「誰かが、戦っているのか・・・・・・?」
続けて聞こえてくる、森の奥からの音に、推測する。
行くべきか避けるべきか。
その前に、
「────っ。誰だ!?」
腹に響くような音に反応したのは自分だけではなかった。
微かだったが、その瞬間に周囲の気配が乱れた。
姿の見えないもう一人に呼びかける。
返事はない、が。
「そこかっ!」
全方位を木々と茂みに囲まれた緑の中、男は一方に向き直り、
「十字手裏剣!」
肘についているプロテクターのような物を取り外し、クロスの延長上に刃を展開、目の前の木に向かって投げつける。
ギュゥオンッ!
手から放たれた手裏剣は、流動する大気を分断し、吸い込まれるように木の表皮に触れ、
そのまま大根のように切り裂く。
ズッズズウウウウウウウン・・・・・・
それだけでなく、凄まじい回転によっていっこうに浮力の落ちない手裏剣は、直線上にある他の木も切り倒していく。
そして、
「な、なんて奴だ」
下敷きにならないように、おそらく木の上にいたのだろう者がとびだしてくる。
陽の光に照らし出されたのは、黒装束に頭まで身を隠した男だった。
しかし、声や体格からしてまだ少年といってもいい年頃だろう。
背中に日本刀らしい刀を負っている。
その姿はまさに、
「忍者・・・・・・か?」
足元は足袋に草履と、時代劇や漫画などに出てくる忍者そのものであった。
黒装束の少年は、顔を強張らせ、目を鋭くさせる。
「こちらも驚いたぞ。西洋では全身に鋼鉄を纏って闘いに赴くと聞くが、おまえがそうなのか?」
「・・・・・・・・・・・・いや、俺は日本人だ」
少年のあまりな前時代的すぎる言葉に、しばらく沈黙してから鉄仮面の男が否定する。
「では、どこの者だ? よもや一般人ではあるまい、気配を完全に絶っていたというのに居所を見破るのだからな」
「いや、それは・・・・・・・・・・・・」
居場所を特定できたのは改造された肉体による、卓抜した五感のためなのだが、おそらく生まれた時代が違いすぎる少年に説明するのは難しいように思われた。
「甲賀の忍びか? もしや姫宮村のものなのか?」
甲賀。
滋賀県にある市の一つだが、少年が言っているのはそういうことではないだろう。
甲賀忍者。
有名な名称だ。
「俺は、」
自分がなにを言っても理解できないであろう少年に、言葉を選ぶ。
「俺は、ゼクロス。仮面ライダーゼクロスだ!」
結局出てきたのは自分のもう一つの名前。
案の定、少年は顔を訝しげにゆがめる。
「かめんらいだー、ぜくろす? 是苦蘆守? 聞いたことがないな・・・・・・・・・・・・。まさか、あの珍妙な猫が言っていた異世界というのは本当のことなのか?」
「どうも、そうらしいな」
混乱するばかりの少年に対して言葉少なに、諦めるように肯定する。
「ともかく、名乗られたからにはこちらも返さなければならないな。影丸。伊賀の影丸と申す」
「伊賀・・・・・・か」
伊賀忍者。
甲賀忍者と同じくよく取り上げられる代表的な忍び。
「忍者って、本当にいたんだな・・・・・・」
ぼそりと、若干の喜びを交えてつぶやく。
男のロマンというやつかもしれない。
「ともかく、半蔵さまから空間に穴があく現象の原因を探るよう命を受けているのだ。ここがその本元らしいな。・・・・・・おもえもここの一味なのか?」
半蔵。
もしやかの有名な服部半蔵だろうか。
くわしく聞いてみたいという気持ちもあるが、そうもいかない。
なぜなら、
「そうじゃない。だが、戦う理由はある」
「例の願いがかなうというやつか」
「そうだ。俺には、やらなければならないことがあるからな」
「くっ!」
ばっと後ろに飛び退いて、構える影丸。
忍者ライダーの異名を持つゼクロスと、伊賀忍者影丸との戦いが始まろうとしていた。
とはいえ、
影丸は所詮ただの人間。
改造人間の運動能力には遠く及ばない。
改造人間、ゼクロスは影丸にすばやく駆け込むと、手刀をくりだす。
「おおっ!」
危なげながら、なんとか体をひねってかわす影丸。
ただの人間でも、さすが忍者といったところだろう。
しかし続けて連続で放たれる手刀に、徐々に体勢を崩す。
「むむっ」
ついに影丸が大きく体を揺らしてしまう。
「はあっ!」
それを見逃さず、 ゼクロスが手刀を握り、パンチを振るう。
岩をも砕く必殺のパンチだ。
しかし、
「なにっ!?」
声を上げたのはゼクロスだった。
影丸の黒装束から、当然葉っぱがこぼれ出たかと思うと、舞い上がり、大量の木の葉が視界を埋め尽くしてしまう。
パンチは木の葉を切り裂いただけだった。
手ごたえはない。
そして、その開いた空間から、何枚もの手裏剣が飛んでくるのが見えた。
「伊賀十字打ちだ!」
同時に何枚もの手裏剣を、避けにくいように縦と横の軌道で投げる高度な技。
ただ、影丸には誤算があった。
「は、はじかれた!?」
それは避けるまでもなく、手裏剣など鋼鉄の体には刺さるはずもない。
後ろに大きく跳びながら投げたらしい手裏剣は、すべて地面に落ちてしまった。
「それならっ!」
今度は影丸がゼクロスに向かって走る。
しかし、そのまま突撃することはなく、ゼクロスの周りを駆ける。
そうしてぐるぐると回り続けていると、影丸の姿が幾重にも重なって見えてくる。
やがてその何人もの影丸は収束し、四人の影丸がゼクロスを囲む。
「分身の術、か。なら!」
ブウウウウウウウウウウン────
ゼクロスのベルトのクロスが淡く光る。
すると、ゼクロスの周囲に、三人の新たなゼクロスの姿が投影される。
「ああっ!」
驚きの声を上げる四人の影丸に向かって、四人のゼクロスがそれぞれ別の影丸に走る。
「うわっ!」
たまらず、影丸は一人に戻って、向かってきた一人のゼクロスの蹴りを飛び上がってかわす。
風の唸りが聞こえたところから、どうやらこのゼクロスが本体らしい。
見やると、他の三人のゼクロスはすでに、それこそ幻のように消えていた。
「分身の術で、別々の方向に動けるなんて・・・・・・・・・・・・」
影丸が己の目を信じることができないといったふうに目を丸くする。
「それだけか」
再び離れた距離を、こんどはゆっくりと縮めながら短くゼクロスが問う。
「むむむむ・・・・・・」
じりじりと、詰められる分だけ同じく下がりながら、影丸が呻く。
影丸がどんな武器を持っていようとも、鉄でできた凶器は鋼に傷をつけることはできない。
残った手段は、
「ならこれならどうだっ!」
影丸が腕を大きく振り上げる。
すると、先ほどとは比べ物にもならないほどの木の葉が渦巻いて、ゼクロスに襲いかかる。
しかし、別に木の葉自体に攻撃力はない。
あったとしても利きはしないだろうが。
「・・・・・・・・・・・・?」
意味が判らず、思わず立ち止まってしまうゼクロス。
木の葉にまとわりつかれながらも、平然としているゼクロスに、まとも影丸が苦虫をかみつぶしたような顔をする。
「こ、これも平気なのか!? うう、村雨兄弟みたいなやつだな・・・・・・」
どうやら影丸の切り札のようだ。
よく見ると、木の葉が自然ではありえない色になっている。
薬でも染み込ませてあるのだろうか。
ともかく、全身の99パーセントを機械化したゼクロスに人間用の薬品は通用しない。
ゼクロスは動揺している影丸に走りこみ、もう一度パンチを放つ。
が、
「────っ!?」
再びの木の葉。
影丸の姿を隠すように渦巻く。
かまわず振り抜くが、またも手ごたえはない。
「逃げたか・・・・・・」
ぶつける先のなくなった拳を下ろし、周辺を見渡す。
額にある第三の目が、木を渡って逃げる影丸の姿を捉えた。
しかし、仮にも忍者が逃げに徹すれば、補足するのは難しいだろう。
事実、ゼクロスも最初は影丸が潜んでいることにまったく気付かなかったのだから。
こうして、異色の忍者対決はゼクロスに軍配が上がることとなった。
当然といえば当然だが。
時代が違いすぎる。
未来なげない。