〜『イカロスの海上』茜〜
船に揺られることはや三日、茜は甲板でのんびりと船旅を満喫していた。長めの茶色っぽい髪が風でなびく。
奴隷として連れてこられた女の子たちは拘束具を外され水賊の客人として招かれ事のすべてを説明し了承を貰い自由にしていた。一部の人は料理の手伝いや洗濯、掃除などの家事手伝いをしている者もいる。
不思議なもので最初は水賊を警戒していたのだが今はすっかり仲良くなっていた。人間とは意外に強く出来ているのだとしみじみ思った。
「ここの生活には慣れたか?」
後ろを振り向くとこの船の船長頭のバンダナとタンクトップの上にジャケットがトレードマークのレッドが気さくに話しかけてきた。
成り行きでこの船に乗せてもらった恩人でもある。
「レッドさんどうかしましたか?」
「え〜とだなそろそろ危険地帯にはいるから船内に戻れ」
頭を掻きながら言った。
バンダナが少しずれたのか頭からバンダナを外し付け直した。
「私は大丈夫です」
「そうか、好きにしろ命の保証はしない」
穏やかな顔で冷たいことをいうなと茜は思った。
「それより危険地帯を迂回できませんか?」
水賊だけなら危険地帯に入ってもなんとかなるが他にも人は乗っている。その人たちを危険にさらすわけにはいかない。
「無理だな燃料が足りないしここから針路を変えても暗礁に乗り上げてお陀仏だ」
親指で自分の首の前をスライドさせた。
「仕方ないですね」
ため息をついた。
「あともうひとつ悪い話だ。『ユキヒラ』がいるせいで周りの生物が避難して既にここが危険地帯になっている。最悪、餌を求めてここに来ているかもしれない」
「なるほ――」
茜が言いかけた時ガツンッと何かがあたる音がした。
音と共に激しい衝撃が船を襲った。
船底を見ると大きさは軽く二十メートルはある生物が船に突進してきた。
イメージでいうなら竜や翼のないドラゴンのような生物だった。海と同じ鮮やかな青色のゴツゴツとした甲殻と鱗におおわれ手足は退化しているのか小さい、そして一本の大きな角が生えていた。
「やばい、あれ『ユキヒラ』の幼生だ近くに親がいるぞ!!」
「あれでまだ子供なんですか!?」
「子供というか生まれて三日くらいだな」
冷静に無線機を取り出した。
『全員、臨戦態勢、女は各部屋で待機、主砲右に九十度修正しろ、間もなく親が現れる』
百メートルほど先に巨大な影が見えたと思うとそれが一気に浮上した。
姿形は幼生のときと変わらないが大きさが余裕にこの船を超えていた。
『主砲発射!!』
そう言うと砲台から爆音と共に巨大な砲弾が放たれた。
爆風の余波で茜の髪は激しくなびいた。
砲弾は『ユキヒラ』に直撃した。
――だが『ユキヒラ』は甲殻が割れただけでまだ死ぬ様子はなかった。
物凄い勢いで『ユキヒラ』は突進してきた。
「不味いなこれは船の半分は持ってかれるな流石のレッド・ヘラクレスもお手上げだ」
諦めかけた声でレッドは言った。
というか本名を初めて言った瞬間だった。
「大丈夫ですよ私が何とかしてみます」
おもぐろに腕を突進してくる『ユキヒラ』の前に出すと能力を発動させた。
――目の前の光景を説明するには一言で事足りた。炎の壁だった。
炎の壁に直撃した『ユキヒラ』は進行方向を見失い茜の方に突進をしてきた。
当然、避ける間もなく突進は茜に直撃した。
思わず目を閉じるが一向に死んだと思われる感覚はなかった。
目を開けると甲板の上に『ユキヒラ』が倒れて死んでいた。
そしてレッドの方を見ると腰を抜かしていた。
「勝ったの? レッド?」
乱れた髪を整えながら茜は言った。
「お前の能力は今までに見たことのない能力だ。あとこれを着ろ」
そう言ってレッドは自分のジャケットを差し出した。
改めて体を見ると上半身に服という服がなくなっていた。
……まぁ、全裸じゃないだけましか。てっ違う!!
「あ、ああああああああああ!!」
「おい、大丈夫か!?」
恥ずかしさのあまりしゃがみこんだ。
最近、よく男性に裸を見られるなと嘆く茜だった。
冷静になって上着を受け取った。
「あの、私たしかに『ユキヒラ』に――」
「ああ、突進をもろに食らったな。だが生きている、それが謎なんだろ?」
そう言ってショットガンを茜に構えた。
表情はいつもどうりの穏やかな顔をしていた。
「ちょ、危ないですよ!!」
「能力の発動条件はみたしているな?」
「ええ、まぁ……」
足に狙いを定めズドンと発砲した。
茜のズボンには穴が開いたが血はなかった。そのかわり炎が吹き出した。特に痛みがあるわけでもない弾は貫通して床にめり込んでいた。つまり――
「私自身が炎になった……」
結論を言えばそういうことになる。これがプロメテウスが言っていた二度と元の人間に戻れないということなのだろう。
炎の勢いや範囲が増えたのはおそらく思考だけで炎を発生させていたのが肉体も補助が出来るようになって総合的なスッペクがかなり高くなったためだろう。
その結果、能力である炎の範囲、威力からなにまで全ての部分で飛躍的に進化したことになる。
「強い味方が増えると頼もしいぜ。これからは水賊の専属の用心棒にでもなってくれ」
冗談交じりにレッドが言った。
「考えておきます」
レッドも両手を挙げて降参のポーズをしていた。
〜『イカロスの樹海』蒼〜
寝ても覚めても護送車のなか。しかも鎖に繋がれたままだった。
かれこれ一晩は眠っていたのだろう。
おまけに変な体勢で寝ていたから体中が痛い。
「この鎖なんとかならないか?」
「……仕方ないな」
おもぐろに立ち上がると運転手方に行った。
この男の名はヴォイス、腰のあたりにバラバラの長さのナイフをぶら下げる筋肉質でどこか秘色に似ている短髪の男。
「おい運転手、鍵を出せさもないと切り落とすぞ」
声音を低くして言うと運転手はビビったのか鍵を差し出した。
それを受けとると蒼の鎖を解いた。
「ありがとなヴォイス」
立ち上がり背伸びをしながら言った。
「気にするなここはもうイカロスだ」
「そうなんだじゃあ――」
いきなり、護送車が横転する。
体中を横転した衝撃で強打する。
「いてて、大丈夫かヴォイス?」
「なんとかな」
護送車の扉が開く。
「ここにいましたか棟梁探しましたぜ」
五人ほどの男たちが笑いながらヴォイスと話している。
「棟梁? この人たち誰なのヴォイス?」
「ん? こいつらは樹海賊だちなみにオレは樹海賊の長ヴォイス・グリーンだ」
後ろの部下までもが偉そうにしているのがあれだがとりあえずヴォイスはすごい人らしい。
「さて、蒼にはまだここの掟を教えていなかったな」
蒼が首をかしげる。
「すべての賊に共通することは自分の命は自分で守る自分の長所を生かす無謀なことはしない」
「わかった」
「あと、樹海賊は力を掲げる者たちだ。力こそ絶対だ。それを忘れるな」
なんとも分かりやすい人たちだなと蒼は思った。
「じゃあ仕事だ、と言っても初めての仕事だ内容以外は難しくはないだろう」
「え〜とたしか『キリサメ』を倒すだっけ?」
その言葉を聞いた部下たちが騒然とした。
「筆頭、それはいくらなんでも無理ですよ!! ただでさえ『キリサメ』はランクBでしかも群れで生活しているのですよこの人数でやり合っても勝てるかどうかわからない――」
「ごちゃごちゃうるせぇ蒼一人でやるんだから問題ないだろう」
部下たちに一喝するヴォイス。
「じゃあ、『キリサメ』を倒して来ればいいのか?」
「そうだ、じゃあ武器をやるからあっちの車に来い」
そう言ってヴォイスは外にある部下が持ってきた車を指した。
車は分かりやすく言うと装甲車のようなもので固定機関銃や固定散弾銃、極めつけに榴弾砲という重装備だった。
中にはいくつもアサルトライフル、スナイパーライフル、ハンドガン、ショットガンなど言い出したらきりがないくらい武器があった。
「この中から好きなものをひとつお前にやる」
胸を張ってヴォイスはそういった。
蒼は『キリサメ』という生物を知らない。知らない以上武器を選び方もわからないということになる。
「じゃあ『キリサメ』を一撃で倒せる武器で頼む」
ヴォイスはわかったと言って武器が置いてある棚の後ろにあるショットガンを取り出した。
その銃は雰囲気からして重圧感がある大型のショットガンだった。
「このショットガンは通称ハイドラという使い方はふつうのフルオートショットガンと同じだ。弾はスラッグ弾と散弾、空砲弾を対応している」
ハイドラを受け取ると予想以上に重かった。
一瞬、自分に扱えるか不安になり冷や汗をかいたが受け取った以上それを使うしかない。
「これでいいよ。できれば背負えるようにしたいんだけど……」
「わかった、待っていろ弾をもってくるついでに背負えるようにする金具を持ってくる」
そう言って弾を取りに行った。
しばらくして弾の入ったマガジンを三つと銃の金具を持ってきた。
「すまないがこれをつけるにはその銃のストック部分が邪魔になるから取るぞ」
ガチャとストックを取り外し背負うための金具をとりつけた。
手際よくやるのでなれているのだろう。
「これで大丈夫だろう、あとこれマガジン」
マガジンを受け取ると一個だけ緑色のマーカーが引いてあった。
「マーカーがあるのはスラッグ弾だ。それ以外は散弾、あとひとつのマガジンには五発装填されている」
「大きさの割には弾が少ないな」
不思議そうな顔をしながら蒼は言った。
「弾自体がデカいからな」
ハイドラにマガジンを装填して背負った。
「場所を教えてくれ」
「ここから南に二キロといったところか。オレたちはその真逆の北に真っ直ぐ来れば基地がある。明かりがあるからすぐわかるだろう」
背伸びをしながら
「じゃあ、行ってくる」
とだけ言って走って行った。
「筆頭、あいつ絶対死にますよ」
後ろにいた部下がそういうと。
「そんなことは分かっている」
「じゃあどうして?」
イラついた表情をみせながら言った。
「あいつは白群さんと兄弟だなんて認めない」
ドンッと車を叩いて歩き出した。
「あいつもレッドの嫁みたいに『キリサメ』の餌にしてやる」
しばらく歩き続けると獣の臭いがした。
蒼は都市の科学者によって生み出された人造人間そのためふつうの人間からかけ離れた五感と運動神経を持ち合わせている。その上ダウナーで生きていたことでさらに神経が鋭く出来ている。
さらに進んでいくと一頭の黒い巨大なオオカミがあらわれた。
唸り声を上げ威嚇している。全長は五メートルはあるだろう普通にしているだけで蒼を簡単に越していた。
「どいてくれオレは――」
鋭い爪が蒼を襲うがその一撃に不信感を蒼は抱いた。
オオカミから本能的な殺意がないからであった。
「お前、殺意がないな」
オオカミの胸のあたりをなでるとオオカミの尻尾が左右に振った。
「なぁ、『キリサメ』ってどんな奴かしらないか?」
オオカミのはワンと吠えた。
「そっか、お前が『キリサメ』なのか」
蒼は野生の動物と会話することができる。とっても感覚的な部分で会話をしているだけであって実際はわかっていない。
しかし会話が成立しているのであまり気にしないでおこう。
「じゃあ、ボスに会わしてくれないか?」
『キリサメ』はこっちといわんばかりの雰囲気で歩って行った。
ボスのところに行くまでに『キリサメ』が十頭ほどに増えていて驚いたがそれ以上に驚いたのがボスが人間しかも幼い少女だった。
「こいつがお前たちのボスなのか?」
『キリサメ』たちはうなずいた。
「お兄ちゃんは私たちを襲わないの?」
てこてこ近寄ってくると無邪気な表情で蒼に質問した。
少女の容姿は髪は長めで腰くらいまで生えており身長は蒼の太ももくらいで顔立ちは整っており将来は美人になりそうな顔つきだった。なぜか頭にオオカミのような耳が生えていた。
ひょっとすると飾りかなと思い耳を見るとピクンと動いた。
「ねえ、聞いてるのお兄ちゃん?」
我に返ると
「まぁ、最初はこいつらを全員殺す予定だったけど殺意がないからやめた」
そういいながら少女の耳を触ると
「ひゃあん、くすぐったい」
という声をもらしたのでやめた、きっとやめた方がいいうん茜に殺される気がする。
「ごめん、ごめんこの耳って本物なの?」
少女は元気よくうんと答えた。
「ところでお兄ちゃんの名前は?」
「黒髪 蒼っていうよろしくな」
少女は蒼の胸に飛び込むと
「私はレッド・アゲハって言うんだよろしくね」
「じゃあ、オレはもうここにはようがないから帰るとするか」
「え、もう帰っちゃうの?」
少しいやかなり寂しそうな表情をしていた。
「じゃあ、お前も一緒に来るか?」
「え、いいの!?」
効果音であらわすならパァアと表情が明るくなった。
「じゃあ、行くか」
歩こうとするとアゲハが『キリサメ』に指示を出すと一頭が身をかがめた。
「この子に乗っていくと早いよ」
言われたとおり飛び乗ると物凄い勢いで走り出した。
この調子で行けば夜には着くだろう。
あれから小一時間ほど休憩を挟みながらなんとか夜に到着した。基地というよりは堀がある村に近いところだった。周りは森に囲まれており出口も入口もここ一か所だけのようだった。
基地に着くと見張りがキリサメに乗った蒼とアゲハを見て慌ただしくヴォイスを呼びに行った。
「大きいね」
関心した声でアゲハは言った。
「そうでもないよ」
ギィィと音を立てて門が開くとヴォイスたちが銃を構えていた。
「どういうつもりだ黒髪 蒼」
どすの利いた声でオレの本名を言う。
「なぜ、オレの名前を!?」
「オレはお前が白群さんの弟だと認めないだから――」
ヴォイスの眼は明らかに血走っていた。
「だからこの樹海賊の長グリーン・ヴォイスがお前を殺す!!」
蒼は胸にしがみ付いていたアゲハを背中に回すとキリサメから降り深呼吸をした。
不思議と頭も体も何がしたいか理解してくれるだろう。
大きく深呼吸して、
『シュラ・モード』
視界がぼやけて頭の中に直接声が聞こえる。
『三十秒ほど肉体の活性化に時間がかかる。最初だけだから次からは問題なく発動できるぞ。それと活性化しているときは身動き取れないからな』
まるでやる気のない声でそう聞こえた。
絶対絶命に追いやれるがヴォイスは余裕の表情だった。
「どうした? そっちが来ないならこっちから行くぜ!!」
砂煙だけを残してヴォイスは消えた。
消えたと思うと目の前に来ていた。
「オレの反転は時間分の加速だ。オレは三十秒を一秒にしたりすることができる。こんなこともな!!」
蒼の顔面に拳が炸裂した。捻りがかかっていたためかうつぶせになる。
「これが一分の加速を一秒で行ったパンチだ。まぁ、この能力を発動しているときは触れたものすべてが能力対象になっちまうがな」
「へぇ〜どおりで身体が軽いわけだ」
ヴォイスの後ろに立つ蒼。
「じゃあ、オレも能力を使わしてもらおう」
本来なら三十秒かかる活性化だがヴォイスの能力で一秒ほど完了してしまった。
つまり、ヴォイスたちは窮地に追いやられたのだった。
「行くぜヴォイス!!」
第九話終わり