派手派手しい服装とひょろりとした不健康そうな生白い男が一人、地下と思しき場所に立っていた。
地下といっても明らかに地下道の入口であり、この男はそこから現れる何かを待っているのだろう。
それはひどく場違いな印象を受ける事ではあったが、本人は何も気にしていない。
そうして、しばらく時間が経つとどこから現れたのか一つの影が男の前にたつ。
「お久しぶりでございます、プラーク様」
「……相変わらずぅ、神出鬼没だねぇ、サーティーン」
「おほめに預かり恐悦至極」
「いやぁ、別にぃ、ほめたわけじゃぁ、ないよぉ」
「は」
「それよりもぉ、報告はぁ、どうなっているのかなぁ?」
「はっ、ご報告します」
プラークは兄を見舞いに行ったその足でここに来ている。
もっとも、ここはサンダーソン邸内ではない、こここそは暗殺ギルドに依頼を行うためにある窓口なのだ。
サーティンと呼ばれた、声からすれば多分男だろうという、
影しか見えず輪郭もぼんやりとしかわからない男にプラークは親しげに話しかける。
サーティーンというのは当然コードネームではあるが、同時に実力を示す番号でもある。
13というその数字が指し示す通り、大陸の暗殺ギルド内でも13番目の実力を持つという事になっている。
つまりは、幹部クラスという事だった。
「例のお嬢さんの周辺には常にサーティシックスをつけています。やれと言われればいつでも」
「なるほどぉ、じゃあ、司教さんの情報とかあったぁ?」
「目撃者を消したのが少し響いていますが、運び去った男のほうについてはなんとか」
「へぇ」
「男はどうやらこちらに向かっているようです」
「それはぁそれはぁ、おあつらえ向きだねぇ」
プラークはぬめりとした爬虫類のような笑いを見せる。
破顔とはいうが、口元がまるで裂けたようだった。
サーティーンのほうもその顔を見て何か思う所があったのだろう、息をのむ雰囲気が伝わってきた。
「……どのように処理いたしましょう?」
「そうだねぇ」
舌をちろりと出し、何かを味わうように考え込むプラーク。
それは傍目から見れば獲物を前にした舌なめずりとしか映らない。
そう、プラークは弱者を見つけた時はたっぷりといたぶらないと気が済まない性質だった。
「どっちにしろぉ、司教さんのぉ、居場所を吐かせないといけないよねぇ。
父さんに認めてもらうためにはぁ、手柄がぁいるものぉね?」
「それは重々に」
そう、プラークにとって今は千載一遇のチャンスなのだ。
プラークの父アルバンにとって今までは跡取りといえばソレガンであった。
しかし、そのソレガンは失態を犯し今は謹慎を申しつけられている。
そして、現在アルバンはアルテリアからの抗議文に四苦八苦している状況なのだ。
当然、アルバンどころかアルバンが関与しうる何かが動けばそれだけでアルテリア介入の口実になりうる。
証拠こそ握られていないが、ある密輸の核心に近い情報を掴まれているようだった。
そして、暗殺依頼をしていたソール教団にしたところで枢機卿の審問を受ける事になりそうな流れだった。
つまり、今動く事が出来るのはプラークだけであり、
ここで手柄を立てればアルバンの跡取りになる事も出来るはずだと考えていた。
「兄さぁんもぉ、結局あの女ぁのせいで弱くなってしまったぁ、ボクはぁ、そんなヘマはぁ犯さないよぉ♪」
「では、その男に司教の居場所を吐かせて始末するという事でよろしいでしょうか?」
「でもぉ、目立たないようにねぇ。
一応直接はぁ関係ないとは言えぇ、今騒がしくするとぉ。何が動くかわからないからねぇ」
「ははっ!」
サーティーンは次の瞬間かき消えるように消えた。
残されたのはプラーク唯一人。
「くふっ、くふふふっ……まぁ、彼みたいなのも重要だけどねぇ」
そんな含みのある笑いをし、地下から歩いて上がっていくプラーク。
今、彼は長年考えてきた計画が上手く軌道に乗り始めている事を感じていた。
「…………」
「何ぼぅっと見てるの?」
「いや、凄い光景だなと思って」
「まあ確かに他の街にはない光景かもしれないわね」
そう、目の前の光景は正直我が目を疑うものだった。
ラリア王国首都アッディラーン。
聞いていた限りでは首都というだけあって人口が多いのだろうという事、
また海に近く水路が多いと聞いていたのでヴェネチアのような都市を想像していた。
その考え自体は間違っていなかったのだが、実際行ってみるとそんなものはおまけに過ぎなかった!
「なんで、城や島が空を飛んでいるんだ!!??」
「なるほど……確かに始めてきた人には異様に映るかもね」
「ティアミスは来た事があるのか?」
「というより、カントールの住民は時々伯爵の指示で数年に一回住民登録のために首都へ向かう事になるからね」
「へぇ……、それで……」
「あの城や島を飛ばしているのは飛行石、魔力をため込んで浮力に変える性質を持つ石ね。
もちろんあんな大きなものを飛ばしているんだからかなり大きな飛行石が取り付けられていると思うわ」
「なるほど飛行石ね……」
つまりは、ラピュタは本当にあったんだね父さん!
という事か!
というのは冗談にしても、まあ基本的には飛行石という物の性質はラピュタのそれに良く似ているのだろう。
それにしても、巨大な物体が特に火力に頼る事もなく空に浮いているというのは信じがたい光景ではあった。
物理法則ナニソレ旨いの? の世界である。
たまに、ファンタジー系のRPG等では見かける光景ではあるが……。
こうして直接見るのではやはり色々と感慨も違ってくるという事を感じた。
「シンヤさんは魔法で空を飛ぶという事をどう思いますか?」
「え?」
俺はふと言われた言葉に振りかえる、そこにはフィリナ……の変装であるアルアの姿があった。
アルアには現在取ってつけたような笑顔を周りにふりまいている。
あっという間にパーティになじんでいるという意味では凄いものではあった。
「んー、そうだな。空を飛べるってのは素晴らしいと思う、けどちょっと怖いな」
「なぜです?」
「落ちたらただじゃすまないだろ?」
「それは……そうですね」
フィリナに限らずこの世界の人たちは空を飛ぶという事をあまり知らないのだろう。
飛行石は珍しいものじゃないのかも知れないけど、普通に使っている人はあまりいないようでもあるし。
俺達の世界のように、金さえ出せば乗り放題というような事はありえない。
となれば、空を飛ぶ事を体験しているのは高位の魔法使いや精霊使いか、大金持ちくらいだろう。
今まで事故もあまり起こった事がないならその手の不安はわからないかもしれない。
しかし、この世界の飛行技術が地球の飛行技術に勝っていると考えるのは早計だ。
魔法はガイドラインが存在しているわけじゃない、一応過去の成功から汎用の教科書ともいえる魔導書はあるものの、
個々にカスタマイズして使っているというのが本当だ。
特に上級の魔法は発動率や安定化をするために、自分なりにいろいろと調整して使う。
結果としてそれぞれの魔法にも性格が出てくる。
そう言う事を以前にティアミスから聞いた事がある。
つまりは、セキュリティというか安全装置を魔法内に盛り込むかどうかは個人の性格次第なのだ。
それがあれば、例えば飛行魔法なら地面に対し一定以上の速度が出ている時は減速するとか、
魔法の効果が切れたらゆっくりと落下するようにするとかそういう物を盛り込む事も出来るだろう。
しかし、やる人とやらない人がいるのも当然だ。
「ほっほっほ、なるほどの。確かに浮島や城なんぞが落ちてきたらアッディラーンは壊滅じゃの」
「そんな心配はあっりません、飛行石は100年は物体を浮かせていられるだけの魔力をため込んでいますからね!」
「100年ね……補給とかもしてるのか?」
「ふっ、これだから庶民はいけませんね。もう少し知識を吸収する事を覚えなさーイッ!!?」
「私そういう差別発言は嫌いです」
半眼でエイワスをにらみつけるフィリナ、
そのあまりの自然さに、本当に強制力のようなものが働いているのか疑いたくなる。
まあ、自然に越した事はないのだが……。
しかし、エイワス……貴族かぶれというのは本当なんだな……まあ着てる物や立ち振る舞いでそんな気はしていたが……。
「オウ、これはこれは謝罪しますレィディ! ではレイディに免じて教えるとするよ」
「いや、無理にとはいわないが……」
「いいから聞け、ご婦人の好意を無にする気か?」
「そう言う訳じゃないが」
「ならば言おう、飛行石の魔力補給は妖精族から買い付ける魔玉を使わなければいけない、
だから維持費が馬鹿にならないんだ。
コストは当然、庶民では一生かかっても稼げないような金額になっている。
城はともかく、後のそれは見栄の問題であるのも間違いないだろう」
「なるほど」
あれらを浮かべているのは見栄のためね……世知辛い。
だがまあ、島ごと浮かべているんだ、防犯にもなっているのは間違いないだろうな。
その代わり出入りが面倒そうではあるが……。
「出入りには地上から直接飛べる転送用魔法陣があるらしいわ」
「へぇ、解析されたりしないのか?」
「大抵衛兵がいるし、上の魔法陣が起動していないと使用できないって話ね」
「なるほど、対策はしてるのか」
「そりゃあしているわよ、城は大公閣下が、島も貴族に席を連ねる大商人が、それぞれ使ってるんだもの」
「安全じゃなければ浮かばせているはずもないか」
「そう言うことね」
途中からティアミスが説明を引き継いでくれたわけだが、中学生のような身長で容姿も幼く見える彼女から聞くと、
まるで背伸びをしたい妹が精いっぱい胸を張って説明しているかのように見える。
ほほえましさに自然と頬が緩む。
「そもそも飛行石は天然に見つける事は難しいから……って、ちょっと聞いてるの!?」
「……ああ、すまん」
言っている間にもアッディラーンの北門近くまでやってくる。
この都市の人口は30万人を越えるとか、ファンタジーにあるまじき大都市でもある。
実際都市に入る前から旅行者だの、住民登録の申請者だの、商人だのが街道をひっきりなしに歩いており、
街道そのものに宿屋や商店なども存在している、
ファンタジーではあまり見かけないものだが人口を考えれば普通かもしれない。
当然、馬車も良く行きかっているため街道の中央部を歩いている人は少ない。
道幅も周囲20kmくらいに入ってからは6m道路くらいの太さはある。
馬車がすれ違うのに十分な道幅だった。
「しかしまあ、これだけ違うとなると維持費もかかるだろうに、税金はどうなっているんだ?」
「あのね、この国がどうやって出来たのか忘れてない?」
「ええっと、確かアルテリアから爵位を買って、独立したんだっけ?」
「そうよ、この国……特にこの首都においてはお金が全てと言っていいわ。
先々代の大公殿下は爵位を買い、領地を買い、軍隊も買い、アルテリアの貴族も買収してこの国を作ったの。
つまり、この国においては大商人は貴族でもあるという事、
カントールのあるアーデベル伯爵領、つまりアーデベル伯爵だって元は商人なのよ?」
「そうだったのか……」
なんという商業立国、どういう社会形態なのかちょっと気になるところではある。
そういえば、ラリア公国は大国であるアルテリア王国とメセドナ共和国、そして魔王領と隣接している。
両国からの圧力や魔王領からの侵行に対しどう対処してきたのだろうと思う所もあったが、
金で解決してきたのだろうと予想できた。
外交ならば金がものを言うし、軍事侵攻なら傭兵を雇えばいい、魔族に対しては冒険者を雇えばいいわけだ。
全て金で解決することが可能であると言う意味でラリアはその国土に似合わずかなりの強国であると言えそうだった。
「全く、ボーイは無知でいけません。レィディにあまり苦労をかけるものではありませんよ?」
「あっ、いや……」
「いいのよ、どうせこの国に来たのも最近なんだから」
「へぇ、ボーイはどこの出身なのです?」
「まあ、ずっと遠い国だよ」
「大陸の外ですか! 一体どんな田舎から来たのか気になりますねぇ」
「それよりも胡散臭い貴族もどきのしゃべり方のほうが気になります。なんとかなりませんか?」
「ピキーン!?」
いや、ピキーンって口に出して言わなくても……。
というか、フィリナも容赦ない……。
フィリナは黒髪のカツラをつけて少し野暮ったい感じの化粧をしているので、
今のところ目立つ容姿こそしていないが、腰のくびれや足の長さ、巨乳なところが既に注目を浴びるに十分だったりもする。
そんな女性に責められているせいだろうか、エイワスも引きつりながらもどこか楽しそうだ。
そんな無駄話をしているうちにアッディラーンの北門までやってきていた。
アッディラーン北門はさほど煩雑な手続きを必要とした訳でもないため、半時間ほどで抜ける事が出来た。
そして、内部に入って最初に思った事は、やはりTV等で見るイタリアの水の都ヴェネチアに良く似ているという事だった。
「つながっていない道も多いんだな……」
「ええ、ゴンドラを使って移動するほうがこの街では早いわ」
「なるほど」
「さて、最初に私達がする事はアッディラーンの冒険者協会に登録してくる事、
どうせシンヤは位置なんて知らないでしょ?
寄り道しないでついてきなさい」
「了解」
とまあ、そんな訳でティアミスに続いてゴンドラに乗り冒険者協会へと向かう。
とはいえ、聞いたところによるとアッディラーンの冒険者協会は本部と3つの支部から成り立っているらしい。
人口からもわかるとおり規模が大きすぎるのだ、だから分割して対応しているらしい。
アッディラーン内で登録している冒険者の数は3千人に届くとか。
これでも、魔王領が近かったカントールと比べれば比率的には少ない。
カントールは人口数千のレベルなのに冒険者は200を越えているのだ、
30万人に対して3千人ならかなり少ないと言えなくもない。
しかしそれにしても3千なら軍隊レベルと言っていい。
それだけの冒険者をかかえるアッディラーンという都市の凄さを感じさせる。
暫く街並みを見物しながらゴンドラに揺られていたが、冒険者協会のアッディラーン本部を見たとき俺は度肝を抜かれた。
そりゃあ、支部は本部より小さいのだろうし、3000人中の半分くらいは入らないといけないわけだが。
これはもう、ビルというより城だった。
大きな門をカヌーがくぐっていくと、そこにはどう考えても高さが30m以上はありそうな塔が6つあり。
その塔を結ぶように下に大規模な建物が存在する、館等ではけっしてない。
150mくらいの幅は十分にありそうだった。
ちょっとした学校ならすっぽり入ってしまいそうなほど建物が大きい。
東京ドームほどではないが、敷地面積を合わせれば十分届く気がした。
「流石としか言いようがないな……」
「まあ、本部はかなり儲けてるって話だからね」
「ほっほっほ、久しぶりじゃわい」
どれだけの規模の仕事をすればこれだけ儲かるというのか、
正直想像もつかないが、これからはここで依頼を受ける事になるのだろう。
そう考えるなら、早めに慣れておかないといけないな。
アッディラーン冒険者協会本部は、主に協会棟、戦技修練棟、生存能力修練棟の3つに分かれているそうだ。
戦技修練棟は個人戦、団体戦等の模擬戦や、訓練等を100人単位で行える広さがある。
大きめの体育館と言った感じだろうか。
生存能力修練棟はさほど大きくはない、内部には罠等の見本が置かれており、作り方や回避法、解除法等を説明している。
とはいえ、生存能力修練棟の外にはちょっとした森や池、草原、砂丘などが再現されており、サバイバル技術の訓練を行える。
そして、協会棟は全部で4階層からなっており、第一階層は一般受付けと病院が存在している。
依頼人は殆どここで依頼をしていく事になる。
第二階層はFランク及びEランクのための依頼、そして個人依頼のほどんどがある。
そのため、いるのは殆ど冒険者になって数年以内の若手ばかりだ。
第三階層はDランク及びCランクのための依頼がある。
中堅どころが中心となっているため、年齢はまちまちだ。
第四階層はBランク以上の冒険者用の依頼がある。
ここには人はあまりいない、
Bランク以上の冒険者は数が多くないし、依頼でひっきりなしに出ているのでたまにしか見かけないらしい。
2〜4階層には食堂兼酒場が完備されており、かなりのにぎわいを見せている。
階層ごとに品ぞろえが違うのはお約束と言う奴だな。
協会棟には内部まで水路が引き込まれており、一部を使って風呂及び水道等の施設も用意してくれてある。
至れり尽くせりの施設ではあるが、風呂は無料ではない。
それでも銅貨15枚(約150円)程度であり、街で風呂のある宿屋にいくよりもかなり割安ではある。
俺はニオラドやティアミスからそういった説明を受けながら協会棟に入っていった。
「そうか、風呂があるのはいいな」
「シンヤは男にしては綺麗好きよね」
「何を言っているんだいレィディ、男は身だしなみが命さ! その意味ではボーイはまだまだだね!」
「エイワスさんは派手すぎです」
「ノンノン! レィディアルア、君ももっとおしゃれに気を使えば素晴らしく可愛くなれるはずだよ!」
「結構です!」
まあ、フィリナの場合バレても困るので化粧とかを変更する事も出来ないわけだが。
それはそれで何とかしてあげたいと思わなくもない。
そういえば、ラドヴェイドの教えてくれた思考防御法は上手く出来ているのだろうか?
出来ていないといろいろ問題が起こりそうな気もする。
何度かテストをしたことがあるが、今までのところ問題ないようではあった。
だが念のためもう一度、心の中でフィリナに呼び掛けてみる。
わざと少し離れて人ごみに紛れる、この状況下でも使い魔なら俺を見分けてやってくるくらい簡単だろう。
こっちに来い!
かなり力強く呼びかける。
「そういえば、貴方達の冒険者登録はしたけど、実力を把握した訳じゃないわよね。後で少し見せてくれない?」
「お安いご用さレイディ!」
「問題ありません」
特に気付いている様子はない、問題はないようだった。
一階の受付所で登録を済ませ、晴れてアッディラーンの冒険者協会での依頼を受けられるようになった俺達は早速3階に向かう。
現在依頼の途中なのでまだ受ける事は出来ないが、ざっと目を通す意味もあるし、3階の受付の人に顔見せをしておく意味もある。
ここの冒険者の顔触れを見知っておくのも今後のためには重要な仕事でもある。
「あら、ニオラドじゃない、お久しぶりね」
「おお、チーミちゃんか、ようやくワシと組んでくれるパーティが現れての」
「へぇ、可愛い子ばっかりじゃない♪」
「チーミちゃんほどではないぞい」
チーミと呼ばれているのは3階の受付嬢の一人だ、パーマのか買った茶髪を腰のあたりまで伸ばしている。
ウエイトレスというよりはウエイターといった感じの服装で、ちょっと浅黒い肌が南国らしい。
身長も165ほどはあるだろうか女性としては少し高い。
「ニオラド、知り合いか?」
「おお、紹介がまだだったの、チーミ・ウエイトンちゃんじゃ、受付嬢歴10年のべてらグホッ!?」
「チーミでーす♪ 若い男の子達、よろしくねー♪」
一瞬何が起こったのかわからなかったが、どうやらチーミさんはニオラドに肘をいれたらしい。
恐ろしい話だが、俺達よりも強いのは明白そうだった。
「これはこれはレィディチーミ、自己紹介ありがとうございます。私はエイワス・トリニトル、人呼んで薔薇の騎士と申します」
「薔薇の騎士さんね、覚えておくわ♪」
「お覚え下さり光栄の至り」
いやどっちかっていうとからかわれてるから。
実際チーミさんは口元で笑いをかみ殺してる、とはいえ印象には確かに残ったようではある。
エイワス……ある意味大物だな。
「このパーティは私が作ったものだから変なちょっかいかけないでよ?」
「あらティアミス。なるほどねー貴方とももう10年ぶりくらいかしら?」
「貴方が駆け出しだったころから私も冒険者をしていたわ、成長はそっちのほうが早かったけどね」
「エルフの血を持つ貴方はきっかけがないと成長し辛いからね、仕方ないんじゃない?」
「堂々とそんな事を云うのは貴方くらいよチーミ」
「ふふっ」
どうやらこのチーミという受付嬢は20代に見えるが10年以上前に冒険者をしていたのだから……。
年齢の事は禁句にしたほうがよさそうだった。
「それで? 残りの二人は自己紹介してくれないのかしら?」
「ああ、俺は四条芯也(しじょうしんや)ティアミスに誘われてパーティに参加している。一応剣士をしている」
「剣士ね……、なるほど、でもまだまだ頑張らないといけないわよ?」
「あはは……」
一目で見抜かれるか……確かにようやく初心者を卒業できたとはいえ、ベテランとは比べるべくもない。
更に殺気を読む能力やスタミナサポートもなくなっている今、どの程度戦えるのかは未知数だ。
「そちらは?」
「私はアルア・フェリトン、水の精霊使いです。精霊の扱いはまだまだですが……」
「へー、水の精霊使いか、よくいたわね……回復魔法が使える水と土の精霊使いは引っ張りだこなのに」
「俺の知り合いだったので、半ば無理やりですがね」
「シンヤ君の、へぇ案外顔が広いんだ」
「そう言う事で」
周りの視線が少し疑わしいものに見えたが、どうしようもない。
事実として俺の知り合いで、俺が頼んでパーティに参加してもらった事は間違いないのだ。
嘘はついていない。
それからざっと依頼を見て、冒険者仲間に話しかけてから宿にチェックインを済ませるため一度そちらに向かう。
海岸線に出没する盗賊退治のほうは明日の朝出発する予定だ。
今日はチェックインを済ませたら夕食までは自由行動の予定だった。
俺やエイワス、ティアミスやニオラドも観光する気まんまんのようである。
まあ、どっちみち依頼を済ませた後は暫くここに滞在して依頼を受ける予定ではあるのだが。
因みに、俺達がチェックインしたのは値の張らない範囲ではいい宿だとニオラドが言った”金色の稲穂亭”という所だった。
刈り取り前の稲穂のようなマークの看板をつけた宿で、水の都では珍しいタイプではあった。
安宿にしては治安もしっかりしており、場所も表通りの近くなのでそうそうやばい連中も来ない。
客層も一元もいれば常連もおり、一階の酒場も夜でもないのにそこそこのにぎわいを見せているようだった。
ただ、店長は髭面でが体のいいおっさんで、クマと見間違えられた事がある事からクマさんで通っていた。
なんというか……客商売とは思えない店長である。
チェックインが終わってすぐ俺は宿を出て散歩がてら街を歩く。
フィリナもすぐに追いついてきた。
別に呼んだつもりはないが、その辺りは仕方のない事なのかもしれない。
「ラドヴェイド、本当に俺の思考はフィリナに漏れていないのか?」
(大丈夫だ、もうあのような事はないはずだ)
「マスターのプライベートが覗けないのは残念です」
「ぶっ!? もう追いついてきたのか」
「マスターと離れては生きていけませんので」
「生きていけないっていうのはあくまで一日以上何十キロも先にいたらってことだろ!?」
「そう、いつ何十キロ先まで誘拐されるか気が気ではありません」
「俺は金持ちの子供か!?」
「そのようなものです」
「言いきった!?」
なんというか、フィリナは絶対こんな性格じゃなかったと思う。
確か、服従するための人格形成が云々とか前にラドヴェイドが言っていたはずだが、
とてもそんな感じには見えないんだが……。
ともあれ、フィリナの事では問題点が多いのは間違いない。
フィリナの意思を表に出すためには強制力を無くすか、押し込める必要がある。
その辺は要研究なんだが、俺一人では心もとないため、ラドヴェイドも協力してくれているような感じではあるが……。
出来れば専門家に意見を聞いてみたいと考えている。
この場合の専門家は魔法の専門家か或いは呪いの専門家かもしくは精神の専門家と言ったところか。
当然現時点でそんな知り合いはいないわけだが。
次に俺自身の事、魔族化は今のところ問題らしい問題にはなっていない、
ちょっと筋力が上がったり、持久力がついたりした程度だからだ。
見た目も青くなったり紫色になったりしていないので、ばれる様子もない。
しかし、元の世界に戻った時どうなるか、全く考えに入れていなかった。
最悪、元の世界に魔力を維持するためのマナが不足していたりすると、
肉体を維持できず窒息死みたいな事になる可能性も否定できなかった。
つまり、何事も問題だらけ……。
何から解決すればいいのやら……。
「マスター?」
「あっ、ああすまない……」
「マスター、囲まれました」
「え!?」
いつの間にか、人通りの少ない路地にいた俺達は、周囲にどうみても盗賊系の黒装束といった感じの人達に囲まれていた。
一瞬で囲まれたとも思えないからボーっとしていた俺が悪いのだろう。
しかし、俺も半年以上冒険者をしていたのだ、殺気を読むとまではいかないまでもそれなりに人の気配は察知している。
それで気付かないのだから……。
「てだれだろうな……」
「恐らくは」
せっかく大都市にやってきたら途端に囲まれるとは……。
今年は天中殺なのかもしれん……。