とある村というよりは集落とでも言うべき閑散とした山間部。
そこには、暗殺ギルドを構成する一部門の訓練施設が隠されている。
ルドランと呼ばれる男はいつもひっそりとそこに庵を構えて生活している。
190cm近い体格、ボサボサに伸ばした栗毛、バランスのいい筋肉。
剣士としてかなりの修練を積んだとわかる男は、普段ここを管理している者の一人だ。
「サーティーンか……」
「流石だな、トゥエンティエイト、我の気配を察するとは」
「幹部クラスの実力は或る程度把握しているつもりだ、お前が本気なら俺を殺す事などたやすいだろう」
「そうでもないさ、実際ダブルナンバーでもサーティ以上の実力は伯仲している」
「切り札を除けば、だろう?」
「そうとも言うがな、まあ、実力ではないだろうあれは」
「そうかも知れんがな」
ルドランは何事もないように話しているが、彼のいる庵の中には誰も見て取る事は出来ない。
もしも一部始終を見ている人がいたら、独り言をぶつぶつ言っているようにしか見えなかっただろう。
「それで、用件は?」
「早速だな、いや……簡単な事だ。以前フィリナ・アースティア司教の死体を持ち去った男がアッディラーンに来ている」
「殺せばいいのか?」
「先に司教の遺体のありかを吐かせてからな」
「そんなもん、今さらどうするつもりだ?」
「依頼人の要望だ、それ以上の言葉は必要あるまい?」
「ふむ……報酬は?」
するとルドランの前に袋がぽんと放り出された、どこから投げたのか普通には判別しにくい。
もっとも、ルドランには分かっているようだったが。
「少ないな」
「前回遺体を持ち去られたのはお前のミスだ、その事はわかっているだろう?」
「俺は言われた通り殺して放置しただけだが?」
「一般人に発見させるまでが仕事だろう」
「……わかった、男に吐かせて殺すだったな、方法は指定されているか?」
「特には」
「なら好きにやらせてもらおう」
「分かっている」
こうしてルドランは依頼を受ける事にした、前回の尻ぬぐいなのだから仕方ない事ともいえる。
しかし、不審な点はいくつかあった、遺体を移動させる意味が分からない事。
もしなんらかのプロパガンダとして利用するならば既にそいつは動いていなければおかしい。
ゾンビ等の材料として使われた可能税もないとは言えないが、可能性としてはかなり低いと言わざるを得ない。
そんな事を考えているうちにサーティーンの気配は無くなっていた。
だからこそ、ふと思いついたことがあった。
「もしや……」
絶対とは言えないが、あの青年、自分のところに剣を習いに来た彼が持ち去ったという可能性。
タイミング的にもあの後いなくなっている、そして彼はルドランの仕事に気付いている風でもあった。
だが、それが本当なら、余計に特殊な魔法を知っているようにも思えなかった。
「気のせいだろう……、持ち去って埋めてやろうとしただけかもしれないな……」
彼がそんな力を持っているなら、ルドランのところに習いに来る必要性は存在しない。
だから、ルドランは思いついた可能性を否定した。
深夜になるのを待ってから、俺はフィリナを伴い東の灯台へと向けて歩き出す。
俺とフィリナが考え抜いた作戦とは結局力技ということになる。
もっともこの方法は何度も使えない、理由は派手すぎるので知られる時はあっさり知られるからだ……。
ともあれ、今は皆にこの事がばれる訳にはいかない。
話をするにしても、危険がなくなり、フィリナを縛っている絶対服従の呪いを何とかしてからにしたい。
この2つこそ、当面一番の問題なのだ。
深夜なのでゴンドラ(水路用の小型船)を調達する事は出来ない。
だから、一度アッディラーンから東海道に少し出て、海のほうに突っ走る。
そうすることでようやく灯台までやってきた。
船着き場の近くではあるが、崖になっているため人はあまり来ないアッディラーンにしては珍しい場所。
灯台を指定したのは人が万一でも来ないためだろうと予想された。
もっとも、俺達は一度この辺りを見に来ている、奴らが指定した理由は人が来ないからだけではない事も察していた。
フィリナはこの場にはいない、少し離れた場所で待機させている。
灯台に来るように言われたのは俺だけだからだ。
奴らもフィリナ(アルア)が仲間である事は知っているだろう、しかし、今のところアルアがフィリナである事は気付いていない。
そうでなければ、俺などよりフィリナを襲っただろう事は確実だからだ。
フィリナは自分も連れて行くようにと何度か言ってきたが、作戦を指示するとそれ以上は言わなかった。
絶対服従なのだから当然ではあるが、同時に俺の命が尽きれば彼女も失われる事は肝に銘じている。
俺は死ぬわけにはいかない、暗殺ギルドが相手だろうとそれは変わらない。
「来たぞ」
周囲の気配を探りながら声を上げる。
恐らくは気付いているはずだった。
下見に来た時にはそこらじゅうに菓子袋を散々捨ててやったが、挑発されて出てきたりはしなかった。
奴らにとっては、俺の行動などどうでもいいという感じではあったが、今は違うはずだ。
そうでなければ俺を呼びだした意味はないはずだから。
「やはりお前だったか、シンヤ」
「お久しぶり、と言うほどでもないかなルドラン」
「ふん、偉そうに」
「殺しもしているとは聞いていたが、
仮にも勇者のパーティの一人であるフィリナ・アースティアを殺したとは信じたくなかったよ」
「依頼を受ければ誰でも殺す。それが暗殺ギルドの掟だ」
「だが、ルドランはどうみても剣士だ、暗殺ギルドに所属している理由が分からないな」
「……そんな事はどうでもいいだろう、そして、質問するのは俺だ」
ルドランが言い終わらないうちに、俺の周りを昨日俺達を襲ったトリプルナンバーと呼ばれる暗殺者達が囲む。
ざっと、見える範囲で6人、気配はそれだけではない、恐らく倍はいるだろう。
その上ルドランは構えてこそいないが、この全員よりも強い事が肌で感じられる。
「教えてもらおうか、そのフィリナ・アースティアの遺体のありかを」
「そんなものを知ってどうグァ!?」
「質問しているのは俺だと言わなかったか?」
反論しようとした矢先、ルドランは数メートルの距離を一気に詰めて俺の溝落ちに剣を鞘ごと叩きつけてきた。
俺は呻く事しか出来ず、そのままうずくまる。
しかし、ルドランはそれを許さない、俺の服の襟を掴んで釣り上げ、片手で俺を拘束してしまった。
「もう一度聞く、フィリナ・アースティア司教の遺体はどこにある?」
「答えたら殺されると分かっていて言う馬鹿がいるわけガァ!!??」
吊り下げているほうの手とは逆の手で鞘ごと剣を振りかぶり、ルドランは俺を打ちすえる。
吊り下げられている以上回避も出来ないし、受け身も取れない。
魔族であるお陰で血反吐こそ吐きはしないが、結構効いた。
「次に答えなければ貴様の指を一本づつ切り落としてやろう」
「ぺっ」
俺は唾を吐いてルドランを挑発する、正直現状では戦闘で勝つ見込みも逃げられる手段もない。
ルドランは無表情に俺を見ている、こういう事に全く感情を表さない相手は怖い。
興奮するとか、激昂するとか、眉をひそめるとか、なにかあるのが普通だからだ。
「ならば望み通りにしてやろう」
そう言って、ルドランが俺の指に盗りだしたナイフを押しあてたその時、それは発動した……。
周囲は明るくなる、幻想的とすら思える光が周囲を乱舞している。
それはいわゆる結界の光、この周辺一帯を覆う巨大な結界が完成していた。
しかも、その周囲には小型の認識阻害の結界が無数に発動して結界そのものに気づかれないようにしている。
二重に起動された結界により、中の事は何も判別できず、中から外に漏れ出すものもない。
俺はニヤリと笑うと動揺したルドランを蹴り飛ばして脱出する。
「何をした!?」
「御苦労だったな、フィリナ」
「マスターのお望みのままに」
フィリナはこの結界を発動するため時間を使っていたのだ。
菓子の袋を巻き散らかしたのは魔法陣を仕込むため、紙袋に書いていたのだ。
破られてもかまわないような小さい魔法陣をいくつもいくつも。
それを使って増幅した魔法、それでも以前のフィリナなら出来なかっただろう。
1000GB(ゴブリン1000匹分)という途方もない、以前の10倍近い魔力があってこその成功だった。
そして、結界を維持するためには普通の状態では不可能であるため、翼を展開している。
漆黒の翼、いや5枚だけ白い羽根が残った特殊なその翼を。
この結界を作り維持するのは今のフィリナにとって、さほど難しい事ではない。
彼女の生命力などは加工が難しいため、その1000GBの魔力では行えず俺からの供給に頼るしかないが、
普通の魔法行使においては問題なく使う事が出来るのだ。
問題はこの魔法の派手さにある、認識阻害の魔法を逆に認識するような魔法使いがいた場合それを怪しむだろう。
だから、一度だけにしなければいけない、照合されれば特定される恐れがある。
フィリナの魔力の元は、古代の魔王のものなのだから。
いくらフィリナを通すことで質が変わっていようと頻繁に使いたくはない。
そんな事を考えているうちに、ルドラン達の驚きも収まり既に俺達を囲んでいる。
「どんな手品を使った? フィリナ・アースティア司教は確かに殺したはず。この俺の手で」
「はい、確かに私は死にました。ですが、今貴方達の目の前にいるのも私です」
「禅問答が聞きたいのではない!!!」
ルドラン達は激昂して俺達に襲いかかってくる。
とはいっても、本当に激昂しているのかは怪しい、その体捌きは見事なものだった。
部下の投擲するナイフを盾代わりにしつつ、タイミングを合わせた連撃。
しかし、フィリナは落ち着いて個人結界を展開、全ての攻撃は弾かれてしまった。
戦闘において、僧侶系が防御呪文を使うのは結構めんどくさいものだ。
その事を理解しているのだろう、ルドラン達は自分たちの武器に毒と思しき物を塗りつける。
本気で殺しにかかるつもりである事は間違いない。
だが、そのお陰で俺も吹っ切れた、もう遠慮する必要もないだろう。
「ラドヴェイドたのむ」
(魔力の開放か、まったく、これだけお膳立てしなければ使えないとは情けない)
「何とでも言ってくれ、俺は今の生活を手放したくないんだ」
魔力を解放する、すると肌の色が元々の肌色から青みがかって不健康そうな色に変わる。
そして、俺の周りに魔力が展開し始めるのが分かる。
大した魔力ではない、フィリナの持つ魔力から比べれば30分の一、そう30GBくらいか。
それでも、フィリナは俺から遠く離れればその魔力を散逸させて死ぬ、どれだけ消費が激しいのか。
まあそれはともかく、この魔力によって筋力の強化、神経速度の加速、魔力による防御壁等が発生する。
だから普通なら一対一でやっと相手できるレベルである、トリプルナンバー達を相手取って戦う事が出来る。
「実験に付き合ってもらおうか」
悪人だから無茶苦茶していいと言う理屈はない、しかし、それは理屈であって心理的にはやはり軽い。
少なくとも普通の人を使ってするよりもはるかに気が楽なのは事実だ。
とはいえ、相手も真剣に殺しに来ている、フィリナがいることが分かった以上殺すことが最優先だからだろう。
とはいえ、フィリナは防御壁を展開しており容易に近づけない。
俺の方が組みしやすいとみて先に襲いかかってきた。
一人目の暗殺者が繰り出してきた短剣による攻撃を回避する。
やはり、体が軽い、当社比30%増しというところか。
そのまま相手を掴んで投げようかと思ったが、ナイフが5本ほど投擲されている事に気付く。
俺は掴んだ相手を盾代わりにして防ぐ。
男はほんの数秒もがき苦しんで絶命した、かなり強力な毒を使っているらしい。
「次は魔法を使ってみるか」
身体能力の強化具合を確認したので次に行く事にする。
30%増しと言う事は普段より30%あらゆる行動がカットできると言う事であり、連続で動いていれば相手は追い付けない。
もちろん、相手の速度が人間としての範疇であることが条件だが。
恐らく、一流の達人でなければこの動きについていけないだろう。
それが出来るのは、この中ではルドランくらいのもの。
そして、ルドランも俺の様子がおかしい事に気付き攻めるのをためらっている。
「我が敵を撃て、エネジーアロー!」
俺が唱えたのは攻撃魔法としては初級レベルのものだが、フィリナに聞いていたとは言え発動するかは賭けだった。
だが、それらはきちんと発動し、黄緑色っぽい光が3つ発生してそれぞれ別の敵に命中した。
死ぬほどの威力ではないものの、相手の動きを止めるには十分だった。
「続けて剣戟の実験に付き合ってもらう」
そう言うと俺はショートソードを抜き放ち、トリプルナンバーに対し攻撃をかける。
殺気等も以前と同様に読むことができる、理由も分かり切っている。
数か月だったが、殺気はどういうものかという事は感覚として知っている。
それに、魔族としての本性を現している以上感覚が鋭敏になっているのだ。
まあ、能力レベルは圧倒的に低いがスーパー野菜人になったようなものなのだ。
だから、相手の動きと殺気を読んで先読み攻撃を放つのは簡単だった、はっきり言ってレベルが違う。
一太刀ごとにと言う訳にもいかないが、数名同時に相手をしても問題なく倒していくことができた。
4人ほど倒した頃、隠れていた残りの6人も出てきて攻撃に加わろうとしたが、ルドランが手で制する。
「魔族か……姿が変わったのは魔族化の影響だな」
「最近なりたての新米魔族でね」
「ならば容赦をする必要はないな、必ず消し去ってくれる」
「魔族に何か恨みでも?」
「気様に話す謂れはない」
ルドランの気配が変わった、先ほどまでの静かな気配から、まるで別人のような殺気の塊へと……。
よほど魔族が嫌いらしい。
「騙していたのはお互い様といいたい所だが……、魔族になったのはアンタの所を出た後だ」
「フンッ、どちらにしろ同じ事、結界の維持もこの規模だ半刻も持つまい、元司教は結界の維持で攻撃できん。
となれば、貴様を先に殺せば全て解決だ」
「出来るかな?」
実際、結界の維持は後30分程度が限界だろう。
ルドランの言っていた半刻とは一時間の事だから、半分程度に過ぎない。
後始末の事も考えれば後20分以内に決着をつけないといけない。
しかし、ルドランは片手間で相手できるような存在ではなかったようだ。
ルドランは鎧を脱ぎ褐色の肌を晒す、そして背負っていた巨大な剣を抜き放った。
それだけ見ると間抜けというか、何で攻撃しなかったと聞きたくなるだろうが、不思議と隙はなかった。
それに、好奇心がなかったと言えばうそになる。
「精妙剣……抜刀」
剣を抜いた後、ルドランはその言葉をまるで呪文のように唱えた。
剣は刃渡り1mくらい、柄の部分を合わせると1m50くらいだった。
しかし、コマンドワードであったかのように剣が変形を始める。
とはいえ、そう大きな違いはない、切っ先が二股に割れた程度。
だが、そこから魔力がほとばしっているのが分かる。
そして、刀身全体が青白く炎を纏ったかのように光始める。
「……なるほど、魔法付与された剣か」
「確かに魔剣の類ではあるが、魔族の相手をするにはちょうどいい」
「やって見てくれ」
「減らず口を」
ルドランの憎しみは本物だ、暗殺者等という殺しを仕事にしているにしてはまともな感情にも思える。
その感情は理不尽ではあったが、人間味があるともいえた。
俺も金のためにフィリナを殺したという意味では、この男の事を許すつもりはない。
フィリナは俺にとっては命の恩人だ、
彼女とレイオス・リド・カルラーン王子やそのパーティがいなければこの世界に呼ばれたとたんに死んでいたかもしれない。
今やっている事が恩返しになるとは思えない、しかし、何れはレイオス王子の所へ戻してあげたい。
とはいえ、もしそれまでにレイオス王子が結婚していたりしたら、互いに辛いものになってしまうかもしれない。
タイムリミットはあまりないのだ。
「消えろッ!!」
ルドランは俺が動きを止めているのを隙だと思ったのだろう上段からの振り下ろしを行ってくる。
俺は大きく飛びのいて回避を図る。
しかし、ルドランの剣の刀身からルーン文字のようなものが浮かび上がったと思うと光の矢が飛び出してくる。
刀身とほぼ同じ1mほどの青白い光の刃、地面にすれている部分が鋭い傷跡を作る。
とっさに唱えていたエネジーアローを3発とも迎撃のために発射する。
「くそっ!!」
3発分の衝撃をそのまま切り裂き、刃は俺に向けて到達する。
衝撃で少し方向を曲げられたのだろう、回避がどうにか間に合った。
しかし、ルドランは既に切り上げの追撃に入っていた、もう一発青白い刃が放たれる。
今度の軌道は斜めであり、左右に回避するのは少し厳しい、俺はとっさに地面を転がって回避する。
だが完全には間に合わず肩を負傷するはめになった。
「ほう、血は赤いのだな……」
「にわか魔族なんでね、元々の魔族とは違う」
「だが、魔族は生かしておかん!」
「よほど憎んでるんだな」
追撃とばかり接近して俺に突き込んでくるルドランに対し、ひたすら転がって回避する俺。
少しばかりまずい事になったと思う、あの魔剣はリーチや素早さによる恩恵を無効化するに十分なようだ。
だが同時に、ルドランに興味が出て来ている自分も感じていた。
「……魔族さえいなければ! 貴様らさえ!!」
よほど激昂しているのだろう、動きが一瞬止まったのに合わせ俺は飛びのく。
だが、ルドランは追撃を仕掛ける様子はなかった、倒れた暗殺者達が動き出せるほど回復するのを待つつもりなのか。
俺としても結界が切れるまでには決着をつけたい、そんなに待つつもりはなかったが……。
「俺のいた村は公国で密偵をしている者たちの隠れ里だった」
ルドランは構えを上段に戻し、俺の隙を窺いながら、しかし、話をつづけた。
「元々ほんの100軒ほどの家があるだけの程度の小さな村だった、
しかし、公国ではそれなりに評価を得ていた」
話しながらも、互いにじりじりと動き相手の隙を窺う。
俺もまた、ショートソードを構え直す。
もっとも、ルドランの持つ剣と比べれば甚だ心もとないが。
「ある日、付近に魔族が進行してきた事が分かり、公国に報告した。
しかし、隠れ里の事は表ざたに出来ない。
結果的に報告にいったものは金だけを渡されて返された。
だが、報告にいったものは掟を破り里のありかを公開して冒険者に救助を求めた」
殺気は全体にうっすらと漂っている、相手も俺も即座に動けるように緊張しているからだ。
先に仕掛けたほうが不利になる、相手の動きを見て対応できるからだ。
先の先を取るには少し距離が大きいという意味で、互いにカウンター狙いになるのは仕方ない。
ルドランの飛び道具もある程度振りかぶらないと使えないようなので、隙はある。
「冒険者は10数人雇う事が出来た、しかし、魔族はそれを見てコカトリスを呼びだした。
コカトリスの石化ブレスの前に、冒険者も村人も皆石になってしまった。
俺は一人地下の食料倉庫に入れられていたおかげで助かったが……。
国も冒険者も大嫌いになった、そして、魔族を滅ぼす事に決めた!」
ルドランがそう言い終わると同時に、剣をまた振り下ろす。
光の刃が発生し俺に向けて飛んでくる、しかし、それで終わりではなかった。
更にタイムラグなしで横凪ぎの光の刃が発生する、十字になった光の刃が回避不能の大型飛び道具として俺に迫る。
「十字紋! 受け切れるか!?」
「……」
俺はとっさに右手を前に出す。
回避は間に合わない、このままでは俺はかっちり4等分されてしまうだろう。
だから、俺も切り札を切らない訳にはいかない。
「ラドヴェイド!」
(分かっている)
俺は最終手段、魔力の全開放をラドヴェイドに頼んだ。
俺の魔力とは別に、ラドヴェイドの復活のためにため込んでいる魔力を解放する。
おおよそ200GBの魔力が解放され、ラドヴェイドの目から放たれる。
十字になった光の刃はその魔力に正面からぶつかった。
「……手ごたえがない?」
「大当たり」
次の瞬間俺はルドランの背後に回り込んでいた。
瞬間的加速力は既に数倍に跳ね上がっている、人間の限界の動き。
そう、以前盗賊達を殺した時のあの力。
ラドヴェイドの魔力で全能力が増幅された状態の俺にとって、ルドランといえども止まっているようなものだ。
「グぁぁぁぁ!?」
背後からルドランを蹴り飛ばす、今ので背骨にヒビくらいははいったはずだ。
そして、飛んでいくルドランを追いかけて追い越し、蹴りあげる。
最後に、空中に飛び上がって地面に向かって叩きつけた。
ほんの3秒弱、それだけの時間で合計20m以上を空中移動したルドランはたまらず気絶する。
背骨、肋骨、腰骨、まんべんなくヒビが入ったはずだ。
俺達は全員を縛りつけて近くの岸壁に移動する。
誰にも見られないような隙間がいくつか存在していたのを利用したのだ。
そして、どの道俺の魔力はほぼ枯渇していたが、一応封印してもらってからフィリナに結界を解いてもらった。
「ふう、増幅なしでこれだけの魔力を使ったのは初めてです」
(まともな増幅もなしだったからな……驚嘆に値する)
「それで、ラドヴェイド今どれくらい魔力が残っているんだ?」
(最初に言っておくが、フィリナ・アースティアは自らの魔力を完全に制御している訳ではない。
あれは、お前の魔力の供給によって己を維持しているという事を忘れるな、封印されていても供給は続いている。
だから、普段魔力を解放していないお前の魔力は全てフィリナ・アースティアの維持に使われている)
「ああ、わかる」
(ここの所大物の魔物を狩ったりしていないので、魔力はゴブリン200匹分しかなかった)
「そうだな……」
(先ほど200匹分の魔力を全開放して戦った以上、周囲の魔力を再度かき集めてもせいぜい50匹分程度)
「つまり、ほとんど失ってしまったという事?」
(そう言う事だ、また復活が遅れそうだ)
「今回は仕方ないだろ、死ぬわけにもいかないしな」
(ふう……)
ラドヴェイドは疲れたように右手の瞳を閉じて休眠に入る。
まあ、実際ラドヴェイドにはかなり世話になっている、魔王にしては不思議と気が効く所もある。
ただそれでも俺は魔王復活が一番いい手段とは考えていない。
他に手段があるなら、帰還方法はまだ探す価値がある。
それに今は優先したい事項もいくつかあった。
「グッ……」
「目を覚ましたか」
暗殺者達は手足の関節を外してあるしさるぐつわをかませてある。
そうして転がしてあるのとは別に、ルドランは縛ってあった。
そう、俺はこいつらを殺さない事にした。
理由は簡単だ、殺すほうが損だからだ。
倫理的な意味も全くないとは言えないが、殺してしまうとより強力な暗殺者達が派遣される可能性があった。
出来ればそれは避けたい。
「なん……の……つもりだ?」
ルドランは目を覚ましたとたんに俺をにらみつけ、殺そうという気迫を見せる。
もっとも、体中の骨にヒビが入ったり折れたりしているので、まともに動けはしないが。
「これだけの気骨があって、なぜ暗殺者に?」
「だれも信用できなかったからだ、それに金が必要だった」
「石化治療のために?」
「そうだ、ソール教団の指定してきた金額は一人頭金貨20枚だった。
200人以上いた里の全員をなんとかするには4000枚以上の金貨が必要なんだ」
「なら、一人回復して回復した相手に手伝ってもらい、その金でと言う訳には……」
「この辺りには石化治療できるような癒しの使い手はいない、本国から呼び寄せるだけでも金貨100枚必要だ」
「分割にしたほうが高いわけか」
なるほどな、村人を治すために金がいる、復讐と治療の二つの意味で暗殺者というのは絶好の職だったわけだ。
だが、復讐のわりには魔族以外に対しては偉く冷めていた気がするな。
その理由も今なら分からなくもないか。
「ならば、取引をしないか」
「取引?」
「彼女がフィリナ・アースティアである事は知っているだろう?
彼女の治療魔法には石化解除もあるはずだ」
「はい、確かに。今はソールの神への信仰はないので、力を借りることはできませんが、回復そのものは可能です。
魔力消費はかなり多くなりますが」
「だが可能だ」
「……本当なのか?」
ルドランはフィリナを驚いた顔で見ている。
石化治療は確かにかなり難易度の高い魔法になるだろう、死者復活の次は呪いか石化かといえる重いステータス異常だからな。
しかし、フィリナは仮にも魔王を倒した勇者のパーティの回復役、その辺も並じゃない事は分かっていた。
「彼女に折を見て全員の治療をしてもらう。その代わりお前達には俺のために働いてほしい」
「お前のために……だと」
ルドランの表情は険しくなる、確かに、石化治療は魅力的だろうが、同時に魔族を許すつもりもないと言ったところだろうか。
だがそれでも、今回は交渉できるところまで持ち込んだところでこちらの勝ちといっていい。
「お前らにもメリットはあるぞ。
まず一つ目、お前とそいつらは仕事をこなす事が出来なかった以上暗殺ギルドに戻る事は出来ない。
だから俺に付いておくのは悪い事じゃないはずだ」
「……俺達はフィリナ・アースティア元司教を見つけることができた」
「そして逃がしましたと言って許されると?」
「……いや、よくて降格、役立たずとして殺される可能性もある」
「二つ目、これ以外の方法では恐らくもう里を救えない。
例え、別の職についたとしても、そんな金を稼ぎきる事は出来ないだろう?
200人全員もれなく助かるんだ、しかも無料で」
「……」
「三つ目、俺の頼みは村を戻してからで構わない。
だから、お前たちは俺が約束を守らないなら俺の言う事を聞く必要はない」
「なるほど……、だが、お前は魔族だ、魔族を信頼する事は出来ない。
それに、暗殺ギルドを誤魔化す事が出来るはずが……」
ルドランは渋い顔をしている、無表情の仮面は完全に溶けていると言っていい。
もうひと押しといったところか、俺としても、もう少し組織だって動けるようにしなければ、
目の前の出来事を場当たり的に解決しているだけでは、前に進めない。
情報収集に、自己保身、どちらの意味でも組織は作っておいて損はない。
今までの俺ならそんな事は考えなかったかもしれない、しかし、フィリナの事もある。
それに、だんだんと俺の周りはきな臭くなってきている。
それらをなんとかするためにも、思いつきではあったがルドランを仲間に引き込むというのは重要だ。
「フィリナの死体さえ見つかればいいんだろ? ならそれも用意する」
「何?」
「そう、これが4つめ、この話を受け入れるならお前達はフィリナ・アースティアの遺体を見つけた事に出来る」
「確かに、それが出来れば俺達は帰還できる上、お前への攻撃もなくなるだろう」
ルドランの目に理解の色がひらめく。
俺の考えているものは暗殺者達のうち、俺が殺してしまった2名のうち一人を化けさせるというものだ。
今さら人を殺すことを嘆くつもりはないが、それでも死体をこんな扱いにするのはためらいがないではない。
しかし、俺の魔力では土くれから、などは無理だし、
魔力で無理やり形を変えると言っても、顔の形を似せるだけでも手いっぱいだ。
それでも、フィギュアを作ったような感じで作っていく事にした。
筋肉繊維や肌の細胞なんていう常識は頭から捨ててかかる。
ラドヴェイドにサポートを任せて、形だけ作る事を心がけた。
もちろん魔力行使をする以上またフィリナに結界を張ってもらう、最も今度はかなり小さくだが。
本人が目の前にいるので確認作業はたやすい。
そして、フィリナそっくりの首を作り出した。
髪の毛は同じ髪型は無理そうなので、髪の毛を切っていた事にした。
そして、首だけ切り取る。
すると、フィリナの生首のようなものができた。
俺としてもうぇっぷときそうな事をしたわけだが、これで追手を巻けるなら仕方ない事だろう。
暗殺者の生き残り達は全員まだ気絶している、というより、昏倒の魔法で暫く起きない。
無関係な彼らを生かしておくのは、俺が甘いからでもあるし、同時に怪しまれないためでもある。
全員死んだりしていたらそれはそれでまずいからだ。
どうして一人だけ生き残ったと言う事になりかねない。
ともあれ、生首を差し出し、ルドランと最後の交渉にはいる。
「こう言う事だ」
「……わかった、お前の勝ちだ、隠れ里の件忘れるなよ」
「お帰りか、フィリナ少し回復してやってくれ」
「了解しました」
フィリナが元に戻ったら卒倒するかもしれないなと少し罪悪感に駆られたものの、
俺にはこれ以上の解決法を見つけることなど出来そうになかった。
それに、諜報活動ができる者たちの里というのは、
俺にとってもフィリナを元に戻す上でも願ったりかなったりのはずだから……。