「ほう、君たちが護衛かね?
坊ちゃんの推薦という事で受け入れたが、本来国家間の移動はBランク以上の仕事だ。
払いも良かっただろうが危険度も相応に高い、気をつけてくれたまえ」
「はい、分かっています」
一応、今回の仕事は街道を外れる事がないため、危険度は低いらしい。
それに、国境付近までは来るものの俺達は国境越えをしない。
しかし、国家間を移動する仕事は本来Bランク以上の冒険者がいるパーティにしか引き受けられない。
だが、今回はBランクどころかCランクの冒険者すらいないのだ、不安なのはよくわかる。
それでも協会が許可した理由はいくつかある、公国と王国は通商国交があるため国境を越えるのが難しくない事。
元々、カントールは国境に割合近い場所にある事。
最近は公国による山狩りがあったので街道の盗賊団もあらかた討伐されているらしく、比較的安全であるという事。
というわけで、基本的には街道までうろうろと出てくるモンスターだけ気にかけていればいいはずなのだ。
最も、ソレガンの話しぶりからすれば何か裏があってもおかしくはないのだが……。
今は考えないほうがいいだろう、この依頼を達成すれば金貨25枚、250万円という事になる。
4人と貯金分で割り引いても一人50万円くらいにはなる。
そうなれば、装備もようやくまともなものに変える事が出来る。
剣もそろそろブロードソード辺りにしても問題なさそうだし、鎧もリングメイルかチェーンメイルになれば少しは安心だろう。
まあ、動きが遅くなっては仕方がないので体力増強のために毎日トレーニングしなければいけないが。
「計13人……もう少し人数がいてもよかったんだが……」
「なぁに、十分な働きはして見せるさ。そこの新米と違ってな」
商人の不安に対して”箱庭の支配者”のバズ・ドースンは言う。
やはり、俺達を意識しているようだ。
下っ端等放っておけばいいと思っているのかと思っていたが、どうやら違うらしい。
まあ予想の範囲で考えるなら、自分たちが使い捨てにしたという事実。
そんな人間が這い上がってくるという事は自分の目が腐っていたと言われるようなものだ。
そう考えてもおかしくはない。
つまりは、生意気だってことなんだろう。
「まあいいです。私達は物品と我らの護衛さえしっかりしてくれれば文句は言いません。
ただし、損害が出た場合報酬から天引き、場合によっては弁償していただきます」
「何ッ!?」
「募集用の要項にも書いたはずですが?」
「ぐっ……」
そう、完ぺきにやらないと下手をすると借金をしないといけなくなる。
そういうリスクもこの仕事にはあった。
最も、よく契約書を読んでみれば損害金の全てに関してではないのだが。
はっきり言えば最重要の物品に関してだけだ。
それに関しても、バズ・ドースンは良く読んでいなかったらしい。
まあ、報酬が良かったから目がくらんだんだろうが……。
「ふふーん、契約書はよく読むことね」
「けっ、実力もない奴が偉そうにしてんじゃねえ!」
バズとティアミスがまた言い争いになっている。
とはいえ、他のメンバーは俺も含めて殆ど関心がない。
理由はいくつかあるが、一番の理由はこの中のほぼ全員が国境越えの仕事が初めてだろうという事が大きい。
俺達はFランクなのだから言うまでもない、他のパーティだってBランクの冒険者がいるパーティに入った事がある人間は少数だろう。
緊張するなというほうが無理だった。
何せ、アルテリア王国の内情を知る者等当の商人たちくらいのものだ。
国境を越えたら検問にかけられて逮捕されましたなんて落ちもないとは言えない。
「どうした、皆固いぞ! もっと気楽にやろうや。気を張ってばかりじゃいざって時に力が出ないからな」
インド風魔法使いのチャンドラーさんが努めて明るく言う。
考えてみればティアミスやバズ・ドースンがいらついているのもその辺が原因である可能性もあった。
チャンドラーさんが髭を引っ張りながらウインクしてくる。
おっさんのウインクは見れたもんじゃなかったが、助けてもらったのだと気づく。俺はもっと感情に注意して観察しないとと思った。
「へぇ、あの魔法使い結構やりますね」
「ホウネン……俺なんかに話しかけていいのか?」
「なあに、バズにはいい薬です。状況判断が甘くなったリーダーなんてろくな事がないですからね」
「いや、そうでなくて……」
「ああっ、その事ですか、気にしませんよ。
バズはプライドの問題かかなり貴方達を嫌っていますが我々はそう言うのは関心がないですから」
「関心がない?」
「”箱庭の支配者”はね、元々同じ目的を持っているだけの同士でも何でもない三人の集まりなんです」
「えっ……」
「リーヌ……おっと失礼、ペスペリーヌはそもそも、あの森にある魔道書目的ですし、バズは財宝目的、私も種類は違えど同じ目的です」
「そんなのでパーティがやっていけるのか?」
「幸い目的がかち合う事もなかったので問題なくやってますよ」
ホウネンは坊主頭とほほ笑んだ顔で言うのだが内容が殺伐としているため違和感が強い。
元々毒舌を吐く事は知っていたので気にはしないが、やはり不気味なおっさんではある。
そんなこんなをしつつも、隊商はしっかりと準備を進め、元々いた傭兵を含めかなりの人数となった。
詳細は冒険者13名、傭兵10名、商人と部下及び商人の関係者15人という構成だ。
傭兵は元々いたということもあるが、冒険者とは折り合いが悪い。
いつもは傭兵団を20人以上雇うそうなのだが、今回は身元のしっかりした人間で秘密厳守の出来るものしか雇っていないらしい。
冒険者に関してはソレガンの推薦で仕方なくというところが大きいようだ。
ともあれ色々と不安を残すものの、出発することになった。
基本的には荷物を馬車で運び、商人とその関係者も馬車移動となっている。
後は傭兵の一部が馬を使っている以外はそれぞれの配置で歩いて警戒という事になる。
幸い馬車の速度はさほど速くない。
というか、基本的に馬も生き物であるため、引ける荷物にも限度があるし、走った状態でいられる時間も限られている。
馬に倒れられたら色々困るという事もあり、馬車の速度は基本歩く速度とさほど変わらないし、一日2度休憩もする。
一日50km移動できれば多いほう、登りになれば一日30km進まないこともあった。
そのまま一週間の期間が過ぎた。
その間、何度かバズ・ドースンとぶつかる事はあったがそれ以外は意外にも傭兵のほうとも特に衝突なく進んでいった。
そして、とうとうラリア⇔アルテリア国境付近までやってきた。
「ほう……これが国境の町、フェリンドか」
誰ともなくつぶやく、目の前には確かにかなり大きめの町があった、カントールの倍はあるだろうか。
そして、この町の構成が中央で大きな壁に仕切られている事が分かる。
町だけじゃない、町の外も城壁がづッと続いていた。
流石に川や山のほうでは途切れているようだが、簡単に通れそうではない。
国境線の出入りは監視しているという事だろう。
そして中央の壁だけではなくいろいろな所に両国の兵士(こちらから見えるのはラリアの兵士だけ)がいる。
両国は通商条約があるらしいのだが、その割には物々しいと感じた。
「ここでは皆さん大人しくしていてください。我々の商談がうまくいけば明日にでも立ちます。
その間の宿はこちらで手配しますので」
商人が支度をしつつ、俺達に言う直近の護衛は傭兵に任せるようだ。
俺達は帰り道まではお役御免ということになるのだろう。
一日休みをくれるというんだ、せいぜい楽しませてもらわねば損だなと思っていると。
「宿についたら一度集まってミーティングをするわよ」
「了解」
ティアミスからのお声がかりがあった。
俺達は宿に着くと、荷物を置いてからティアミスの部屋に集まる。
男の部屋は基本相部屋なので相談事には向かないからだ。
もっとも、ティアミスの部屋も別段一人部屋というわけではない、瓶底メガネのモデル体型魔法使いべスペリーヌ・アンドエアも相部屋ではある。
しかし、彼女はさっさと出て行ってしまったため、問題なく相談事が出来るわけである。
「さて、集まってもらったのはほかでもないんだけど」
「ほっほっほ、報酬の割に簡単すぎる事が気にかかるのかの?」
「ありていに言えばその通りよ。何かあるんじゃないかって気になってね」
「運が良くてモンスターと出会わなかっただけってことは?」
「ありえなくはないけど、討伐隊が出た後だもの、ある程度出現が減っているのは知っているはずよ」
「となると、一番怪しいのは……積み荷が何かって事になるが……」
「そう、もし危険なものなら帰りはかなり荒れるわよ」
「気を引き締めろってことか?」
「それだけで済めばいいけどね……」
ティアミスはまだ不安をぬぐえていない様子だ、つまり、モンスターの襲撃以外の何かも起こりうると考えているんだろう。
まあ俺も馬鹿ではない、ソレガンには敵対勢力があってもおかしくはない、父親の商会の跡継ぎなのだろうから。
もし、積み荷が奪われることになれば、俺達も報酬どころの話ではなくなってしまう。
下手をすれば一生ただ働き等という可能性すらある。
「とは言っても、今から出来る事なんてたかが知れてるわ。
ただ、できるだけ慎重に行動することと、警戒を忘れない事。
それだけは注意しておきましょう」
「確かに」
「賛成じゃの」
「了解」
ティアミスの言っている事は正しい、だが、引っかかる事が合った。
国境を越えない、そう言う意味では俺達はさほど問題なく仕事ができる。
国境を超えるための通行許可書などは俺達にはないのだから。
つまり、国境の向こう側に行くだろう商人達に何か起こらないのかという心配だ。
「国境の向こう側に行く商人達の護衛は傭兵だけが引き受けるようだが……」
「そうね」
「国境を超える時武器も預ける事になるんじゃないのか?」
「基本街中だからね、外に出るときは返してくれるはずよ」
「そうか……」
「それにその辺りの護衛はしていないんだからもし、襲われても私たちの落ち度じゃないわ」
「まあ、あまり根を詰めん事じゃ、気を張るのもいいが少し気を抜かねば疲れてしまうぞ」
「わかった」
俺の心配は確かに無駄なことかもしれない、商人達にそれほどの義理があるわけでもない。
俺達のやる事はあくまで商品と商人達を無事カントールまで送り届ける事。
しかし、その中に国境を超える事は含まれていない。
仕方ないと言えば仕方ないし、しかし、どこか少し気にはかかる。
受け取る積荷の事もだし、アルテリア王国についてもだが、やはり商人達の無事も気になる。
解散した後、俺は一人で町に出てみる事にした。
国境は越えられないため、ただの散歩に過ぎないが……。
「しかしまあ、国境の町だけあって警備が厳しいな。
それでも、活気はある……恐らくは国境を越える人の宿場町的な意味合いが強いんだろう」
(そういうものか、我には人間の町の事はよくわからんが)
「魔王が人間の町を良く知っていたらそれはそれで驚きだよ」
(否定はしない、人間の事はお前の記憶意外は良く知らん)
「俺の記憶は良く知ってるのかよ……」
(あらかた読んだ、寂しい人生しとるの)
「ぐっ……」
(なんなら魔王領からいい女魔族を数人呼んでくるが?)
「いや、いらんから……ってか、魔族を呼んでくる?」
(我には直属の部下がいたからな、流石に上級魔族クラスとまではいかないが、そこそこに使えるぞ)
「……考えておく」
ラドヴェイドはかなり重要な事をさらっと言った。
部下を呼び寄せられるという事は、その気になれば俺が何もしなくても魔力を集められるという事じゃないだろうか。
俺としては、そう言う事は先に言えと言いたいのだが。
(ああ、言い忘れていたが、部下を呼ぶ事は出来るが、従えたければ自力で倒せ。魔族は力こそが全てだからな)
「はい、却下」
どう考えても無理です、ありがとうございました。
いやもう、聞くまでもない事ではあるが魔王直属の部下が弱いはずはない。
呼び寄せました、殺されました、では話にならない。
そんな繰り言をぼそぼそ話しながら、町中を散歩する。
ここにはアルテリア王国からの物品にあふれているのでお土産を買う事にした。
土産を買う人間がいるのは嬉しい事でもあるが、いかんせん人数が多い、アコリスさん、フランコさん、近所のおばちゃんたち。
マーナに、ウアガの弟妹達、受付のレミットさんに、剣の師匠ボーディックさん、一応話すことの多いお色気僧侶ロッティさん、
盗賊らしいのだがカウンターにいつもいるバラズさん、ついでにウエインにもやってもいいか。
ざっと考えただけでも20人を越える。
安いのにしないと破産するな……(汗)
「へぇ、こんなのもあるんだな……子供達にはいいかもしれないな」
(子供がこんな渋いこけし風のおもちゃで喜ぶのか?)
「俺のいた世界と同じじゃないさ、この世界にはTVゲームもプラモもない」
(それはそうなのだろうが)
実際まんじゅうがあれば買おうかとも思ったが、衛生環境が発達していない時代だ、帰りに一週間はかかるのに持つのかという疑問がある。
だから、食べ物系は出来るだけ避けていた。
そんなこんなで、物色しつつ町中をめぐっているとふと視界の隅に妙なものが映った。
フードを目深にかぶり顔を隠した旅人、珍しくもないと言えばそれまでだが、動きが他とは全然違った。
無駄がない、まるで周りの動きを全て知り尽くしているかのごとく綺麗に人ごみを抜けて行く。
俺は思わず声をかけようと一歩動いたが、その時にはもう視界の外まで歩き去っていた。
人ごみに紛れてしまったその旅人をもう一度探すのは無理だろうと俺は判断し、またお土産を探すことにした。
「何その大荷物……」
「いや、皆にお土産を買おうと思っていろいろやってるうちにね……」
「良くそれだけ買う金があったわね」
「皆安物だけどね、まあ余裕があったら積み荷の横にでもちょっと置いてもらうさ」
「そうできればいいけどね……、帰りは重要な荷物を積み込むんだから」
「駄目なら持って歩く、壊れるようなものは多くないしね」
とかいう会話をティアミスとしつつ、翌日隊商と合流した。
帰りも荷物は特に増えているように見えなかった、いやむしろ減っているようにすら見えた。
そのせいか、俺のお土産を馬車に乗せるという事も割とあっさり許可された。
しかし、なぜ荷物が減ったのか、もちろん売ってきたからなのだろうが……ここで入手した重要な品というのは貴重品なのだろうか?
そして、同時にもう一人傭兵を雇ったという話を聞かされた。
その人物はやはりフードを目深にかぶった隙のない人物で商人の話では声を出せないという事だった。
恐らくあの時の人物だろう、それは間違いない、しかし、それだけではない。
見覚えがあるような気はするが、誰だか思い出せない、もやもやした気持ちで俺はその人物を見ていた。
ともあれ、護衛自体はそれなりにやっている。
帰りの初日は久々にモンスターに出会った事もあり、俺達も迎撃に参加した。
もっとも、人数が人数だけにモンスターが10匹程度団体を組んでも俺達まで相手が回ってこないと言うのが正直なところだ。
いい事なのだが、なんだか仕事というよりただの付添いみたいな気がしてきた……。
「元々の傭兵団もそこそこの使い手ばかりね、私達出番あるのかしら?」
「昨日気を引き締めるように言ったのはティアミスだったと思うが?」
「そんなの分かってるわよ。あと、ティアミスさんでしょ!」
「はいはい」
「はいは一回でいい! ったく目上の者に対する礼儀がなってないわね」
中学生みたいな姿で目上と言われてもついついほほえましく見守ってしまうのは俺だけだろうか?
いや、元の世界に行けば沢山いるはずだ、ロリコンはもっと多い気もするが(汗)
とまあ、そんな感じで折り返し2日目になった。
しかし、その日俺は気を感じると言う能力によって、これだけ不快感を催すと言う事を知った。
なんとなくだが、距離を詰められているのがわかった。
誰だかわからない、しかし、確かに距離を詰められていた。
ちょうど後方に配置されていた俺は何度も後ろを振り返り、そのたびに視界には何も映っていない事を知る。
しかし、気配は確かにあった、ひたひたと迫ってきているのがわかる。
先ほどまではなかった殺気をにじませながら……。
俺は、その気配のする方へ向って剣を抜く、それとほぼ同時に街道の影から飛び出してきたものがあった。
「ニ”ャァァァァァアア!!!」
「オオオオオオッ!!!」
俺に向かって飛び込んできたのは、ピンク色の頭から猫耳が飛び出した猫科と思しき獣人。
両手両足尻尾や耳などそれっぽい所は多いが、顔や体までは毛におおわれていないせいか、
体のラインもぴっちり出ていてメリハリのある体は妙にエロい。
そもそも、服装が虎縞ビキニという、どこの雷様ですか? と聞きたくなるような装備だったのだ。
攻撃は爪、10cm近くまで伸びたその爪は一本一本が大ぶりのナイフと言った感じで、切れ味もかなりのものだ。
馬車の幌等を引っ掛けて、しかし、スパッと切り開くと言うような芸当を見せていた。
「へぇ、気配を察知したのは偶然では無いようだニャ、少しは楽しませてもらえそうニャ」
「チィッ」
舌なめずりするピンク色の猫系獣人に、俺は思わず舌打ちをする。
相手はバトルホリック(戦闘依存症)のケがあるタイプのようだ。
今までにはお目にかかった事はないが、目の前の少女は、全身で戦える喜びと獲物を追い詰める喜びを表していた。
俺は兎も角、気配を調べるためにその少女に意識を集中する。
少女の殺気は確かにある、しかし、殺意と呼べるほどのものではなく、
獲物の鼠をどう追いかけまわしてやろうかと考えている猫とでも言えばいいのか、遊ぶ気まんまんのようだった。
俺としてもそれは願ってもない、こちらは時間さえ稼げば援軍はいくらでも来る。
それまでの時間稼ぎをすればいいだけなのだから。
だが、その考えが甘かった事に気付いたのはほんの数秒後だった。
はっきりとはしないが、隊商をすべて包み込むような魔法が発動していた。
俺は、その意思を感じ取り範囲の外に咄嗟に逃れられたが、
こちらに走ってこようとしていたティアミス達も、警戒をしていた傭兵達も、他の冒険者たちも全て魔法が発動した瞬間動きを止めた。
そして、パタリパタリと倒れて行く、致死性の魔法なんじゃないかと一瞬疑ったが、
イビキをかきだす人もいたので眠らされたのだとわかる。
「眠りの魔法……」
「正解ニャ!!」
ショートソードで虎縞ビキニの猫娘が繰り出す爪を捌きながら、状況を推測する。
眠りの魔法、確かに相手を無力化するには悪くない魔法ではある。
しかし、眠りの魔法は警戒している人間にはかかりにくいと言うのがお約束じゃなかっただろうか?
それともこの世界ではそう言う制限はないのか?
(ある、睡眠の魔法は興奮している相手には効きづらい)
ラドヴェイドが保証してくれる、そんな魔法を広範囲にわたって成功させた魔法使い……どんなレベルなのか察しはつく。
勝ち目がないにも程がある……。
この猫娘だけでも捌くのが精いっぱいだというのに。
いや、相手はまだ余裕がある。全力というよりは遊んでいる感じが否めない。
しかし、まだそれだけではなかった。
突然、傭兵と紹介されていたフードをかぶった男が走り出し、空中に向けて剣を突き出す。
普通なら空ぶるはずのそれは、ギィィィィン!! という音とともにはじかれた。
そして、はじかれた相手はくるくる空中で回転して着地する。
「どうしても、戻ってはもらえませんか?」
「断る! 俺が好きな人はフィリナだ!」
傭兵はフードを取り払った、もう隠す意味がないと感じたのだろう。
そのフードの下から出てきた顔は、アルテリアの王子、レイオス・リド・カルラーン。
この世界に来たばかりの俺を助けてくれた勇者だった。
だが、俺はそれだけの驚きで終わらせる事は出来なかった、
その勇者レイオスに剣を向けている男は、俺のよく知る男だったからだ。
まるで女性のような線の細い顔立ち、鍛えているのにまるで筋肉が付いていないような細く長い手足。
その割には身長は低く164cm程度だろうか。
優柔不断そうにも見える甘いマスクのその男は、俺の幼馴染の一人、寺島英雄(てらしま・ひでお)……。
そう、てらちんだ……。
「ベルリンドさんだって貴方の事をずっと好きだった事は気付いていたはずです」
「そうかもしれない、しかし、俺には……」
ベルリンド、初耳だが、話の流れからするに、恐らくレイオスが婚約した貴族の娘の事だろう。
そして、そんな女性の事を真剣に心配して行動するその考え方は確かにてらちんのものだった。
最も、自分に向けられる好意には鈍感で、自分を好きな女の子に俺を勧めたりする間の悪いヤローでもある。
俺は声をかけようかと一瞬思ったが、目の前の猫娘、それにどこで見ているのかわからない魔法使い。
そいつらが、俺の事を警戒しているのを感じたのであえて声を出すのはやめた。
「それが賢明なのニャ、動くと命の保証はできないのニャ」
甘える顔は可愛いだろうと感じさせるに十分なその猫娘の表情は、縦に割れた瞳に映る俺と言う獲物をここに留めておくためのもの。
そして、視界の隅に出現した魔法使いはエルフで、銀髪のかなりの美人だった。
既に予想はしていたが、この世界でもてらちんの毒牙にかかった女性がいると言う事なのだろう。
なにより、この猫娘はてらちんに褒めてもらいたそうにしているし、
エルフの魔法使いはいつでもてらちんのフォローが出来るよう構えている。
この調子なら一年もせずにまた大名行列を作り出すだろう。
そんな半ばばかばかしい事を考えていた俺ではあるが、耳では確かに彼らの動きを追っていた。
剣撃の音と共に聞こえてくる互いの怒声、それはお互いが一面的な視点で見ていると言う事を示していた。
「なぜ、ベルリンドさんの元へ帰ってあげないんですッ!!」
「俺は自分の好きな人と結婚したいんだっ!!」
「貴方は何度もベルリンドさんと会っていたし、ベルリンドさんのお誘いを受けた事も一度や二度じゃないはずだ!!」
「父上に言われていたからだ! 彼女には確かに悪いと思うが、俺が好きな女性は一人だけだ!!」
「ベルリンドさんが好きな人も貴方だけのはずです!!」
「ベルリンドは貴族だ、俺と一緒にならなくても他のいい人がすぐ見つかるだろう」
「アレだけ愛されていてそれに気付かないんですか!?」
てらちんは何やら知っているようではあったが、あえて言うならお前が言うなと言いたい。
とはいえ、俺は目の前の猫娘から視線を少しでもそらせば爪で心臓をえぐりだされかねない状況なので声は出せないが。
野生の感か、俺の動きが彼女の殺気を読んだものだと見抜くと、隙を窺っての一撃必殺に方針を変更してきたらしい。
正直かなりのピンチなのだが、隣でやっている一騎打ちは泥沼の様相を呈していた。
「君はベルリンドの事に詳しいんだな……」
「この世界にきてからお世話になった人の一人ですから」
「ならば君が俺の代わりにベルリンドを支えてやってくれないか」
「できません、僕ではあなたの代わりになれない。そんな事は分かり切っているはずだ!」
「……」
珍しい、てらちんが落とせていない女性とは、それだけレイオス王子への愛が深いと言う事か。
だが、そうはいいつつも、もうそろそろ決着が付きそうな様相となっていた。
それは俺と猫娘も同じ、ただし、正面からぶつかれば猫娘に対し俺には勝ち目がない。
こいつもてらちんのハーレム要員の一人であろう事は間違いない。
もう一人のエルフもそうだろう、そう考えれば俺は負けるわけにはいかない事に気付く。
あいつの正義を止められるのは姉を任ずるりのっちこと綾島梨乃(あやじま・りの)しかいない。
俺にその代わりができるかどうかわからないが……。
俺は目の前の猫娘に向けて突っ込んでいった、彼女の動きを止めないとてらちんとレイオス王子のいる場所にいけない。
だからこそ……おれはどうしても猫娘を退けないといけない。
そう考え俺がショートソードを構えて突っ込むふりをして見せると、むこうも過剰に反応して隙を作ってくれる。
それを確認した後、俺は滑り込むように低姿勢になりながら、その脇を抜けようとする。
もちろん、その程度で猫娘が逃してくれるわけもなく、爪だけを俺の方に向けて振る。
俺はそれを転がって回避する。
殺気が感じられるお陰で視界に頼らずともかなり回避は上手くなった。
しかし、それでもスピードでは明らかにかなわない。
俺は転がりながら相手の剣を受ける事になった。
そして跳ね上がりながら体勢を立て直し、もう一度猫娘とにらみ合う。
「雑魚にしては粘るニャー。動きもさほどいいとは思えないニャが……」
「俺にはやるべき事があるからな……」
だがこのままでは間に合わなくなる。
実際腕では劣っている、俺がどうにか捌けているのは気を読めるからという所が大きい。
しかし、一度で倒すのは不可能に近い。
それでもイチかバチかの賭けに出なければならないほどにレイオスとてらちんの闘いは終わりが近かった。
「無謀ニャね……嫌いじゃないけどヒデオの邪魔はさせないニャよ!」
「全くてらちんはどの世界でも同じだな!!」
俺と猫娘は気合を入れる言葉を掛け合い、正面からぶつかる。
しかし、その次の瞬間背後に鋭い痛みを感じた……。
薄れゆく意識の中、言葉を紡いでいたのは……エルフの女性らしかった……。
「この程度の相手にてこずっているんじゃありません、ファルセット」
「ニャァ、すまんニャ……でも、コイツヒデオの事知ってるっぽかったから」
「なるほどヒデオの言っていた…………」
俺が聞き取れたのはそこまでだった……。
次に目を覚ました時、てらちんの事もレイオスの事もまるで夢だったかのように、隊商はそのまま帰還への道を歩んでいた……。