「ふぅ。いいお湯だったわ」
『あそこから風呂に入るたぁ、おめぇさんも大概に大物だな』
4時32分。昼の激戦の疲れと汚れをシャワーにて一掃した私は、現在自室にて正体不明の変な奴と会話している。
ちなみに部屋には私一人。頭がおかしくなったわけではない。たぶん。
「それよりもあんた何?」
『「何」ったぁ少々失礼だな。せめて、「誰」あたりにしてくれや』
頭の中から聞こえてくる。正直言って、本当に訳が分からない。頭が痛い。少々下品なこも声は、生意気にも自分を人呼ばわりしてほしいらしい。
「しかたないわね。・・・・・・んじゃ、あんた誰? 何者?」
声に問いかける。頭の中にいるせいか、何故だか天井を見つめてしまう。
『俺か? んー、名前というものは持ってねぇな。だがこうして話すのは初めてじゃないぜ』
やはり軽い感じに話しかけてくる声に、私は眉を顰めた。
「はぁ? 何いってんのよ。私はあんたみたいな奴知らないわよ」
抗議の声を、とりあえずは天井へと投げつける。
『そりゃないぜ。・・・・・・あー、まぁ気を失ってたからなお前さん』
「気を?」
なんだかいやな予感がしてきた。心当たりが、ありすぎるほどにある気がする。
『昼ごろか。お前さんが人間には珍しい元気さでダイブ決め込んでたときだ』
そして決定的な一言を声は口にした。
(ぎゃはっは!!おもしろい!!お前に決めたぞ、我が王よ!!)
「あぁーーーーー!!!!」
記憶の欠片が、どんどんと修復される。空へと飛んだあのとき、そういえば確かに変な声を聞いた。
『思い出したか』
「あんた、あんときの変な声!?」
ひとつ思い出すと次々と思い出されてきた。そう、確かに私は地面に叩きつける前にこいつと会話をしている。たしか――、
「たしか、助けてやるとかどうとか。んで、そう。私の身体がふわっと浮いて・・・・・・」
そう。感覚的にも覚えている。私の身体が、なんだか風に包まれていくようなあの感じ。
『おぉ、だいたい思い出したみたいだな。んじゃ、助けてやるときになんて言ったか覚えているか?』
ちょっと、ちょっと待て。記憶がどんどんと、頭の中から再生されてくる。そうだ、こいつは初めに、助けてほしいかと聞いてきて、
(よし! ならお前は今から俺の王になってもらう!!)
・・・・・・とかとんでもないことを口にしてた気がする。そんで、あろうことか私は―――、
(うん。いいよ)とか普通に返事してしまって―――。
『よし思い出したな。これにて契約完了だ』
「って、だからちょっと待てぇい! なんだ契約って―――」
ごふぁあ!!!!
「って! なになになにぃ!?」
部屋の中を、いきなり暴風が駆け巡る。小規模な台風のようなそれは、瞬く間に部屋の中を蹂躙していく。しかも、その中心はどうやら私みたいなようで。
「部屋がぁ!!」
机やら教科書やら、宿題のプリントやらが宙を舞う。これらは別にどうでもいい。
「限定アルバムがぁ!!」
大好きなバンドのライブで買った限定品が、思い切り壁にぶち当たる。ぱり〜ん。
「止めて! はやく止めなさいこれ!」
『あ〜?止めたかったらお前が止めればいいだろうが』
生意気な声が、明らかに馬鹿にした声で言ってくる。
「はぁ!? できるわけないでしょうが! これあんたの仕業なんでしょ!?」
『できなきゃおかしい。お前は俺のなんだ?』
さらに意味不明なことを言ってくる。そもそもこんなアンノーウン生物?の特別になった覚えはない。・・・・・・ないのだが。
「って、窓がぁ!! あーもう!! わかったわよ!! 王にでもなんでもなんでもなったげるから!!」
すぅと息を吸い込む。あー、また壁に穴があいた!
「たくっ! いいかげんに、とまりなさ〜い!!!!!!!!」
とまりなさ〜い、さ〜いさ〜い・・・・・。
「・・・・・・止まった?」
『ナイスだ。心配する必要はなかったようだな』
あれほど荒れ狂っていた暴風は、もはやその爪跡のみを残して完全に消え去っていた。しかし、その爪あとこそが甚大なわけで。
「心配ってなによ。それよりあんたこれどうしてくれんのよ? てかどうなってんの?」
わけが分からない。もう一回言ってもいい。わけが分からない。
『すまなかったな。一応、適性を試させてもらった』
先ほどからとは違った、少し真剣味を帯びた声。
その変化に少し戸惑って、天井を見つめる。声はさらに真摯に、しかしどこか、そうどこか楽しそうに呟いた。
『ここに契約は完了した。貴殿を我が王として迎え、己は貴殿に神の新生を授けることを約束しよう』
なぜか、顔は見えないが理解する。彼は心の底から笑っていると。
「あんた、ほんとに何者なの?」
見えない声に問いただす。そして声は、今度こそ心底楽しそうにこう言った。
『なぁに。これからよろしくってこった、相棒』
そう。これが彼と交わした最初の会話。そして、私の奇妙な日々の始まりだった・・・・・・。