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自分の生きる場所 第十三話 遊園地での楽しい一時、できた間の壁
作者:武装ネコ   2011/05/02(月) 15:17公開   ID:q29ramwIjuI



俺が入院してから2週間の時が経った。

冬休みだと言うのに、2週間も無駄に使ってしまった。

その2週間という時は暇で少し辛いもので、藤林が毎日見舞いに来てくれているが、調査は全くさせてくれなかった。

調査をするから本を持ってきてくれと言っても、藤林は「絶対ダメ」と笑うだけだった。

俺は、藤林を泣かせてしまっている事もあって、逆らわずに黙ってベッドで寝ていた。


それと、俺が入院している病院は五十嵐が入院している病院と同じで、そうなると病院にクイーンコング(注 看護婦)がいる事になる。

あの時対峙して、必死で戦った相手がここにいたのだ。

でもクイーンコングは俺の病室に入ってくると、ジトリとした細い目で見ながら点滴をうったりするだけで、何も言ってきたり叱ったりはしなかった。

たぶんだけど、俺が胃潰瘍という事を知っていて、ストレスを感じさせないようにしているのかなと思う。

だとしたら、胃潰瘍になって唯一良かった点かもしれない。

不謹慎かもしれないけど、クイーンコングに気を遣わせていると思うと、クイーンコングに押し勝った気がするのだ。


まぁ、そんなこんなで2週間の入院生活を過ごし、俺は病院を退院した。

でも俺は、また卒倒しないか心配だった。

入院している2週間の間は、あまり藤林との別れを辛く考えなかったけど、それは調査から離れていたからかもしれないし、藤林が"遊園地"に行こうと言ってくれたから平気だったのだろう。

俺が入院した時に、藤林が遊園地に行こうと約束してくれたから、楽しみに紛れてそれほど辛くなくなっていたのだろう。

それは藤林に感謝すべき事だけど、遊園地に行った後は、きっと再び辛さが極端に戻る。

だから俺は退院する時に、藤林逹に隠れて、担当医に頼み込んで精神安定剤を処方してもらった。


普通はあまり精神安定剤を処方してもらえないのだけど、担当医は俺を心配していたのか、少し迷った後に処方してくれた。

担当医は薬を渡す時に、副作用はないから心配は要らないと言っていたから安心できるけど、副作用がないという事は、効き目があまりないという事でもある。

副作用がない点は安心だけど、効果が薄くてまた倒れたりしたら、藤林達に心配かけてしまうし、また治療費がかかってしまう。

だからもう少し強い薬がほしいと思っていたけど、仕様がないと諦め、薬をもらって退院した。




その退院した日の翌日。

俺は、藤林と約束した通り遊園地に来ていた。

ネズミーランドという、アースで言うディ○ニーランドのようなところだ。


ネズミーランドはかなりの盛り上がりを見せていて、開園前だと言うのに何人もの人が門の前で待っていた。

この敷地内の人口密度は一体どのくらいなんだろう、と疑問に思うほどだ。


でも一つ、気になる事があった。

葛城がいる。

入院している五十嵐を置いてきて、藤林と馬場と俺に加わって着いて来ているのだ。


「葛城…どうしてお前はここにいる…」


「居てはいけないのか?」


あれ…そういえば、以前にもこんな話をしたような…


「実は馬場の話から、五十嵐の耳に遊園地に行くという話が入ってな。
それで俺に、遊園地に行って楽しんで来てほしいと言われたんだ。」


俺が馬場をジロリと横睨みすると、馬場は目を逸らしながら口笛を吹いていた。


この野郎…葛城は五十嵐の支えになっているというのに…

それを取ってしまったなんて失態をしてくれたんだよ…


でも本当なら、五十嵐にそう言われたとしても、葛城なら断るだろう。

なのに来たという事は…もしかして俺を心配しているからなのだろうか…


「いいのかな、澤村くん…
私達、栄子ちゃんから葛城くんを取っちゃったみたいじゃない?」


「いいんだ、五十嵐が言い出した事だからな。
それにもうここまで来たんだ。参加させもらうぞ。」


「う〜ん…まぁ、そろそろ開園だしな…葛城を嫌がってる訳でもないし…」


俺達はただ、五十嵐が寂しがるとか、本当は葛城は五十嵐の側にいたいんじゃないかとか心配しているだけなんだ。

さっき言った通り、そろそろ開園だからしょうがないけど。


しかし、しばらく開園を待っていると、葛城はこんな事を言ってきた。

門を開ける為に来た、この遊園地の従業員の姿が見えた時だ。


「あっ、そうそう。俺達乗りたいアトラクションがあるんだった。」


「えっ?」


それに加わって、馬場も言い出す。


「そうそう。そのアトラクションは人気だから、走ってファストパス(予約券)を取りに行かないとかなり並ぶ訳よ。」


「はっ?」


声には出さないけど、藤林もいきなりの発言に驚いているようだ。

俺達はそんな話は全く聞いていなくて、それほど突拍子のない話だったんだ。


「じゃあ俺達、早速行ってくるから!」


「澤村と藤林は二人で遊んでてくれ!」


「あっ、おいっ!」


俺は、いきなり話を進めて勝手に行こう(逃げよう)としている馬場達を止めようとする。


しかし二人は速かった。

門が開いたと同時に、かなりのスピードであっと言う間に遠くへ消えて行ってしまった。


水族館で俺と藤林が使った手である。

二人っきりにする為に、俺達が使ったものと、同じような手口である。


「やられた…」


「う、うん…やられたね…」


二人残されたというより、二人っきりにさせられた俺達は、唖然と馬場達が去った方を見ていた。

ファストパス狙いの、走る他人に追い越されながら。


「水族館の時の仕返しか…あ、あの野郎…」


藤林と二人っきりで遊園地を回るなんて、まるでデートをしてるみたいで嬉しいけど、でも、本当はもうこんな事ダメなのに…

藤林を避ける方が悲しませる事だと気付いて、今はこうして遊園地に来ているけど、もう藤林と仲良くなってはいけないのに…


「さ、澤村くん…大丈夫…?」


「あぁ、ごめん…今馬場に、呪いがかかるように念じてたところなんだ。」


「…そ、そうなんだ…」




……藤林が突っ込まない。

いつもなら冗談でしょ、って言って笑ってくれるのに。

二人っきりになった事で緊張して、俺の冗談に突っ込まないで照れている。

そんな藤林を見て、俺もなんとなく緊張して、照れてきてしまった…

少し愛らしく感じてきてしまう。


これから俺達は一日、二人っきりで遊園地に回るのだろうか…?

馬場達を追いかけても逃げるだろうし、このまま一日、藤林とデートするのだろうか…?


「と、とりあえずさ…このまま立ってても変だし、歩こうか…?」


「うん…」


俺が歩きだすと、藤林は一緒になって着いてきた。

人が多くて、離れるとすぐにはぐれてしまいそうだから、藤林の足に合わせてゆっくり歩く。


俺は、何か藤林と話そうと思ったが、いつものように気軽に話をすることはできなかった。

緊張感が高まってきて、心臓が早く脈立っていて、口が全く回らないんだ。


藤林の方はたぶん俺より緊張していて話せないし、全く会話がないので、俺達は黙って歩いていた。

お互いを意識しながら、ゆっくりと歩いていた。


でも俺は、それだけでも幸せを感じていた。

藤林と二人っきりで歩く。

藤林が一緒というだけで、歩くだけの行為が驚くほど充実している。

胸が弾み、どんどん胸が熱くなっていた。


その時はたぶん、藤林との別れの事なんて忘れられていたと思う。

忘れちゃいけない大事な事だけど、俺は藤林と二人っきりという事と、足を藤林の歩調に合わせるという事だけで胸が一杯になっていたんだ。


そんな幸福を感じていたその時だった。


「あっ…すいません…」


「いえ、こちらこそ。」


藤林が行き違える人とぶつかり、俺の後ろで人に謝っていた。

ぶつかった人も軽く謝って、すぐにまた歩いていったけど、俺は少し深く考えた。

またぶつかるんじゃないか? また藤林とぶつかる人がいるんじゃないか?と考えた。


「藤林…」


「何…?」


俺は自分の左手を差し出す。


「またぶつかるかもしれないから…手…」


そう言うと、藤林は驚いて俺を見た。

俺がそんなことを言うなんてと、びっくりしている風だ。


う…やっぱり、よしておくべきだったかな…?

俺の手を握るなんて、嫌だったかな…?


でも、藤林は少し俺の手を見つめると、恥ずかしがりながら手を握った。

表情を見てみたかったけど、俺も何だか恥ずかしくて、藤林の顔が見れない。


「…ちゃんとくっついとかないと、またぶつかるよ。」


「うん。」


藤林が頷く声は、何だか明るく聞こえた。

また藤林の表情が見てみたくなったけど、やっぱり俺は恥ずかしくて、見ることはできなかった。



でも俺は、ある事に気付いた。

どこかに逃げていった馬場たちの事を思い出して、もしかして馬場達は俺達を着けて来ているかもしれないと気付いたんだ。


「あっ…そうか…」


「えっ、どうしたの?」


「その…もしかしたら馬場たちが、尾行しているかもしれないって気付いたんだ。
水族館で俺達がやったようにさ。」


「あ…」


周りを見回してみるが、馬場たちの姿は見付からない。

そもそもこんな人が多いところで人を探すなんて、当たり前に難しい事だ。


でも、馬場達が着けて来ているかもと心配に思うと、何だか無性に視線を感じるようになってきていて、馬場たちがどこかで見ているような気がしてならなかった。

思い込みかもしれないけど、どうやら馬場達を撒くアトラクションに乗った方がいいらしい。

このままずっと歩いているのも何だし、何かアトラクションに乗ろう。


「藤林、お化け屋敷に入ろうか。」


「えっ、お化け屋敷…?」


「お化け屋敷だったら馬場たちを撒けるかもしれないからさ。
ほら、あのお化け屋敷、すぐ入れるみたいだし。」


「う、うん…」


お化け屋敷と聞いて藤林は不安そうな表情をしていたけど、馬場たちは撒けるし、藤林が怖がる姿も少しは見てみたかったし、ちょっと酷いかもしれないけどお化け屋敷に入ってみよう。


周りに馬場がいないか、もう一度確認してから俺達はお化け屋敷に入っていった。

そんな軽い気持ちで入っていった。



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「あと十分ぐらいだって。」


「十分か。だったらジュースとか買ってくるよ。」


「いや、それは俺が買ってくるから、葛城はカメラのセットしといてよ。
五十嵐の為にパレードを撮るんだろ?」


「まぁな。」


そう、葛城と馬場は今、十分後に始まるパレードを待っていた。

葛城が持ってきたシートの上に座って、"澤村達を尾行せずに"待っていた。

馬場は澤村たちを尾行しようと言っていたのだが、葛城が止めたのだ。


「じゃあ、行ってくるよ。」


「あぁ、頼む。あっ、それと馬場!」


葛城は、ジュースを買いに行こうとする馬場を引き止めて言う。


「ジュースを買いに行くと見せかけて、澤村達を尾行しに行くなよ。」


「わかってるって!さすがに俺も嘘ついてまでそんな事しないって!」


そう言って馬場は、真っ直ぐに自販機を探しに歩いて行った。

葛城に言ったように、澤村達を尾行する事なく…



という事で、馬場たちは澤村たちを尾行していない。

澤村たちが遊園地デートをしている姿を見ていない。


それなのに澤村たちはお化け屋敷に入り、お化けに驚かされているのだった。

骨折り損なのであった。



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「うわ〜、なかなかリアルにできてるんだなぁ。」


「う…うん…」



お化け屋敷の中は、光が入らないように閉めきられていて、目を凝らさないと見えないような薄暗さだった。

俺達の入ったお化け屋敷の模型は、腐敗した皮膚や飛び出している目玉など、リアルに作られていてなかなかの出来が良いものだった。


リアルだったけど、俺はそんなに恐く感じてはいない。

アースで何回か聡美とお化け屋敷に入った事があるので、俺はもう慣れているのだ。


でも藤林は、あまり慣れていないのだろうか…?


「藤林、大丈夫?」


「だ、大丈夫…」



でも藤林は、力み込んでいる。

俺の手を握っている手には力が込もっているし、離れないようにぴったりとくっついて歩いている。

こんな様子だと、やっぱり恐いんだな。

女の子だもんな、藤林は。


そんな事を思っていると、最初のお化けのゾンビが、藤林側から呻き声と共に飛び出してきた。


「キャァ!」


「うわっ、藤林?!」


お化けが出てきたと同時に藤林は俺の腕に抱きついてきた。

手を離して、両腕を絡めたのだ。


「ふ、藤林…大丈夫?」


「大丈夫…びっくりしただけ…」


でも藤林はお化けに怯えて、力一杯俺の腕を抱き締めて泣きそうな顔をしている。

怯えきっていて、泣きそうなほどに恐がっているのだ。


「行こう、澤村くん…」


早くお化け屋敷を出たいのか、藤林は早く行こうと促してきた。

藤林は声までもが震えてしまっている。


「わかった。早く出ようか…」


「うん…」


『おげぁあ…!』


そんなちょっとした会話の途中で、天井から呻く生首が目の前に垂れ下がってきた。


「やぁぁー!」


「うわっ!」


その生首に驚いて、藤林はまた叫び声を上げた。

俺の腕を抱く藤林の腕にも力が入る。

その力は女の子の割には強くて、俺は本当に怖がっている事が読み取れた。


俺は、藤林がこんなに怖がるなんて思っていなかった。

藤林の恐がる姿を見てみたいなんて思うんじゃなかった。

どうしてそんな事を思ったのだろう。

聡美もお化け屋敷が少し嫌いで、いつもの仕返しで連れて入ったりしていたのだけど…俺はそんな感覚で入ってしまったかもしれない…

なんて事をやってしまったんだ、俺は…

非常口はどこだろう…早くお化け屋敷を出ないと…


「とりあえず藤林、俺の後側にいて。
後だと少しは大丈夫だと思うから。」


「うん…ありがとう…」


しかし、俺が非常口を見つけるより早く、次のお化けが現れた。

それも今度は、後からだ。


まずはドス、ドスドスと後から不規則な足音がした。


音の方を向いてみると、落武者のようなお化けが歩いてきていて、手を突き出しながら近づいて来ていたのだ。


「いやぁぁー!」


藤林は再び悲鳴を上げる。

腕にも力が入れられ、俺の腕は痛いくらいに締め付けられる。


そのお化けには俺も怖がさせられ、俺達に気付かれたとわかると
、その落武者は走ってきた。

叫び声を高らかに上げながら、ずんずんと走ってきたのだ。


落武者の足はなかなか速くて、俺達が全力で逃げても、なかなか撒くことができない。

しかしその落武者から逃げていると、外の光が見えてきた。

出口を見つけたのである。


そうか…お化け屋敷ももう最後の方だから、追い掛けてくるようなお化けを配置したのか。

藤林のいない時はその工夫に感心しただろうけど、今は逆にお化け屋敷を恨めしく思う。

「こんな時によくも!」と理不尽に思いながら、俺達はお化け屋敷から逃げ出てくるような形で出た。

日の光が眩しかったけどそんなことは気にしていられず、俺達はお化け屋敷を出ても少しの間走っていた。



「はぁ、はぁ、はぁ…
なかなか恐いお化け屋敷だった…
後から襲いかかるパターンは初めてだったし…
いや、それよりも藤林、大丈夫…?」



息を整えながら尋ねる。

でも藤林は俺の腕にしがみついたまま答えなかった。

いや、答えなかったんじゃない。

俯いて震えていて、恐くて答えられなかったんだ。



「…こ…怖かった……」


「藤林…」



俺はお化け屋敷に入る前に思った事を再び思い出す。

藤林が怖がる姿も見てみたい、思った事を。


「ごめん藤林。
お化け屋敷、嫌いだったんだな…
こんなに怖がるなんて思ってなかったよ、だからごめん…」


「澤村くん…」


藤林はやっと少し顔を上げてくれた。

涙が滲んだ目で俺を見ている。


「…ううん。嫌なら嫌って、言わない私が悪かったんだよ。
だから澤村くん、困らせてごめんね…」


隣の藤林は涙まじりの目で俺を見ながら謝る。


「いやでも…入る前に、藤林の怖がる顔見られるかもとか思ってたし…」


「そうなんだ…
でもいいよ。これでおあいこ、ね…?」


「う、うん…」


俺がそう頷くと、藤林は少し調子を取り戻してきたのか、少しだけ笑って言った。


「じゃあ澤村くん、今度はジェットコースターに乗ろう?」


「え……マ、マジで…?」


「えっ、ジェットコースター嫌いなの…?」


「い、いや大丈夫。堪えてみせるから…」


「……うん、わかった。
じゃあ今度は、私が澤村くんが怖がる顔見ちゃおうかな?」


なんて話しながら、俺達はジェットコースターのある場所まで歩き始めた。

藤林はまだ完全に調子を取り戻してはいないみたいだけど、俺達は普段のように笑ったり、苦笑いをしたり、たまに怒った振りをしながら歩いて行く。


いやでも、今は1つだけ普段と違うものがあった。

藤林が、俺の腕を抱き締めながら、という事だけは違った。

お化け屋敷から出たまま俺の腕を抱き締めていて、俺達はまるで仲の良い恋人同士のカップルのように歩いていた。


藤林が気付いていなくて抱き締めているのか、わざと抱き締めているのかはわからなかったけど、俺は嫌じゃなくてむしろ嬉しかったので、そのまま藤林と一緒に歩いていた。




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パレードが終わり、集まっていた客たちは、アトラクションやレストランに散らばり始める。

先程までパレードが行われていた道も、人が通るようになって行き交いが始まった。


葛城と馬場もシートの上を片付けて、移動しようとするところだった。

五十嵐の為にパレードを撮っていたカメラも片付けて、荷物をまとめる。


「なかなかだったな、パレード。」


「う〜ん…まぁ、女の子が見る分には良いんじゃないかな?
男が見るとしたら微妙だけど。」


「そうか?でも夜のパレードはもっと凄いらしいぞ。
夜のパレードに期待だな。」


「ってお前、夜のパレードも見る気かよ!」



そうパレードの感想を話し合っていると、葛城は何かに気づいて唖然とした。

馬場の後ろの方から、何やら見慣れた二人が腕を絡めて歩いてくる。

さっきまでパレードが行われていた道を、通行人と共に歩いてくるのである。


「お、おい馬場…あれ見ろよ…」


「えっ?」


馬場も不思議に思ってその方向を見てみると、葛城と同じく唖然とした。

目を丸くして、口を開けて葛城が指差す方向を見ていた。


そう、そこには澤村と藤林がいたのだ。

藤林が澤村の腕に抱きついて、まるで恋人同士のように良い雰囲気で歩いて来ているのだ。


「あ、あいつ…」


「やりやがった…」


澤村と藤林は、さっきまでパレードが行われていた道を人だかりと一緒になって歩いた。

自分達の目の前を通っても二人は全く気付かず、葛城と馬場はただ黙って見ている事しかできず、二人を唖然として向こう側まで見送る事しかできなかった。

二人の背中を見ている事しかできなかった。



「すげーよ、ネズミーランド…
パレードの最後の最後ですげぇもん出してきやがった…」


馬場たちは澤村達に唖然とさせられ、パレードは終わったのに、しばらく澤村達が去っていった方を見ていた。

もはやそれは、本当のパレードより凄いもので、パレードより見所のあるものであった。




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俺達はジェットコースターに乗った後、色々なアトラクションを楽しんだ。

現れる的に向かってレーザー(赤外線)を射つアトラクションや、ボートに乗って濁流を下るアトラクションなどに乗った。

どれも迫力があって楽しくて、俺達はずっとにこにこ笑っていた。


なにより藤林と一緒ということが一番楽しかった。

ただ一緒にいるというだけで楽しかった。


ジェットコースターのアトラクションでは腕を離さなければならないから、ジェットコースターの後は腕を抱き締められなかったけど、でもはぐれるかもしれないという理由で、藤林は手をつないでくれた。

アトラクションが終わった後、藤林は黙って照れくさそうに俺の手を握ってくれるのだ。


俺はそれが本当に幸せで、ネズミーランドには申し訳ないけど、アトラクションよりその瞬間の方が楽しみになっていた。

藤林と別れる事を忘れられていた事もあって、俺は幸せを感じられていた。


そうしてその幸せの時間はあっという間に過ぎ、日も暮れて夜が訪れる。

藤林とのデートが終わりに近付き、そろそろ家に帰らなければならない時間になった。


俺は、夢の終わりが近付いている事が悲しくて、さっきまでにこにこしていた顔が、段々と重くなっていた。

藤林も残念に思っているのか、どこか表情に悲しみが紛れている。


先程も見たけど、時計を見てみると、やっぱり時間はもう残っていない。

もう、次が最後のアトラクションだろう。


「藤林、次が最後だよ…何に乗りたい?」


「…じゃあ、観覧車に乗らない?」


「…いいよ。」




手をつなぎ、歩いて観覧車に行ってみると、並んで観覧車の順番を待っている人は少し多かった。

日が落ちて夜景が綺麗に見える時間帯なので、多分みんな夜景が見たくて観覧車の順番を待っているんだろう。


それでも、俺も何となく観覧車に乗りたくて、すぐにその列の後に並んだ。

待ち時間30分の文字が見えていたけど、関係なしに並んで待っていた。


その時間を乗り越え、観覧車に乗ると、俺達は向き合うようにして座った。

俺は観覧車に乗るのは初めてで、観覧車って結構揺れるんだなと感心した。

ロープウェーみたいに揺れるもんなんだなぁ。


「観覧車ってこんなに揺れるんだ。」


「あっ、藤林も観覧車は初めて?」


「うん。ネズミーランドは何回か来た事あるんだけどね。」


「へぇ〜」


じゃあ初めて乗る者同士だね、と少し嬉しく思う。

でもそう思った後、藤林が前にネズミーランドに来た時は、例の俊太郎と一緒だったのだろうかと疑問に思った。


俊太郎…

この前この人は、藤林にとって幼なじみだと教えられた。

でも俺みたいに、今頃になって聡美を好きだったと気付いたりしているかもしれない。

そうじゃなくても、俺より幼なじみの俊太郎の方が、藤林と過ごしてきた時間が長くて、思い出も沢山あるんだ。


そう考えると、やっぱり胸がモヤモヤしてくる。

前は気付かなかったけど、この感情は嫉妬だ。

自分よりも長い時を過ごした俊太郎に嫉妬しているんだ。


その嫉妬に駆られ、俺は俊太郎の事をもっと知りたくなった。

藤林と俊太郎は、一体今までどんな風に暮らしてきたのかと。

俊太郎は藤林にとって、本当に幼なじみという関係だけだったのかと。


いつもはそんな事、あまり訊けそうにないけど、ちょうど今なら訊けそうじゃないか?

今はこうして藤林と二人っきりで十分に話す事ができる。

俊太郎について訊くなら、今じゃないか?


訊きにくい事だけど、機会は今しかない。

俺は少し勇気を出して、口を開いた。


「…藤林。前にネズミーランドに来た時は、誰と来たの?俊太郎…とか?」


「えっ…?う、うん…そうだよ…?」


藤林は予想していなかった質問に不意を突かれて、少し驚いた様子で答えた。

そしてその答えを聞いて、俺の胸はまたズキンと少し痛む。


やっぱりか…
でも俺が本当に訊きたい事はそれじゃない。

俺はまた口を開く。


「あ…その…俊太郎って、藤林にとって本当に幼なじみってだけだったの…?」


「え…」


俺がそう訊くと、藤林は決まり悪いような表情をした。

そして何かを考え始めたのか、黙り込んでしまった。


やっぱり俊太郎は、藤林にとって知り合いや友達とは違う特別な人のみたいだ。

ズキズキ、と胸が痛む。


「この前わかった事なんだけど…」


「うん…」


胸の嫉妬に堪えていると、藤林は意を決したのか、ゆっくり話し始めた。

俺は黙って聞く。


「俊太郎は、私が小さい時からずっと一緒にいた人って、前に話したよね…?」


「うん…」


「でもね、そんな簡単な言葉で片付けられる人じゃないって、最近わかったの…大事な人だったんだって…」


「…」


ただの幼なじみではない…

つまりそれは…


「きっと俊太郎は、私の好きな人だったの…
乱暴でガサツで馬鹿な人だったけど、実は優しくて楽しくて、私の好きな人だった…」


「……そうなんだ。」


俊太郎は藤林の好きな人…

そうわかると、俺はどこかの谷底に落ちていくような感情に襲われた。

でも思っていたより、不思議とショックは少なかった。

きっと、藤林は俊太郎が好きなんだろうと予想が付いていたからだろう。

藤林との別れは避けられないとわかり、図書館の屋上で声を上げて泣いた時よりもずっと心は楽だった。




「…澤村くんも、もしかして私と同じじゃない?
幼なじみの聡美さん、本当は澤村くんがすごく好きな人だったんじゃない…?」


「…うん。あのビンゴ大会の後に気付いたんだ。
俺はあいつの事が好きだったんだって…」


「……そうなんだ。」



気付けば、観覧車は頂上まで昇っていた。

でも頂上に昇っても太陽は全く見えなくて、空は闇の色に染み渡っている。

ほんの少しでも太陽の光が見えるかもと思っていたけど、やっぱり地平線の向こうまで闇が広がっている。


当たり前か…太陽が沈んだのはもうずっと前だ。

見えるはずない、無理な話だ…



俺達は、少しの間黙っていた。

かと言って、観覧車の頂上からの夜景を見ている訳ではない。

黙って、俯いて席に座っている。

まるで、俺達の間に厚いコンクリートの壁を置かれてしまったみたいだ。

友達以上、恋人未満。

そんな言葉が今の俺達にぴったりな思える。



「…でもさ、俺が藤林の誘いを断った理由は聡美じゃないんだ。」


俺は沈黙を破って藤林に言う。


「えっ…じゃあどうして…?」


「俺達が元の世界に帰る時に、藤林が悲しまないようにしようって思ったからなんだ。」


「え…」


「でもその必要はなかったみたいだな。
俺自身が悲しまないようにしてただけだったよ…」


「澤村くん…」


藤林は俺の顔を見つめて呟いた。

藤林は、自分の所為で胃潰瘍になって血を吐いて入院する事になって、ごめんなさいって、思っているのだろうか。

でもいいんだよ。自分が勝手にやって勝手にぶっ倒れたんだから。

それに結局俺は藤林を悲しませてしまった。

謝らなきゃいけないのはこっちの方だ。


「そういえば、今日はごめん。
手をつないだりしたりして、嫌だったろ?
他に好きな人がいるのにさ…」


「え…いやでも、澤村くんは何だか俊太郎に似てるから…」


俺が俊太郎に似てる…?


……そうか、だから今までこんなに親しくしてくれたのか。

好きなのは俺じゃなくて俊太郎なんだ。

俊太郎の面影を俺と重ねていただけなんだ。


馬鹿野郎だな俺は…ちょっとでも、勘違いするなんて…


「へぇ、似てるのか、そうなのか…」


ははは…何だか笑えてくるよ。

自分が馬鹿すぎてさ、あんなに浮かれててさ…


「あっ観覧車、もう終わりみたいだぞ…
忘れ物ない、藤林?」


「えっ…?な、ないけど…」


「そうか。なぁ藤林、観覧車下りたらネズミーランドの出口まで走んない?
たまには運動もしないとな。」


「えっ、澤村くん?ちょっと待って…」


俺は、先程までの表情とは打って変わって、笑って勝手に話を進める。

自棄だった。

何もかも、藤林との恋も調査もうまくいかなくて、俺は自棄になっていた。

俺は、再び感情を殺して笑い始める…


「馬場たちより先に着いてやろうよ。
そんで馬場たちが来たら、おせぇよ馬場、とか言ってさ…」

「あ、あの、澤村くん…!」



藤林は、自棄になっている俺の話を止める。

何だか泣きそうな顔をして、俺を見つめている。

なんだろう、何を話すんだろう。


「わ、私……」


「……」



藤林は何か言いたそうに口を動かすけど、ちゃんとした言葉は出てこない。

何度か言おうとするけど、やっぱり言葉ができなくて、仕舞いには黙り込んでしまい、俯いてしまった。




そんなに…走るのが嫌だったのかな…?

確かに、走っていると人に見られるし、恥ずかしいかも…


俺は壊れそうな心で後悔する。

あぁ、またやっちゃったよ、と。


「ごめん藤林。走るの嫌だった?
歩いて行くからさ、顔上げてよ。」


「………うん。」



藤林は言いたかった事が言えなくて、泣きそうになるまで落ち込んでいたけど、静かに返事をした。

観覧車が地上に近付き、扉が開く。



観覧車を下りると、まだ行列はずらずらとできていた。

行列は仲の良い恋人たちがほとんどで、子供や老人はほとんど見られない。


俺達はその行列とすれ違うようにして観覧車を出て、ネズミーランドの出口に歩いて行った。


もちろん、藤林が手を握ろうする瞬間はもうない。

観覧車を降りても俺達の間の厚い壁は消えなくて、さっきまでの恋人同士のような雰囲気が嘘のようだ。

俺はほとんど自棄になってにこにこしていて、藤林は泣きそうになっている。


そして、俺達は黙ったまま歩いていく。

手を握ることなく、静かに遊園地の暗い方へまで歩いていった。






TO BE CONTINUED‐


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■作者からのメッセージ
エラーして消えてしまったので再投稿…

今回は楽しい話でした。
最後はともかく、笑い話だったしいい感じの恋愛もので、書いてて楽しかったです。
このままいい感じで事が進めばいいのですが、そうはいかないのが現実(小説内ですが)です…(−_―;)
澤村はどんどん精神的に追い込まれて、最後の最後まで報われません。
でも逆に言うと最後には報われて、やっぱりハッピーエンドになるので、楽しみに待っていてください(´∀`)ノ

それと、前回馬場くんが澤村の考えている事に気づいたような発言をしましたが、馬場くんにも考える事があって、その話はできないようです。
決して僕が忘れている訳ではないです、忘れていません…!(汗)

>黒い鳩さん
う〜ん…やっぱり僕には難しかった設定なんでしょうか…
経験不足から来る構成力なんでしょうか…(`∧´;)
まぁ、でも前向きに書いている内に鍛えられてくるものと信じて、色々書いていきたいです。
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