「みぎゃああああああああああああ!」
「ちょこまか逃げるなっ!」
太い樹が乱立し、背の高い茂った下草で視界を遮られ、迷路のようになっている森の中。
ミステリーサークルでも作るかのように、下草を掻き分け駆ける二つの影があった。
燦々とした陽の光に照らされた先頭は一匹のクロネコであった。
ところどころ白色が混じっているところを見ると、雑種だろう。
冷汗をだらだらかきながら、四本の足で必至に迫る者から逃げている。
その背後、
クロネコを追いかける者は幼児体形の少年であった。
幼稚園児にも間違われそうであるが、腕を通さずマントのように羽織った黒い学ランがそれを否定している。
そしてなにより、その少年が普通の人間ではないことを如実に顕しているものがあった。
頭髪が一本もないその額に、
おできのような“目玉”があった。
眉毛の下にもちゃんと両眼がある。
それとは別に、第三の目。
作り物ではない。
証拠に、はしっこく逃げるクロネコを明らかに睨みつけている。
その三つ目の手には、持ち手の部分に古代文字のようなものが刻まれた、赤い槍のような物体、
すなわち、コンドルが握られている。
「この
写楽保介からいつまでも逃げられると思うなっ!」
いつまでも終わらない追いかけっこに怒りが達したのか、三つ目──写楽──が恫喝するように言い、走りながら、赤いコンドルの先をクロネコに向ける。
「くらええっ!」
コンドルの先から、赤い熱線が発射された。
クロネコがまたも避けたため狙いは外れたが、地面に当たったそれは爆発を起こす。
「にゃあああああああ!」
衝撃に吹き飛ばされながらも、すぐに体勢を立て直し、逃走を再開するクロネコ。
「待てえっ!」
走りながら、次々と熱線を連射するが、すんでのところで避けられる。
やがて、走りながら撃っていたため、じわじわと両者の距離が開きだす。
もともと四本足と二本足ではハンデがある。
加えて、写楽は幼児体形なため足が短い。
幼稚園児の列に紛れ込まれたら区別がつかないほどだ。
「くそっ!」
悪態を一つ吐き捨て、コンドルを撃つのを止めて走ることに専念する。
短いながらも足の回転が速いのか、やがてクロネコの背中に追いついてくる。
再びコンドルで狙い撃とうと構える。
「なっ!?」
その瞬間、動作の繋目の無防備になる間を狙ったとしか思えないタイミングで、
クロネコの尻尾が爆発した。
ボンッッ! 「くうっ!」
いや、爆発したわけではない。
尻尾から小型のミサイルが発射されたのだ。
かろうじてコンドルで防ぐも、爆煙と衝撃に足を止められ、目をふさがれる。
「もらったああああ!」
もうもうと漂う灰の混じった煙を引き裂いて、クロネコが巨大な剣を両手に構えて突撃をしてくるのが、狭まった視界の中かすかにて映った。
「くそっ!」
「ちいっ!」
コンドルを両手で構え、なんとか鍔迫り合いの状態にする。
しかし、二本足で立っているというのにクロネコの
膂力は強く、
「せいっ!」
コンドルを弾き飛ばされてしまう。
クルクルと回転しながら、存外遠くまで飛んだコンドルは、そのまま草と樹に埋もれて見えなくなってしまった。
「おわりだあっ!」
大きく剣を振りかぶり、クロネコが写楽を両断せんと踏み込む。
が、
「なめるなっ!」
写楽の額の第三の目が光ったかと思うと、原因不明の力で吹き飛ばされてしまう。
「チ、チエコみたいなヤツだな・・・・・・」
剣を杖代わりにして立ち上がりながら、クロネコがこぼす。
「だが、それなら容赦しねえぞ! 生身だろうとカンケーなしだっ!」
クロネコのお腹がカパリと開く。
そこに手をつっこんで、しばらくごそごそまさぐっていたかと思うと、空き缶大の大きさの物を取り出した。
あきらかに腹の中に収まるサイズではないが、それを言い出すと、人の身の丈ほどもある巨大な剣はどこから取り出したのかということになるため、気にしてはいけない。
取り出した物は迷彩服にあいそうな緑色で、筒状の本体の先に五つの砲身がついている。
つまりはガトリングガンである。
それを剣を握っていない左手にはめ、
「くらえっ!」
ルルルルル ルルルルル
バルル ルルルル ルルルルル ルルルル ルルルルル
ルルルル ルル ルルルル ルルルルル ルルル ルルルルルル──!!
ルルル ルルルル 撃ちまくる。
火を噴かせまくる。
乱射された弾丸は、それでも狙い違わず写楽へと直進していく。
「んがっ!?」
しかし、弾丸は回転の余韻を残しながら、全て写楽の手前で止まってしまう。
まるで見えない壁でもあるかのようだ。
額にある第三の目が見開かれている。
「返すぜ・・・・・・いけっ!」
「みゃあああああああああああ!」
さらに、写楽が腕を振るうと、止まっていた弾丸がクロネコめがけて発射された。
でたらめな軌道で飛んでくるそれをカンでなんとかかわす。
やがて、発射された弾丸が尽きる。
「よっしゃあ!」
樹の後ろに隠れていたクロネコはチャンスとばかりに、ガトリングは封印して再び突撃する。
しかし、無手である写楽は余裕ありげに、なにも持っていない手を頭上に掲げる。
そして唱える。
「アブトル・ダムラル・オムニス・ノムニス・ベル・エス・ホリマク われとともに来たり、われとともに滅ぶべし!」
怪しげな呪文に招かれるように赤い光が空に浮かんだ。
重力を無視しているとしか思えない動きで、ぎゅーんと進路上の樹を切断しながら飛んできたそれは、写楽の掲げられた手の中に収まった。
光が薄まる。
飛んできたのは、どこかへ吹き飛んだはずの赤いコンドルだった。
「それはヒキョーだろ!?」
すぐさま方向転換して、樹の後ろにまた隠れようとするクロネコ。
しかし、背筋にイヤな悪寒を覚えて、横に跳び退く。
すると一瞬前までクロネコがいた場所を熱線が通過していった。
クロネコに当たらなかった熱線は、代わりにクロネコが隠れようとしていた樹が犠牲となる。
どろり。と熱線が命中した部分を中心として溶け出す。
「にょああああああああ!?」
目を限界まで見開き、舌を飛び出させてオーバーなほど驚くクロネコ。
「おらおらおらっ!」
「くっそおおおおおおおお!」
ろくな狙いもつけず、いたぶる気満々で熱線を乱射する。
そのたびに、茂った草が燃え上がり、樹は白く溶けて、地面は爆発する。
「ハアッハアッハアッハアッ────」
なんとか森のさらに奥に逃げ込み一息つくクロネコだが、走るのに邪魔だった大剣やガトリングガンは手放し、爆発をかいくぐったせいで煤まみれになっている。
「そういやーオイラ、けっきょくチエコの超能力は攻略してねえんだったな」
母親根性丸出しの髪なびく炎のエスパーを目蓋に投影する。
あのときは体の調子が悪かったのもあって、有効打はなにひとつ打てていないのだった。
それ以降も、しょっちゅういざこざっていたものの、ほとんどじゃれあいみたいなものだった。
あの写楽とかいう三つ目のように、本気の殺し合いはしていない。
そもそもチエコはまだ小学生なのだ。
「超能力者ってもはどこの世界でも厄介なんだな」
額の汗をぬぐいながら、遠い目をして呟く。
「それにしても異世界かよ。なんか前にもこんなことあったよな」
バカロボットカップルが焚き火にくべたミサイルのせいで巻き込まれた騒動を思い出す。
「あのときもろくな目にあわなかったな。詳しくはコミックスの第五巻の異世界サバイバル編を参照だ」
ちゃっかり宣伝もすますクロネコ。
「とりあえず。なんか武器を探さねーとな」
ごそごそと。
またもお腹を開けてその中で手を動かす。
そんなに腕をつっこめるスペースがどこにあるのかなんて疑問は抱いたら負けである。
「くっそー。なんにもないなー」
そもそも、近づくことも遠距離からの銃撃も利かない相手に有効な武器など存在しないのかもしれなかったが。
「あの三つ目さえ封じれたら、熱線のほうはなんとかなるんだけどなー」
おそらく写楽の力の核である三つ目を脳裏に浮かべながら武器を探す。
そうしている間にも、写楽が撒き散らす破壊の音が近づいてくる。
「ん? これは・・・・・・・・・・・・」
やがて、藁にもすがりたい手が何かを掴んだ。
「ははっ。いいじゃねえか」
探り当てたそれを見つめる目元は凶悪に吊り上がり、口元は不敵に歪んでいた。
「ちっ。すこし暴れすぎたか」
いつから存在しているのか見当がつかない立派な森は、たったの数分ですっかり荒れ果てていた。
飴状に溶けて固まった地面を踏み割り、くすぶる炎をコンドルで払いながら写楽が進む。
「どこに逃げやがったあのクロネコ」
第三の目を光らせながら毒づく。
笑みの浮かんだその顔は、勝利を確信した表情である。
「それにしてもあの包帯ネコ。たしか勝った者には願いを成就させてやるとか言っていたな」
妙な空間でしゃべくり倒していたネコを考える。
「あんなもの、三つ目族の伝承でも聞いたことはないが、まあでも最近は和登さんや犬持のヤローが五月蝿いからな。ここは一つ、三つ目族復興のために協力してもらおうか」
恋人と父親代わりの人間の顔を思い出しながら、はき捨てるように言う。
と、
「むっ!?」
前方の樹の裏側から、黒い尻尾がはみ出ているを見つけた。
「ふんっ。力尽きたか」
愉悦に口唇を曲げる。
静かにコンドルの先を向け、
ジャッ!
樹ごと一気に熱線で溶かしてやる。
「ふっふふふはははははははははははは!」
跡形もなく消えた敵に、もはや聞こえないであろう哄笑を浴びせる。
「さあて、この調子で全員ぶっ殺して────」
「そうはいくかよっ!」
背後から聞こえてきたクロネコの声に驚愕するよりも速く、
「げっ!?」
視界が遮られた。
額の三つ目ごと。
「ったく。さっさと来いよな。炎の中でずっと待つのはつらいんだからよ」
「ば、ばかな。ならさっきの樹の後ろのは・・・・・・・・・・・・?」
三つ目が封じられたことで、徐々に弱まる力をつなぎとめようとしながら、憎憎しげに聞く。
「あれは着ぐるみだよ。オイラはサイボーグだからな」
ぎりぎりと、必死の形相で指を挟まれないように手にしたそれを絞めながら、自身のメタリックボディーを示す。
見えはしないだろうが。
「く、くそっ。こんなことで」
「さっさとあきらめな!」
クロネコが頭の後ろでそれを括ってしまうのと同時、写楽の意識は遠のいてしまった。
「ふうー。手間かけさせやがって」
視界をふさがれ、ぐったりと倒れた写楽を見下ろしながら、クロネコはため息をついた。
「やっぱり三つ目が力の源だったんだな」
とはいえ、いきなり倒れるとは予想していなかったが。
しかし別に首を絞めたわけではないので大丈夫だろう。
「それにしても、あいつに押し付けられたこれが、まさかこんな局面で役立つとはな」
写楽の頭に巻きついたそれを見る。
それはマフラーだった。
一見ただの長い布だが、編んだ本人がマフラーと言い張っているのでそうなのだろう。
料理も洗濯も掃除もできないお手伝いロボット、ナナの唯一のお株を奪ってしまうのも酷だろう。
「こんど、アイツとどっか出かけてやるとするか」
めんどくさげに、それでいてどこか嬉しそうにこぼすクロネコ。
「う、ううん・・・・・・・・・・・・」
そのとき、横たわっていた写楽が呻き声を発した。
どうやら目を覚ましたようである。
「!」
油断なく、ファインティングポーズなどとりながら視線を当てる。
「ここ、どこお? まっくらだよお?」
が、聞こえてきた声は声質こそ同じなものの、先ほどまでの高慢な色はひそめ、その背格好に似合った、まるで幼稚園児が話しているようだった。
「はあ?」
わけが分からず、開いた口を閉じるのも忘れて、その幼稚園児の動向を見守る。
「なにも見えないよお。くらいよお。こわいよお」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
暗いも見えないもなにも、視界を遮るものに気付かないのだろうか?
いつそのマフラーを取ろうとするかひやひやしながら動きを目で追っているのだが、そのような気配もなく、ただもぞもぞと上体を起こして、前の空間に手を這わせるだけだ。
その動作も、いらいらするほどノロイ。
「こわいよお。和登さァーん。どこおー。和登さァーん」
しまいにはビービーと泣く始末である。
「はああー。なんなんだコイツは?」
正直、手におえない。
子守りは得意ではないのだ。
あのバカロボップルの五匹の凶悪ベイビーなど特に問題外だ。
泣き叫ぶ幼稚園児を前、にどうしたもんかと、耳をほじりながら考えるクロネコであった。