フィリナ・アースティアという名の冒険者の知名度は高い、冒険者としての知名度はともかく、勇者のパーティとしての知名度がある。
本来冒険者協会と直接のかかわりを持たないソール教団においても、その声望は無視できるものではなかった。
そのため、20歳にして司教という異例の出世と、聖女という二つ名を公式に認める旨を公表している。
そう、一般信徒にとり、フィリナ司教はまさに聖女といっていい存在であった。
もう一人の聖女が現れるまでは……。
そう、彼女らが魔王と戦っていた頃、聖地アウルテスラに降臨したという。
その聖女は空から舞い降りた翼ある乙女だという話だった。
その翼は全てを包み込み、その歌は全てを癒すという。
実際歌っている最中、何千もの精霊を出現させたとか、光を見たとか、傷がいえたとか言う人が続出しているとか。
そして、その聖女が現れてわずか2カ月ほどの間に知名度は覆ってしまった。
フィリナはそうした事は気にしないタイプであったため焦るような事はなかったが、
枢機会はそうではなかった、元々孤児であった彼女は、協会に引きとられ手伝っているうちに助祭見習い、助祭と階級をあげ司祭になった時、
王子に頼まれ冒険者となり、結果を出したことで大司祭へと階級をあげた。
年内に司教になるのは確実、数年で枢機卿になり、十数年で初の女性法王となるだろうと皆に思われていた。
だが、枢機会に名を連ねているものの半ば以上は世襲であり、新参の枢機卿、ましてや法王等出てほしくはなかった。
その溝こそが、彼女がラリアへと追われた理由であり、素早い司教への昇格は左遷のための布石でもあった。
そしてラリアという国柄が聖女としての彼女の知名度よりも現体制の維持に反した行動に目を向けるだろう事はわかっていたのだ。
そこで、ミスをすれば階級を落としてやる事も出来るし、ミスをしなくてもラリアの高官達に受け入れられる事はないだろう。
どちらにしろ、フィリナがこれ以上力(政治力)をつける事を防げるし、場合によっては向こうが始末してくれる。
暗い目算が枢機会にはあった。
もちろん、枢機会の中にも彼女を支持している人間もいたが、世襲達を押しのけられるほどの力はなかったのだ。
結論から言えば、フィリナは枢機会にハメられたのであり、ラリア高官達の悪感情は予定通り彼女に向けられ始めていた……。
「今日も恵を与え下さりし神に感謝の祈りを……」
フィリナは祈りをささげた後、大聖堂での説教を始めていた。
月に一度司教による説教をおこなうのはどの国の大聖堂でも同じだ。
本来神の前に階級等というものは意味がないのだが、やはり聞く人間にとっては語るものが何者であるのかというのは重要だった。
しかし、実際この日の説教はかなり人数が少なかった。
大聖堂には1000人の人間を収容できるし、扉も明け放っているので普段なら少なくとも500人以上は見に来るのだが。
今日来ているのはわずかに10人前後、いや、その理由は明らかだ。
その10人がどうみても山賊まがいであり、説法を聞きに来る人を追い出しているのだ。
もちろん、彼女は彼らに注意を促したし、場合によっては出て行ってもらうつもりだったのだが。
問題は、彼らが一応説法を聞きに来たと言っており、また表立った脅し方をしているわけではないという事だった。
怒鳴りでもしていれば、彼女も勇者のパーティにいた冒険者であるし、部下や護衛を使って追い払う事は簡単だ。
しかし、脅し方は聞くだけなら普通の言葉であり、凄んでもいない、しかし、彼らに一言言われると皆逃げ出して行くのだ。
フィリナには一体どういう事なのかわからなかった、嫌がらせなのは間違いないとは思ったものの、どういう類の嫌がらせなのかもわからない。
フィリナの心配もむなしく、最終的に説教はつつがなく終わった。
終始その10人だけが聞いていたという点を除いて……。
頭金として払った金貨5枚が出費としては大きいものの、謝礼は特に他に必要ない事もあり買付け等をする金もあった。
こう言う言い回しをすると、いい人みたいだが、要は使いッパシリをさせられている。
剣を教えるのだから当然というような言い回しで言われたのは腹も立った。
「全く、見た目に似あわずぐうたらなんだな……」
(単に使える者は何でも使うタイプに見えるな)
「おわっ、急に出てくんなよ。びっくりするだろ」
ラドヴェイドが掌からにゅっと目を開く。
俺は手を振りながら坂道をかけ下っていたところなので目があってしまいうっとなる。
いやまあ、魔王の御本尊と比べれば大したことはないものの、一応ホラーはホラーだ。
(失礼だな……こうして貴様にとりついてもう8ヶ月目、そろそろ慣れたらどうだ?)
「せめて、目を開く前に声をかけてくれ……」
(ふむ、考えておこう……)
実際、こうして驚く事はさほど多くない。
しかし、考え事をしている時は、かなり困る。プライベートがないってことだしな。
買い出しは、山を下った先、つまり関所の近くにある小さめの町で行っていた。
ミルリドルという名のその町はカントールと比べても人口は半分以下だろうか、実際1000人規模くらいだろう。
日本においては十分村だが、この世界においては十分に町だ。
実際関所前という事もあり、関所を通ってきた荷物を最初に荷ほどきする場所でもあるため宿等も多く、それなりににぎわってはいる。
カントールへ向かう商人達の中間拠点というのが正しい、カントールもまたアルテリア王国やメセドナ共和国への中間拠点であり、
また冒険者が魔王領へと向かうための準備をする場所でもある。
つまり、ここは中間拠点の中間拠点という怪しい立場の場所でもあった。
「さて、買い物は……やっぱり肉かねぇ……」
(きちんと野菜も食べないと体調を崩すぞ)
「それをお前に言われるとは……」
(ふむ、現状我もお前の中で暮らしている以上お前の病気はそれなりに心配ではある)
「……」
お前は俺のおかんか! と突っ込みそうになるものの、いろいろな事が急に思い出されたので俺はそこで口をつぐむ。
そして、目の前の肉屋に向かった。
得に何事もなく食料の調達を終えた俺は、また山へと登る。
考えてみれば装備もなく、結構な荷物を持って山を上り下りするなんて体力的に普通の人間では難しいだろうな。
スタミナがあるというのは凄まじく便利だ、日常生活において……。
いや、別に不満があるわけじゃないんだが。
あれから一週間と少し、ティアミスが被ったダメージはかなり回復してきていた。
実際、精神疲労がダメージの大部分であったので、よく休養を取ったことでほとんど回復している。
肉体のダメージは回復魔法もあり、疲労回復のための薬もウアガに何度かのまされた。
予定より早くとまではいかないものの、現状普通に生活するくらいは問題ないというお墨付きをもらうほどになった。
「とはいっても、依頼を受ける事は出来ないんだけど……」
せっかくDクラスに昇格する事が出来たのであるし、ティアミスとしても国内を回ってみたいと考えていた。
もちろん、”日ノ本”のメンバー全員でだ。
一人が免許を提示すれば随伴のメンバーも関所を抜ける事が出来る。
一応その前に関所越え認可パーティである旨の登録証を冒険者協会で発行してもらわねばならないが。
「ともあれひと段落か……私も32歳だもんね、もうちょっと落ち着きたくはあるけど……」
見た目はまだ14歳になるかならないかという彼女ではあるが、ハーフエルフの寿命は人間の3〜5倍。
衛生観念の問題で一般の人間が50歳前後の寿命しかないとはいえ、200歳くらいまで生きるという事になる。
当然その成長も比例して遅い、人の中で育ってきた彼女にとっては結構コンプレックスだったりもする。
そんな独り言を言いつつやってきたのはニオラドの家。
見舞いと、薬の礼を言うためだ。
考えてみれば、現在のパーティがまとまっていられるのは彼のおかげによるところが大きい。
年長者として一歩引いた目で見ている点、そして、アドバイスに薬の知識。
特に薬の知識に関しては恐らくラリア公国内でもトップクラスに違いない。
風の精霊魔法が使用可能になったとはいえ、ティアミスよりもリーダーにふさわしい気もする。
とはいえ、パーティを作ったのは彼女なのだ、それを口に出す事はパーティの結束にヒビを入れかねないものだという事くらい理解している。
「ままならないものよね……、さて。ニオラド、いるんでしょ?」
『勝手に戸を開けて入ってこい、ワシは忙しいんじゃ』
「はいはい」
家の戸を叩き、ニオラドを呼ぶティアミス、ニオラドの返事はにべもないものだった。
しかし、予想で来ていた事でもある、ニオラドは暇な時間の殆どを薬草の研究に使っている。
冒険者をする理由ですら、ある薬草を探すためであるから筋金入りだ。
三年で彼の眼鏡にかなう冒険者となる約束をシンヤがしていたが、そうすることが出来るのかはまだわからない。
ただ、ティアミスはこの半年でかなり成長したと思うし、シンヤも思ったよりも成長しているようだった。
恐らく3年あれば一流の冒険者になれる可能性はあるとティアミスは考えていた。
「お邪魔します。うわっ、この匂い何!?」
「おお、いやなに茶緑草と脱皮したチャバネコロムシの皮を潰した物を粉末の硫黄と混ぜて煮込んでいる所じゃ」
「うごぉ!? 近づかないで!!」
「なんじゃ、臭気は苦手か。この程度で参っておったら薬師はつとまらんぞい」
「いや、薬師になる気ないから!」
実際、硫黄の臭いだけでも卵の腐ったようなと表現されるくらいに臭い。
だが混ぜ物もなかなかに強力な臭いを出しているらしく、合わさった臭いのお陰でティアミスは涙が出てきた。
一刻も早く脱出しなければならないと思い、早口で用件を告げる。
「兎も角、お薬とかありがとうね。おかげでかなり早く回復出来たわ」
「うむ、元気で何よりじゃ」
「だから近寄らないでって! ホント凄いわよこの臭い……一体何を作ってるの!?」
「少し頼まれ物をな、惚れ薬なのじゃが、この通り臭いのが難点での、飲ませるには色々と工夫がいるわけじゃ」
「ほっ……惚れ、一体誰が……」
「確か、金持ちのボンボンじゃったが、偉く筋骨隆々での」
「……聞いたことがある話ね」
「まあ大丈夫じゃよ、本人も飲んだら惚れるようなものではなく、ドキドキさせられるものをと言っておったしの」
「ほほう、上手い考え方ね」
ドキドキを無理やりさせる時点でどうかという気はするが、無理やり惚れさせるよりははるかにましだ。
既に好きな人がいたり、何か心に期する事があれば例えドキドキしたとしても惚れはしないだろうから。
「本当にドキドキするだけの薬故、相手は心臓に病があるのかも知れんと病院に行く可能性が高いがの」
「え。それってまずいんじゃ!?」
「何、病院で分かるような甘い薬ではない故な」
「……」
ニタリと笑うニオラドは不気味であった。
確かに分かってしまうと依頼主だけでなくニオラドにまで嫌疑がかかるかもしれないからだ。
その辺りは計算しているという事だろう。
「所で話があるんだけど……」
「ふむ、ようやっと本題じゃな」
「ウアガの事なんだけどね……」
「そうじゃったな、やはり難しいのかの?」
「うん、カントールの街を拠点として活動する分には問題ないけど」
「あまり離れれば確かに弟達や妹達と会えぬようになるからのう。
ただ、ワシもあまり遠くに行くとなれば少し辛いかもしれぬ」
「えっ、ニオラドも?」
「何、国内くらいなら付き合おう。しかしの……」
「そっか……」
2人ともそれなりに理由があるため、あまり遠い場所に行く事が出来ないのだ。
それは元からある程度予想出来ていた事なのだが、そうなるとまたパーティがシンヤとティアミスの2人だけになってしまう。
それは事実上、”日ノ本”というパーティの解散という事に等しかった。
「分かったわ……やっぱりパーティの補充は必須ってことね」
「そうなるの、今期の新人の中で有望そうなのを入れていくしかあるまい」
「そうね……、ウアガの代わりのできる前衛、最低限それだけはほしいわね。余裕があれば回復役ももう一人いると心強いけど」
「目星はついておるのかの?」
「いいのはいたんだけどね……、なんか初心者同士でパーティ組んじゃっててさ」
「こちらと似たようなもんじゃの」
「否定できないところがつらいわね」
ティアミスはニオラドにつられ苦笑する、既に部屋は移っており、ニオラドも消臭のため香草をたいていたりする。
飲み物はと聞かれたがティアミスは遠慮した、理由は簡単ニオラドから臭いが取れたわけではないからだ。
「ただ、心当たりがないわけでもないんじゃよ」
「え?」
「前衛の出来る者なら一人心当たりがおる」
「前衛……?」
「そうじゃ、恐らく理想的な者じゃとは思うが……」
「誰なの?」
「エイワスという騎士……だったという噂のあるものじゃ」
「噂……ね……」
よくわからない、彼女もこう言っては何だが古参の冒険者である、冒険者を始めたのは10年近く前だ。
その割にはレベルUPしていないのは、彼女の不幸ではあるが、それにはそれで別の理由もある。
ここでは、省くがともあれそんな古参の彼女でも知らない冒険者がカントールにいるというのはおかしい。
元騎士だという話も嘘であったとしても、それなりに話題には上るはずだからだ。
「住所はこの地図に記してある、行ってみるといい。お主の眼鏡に叶うかは知らんがの」
「……ええ、とりあえず行ってみるわ」
釈然としないものを感じながらも、ティアミスは席を立ち件のエイワスの住居へと向かう事にした……。
その日、フィリナは釈然としないながらもとりあえず説教を終え、妙な嫌がらせに屈することなく一日を終えようとしていた。
こちらに来てからついた護衛達は既に下がり、自室へとつながる控えの間。
彼女の部屋までは5つもの控え部屋を経由する、これは司教という立場の重さに比例したものだ。
部屋自体4つに分かれ、トイレ、風呂を含む全てを完備しており。
食事その他は侍女をしている助祭の娘達に頼めば持ってきてくれる。
そして、窓の無いこの部屋は大聖堂の地下中央にあるため護衛が完璧にできる仕様になってもいた。
「逆にここまでするっていう事が後ろ暗さの表れなんでしょうけどね……」
しかし、おかしい。
彼女が司教の部屋に戻るまで誰にも出会わなかった……。
ここのところフィリナと仲良くなった、侍女をしてくれている助祭の娘達もいない。
違和感というより予感があり部屋の扉を開く。
フィリナの部屋には本来執務用の書類が山と積まれているのだが、それらは全て地面に叩きつけるように散らかされていた。
しかし、手紙が一通だけ不自然に机の中央に置かれている。
いかにもみてくださいというそれを開きフィリアは息をのむ。
侍女たちを人質にした呼び出し……。
「ついに来るものが来たという感じですね……」
フィリナは少しだけ達観したようにほほ笑んだ。
ラリアの高官達、それに大司祭やそのお供は、殆どが彼女を敵視していた。
利権が荒らされるのがよほどいやだったらしい。
分かってはいた、しかし、一般の人々のためにはそういう勢力とも折衝をしていかねばならないと気を張っていたのだ。
だが、相手はもうしびれを切らしてしまったのだろう。
だから……この罠は生き残る事が出来ないかもしれない。
フィリナはそう感じてもいた。
「でも……」
しかし、フィリナは止まる事は出来ない、清濁併せのむとは言うが、飲んでしまうと言う事は今までの自分を否定する事になる。
人を救うための宗教ではなく、人からむしり取るための宗教になってしまっては本末転倒だ。
フィリナは元々自分も孤児出あった事もあり、その宗教観は万民を救う事こそ宗教というものだ。
彼らの行いはそれを否定するものであり、それを許容するわけにはいかなかった。
出来れば侍女をしてくれていた彼女らだけは巻き込むまいと心に誓い、指示された場所へと急ぐのだった。
俺は買い出しから戻った後、ルドランと食事を取る。
殆どまともに会話をした事はなかったが、その日は違った。
もしかしたら、少しだけルドランもハイになっていたのかもしれない。
「たかだか一週間で何かを掴むことはできたか?」
「いえ、まだまったく。でもそのヒントのようなものは見えたと思います」
「ほう……、お前が何をもってそう思っているのかは知らん。しかし、後数日で成長するとは思えんな」
「ヒントさえもらえば、後は自力で何とかしようと思っていますからね」
「ふっ、面白い奴だ。流派を極めたいとは思わないのか?」
「出来ればいいですが、俺は凡人ですからね」
「違いない」
聞いているだけでは、ただ貶められているだけのようにも見えるだろうが、
会話の節々に面白がっている様な所があった、ある種の暇つぶしにも似た興味なのだろうと察せられる。
それでも、ルドランがまともに話したのは契約時くらいなので久々のまともな会話ともいえる。
そんなこんなで少しいつもより遅れたが、ルドランは自分の鍛錬を始めた。
俺はそれをただ見ている、時折動きをまねてみたりはするものの、基本は見る事に集中していた。
そして、一時間ほどの鍛錬をルドランが終えた頃、俺も鍛錬に入る。
見よう見まねがまだ多いものの、俺の動きも少しは見れるものになってきているのではないかと感じる。
もちろん、ルドランから言わせれば特に変化はないのかもしれないが。
「フェイントや騙しのテクニックなんだろうなこれは……」
(ほう、そう言うことが分かるようになってきたのか)
「まあな、こちらに来て半年以上剣をやってるからな、それも一日5時間平均で」
(確かにそれくらいにはなるか)
「所で、剣を振ってるんだから目を出すと怪我するぞ」
(うむ、だから開いてはおらぬ)
「まあいいけどな……」
ただ、一つ言うならこの世界に来てから美人女性や可愛い女の子に毎日会っていたのに最近は会っていない。
ある意味さびしくはあるが、緊張しない意味では悪くないのかもしれない。
俺にとっては考える時間の確保と言う意味もある。
俺がこの世界から帰るためにこれからどうするのかという事だ、もちろんラドヴェイドを蘇らせるのも方法だろう。
しかし、他に方法があるならそれを考えるのも悪くないと思い始めていた。
少なくとも召喚した存在が他にもいるのなら帰還の手段も一つではないはずだからだ。
最も、何にしろ情報がいる、冒険者を続ける事にも十分意味はあるだろう。
だがそれだけでは情報が弱い、もう少し突っ込んで情報を集められる方法がないものだろうか。
そう言う事を考えながら深夜になるまで剣を振っていた俺は、汗を拭きとり手桶シャワーを浴びてからルドランの家に戻る。
「もう寝てるかな?」
中に入って見てみるとルドランはもう寝ていた、寝てはいたがどことなく油断の無さが漂って来る、そんな寝方だ。
何より剣が枕元に置いてある辺り警戒心を緩めていはいないのだろう。
出来る事なら相手をしたくないと感じさせるに十分な警戒心だった。
実際枕元まで行ったら目を覚まして剣を突き付けられた事がある。
あれ以来寝ているルドランには近づかない事にしていた。
ひとつため息をつくと、俺も寝袋を出して睡眠を取る事にする。
因みに寝袋はここに元々あったものだ、冒険者としては寝袋のように出入りが素早く出来ないものを旅に持っていけない。
毛布か、出入りのしやすいテント、幌馬車等が冒険には向いている。
幌馬車などは、警戒心の強い馬のお陰で普通では気付かないような襲撃にも対応できたりもする。
だがまあ、寝袋も布団の代わりにはなるし、密閉性が高いので寒さにはそこそこ強い。
一般的な旅のお供としては悪くはないとは思う。
そんな事を考えているうちにうつらうつらしてきた、そのまま寝る事にする。
………コトリ。
小さな音がした、普段ならそんな音で目を覚ます事はなかったはずだ。
しかし、今日は不思議と眠りが浅かったのか、その音で目を覚ましていた。
もっともぼーっとしていたので、実際に起きたのは数分後だったろうが。
目が覚めた理由は、ルドランのいるはずの布団に誰もいなかったからだ。
思考がまとまってくると同時に事態がどういう事なのかおおよそ察しが付く。
「こんな夜中に出ていくなんて……」
(裏の仕事という奴だろう)
「うお!? 手が光って!?」
(我が目は夜光らせることができるぞ)
「なんという……今までやっていなかったのは?」
(人の目があったからな、手が光る変人と思われたくはないだろう?)
「……否定はしない」
しかし、裏の仕事……確かにありうる話だ。
だが、だからと言って俺には関係の無い話……。
(行かないのか?)
「行く理由がないだろ?」
(お前がそれでいいならばいいが)
「……ちっ」
俺は思わず駆け出していた、裏の仕事。
恐らくそれは人を殺して収入を得る事だろう。
人切り、もしくは殺し屋、何にしろ職業としては最低の部類だ。
俺だって人を殺した事があるのだからあまり人の事は言えないのかもしれないが、
わずかの金のために人を殺すというシステムは俺の中で受け入れられないものだった。
戦争ならばいいと言う事じゃない、しかし、殺し屋は己の意思で恨んでもいない人を殺すと言う意味でより一般から遠い。
言い訳をしているが、結局人を殺すと言う事に俺はまだ納得できていないと言う事だった。
悪ぶって自分が殺したと言う事を認めても、殺していいと認める事は出来ない。
今の俺は中途半端だとそう感じてもいたが止められなかった。
俺がルドランの家を飛び出した時、既に周囲に人の気配はなかった。
俺が周囲を探っていると、ラドヴェイドが目を開く。
(奴の気配は分からないが、ここから行ける場所は一つだろう)
「そうだな」
俺もそう結論に達した、山中を探し回るよりは下の町に出たほうが見つかる可能性が高い。
俺はラドヴェイドの目を懐中電灯代わりに山を駆け下って行った。
スタミナのほうは問題なくても夜走り続けるのは難しい、スピードは昼と同じとはいかなかったがそれでもかなりの速さのはずだ。
一時間もかからずに山をかけ下りミルリドルの町にたどり着いた。
町といっても、電気もない以上明かりのついているのは宿屋と関所くらいのものだ。
殆どが寝静まっている、その町を俺は走りまわってルドランを探した。
狼の遠吠えが聞こえる、何か不吉なものを感じ俺は走りまわるがルドランは見つからない。
半時間近く走り回りもう町にはいないだろうと半ばあきらめかけた時、町のはずれで発光現象があった。
「あれは!?」
(魔法の光だな)
思わず俺は駆けだしていた、山とは反対側にある東の出口、その辺りは俺もきちんと見て回ってはいない。
たどり着いた時、そこにルドランはいなかった。
しかし、何かが地面に転がっているのを見つけた……。
近づいて行くうちにそれが人である事、神官の法衣をつけている事、そして……血まみれである事がわかった。
「だっ、大丈夫か!?」
俺はその人に向かって駆け出す。
膝まづき、抱き上げたその姿を見て俺は絶句するしかなかった。
胸から血を流し、倒れていたのは……フィリナ・アースティア司教。
「ああぁッ……アアアアアアアッ!!!???」
あまりの出来事に俺は叫び声を上げることしかできなかった……。