頬を撫ぜる風が、心地よく後ろに流れていく。私は少しさび付いたママチャリのハンドルを握り締め、ペダルをこいでいた。
「ってことは、私以外にもこんな厄介ごとを背負い込んでる人たちがいるってわけね?」
朝早く、人気の少ない通学路。それでも疎らにいる、通勤や通学をしている人の波を突っ切りながら、私は独り言を呟いていた。いや、そう見えていた。
『厄介ごとってのは、ちょっとひどすぎねぇか?』
傍から見れば、少し危ない女子高生。しかし、私はなにも誰もいないところに声を出しているわけではない。まぁ事実、私の周りには誰もいないわけで。ただ、その代わりといってはなんだが、私の頭の中には厄介な奴が住み着いていた。
『そもそも人の話ちゃんと聞いてたか? 考えようによっちゃ、お前はものすごい幸運なんだぞ?』
頭の中を、下品な声がまくし立ててくる。私の中に住みついている変な奴。私が勝手に風丸と名づけたそいつは、昨晩私の部屋をめちゃくちゃにしてくれたあげく、それ以上にめちゃくちゃなことを言ってきた。
「にわかに信じれるわけないでしょ。そもそも本当だとしても、気にするだけ無駄じゃない。私はいつも通りに過ごすわよ」
そう、まずはこの風丸が……私の新しい相棒が語った、ともすれば世迷言もいいことの大惨事から話さねばなるまい。
『神様って知ってるか?』
頭の中のそいつは、突然突拍子もないことを聞いてきた。
「神様? それってあの、キリストとか仏さまとかのこと?」
言ってることはさっぱりだったが、まぁ私の部屋をめちゃくちゃにしてくれたツケはいつかどこかで払ってもらうことにして。この悪い奴ではないらしい、新しい相棒の問いかけに答えてやることにした。
『いや。あぁいう人間が作った偶像的なもんじゃない。そもそも生き物かすら分からない、もっと概念的なもんだ』
声は多少真面目に答えてくれる。話して気づいたことだが、こいつ普段の飄々とした態度は実は演技なんじゃなかろうか。
『んーや、演技じゃねぇよ。どっちもほんとの俺ってだけだ』
「――っ!? あんた人の心読めんの!?」
突然心の中を言い当てられた驚きに、思わず聞いてしまう。
『ぎゃははっ! 人のってよりかはお前のだな。なんせ、俺はもうお前の体の一部みたいなもんだ。考えてることくらいは分かるさ』
「……そうなの?」
さも当然のように言ってくる相棒に聞き返す。さすがにそれは乙女のピンチだ。
『まぁ、お前が嫌ってんなら制限かけるが。それでも感情の起伏くらいは伝わるぞ。それに、同調率も下がるからあまりやりたくはないだがなぁ』
真剣に話を聞く。こいつとは切れない縁になりそうだ。が、せめてプライバシーくらいは守らなければ。
「なら、お互い伝えようとしてることだけ伝わらないの? ちょうど電話、というか普通の会話みたいに」
これが乙女にとって、最大の妥協案だ。それでも常に男(たぶんそうだろう)が居座ってるだけでも大変だ。年頃の乙女の心は、それはもう色々と大変なのだから。
『まぁ、かまわねぇが。だが、状況が状況なときは元に戻すぞ』
「うんうん。OK!OK!」
どんな状況だろうと思ったりもしたが、とりあえずは私の最低限のプライバシーは護られたらしい。
『……よしと。あぁ、これでも別に声を出す必要はないからな。頭の中で話しかけてくれるだけでいい』
私のほうは、別段変わったところはない。どうやらすぐに終わったようだ。それにしても、なんとも使い勝手のいい関係である。
「まぁ、喋っても伝わるんでしょ? こっちのほうがしっくりくるわ」
『……かまわんが、俺の声はお前以外には聞こえねぇぞ。人前でそれをすると、お前はただの変な奴になるから気をつけろよ』
結構大事なことを、さらりと言ってくれる。てかこいつ、テストのカンニングとかに使えないかな。
『話を戻すぞ。まぁこの世界にはな、お前ら人間の考えてるのとはちょっと違った神様がいる』
「あんたたちのこと?」
なんとなく、そう思ったので聞いてみる。だって、こいつが普通の存在には思えない。風とか操ってたし。
『ぎゃっはっは! ……俺が神様か! そりゃぁいい!!』
しかし、どうやら違ったようで、腹があったら捩れているように笑われる。
「な、なによ。……風の神様かなんかかと思ってたのに」
なんか気恥ずかしくなって、少し拗ねる。
『ん? それはどちらかというと、お前のほうだろう?』
んで、またまた重大そうなことをさらっと言いやがった。
「はぁ!? 私が!? なんで!?」
『んー、まぁとりあえずは聞けや。後でおいおい分かるから』
そう言って、勝手に話を進めていってしまう。ちょっと待てや。
『んで、その神様。この方は、……そうだな。世界そのものといったほうが分かりやすいか』
「……ぜんぜん分かんないけど、とにかく凄そうな感じは理解できた」
『上出来だ。それで、その方がぶっちゃけ今にも死にそうでな』
と、かなりとんでもないことを言う。
「そ、それって結構大変なんじゃないの!?」
『あぁ、大変だな。これ以上はないくらいに大変だ』
しかし笑ってそう言われるとどう答えていいか分からない。
『まぁでも、大丈夫よ。次の神様を創ればいいってことだ』
「……そんな簡単にできるもんなの?」
もっともな感想を口にする。そもそも神様が創れるんなら、そんなに大変なことでもない。
『ん? いや、少し語弊があったな。創るってよりかは、決めるに近いな』
「つまり、新しく神様になれるだけの人を探してるの?」
『ビンゴだ。そのとおり。ってことで、お前が選ばれた』
ふ〜ん。…………ん?
「って! あたし!!!!?」
『おうよ。一目見たときに、お前しかいないって思ったぜ』
しみじみと言う。そんな、一目ぼれみたいに言われても照れるのだが。
「って! そうじゃなくて! 私神様になるの!?」
そう、ここが大事。ってか、いきなりそんなこと言われても困る。女子高生には少し、荷が重すぎやしませんか。
『まぁ焦るな。候補の一人ってだけだ、まだな。だが安心しろ。言っただろう? 俺が必ず、お前を神にしてやる』
ともすれば、愛の告白に近い台詞を受けて困ってしまう。だけど、候補生?
『そうだ。正式には、100人の人間だ』
「それってつまり、私みたいな人があと百人いるってこと?」
『……99人だがな。まぁ、そういうことだ』
そして、世界の一大イベントについて話し出した。長くなりそうだが、頑張って聞いておいたほうがいいのだろうなぁ。
『まず、次の神になれるのは人間だということが結論付けられた。これは絶対で、どうこう言えるもんじゃない。んで、一番いい方法は人間全員を最後の一人になるまで戦わすことなんだが、これは現実的じゃない。そもそもお前らには、寿命もあるしな。んで、俺らみたいな奴らが自分たちの『王』と認めれる奴を100人選んで、そいつらの中から決めることにしたってわけだ』
「つ、つまり、私たちが人間代表ってこと?」
『そういうわけだな』
なんてことだ。軽く助けてもらったつもりが、どうやらすごい見返りが必要だったようだ。しかし、気になることがある。
「なんで闘わなくちゃいけないの? 痛いのやだ」
ここだ。そもそも、人間なんて戦いに向いていない。話し合いで決めれるならそっちのほうがいい。
『何を言っている? そもそも生き延びるということは、戦うことだろう。その点、まぁたしかに人間は非力だが、種族という強さにおいては適うものなどいない。ぶっちゃけ、どこの世界に国ひとつ破壊できる生物がいる? お前たちの持つ知能ってやつは、他の動物の爪や牙と同じだ』
声のトーンを低めに言われる。そう言われると、たしかに私たち人間は最強だ。まぁ、私は核爆弾とかを発射できるわけではないのだが。
『しかし、個体が非力ってのはほんとだ。だから俺たちが力を貸して武器になるってわけだ』
先ほどの暴風を思い出す。なるほど、あれなら戦闘能力といわれようと差し支えないだろう。
「だいたい、……分かった。でも、結局あんたたちはいったい何なの? やっぱり、風の神様とか精霊とかとしか思えないんだけど」
そう。これでは、その説明になっていない。しかし、声はあっさりととんでもないことを口にする。
『あー、そりゃあれだ。俺は風そのものだ』
…………は?
『まぁ、多少違うがな。詳しくはいずれ分かる』
「風そのものって。……あんたって、実は凄い奴?」
声は、凄いだろうというようにぎゃっはっはと笑った。
「まぁ、それはどうでもいいや。それより、さっきからあんたの名前ないとめんどいんだけど」
どうでもいいやのあたりで、まじかよ!って聞こえてきたが無視する。
「そもそも、風そのものなら名前なんてないでしょ? あんた風丸ね」
声は、少しぽかんとしたようで、堪えられないとばかりに笑い出した。
『ぎゃっはっは!! 存在より名前を気にするたぁ、さすがだぜ!! やっぱお前で正解だった!! だがまぁ、もっとかっこいいのはないのか?』
「うるさいわね。私の相棒は、風丸と昔から決まってんのよ」
「と、そんなわけで今にいたると」
『誰に喋ってんだ?』
風丸の言葉を無視して、学校の駐輪場に自転車を止める。まぁ、なにやら大変なことに巻き込まれたらしいが、この広い世界でたった100人。すぐにでもひと悶着あるわけではないだろう。
「とりあえずは、普段通りでかまわないでしょ」
そう。神様候補だかなんだか知らないが、私はただの女子高生なのだ。青春は一日たりとも無駄にはできない。
そうして、普段通りに靴箱へと足を運び、親友の待つ教室へと歩いていった。
しかし、私はとあることわざを思い知らされることになる。
世間は狭い
あれ? これって、ことわざじゃなかったっけ?