……どうも、四条芯也(しじょう・しんや)です。
只今ピンチの真っ最中です。
危険を押して入ったパーティ、箱庭の支配者、ここの人たちが特別悪いわけじゃない。
いやまあ、見捨てられたという意味では悪いけど、契約の範囲内だ。
というか、何があったかというと俺達はあれから何度か戦闘になり、それを潜り抜けた。
一応ゴブリン3、コポルド2が俺の戦果、そして最後にオークと対峙することになった。
そのさい、いろいろあって崖から足を踏み外すことになってしまった……。
高さはそれほどでもなかったので、何とか生きてはいたものの、体の各所が打ち身のダメージで痛む。
そしてよじ登るのはきつい高さでもあったし、上との傾斜はハングした状態になっており上からも手出ししにくい形だった。
何より、ロープ等持っていなかった事も災いした、今度冒険することがあったなら必須の装備だな……。
まあ箱庭の支配者のメンバーは持っているんだろうけど、そこまでして怪我人を運ぶ気はないらしい。
箱庭の支配者のメンバーも鬼という訳じゃない、遭難を報告してくれるとは言っていたが、
冒険が終ってからなら助けが来るのは2日は後になるだろう。
幸いというか、落ちたのが谷川の近くでもあるし、水には事欠かない、携帯食料も3日分は持ってきていた。
何とか2日くらいなら持つだろうと計算は出来る、問題はモンスターがここにやってこないかどうかだ。
「……」
「ん?」
問題は俺の事をにらみつけていらっしゃる亜人の女の子のほうだった……。
彼女の名前はまだ聞いていない、身長は140cmほどと低く、見た目は中学生程度。
ただ、尖った耳とポニーテール状にしたライトグリーンの髪が人間ではない事を物語っている。
「何か言いたい事があるのか?」
「なんで……助けたのよ?」
そう、俺はオークの持つ斧に両断されそうになっていた彼女の横に飛び込み、そのままごろごろ転がって谷に落ちた。
予定外もいいところで、助けたというには恥ずかしすぎるため口に出したくはなかったのだが。
一応、最後は俺が下になっていたため、地面への接地は俺になり、俺は見事に全身打撲。
とはいえ、彼女だってなかなかの打撲ップリである。
つまり、助けようとして失敗しましたの図、格好悪いことこの上ない。
「これでも、女の子は助けるものだって両親に教わってきたからな」
まあ、目算もあった、妖怪手の目こと魔王ラドヴェイドのおかげでスタミナは底上げされている。
多少の怪我なら普通の人より早く治る自信があった、それに今回は念のため薬草も多めに持ってきている。
かなりの重傷でなければ自力で復活できると考えていたのだ。
実際、この世界の薬草には驚かされた、もっともラドヴェイドからの又聞きにすぎないが。
なんでも、この世界の薬草は造血作用、新陳代謝の活性化、免疫力の強化という3つの作用があり、
かすり傷程度なら1時間もすれば内側の肉が盛り上がってくるし、
普通なら手術が必要になるレベルでも傷をふさぐ程度ならできるらしい。
打ち身ねんざも新陳代謝の活性化のおかげで治りはかなり速くなるとか。
病気にも免疫力の強化があるため多少ではあるが効果があるらしい。
ただ、心臓の負担が大きいため多用は禁物だし、内臓に疾患を持つ者は使わないほうがいいそうだ。
それだけに、偽物を販売する者も後を絶たないらしいが。
「薬草、お前も食べておけ、まずいが効果は保証する」
「フッ、フン!!」
そっぽを向き、口では文句を言いたそうにしているが、薬草はしっかり受け取っていた。
俺はそれを確認してから薪を集めに行く。
食料を料理するにもいいし、ラドヴェイドによると下等なモンスターは炎を怖がるらしいので、
つけっぱなしにしていれば一応はモンスターよけになる。
もちろん、普通に動物よけも必要だ、この森なら危険な動物もそこそこいそうではある。
モンスターとの違いは今一不明だが。
「これくらいでいいかな……、しかし、最初の冒険の結果がこれか……」
『まあ魔力は少しだが手に入った、スタミナのサポートも少しは上昇している』
「ホント、スタミナばっかりだな……まあ、なにもなくちゃ俺はこの世界で生きていけないだろうし、それなりに助かってはいるが」
『ふふん、大いに感謝するといい』
「そもそもお前がここに呼ばなきゃ俺はこんな苦労することなかったんだよ」
『それはそれこれはこれだ、これから生きていくには我は必須であるぞ』
「う”……痛いところ突きやがって……」
だが、ゴブリンらを屠るのも少しづつ慣れてきた、少なくとも反吐が出ない程度には。
殺すというタブーを犯す事は今でも罪悪感がある、人殺しそのものではないため何とかなっているが、アレが動物とも思えない。
モンスターは敵で殺さねば殺されるとはいえ、自分からその殺されるべき場に飛び込んできているのだ、矛盾も甚だしい。
ここまでして、俺は元の世界に帰りたいのかと疑問に思う。
こう言っては何だが、今までは楽しかった。
スタミナが切れないので、どんな訓練もちょっと休めば筋肉痛になるまで頑張れる。
また、今の俺は筋肉などの成長もそれなりに促せるようにラドヴェイドがサポートしてくれているようだった。
本人曰く、”サポートなしでもある程度強くなければこの世界では渡っていけないだろう”との事。
今までは全力で自己鍛錬などした事がなかったが、今ならどこまでも強くなれる気がした。
だから、楽しくて今まで冒険を引きのばし、目を合わせてこなかった。
だが、冒険はモンスターを殺さないと成り立たない、絶対ではないが、かなりの率でそうなる。
もちろん、防衛戦をするなら人を守る以上仕方ない。
しかし、こうしてモンスターの居場所に押し入って殺すというのは、強盗殺人と変わらないのではないか。
そんな思いがどこかであるのも事実だった。
考え事をしているうちにも薪は集まり、抱えきれそうになくなったので一度持って帰る事にする。
がが、その場で俺は動きを止めた、そう、素晴らしい光景が広がっていたからだ。
その川は女神が舞い降りる川だったらしい……。
水を跳ねて輝くそれは……。
………まるで真珠のような肌とエメラルドのような光沢の髪、瞳は緋色の輝きを放っていた。
俺は思わず持ってきた薪を取りおとす。
「え?」
「きゃっ、キャーーーーーーーーーーーッ!!!!!????」
数限りない罵声とともに、俺の顔はボッコボコにされましたとさ……。
いや、本当に痛いっての……(泣)
たがいに落ち着きを取り戻すまで5分ほど時間を必要とした。
いやまー、眼福だったけど、やっぱり中学生くらいの体にあの貧乳じゃ……。
いや、なんでもありません、ありませんよ!!
「この変態が」
「不可抗力だっつーの! っていうか、いきなり入ってるんじゃねぇよ」
「ほう、それが地か」
「まあな、一応目上の人間にはそれなりに敬意を持って話せって両親にも言われてたしな」
「随分と両親の事を大事にしてるんだな?」
「別に……、教訓には従う事にしてるだけだ」
「一応言っておくぞ、私はお前より年上だ」
「ん?」
「この耳を見ればわかるだろう?」
「んー、ホビットかノームかハーフエルフってとこか?」
「ハーフエルフだ! ノーム共のようにずんぐりしてないし、ホビットみたいに足デカじゃないだろう!」
ノームもホビットも俺は一度も出会ってないから何とも言えないところではある。
しかし、ハーフエルフとなると確かに少しややこしいのかもしれない。
往々にしてハーフエルフというのは愛し合って生まれる者より戦争などの際、エルフを人間が犯して産ませるものが多い。
まああくまでゲームや物語の知識だが、この世界でも町中にエルフがほとんどいなかった事を考えれば予想はつく。
そしてハーフエルフは人間の子供と比べ成長が遅く、耳がとがっており、人にない美貌を持つ事が多い。
そのせいで悪目立ちしてしまうため、人の世界では村八分にされやすく、エルフの世界では野蛮な人の子という事で差別される。
つまり、行き場がない者が多いのだ。それだけに性格も荒みやすい。
まあ、あくまでこの世界も物語などと同じとすればだが。
「ハーフエルフね、始めてみるな」
「フンッ、兎に角目上の者には敬語を使うんだろう?」
「ううむ、でも見た目中学生に敬語は……」
「チュウガクセイ?」
「いや、まあとにかく、幾つなんだ?」
「女に年齢を聞くな!!!」
「ならせめて名前を教えてくれ、数日一緒にいるしかないんだ、不便だろう?」
「ティアミス……ティアミス・アルディミアだ」
「へぇなんか甘そうな名前だな」
「言うに事欠いて甘いだと!?」
「んーでもま、可愛くていいんじゃ?」
「だから年上だと言っているだろうが!!!」
名前を聞いてチョコレートケーキを思い出した、なぜだろう?
そういった名前のがあったような気もするが、上手く思い出せん……。
どっちにしろ、亜人中学生改め、ティアミス・アルディミアは俺に対しいろいろ注文を付けた。
たき火はどこでしたほうがいいだの、完全に火が通らないと迂闊に水を飲んで腹を下したらだめだの、現地調達の料理を覚えておかないとだめだの。
レンジャーの知識と思しき事が多い、彼女の職業は盗賊かと思っていたが案外そっちかもしれない。
「それにしても本当に何にも知らないいのね」
「まあ、いろいろあってそういう知識が全くつかないところで育ったものでね」
「ふーん、いいところのボンボンだってこと?」
「爵位とかもらえるほどの家でもなくてね、三男坊ってことで追い出されたけどね」
とりあえずそういう事にしておく、そうしないと俺のいろいろな事情を話さないといけなくなるし。
そこまで彼女を信用するにはまだ情報も足りない、勇者達に助けられたころとは事情も違う。
「それにしても、アンタ、剣士としても下の中くらいなのに、足運びも、警戒の仕方も、キャンプの作り方まで全部下の下じゃない」
「うっ、だから……」
「まあいいわ、これからどうせ数日は一緒にいなくちゃいけないんだし、助けられた以上その分くらいは教えてあげるわ」
「……助かる」
ここは滝の下になっていて両側を崖に挟まれている、その上200mほど下ると今度は下に向けて落ちる滝がある。
つまりは、脱出するのは非常に難しい、ロッククライミングする気でもない限り、地道に抜け穴でもないか探すか、また助けが来るまで待つしかない。
そして、先ほど言ったようにオーバーハングした崖の形がかなりハイレベルなロッククライマーでない限り上に行けない仕様であることを物語る。
ましてや、俺とティアミスのように打撲を体中に負っている状態では無理だ、まあ痛いながらも動く事は動くのだが。
激しい動きをするとズキズキして暫くうずくまるしかなくなる。
それに上からの距離は途中からの角度の緩急もあるため30m近い、救助用の長いロープでもない限り無理がある。
そんな状況であるため、逆に安心できる事もある、モンスターが近づきにくいという点だ。
少なくとも陸上モンスターではここに入り込むのは難しい。
問題は空を飛ぶモンスターだが、大型のものは入ったら出てくるのが難しいためほとんどモンスターの真空状態を作り出している。
まあ、それでも小型のモンスター等は入り込む事もあるだろうから、気を緩めるわけにはいかないのだが。
「日が暮れてきたわね」
「そうだな、そう言えばちょっと聞きたいんだが」
「何?」
「いや、森の中を歩きにくそうにしていたから、ハーフエルフなら森は……」
「私は苦手、このクエストに参加したのは報酬が良かったから、それだけよ」
「森が苦手か……」
「おかしい? 私はエルフじゃないもの」
「いや、別に。エルフだって森の中で育ったわけじゃないならそういう事もあるだろうし」
「だから」
「分かってるさ。ハーフエルフだって言うんだろ」
「そうよ、ってそれよりも。そろそろ寝たほうがいいわね」
「そうだな……だけど、2人して寝るわけにもいかないだろう」
「ええ、だからアンタが先に寝なさい」
「ティアミス……」
「せめてさんをつけなさい。年上なんだから」
「わかりました、ティアミスさん」
「なんだか馬鹿にされてる気がするわ」
「どうすりゃいいんだよ……」
「なんでもいいからさっさと寝て、きっちり起きて交代なさい」
「ヘイヘイ」
そうやって日は暮れ、翌日の朝を迎えた。
俺は夕方から寝て、深夜、恐らく2時くらいから起きて焚き火の番と周辺の警戒をしていた。
幸いにして、少しくぼんだ場所があったのでそこを寝床にしていた事もあり空中からもモンスターは近寄ってこなかった。
一日たった事で互いにそこそこ回復していた俺達は、もう少し詳しく周辺を探ってみることにした。
もし、上に登る足場や、上につながる洞窟でもあればとちょっと期待しているのも事実だ。
実際、谷の岩肌はでこぼこが多く、足場にできそうなところもいくつかある。
そうやって細々チェックしていくと、本当に洞窟の入口があった。
「滝の裏側の洞窟なんて本当にあったんだな……」
「何を感慨にふけってるの、それよりランタンとか持ってる?」
「一応、落下の衝撃でかなり破損してるけどな」
「うーん、これならまだ油もあるからなんとかなるでしょ」
そういうとティアミスは太めの枝を持ってきて、布にランタンの油をしみこませて、紐で縛る。
あっという間に臨時のたいまつをでっちあげてしまった。
「あまり長持ちはしないだろうから、もし洞窟が長かったら諦めましょ。明日には救助が来るかもしれないのだし」
「そうだな、しかし、どんなところに繋がってるんだろうな……」
「それを今から調べるんでしょう?」
「その通りです」
ティアミスは俺より先にたいまつを持って進んでいく。
理由は彼女が俺より素早い事と、俺より器用である事、そして敵を察知する能力が彼女のほうが上であることだ。
そもそも俺は気配を読むなんてすごい事は出来ないしな。
洞窟内はそこそこの広さを持った通路がまっすぐ続いていた。
見た目は鍾乳洞だが、あまりにもまっすぐで、どうにも人為的な匂いのする洞窟ではある。
少し進むと、先に大きな空間があるのが分かった、しかし、俺が歩きだそうとするとティアミスが俺を止めた。
「(静かに……)」
「え?」
「(この先、どうもオーク達のアジトみたいね)」
言われて俺も覗き込むように中を見る、すると、確かにオーク達が酒盛りをしているところだったようだ。
ひいふうみい、その数10体、俺と彼女の戦闘力ではどうにもできない数だった。
奇襲で一体倒せても、その後は恐らく袋叩きにされるだけだろう。
「(これはどうしようもないな、戻ろう)」
「(そうね……)」
そう言って、俺達はそーっと戻ろうとした。
しかし、俺には運がなかったらしい、そーっとした動きだったにもかかわらず、小石を蹴り飛ばしてしまった。
コロコロという感じの小さな音なんだが、鍾乳洞内だったため、かなり響いた。
「(馬鹿! 逃げるわよ!!)」
「(すまん!)」
仕方なく走りだす俺達、出入り口が滝の裏だという事もあり、少なくとも逃げ切れれば一対一以上の戦闘にはならないという目算もあったし、
上手くすれば出入り口を何かで塞ぐ事が出来るかもしれないと考えてもいた。
だがそれは甘かったようだ、俺達が鍾乳洞の出口までやってきた時出入り口が音を立てて閉まった。
よく見れば、出入り口は水を入れないために、開閉式になっているようだった。
単純な方式で鎖で岩を釣り上げているだけの扉、だがそれだけに、閉まればまた鎖を巻きあげるしか扉を開ける手段はない。
そして、吊り下げている鎖の巻き上げ機はオーク達の部屋にあった。
つまり俺達は、袋のねずみと化してしまったという事だ。
「すまない……俺のせいで……」
「本当にね、生きて帰ったら相応に罰を受けてもらうわよ」
「ああ……」
生きて帰れればという言葉を飲み込む。
今俺達は本当に命の危機に遭遇しているのだという実感がわいてくる。
10体のオークが洞窟内をドスドスと走ってくるのは絶望の響きがあった。
背筋を悪寒が走り抜ける、俺は思わず武器を取り落としそうになった、膝が笑って足が震えているのが分かる。
今から本当に死ぬのだと思うと叫んで逃げ出したいと考えて閉まっていた。
「アンタ、悪い事は言わないわ。帰ったら冒険者はやめなさい」
「なっ……なんでだ……?」
「冒険者っていうのはね、その名の通り自ら危険を冒す者の事を云うのよ。
危険の中でどうすれば生き残れるか常に考えないといけない。
今のアンタはビビってもう動けないんでしょう?」
「……」
反論できなかった、死というものが本当に身近になって初めて俺はこんなことが出来る人間ではないと痛烈に思っている。
小学校から高校までの間に、一度もまともに武道をかじった事はない、その後フリーターになったのも大学に行くほど勉強してなかったからだ。
やりたい事、人生の夢、俺はまだなにも真剣にやった事はなかったんだ。
だから自信がない、経験がない、俺は今まで一体何がしたくて生きてきたんだろう、そう思う。
走馬灯のようにぐるぐると思考とともに過去がまざまざと思い出される。
それらの全てで、俺はどこか冷めて一歩引いた目で、めんどくさがって何もしてこなかった。
そんな自分が、今までの俺の全てが、無意味なものだとようやく気付いた……。
それは、ティアミスの蔑んだ目だったのかもしれないし、オーク達が迫ってくる姿だったかもしれない。
ただ、俺は自分の中で何か切れた事だけを感じていた。
まだ、足は震え膝は笑っている、背筋だって悪寒が走りっぱなしだ、だけど……俺はショートソードを抜き放つ。
そして、足に突き刺した、もちろん全力でという訳ではないが、思い切りだった事は事実だ。
ドクドクと流れる血が、そして、怪我の痛みが俺を現実に連れ戻す。
「ティアミスさん……、この洞窟は狭い、俺のショートソードや、ティアミスさんのダガーなら大丈夫だけど、、
オーク達はあんな感じでドカドカ近づいてきてるし、斧や槍が多い、つまり一度に相手をするのは一人か二人だ」
「アンタ……動けるの?」
「大丈夫、痛みで目が覚めた」
「無茶するわね」
「冒険者は自ら危険を冒すものだろ?」
「全く……馬鹿ね、それで?」
「ああ、問題になるのはあの後衛のオークのクロスボウだけど」
「それは私が何とかする、その間一人で止められる?」
「止められなきゃ死ぬからね、必死で頑張るさ」
実際、俺が7人も8人も足止めできる自信はない。
だけど、死にたくなければ死に物狂いで動くしかない、そうしないと俺は何もできないまま終わってしまう。
俺は今痛烈に死にたくないと思っていた。
「オラオラ!! 死にたい奴からかかってこい!!」
もちろんハッタリだし、単純に自分を鼓舞するためのものだ。
目の前のオークに対し、俺が出来る事は振りかぶっている斧を避けるか盾で受けて反撃するしかない。
もっともこの盾は木の板を組み合わせた樽のフタのようなものにすぎない。
一発受ければ破壊される可能性が高かった、それだけに迂闊に受ける事も出来ない。
だが幸い、オークというのはパワーはあっても動きは遅い種族なので、斧を回避すれば、振り抜いた後の隙に反撃が出来た。
最も逆に攻撃を加えてもショートソードのリーチでは致命傷は難しい。
だからまず、振り抜いたその腕を切り落とす。
切り落とされて動揺しているオークの体にショートソードを突き刺すが、まずい事に鎧で覆われていない場所では致命傷にならないらしい。
そのまま俺は体当たりで吹き飛ばされた。
「グッ!?」
扉の部分にぶつかってどうにか止まる、しかし、やはりパワーは侮れない。
今ので背骨にヒビくらい入っていてもおかしくないほどの衝撃を受けた。
そして、俺が体勢を立て直す間に、相手も前衛が入れ替わる、その間にティアミスはもう反対側に抜けていた。
そして、ボウガンを持っている2体を襲撃すると、2人の指を切り飛ばす、確かにそれだけでもうボウガンは使えなくなっている事だろう。
「アンタもさっさと抜けてきなさい!」
「ああ!」
全滅とかは俺達には難しい、オークは体力が高いし、一撃の威力が高い、隙をついてどうにかできる事とそうでない事がある。
丁度後ろのオークが指をやられた悲鳴と、後ろに回り込んだティアミスの姿に敵が混乱している隙をつき、俺も走り始める。
とはいえ、ティアミスほどのスピードもなければ体格もそれなりに大きい俺は途中で見つかってしまう。
そして、我に返ったオーク達の攻撃にさらされることとなった。
ティアミスも援護してくれてはいるが、相手が巨体のオークばかりであるため、なかなか決定的なものは難しい。
俺自身奴らの隙間を抜けていくのは無理かもしれない、とはいえ途中まで来てしまったため、前後を挟まれているのが現状だ。
ともあれ、俺は既に、打ち身が何とか回復したばかりの上、自分でつけた膝の傷に、
体当たりをくらった時の体へのきしみ等も含めかなりのダメージを負った状態にある。
今ですら体中がズキズキ痛いのだ、これ以上くらえば、まともな動きが取れなくなる可能性もあった。
だが、オーク達を抜けなければ結局俺は死ぬしかない、なら何としてでも抜けるしかないだろう。
「負けるかァッーー!!!」
半ばヤケクソでオークそのものをかけのぼる、掴みかかろうとする手等にショートソードを突き、怪我をさせて一時的にひるませる。
オークは、あまりに無茶苦茶な俺の行動に面食らっていたが、
それも数秒、一体目目の肩を蹴って次に行くころには盾を構えて近づけないようにしていた。
動きを止めれば切られて終わる、俺はそれを見た瞬間、壁のほうに駆けだす、オーク達は斧を俺の行く方向へと向け振りかぶった、
しかし、振りかぶった脇を反転した俺が駆け抜ける2体目、後2体抜ければ反対側に出られる。
残る二体はティアミスのほうを向いている、俺はその背中をまた駆け上がり、肩を蹴り飛ばしながら最後の相手の上に着地する。
しかし、蹴り飛ばしたオークは体勢を崩していなかった、
そのまま一番後ろにいるボーガンを掴めないように指を切り飛ばされたオークごと俺に切りつけた。
「ぐはぁッ!??!」
「ギョォォォォォッ!!!!???」
俺は肩からざっくりといきかけたがそのまま前転気味に落ちたので完全に喰らわずには済んだ。
それでもかなりの出血で肩から背中にかけて凄まじい熱さを感じている。
痛いというよりは熱い、そういう状況だ、そして、その斧はそのまま味方であるはずの俺達に一番近いオークの肩にめり込んだ。
今が逃げるチャンスであるはずなのだが、俺は動けない……ビビってとかの理由もあったのかもしれないが、血を失いすぎて力が入らないのが原因だ。
どうにか中腰くらいまでは立ち上がれたものの下半身の感覚がほとんどない。
その事に気づくと、肩に上着を巻きつけているティアミスが目に入った。
「分かってるわね、こんなところで止まれない。急ぐわよ」
「ああ……」
ふらつく足でどうにか立ち上がったものの俺は自力で歩けるような状態じゃなかった。
痛みと失血によるだるさで足を動かしているかどうかもわからない、その事に気付いたティアミスは俺に肩をかしてくれる。
正直ここまでしてもらえるとは不思議でもあった、あの時、一人だけ反対側に出たとき、俺をオトリにして逃げる事もできたはずだった。
それでもここまでしてくれるのはよほど義理堅いのだなと思う。
だが、それでは逃げられないことが明白だった。
「先に……逃げてくれ」
「馬鹿な事を言わないの、私に借りを返させないつもり?」
「お前も死ぬぞ」
「死ぬつもりはないわ、私はやらなくちゃいけない事があるもの」
「……なら」
「あんまり格好つけるんじゃないわよ、さっきまでブルってたくせに」
「……」
そうは言っても、今のままでは俺達は助からない、俺が助かる方法があるならそうするが、ティアミスが助かる方法はあっても俺のはない。
ならば、一人だけでも助かるのがいいと、半ばあきらめた思想で思っていた。
すると。
「諦めるな!! 諦めるなシジョウ・シンヤ!! さっきアンタ諦めない事にしたんじゃないの!?」
「……そうだったな、ああ」
「なら、さっさと二人とも助かる方法を考えなさい!」
「分かった、頑張ってみる」
ティアミスの肩を借りてずるずる引きずられるように歩いていたんだが、
オークは自分で殺した味方を蹴り飛ばして撤去すると、またこちらに向かってやってこようとしている。
俺達はもうすぐオーク達がいた広間に出ようとしていた。
だが、俺達は甘かったらしい、広間には11体目、つまりさっき見たときはいなかったオークが残っていた。
ティアミスは俺をそっとおろし、身構える。
後続さえなければそれでも対抗できたかもしれない。
しかし、にらみ合っている間に俺達を追いかけて来ていたオーク達が戻ってきた。
「くそッ、八方ふさがりね……」
『やはり、限界か……』
俺の右手でラドフェイドが目を開く、俺は思わずティアミスが見ていないか確認するが、彼女は俺を庇うように前に立ちふさがっている。
『これだけは使いたくなかったのだがな、一つだけ助かる方法があるぞ』
「何!?」
『右手を、我の目を敵に向けよ』
「……ッ」
ラドヴェイドの事を完全に信用したわけじゃない、しかし、このままでは死んでしまう可能性が高いのも事実。
俺は前に出て俺を庇ってくれているティアミスを引き倒し、俺の後ろに追いやる。
そして、言われた通りラドヴェイドの宿る右手を突き出した。
すると、俺の右手から、いや正確には掌の目から炎の矢が大量に飛び出した。
ぱっと見ても30以上の矢がオーク達を貫き、そのまま燃え上がった。
それは、先ほどまでのピンチがまるで嘘のようだった……勇者達ほどではないものの、桁違い、そう言って差し支えないだろう。
「こんなの出来るなら……」
『これで我が魔力は空だ。暫く眠る事とする、スタミナサポートも無理となったのでそのつもりでいてくれ。
早く魔力を集めて我を眠りから起こしてくれよ…………』
「な!?」
つまりは、今までゴブリンで集めた魔力どころか、最初から持っていた魔力まで放出してしまったらしい。
使いたがらないわけだ……、まあ、それでも死ななくて良かったが……。
しかし、ティアミスにはまずいところを見られてしまったかもしれない、
それに、スタミナサポートがなくなれば俺の体力は半分以下……これからの事を考えると頭が痛かった。