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自分の生きる場所 第十二話 人はこれほどまでに人を愛せるのか
作者:武装ネコ   2011/04/07(木) 23:31公開   ID:/dkVrdlA.nE




俺は図書館の机に突っ伏していた。

調査の為に、馬場と藤林の三人で図書館に来ていたのだけど、今はもう調査をす
る気力なんてなかった。

それどころかもう何もする気など起こらず、ただ胸の痛みに堪えているだけであ
った。

そりゃそうか、俺は失恋したも同然の状態なのだから。


これからはこの痛みを強めない為に、もう藤林とできるだけ話さない方がいい。

これ以上藤林と仲良くなったって、お互いに悲しむだけだ。

もっとも、藤林は俊太郎と会えば、俺の事なんてきっと忘れるだろうけど。

だからもう、俺は藤林と最小限の話しかしない。

好きだけど、もう話したくなんかない。


俺はそう思って顔を腕枕に埋めていた。

そんな俺に、馬場が心配して話しかける。


「澤村、どうしたんだよ…
調査の為に図書館に来てるのに。」


「…」


「藤林も、さっきから進んでないじゃん。
どうしたんだよ、二人とも…」


「ご、ごめんね…わたし、本返してくる…」



その声がして、がたがたと椅子が音を立てる。

藤林が席を離れたみたいだ。


「…なぁ澤村、眠いのか?」


俺は馬場の質問に答えず、黙って話を聞く。


「お願いだよ澤村…
お前は藤林に会ってるからいいけど、俺は桑林に会えないんだ。」


「…」


「桑林に会いたいんだ…
それにはお前の力がいる。
自分の願いを強要して悪いけど、お願いだから頑張ってくれよ…
"病気とか悩みがある訳じゃないんだから"頑張ってくれよ。」


「…!」



馬場は、全く俺の悩みに気付いていない。

それどころか、俺に調査を手伝えと言っている。


「恋は盲目」という言葉があるけど、それは今の馬場にぴったりだ。

馬場は桑林に会いたいから真面目に調査をしていて、それで俺の悩みになんて全
く気付いていないんだから…


そう思った時に、俺は、馬場にアースに帰らなくていいと言ってもらう事は、無
理だと悟った。

俺のどこかに残っていた希望をことごとく打ち砕いたのだ。


そしてわからせた。

藤林はこの世界に住む人で、お前とは別の世界の人間。
だから藤林は諦めろ、藤林と別れろ、と。



俺は震える足で立ち上がり、馬場に顔を見られないようにして言った。


「…悪い馬場。でも、今は気分が乗らない…トイレに行かせてくれ。
帰ってきたら、頑張るから…気持ちを切り替えて、頑張るから…」


「…わかったよ。」



馬場は不快そうな顔をしていたけど、なんとかわかってくれた。

でも俺はトイレじゃなくて、図書館の屋上へと向かう。

ふらふらとした足取りで階段まで歩き、手すりを使ってゆっくりと屋上へと向か
って行った。


既にもう、涙は目から溢れそうだ。

今は誰もいないけど、階段まで来るときに人に振り向かれて、この涙が溢れそう
な目を見られていたかもしれない。

でもそんな事は今はどうでもいい。

そんな事よりも、今は悲しみで胸がはち切れそうで、苦しいんだ。


俺はふらつく足で階段を登ると、屋上に続くドアを体をぶつけて開け、屋上の真
ん中まで歩き、汚れたコンクリートの上に膝をついた。

そして涙を流しながら大きな声で泣き叫ぶ。

涙がぽろぽろ溢れ、コンクリートの上を濡らす。

地面に拳をついて四つんばいになり、鼻をすすって嗚咽した。


俺は先ほどまで、まだ希望という考えを持っていた。

調査をしても元の世界に帰る方法が見付からないかもしれない…
馬場が俺の気持ちに気付いて一人で帰ると言ってくれるかもしれない…
藤林が引き止めてくれるかもしれない…

そんな考えを持って、まだ俺は悲しみを堪えられていたんだ。


でも馬場が、俺に残れと言ってくれるという希望が打ち破られて、そんな考えも
起きなくなってきた。

アースに帰る方法が見付からなくても、藤林が俊太郎しか見ていなくて、俺の事
は少しも見てくれないんじゃないか…?
藤林が引き止めてくれるなんて、ただの妄想じゃないか…?と。


そんな消極的な考えが、胸を張り裂こうと襲ってくる。

今まで感じた事のない悲しみに、胸がはち切れそうになっている。


そんな悲しみに襲われながら、俺は幾度も屋上の地面を叩いて泣き叫んでいた。


そうして俺は、どれくらい泣いていたのだろうか。

何回か飛行機が飛んでいる音が聞こえてきたけど、全くわからない。

後から時計を見た時は、一時間以上も経っていた。

その間、俺は水たまりができるほど泣き続けていたんだ。


この悲しみは、きっと一生忘れないだろう。

悲しみを忘れて、例え藤林をふっきったとしても、俺は絶対に忘れないだろう。

そう思い、やっと泣き止んだ俺は、自分の気持ちを殺して調査に没頭するという
決断をしていた。

藤林への気持ちを殺して今まで通り調査をするというのだ。


そしてもう、俺はこの悲しみで泣かないと決めて、ゆっくりと立ち上がった。

無理矢理かもしれないけど、震えて倒れそうな足で立ち上がったのだ。



そう思って屋上を出て、涙と泥で汚れた顔と服を直す為にトイレに行って鏡を見
ると、俺の目は赤く染まり、光のない虚ろな目になっていた。

まるで死人のような、何の感情もない目。


でもその方がいい。

感情を捨てられているという事だし、悲しまなくて済む。


俺は泣いていた事が悟られないようにと身だしなみを整えて、そんな虚ろな目を
して席に戻った。

「遅くなった。でももう、真面目にやる」と言うと、馬場は何かを考えるような
顔をしていたが、「うん」と言って答えた。


そうして俺は本を開いて、真っ直ぐな気持ちで調査を始めた。

家に帰っても、虚ろの目で調査を続け、まるで感情のない機械のように調査して
いた。

そして俺は、先程決断したように、もうその悲しみで泣く事はなかった。

できるだけ藤林と話そうとせず、悲しみに堪える生活が始まった。





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俺は今日も調査を続けていた。

図書館から資料を借りてきて、自分の部屋で黙々と作業をする。


あれから俺は、ほとんどの時をそうして過ごしてきた。

自分の気持ちを殺して、今まで以上に真面目に調査を行っていた。

その所為か、俺は死人のような目をして、話しかけられても笑ったりしない、機
械のように動いていた。


こんな俺の状態を見て、馬場と藤林はどんな風に反応しているかと言うと、馬場
はそれに気付かずに、ある時はニコニコと笑っていて、ある時は調査に没頭して
いた。

馬場は嫌でも俺の近くにいるからわかるけど、藤林は…知らない。

というか、俺が知ろうとしてないから知らないだけで、藤林はこんな俺をどう思
っていたかなんて、わからない。

どう思っているか知りたいと思う事もあるけど、藤林の事を考えると涙が溢れそ
うで、泣いてしまいそうなんだ。


それに、これ以上藤林と仲良くなってしまうと、別れの時に藤林が悲しんでしま
う。

これほどに好きになるほど知ったからわかるけど、藤林はきっと別れを悲しむだ
ろう。


それなら、知らなくてもいい。

藤林を悲しませるならいいと思うから、俺は藤林への想いを殺して調査に没頭し
ていた。

藤林への愛を殺して作業を続けていた。



しかし、今日はいつもと違った。

藤林と話をする機会がきたのだ。


「ねぇ澤村くん。
明日、馬場くんと葛城くん達と一緒に遊びに行こうよ。」


藤林は部屋に入るなりに、ニコニコ笑いながら言った。


「…俺は、いいよ。
俺抜きで楽しんできてよ。」


俺は目線を動かさずに応える。

しかしそう言っても引き下がらないのが藤林だ。

今日の藤林は、水族館の時にも映画館の時にも見せた、あの少し強引な藤林だっ
た。


「なんでよ澤村くん。
水族館の時みたいに五人で遊びに行こうよ。
お金の事は、全然心配しなくて大丈夫だから、ね?」


「いいってば…
俺はここで調査してるから…」


俺は横目で見ると、藤林は笑顔だった。

取って付けたような笑顔だったけど、藤林の持ち前の笑顔だ。


「お願い、一緒に行こうよ。
澤村くんが行きたいところに行くから。
水族館でも映画館でも、カラオケでもボーリング場でもいいから。」


俺は断ったはずだけど、藤林は少しも食い下がらず頼んでくる。

作ったような笑顔を浮かべて俺の肩を揺すってくる。


でも俺はどうしても行く訳には行かなかった。

もうこれ以上、藤林と葛城たちとの思い出を作ってはいけなかった。

だから俺は、藤林の誘いを断る為に、少し強い声で言い放った。


「…なんでそんなに俺に固執するの?
別に俺なしでもいいじゃん。
俺なんかいなくても楽しめるんじゃないの?」


「え…」


藤林は一瞬、不安の表情をした。

でも、またすぐに笑顔を作る。


「そんな事ないよ。
澤村くんがいないとやっぱり何かが足らない気がして楽しくないよ。
だから一緒に行こうよ。一緒に行って気分転換を…」

「だからいいって言ってんじゃん…
俺は行かないって何回も言ってるんだよ…」


「澤村…くん…」



俺は藤林の作り笑いをことごとく打ち壊した。

本当は…こんな事したくないんだけど、こうする方がいいんだ。

嫌ってもらった方がいいんだ。


葛城と五十嵐と馬場と、そして藤林との外出。

なんて面白そうなんだろう。なんて楽しそうなんだろう。


「俺は…行きたくないんだ。調査をしたいんだ。
それにそんな作った笑顔で言われても、行きたくなんかならない…」


もちろん嘘だ…ついた方が藤林の為と思ってついた嘘だ…

こうする事で藤林は俺を嫌い、別れの時に藤林は悲しまないでよくなるんだ。

だから冷たく接するのは正しい。

藤林の事を想うからこその、正しい事なんだ、そう思っていた。


でも藤林は今、不安と悲しみを案じさせる表情をしていた。

目に涙がたまって頬を伝い、ポタポタと涙が溢れ始める。


俺の胸が、痛む。

はち切れそうなくらい、痛む。



「…わ、わかったよ。
澤村くんは、行かないんだね…
それなら…私達も行くの止めて、調査を手伝うから…」


そう言って藤林は、走って部屋を出ていった。

一つ、二つと涙を落としながら出ていった。


これで藤林は俺を嫌うはずだ。

これで安心して元の世界に帰れる…


でも、俺は自分の言った言葉に、後悔してしまいそうだった。

藤林の涙を見た瞬間、俺は大きくショックを受けて固まってしまった。

そして思った。

俺は本当に正しい事をしたのかと。

藤林の為にした事なのかと。



「く…そ…」



俺は顔を両手で抑える。

泣かないと決めたのに、目頭がどんどん熱くなってきている。


ダメだ。作業に集中しよう。

藤林の事を考えると、また泣いてしまう。


俺はそう思って、胸の痛みに堪え、何事もなかったように調査を進めようとした


しかし、藤林の事を抑えるのに必死で、それから調査は全く進まなくなってしま
った。

悲しみを堪えるのに必死で、ずっと同じページを眺める事しかできなかった。






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そう言えば、俺は冬休みの宿題をやっていない。

冬休みからずっと、調査し続けていて手もつけられていない。

本当は早く済まさなければいけないくて、少し焦っているのだけれど、アースに
帰るのなら別にしなくてもいいんじゃないか?

アースに帰れるという確証はないけど、俺は今、少しでも早く帰ろうと調査して
いるんだし…
それに今、俺は宿題なんてやっていられる状態じゃないんだ。



だから、調査をもっと進めて、早く帰ろう。

その方が何もかもいい方に向いていくんだ。



…でも、俺は今、何をしているんだろう。

この世界に落ちてきた時にいた日ノ出公園で、この町の景色を眺めていて何にな
るんだろう。



「ここで何をしてんだ?」


後を向くと、馬場がいた。

偶然だろうか、この公園に、それも展望台に二人集まるなんて。


「こんなとこにいると、竜巻に巻き込まれるぞ?」


「…そうだな。」


「アースでは地震がときどき起こるけど、イアルスでは地震が滅多に起きない代
わりに竜巻が起こるんだから、気を付けなくちゃ。」


そう、この世界では地震よりも竜巻の方が起きる。

最初はどうして竜巻の方が頻繁に起きるのだろうと不思議に思っていたけれど、
今では理屈がわかって納得している。

まぁ、アースの日本では、竜巻なんて滅多に起こらないし、初めて聞いたら不思
議に思うだろう。


「それで、澤村はここで何してるんだよ。」


「…自分でもよくわからない。」


「なんだよそれ。藤林が旅行から帰ってきても、まだそうやってるのかよ。」


馬場は苦い笑顔で、はははと笑う。

この状況は、藤林が旅行に行っていて、俺が寂しくて落ち込んでいる時と同じよ
うな状況だけど、表情だけは違った。

馬場らしい混じり気のない笑顔ではなく、何か悩みや困った事がある、そんな笑
顔だ。


でも俺は、馬場が何を考えているか大体わかっていた。

もちろん俺が藤林を泣かせるような事をした事だ。



「なぁ澤村。
お前、藤林の誘いを断ったらしいな。」


「…」


俺は無言で展望台からの景色を眺める。

馬場の表情を見なくても、馬場が調査をしている時のような真面目な顔をしてい
る事がわかった。


俺は感情のない表情で言う。


「…藤林の誘いじゃないんだろう?
葛城と五十嵐から誘いが来たから、藤林は俺を誘ったんだろう?」


「違うよ。藤林は本当はお前を心配して、気分転換させようと計画して、お前を
誘ったんだよ。」


「え…」



藤林が俺を…?

俺を心配して、遊びに誘ってくれた…?


「藤林、お前の事かなり心配してたよ。
最近目が虚ろで、ほとんど笑わなくて、元気がないって…」


そうなんだ…藤林はそれほど俺の事を心配して遊びに連れて行こうとしてくれた
んだ。

その藤林の誘いを、俺はあんな断り方をして…



「藤林の言う通り、お前最近変だよ。
この前は思い出を作るのが楽しいって言ってたのに、なんで今はそれを拒んでん
だよ。」


胸がずきずき痛む。

頭がぐるぐると回ってふらふらしてくる。


あの後、俺は藤林にあんな事を言った事は、正しくなかったかもしれないと思っ
ていた。

例え藤林が悲しまないようにとした事でも、結局は悲しませる事になってしまっ
たのかもしれないと思っていたかのだ。


「…もしかしてお前、
この世界を離れる時に悲しまないようにって
誘いを断ったのか?」




ごめん藤林、ごめん…

俺は、結局藤林を悲しませてしまった。

藤林は俺を心配して誘ってくれたのに…俺の為にしてくれた事なのに、俺はそれ
を踏みにじってしまった…


ごめん…



「おい、澤村?聞いてるのか?」




悲しませてごめん…



あんな事を言ってごめん…



ごめん、ごめんごめんごめん…








「あっ…澤村…?え……血…?」
















俺は、口を抑えていた。


口を抑えて、喉の奥から込み上げてきた血液を抑えようとした。


しかし抑えきれず、血液は着ていた服に溢れ、地面を真っ赤な血で染めた。



そして馬場の慌てる声が小さくなっていく。

風や葉っぱが擦れる音も聞こえなくなっていく。


視界も段々と狭まり、赤く染まった地面が自分と平行に見えるだけで、もうほと
んど何も見えない。


あぁ、胸が本当によく痛む。

原因として、藤林と別れなくちゃいけないというのもあるんだけど、きっと藤林
を悲しませてしまったというのがほとんどだ…

藤林を泣かせてしまったからだ…

俺は、藤林が悲しみで泣く姿だけは見たくないと思っていた。

できるだけ藤林の笑顔を作って、悲しませないようにしたいと思っていた。


でも俺は藤林を悲しませるような事をしてしまった。

それも俺の手で…!

藤林の為と思ってやった事だとしても、俺が自ら藤林を悲しませてしまったんだ
…!


視界が真っ暗になった俺は、薄れ行く意識の中で、もう一度藤林に謝った。

図書館の屋上でしたように、地面に這いつくばって、泣いてずっと謝り続けてい
た。


















ふと、目が覚めた。

藤林と馬場と葛城と五十嵐と、水族館やら遊園地やら映画館やらいろんな場所に
行って遊びまくる夢から覚めた。

自分ももう、夢の中では何も考えず、派手に皆と遊び、笑いまくっていた。

本当に楽しかった。

夢の中だけど、こんなに楽しい思いをしたのは久しぶりだ。

それに皆が笑うんだ。

ジェットコースターに乗ればきゃーきゃー叫び、水族館のショーを見ればわーわ
ー驚いて笑った。


特に藤林はいつもにこにこ笑っていた。

俺と離れずに一緒に歩き、たまに怒った振りをしても、またすぐに笑う。

可愛かった。自分も釣られて笑っていた。

ずっと側に藤林がいてくれるような気がして、本当にいい夢だった。


夢から覚めた時は、その夢の変な余韻が頭に残っていて俺は天井を見つめたまま
、しばらく惚けていた。

もっと夢が続けばよかったのに。

ずっと幸せの時が続けばよかったのに。


それにしても、知らない天井だなあ。

何かの薬品の臭いが漂ってくるし、ここは自分の家じゃない、どこだろう。

見たことがあるような気がするんだけど…



「澤村くん、気付いたの?!」


「えっ…藤林…?」


声の方に目を移すと、藤林が俺の寝ているベッドに身を乗り出していた。

俺を見ながら、勢いよく訊いてくる。


「大丈夫なの?!どこも痛くないの?!」


必死の表情で訊いてくる藤林に、俺は少し慌てて答える。


「ど、どこも痛くないよ…
それどころか気分も晴れて、なんだか調子もいいし…」


でもどうしてこんなに藤林が必死になっているんだ…?

痛くも何も、"どこも怪我なんてしてないし…"


藤林は俺の言葉を聞いて少し惚けていたけど、溜め息を吐いてイスに座った。

どうやら落ちついてくれたようだ。


でもよく見ると、藤林の目の下が赤くなっている。

目を掻きすぎた訳でもなさそうだし、もしかして…今まで泣いていたのだろうか



「よかったー、澤村くん、助かったんだね…」


「え…助かった…?
助かったって言うと、俺が危ない目に遭って、それから助かったって事か…?
それに藤林…どうしてその…泣きそうなんだよ。」


俺は、目に涙を溜めている藤林に戸惑いながら訊いてみた。

普通はそんな質問すると、拍子抜けして呆れられてしまうかもしれないけど、藤
林は呆れた様子なしで答えた。


「澤村くん、日ノ出公園で血を吐いて卒倒したんだよ。」


「え…血を吐いて…?」


「馬場くんに呼ばれて病院に来たら、ちょうど血だらけの澤村くんが見えたから
、私、本当に澤村くんが死んじゃうかもしれないって思ったんだよ?」


その時の事を思い出しているのか、藤林の目に涙が滲んでくる。

それじゃあ、藤林の目が赤くなっているのは、俺の事を心配して泣いていたから
なのか…

でも俺が病に倒れるなんて…


「そうなんだ……
それで、医者はどんな症状だって言ってた…?」


「…酷い胃潰瘍らしい。
胃に穴が開いてるんだって…」


「穴?!」


そ、それって確かに酷い事なんじゃないか?

ちゃんと治るんだろうか?


「大丈夫。
穴は原因を直せば治るらしいし、重度のものでも2、3週間で退院できるって聞
いたから。」


それは良かったけど、2、3週間も入院か…

また藤林に迷惑を掛けちゃうな…

せっかく、アルバイトして少しでも返そうとしてたのに…

それに調査はまた遅れてしまうし…


「そうなんだ…でも原因って?」


「…澤村くんが辛いって思う事、だよ。」


辛い、こと…?


「澤村くん…辛い事があったんでしょう?
最近ずっと部屋か図書館で調査をしてたし、全然笑わなくなって目は虚ろになっ
てたし…」


「……」



そうか…そうだった…

俺は藤林を悲しませないように…俺が元の世界に帰る時に悲しませないようにと
、思い出を作る事を避けていたんだ。

それで、俺は藤林への想いを殺して藤林を避けて、そして最後には結局、藤林に
酷い事を言って悲しませてしまったんだ。


本当に酷い事を言った。

藤林に謝らなくてはならない。いや、謝りたい。

謝ってそして、仲直りがしたい。

藤林にさっきの夢みたいに笑ってほしい。


「ねぇ、藤林…」


「何…?」


「ごめん…」


俺は深々と頭を下げる。

藤林は少し驚くも、俺が何を謝っているのかわかったのか、目を伏せて少し黙っ
ていた。

少しの間、病室に沈黙が流れる。


「…この前の、私が誘った時の事?」


「うん…」



藤林は悲しそうに目を伏せる。

その表情を作ったのは俺だ…

俺が悲しませたんだ…


「で、でも…私も澤村くんが嫌がってるのに無理矢理連れて行こうとして…」

「いや、俺は嫌がってなんかいないかったんだ。
本当は、すごく行きたかったんだ。
藤林と馬場と葛城と五十嵐と、みんなで遊びに行けるなんてすごい楽しそうだし

でも、俺は行く訳にはいかなかったんだ。
もうそういう事をする訳にはいかなかったんだよ。」


「そ、その訳って…」

「あっ!澤村が気が付いてるぞ!」

「ホントだ!」


その時、俺たちの話を遮る様にして、馬場と葛城と五十嵐が入ってきた。

バタバタ、ガタガタと騒がしく入ってくる。


「もう何ともないのか澤村!」


「だ、大丈夫だよ。どこも痛くないし…」


「胃は痛くないのか?
吐き気とか、もうないのか?」


「大丈夫だよ、血はもう吐かないよ…」


俺は馬場と五十嵐の勢いに少し圧倒されながら応える。

葛城もやっぱり心配そうな顔をしている。


あーあ、結構みんなに心配かけちゃったんだな。


「よかったー。
澤村が血を吐いてぶっ倒れた時は
どうなることかと思ったぜ。」


「馬場、かなり焦ってたもんね。
電話してきた時にかなり大袈裟な言い方してたし、こっちも焦っちゃったよ。」


「そうだよな。澤村がヤバい、死ぬ、とか言って。」


葛城と五十嵐の冗談で、みんなはやっと笑った。

からかわれた馬場だけは苦笑いだったけど、夢ではなく、現実の久しぶりの笑顔



よかった。やっといつもの風景が戻ってきたみたいだ。

馬場がぎゃーぎゃー騒ぎ、誰かが冗談を言えば皆で笑い合う日常。


少し藤林の方を見てみると、やっぱり笑っていた。

さっきの話もあってまだ笑顔が重いけど、藤林は笑い始めていた。

俺の記憶では、久しぶりに見せる笑顔だ。



どうやら…仲直り、はできたみたいだ…

まだ藤林との話は終わってなかったけど、藤林は笑顔を取り戻しているし…

ならよかった。

藤林の笑顔が戻ってきてよかった。

本当にそう思う。


いつかさっきの話の続きをしなければいけないだろうけど、その時は藤林もきっ
と納得してくれるだろう。

勝手な予想で願望だけど、藤林の為にやったのだから許してくれるだろう。


藤林を傷付けてしまった事は忘れはしないけど、とりあえず今はこれでいいんだ


みんな笑って、楽しそうにしてるんだから。


別れの時はその時で、今は今で楽しもう。

そう決めた、今回の入院生活だった。




to be continued-

■作家さんに感想を送る
■作者からのメッセージ
話が重くてすいません…
明るくて楽しい話が読みたい人は、つまらなかったでしょう(;^_^A
それならまだしも、澤村くんが、血を吐いてまで後悔していた割にはケロッとしていたかなぁと思います。
でも上手く処理できなくてこのシメです。
未熟ですいません…(−_―;)

今回は重い話でしたが、次回は早めに澤村を退院させて、遊園地で遊ぶ明るい話にしようと思います。
その前に第十一話を改訂して、五十嵐がまだ退院していなくて病院に入院している事にしようと思ってます。

>黒い鳩さん
わざわざ情報を、ありがとうございます。助かりました(´∀`)ノ
イアルスでは医療技術が発達していて、一ヶ月ほどで退院できるというフォローも考えましたが、それはさすがに無理があるので、改訂して五十嵐が退院していないという事にするつもりです。

藤林の俊太郎への想いの重さという話ですが、藤林は、予想だけれど俊太郎は無事だと思っているようです。
あまり言うとネタバレですが、その予想の根拠はイアルスとアースの関係にあって、"俊太郎と澤村には何か関係がある"んじゃないかと予想しているのです。
でもそれは予想に過ぎないし、澤村がもう少し、「もったいないから旅行に行ってきなよ」とでも言えば良かったかもしれないですね…(;`・ω・)

>空乃涼さん
熱心なアドバイスありがとうございます。
真剣に読んでくれている人が、黒い鳩さん以外にもまだいるという事がわかっただけでも、なんか嬉しいです(*´∀`)ノ
アドバイスを読みましたが、今思えばなんで気付かなかったんだろうと思うことばかりでした。
俊太郎の家族は改訂してフォローしましたが、俊太郎が神隠しになればクラスメイトとかは不思議に思いますよね…
それと代わるように編入してきた澤村たちも、不思議がられるだろうし…

今後の課題は構成力ですね。
ストーリーを書く前に練る構成を、ゆっくり考えて辻褄を合うようにしていく。
そうしてこれからは、ストーリーを確かなものにしていこうと思います(;`・ω・)
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